第110話 2人のアクール人とハンターという職業
切りが悪くてまた長いです……。
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警吏達はものの2,3分ですぐにやって来た。
黒っぽい焦げ茶地に、『†』みたいな剣の黒い模様が、中央に入っている制服のサーコートを着ている。
早いなと思ったのは、さっきまで具合悪そうだった、アルとセオドアも警吏が来たとたん立ち上がった事だ。
「もう大丈夫なんですか?」
「ええ、おかげ様でなんとかね」
「もちろんだ。今回のはちょっとヤバかったけどよ」
確かにアルの眼の色がまた深紅に戻っているし、さっきまで荒れていた2人のオーラが、今やほとんど見えなくなった。
通常になったから見せないように引っ込めたんだ。
オーラはその人物の体調や気分とか、いわゆる個人情報が見える。
だから人に知られないようにオーラを普段引っ込めておくか、無難なオーラだけを操って見せたりするらしい。
それにしても奴が言った通り、大した回復力だ。俺も人の事は言えないけど、俺より早いかもしれない。
「聖職者が奴隷商に攫われたとか?!」
ちょっとアメリカンポリスにいそうな、腹の突き出た警吏が訊いてきた。
「そうだ、そこに転がしてある」
アルが後ろの方を指さした。
「捕まえたんですね、ええと、こいつがそのボスですか?」
と、肥満腹の男は2人の後ろにいたヴァリアスを指さした。
「あ゛ぁ゛っ?!」
「違う、違うっ! この人は協力者だっ」
セオドアが慌てて訂正する。
「お前も笑ってるんじゃねぇよっ!」
えっ、俺、笑ってないぞ―――。
っと 横を見たら、アルがその場でまた腹をおさえてしゃがみ込んでいた。
「―― だからぁ……笑わすなって言ってんのに……。クセになったらどーすんだよ……」
「被害者は奴隷具による後遺症が出てる。早く治療したい。司祭と被害者だけは先に帰していいだろ?」
もうセオドアが無視して警吏に話を続けた。
「え、ええ、司祭さん達なら知ってますから、じゃあ馬車を至急用意させますよ」
「いいよ、ここにあるんだから」
復活したアルがまた立ち上がると、倒れていた馬達の耳からスルスルと黒い霧と漏れ出てきた。それがまさしく霧散すると、半目になっていた馬達の目がクリンと動いた。
続いて耳がピクピク動き、首を持ち上げたかと思うと、バタバタと起き上がってきた。
「おっと、どうどうっ」
そばにいた他の警吏達が慌てて馬達の手綱を掴む。
「大丈夫だ。まだ夢うつつだから大人しいはずだ」
確かに馬達は立ち上がったとはいえ、まだゆっくり首を振って気怠そうにしている。その場から動きまわろうとする気配はない。
「闇魔法で……傀儡化したんじゃないんですか?」
「一時的に意識を乗っ取っただけだよ。おれは馬は好きじゃないけど、動物にむやみにそんなマネしないぞ」
ああ、傀儡みたいに、脳に損傷を残さないやり方もあるんだ。
ちょっとホッとした。
「しかし、この馬車は証拠品ですから―――」
太った男が戸惑いを見せた。
「あの、自分が責任を持って送り届けてきますから、それならよろしいでしょうか」
さっきの中年の門番が申し出てくれた。
「自分は馬の扱いなら慣れてます。ちゃんと2人を送り届けたら、すぐに馬車を持って帰ってきますので」
「ううむ、まあ証拠隠滅する可能性も低いし、それならいいか……」
そういう訳で、先生とナタリーだけを先に帰す事が出来た。
「ぬぬぬ、よくまあやってくれたな。治療が大変だわい」
護送車――― まさに檻になっている馬車に、乗せる前に治療が必要ということで呼ばれてやってきた、キルギルスという官吏専門の治療師(医者)が唸った。
普通なら獄所の治癒師がやるらしいが、容疑者の半分が現役警備兵だったからだ。
「おっ、途中まではポーションか何かで応急処置したのか。まあ中途とはいえ適切に処置されてるようだな。
これなら全員動けるようにするのはこれで足りるか」
草むらに転がっている男たちを1人1人診ながら、付き人の薬師に持ってきた薬を出させる。
「どうせ、死刑なんだから、治したって意味無いのになあ」
そばに立っているアルがボソッと呟いた。
門の前とはいえ、すでに6時を過ぎたので、念のため魔物を警戒しているのだ。
「そりゃどうだかな。腕のいい弁護人でも雇えばどう転ぶかわからんぞ」
奴隷商の大男に、毒消しを飲ませながら治療師が言う。
「フフン、そんなの裁判まで生きてればねぇ……」
アルがまわりの暗い並木道を見やりながら、さも先を見通しているかのように言った。
「全くこれだから刑吏って奴は……」
治療師はぶつくさ言いながら、手早く手当すると1人づつ、護送車に乗せるよう警吏に指示した。
そんな様子を俺は、市壁に開けられた窓から見ていた。
ここは門の詰所――市壁の壁の中だ。
空には三日月型をした青い2つの月が山の上に姿を現している。
何とはハッキリわからないが、まわりから何かがジワジワとあたりに浸透してくるかのように、空気が変わっていくのがわかる。
中学生の頃、みんなでお盆に、真夜中のお寺で肝試しをした事がある。
外はまだ残暑で、夜でも蒸し暑さが残っているのに、気のせいか墓地のあたりだけ、ひんやりしている感じがした。
墓石に水でも撒いてあるのかのように、水気を含んだ冷たい空気が漂っているような、あの感じに似ているかもしれない。
「昼間と空気が違うのがわかるか? 市壁の中は魔除けのせいで、ある程度一定に保たれてるからわからないだろうが、外ではこうして魔素が降りてくるのが実感出来るんだ」
ああ、夜になると湿気みたいに地表に降りてくるんだっけ。
だから魔物が夜、活発になるという。
そんな風にみると、あたりを警戒しながら
実際に枯渇した魔力を取り込んでるのかもしれないが。
「ほら、お前も書け」
詰所に戻ってきたアルに向かって、セオドアがテーブルに書類を置いた。
門は閉められ、護送車と警吏達は、戻ってきた馬車と一緒に留置所に走っていった。
俺とヴァリアスが残った警吏の質問に答えている隣のテーブルで、セオドアが良い音を立てて何か書類を書いていた。
戻ってきたアルはぞんざいに椅子に座ると、出された書類を面倒くさそうに見た。
「ん~、やっぱおれも書くのぉ? どうせ報告書書いたんだろ。サインだけじゃダメかなぁ」
「当たり前だ。こっちは事件報告書。個人処理報告書はそれぞれが書くものだろ」
セオドアがアルの目の前にペンを突き出した。
「めんどくせぇ~」
「ふざけんな。いっつもこっちがお前の分も事務処理してるんだぞ。たまにはやれっ」
叱られた子供みたいに、アルが渋々ペンを手にとる。
「再現して見せたら、代わりに誰か筆記してくんねえかなぁー」
再現ってどんなふうにやるんだ?
「なぁー、酒ないの? せめてビールくらいさぁ」
出されたお茶のコップを見てアルが手を止めた。
「―― すいません。ここには置いてないんです」
お茶を持ってきた若い門番が恐縮しながら言った。
「そんな事言ってさ、本当は夜勤明けに飲むために置いてあるんだろ?
もう喉乾いちゃった。1杯くらいいいじゃん」
「ラガーならあるぞ」
ヴァリアスが缶ビールを出してきたので、俺が慌てて止めた。
「待て待てっ! 駄目だろっ、場所わきまえろよ。って、あんたもここで飲むなっ」
警察署でも許されるのはカツ丼くらいだ。
プルタブを開けようとしていた奴が、ちょっとむくれてまた椅子にふんぞり返る。
「早く書かないと終わらないぞ」
書類をコツコツ叩かれて、また口をへの字にしたアルがペンを動かした。
「……え~~と、αがβ1のまず――、あれ? この場合、真っ先に馬から処理したから、馬がβ1か? いや、先に手を出してきたのあっちだし……」
(αとβはこの場合 甲乙みたいなもの)
「馬はこの場合、付属品扱いだからβじゃないだろ。全く、普段書かないから忘れるんだ。もう黙って書けっ」
なんだろ、このマイペースさに何かデジャヴを感じるんだが。
結局、セオドアが口述した文章をそのままアルが書いて、報告書を仕上げた。
明日あらためて警監視局(こちらでの警察署)に出向く事を約束して、俺達は門を後にした。
ドアをくぐった瞬間、2人はまた初めてあった時と同じ服装に一瞬で切り替えた。
閉門時とはいえ、酒場に向かう労働者や家路を急ぐ商人など、町にはまだ人の姿があった。
その中に2人も一般民として溶け込んでいた。
「お、お帰りなさいっ 皆さん」
教会に戻ると大きな体のサウロがすぐに出迎えてくれた。
「おーっ、お疲れ様です。さすがっ、あんた達、ナタリー奪還の
廊下をカスペルも走ってきた。
「お嬢は? 目ぇ覚ましたか?」
「……まだだけど、でも先生がずっと診てるよ。こっちに」
カスペルとサウロに連れられて、俺達は施療院の一室に通された。
ベッドに美しい娘が横たわっていた。明るいオレンジ色の混ざった、黄金の鮮やかな髪が枕に広がり、高級なシルクを思わせた。
染み1つないその華のようなかんばせの瞳は、今や長い睫毛で塞がれたように閉じていて、生きているのか心配になった。
だが微かに上下する毛布の動きが、辛うじて息をしている事をしめしている。
あの青いターバンに隠れていた耳が髪から見える。長くはないが先が細く尖りめだ。
何よりもあの痣が消えていた。
言われなくても俺にもわかった。
彼女はエルフの血を継いでいるんだ。あの博物館で見た人形のような美しい人種の。
枕元には網が付いた小さな壺のようなモノが置かれ、そこから微かに煙が立っていた。部屋の中は柑橘系とフローラルな匂いが混ざったような香りがたち込めている。
イーファが小瓶を持ってきて、その壺の中にサラサラと何か粉を入れた。
更に匂いが立ち昇るように香った。
「目覚め香だな」
ヴァリアスが言った。
「朝なかなか起きられない奴とか、気持ちよく目覚めたい奴がセラピーとして使ったりするんだが、こうして昏睡状態の者を目覚めさせるための刺激剤にもなるんだ。
だから『呼び香』とも呼ばれている。この世に呼び戻す意味でな」
確かに彼女はこんこんと眠っていた。
その姿はまさしく『眠れる森の美女』か、毒リンゴで眠る『白雪姫』を描いた絵画を彷彿させた。
そしてその姫のそばには7人の小人のノームならぬ、ハルベリー先生が座っていた。
先生は彼女の手を取り、じっと祈るように目を瞑っている。
「ハル、どうだ、戻ってきそうか?」
セオドアがそっと聞いた。
「ああ……お嬢……。クソッ、これから留置所に殴り込みに行ってくるっ!」
一緒に覗き込んだアルが、声を荒げた。
「バッカもんがっ、そんな事してもナタリーは起きんぞっ。というか、そんな荒い気を振りまくな。昏睡状態の者は周囲の気に敏感なんだぞ。
余計戻って来なくなるかもしれん」
がばっと立ち上がった先生に怒られながら、ずんずん壁の方に押されたアルは仕方なく壁に寄りかかった。
「幸いまだ早かったから脳自体には損傷はないようなんだが、意識が奥に引っ込んじまってるんだ。いつそれが表面まで上がって来るかわからない」
「でも呼びかけは有効なんだろ?」
横からセオドアが先生に訊く。
「ああ、時々な……、瞼の下の眼球が動くから、反応が無きにしも非ずなんだが……」
「――― やり過ぎは逆効果か……」
そういえば意識を呼び戻すなら、さっきの闇魔法の操作とかもしくはテイマーの方法とかどうなんだろ?
思いついたので訊いてみた。
「ダメだよ、そんなの。下手すりゃ余計引っ込んじまうよ。それにお嬢にそんな破廉恥なマネしたくねぇ」
アルが一発で否定してきた。それってハレンチな事なのか?
「お前がもし、何か嫌な事があって部屋に閉じこもっている時に、知り合いがドアをこじ開けて、無理矢理外に連れ出そうとしたら素直について出てくるか?」
当然のようにヴァリアスが言ってきた。
こいつ、普段はデリカシーの欠片もない癖に、よくそんな事言えるな。
『(ヴァリアス、あんたなら呼び戻せるんじゃないか?)』
ふと奴にテレパシーで訊いてみた。
『(まあ出来るけどやらんぞ。オレの役割じゃないしな)』
『(なんだよ、全く、神の使いのくせに使えねぇなーっ!)』
「なっ―――!」
「「「?」」」
奴がうっかり出した声に皆が振り返った。
「―― いや、何でもない……」
表面上は軽く流したが、俺の頭の中に直接ブツブツ文句を言ってきた。
ああウルサイな。無視無視。
「皆さん、疲れたでしょ。夕食食べました? まだだったら用意しますよ」
カスペルが声をかけてきた。
「いや、わたしはいい。今はそんな気分じゃないし」
「おれもいいや。腹減ってるけど、お嬢が食ってないのに、おれも食う訳にはいかないし」
「あの、私も結構です。食欲無くなっちゃって……」
「じゃあ他の部屋で待つか。こんなに大勢いても場の気を乱すだけだ」
いつの間にか仕切るように奴が言った。
それもそうですねとセオドアが頷いた。
アルが何か言おうとしたが口を閉じた。
「オヤジ、部屋借りるぞ」
そう言うとヴァリアスが先に出て行った。
「イーファ、ちょっと」
廊下に出る時、アルがイーファを手招きした。
「これ、戦利品だ。あいつらから取った迷惑料だから、お前に渡しとく」
イーファの手にちょっと血で汚れた巾着袋を出した。
「え、あいつらの?」
「どうせ警吏の奴らが盗っちまうからな。その前に抜いといたんだ。
ハルに言うと絶対また怒るから、内緒な。
薬とかはお前が管理してるんだろ? それでお嬢が目覚めたら、いい薬でも買ってやってくれ」
「は、はい、有難うございます」
かしこまったイーファを後に、俺たちは廊下を礼拝堂のほうに渡っていった。
礼拝堂ではコニ―とサウロが女神像の前に
「祈ったって神様は助けてくれないのにな」
その後ろを通りながらボソッとアルが呟いた。
「何故そう思う?」
神の使徒としてさすがに聞き捨てならないのか、ヴァリアスが振り返った。
「だって、あんないい
だけど実際は逆で、良い奴ほど馬鹿を見る世の中じゃねぇか。
神様ってのは自分を崇拝させることはしても、率先して助ける事はしてくれないんもんなんだよ」
「そんな事はないぞ。現にあの女助かったじゃないか」
「そりゃ神様じゃなくておれ達だろ。何、あんた、水の神様の信者なのか?」
「…………いや、違うが……」
主人の奥さんだからファローしたいんだよなあ。
「アル、信仰は心の救済の役目も果たすんだから、他人の神の事を無下に言うものじゃないぞ」
奴が渋い顔していたので、セオドアが代わりに注意した。
すいません。本当は水の神様というか、ちゃんと使徒が動いていたんですけど、そんな裏事情言えないからもどかしいだけなんです。
執務室は狭いのだが、ソファがある応接室はここしかなかった。
入ると、さっさとアルが先にソファに座ったので、俺達は向かいの椅子に座った。
続いてカスペルが、トレーにカップと紅茶を入れたポットを持ってきた。
紅茶は以前ラーケルで好評だったので、お土産用に買って置いたのだ。
今回はちゃんと、贈答用の紅茶詰め合わせセットにした。
綺麗な花柄の缶に入っていて、ナタリーが紅茶より缶のほうが気に入ったようで、カスペルにこっそりと『缶が空いたら欲しい』と言っていたのを知っている。
確かに、善行をしながら、そんな慎ましやかなことに喜びをみいだしているような娘が、こんな目に遭うのはなんだか理不尽な気もする。
そういうところは地球も変わらないのだけど。
「オレはいらないぞ」
俺がポットを持つやいなや、奴がすかさず言った。
ハイハイ、わかってるよ。
俺は3つのカップに紅茶を入れようとした。
「おれもいいや、お茶って気分じゃないし」
アルも要らないようだ。
「じゃあビールでも飲むか? ここは詰所じゃないし別にいいだろ」
ヴァリアスの奴がすかさずテーブルに缶ビールを出す。
フードを外したセオドアの黒い耳がピクっと動いたが、何も言わなかった。
「スゴイ冷えてるな。なに、これどうやって飲むんだ?」
プルタブの開け方を教えている様子を横で見て、俺はセオドアも酒がいいのか迷ったが、何も言わないのでお茶を2つのカップに注いだ。
ほどなくして、いや必然的に酒盛りが始まってしまった。
正確に言うとアクール人2人のだが。
「なあ、あんたらはどういう関係なんだ? ハンターと傭兵だっていうけど、力だって釣り合ってなさそうなのに」
アルがいっきに500㎖缶を2本空けて、3本めに手をかけながら訊いてきた。
やっぱりはた目にはそう思われるよな。
「従兄弟だ。コイツを鍛えるためにオレがついてるんだ」
「へぇー、そうなんだあ。でもあんたに合うぐらいに力をつけるのは、さすがに無理なんじゃないのか」
「そうでもないだろ。この人は少なくとも希少魔法の転移と治療が出来るようだし、要は相性だろ」
セオドアが紅茶を飲みながらフォローしてくれた。
「確かにそれは違いねぇな」
言われてアルが鼻の頭を掻きながら納得した。
「あの、そういえばアイザック村長とか、司祭さんとは昔仲間って言ってましたけど」
俺はあまり突っ込まれないうちに話題を変えた。
「ああ、そうだよ。おれ達がまだハンター―― 主に賞金稼ぎしてた頃に会ったんだよ。これっていう賞金首の奴が見当たらなくて暇だった時に、ハルベリー達のパーティが、一時的に補助要員を募集していて、それで知り合ったってわけ」
「なるほど、だけどどうして賞金稼ぎなんですか?
お2人なら人間相手より、魔物相手でも十分通用しそうですけど」
前に偶然捕まえる事になった『捻じれのハンス』だって、魔物と比べて報酬額が高いという感じではなかった。だったら魔物のほうが容易く稼げそうだ。
その問いにカップを置いたセオドアが答えた。
「金の為だけじゃないからですよ」
アルも頷きながら
「そう、魔物よりも悪い野郎を捕まえてぶっ飛ばしたほうが、気持ちいいだろ?」
「魔物は自然の一部だけど、罪人は地獄の一部ですよ。そんな輩は地獄に還したほうがいい」
なんだかセオドアの言い方に、冷えたモノを感じた。
母親がベーシスだと言ってたけど、迫害されたって言ってたし、恨みがあるのかもしれない。
「それで今は刑吏なんですよね。
捕まえるより罰する専門になったって訳なんですか」
「それは―――」
「あー、なんだ、やっぱり酒盛り始めてるのか」
ドアが開いてハルベリー司祭が入ってきた。
「あ、すいません。勝手にして」
「いいよ、別に。どうせアルと旦那がいたらそうなるのは目に見えてるから」
「なんだよ、決めつけんなよー」
「お前らアクール人は、昔からドワーフ以上に酒好き人種で知られとろうが。
今さら何言っとる」
まっ それもそうかと、アルがまた缶を開けた。
「えっ、そうなの?」
俺が隣の奴に振り向くと
「んん、そんな噂もたってるかなぁ~?」
空とぼけたな。
それって、あんたの性質をそのまま受け継いでるんじゃねえのか!?
「ナタリーの具合はどうなんですか?」
そっちの方が気になる。
「どうって、変わらんよ。今、イーファが診てる」
先生がゴトゴト、自分の机の椅子を引き寄せてきた。
そう言えば2人とも落ち着いてるな。さっきは心配してたのに。
ああ、そうか。様子を探知してるんだ。
部屋が離れてもこれくらいの距離なら、2人には造作もないことなんだ。
「オヤジも飲むか? それともさっきの酒にするか」
そう言って例の『アブサン』を出した。
「いや、今はやめとくよ……。ナタリーが目覚めた時に酒臭かったら、それこそ怒られちまう」
疲れたように椅子にどっかり座りこんだ。
「じゃあ おれが飲んでいい?」
アルがアブサンを空のカップに注いだ。
「うん、こういう時、紅茶もいいもんだな。なんだか落ち着く」
紅茶を飲んで先生が一息ついた。
「そうだな。ハルベリーのとこで、こんな良いお茶を出すとは思わなかったが」とセオドア。
「この兄ちゃんが持ってきたんだよ。なんでも自国のだとか」
いや、原産地は日本じゃないと思うが、地球産という意味なら……。
「ほう、確かにこの大陸では見ない人種の方ですが、そちらでもハンターをやってるんですか?」
黒い狼顔がこちらに向き直ってきた。
「いえ、ハンターにはこちらでなったばかりで……。本当は商人とか考えてたんですけど、まだ登録出来なくて」
「ふむ、なったばかり……」
「じゃあ辞めちまったほうがいいんじゃないのかぁ? ハンターなんか合わないよ、兄ちゃんに」
アルが急に話に入ってきた。
「余計な事言うなっ」
ヴァリアスが手を伸ばして、アルの口の端を引っ張った。
「イデデデェッ、だってそうじゃんかっ。わかるよ、今日見てて。能力があるない以前に、戦いに向かないんだよ、兄ちゃんは」
え、見てたの? そんな余裕あったのか。
「全然相手を倒す気ないだろ? 電撃も全力出してない感じだったし、防御ばかりで。
相手が同じベーシスだったからためらったのか?」
「いやそんなことは、……ただ人相手に……殺しちゃうかもしれないし……」
「「「「甘いっ!! 」」」」
異口同音に4人が言ってきた。
「悪いがハンターを目指すなら、覚悟が足らんな。聖職者の俺が言うのもなんだが、そんな気持ちだとすぐに殺られるぞ。
今回みたいに、世の中には悪い奴らはわんさかいるんだ。
そんな奴らと遭遇する率が高くなるんだぞ」と先生。
「相手が誰であろうと殺意を持っている相手には、手加減しないこと。
そうでないと自分を殺すことになりますよ」とセオドア。
「多分まだお前の力じゃ、そう簡単に相手は殺せないぞ。だから思い切りやっていいんだぞ」
奴も図に乗ってきた。
『(オレが相手が死なないように
『(ふざけんなよっ!)』
「わかるよー。初めて殺っちゃった時は、ちょっとショックがあるかもね。でもそれを乗り越えてこそ、人間成長するんもんだよ」
アルがどこか軽い調子で言ってきた。酔ってる?
「お前は、どの口で言ってるんだっ!」
奴がまたアルの口を引っ張った。
「イデデッ、もうっ、引っ張んなよっ。口内炎が出来たらどうすんだよっ」
「……ゆっくり良く考えた方がいいですよ。自分の人生なんですからね。
まだランクが低いうちは、危険度が少ない依頼しか受けないかもしれないけど、それでも危険な輩と遭遇する確率が高くなりますから」
セオドアが青い目を軽く伏せながら言った。
「でも……それって魔物相手とか賞金首相手とかですよね?
同じハンターでも、薬草採りとか鉱石採りとかなら―――」
「哀しいことですが、貴重な薬草や鉱石を奪い合っての殺人事件って、珍しい事じゃないんですよ。
ハンターに気の荒い者も多いし、人は欲が深いから」
…………そういえば、ターヴィがあんな目にあったのは、元々雇ったハンターの分け前をめぐる仲間割れだった。
こっちがどんなに友好的に振る舞ってても、相手が始めからその気だったら争いは免れない。
俺はどうしたいんだっけ? 平穏に暮らしたいだけだったんだよな……。
「相手がどんな奴だろうと、ねじ伏せられるだけの力を得ればいいんだ。お前自身やお前の大事な奴も守れるようにな」
俺の気持ちを察したのか、奴が反論した。
大事な人……? 地球でならもうこれで十分じゃないのか?
「ねじ伏せるって……。まあ、あんたなら出来そうだけど、兄ちゃんはどうかな。
力はこれから強くなるとして、相手を叩きのめせる度胸が……」
急にアルがコップを落とした。そのままソファに横に崩れる。
え―――?
「ヴァ、ヴァリアスッ!! あんたっ―――」
「オレじゃないぞ。それに安心しろ。眠っただけだ」
「なに?」
アルの隣のセオドアも、ソファの背もたれにぐったり寄りかかった。
見ると横の椅子に座っていた先生が、だらんと椅子に引っかかるように仰向けに伸びている。
咄嗟にまわりを探知しようとした途端、ドアの前に青白い光が立ち上がってきた。
それはだんだん大きく卵型になっていくと、聞いたことのある声がした。
「やあ、ご苦労だったな。ヴァリハリアス」
魚頭の使徒が現れた。
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