第100話 赤ひげ先生 ハルベリー その3


「初めまして、蒼也といいます」

 俺たちはこの教会の住人達に引き会わされた。


 住人は司祭を頂点に6人いた。

 司祭のハルベリーを頭に、助祭ディーコンで紅一点のナタリッシア、司祭の補佐・代理を務めるらしい。

 副助祭のイーファは薬師の資格を持っていて、同じく薬師見習いの侍祭のコニーと2人で薬草などを調合して、薬を作ったりしているらしい。


 侍祭にはもう1人カスペルという若い男がいた。

 彼は料理が得意で、少ない食材で皆の食事をやりくりして作っているらしい。

 ちなみに侍祭というのは聖職者の中でも下の階級で、いわゆる雑用係のような位置らしい。

 それでも祭儀などの補佐をしたり、儀式にはギリギリ参加できる役職だそうだ。

 そして聖職者ではない下男の大男のサウロ。彼はまさしく雑用なので、掃除から畑の手入れ、料理の手伝いなど、多岐にわたって仕事をしていた。


「どうも有難うございます。本当にありがとうございます!」

 サウロの大きな両手でがっしり手を握られて、握り潰されないか心配だったが、しっかり掴んでいるわりには柔らかく俺の手を握っていた。


 イーファや侍祭の2人は、寄付は素直に喜んでくれたが、それ以外は別に興味なさそうで挨拶以外、特に言ってこなかった。

 ただ助祭のナタリッシアだけが、あきらかに不服そうな顔をしていた。


「先生、いくらお金を積まれたからって、簡単に素人に治療をさせるなんて、どういうつもりですか?」

 司祭親父のハルベリーは、ここでは司祭様やファーザーではなく、先生と呼ばれているらしい。

 確かに養生所の貧乏医者、赤ひげ先生といった感じか。

 後で司祭様の呼称に、先生という言い方があるのを知ったが。


「いや、ちゃんとテストはしたさ。丁寧だし、筋は良いと思うんだ。さっきも言ったとおり、もちろん軽症者しかやらせないよ。

 それにさナタリー、患者には練習台としてお金を払うんだ。こりゃあ患者だって嬉しいはずだぞ」

 聖職者でもない俺が、小さいとはいえ教会付きの施療院で治療行為を行うのだ。

 しかもベテランとしての助っ人ならまだしも、ド素人が金に物言わせて練習しに来たのだし、そりゃあ、面白くないだろうなあ。

 

 ナタリーという呼び名の助祭ナタリッシアは、赤ひげ先生ほどではないが回復・治療魔法が使えるらしい。

 中程度の治療なら任せられる腕前だそうだ。

 もちろん一朝一夕ではなく、聖職者としての仕事をしつつ、少しづつ培ってきた能力だ。

 臭い、汚いなどの患者も選り好みなんかできないし、もちろんしない。神聖魔法保有者としての神の信用を得ているというプライドもあるのだろう。

 それをいきなりやって来て、出来るのだけやらせてくれと来た余所者に、反感を示すのは無理ないのかもしれない。


「もし失敗して余計悪くさせたらどうするんです?」

 そう、俺もそれを心配してるんだよ。間違えて変にしちゃったらどうしようって。

「大丈夫だ。間違いそうだったらすぐ注意する。万一失敗したら、俺がちゃんと治すから。

 俺が横でちゃんと、ちくいち視ながらやらせるよ」

 司祭様こと赤ひげ先生ハルベリーは、太い親指を自分の胸に立てた。


「……私の時はそこまで、丁寧にやってくれなかったのに……」

 ふと、彼女の眉が違う感情で歪んだ。

「えっ? だってナタリーは、始めから基礎が出来てたじゃないか。それにお前がここに来た時は、忙しくて助っ人として来てくれたんだし……」

 妙な怒りの気配にタジタジする赤ひげ先生。


「わかりました。じゃあその方のご指導は、全て先生にお任せします!

 しっかり面倒見てくださいね」

 そうピシャッと言って一瞬俺の方をキッと睨むと、ナタリーは礼拝堂を出て行った。


「あー、あなた男で良かったですねー。もし女性だったら、もっとナタリーに恨まれてますよ」

 副助祭のイーファが、ボサボサ気味のキャメル色の頭を掻きながら、ぼっそり言ってきた。

 その後ろで侍祭のコニーとカスペルがうんうん、頷いている。

 なに? 面白くないどころか、憎まれちゃうのか?!


「いや、気にしないでくれ。いつもキツ……、ハッキリものを言う娘なんだ。

 以前、隣国との小競り合いでここら辺の地区が荒れててなぁ。

 修道院から助っ人に来てくれて以来、ウチに残って治療から経理まで色々やってくれてるしっかり者なんだよ。

 たぶん、いきなり来たあんた達を少し警戒してるんだよ。例の奴隷商の奴らの件もあるし」

 なんだか、それだけじゃないと思うんだけど……。


「んじゃ、大抵患者が多く来るのは午後からだから、中を案内しようか」

 礼拝堂の女神像に向かって左手のほうのドアを開けると、廊下が粗雑な石造りになった。

 正面に続く廊下の左側は窓が並んでいて、さっきの外で見た畑が見える。先生は正面廊下に行かず、右側に曲がった。

 礼拝堂に接しているせいか手前に窓はなく、廊下の半分先にある窓から光が入っていた。

 その窓の隣のドアを開けると、中庭に出た。


 先ほどの畑のある庭より少し広いくらいの大きさで、何本か実をつけた樹が生えており、中央に先程の女神像に似た像が立っていたが、こちらは小ぶりの取っ手付きの水瓶を持っていた。

 その水瓶から本物の水がチョロチョロと流れ出て、その足元の開いた穴に落ちていた。


「これは湧き水なんだ」

 像の前に来ると先生が、手を水につけながら言った。

「ちょっと飲んでみるかい」

 言われて俺も両手ですくってみる。

 今日はカラッと晴れていて、陽射しも結構強く風も暖かい。

 だが、その水はとても気持ちいい冷たさだった。


「すごく美味しいです」

 お世辞じゃなく、本心でそう思った。

 日本のような都会でないとはいえ、こんな町中で、まさしく山々のような清涼で爽やかな水が湧いて出るとはちょっと驚きだ。

 飲むとじんわりと五臓六腑に染みわたっていく。

 ギーレンのあの水売りが売っていたセラピアの湧き水に似ている。


「美味いだろ? ある時急に湧いて出てきたんだよ。だからこうして、女神様の像を上に被せて出しているんだ」

 だから井戸はあっちに作ったと、礼拝堂の壁近くのある、丸いレンガ造りの井戸を指さした。


「ここは土地が良いんだな。狭いけど浄化作用がある」

 ヴァリアスが庭をぐるりと見回しながら言った。

「おう、あんた分かってるじゃないか。そうなんだよ。ここは元々共同墓地があったんだが、郊外に移動しちまって、こうして教会だけが残ったんだ。

 それがこうして施療院と中庭になったって訳さ」


 え、じゃあここ元は墓地だったって事? 

 たぶん火葬じゃなくて土葬だよね。もしかしてそういう意味で、土壌の良い土地になってるとか? 

 そんな土地の水飲んじゃったじゃん!

 一気に胃が微妙になってきた。


「土地が良いってのは、お前が考えてるような意味じゃないぞ」

 俺がしかめた顔して、胃の辺りを押さえた意味がわかったらしく、奴が言ってきた。

「大体お前が嫌がってるような成分は、とっくに地虫共が食べて分解しちまってるよ。直に死体から染み出たモノなんかもう残ってないぞ」


「あんた本当に良く知ってるな。調べたのかい? 

 確かにここが墓地だったのは、大体50年くらい前なんだ。前任の時から中庭だけになってたんだよ。

 俺が来てから施療院のほうを建てたんだ」

「じゃあ先生が施療院を建てたんですか」

 ガサツな割には聖職者らしい事するなあ。

 あれ……?


「あの、ここって水の女神様の教会ですよね。だとするとここで働く人達って、水魔法を使えるんじゃないですか? だったら井戸なんかいらなさそうですけど」

「ああ、あんたは外国から来たから知らないんだな。教会や修道院にいるのはな、確かにその宗派の神の洗礼を受けた者だが、だからといってそれが得意とは限らないんだよ」


 魔法の力は人によって様々だ。

 マッチ棒の先くらいの、小さな火をつける事しか出来ない者もいれば、オークを焼き殺すくらいの業火を放てる者もいる。

 ほとんど発現しない者さえいる。

 洗礼を受けたとしても、それが凄く強くなるという訳でないようである。


「まあ相性って訳だよ。俺はある程度出来るけどな。他の者はさほど魔法力は高くねぇんだ。

 ナタリーは治療系の魔法は使えるんだが、他はあまり強くねぇし。

 サウロに至っては、水の素質がないから洗礼も受けられないんだ。

 聖職者としての素養はあるんだが、ウチの系統の聖職者になる資格が貰えないんだよ」

 やはり魔法世界とはいえ、一般市民とハンターになるような者とでは、かなりの力量の差があるのをあらためて感じる。


 庭から施療院に戻るとサウロが籠を背負ってやってきた。

「先生、今日は1人で行って来ていいですか?」

「あ、そうだった。今日は野菜売りが休みだったか……。しょうがねぇ」

 先生はこちらを振り返ると

「すまねぇが、ちょっとこいつと食材の仕入れに行かなかきゃなんねぇんだ。悪いが戻るまで待っててくれるか?」

「別にこちらは構いません。買い物の量が多いなら一緒に行きますよ」

 やっぱり一度の食材とか量が多いのかな。たくさん食べそうな奴もいるし。


「いや、そりゃあ悪いよ。それに量が多いからって訳じゃないんだ。いつもサウロ1人に任せてるんだが……」

「奴隷商の奴が何するかわからないから、心配なんだろ」

 ヴァリアスがすかさず言った。

「ああ、そうなんだよ。見ての通りサウロは大人しいが、腕っぷしならそこら辺の奴になんか相手にならん。

 だけど俺は、ああいうやからのやり方を知ってるからな。念のためサウロが外に出る時は、俺も一緒について行ってるんだ。

 さすがに聖職者には手を出してこないからな」


 それを聞いてサウロが申し訳なさそうに、体を縮こませた。

「大丈夫だよ、サウロ。もうすぐ借金キレイに返して、いつも通り気にせず自由に外出できるようになるさ」

 先生はサウロの腰をポンと叩いた。

 そういう訳で4人で出かける事にした。


 細い路地を何本か抜けて大通りをいくと、前方に広場が見えてきた。

 そこには幾つものテントを張った市場があった。


「お早う、先生、サウロ。今日は赤茄子が良い感じに熟してまっせ。あとコブ瓜がたくさん入荷したから、安くしときますよぉ」

 色とりどりの野菜や豆類が入った籠の前で、市場の親父が声をかけてきた。

 赤茄子というのは地球の米茄子のように大きい茄子で、トマトのように鮮やかな赤色をしていた。


「じゃあその赤茄子10本とコブ瓜は3個おくれ」

「毎度、あとこれ良かったら持ってってくんなさいよ。この前、腰を治してもらったお礼です」

 そう言って親父は、黄色っぽい大きい蕪に似た植物を5本出してきた。

「おお、いつもすまねぇな。だけど腰はクセになってるから、物持ち上げる時は気ぃつけろよ」

 へいへい、わかってまさぁと親父は、サウロの持ってきた籠に野菜を入れた。


「コブ瓜って知ってるかい? 今は薄緑色だけど、熟すと真っ黄色になるんだ。そうすると結構甘くて美味いんだ。ここら辺の庶民の大事なスイーツになんだよ」

 そう見せてくれたコブ瓜は、楕円形の薄緑色の25㎝くらいの長さの実で、表面にボコボコとしたコブがある。

 匂いを嗅いでみると、少し青バナナのような匂いがした。

 その他に白菜のような形をした、青々としたキャベツのような葉物野菜と、プチトマトに似た赤大豆を買い込んだ。


 さっき通ってきた通りもそうだが、ここの地域では亜人はほぼ見かけない。というか俺が今のところ見たのは赤ひげ先生とサウロ(ヒュームだがちょっと巨人の血が混じっている)くらいか。

 それよりも気がついたのは、時たま腕や首筋、たまに顔に赤紫の染みのような痣をつけた人を見かけることだ。


「あの……ここの人達はああいう痣が多いんですか」

 俺は局地的な人種なのかと思って訊いてみた。


「ああ、あんたは遠いところから来たから、この病を知らないんだな。

 ありゃあ紫斑病の名残なんだよ。

 こりゃ敗血症の一種でな、血液に入った紫球菌が悪さして、臓器や皮膚の粘膜に炎症を起こすんだが、その時皮膚に紫色に色素沈着させるんだよ。

 昔ここの地域でこれが流行ったんだ。

 この病気の厭らしいところは治っても、ああやって体に痕跡を残すんだ」


「じゃあ、あの……ナタリッシアさんも?」

「彼女の場合、母親が妊娠中に罹ったそうなんだ。それで彼女は生まれつきらしい」

「そうなんですか……。女の子なのに、よりによって顔に……可哀そうに……」

「いや、意外とあの子はサバサバしてるぞ。それにこの町じゃ罹患者が多いからな。

 あまり奇異な目で見られないところが良いんだよ」

 

 そうか、同情はかえって失礼なんだな。

 でも素が綺麗な顔だけに、余計可哀想な気もする……。

 ただ、これは俺の取り越し苦労だったと、後で知る事になるのだが。

 

 別の店で山菜や豆類を買っていると、ヴァリアスが少し鼻を引くつかせた。

「オヤジ、念のために訊くが、お前のとこに来る患者に葉巻を吸うような奴がいるか?」

「わかるだろ、そんな上等なモノ吸える奴が来るわけないじゃないか。せいぜい安物の巻き煙草ぐらいだよ」

「じゃあ寄付やお祓いを頼みに来るような奴で、マデリー伽羅を使った葉巻を吸ってる奴は?」

「高級品だな。いや、いないと思うぞ。よく来る煙草臭い刑吏はいるが、そんな匂いじゃねぇし。

 っと、それって……」

 赤ひげ先生が、何かに気が付いたように顔を上げた。


「そういう事だ。あの教会で嗅いだ匂いと同じ匂いが、さっきから、つかず離れず付いて来ている」

 ヴァリアスが少し面白そうに口元をゆがめた。

「あいつら、やっぱりつけて来やがったか。そういや、あの奴隷商の男、これ見よがしに葉巻吸ってた事があったぜ」


 サウロが振り返りそうになるのを、赤ひげ先生がサッと手を上げて止める。

「たぶん、その男本人じゃなくて、部下の方だな。あいつがこんなとこに来るわけねぇから」

「ああ、葉巻を吸っている者の呼気じゃないからな。たぶん親玉の側によくいて、移り香がついている奴だろう」 

「チッ、じゃあ証文は持って無さそうだな。今とっちめても時間の無駄か」


 俺達はその尾行者を知らない振りして、市場を出た。

「そこの角を右に曲がったら、すぐに壁に貼り付け」

 焦げ茶レンガの共同住宅の横を歩いている時に、ヴァリアスがいきなり言ってきた。

 同時に少し速足になって俺達を追い抜くと角を曲がった。


「え……」

 サウロは訳が分からずちょっと驚いたようだったが、ベテランの先生はすぐに何か察したらしく、サウロの手を取ると「旦那の言う通りにしよう」と壁のほうに引っ張っていった。

 最後に俺も角を曲がると、手前にいた奴の隣にくっついた。


「そのまま良いって言うまで動くなよ」

 チラホラ人通りもある中、男4人がなぜか壁に貼り付いている光景。

 俺のすぐ横には建物の柱の出っ張りが、掌くらいの幅にあるのだが、もちろん体を隠せる幅ではない。

 サウロなんか背負っていた籠を手前に抱えているので、通行人がすれすれに当たりそうになる。

 ヴァリアスに横に下ろすように注意された。


 と、角を曲がってきた3人の男が、俺の前で急に立ち止まった。

 あきらかに動揺している。

 通りは馬車が2台余裕で通れるくらいの、いわゆる2車線くらいの幅の通りで、ドアを開け放している店やそこそこ人通りもある。

 俺達の前で左右をせわしなく見回した男達は、足早に店の中を見ながら通りを真っ直ぐ走っていった。


 3人の姿が角を曲がって通りから消えると

「よし、もう良いぞ」

 ヴァリアスが壁から離れた。

「念のためしばらく気配を少し消しておく。近寄らなければわからないぐらいにな」

「あんた、隠蔽の能力があるのか。しかも自分だけじゃなく4人分も隠蔽できるとは……。

 さすがSSだな」

 赤ひげ先生が感心して言ってきた。


「あのクソジジイッ! 俺は傭兵だって言ってんのに、何バラしてやがんだっ!」

 ぐわっとジョーズが大口を開けた。

 サウロが体に似合わずビクつく。

 ああ、あの紹介状にそんな事書いてあったのか。

 まあ、しばらく面倒見るなら、コイツの事ある程度知っとかないと危険だしなあ。


「あっ、すまねぇっ! あんたAランクの傭兵様だったな。ドラゴンの鱗の件に関わったSS様に似てるだけなんだったよな。

 今のは忘れてくれっ」

 赤ひげは焦って弁解したが、ヴァリアスはちょっとつむじを曲げた。

 が、首も横に曲げたついでに、道の先の店頭の日除けの下で、樽に板を乗せた簡易テーブルで、一杯やっている男達に目を止めた。


「クソオヤジ、お前、酒はイケる口だろ?」

「えっ、俺はその、一応たしなむ程度になら……」

「嘘つけっ。たしなむ程度なら、そんなに体から匂う訳ないだろ。どうせ机の引き出しとかに、酒瓶隠して飲んでるんだろうが」


「うはぁっ、さすがアクール人の鼻だな。そこまでわかんのかよっ」

 赤ひげ先生、図星かよ。

「奢るから買ってくぞ。どうせ地元の酒を買う予定だったからな」

 やっぱり地元の酒も飲む気満々だったんだな。日本から買ってきた酒は部屋用か。

 とりあえず後で俺が半分は管理しなくちゃ。

 展開になかなかついていけないサウロを残して、2人はすたすたと酒屋に入っていった。



 教会もとい施療院に戻って来ると、ナタリーは施術室にいなかった。

 代わりに副助祭のイーファが、椅子に座っているお婆ちゃんに、何やら黒っぽい丸粒を見せながら説明している。


「これ朝、食事した後に1粒飲んでね。いい? 絶対に食べた後だからね」

 そう言いながら薄い紙のような葉っぱに、丸薬を包んで渡した。

「彼も患者を診るんですね」

 俺は感心して言った。

「まあな、薬師は一応医学も勉強してるから。ああいう加齢で体力減退による疾患には、回復魔法による一時的な治療じゃなくて、滋養強壮剤の方が効くんだよ」


 施術室の後ろの壁のドアが開いていて、中で薬師見習いのコニ―がすり鉢で何かをすっていた。

 壁や床に置かれた籠に、薬草らしき植物やら石のようなモノが入ってるのが見える。

 まわりには他に薬研や石臼らしき道具も置いてある。

「ナタリーなら集会室ですよ。子供達が来たんで」

 コニーが摺りながら教えてくれた。


 集会室というのは、この地域の住民の集会所、もとい談話室とかに使われるような、いわゆるフリースペースのような部屋らしい。

 そこには簡素な木製の長机と長椅子が、会議室のように4セット並んでいて、そこに10歳前くらいの子供達が5人座っていた。

 手元にはA4サイズくらいの黒い板を置いて、何やら小石を動かしている。

 小石と思ったのはどうやら石灰のようで、子供たちはブラックボードに文字を書いていたのだ。


「ずい分単語を覚えてきたわね。ただここだけ、ちょっと違うかな。ここさえ直せば完璧よ」

 ナタリーが子供1人1人を見て回りながら指導している。

「ここでな、近所の子供達に勉強を教えてるんだ。公立学校は基本学費はタダなんだが、教材やら教科書やらは自分持ちだし、何より毎日は通えなくて勉強についていけない子供も多いんでな。

 だからここで基本の読み書き、計算を学ばせてるんだよ。

 将来役に立つだろ? 

 ここでやるって言いだしたのはナタリーなんだ。彼女、修道院時代にやってたらしいから」

 そうか、治療だけじゃなくて寺子屋もやってるのか。なんかこの人数で回すのって大変なんじゃないのかな。


 集会室の隣が食堂で、その後ろに厨房があった。

「カスペル、喜べっ。今日は食材が大量にあるぞ。思いっきり腕を振るってくれ」

 そう言って先生は、サウロに籠から野菜や山菜・豆類をテーブルに出させた。

 俺も収納から肉屋で購入した、オークとドードーの肉の塊を引っ張り出す。

 収納する時は、さすがにサウロとヴァリアスの陰に隠れてやったが。


「えっ、肉がこんなにっ ?! いくらなんでも大丈夫なんすか?」

 カスペルが戸惑いながら言ってきた。 

「大丈夫だ。今回この兄ちゃんの奢りだ。遠慮なく使え。余ったら氷室に入れときゃいい」

「あざーすっ!」

 今どきの若者のノリで礼を言うと、カスペルは早速調理にかかり始めた。

「ヒャッホゥッ、今日のシチューはゴロゴロ肉入りだぞっ」

 サウロは野菜を一抱えすると、井戸に洗いに行った。


 そこへイーファが呼びに来た。

「先生、怪我人です。処置お願いします」

「わかった。よっしゃ、行くぞ、兄ちゃん」

 俺は買ってきたパンを慌ててテーブルに出すと、すぐに先生の後を追った。

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