第168話☆ イヤらしい男、厭らしい罠

 すみません。

 今回 蒼也とパネラの部のみですが、思ったより長くなってしまいました……。

 お時間のある時に読んでください。


 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 灰色の石壁が遠くに見えてきた。

 上辺は途中からぼんやりと霞んで、霧と共に空に消えている。

 まわりには相変わらず、所々の青緑の草地と樹々、突き立った岩しか見えない。


 いや、他にも動いているモノがいた。

 ポツポツと広がる草地に、頭を低く垂らし、低木に顔を付けている牛馬のような姿が2頭。

 後ろから見るその姿は、紺と緑色混じりの長めのクセ毛を全身に纏い、そこから黒い4本の蹄のついた足が出ていた。下に垂らした頭から水牛のような曲がった角が2本突き出ている。

 ちょっと見、毛色の変わった毛深い水牛かと思った。

 ただ首が妙だった。


「あの牛? なんかおかしくないかい? 首が折れてるみたいな――」

 そう、牛らしきモノの長い首は、2頭とも垂らしたロープのようにグニャリと地面についていた。

 蛇やトカゲともまた違う、まるで骨が無いように不定形に曲がっているが、その先についている大きい頭は苦しそうでもなく、低木の葉をゆっくりと租借していた。


「あれはカトブレパスだ」

 奴が横から言ってきた。

「首が蛇よりも特異な軟骨で出来ていて、捻じれても大丈夫な構造になっている。水牛の一種だな」

「肉質は筋が多くて、臭みがあるから香草と一緒に焼くのが一般的だけど、ここにはその香草もなさそうだしなあ。

 でも、毛と角は結構高く売れるぞ。どうする、狩っとくかい?」

 ヨエルが奴のほうに振り返った。香草があったら奴に喰わす気か。

「どうする蒼也?」

「いや、今は先を急ぐし、無理に狩らなくてもいいよ。ちなみに凶暴じゃないのか?」


「こちらから仕掛けなければ、大概は何もしてこないぞ。ただな、あの目が――」

 奴が言い終わらないうちに、1頭が俺たちの気配に気がついて、こちらに重そうな頭をゆっくりと動かしてきた。

 真っ先に平べったく上を向いた、大きな鼻に目がとまった。

 なんだか牛というよりも、黒い豚のようだ。

 角の生えた黒豚が、紺色のモップを頭に乗せている。

 そうして長いモップ糸の間から垣間見える、その目と視線を合わせてしまった。


 もっさりとした毛の間から見えるせいか、それとも瞼も重いのか、大きな黒い瞳はとても気怠げだった。

 それが瞬きをすると、黒い闇夜に静かに波打つさざ波の、真っ黒い揺れのように見えた。

 無限に遠い水平線に寄せ行くように、ただ同じ方向に押し寄せるだけの波が、延々と絶え間なく続く。

 その揺れが段々と大きくなってくる。


 気がつくと、俺の足元も不安定になってきていた。

 なんだろう。グラグラする。地面が揺れているのか?

 

 バッと目の前を何かが遮ってきた。

「大丈夫か、あんた」

 ヨエルが俺の目を手で覆っていた。

「あ、あれ? 今、地震ありませんでした?」 

 さっきまで感じていた揺れがなくなっていた。


「アイツの目を覗き込んだからだ」

 ヴァリアスが横から言ってきた。

「アレは邪眼の持ち主なんだ。

 邪眼と言っても、視神経から平衡感覚を浸害するぐらいなんだが、いつまでも見てると治るのに時間がかかる。

 そんな時に敵にでも会ったらイチコロだ」

「それなら早く言ってくれよ」

 ヨエルが視線を遮ってくれなければ、もう少しでその場にしゃがみ込むとこだった。


「説明する前に、お前が勝手に引っかかっちまったんだろうが。

 大体、野生の動物や魔物と目を合わせるのは、まず警戒心を起こさせるから危険なのは常識だろう」

 奴が呆れたように言う。

「まあ、口で言ってもわからないお前は、一度痛い目に合った方がわかるようだがな」

 くそぅ、言い返せねぇ~。


 20m程先の水牛たちは、俺たちが何もしないとわかったのか、また大きな頭を草に擦るように動かすと、枝葉に鼻を押し付けた。


「ん、あれ、人のオーラだな」

 ヨエルが斜め右前方に顔を向けながら言った。

「え、彼のですか?」

「ちょっと離れすぎててハッキリしないなあ。ただ似てると思うが。

 ほら、あの3つ岩が並んでるとこの先に、高い樹が見えるだろ?

 その頭の位置辺りの壁際だよ」


 そうヨエルが指すのは、丘陵の向こう斜面から3つ頭を覗かせている、指のように並んだ岩の左から、1本目と2本目の間、その先の低木の中に一本飛びぬけて高くヒョロ細い樹が見える。

 その天辺の先が、ちょうど俺たちの位置からだと壁の縁に当たっていた。


 目視は出来るが、俺にはオーラのオの字も分からなかった。

 通常なら190mぐらいまでは、なんとか感知出来る俺の探知も、この異様な空間ではその半分も視てとるのは難しかった。


 確認したくて、先の方に意識を伸ばしたまま、俺は砂地を急いだ。

 だから砂丘の傾斜に無頓着になっていた。


「止まれっ!」

 ヨエルの声がして、肩を掴まれ後ろに軽く仰け反った。

 後ろから奴がゆっくりやってくる。

「さっきも言ったように、一度怖い思いさせてやればいいんだ。そうすればコイツも、嫌でも身に沁みる」

「しかし旦那、怖いどころか、下手すれば大怪我するぞ。捕まったらそれこそ大変だし」


「なに……?」

 俺は足元を見た。

 すぐ下には、他と変わらぬ斜面が広がっている。

 ただ、よく見ると、他と比べてすり鉢状になっていた。


 そしてその中心に何かいた。

 ソレは探知で視なければ分からないように、砂中に潜っていた。

「砂蜘蛛だ。砂地獄とも言う」奴が言った。


 そいつはワームに似て、長い蛇のような形状をしていた。

 違うのは、その頭にクワガタのような大きな顎が4つあり、体から何十本もの触手を斜面に沿って放射状に、まさしく蜘蛛の巣のように砂の下に張り巡らしていた。


「ここはコイツの狩場だ。触手で砂の動きを敏感に感じ取ると同時に、獲物を捕まえる役目もする。

 足を踏み込んだが最後、下に落ちる前に触手に捕まるな、お前じゃ」

 また小馬鹿にするように奴が口元を歪ませる。

「まあ知らなきゃしょうがないさ。

 ただ、これからは単独行動は止してくれよな。こっちがハラハラするから」

 ヨエルも顔をくもらせた。


「すいません……」

 奴に言われると腹が立つのが先だが、他の人に注意されると素直に申し訳ないと思う。

 なんか俺、映画とかで見る、イラつかせて人の足を引っ張るバカな役やってないか?

 あんなのにはなりたくないと思っていたのに。

 現実は難しい……。

 というか、危険有り過ぎないか? ここっ。

 考えたら、トラップダンジョンなんだから当たり前だったが。


 ちなみにこの砂蜘蛛は、水が地上に上がってきている時に、砂の中に大きく空気の部屋を作り、それで水に沈んでも息をすることが出来るのだそうだ。

 あの地球の水蜘蛛が、体毛で空気をつけて運ぶように、こいつも触手で気泡を作り出す。

 触手に毛のような細かい棘が無数に生えており、これで空気を抱きこむ事が出来るのだ。

 そしてその棘には、獲物を麻痺させる神経毒がある。

 ヨエルが捕まるのを心配したのはそのせいだった。


「こういうところで妙に綺麗な形をした地形を見たら、何かあると疑え。

 怪しいと思ったところに、直接足を踏み込むな」

「わかったよ……」

 とはいえ、まわりは草地もあるとはいえ、砂が圧倒的に多い。高低差はあるが、みな起伏しているのである。

 素人には分かりづらい。

 とりあえずその砂地獄の縁に沿って、壁のほうに気を付けて歩く。


「他にも流砂のトラップがあるから、魔物がいなくても注意してくれよ」

 ヨエルが横を歩きながら言った。

「それってやっぱり、砂が動いてるんですか?」

 俺のイメージは、先の砂地獄のように傾斜した中心に向かって、砂が埋没していく感じだ。

「いや、何もしないと砂は動かないし、傾斜した場所とも限らない。例えば……」

「そこにあるぞ」

 奴が後ろから声をかけてきた。


 奴が示した場所は、低木が数本生えた草地の手前で、なんらまわりの砂と色も変わらない平面だった。

「……おかしいな。そこはさっき視たはずなんだが? おれも見落としたのか……」

 ヨエルが軽く首を捻った。

「まあちゃんと避けてたんだから、良いんじゃないのか」

 そう言いながら奴が、ニヤっと笑ったのを俺は見逃さなかった。


『(あんたが今、わざわざ作ったんだろっ?)』

 ヨエルが見逃すわけなさそうだ。

『(そうだ。お前に見せるためにな。全部の罠を探してたら日が暮れちまうだろ)』

 うぬぬ、このゴーイング教師は~~~。

 急ぎたいとこだが、ここは危険を知っておいたほうがいいだろう。


「探知で視て、まわりと違うのがわかるかい?」

 ヨエルが訊いてきた。

 その部分は直径30㎝くらいの小さなマンホールぐらいの面積しかなかったが、まわりの砂地と違ったのは――。

「うーん、なんだかまわりと比べて、水気が多いですね? 他は乾いているというか、砂がみっちり詰まってるのに、ここだけゆるい感じです」

「そう、今は乾期に入ってるが、元々湿期と乾期を早いターンで繰り返す、地下水を多く含んだ土地だからな。

 こうして所々、湿地帯にあるようなトラップがあるんだ」


 そう言いながら、ウォーハンドをその砂地に何度か刺した。

 グサグサ刺していくうちに、砂に水が滲んでいく。そうして段々と泥水のようになっていった。

「底なし沼……」

「おれ達は探知が出来るけど、出来ない奴らはこうして、足元を棒で刺しながら確認していくんだ。

 刺せば感触でわかるから」

「こんなのがあちこちにあるんですか?」

「そりゃあトラップ迷宮だからな。砂地獄より数はあるはずだ」


 そうだ、ここはトラップダンジョンだったんだ。

 さっきのような魔物以外に注意すべき、ダンジョンの用意した罠がある。

 あらためて認識した。

 こんな場所に1人で、レッカは本当に大丈夫なのだろうか。

 初心者の俺よりは慣れているのかもしれないが。


 先程の3つの岩の横を通り、高い樹と結んだラインを目指す。

 近づいていくにつれ、俺にも薄っすらと壁についたオーラが、拭き残した発酵塗料のように見えてきた。

 たぶん手の跡だ。

「うん、9割方、あの若造のみたいだな」

 ヨエルがオーラを凝視しながら言った。

 良かった。俺の考えは間違いじゃなかったんだ。


 先程は別の樹で隠れて分からなかったが、砂丘の上にそびえる近くの壁に、ぽっかり穴が開いていた。

 薄暗いが、奥はどうやら通路のようだ。

 間違いない、レッカはここに来たんだ。そしてあの穴を目指したに違いない。


 だが、俺が手がかりを見つけ少し希望を持ったのに対して、ヨエルは少し眉をひそめた。

 やがて近づくにつれ、俺にもその危惧する意味が分かってきた。


 壁沿いの緩やかな起伏のある砂地は、目で視る限りには何の変哲もないように見える。

 だが、探知では、一か所、おかしなところがあった。

 上に固く砂が積もり、しっかりとした硬度を保っているくせに、その20㎝ほど下には何もない深淵が広がっていた。

 厭らしい事に砂で出来たフタが、その穴を塞いでいたのだ。

 軽く押しただけでは分からない程度にしっかりと。


 そうして、彼のオーラはその罠のすぐ上の壁に付いていた。

 しかもベタベタと。途中から砂の中へ消えている。

 必死にもがいた手の跡だった――


「そんな…………」

 急に心臓に氷を当てられたような感じがして、俺はその穴の縁でしゃがみ込んだ。


「焦ったのか。それとも通路を見つけて、ついうっかりしちまったのか」

 ヨエルが額を触りながら呟いた。

「出口の近くが一番危ないんだ。そんな初歩的な注意を怠るヤツが悪い」

 奴が無情な言葉を投げる。


「ふざけんなよ……。こんなのいくら注意したって無理じゃないかっ!」

「ダンジョンとはそういう場所だ。弱い者から喰われる」

 上から奴が俺を見下ろしながら冷たく言い放った。


 俺はもう一度、おそるおそる中を探知した。

 暗い穴は、やや蛇行しながら深く深く下に向かっていて、触手が下まで届かない。

 いや、深いというよりも、何か吸収されてしまうように手応えが無くなってしまうのだ。

 やはりここがダンジョンという特殊な空間のせいなのだろうか。

 レッカの体も見えない……。


「さすがには、おれも探知出来ねぇなあ。こんなウォーハンドぐらいじゃ全然届かないし」

 ヨエルが少し唸るように言った。

「え……?」

「そんなチマチマ探らなくても、直接見てくればいいじゃないか」

 無鉄砲なサメが何か言ってる。

「下にトラップがないとも限らないし――、しかしまあ、一方通行じゃなさそうだから、ヤバかったら戻って来れるかな」

 ヨエルが砂地を見ながら返答する。


「それって、下にレッカがまだ無事でいるかもって事ですかっ?」

「お前も感じたろ、これが落とし穴だって」

 奴が屈んできた。

「命を即摘むような罠だったら、底に殺傷性のある仕掛けがすぐにあるのが普通だ。

 だが、これはないだろ? つまりただの落とし穴だ」

「それって、つまり――」


「獲物を下の層に落とす罠って事だよ。アイツは3層に落ちたんだ」



 ★★★★★★★★★



 ジゲー家の屋敷内で、使用人の移動があったらしい。

 それで今まで、奥方様の下使用人として働いていたアメリは、急に御曹司のジェレミー付けの使用人になった。

 悪い噂の張本人だ。

 案の定、年の近いアメリにもちょっかいを出すようになってきた。


 週末の休みに兄の下宿にやって来た妹は、つい愚痴を漏らしてきた。

 ただ、すぐに辞める気もなかったようだ。

 何しろ他と比べてお給金は良いし、2年もいると仲の良い友達もできる。

 皆で陰で文句を言いながら、なんとか気分を紛らわしていた。


 ところが、ジェレミーの行いはすぐにエスカレートしていった。


 レッカの下宿に、妹が大変な過ちを犯したと、係の者が無情な連絡しに来たのは、あの愚痴を聞いてから10日も経たないうちだった。

 彼女が粗相そそうして何やら分からぬが、とても高い置物を壊したとか。

 それよりもその際に、ついその場に居合わせた御曹司に、乱暴をはたらいたというのだ。


 粗相はわからないが、あの気の弱い妹が人に乱暴なんてするわけがない。

 すぐさま、屋敷に面会に行った。

 彼女はお仕置き部屋という、簡易な牢部屋に入れられていた。


 それによると、今まで散々、イヤらしい使用人服を着せたり、触ったりしてきていたが、とうとうあのバカ息子が、部屋の掃除をしていたアメリが1人のところを襲ったのだ。

 さすがに抵抗した彼女の手が彼の頬を引っ掻いた。その怯んだ隙に彼を突き飛ばし、部屋を飛び出した。

 だから、その際にそんな高価な置物を壊したかどうかは見ていないし、あったかも覚えていないと言う。

 後から部屋にやって来た執事に『とんでもない事をしたな』と言われて、初めて知ったらしい。


「そんなのどうとでも偽装できるじゃないか。絶対そのバカが仕組んだんだよっ」

 相談したパネラが怒りを露わに声を上げた。

 だが、それを立証するのは難しい。

 それよりも問題なのは、その置物の弁償代と御曹司を怪我させた慰謝料合わせて『300万エル』を請求された事だ。

 それが払えなければ、彼女を『隷属・隷従』に契約させると言うのだ。


『隷属・隷従契約』

 奴隷が禁止のこの国でも、罪人や借金を払えなくなった者が、労働や使役で負債を精算する仕組みだ。

 言い方が違うだけで、ほぼ奴隷と変わりない。人権があるかないかの違いくらいだろう。

 しかもこともあろうに、他国の商人に譲り渡すという。

 それはもう奴隷化という意味だ。

 

 若い女は高く売れる。

 だけれども、エルフでもない彼女が、そこまでの額で売れるかどうか。

 そこからして、弁償させたいのではなく、ただの嫌がらせだとわかった。


 300万は大金だ。だが、3人でかき集めれば、何とかならない額でもない。

 しかし、そんな汚い手にみすみす屈服するのも業腹だ。


 実はパネラも、ジェレミーには腹に据えかねる事があった。

 パネラとエッボはハンターが本業ではなく、実はそれぞれが板金工と、写字生(写本する職人)という職についていた。

 パネラはドンガ親方の鍛冶工房で働いていた。


 この世界での鍛冶作業は、火を使いハンマーなどで金属を鍛錬していく基本は同じだが、特殊な火、特殊な打撃道具、そして金属や土を操る土魔法を駆使して、特殊な金属を変化・加工させることも出来る。

 ただの鉄でも、普通の火と通常の道具による鍛錬よりも堅固に、そして細密な細工も可能になる。

 パネラはここで板金工として、多くの男どもに混じって金属加工をおこなっていた。


 そこにある時、ジェレミーがお供を連れてやって来た。

 今度の宝探しイベントに使う、宝珠を数個作らせていたのを取りに来たのだ。

 使用人だけで来るはずが、絶対に気まぐれで付いてきたに違いない。

 案の定、工房の中をつまらなそうに見回した後、唯一女性のパネラに目を向けた。


「ふうん、ドワーフって女でも、鉄をぶっ叩くのが好きなんだな」

 槌をふるって金属を打っている彼女を、後ろから覗き込んできた。その視線がノースリーブの彼女の胸に注がれている。

 パネラが無視しながら作業を続けていると、こう耳元で囁いた。

「まったく、ドワーフって、胸まで硬そうだな。そんなんでよく女って言えるよな」

 つい、変なところに槌をふるいそうになったが、そこは堪えて軽く頭を振るだけにした。


 ところが運悪く、払った彼女の三つ編みがジェレミーの目に当たった。

 それから大袈裟に暴力を振るわれたと叫ぶ男のせいで、工房の作業がいったん中止になるほどだった。


 工房の親方は60を2つ3つ越えたベーシスの男だったが、亜人・ヒューム関係なく自分の職人たちを誇りに思っていた。

 だから現場を見ていなくても、弟子たちの言い分を信用した。

「文句があるなら、正式に起訴申立書を持って来やがれっ」

 その場の雰囲気に気圧されたお供達は、まだ喚ているジェレミーを宥めながらすごすごと帰っていった。


 ドンガの鍛冶屋は、このバレンティアでも有数の大工房だ。腕前の確かさもあって評判がいい。

 幾人かのお金持ちや貴族のお得意もいる。

 だが、相手はその町を治める差配人、町長の息子だ。

 後でどんな仕返しをしてくるかもしれない。


 悩んだ挙句、パネラは工房を辞めることにした。

 弟子の罪を親方も被ることがあるからだ。

 もちろん親方は止めたが、パネラはハンター一本に絞る事にしたと言い訳をした。

 ハンターなら自分だけの責任になるし、たとえ何かあっても、ハンターギルドなら自分をさっさと切り捨てるくらいするだろう。

 むしろ、その方がサバサバしていて気が楽だ。


 そんな事があったすぐ後の、今回の騒動だった。

 どうせなら、もうこの街を離れてもいい。

 ただその前に、あいつをギャフンと一発言わせてやりたい。


 それは妻を侮辱されたエッボも同じだった。

 レッカと一緒に抗議しに行った際、代理で対応した秘書に『ここはお前なんかの来るところじゃない』と言わんばかりの蔑んだ目で見られた。

 ベーシス至上主義者の目だ。


 どうにかアメリを助け出して、いっそのこと皆で、どこか遠い町に移住した方がいいかもしれない。

 あの男が次の町長になる限り、この街はもうダメだ。

 情報屋に亜人が住み易い町などを訊ねたりして、計画を立て始めた。


 そんな矢先にレッカが動いた。


 面会に行った際に、警備が手薄になる時があり、解錠に成功。隠蔽スキルで彼女と逃げ出したと、突然、暗号文書を使って職場に連絡してきた。

 だが、パネラが工房を辞めた事はまだ伝えてなかったし、運悪くエッボもこれまた外出していた。

 それもあって、ここへ来るのが遅くなってしまったのだ。


「あたいが職場を辞めたこと伝えとけば、家に直接、伝報(電報のようなモノ)してきたかもしれないのに」

 レッカが気にするかもしれないと思い、中々言えずじまいだったのが裏目に出た。

「それはもう済んだ事だから、言ってもしょうがないさ。

 それよりやっぱりレッカは、ここまで来たのかあ。隠蔽を使われちゃあ、おいらの鼻も役に立たないし、あとはポーを信じるしかないけど」

 と、前を歩く蔓山猫を見た。


 本当は心細いだろうと、アメリと一緒にいさせるつもりが、兄を探す手伝いになるかもしれないと、彼女自身がポーを連れてってくれと言ってきたのだ。

 確かにポーは役に立った。

 ポーに導かれて行った先で、微かにレッカの匂いを感じ取ることが出来た。

 そんな切れ切れになった手がかりを、ちゃんとポーが点と点を結ぶように繋いでくれた。


 おそらく隠蔽を使って、痕跡を消しているらしいレッカを探し出すのは、鼻の利く獣人とて至難の業だ。

 しかし魔物のポーは、主人の痕跡をなんとか感じ取る事が出来るようだった。

 それは獣人にも及ばない、純粋な動物的感覚なのだろう。

 先程からやたらと触手を動かしながら、ひたすら進んでいく。


 2人と1匹は砂丘の広がる2層にやって来ていた。

 穴を抜け出てから、そのまま壁に沿って猫は歩いていく。

 確かに壁伝いに歩いていくと、ほんのたまにレッカの匂いを感じることができた。

 となると、レッカは壁伝いに移動しながら、また地上に戻る出口を探しているのだろう。

 いま彼が出来る最前の行動とも思えた。


 ふと、ポーが急に足を止めた。

 触手と顔を右側に向けて、耳を後ろに伏せた。

 パネラとエッボもそちらのほうを見た。

 範囲の狭い草木のある草地の部分と、砂丘に生えているように立っている岩石。


 その岩の陰に何かいた。

 エッボの位置からはそちらは風下で、匂いはわからなかった。

 その何かも、こちらの視線に気がつくと、のっそり動いてきた。


「へっ、見つかっちまったか。じゃあしょうがねぇや」

 そういいながら腹を揺するように出てきたのは、やや赤ら顔で、腹を妊婦のように突き出させた男と、スキンヘッドの大男だった。

 2人ともすでに得物を手にしている。


「なんだよ、あんた達」

 パネラも腰のメイスを手に持ち直した。

「いやさ、あんた達、どっかで犬獣人と背の高いベーシスの男を見なかったかぁ?

 そいつらとハグれちまってさ」

 少しヘラヘラした笑みを口元に浮かべながら、スキンヘッド男が訊いてきた。


「獣人と背の高い男……」 

 パネラとエッボは目を合わせた。

 2人の前でポーが、腰を上げて全身の毛を逆立て始めている。

 

「あんた達、あいつらの仲間かい? という事は、あの子たちを襲ったのも――」

 パネラがグッとメイスを握った。

「うん? おいら達のこと知ってるのか。っていう事は、やっぱ、あいつら、警吏に捕まっちまったのかぁ。

 かぁ~っ 運が悪い奴らだなあ~!

 こんなとこに警吏がいるから変だとは思ったけどよぉ、そんな早く通報されちまったのかあ」

 太った男が脂ぎった額からくっついた砂を払いながら、シブ面を作った。


「あいつら、おいら達のこと、べらべら喋りやがるかなあ……」

「そうだなあ……。やっぱり、しばらくここから出ない方が良さそうだよなあ」

 隣で大男も艶の良い頭を撫でる。


「おい、お前たち、さっき若い男と娘を襲った奴らの仲間だろっ!」

 エッボが持っていたロッドに、魔力を込め始めた。


「それがどうしたぁ? ダンジョンこんなとこじゃあ珍しくもクソもないだろう」

 デブがポンと固そうな腹を叩いた。

「そうだよなあ、ここじゃだよなあ」

 大男も相棒に頷く。

「で、おりゃ達はしばらくここに潜んなくちゃなんねぇみたいだから、色々と入用でさ」

 言うと同時に高い羽音が響くと、男達の出てきた岩影から、3匹のブルーホーネットが飛び出してきた。


「まず食料と、あったら、金目の物も置いてってもらおうかなあ」

 うす汚い黄色い歯を見せながら、スキンヘッドの大男が、いやらしい笑みを浮かべた。



 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★


『カトブレパス』の邪眼は本来、即死を招くぐらい強力という伝承があります。

 ここのはまだ浅い層に出現する魔物なので、威力を弱めにしました。

 それでも場所が場所だけに、ヤバい事には変わりありませんが(;´∀`)



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