第99話 赤ひげ先生 ハルベリー その2


「俺がこの教会兼施療院の司祭プリーストを務めるハルベリーだ」

 現れた司祭を名乗る男は、ピジョンぐらいの背の低い人物だった。

 その頭は見事に禿げ上がり、油を塗ったように光っていた。

 目、鼻、口と、顔のパーツがそれぞれ大きいのだが、皮膚は張っていて、シワが少なく、見たところ50くらいだろうか。

 その顔半分の鼻下から顎にかけて、赤焦げ茶の髭が硬そうに強く生えていた。


 ただ耳が丸く、普通より高い位置にあって、後ろに猫の髭のようなものが数本ピンと立っている。

 もしかしてノームか? 

 ドワーフ程ではないが、小柄な割にガタイもいいところがピジョンと違うが。

 だけど……。俺はあらためてこのノームを見た。


 彼は生成り色のシャツの袖口をまくり、カーキ色のズボンをサスペンダーで吊り上げていた。

 足元は何かサンダルのような突っ掛けで、さっきの娘と同じようなペンダントを下げていなければ、とても教会関係者とは思えない出で立ちだ。

 司祭というからてっきり、神父様のような祭服みたいなのを着ていると思っていたのだが。


 いつも袈裟を着た坊さんが、普段着の作務衣で出てきたという感じである。

 司祭様というより雑用のオヤジだな。


「狭いとこで悪いけどな」

 そう言って通された部屋の中は、大体4畳半くらいだろうか。テーブルと古ぼけたソファと椅子が2脚をあるほかは、小さなキャビネットと壁に女神像のミニチュアがついているぐらいで他に何も無かった。

 ただ2つある窓から、中庭を通って心地良い風と光が入ってきていた。


「アイザックの奴は元気にしてたか? あいつもう、腰曲がってなかったか?」

 俺達にソファを示して、自分は窓側の椅子に座りながら司祭様が聞いてきた。

「とっても元気ですよ。年とは思えないほど矍鑠かくしゃくとしてらして、そこら辺の若者より姿勢が良いくらいです」

「ほう、そうかい。まっ、あいつは俺達の中じゃ一番若いんだから、出来る限り頑張ってもらわんとな」

「えっ、村長の方が司祭様より年下なんですか?」


 村長はしっかりしてるけど、見た目70ぐらいだと思う。それにひきかえ、目の前の小司祭はどう見ても脂ぎった50代なんだが。

「そうだよ。見ての通り、俺はノームだからな。老いの速度が違うんだ。俺達と組んだ時のあいつは、ちょうどあんたくらいの若造だったよ」


 ああそうだった。人種によって寿命が違うんだったな。

 それに西洋人の年齢は、いまいち良く分からないんだよな。

 シワが多いから爺さんかと思ったら、結構若い方だったり、大人かと思ったら子供だったり……。

 俺も見かけと違うから、人の事は言えないが。


「で、ここで訓練させてくれるのか?」

 さっきのゴリラ男――サウロと紹介された――がお茶の入ったカップを3つ持ってきて、出て行くのを見届けてからヴァリアスが司祭さんに訊いた。

 司祭さんは太い眉を片方上げると

「そりゃ、こう紹介状もあるし、やらせないとは言わんがな」

 と、腰から短剣を抜くとテーブルに置いた。


「まずは確認させてもらう」

 自分の左手の袖を更にめくると、すっと短剣で肘から少し下を切った。

「イテテ、何回やってもヤダな、この作業は」

 そう顔を少ししかめた司祭さんは俺のほうに、その血がにじみ出てきた腕を突き出してきた。

「これを治してもらおうか」

 テスト来た ――― っ !


 ここに来る前にヴァリアスに、スキルの発現だけはしてもらっていた。

 だが、もちろん対象がないと出来ない魔法なので、まだ試していなかった。

 本来なら自分の体でやればいいのだが、俺の特異体質ではすぐ治ってしまって効果がわかりづらい。

 それでこちらでぶっつけ本番になってしまった。

 俺は身を乗り出すと、恐る恐るその切り傷に右手をかざした。


『(ただの縫合だ。落ち着いてやれば見なくても出来る。感じるままにやってみろ)』

 ヴァリアスの声が頭に直接聞こえてくる。

 5,6㎝くらいの赤い筋に意識を向けると、解析とは違い、傷の具合を自分の体の延長のように感じ取り始めた。


 もちろん痛みはないのだが、微かにムズ痒いような、ような違和感を感じた。

 その部分に意識を集中する。


 細胞に入った切れ込み(傷)は表皮から真皮に入っている。その切れて開いた部分に、傷ついた毛細血管から漏れ出た血液が、筋肉の圧力で少しずつ押し出されている。

 まずはこの漏れ出た血液を血管に戻して、血管の穴が塞がるイメージ。それから切れた部分の細胞が張り付いていく感じで――。


『(モノじゃないんだから、張り付けるのじゃなく、再生・修復させろ)』

 そうだった。

 ターヴィの怪我を治した時の感覚をあらためて思い出した。

 あんなに細かくは出来ないけど、細胞を再生させながら、余計なモノ―――汚れやバイ菌を、上皮の外に押し出していく感じで。

 出来る限りキレイに元通りに、正常な状態に治るように。


 1分くらいかかったかもしれない。

 なんだか俺にはもっと長い時間に感じた。最後の違和感が無くなったと同時に、「もういい」と司祭さんから声がかかった。


「ふ……ん」

 司祭さんは自分の腕を眺めさすった。一応皮膚は元通りに、傷も残ってないと思うのだが。

「これぐらいの傷にちょっと時間が掛かり過ぎるが、まあ丁寧だな。回復というより、治療に近い感じだったよ。これなら合格だ」

 はあ~っ。良かった。

 俺は体から力を抜いてソファに座り直した。

 喉が渇いたので出してもらったお茶を飲む。

 それは紅茶ではなく、麦湯というより、健康茶のような薬湯っぽい味がした。


「これなら俺の体を使っての練習じゃなくて、実際に軽度の患者の相手ならさせられそうだな」

「有難うございます。初めてやったんで、ちょっと心配でしたけど」

「ナニッ ?! 初めてっ ? 自分の傷とか治したことないのか?」


 あっ、普通はそうだよな。

 横を見たら、ヴァリアスが苦い顔を俺に向けていた。

 すまん、失言した。

 司祭さんはテーブルに置いた紹介状に目をやりながら

「むぬ~、確かに色々謎が多そうだな、あんた達」

 どういう風に俺たち、紹介されてんだろ?


「まあいいわい。これやってる時に、なんかモヤモヤした嫌な気分を感じなかったか?」

 袖を元に戻しながら司祭さんが訊いてきた。

「ありました、変な違和感が。

 ちょうど司祭さんの声がかかった時に、それが消えましたけど」


「そりゃな、元通りに治ったからだ。その嫌な感じってのは、正常じゃない状態からくる歪みの振動なんだよ。だからそれが消えたら、治った合図だ。

 それ以上は過剰回復になっちまう。やり過ぎは駄目だからな」

「なるほど、気を付けます」

「じゃあ、筋は悪くないとして、今度はこっちの話だな」

 そう言いながら紹介状の上に指で丸を書いた。


「ウチは確かに無料の慈善救済所だが、それはあくまで今日のパンにも困るような者達のためだ。

 だから古着どころか新調した服が買えるような奴は、有料の治療院のほうに行ってもらう事にしている」

 司祭さんは俺の服を見ながら言ってきた。


 これは元々古着だったんだよ。こいつが新品に直しちゃたんだ。もう、ストーンウォッシュでもして、使い古し感を出そうかな。

「それに無料とはいえ、生身の患者の体を練習台に使わせるんだ。逆に払わなくちゃならねぇかもしれないぞ」

 そうか。無料で治すって言っても、俺はまだ本当にド新人だ。地球だって治験の被験者になるバイトなんかあるもんなぁ。


「あの、それはもちろん、失礼ですが練習台になってもらうので、被験者の方にお支払いしたいのですが、その……幾らぐらいが相場なんでしょうか?」

 日本での治験のバイト料も全然知らないし、相場が全然わからん。

 失敗したら最悪、悪くするどころか命にもかかわるかもしれないんだから、やっぱりそれなりに高いのかなぁ。

 この間のドラゴンの鱗で貰ったお金ぐらいで足りるだろうか。

 もちろんもっと金は持ってはいるが、簡単に手に入れたお金と、体を張って得たお金は区別したいのである。


「そうだなぁ……」

 司祭さんは太い指で、その硬そうなアゴ髭をいていたが

「ホントに軽い症状や軽傷の者しかやらせられないから、1人300エルぐらいでどうだろう?」


「え、エェッ? 300ですか?!」

 少し驚いてしまった。

「お、おぉ、ちょっと高かったか。そりゃ確かに治してや―――」

「いや、いやいや、それ安すぎません? 練習台の対価がたったの300エルって――」

 日本円でいくらになる? 確か2.3倍くらいのレートだったから、¥690くらいか? 

 ワンコイン(¥500)より少し高いくらいじゃないか。


「ハハ、これぐらいでいいんだよ」

 司祭さんは立ち上がってテーブル越しに俺の肩をポンポンと叩くと、またドスンと椅子に座り直した。

「あんまり高過ぎるとな、ワザと怪我したり、毒飲んで金を貰おうって輩が出ないとも限らねぇんだよ」

 ほんの小遣い稼ぎくらいがちょうど良いんだと、司祭さんは右手でお金をあらわすゼスチャーをした。

「なるほど……そういう危険もあるんですね」

 なんでも高けりゃ良いってもんじゃないんだな。


「それに300エルってのは、ここら辺の者にとっちゃ、決して安い額じゃねぇぞ。

 それだけありゃ、1日分の食費になるし、地面じゃなくて簡易宿のベッドで一晩眠る事も出来る。

 それによ、エールだって1杯、大ジョッキで飲めるんだぜ」

 ガハハハハッと司祭さんはデカい口を開けて笑った。


 なんだろ、このガサツな感じ。

 本当に司祭プリースト様なのだろうか。もう俺の頭の中では、日本の生臭坊主というか、破戒僧のイメージが固まりつつあるのだが。


「それと兄ちゃんだけに任せとく訳にゃあいかないからな。俺も万が一の時の為に付いてやるし、もちろん指導もさせてもらうぜ。

 となるとだ、俺もそれに時間を割かなきゃいかんってこった。わかるだろう?」

 そう言ってずいっと、覗き込むように体ごと俺の方に向いてきた。


「寄付金ならもちろん出すぞ」

 ヴァリアスがそう言うと、テーブルの上に小袋を置いた。

「おおっ、すまねぇな、催促しちまったみたいで」

 いや、あんた今の絶対催促だろ。古今東西、国どころか星が違っても、やる事は変わんねぇな。

 もう司祭様じゃなくて生臭破戒僧と呼ぼう。


「オウッとぉ ?! 何っ? 本気マジか、こんなに……」

 袋を開けて覗いてみた破戒僧様がデカい声を上げて、袋の中を三度見した。

 一体いくら渡したんだ?

「寄付金っていうのは気持ちでいいんだろ? 上限もないはずだ」

 そうニーッと笑う奴の牙を見て、少し目が覚めたような顔をした破戒僧様は、袋をゆっくり俺達のほうに押し返してきた。


「いや、駄目だ。こりゃあ貰えねぇ……」

「あ゛? なんでだ」

「額がデカ過ぎる。ウチみたいなちっぽけな教会が貰える額じゃねぇよ」

 大金ならウハウハと喜んで貰うのかと思っていたら、意外と小心者だったのか?


「いいじゃねぇか。つべこべ言わずに取っとけよ。邪魔になるもんじゃねぇだろ」

「邪魔になっちまうんだよ。つい最近、痛い目にあったばかりだ……」

 まあ、アイザックが寄越したあんた達のことを、信用しねぇ訳じゃねえんだが――と、破戒僧様は1ヶ月程前の事件を話し出した。



 その日、お祓いを願って教会にやってきたのは、隣国の奴隷商の男だった。

 このエフティシア王国は、ここ数十年前から奴隷制度は完全廃止になっている。

 だが、他国、すぐ近くの国境を渡った隣国では、まだ当たり前のように奴隷制が行われていた。

 法律で禁止されていないからだ。


 ただ、あまり快く思われない職業でもある事は万国共通のようで、しがらみやけがれまみれのこの商人の、御祓おはらいの儀式を断る聖職者たちも多い。

「だけど、俺は職業で差別はしてないんだ。だってこっちじゃ違法でも、あっちじゃ合法な仕事なんだからな。

 まあ、処刑人も刑吏も奴隷商も必要悪ってこった」

(ここでは処刑人は死刑専門の刑吏のこと)


 どうやら良くも悪くも、文化として根付いている職業のようだが、俺は奴隷商人と言う言葉に一種嫌悪感を持っている。

 価値観が違うからかもしれないが、自分と同じ人間を畜生同然に働かすイメージが強いからだ。


 昔の外国のTVドラマシリーズ『ルーツ』を見たせいもあるのだろう。

 『ルーツ』は自分の祖先を遡って調べていったら、昔アフリカからさらわれてきた奴隷だったという実話だ。

 何の罪もない自由人を、ある日いきなり攫ってきて、モノとして扱う理不尽さは、当時かなりセンセーショナルなドラマだったと記憶している。

 破戒僧様はお茶を一口飲むと続けた。


 そういった来る者拒まずのところが、裏で口伝てに伝わっているらしく、その手の職業の者から時々お祓いを頼まれる。

 お祓いによって今まで自分がおこなった魂の罪が消えるわけではないが、表面についた垢・汚れのようなしがらみを落とせるのは大きい。

 断ちたい悪い縁などを遠ざけてくれたり、悪い廻り合わせなどが解消されたりするからだ。

 それにハルベリー司祭の行なう祓いは、結構効果があるとなかなか評判だった。

 これは教会の貴重な収入源だった。


 その奴隷商の男は初顔だったが、気前よく基本の御祓い料の他、大銀貨7枚(7万エル)も寄付金をさし出してきた。

 今後とも懇意にしたいと奴隷商は口元を上げた。

 儲けているところからは、遠慮なく貰う事にしているハルベリーは、もちろん素直にもらった。


 これで長年溜まっているツケを綺麗にする事ができる。薬草もたくさん買えるし、礼拝堂の修繕費も出せる。

 もし少しでも余ったら、たまには皆に美味い肉でも食わしてやろう。

 あいつらはまだ若いんだから。


 その際に奴隷商は1枚の紙を出してきた。

 金品贈与寄付証明書、これは主に学校や教会など公共施設に事業費用などを寄付した際に、その金額分を免税してもらう事のできる申告書だ。

 それにこれは善行をしたことを、国や世間に対して知らしめる事にもなる。

 見返りにもらう感謝状などを、居間にこれ見よがしに飾る輩も多い。

 寄付を貰うときによくある事だから、ハルベリーは別に疑わなかった。書類に教会名と責任者の自分の名前をサインする。


 ただその際に、よりこの証明書の信憑性を高めるために、もう1人立会人としてサインを入れて欲しいと言ってきた。

 これも卑下された職種にたずさわっている者としての当然の配慮だと言える。

 そこでたまたま、お茶を持って入ってきた、下男のサウロがサインをした。


 再び奴隷商の男が教会に現れたのは、それから10日程経った頃だった。

 その時、ハルベリーは所用で留守だった。

 たぶん半刻(1時間)くらいで戻ると告げると、商人はなら少し待たせてもらうと言ってきた。


 その時に商人は、応接室にお茶を持って入ってきたサウロに来意を告げた。

 この間の寄付証明書を実は欠損してしまったので、手数で申し訳ないが再発行して欲しくてやって来たと。

 そうして少し破れたこの間の証明書と、新しく用意した証明書を見せてきた。

 司祭が来る前に先にまた、サインをくれないかと言われ、サウロは何の疑問も持たずにサインしてしまった。


 サウロは自分の名前は書けるとはいえ、それほど読み書きが得意な方ではない。ましてや小難しい言い回しに書かれた書類だ。

 それが違う内容が書いてあるモノだとは気がつかなかった。

 姿の割に純朴なこの大男は疑いもしなかったのだろう。

 サウロがサインをすると、商人はお茶を飲み、急に用を思い出したとそそくさと帰っていった。


「ホントに腹立つが、してやられたっ!」

 その時の事を思い出したらしく、破戒僧様はギリギリ歯噛みした。

「俺がいない時をワザと見計らって来やがったんだ。……だが、こんな事はよくある事なんだ。

 俺がもっと注意してやらなくちゃいけなかったんだ……」

 そう溜息をついた。


 その2回目の訪問から、3日めの昼下がり、突然部下を3人引き連れてやってきた奴隷商は、書類をたてにサウロを連れて行くと言ってきたのだ。


 あの寄付証明書がいつの間にか、隷属・隷従契約書に変わっていた。

 これは奴隷ではないが、労働や使役することを誓った誓約書だ。主に罪人や借金を払えなくなった者が、その身で精算することを約束する際に使われる。

 奴隷は禁止のこの国でも、これは合法だった。

 かくてサウロは大銀貨7枚で、自分の身を売った事になってしまっていた。


 もちろん、本人やハルベリーも、知らずにサインさせたのだから無効だと主張した。


 だが、書類自身は正当なもの。

 そのサインのさせ方の違法性が立証できなければ、負けるのはこちらだった。

 国が違うための法律の違いも、こちらにとって不利だった。

 それから時折、嫌がらせのように金を返すか、隷徒を寄越せと押しかけてくるようになった。

 こうなると金を全額返金して、書類を取り戻せば済むのだが。


「あの野郎、こっちが全部使い果たすのをうかがってたんだ。溜めてたツケを払って、すっからかんになる頃合いを。

 ……今月は実入りが少なくて、すぐ使っちまったのもマズかった……」


 サウロはその先祖に巨人族がいるらしい。

 だから一応ヒューム(人間)なのだが、こうして先祖返りで少し、巨人族特有の力や体力が受け継がれていた。

 普通のヒュームの何倍もの労働力を発揮する、巨人族は捕まりにくい人種の為、奴隷としての市場価値も高い。

 そこに目を付けられたようだ。


 もしあちらに連れていかれたら、きっと隷属・隷従契約書は、奴隷契約書にすり替わるに違いない。

 そうなったらいっそうに拘束力が増してしまい、助け出すのが難しくなる。

 おそらく一生を奴隷として過ごすことになるだろう。


「サウロは見かけによらず、真っ直ぐに育ちすぎちまって、馬鹿じゃないんだが、人の裏を読む事を知らないんだよなあ。危なっかしいから商談とかは、副助祭のイーファに任せてたんだが」

 詐欺師はあの手この手ですり抜けてくるからと、ハルベリー司祭はお茶をグイっと一気飲みした。


「だけどよ……最近はこうも考えちまうんだよな」

 司祭は少し顔を下に向けながら、その広い額を撫でながら言った。

「……仮にも聖職者の俺が、金に固執しすぎたのかもって。

 人間にはそれぞれ器ってもんが決まってるんだ。それ以上のモノを手にすると、器から溢れちまって、あちこち汚すことになる。そういうのも影響しちまってるのかもしれん。

 だから少しは自重し―――」


 ガンッといきなり音を立てて、ヴァリアスの奴がテーブルの上に足を乗せた。

 何やってんだよっ?!

「なに辛気くせぇこと言ってやがんだ。器なんざスライムみたいに伸びたり縮んだりするんもんだ。

 小さきゃ伸ばしゃあいいじゃねぇか」

「そりゃあ俺だってそう思ってるさ。これでも昔はもっと稼いでブイブイ言わせてたからなあ。

 だけど今じゃ俺もこうして神に仕える身だ。そんな奴が金儲けに力入れて、本業をおろそかにしてちゃ、器も小さくなるってもんだよ。

 本業も分かっちゃいるんだが、俺も器用じゃないんでね……」


 その時、9時の鐘が鳴った。

 直下の場所なのでかなり大きく、建物全体に響いて聞こえた。

「……おろそかって、もしかしてコレの事か?」

 ヴァリアスが上に視線を向けながら、顎をしゃくった。

「まっ、これもそうだな。けっこうすっぽかしちまって、助祭のナタリーによく怒られてるけどな」

 と、スキンヘッドをポリポリ掻いた。


「何のことですか?」

 俺には何のことかわからない。

「教会や修道院の鐘ってのは、元々民衆に時を告げるだけのものじゃないぞ」

 ヴァリアスが説明した。

「それぞれお努め――祈りや神に対する奉仕活動をする時間をさしてるんだ。本来なら今の時間、すでに礼拝堂で祈ってるのが通例だ。

 この分だとしょっちゅう手を抜いてるな」

「ああ、俺はズボラな正確だけは治らなくてなあ。気が向いたらやるタイプなんだ。

 そんなとこも女神様は愛想つかしてるかもなあ……」

 ハルベリー司祭さんは壁の女神像に目をやった。


「アネシアス様はそれくらいで怒るような器の方じゃないぞ。

 ただ試される事はあるだろうが」

「まあな、頭じゃわかってはいるんだ。全ては俺の気迷いってわけだ。

 だけど今はちょっとげんかついで、分相応に大人しくしとこうかなと考えちまってる訳さ」

 俺もすっかり気弱になったぜと、またツルツルを頭をさすった。。


「しょうがねぇなあ」

 ヴァリアスがやっとテーブルから足を下ろした。

 俺はお茶をこぼさないように、カップをずらした。


 奴はそれからテーブルの小袋を摘まみ上げると、中からコインを1枚取り出した。

「とりあえずこれは手付だ。分納ならいいだろ?」

「いや、これでも多いぞ」 

 テーブルの上に置かれた金貨(10万エル)を見て、ハルベリー司祭は両掌を広げた。


「これでその借金返してこいよ。どうせ利息も付けられてんだろ? 

 それに宿泊料込みなんだから、これぐらい女神様も取っとけって言ってるぞ。

 少し羽目を外したくらいで、イチイチ目くじらたてるような方じゃないぞ」

 司祭さんはマジマジと奴を見ると

「なんか不思議だな。あんたが言うとそんな気が心底してくるよ」

 そりゃそうですよ。間近で神様を知ってる奴なんですから。


「ちなみにあんた達の守護神様(ここでは洗礼を受けた神様の事)は誰なんだい?

 もちろん俺は水の女神アネシアス様だが」

 少し興味深げに司祭さんが訊いてきた。

「オレと蒼也は創造神クレィアーレ様だ」

 自慢げに奴がドヤ顔で言う。


「えっ ?!」

 司祭さんの目がまた大きくなった。

「それはまた、ちょっと、――毛色の違う神様が当たったんだな」

「なんでだよ? クレィアーレ様はアネシアス様のパートナーだぞ。

 関係あるじゃねぇか」

「いや、そういう意味じゃなくて……。

 こっちの兄ちゃんはありかと思うが、あんたもかよ」


 どうも洗礼を受けた神様により、主な能力方向性が決まるようで、我が創造神様お父さんが守護神の場合、得意な職業としては錬金術師や細工師、または技術者など、物作りに関連するものがほとんどのようだ。


「なんかこう、火とか土とか闇とか、そういうほうかと思ってたよ」

 当たりです。こいつは半分闇系ですから。

 ただ本人は意外と言われて、面白くなさそうだったが。


 フッと司祭さんは鼻で一息吐くと、肩から力を抜いた。

「まっ いいや。どうも俺はうじうじ考えるのは苦手なようだ。これは有難く貰っておくよ。

 もしも教会に天罰を降らすなら、俺にまとめてくれればいい」

 そう言って破戒僧の司祭さんは、金貨を手に取った。


「大丈夫だ。そんなもの降らねぇよ」

 確信あり気に奴が言った。

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