第169話☆ 砂地獄と楽しくない滑り台


 ボウゥンッ ボムンッ ! 

 青い蜂の体が炎に包まれた。


 エッボがすかさず、3匹のブルーホーネットに向かって炎を放っていた。

 その音を合図に、太った男が大きくパネラに向かってダッシュする。同時に右手に持った、2個の鉄球とチェーンが付いたフレイル穀竿状武器を大きく振ってきた。


 ご存じフレイルは、殴打部分の接続部分が鎖などで自在に動くようになった棒状武器のこと。フレキシブルな動きをするので、通常はメイスよりも扱いが難しい。

 下手をすればケン玉のように、自分を打つことにもなりかねないからだ。


 だが、この男の持っていたフレイルは、柄が長めの片手剣並みのサイズに対して、鎖がその半分くらいしか無い。つまり体から離していれば、自分には当たらない、フットマンズ・フレイルタイプ長い柄に短い殴打部分の竿状武器だった。


 ガッ! と、一球目を丸い小盾バックラーで防いだ。

 続いて二球目が盾の縁を曲がって髪をかすめる。

 ドワーフは小柄な体型のせいで、総じてヒュームに比べて手足が短い。リーチ差の上に相手の武器が長いと、それだけで不利になる。

 だけど、それも想定内のこと。

 パネラはバックラーで、その鉄球たちを振り払った。それと共に強く砂を蹴ると、メイスをデブ男の腹に刺すように突き出す。


「ゴッフゥッ!!」

 太った男が思わず、分厚い唇をアヒルのようにさせて吐瀉としゃする。

 腹まで包む胸当てのおかげで、内臓破裂まではしなかったが、かなりのダメージは受けたようだ。

 

 相手の懐に入ることが出来れば、逆に短い武器のほうに分がある。

 パネラの得意の戦法は、相手の懐に入り込む近接戦だった。

 そのまま前屈みになり下りてきた男の顎を、返した柄の尻で思い切り殴った。

 砂地に汚い血と共に、白い歯が2つ飛んだ。

 その僅かな間にチラッと、夫であるエッボのほうに視線を走らせる。


 先程のブルーホーネット達は耐火力があるのか、一度めは細かい毛先を焦がすだけで、3匹に致命傷は与えられなかった。

 だから即座に2発目を炎弾ではなく、さっきより高温で勢いをつけた炎の刃に作り変えた。

 ファイヤーブレードが、羽の接合部分を焼き切る。


 ヴブブッ ブブッ! と、砂地に落ちた羽無し蜂たちが、砂地にグルグル円を描いた。 

 しかし大男のテイムしている魔物は、これだけではなかった。

 

 足元の振動に違和感を感じて、エッボがその場を飛びのくと同時に、3つに分かれた口を開いたワームが顔を突き出してきた。

 すかさず火刃を叩きつけるが、すぐに砂中に潜ってしまった。それに元々ワームは体皮に火耐性がある。

 口の中の粘膜に直接ぶち込まないといけないのだ。


 大男のテイムは、ターヴィのように1匹1匹、きめ細かく寄り添い指示するやり方ではなかった。

 哺乳類などと違って、虫類のほとんどは単純な命令系統で動かすことが可能で、一度彼らに自分たちを無害のモノと刷り込むと、目の前で手を振っても襲っては来なくなる。

 逆に一度でも攻撃対象を位置づけると、彼らなりの方法で、相手を攻撃し始めるのだ。

 このやり方は、細かい操作は出来ない代わりに、催眠のように一度に複数をテイムすることが出来る。

 今も地面に落ちた蜂たちにさっさと見切りをつけて、砂中のワームに乗り換えたのだ。


 ワームは1匹でなく、あとからもう1匹が砂下を進んできた。

『フーッ!』 

 砂の下を波打つコブに向かって、ポーが強烈な猫パンチを何発も繰り出す。灰色の砂が飛び散って黄色いミミズ状の虫がまた深く潜る。

「ケッ 猫は引っ込んでろやっ」

 投げつけられたクナイを、ひらりとかわすと、ポーはまた砂の中のワームを追った。

 

 エッボも火から水に魔法を切り替えようとしたが、いかんせん、この乾期の砂漠では水が思ったより動かない。

 すぐに防御魔法で、皆をサポートすることにまわった。  


「ぶっ、ぶざけぇやがっでぇっ!」

 デブ男が額にこれでもかと血管を浮かせて、顎に手を当てながら怒鳴ってきた。

「ただの見掛け倒しかと思ったら、ちょっとは打たれ強いようだね」

 確かに結構な痛手を受けたハズだが、もう両足を地面に力強く踏ん張っている。

 顎への打撃も、平衡感覚を崩すまでにはいかなかったようだ。


 パネラは背負っていた大きなリュックを足元に降ろすと、振り回す鉄球に対して、バックラーを体から離すように持った。

 そうしながら間合いを計る。

 初動で思ったほどのダメージを与えられなかったから、相手に警戒されてしまった。

 これは懐に入りづらくなった。

 

 パネラは土魔法で、金属を操る能力がある。

 しかし、大概の相手は護符アミュレットや耐魔方式などで、自身や自分の得物に負の魔法を掛けられないように防御している。

 それはこのデブもハゲの大男も同じだ。

 力の差が圧倒的に違えばそれも制することが出来るが、そこまでの違いがあれば勝負は一瞬でつく。


 彼女は金属操作は強いが、土や砂をいじるのは苦手だったし、範囲はそう広くない。


 それにバックラーは持ってきたのに、うっかり兜を忘れてきた。

 やはりパネラも慌てていたようだ。


 ホールで革製の兜は借りられたが小石対策程度の安物で、あんな鉄球をまともに受けたらいくら身体強化していても骨折は免れないだろう。

 この付近には残念ながら、ヘルメットを補強出来るくらいの金属はないようだった。

 幸い、物理防御の見えない膜をエッボがかけ続けていてくれるから、一発くらいなら何とかなるだろう。


「パネラっ 足元!」

 その声に後ろに飛び退ると、残った足跡からワームが飛び出してきた。

 グシャッ と、メイスで叩き潰す。

 それを見逃さずにデブが仕掛けてきた。

 懐に入られないように、体の前面で大きくフレイルを振り回しながら。

 振られた2本の鉄球が、回転する車輪のようになった。


 男はフレイルの扱いが下手だったのか、それとも彼女をナメていたのか。

 ここでフレイルを8の字のように、まさしく多方向に自在に動かしていれば、彼女もやりづらかっただろう。

 だが、一定方向の動きだけなら、タイミングを掴めば攻略しやすい。

 あとは度胸だ。


 そこでパネラは怖じ気ずに突っ込んだ。

 斜め上に伸ばした盾と、その後ろからメイスを挿すようにクロスさせた形で、男の右側に出るように。

 ちょっと意表を突かれたデブは、すぐにフレイルの動きを変えようとした。

 が、それより彼女が盾とメイスで、鉄球と鎖を受け流した方が速かった。

 

 ガンッガッ! 鉄球を盾で払いのけ、メイスで打ちおろすようにフレイルを持つ手をぶっ叩き、悲鳴を上げかけた男の腹を蹴り飛ばした。

 身体強化したドワーフが放った蹴りは、デブを高く遠くに空中を吹っ飛ばした。

 すぐさま彼女はもう1人の敵に向かう。


 仲間をやられて、余裕がなくなった大男が、クナイではなく、腰のバスターソードを抜いた。

 ワームを1匹殺られて、残りは1匹。近くにすぐテイムできる魔物がいなかったからだ。


「あんた、武器を下に置いて、両手を頭につきな! こっちだって命をとろうなんざ思ってないよ。

 だけど、あの子たちにやった償いはしてもらうからね」

 そう言いながらパネラはゆっくりと、盾を向けながら男のほうに近づいた。

 その近づいた分だけ、男も移動する。


「悪足掻きはやめな。何もリンチしようっていうんじゃないよ。そんなムナクソ悪いことはあたいは嫌いだ。

 だけど、警吏に引き渡すまで、通路で大人しくしててもらうよ」

 残りのワームがまだ砂中を、ボコボコと時折移動しているのが分かるが、ポーがその度に地面を叩くために出られないでいるようだ。

 そのまま、チラチラと彼女達とデブが落ちた後ろの斜面を見ながら、大男がなおも後ずさる。


「ゴォろっ! ごろぉしてやる~っ!!」

 皆が斜面の方を振り返った。

 先程のデブ男が、まさに頭から湯気を出さんばかりに顔を赤熱させ、フレイルを左手に持ち替えて砂丘を走り上がってきていた。

 さっき打たれた、折れたであろう右手の指も、痛くないかのようにブンブン振り回している。

 ハイポーションを飲んだのかもしれないが、完全には治っていないだろう。


「さすが『不死身のダン』、ああなると手に負えないぜ」

 大男がパネラ達にすかすように口元を上げた。

「まったく、面倒くさい男だね」

 パネラが少しため息交じりに眉を寄せた。


 気絶くらいしていてくれればいいものを。中途半端に耐久力があると、こちらもそれなりにやらなくてはならなくなる。

 さっきみたいに吹っ飛ぶようにバネを利かせるのではなく、衝撃を込めるように蹴らなくてはいけないのか。

 

 無益な殺生は、彼女も好かないところだった。


 その時、地面を叩いていたポーが、今度は斜面に向かって唸り声を上げた。

 それはダンと呼ばれたハゲ男に対してではなかったようだ。


「ごろっ……。おっ?!」

 斜面途中でダンが転んだ。何かに足を取られたのだ。

 すぐに立ち上がろうと着いた手に、何やら灰色の根っこのヒゲのようなモノが付いていた。


「「「あっ!」」」

 パネラ達も気がついた。

 ポーは更に毛を逆立てる。


「おっ? おおっ なんだぁ、まさかぁ!」

 さっきまでユデ蛸のようだった、ダンの顔から赤みが引く。

 気付いた時には、足に腰に腕に、そのヒゲのようなモノが絡み付いていた。


「やべぇっ!」

 いきなり大男が、斜面とは反対方向に走りだした。

「あっ 逃げるなっ!」

 エッボが火の輪を繰り出したが、やはり護符抵抗のせいで火力が半減してしまった。それを振り払いながら、大男はかなりの俊足で走っていく。


「おい、ベールゥッ 助けてくれよっ! こいつを何とかしてくれ、ベェルゥゥゥッ」

 ダンが繊維に絡み取られながら、仲間に向かって叫ぶ。

 だが、その仲間、ベールゥはすでに遥かに小さくなっていた。

 

「あんたっ 動くなっ! 藻掻くと余計に引っ付かれるぞ」

 エッボが叫びながら、砂中から伸びてきた繊維を焼こうとした。

 しかし焼いても焼いても、どんどん下から生まれるようにヒゲのような根が伸びてくる。やがてソレは太くなり、ダンの体をグルグル巻きにしていった。

 その頃にはもう、ダンは声を上げることも出来なくなっていた。

 麻痺毒がまわってきたのだ。


 砂地獄だ。

 知らぬ間にダンは、砂地獄の縄張りに足を踏み入れていた。

 彼が落ちた斜面のすぐそばにあり、注意深く見ればわかったかもしれなかったが、頭に血の上った男にはそんな余裕はなかった。


 それはベールゥも同じことだった。

 いかにテイム能力があるとはいえ、さすがに相手を制御するには、少なくとも数秒は時間を要する。


 しかも相手との距離があったりすると、テイムするのは難しくなる。

 その上この砂地獄は、砂の下に隠れていてすっかり気配を消しているのだ。同じように砂下にいるワームのように動きまわりもせずに。

 それなのに、その柔らかい繊維のような棘で、いつの間にか毒を流し込んでくる。

 強力なソレは、絡み付かれたらもう手遅れなのだ。


「もう無理だよ。助からない……」

 エッボも焼くのを諦めた。

 そして口をへの字に曲げた妻の肩を叩いた。

 ワームもテイムの支配が消えて、静かになっていた。


 2人と1匹は最後まで見届けることなく、その場を離れた。

 灰色の蛹のようになった塊りが、少しずつ斜面の底に吸い込まれていくのを見ないようにしながら。



 ★★★★★★★★★



 ヴァリアスの手に持ったロープが、クイ、クイ、クイと、3回ゆっくりと引かれた。

 ヨエルの合図だ。


 彼はリュックからロープを取り出すと、自分の腰に巻き付けた。それからヴァリアスに、ロープの端を持っててくれるように頼んだのだ。


「3回連続で引っ張ったら、安全という合図にしよう。それ以外だったら降りてこなくてもいい」

「わかった。助けにいく手間が省ける」

「待てよっ、それじゃヨエルさんがもしもの時、助けない気かぁ?」

 相変わらず他人には無慈悲な奴だ。


 するとヨエルが俺の方を見て、フッと口角を上げた。

「おれ1人なら、何とか出来る自信はある。ちょっと戻って来るのに、時間がかかるかも知れないけどな」

 そうなのか。やっぱりプロは流石だな。

 それとも予知能力で危険が無いと思っているのか?

 いやもしかして、俺が一緒にいたら逆に面倒なのか??


 そのまま彼は落とし穴に向かって、大きく踏み込んだ。砂の蓋が斜めに下がり、彼の姿が滑り台を滑走するように消えていった。


 そうして待つこと十数秒、下から合図がきたのだ。


「よし、行って来い」

 奴がロープを手から離すと、そのままスルスルと穴の中へ引き込まれていく。

「ああ、行くよ。もちろん行くけど、なんかちょっと怖いな。行き先が分からないところに落ちるのかよ。

 落ちる時の体勢って、こう、体の前で手を組んでおく方がいいのか?

 それとも――」

「さっさと行けっ」

 ドンっと勢い良く押されたおかげで、俺は両手をついてスルッと頭から入ってしまった!


「このっ、バッカヴァリィィーッ!」

 頭に来ることに、後を追うように奴の笑い声が聞こえた。

 相変わらず俺にも酷い野郎だっ!


 俺は頭と顔を両腕で覆いながら、暗闇を真っ逆さまに滑っていった。

 内部はサラサラした砂に囲まれ、滑りやすくなっている。

 咄嗟に体まわりに空気の層をまとわせたが、段々スピードが上がって来ると恐怖心もあり、制御がおぼつかなくなってきた。

 穴の形状は探知した通り、蛇行していて、それでいて螺旋状でもあった。

 これは絶叫系砂スライダーかっ。


 と、いきなり視界が明るくなった。

 灰色の霧を突き抜けたと思ったら、真下に急に緑の大地が迫ってきた。

 青緑に黄色い葉脈のある、かなり大き目の睡蓮の葉っぱのような形をした葉が生い茂るところが、ちょうど落下地点のようだ。


「おっ」

 その数メートル離れたところで、ヨエルがロープをまとめながらこちらを見上げていた。

 足から着くように体を回転させると、出来る限り足元に空気のクッションを作った。


 ボォンッ!

 スゴイ弾力を足に感じたと思ったら、俺は斜め上に向かって高く跳ね上がっていた。

「ひょおっ」

 高弾性な葉っぱのトランポリンから外れて、またもや空中に投げ出された俺は、慌てて体勢を整えた。

 地面に着地する寸前に、ヨエルが作った風の支えもあって、足を痛めることもなく無事に降り立つことが出来た。

 オリンピックなら間違いなく金メダルだ。ドキドキが違う意味で止まらないが。


「まさか頭から落ちて来るとは思ってなかったよ」

 ヨエルが少し驚いたような顔をしてやって来た。

「……私もです」

 俺は砂を払いながら答えた。


 と、その直後に、後ろでボンッと音がしたかと思ったら、奴が俺たちの頭の上で綺麗に弧を描いて降りてくるところだった。

 

「いやあ、たまには滑るのも面白いもんだなあ」

 カッカッと、俺よりすんなり着地を決めたサメが大口で笑った。

「んなろぉ~、いきなり突き落とすんじゃねぇよ。なんの嫌がらせだよ」

「イヤガラセなんかじゃないぞ。それにお前んとこのスポーツでもあるだろ。

 ほら、氷の滑走路を頭から滑っていく楽しそうなヤツが」


「これはスケルトン競技じゃねぇだろっ! 

 しかもそり無し、身ひとつじゃ恐怖しか湧かねぇよっ!

 たまには俺のタイミングでやらせろよ」

「お前のタイミングを待ってたら、日が暮れちまうだろうが」

「ごのぉや゛ろ゛う~~~っ」


 俺たちが言い合うのを、ヨエルが横で見ながら微かに頷いていた。

 俺が逆さまに落ちてきたワケを理解したようだ。

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