第170話☆ 導かれる者たち


「しかし凄い弾力だな。まるでトランポリンみたいだ」

 俺はあらためて、先程バネのように吹っ飛んだ巨大な葉に近寄った。


 上から見ると青緑した睡蓮の葉というか、黄色い葉脈模様のパックマンのように見えていた1mくらいあった葉は、横から見ると2,30cmはあろうかというくらいの肉厚ぶりだった。

 スベスベした艶のある表面を押してみると、みっちりと中が詰まっているのがわかる。

「『オシアス』っていう多肉植物だよ。水分を多く含んでいるから別名『ウォーターリーフ』とか、弾力があるから『バウンドリーフ』とも呼ばれてる種だ」

 奴が言ってきた。


「そういや、俺は無事に着地できたけど、レッカは? 彼もここに落ちたのだとしたら、地面に叩きつけられたりしてないか」

 彼は俺みたいに身体強化も出来なさそうだし。

 辺りを見回すと、『オシアス』から5,6mくらい離れたところに彼のらしいオーラが見つかった。

 あそこに落ちたんだ。


「ここら辺は地面も草も柔らかいから、まず大怪我はしてないと思うぞ」

 オーラに向かってつい走りそうになった俺に、後ろからヨエルが声をかけてきた。

 おっと、そうだった。ついまた勝手な行動するところだった。

「獲物を奥まで送りこみたいんだから、あまり怪我するような作りにはしてないぞ」と奴。

「だけど、俺はけっこう吹っ飛んだぞ。彼はこれくらいみたいだけど」

 俺のは10m以上は確実にあった。15mいったんじゃないのか。


「それはお前が足から『バウンドリーフ』を踏んだからだ。身体強化した脚力のせいで、余計に飛距離が出たんだ。腰から落ちたらあんなに飛ばん」

 あ、そうなの? 確かに膝を傷めないように、少し曲げたからなあ。


 とにかく残留オーラを調べる。

 ここら辺の土は粘土のように柔らかく、大き目のクローバーのような葉がびっしりと生えているおかげで、衝撃をかなり吸収してくれたようだ。

 逆に低反発マットの上のようで、やや走りづらかったのだが。


「ちょっと混乱したみたいだが、おかげで痕跡を残していったな」

 ヨエルが言う通り、そこにはグルグル行ったり来たりしたらしいオーラが、ベタベタと草に付いていた。

 あらためて俺は辺りを見回した。


 俺たちの降り立ったところは、まるで温室のように緑溢れる場所だった。

 さっき俺が落ちてきた睡蓮の葉もどきの『オシアス』や、こぶし大くらいの偽クローバー、そして葉と同じ青と赤の色をした、幹の捻じれたベンジャミンもどきの大木がヒュルヒュルと空に向かって伸びていた。

 その空は相変わらず雲のような、白灰色の厚い霧に覆われている。

 緑多く茂っているが、空気は避暑地のように涼やかだ。


 森のような1層よりも温室を連想したのは、それぞれの樹々や植物が鮮やかな花を咲かせていたこともあるが、それを取り巻く壁が意外と狭かったからである。

 この場所はおそらく学校の体育館をひと回り大きくしたくらいか。俺の探知の触手が、四方の壁になんとか触れる事が出来る。

 もちろんその灰色の壁も、霞んではいるが目視出来る。


 落ちてきた穴は、ちょうどこの部屋の真ん中に位置しているようだった。

 もし、もっと端に寄っていたら、俺は壁に激突していたかもしれない。


 そうしてその歪んだ卵型の壁には、1つの亀裂が開いていた。

 その穴の前には例のオーラが落ちている。

「じゃあ行きましょう」

 そのまま行こうとすると、急に待ったがかかった。

「蒼也、行動する前に索敵しろ」

 奴に言われて円形に触手を出すと、斜め後方に何かいた。


 それは10mほど離れた、細い葉が広がるシダの草むらの中に潜んでいた。

 一瞬、頭の大きいドードーかと思った。


 ドードーのようにずんぐりした体をしているが、大きさはひと回り大きく、何より頭とそれについている嘴も太く大きく、まるで『オニオオハシ』かチョ〇ボールの鳥かと思ったらいだ。

 頭のパ―ツがそれぞれデカいその鳥の羽毛は、モスグリーンに黄色のラインが先っちょにアクセントに入っている。

 そして硬そうな大嘴オオクチバシは、根元は黒いが全体が綺麗なコバルトブルーをしていた。

 しかし特筆すべきは、その飛び出すように大きな目玉だった。


 普通の鳥類のそれではなく、猛禽類のように前面寄りについている。

 そこにはシャボン玉の表面のような、虹色の彩色が浮かんでいた。

 まるで本当にフワフワ浮かぶシャボン玉の膜のように、ぶわぶわと表面が蠢いていて、その度にそこに浮かぶ色も波長が変わるように変化する。

 探知で視ているから良いが、これはさっきの水牛と感覚が似ている。


 ん、何か口にくわえている。

 これは布製の鞄か――?!

 隣でヨエルが動いた。


 ヒュンと、右手を鋭く振った。と思ったら、

『ビキッ!』 ヨエルの手から発せられた何かが、茂みに潜んでいた鳥の眉間にぶち当たった。

 鳥は2,3度、左右に大頭を揺らしたが、4本の黒青の足を痙攣させながらそのまま横に倒れた。


「『凶眼鳥イビルアイバード』だ」と奴。

「えっ、あれが?!」

「あの目を直接見なくて正解だ。直接見るとすぐに自律神経をやられる。

 平衡感覚はもちろん、血圧の急低下や呼吸困難、酷い時には血液の強逆流で心臓や肺が破裂する」

「最悪だな……」

 もっと奥の階にいるんじゃなかったのかよ。ここはまだ3層だよな?


「アイツの相手する時は、鏡のように反射する盾に映したり、もしくは水で作った膜越しに見るんだ。

 光魔法で、見える色を変えてみてもいい。

 とにかくヤツの眼の光をまともに見なければ防げる」

 そんな奴の講釈を聞いているうちに、ヨエルがすたすたと凶眼鳥の方に歩いて行った。

 そして首にトドメを刺すと、足を掴んで引っ張ってきた。その凶眼はいまや深い苔色の瞼が閉じられている。


「やっぱりあの若造のだった」

 そう言って掲げて見せたショルダーバッグは、確かにレッカが身につけていた物だった。

「襲われたのかな」

「たぶん違うな。だったらもっとオーラの跡が乱れてるはずだ。おそらく落下した時に落としちまったんだろう。草むらに落としたかして、見つからなくて諦めたんじゃないのかな」

 足元に鳥を置くと、鞄を俺に渡してきた。

 そうか。だけど荷物もなくして、きっと困ってるだろうなあ。


「ところで今のどうやったんです?」

 先ほど彼が、ベルトポーチから紐状のモノを出して振ったのは分かったのだが。

「これだよ」

 慣れた手つきで鳥の額から弾をほじくり出すと、その長い紐を見せてくれた。

 それは長さ1mくらい、幅が人差し指くらいの布製で、真ん中にやや幅広の革が付いていた。

 紐の片端には、指が入るぐらいの輪が付いている。


 ヨエルは中指に輪を通して紐の両端を片手で持つと、スルッとその手の中から鉄の弾を布に滑らした。

 弾はそのまま真ん中の革部分で止まる。

 その紐をブンとひと振りしながら片方の端を離すと、弾が真上に吹っ飛んで行った。

 

「あ、投石器スリングですか」

 俺は納得した。

 ターヴィもパチンコタイプのスリングショットを使っていたが、これはもっと原始的なタイプだ。

 利点としてパチンコが両手を使うのに対して、こちらは片手で出来るので、もう片手で盾が持てたり、両手で2発同時に撃つ強者さえいるらしい。

 また威力も馬鹿に出来ないところがある。

 有名なところで、あのダビデが巨人ゴリアテを倒した武器もこの投石器だったという説があるくらい、使う者によって強力な武器になる代物だ。


 ただし当たり前のことだが、コントロールするのが難しい。

 パチンコと違って、狙った方角にさえ素人は飛ばせないだろう。

 なんで風が使えるのに、わざわざこんなのを使うのだろう。


「意外でした。基本、風を使って飛ばすのかと思ってたので」

 それに真っ直ぐ落ちてきた弾を、軽くキャッチしながらヨエルが答える。

「魔法は操作しやすいし便利だが、使わなくていいならそれに越したことないだろ」

「そうだぞ蒼也。いつも魔法ばかりに頼ってると、魔力切れした時や通じない相手にはお手上げになるぞ。

 こういう技の10や100くらいは覚えておいた方が良いって、いつも言ってるだろ」

 ここぞとばかりに俺の暴力教師が五月蠅い。

「うっせぇな。オールマイティなあんたに言われたくないよっ! なんだよ100って、あり過ぎだろっ」

 って、今はそんな事言ってる場合じゃない。

 こいつのせいでいつも調子が狂ってしまう。

 

 悪いと思ったが念のため、何か手がかりがないか、鞄の中身をみせてもらう。

 中には鍵師らしく、ドライバーやアイスピックに似たピックツールが何本も、革製のロールケースに収まっていた。

 他にメモ帳らしき紙束と、金属製のペンケースのような箱。

 その箱を振ると何かカサカサ音がする。


 探知すると中に紙が入っていた。

 開け方が分からないので、ヨエルから見えないように鞄の中に手を入れたまま、中の紙をいったん収納、瞬時に手に取り出した。

 箱が魔法防御されてなくて良かった。


 手がかりかと思ったそれは、妹に宛てた遺書だった。

 追い込まれたレッカの気持ちと、残す家族や友人への感謝の言葉などが記されている。

 こんなモノだけを彼女に渡したくない。


「早く助けないと――」

「ふん……」

 紙を見たヨエルが、ちょっとつまらなそうに一息つくと

「どうする、旦那? この鳥」

 俺が焦っている横でさっさと鳥の腹から、半透明な青と黒色の混じった魔石を取り出していた。


「こいつの嘴と目玉は結構良い値で売れるぜ。だけどそんな解体してる暇なさそうだし」

「とりあえずそのまま収納しとけばいいだろ」

「悪いがおれのリュックには、もうこれ丸ごと入る余裕はないんだが」

「いや、コイツに持たせとく。蒼也、これ収納しとけ」

 もう奴が当たりのように俺をアゴで使う。


「ああ、わかったよ。収納したらさっさと行こう」

 俺は鞄のフタを開けて、その中にさも収納するように鳥に近づけて入れた。

 空間収納は、対象物が開いた収納口より大きくても、一部が入ればその面に沿って口が広がり、入れることが出来る。

 形状というものはなく、容量だけがあるという異空間独自の性質のようだ。

 そんな様子を見ながら、ヨエルが何故か少し頷いていたように見えた。


「良かった。こいつの肉はなかなかイケるぞ。塩で焼いてもいいが、肉によく合う『マジックスパイス』を持って来たから、後で野営したら焼き鳥にしよう」

「良いじゃねぇか、焼き鳥とビール。じゃあこの辺で野営するか」と奴。

 さっき昼食ったばっかじゃねぇかっ! 救助よりツマミの打ち合わせかよっ。

 それに気のせいか、捕食者プレデターが2体がいる気がするんだが。


 半分本気で、野営を始めそうだった奴を急き立てて、俺はさっきの穴の方に向かうことにした。



 **************



「クッソぉっ! いってぇなんなんでぇっ」

 砂に時々足を取られながら、ベールゥは砂丘を全力疾走していた。


 いつも通り、ダンジョンに潜って、ついでにカモから巻き上げて小金を稼いでいただけだったのに。

 喧嘩を売った相手が悪かったのか、まさか警吏に捕まるどころか、ダンまで砂地獄にやられるとは。

「ツイてねぇっ! クソッたれ」

 時折自分が蹴った砂が口に入り込んできたが、かまわず怒鳴り散らしながら走っていた。

 しばらくして、辺りにもう誰もいないことにやっと落ち着いてくると、岩に持たれながらやっと足を止めた。


「はあ はぁ…… くそ……」

 まわりを見回す。

 走りながら感じていたが、あいつらは追いかけてくる様子はなかった。そしてだいぶ中央よりに来たようだ。

 ざっと見たところ、四方に壁は見えない。ついでにテイム出来そうな魔物も。


 さてどうする。

 岩に寄りかかりながら、ベールゥは頭を掻いた。手に着いた砂がべっとり汗ばんだ頭皮にくっつく。

 うっとおしそうに、それをまた払い落した。

 そうして2歩進んだところで足を引っ込めた。

 

 微かに足の先に違和感を感じた。

 その場に屈んで砂を見ていたがおもむろに剣を抜くと、足元から一歩先をゆっくり刺すように押してみた。

 剣先が少し砂に埋まると、サラサラとまわりの砂が動いて、1mくらいの面が僅かに斜め下がった。


 落とし穴か。

 危なかった。うっかり踏み抜かなくて良かった。

 ここら辺のは一発即死の罠はまだ少ないが、それでも注意は必要だ。

 独りで下の層に行くのは好ましくない。


「いんや、おりゃあツイてる」

 3人やられたのに、自分はこうしてまだ五体満足に逃げおおせてる。

 今もこうして罠を避ける事が出来た。

 それにあの時見た警吏は2人だけだった。

 大物と言うほど自分に、それほど本気で追いかけてくるとは思えない。

 なんとかすり抜けて逃げのびてやるぜ。


 そう思いなおして剣を鞘に納めた時、後ろから何者かに急に首を掴まれた。

「おい、さっき言っていたのは本当か?」

 押し殺した男の声だった。

 振り向こうとしたが、首筋に金属らしき冷たいモノが当たっているのを感じて動けなかった。


「誰だ おめえ……?!」

 岩のまわりはよく見たつもりだった。隠蔽を使っていたのか?


「こっちが先に聞いてるんだ。さっき警吏が来たと言ってたのは本当なのかっ」

 首を掴む指に力が入る。眼だけ動かしても自分の顎で相手の手は見えない。

 ただ、刃物なぞ当てなくても、その指の力がかなり強いことは分かった。

 即座に首の骨を折るほどに。

 ベールゥは、下手な抵抗は止めた。


「……本当だ。1層で、遠目だったがしっかり見た」

 本当は遠目に見つけた時、咄嗟に『コルドーン』をテイムして偵察していたのだ。

 声まではよく分からなかったが――実は『コルドーン』は音をただの波長として感じているので、人と同じには聞き取れないのだ――2人の警吏が3人組のパーティに、何かの紙を見せて話していた。

 よく見えなかったが、顔が描かれていたように思う。


「警吏は何人いた?」

「おりゃが見たのは2人だけだ。ただ何か紙を持って、誰かぁ探してる感じだったあ」

「探してる……」

 首を掴んでいた指が、考えに気がいったように少し緩んだ。


 姑息な盗賊はそのチャンスを逃さなかった。

 首を捻ると同時に、体を思い切り前に投げ出した。首をつたる汗も滑らせるのに一役買った。

 男がナイフを突こうとしたのを、寸の間でかわすと、ザザッと砂の中へ滑り込むように消えていった。


 小悪党ベールゥは自ら落とし穴に飛び込んだのだ。

 殺される可能性が高いのなら、ほんの僅かでも助かる道を本能で嗅ぎ分けて。


「……運のいい奴」

 男はつい呟いていた。

 元よりあんな小悪党、相手にはしていない。だから追いかけることもしない。

 それより厄介なのは警吏の方だ。


 たった2人だけなら、ただの定期巡回かもしれないが、誰かを探していたのだとしたら意味が違ってくる。

 それに2人だけじゃない可能性もある。


 もうバレたのだろうか。

 確かにあねさんは目立つからなあ。

 ダンジョンに女が入るのは別に珍しくないが、とにかくあの人は人目を引く。

 危険と分かると逆にそれを楽しもうするのも、あねさんの悪いクセだ。

 あっしらはいつもそれに翻弄される。


 ふぅーと、ゴリラのような厳つい肩を少し落としてため息をつくと、男は後ろのほうに振り返った。

 まだ見つかったと決まった訳じゃないが、念のためにもっと奥に隠れた方が良いだろう。

 確証が無ければ、警吏も奥までは来ないだろうし。



 灰色地に茶色の文様があるサンドヴァイパー砂クサリ蛇が、岩場の陰から鎌首を持ち上げた。

 だが、そこには男達の足跡が僅かに残るだけ。

 ただ白い砂が、何処からともなく吹く風にサラサラと動いていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 3層から次第に危険な罠が増えていきます。

 そうして徐々にその危険空間に、皆が集合していく予定です。

『トラップだよっ 全員集合!』 って、集まりたくねぇ~( ̄▽ ̄;)


 少し更新が遅延気味ですみませんが、どうかよろしくお願いいたします。 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る