第110話 2人のアクール人とハンターという職業

 切りが悪くてまた長いです……。


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 警吏達はものの2,3分ですぐにやって来た。

 黒っぽい焦げ茶地に、『†』みたいな剣の黒い模様が、中央に入っている制服のサーコートを着ている。

 早いなと思ったのは、さっきまで具合悪そうだった、アルとセオドアも警吏が来たとたん立ち上がった事だ。


「もう大丈夫なんですか?」

「ええ、おかげ様でなんとかね」

「もちろんだ。今回のはちょっとヤバかったけどよ」

 確かにアルの眼の色がまた深紅に戻っているし、さっきまで荒れていた2人のオーラが、今やほとんど見えなくなった。


 通常になったから見せないように引っ込めたんだ。

 オーラはその人物の体調や気分とか、いわゆる個人情報が見える。

 だから人に知られないようにオーラを普段引っ込めておくか、無難なオーラだけを操って見せたりするらしい。


 それにしても奴が言った通り、大した回復力だ。俺も人の事は言えないけど、俺より早いかもしれない。


「聖職者が奴隷商に攫われたとか?!」

 ちょっとアメリカンポリスにいそうな、腹の突き出た警吏が訊いてきた。

「そうだ、そこに転がしてある」

 アルが後ろの方を指さした。

「捕まえたんですね、ええと、こいつがそのボスですか?」

 と、肥満腹の男は2人の後ろにいたヴァリアスを指さした。


「あ゛ぁ゛っ?!」

「違う、違うっ! この人は協力者だっ」

 セオドアが慌てて訂正する。


「お前も笑ってるんじゃねぇよっ!」

 えっ、俺、笑ってないぞ―――。

 っと 横を見たら、アルがその場でまた腹をおさえてしゃがみ込んでいた。

「―― だからぁ……笑わすなって言ってんのに……。クセになったらどーすんだよ……」


「被害者は奴隷具による後遺症が出てる。早く治療したい。司祭と被害者だけは先に帰していいだろ?」

 もうセオドアが無視して警吏に話を続けた。

「え、ええ、司祭さん達なら知ってますから、じゃあ馬車を至急用意させますよ」


「いいよ、ここにあるんだから」

 復活したアルがまた立ち上がると、倒れていた馬達の耳からスルスルと黒い霧と漏れ出てきた。それがまさしく霧散すると、半目になっていた馬達の目がクリンと動いた。

 続いて耳がピクピク動き、首を持ち上げたかと思うと、バタバタと起き上がってきた。

「おっと、どうどうっ」

 そばにいた他の警吏達が慌てて馬達の手綱を掴む。


「大丈夫だ。まだ夢うつつだから大人しいはずだ」

 確かに馬達は立ち上がったとはいえ、まだゆっくり首を振って気怠そうにしている。その場から動きまわろうとする気配はない。


「闇魔法で……傀儡化したんじゃないんですか?」

「一時的に意識を乗っ取っただけだよ。おれは馬は好きじゃないけど、動物にむやみにそんなマネしないぞ」

 ああ、傀儡みたいに、脳に損傷を残さないやり方もあるんだ。

 ちょっとホッとした。


「しかし、この馬車は証拠品ですから―――」

 太った男が戸惑いを見せた。

「あの、自分が責任を持って送り届けてきますから、それならよろしいでしょうか」

 さっきの中年の門番が申し出てくれた。


「自分は馬の扱いなら慣れてます。ちゃんと2人を送り届けたら、すぐに馬車を持って帰ってきますので」

「ううむ、まあ証拠隠滅する可能性も低いし、それならいいか……」

 そういう訳で、先生とナタリーだけを先に帰す事が出来た。


「ぬぬぬ、よくまあやってくれたな。治療が大変だわい」

 護送車――― まさに檻になっている馬車に、乗せる前に治療が必要ということで呼ばれてやってきた、キルギルスという官吏専門の治療師(医者)が唸った。

 普通なら獄所の治癒師がやるらしいが、容疑者の半分が現役警備兵だったからだ。


「おっ、途中まではポーションか何かで応急処置したのか。まあ中途とはいえ適切に処置されてるようだな。

 これなら全員動けるようにするのはこれで足りるか」

 草むらに転がっている男たちを1人1人診ながら、付き人の薬師に持ってきた薬を出させる。


「どうせ、死刑なんだから、治したって意味無いのになあ」

 そばに立っているアルがボソッと呟いた。

 門の前とはいえ、すでに6時を過ぎたので、念のため魔物を警戒しているのだ。


「そりゃどうだかな。腕のいい弁護人でも雇えばどう転ぶかわからんぞ」

 奴隷商の大男に、毒消しを飲ませながら治療師が言う。

「フフン、そんなの裁判まで生きてればねぇ……」

 アルがまわりの暗い並木道を見やりながら、さも先を見通しているかのように言った。

「全くこれだから刑吏って奴は……」

 治療師はぶつくさ言いながら、手早く手当すると1人づつ、護送車に乗せるよう警吏に指示した。


 そんな様子を俺は、市壁に開けられた窓から見ていた。

 ここは門の詰所――市壁の壁の中だ。

 空には三日月型をした青い2つの月が山の上に姿を現している。

 何とはハッキリわからないが、まわりから何かがジワジワとあたりに浸透してくるかのように、空気が変わっていくのがわかる。

 

 中学生の頃、みんなでお盆に、真夜中のお寺で肝試しをした事がある。

 外はまだ残暑で、夜でも蒸し暑さが残っているのに、気のせいか墓地のあたりだけ、ひんやりしている感じがした。

 墓石に水でも撒いてあるのかのように、水気を含んだ冷たい空気が漂っているような、あの感じに似ているかもしれない。


「昼間と空気が違うのがわかるか? 市壁の中は魔除けのせいで、ある程度一定に保たれてるからわからないだろうが、外ではこうして魔素が降りてくるのが実感出来るんだ」

 ああ、夜になると湿気みたいに地表に降りてくるんだっけ。

 だから魔物が夜、活発になるという。



 そんな風にみると、あたりを警戒しながら気忙きぜわしく作業している治療師や警吏たちと違って、道の真ん中で月を仰いで、深呼吸するかのように手を広げて立っているアルが、人ではなく、1匹の夜の魔物のように見えた。

 実際に枯渇した魔力を取り込んでるのかもしれないが。


「ほら、お前も書け」

 詰所に戻ってきたアルに向かって、セオドアがテーブルに書類を置いた。

 門は閉められ、護送車と警吏達は、戻ってきた馬車と一緒に留置所に走っていった。

 俺とヴァリアスが残った警吏の質問に答えている隣のテーブルで、セオドアが良い音を立てて何か書類を書いていた。

 戻ってきたアルはぞんざいに椅子に座ると、出された書類を面倒くさそうに見た。


「ん~、やっぱおれも書くのぉ? どうせ報告書書いたんだろ。サインだけじゃダメかなぁ」

「当たり前だ。こっちは事件報告書。個人処理報告書はそれぞれが書くものだろ」

 セオドアがアルの目の前にペンを突き出した。


「めんどくせぇ~」

「ふざけんな。いっつもこっちがお前の分も事務処理してるんだぞ。たまにはやれっ」

 叱られた子供みたいに、アルが渋々ペンを手にとる。

「再現して見せたら、代わりに誰か筆記してくんねえかなぁー」

 再現ってどんなふうにやるんだ?


「なぁー、酒ないの? せめてビールくらいさぁ」

 出されたお茶のコップを見てアルが手を止めた。

「―― すいません。ここには置いてないんです」

 お茶を持ってきた若い門番が恐縮しながら言った。

「そんな事言ってさ、本当は夜勤明けに飲むために置いてあるんだろ? 

 もう喉乾いちゃった。1杯くらいいいじゃん」


「ラガーならあるぞ」

 ヴァリアスが缶ビールを出してきたので、俺が慌てて止めた。

「待て待てっ! 駄目だろっ、場所わきまえろよ。って、あんたもここで飲むなっ」

 警察署でも許されるのはカツ丼くらいだ。

 プルタブを開けようとしていた奴が、ちょっとむくれてまた椅子にふんぞり返る。

「早く書かないと終わらないぞ」

 書類をコツコツ叩かれて、また口をへの字にしたアルがペンを動かした。


「……え~~と、αがβ1のまず――、あれ? この場合、真っ先に馬から処理したから、馬がβ1か? いや、先に手を出してきたのあっちだし……」

(αとβはこの場合 甲乙みたいなもの)

「馬はこの場合、付属品扱いだからβじゃないだろ。全く、普段書かないから忘れるんだ。もう黙って書けっ」


 なんだろ、このマイペースさに何かデジャヴを感じるんだが。

 結局、セオドアが口述した文章をそのままアルが書いて、報告書を仕上げた。


 明日あらためて警監視局(こちらでの警察署)に出向く事を約束して、俺達は門を後にした。

 ドアをくぐった瞬間、2人はまた初めてあった時と同じ服装に一瞬で切り替えた。

 閉門時とはいえ、酒場に向かう労働者や家路を急ぐ商人など、町にはまだ人の姿があった。

 その中に2人も一般民として溶け込んでいた。


「お、お帰りなさいっ 皆さん」

 教会に戻ると大きな体のサウロがすぐに出迎えてくれた。

「おーっ、お疲れ様です。さすがっ、あんた達、ナタリー奪還の英雄ヒーローだよっ!」

 廊下をカスペルも走ってきた。


「お嬢は? 目ぇ覚ましたか?」

「……まだだけど、でも先生がずっと診てるよ。こっちに」

 カスペルとサウロに連れられて、俺達は施療院の一室に通された。


 ベッドに美しい娘が横たわっていた。明るいオレンジ色の混ざった、黄金の鮮やかな髪が枕に広がり、高級なシルクを思わせた。

 染み1つないその華のようなかんばせの瞳は、今や長い睫毛で塞がれたように閉じていて、生きているのか心配になった。

 だが微かに上下する毛布の動きが、辛うじて息をしている事をしめしている。


 あの青いターバンに隠れていた耳が髪から見える。長くはないが先が細く尖りめだ。

 何よりもあの痣が消えていた。

 言われなくても俺にもわかった。

 彼女はエルフの血を継いでいるんだ。あの博物館で見た人形のような美しい人種の。


 枕元には網が付いた小さな壺のようなモノが置かれ、そこから微かに煙が立っていた。部屋の中は柑橘系とフローラルな匂いが混ざったような香りがたち込めている。

 イーファが小瓶を持ってきて、その壺の中にサラサラと何か粉を入れた。

 更に匂いが立ち昇るように香った。

「目覚め香だな」 

 ヴァリアスが言った。


「朝なかなか起きられない奴とか、気持ちよく目覚めたい奴がセラピーとして使ったりするんだが、こうして昏睡状態の者を目覚めさせるための刺激剤にもなるんだ。

 だから『呼び香』とも呼ばれている。この世に呼び戻す意味でな」

 確かに彼女はこんこんと眠っていた。

 

 その姿はまさしく『眠れる森の美女』か、毒リンゴで眠る『白雪姫』を描いた絵画を彷彿させた。

 そしてその姫のそばには7人の小人のノームならぬ、ハルベリー先生が座っていた。

 先生は彼女の手を取り、じっと祈るように目を瞑っている。


「ハル、どうだ、戻ってきそうか?」

 セオドアがそっと聞いた。

「ああ……お嬢……。クソッ、これから留置所に殴り込みに行ってくるっ!」

 一緒に覗き込んだアルが、声を荒げた。


「バッカもんがっ、そんな事してもナタリーは起きんぞっ。というか、そんな荒い気を振りまくな。昏睡状態の者は周囲の気に敏感なんだぞ。

 余計戻って来なくなるかもしれん」

 がばっと立ち上がった先生に怒られながら、ずんずん壁の方に押されたアルは仕方なく壁に寄りかかった。


「幸いまだ早かったから脳自体には損傷はないようなんだが、意識が奥に引っ込んじまってるんだ。いつそれが表面まで上がって来るかわからない」

「でも呼びかけは有効なんだろ?」

 横からセオドアが先生に訊く。

「ああ、時々な……、瞼の下の眼球が動くから、反応が無きにしも非ずなんだが……」


「――― やり過ぎは逆効果か……」

 そういえば意識を呼び戻すなら、さっきの闇魔法の操作とかもしくはテイマーの方法とかどうなんだろ?

 思いついたので訊いてみた。


「ダメだよ、そんなの。下手すりゃ余計引っ込んじまうよ。それにお嬢にそんな破廉恥なマネしたくねぇ」

 アルが一発で否定してきた。それってハレンチな事なのか?


「お前がもし、何か嫌な事があって部屋に閉じこもっている時に、知り合いがドアをこじ開けて、無理矢理外に連れ出そうとしたら素直について出てくるか?」

 当然のようにヴァリアスが言ってきた。

 こいつ、普段はデリカシーの欠片もない癖に、よくそんな事言えるな。


『(ヴァリアス、あんたなら呼び戻せるんじゃないか?)』

 ふと奴にテレパシーで訊いてみた。

『(まあ出来るけどやらんぞ。オレの役割じゃないしな)』

『(なんだよ、全く、神の使いのくせに使えねぇなーっ!)』

「なっ―――!」


「「「?」」」

 奴がうっかり出した声に皆が振り返った。

「―― いや、何でもない……」

 表面上は軽く流したが、俺の頭の中に直接ブツブツ文句を言ってきた。

 ああウルサイな。無視無視。


「皆さん、疲れたでしょ。夕食食べました? まだだったら用意しますよ」

 カスペルが声をかけてきた。

「いや、わたしはいい。今はそんな気分じゃないし」

「おれもいいや。腹減ってるけど、お嬢が食ってないのに、おれも食う訳にはいかないし」

「あの、私も結構です。食欲無くなっちゃって……」


「じゃあ他の部屋で待つか。こんなに大勢いても場の気を乱すだけだ」

 いつの間にか仕切るように奴が言った。

 それもそうですねとセオドアが頷いた。

 アルが何か言おうとしたが口を閉じた。

「オヤジ、部屋借りるぞ」

 そう言うとヴァリアスが先に出て行った。


「イーファ、ちょっと」

 廊下に出る時、アルがイーファを手招きした。

「これ、戦利品だ。あいつらから取った迷惑料だから、お前に渡しとく」

 イーファの手にちょっと血で汚れた巾着袋を出した。


「え、あいつらの?」

「どうせ警吏の奴らが盗っちまうからな。その前に抜いといたんだ。

 ハルに言うと絶対また怒るから、内緒な。

 薬とかはお前が管理してるんだろ? それでお嬢が目覚めたら、いい薬でも買ってやってくれ」

「は、はい、有難うございます」

 かしこまったイーファを後に、俺たちは廊下を礼拝堂のほうに渡っていった。


 礼拝堂ではコニ―とサウロが女神像の前にひざまずいて祈っていた。

「祈ったって神様は助けてくれないのにな」

 その後ろを通りながらボソッとアルが呟いた。

「何故そう思う?」

 神の使徒としてさすがに聞き捨てならないのか、ヴァリアスが振り返った。


「だって、あんないいがこんな目に遭うんだぜ。いつもお祈りだってしてるのに。神様は善人を救うはずなんだろ? 

 だけど実際は逆で、良い奴ほど馬鹿を見る世の中じゃねぇか。

 神様ってのは自分を崇拝させることはしても、率先して助ける事はしてくれないんもんなんだよ」

「そんな事はないぞ。現にあの女助かったじゃないか」


「そりゃ神様じゃなくておれ達だろ。何、あんた、水の神様の信者なのか?」

「…………いや、違うが……」

 主人の奥さんだからファローしたいんだよなあ。


「アル、信仰は心の救済の役目も果たすんだから、他人の神の事を無下に言うものじゃないぞ」

 奴が渋い顔していたので、セオドアが代わりに注意した。

 すいません。本当は水の神様というか、ちゃんと使徒が動いていたんですけど、そんな裏事情言えないからもどかしいだけなんです。


 執務室は狭いのだが、ソファがある応接室はここしかなかった。

 入ると、さっさとアルが先にソファに座ったので、俺達は向かいの椅子に座った。

 続いてカスペルが、トレーにカップと紅茶を入れたポットを持ってきた。


 紅茶は以前ラーケルで好評だったので、お土産用に買って置いたのだ。

 今回はちゃんと、贈答用の紅茶詰め合わせセットにした。


 綺麗な花柄の缶に入っていて、ナタリーが紅茶より缶のほうが気に入ったようで、カスペルにこっそりと『缶が空いたら欲しい』と言っていたのを知っている。

 確かに、善行をしながら、そんな慎ましやかなことに喜びをみいだしているような娘が、こんな目に遭うのはなんだか理不尽な気もする。

 そういうところは地球も変わらないのだけど。


「オレはいらないぞ」

 俺がポットを持つやいなや、奴がすかさず言った。

 ハイハイ、わかってるよ。

 俺は3つのカップに紅茶を入れようとした。


「おれもいいや、お茶って気分じゃないし」

 アルも要らないようだ。

「じゃあビールでも飲むか? ここは詰所じゃないし別にいいだろ」

 ヴァリアスの奴がすかさずテーブルに缶ビールを出す。

 フードを外したセオドアの黒い耳がピクっと動いたが、何も言わなかった。


「スゴイ冷えてるな。なに、これどうやって飲むんだ?」

 プルタブの開け方を教えている様子を横で見て、俺はセオドアも酒がいいのか迷ったが、何も言わないのでお茶を2つのカップに注いだ。

 ほどなくして、いや必然的に酒盛りが始まってしまった。

 正確に言うとアクール人2人のだが。


「なあ、あんたらはどういう関係なんだ? ハンターと傭兵だっていうけど、力だって釣り合ってなさそうなのに」

 アルがいっきに500㎖缶を2本空けて、3本めに手をかけながら訊いてきた。

 やっぱりはた目にはそう思われるよな。


「従兄弟だ。コイツを鍛えるためにオレがついてるんだ」

「へぇー、そうなんだあ。でもあんたに合うぐらいに力をつけるのは、さすがに無理なんじゃないのか」

「そうでもないだろ。この人は少なくとも希少魔法の転移と治療が出来るようだし、要は相性だろ」

 セオドアが紅茶を飲みながらフォローしてくれた。

「確かにそれは違いねぇな」

 言われてアルが鼻の頭を掻きながら納得した。


「あの、そういえばアイザック村長とか、司祭さんとは昔仲間って言ってましたけど」

 俺はあまり突っ込まれないうちに話題を変えた。


「ああ、そうだよ。おれ達がまだハンター―― 主に賞金稼ぎしてた頃に会ったんだよ。これっていう賞金首の奴が見当たらなくて暇だった時に、ハルベリー達のパーティが、一時的に補助要員を募集していて、それで知り合ったってわけ」


「なるほど、だけどどうして賞金稼ぎなんですか? 

 お2人なら人間相手より、魔物相手でも十分通用しそうですけど」

 前に偶然捕まえる事になった『捻じれのハンス』だって、魔物と比べて報酬額が高いという感じではなかった。だったら魔物のほうが容易く稼げそうだ。


 その問いにカップを置いたセオドアが答えた。

「金の為だけじゃないからですよ」

 アルも頷きながら

「そう、魔物よりも悪い野郎を捕まえてぶっ飛ばしたほうが、気持ちいいだろ?」

「魔物は自然の一部だけど、罪人は地獄の一部ですよ。そんな輩は地獄に還したほうがいい」


 なんだかセオドアの言い方に、冷えたモノを感じた。

 母親がベーシスだと言ってたけど、迫害されたって言ってたし、恨みがあるのかもしれない。


「それで今は刑吏なんですよね。

 捕まえるより罰する専門になったって訳なんですか」

「それは―――」


「あー、なんだ、やっぱり酒盛り始めてるのか」

 ドアが開いてハルベリー司祭が入ってきた。

「あ、すいません。勝手にして」

「いいよ、別に。どうせアルと旦那がいたらそうなるのは目に見えてるから」

「なんだよ、決めつけんなよー」

「お前らアクール人は、昔からドワーフ以上に酒好き人種で知られとろうが。

 今さら何言っとる」

 まっ それもそうかと、アルがまた缶を開けた。


「えっ、そうなの?」

 俺が隣の奴に振り向くと

「んん、そんな噂もたってるかなぁ~?」

 空とぼけたな。

 それって、あんたの性質をそのまま受け継いでるんじゃねえのか!?


「ナタリーの具合はどうなんですか?」

 そっちの方が気になる。

「どうって、変わらんよ。今、イーファが診てる」

 先生がゴトゴト、自分の机の椅子を引き寄せてきた。


 そう言えば2人とも落ち着いてるな。さっきは心配してたのに。

 ああ、そうか。様子を探知してるんだ。

 部屋が離れてもこれくらいの距離なら、2人には造作もないことなんだ。

「オヤジも飲むか? それともさっきの酒にするか」

 そう言って例の『アブサン』を出した。


「いや、今はやめとくよ……。ナタリーが目覚めた時に酒臭かったら、それこそ怒られちまう」

 疲れたように椅子にどっかり座りこんだ。

「じゃあ おれが飲んでいい?」

 アルがアブサンを空のカップに注いだ。


「うん、こういう時、紅茶もいいもんだな。なんだか落ち着く」

 紅茶を飲んで先生が一息ついた。

「そうだな。ハルベリーのとこで、こんな良いお茶を出すとは思わなかったが」とセオドア。

「この兄ちゃんが持ってきたんだよ。なんでも自国のだとか」

 いや、原産地は日本じゃないと思うが、地球産という意味なら……。


「ほう、確かにこの大陸では見ない人種の方ですが、そちらでもハンターをやってるんですか?」

 黒い狼顔がこちらに向き直ってきた。


「いえ、ハンターにはこちらでなったばかりで……。本当は商人とか考えてたんですけど、まだ登録出来なくて」

「ふむ、なったばかり……」

「じゃあ辞めちまったほうがいいんじゃないのかぁ? ハンターなんか合わないよ、兄ちゃんに」

 アルが急に話に入ってきた。


「余計な事言うなっ」

 ヴァリアスが手を伸ばして、アルの口の端を引っ張った。

「イデデデェッ、だってそうじゃんかっ。わかるよ、今日見てて。能力があるない以前に、戦いに向かないんだよ、兄ちゃんは」


 え、見てたの? そんな余裕あったのか。

「全然相手を倒す気ないだろ? 電撃も全力出してない感じだったし、防御ばかりで。

 相手が同じベーシスだったからためらったのか?」

「いやそんなことは、……ただ人相手に……殺しちゃうかもしれないし……」


「「「「甘いっ!! 」」」」

 異口同音に4人が言ってきた。


「悪いがハンターを目指すなら、覚悟が足らんな。聖職者の俺が言うのもなんだが、そんな気持ちだとすぐに殺られるぞ。

 今回みたいに、世の中には悪い奴らはわんさかいるんだ。

 そんな奴らと遭遇する率が高くなるんだぞ」と先生。


「相手が誰であろうと殺意を持っている相手には、手加減しないこと。

 そうでないと自分を殺すことになりますよ」とセオドア。


「多分まだお前の力じゃ、そう簡単に相手は殺せないぞ。だから思い切りやっていいんだぞ」

 奴も図に乗ってきた。

『(オレが相手が死なないようにとどめてやるから、気にしないでやれ)』

『(ふざけんなよっ!)』


「わかるよー。初めて殺っちゃった時は、ちょっとショックがあるかもね。でもそれを乗り越えてこそ、人間成長するんもんだよ」

 アルがどこか軽い調子で言ってきた。酔ってる?

「お前は、どの口で言ってるんだっ!」

 奴がまたアルの口を引っ張った。

「イデデッ、もうっ、引っ張んなよっ。口内炎が出来たらどうすんだよっ」


「……ゆっくり良く考えた方がいいですよ。自分の人生なんですからね。

 まだランクが低いうちは、危険度が少ない依頼しか受けないかもしれないけど、それでも危険な輩と遭遇する確率が高くなりますから」

 セオドアが青い目を軽く伏せながら言った。


「でも……それって魔物相手とか賞金首相手とかですよね? 

 同じハンターでも、薬草採りとか鉱石採りとかなら―――」

「哀しいことですが、貴重な薬草や鉱石を奪い合っての殺人事件って、珍しい事じゃないんですよ。

 ハンターに気の荒い者も多いし、人は欲が深いから」


 …………そういえば、ターヴィがあんな目にあったのは、元々雇ったハンターの分け前をめぐる仲間割れだった。

 こっちがどんなに友好的に振る舞ってても、相手が始めからその気だったら争いは免れない。

 

 俺はどうしたいんだっけ? 平穏に暮らしたいだけだったんだよな……。


「相手がどんな奴だろうと、ねじ伏せられるだけの力を得ればいいんだ。お前自身やお前の大事な奴も守れるようにな」

 俺の気持ちを察したのか、奴が反論した。

 

 大事な人……? 地球でならもうこれで十分じゃないのか? 


「ねじ伏せるって……。まあ、あんたなら出来そうだけど、兄ちゃんはどうかな。

 力はこれから強くなるとして、相手を叩きのめせる度胸が……」


 急にアルがコップを落とした。そのままソファに横に崩れる。

 え―――?


「ヴァ、ヴァリアスッ!! あんたっ―――」

「オレじゃないぞ。それに安心しろ。眠っただけだ」

「なに?」

 アルの隣のセオドアも、ソファの背もたれにぐったり寄りかかった。

 見ると横の椅子に座っていた先生が、だらんと椅子に引っかかるように仰向けに伸びている。

 

 咄嗟にまわりを探知しようとした途端、ドアの前に青白い光が立ち上がってきた。

 それはだんだん大きく卵型になっていくと、聞いたことのある声がした。


「やあ、ご苦労だったな。ヴァリハリアス」

 

 魚頭の使徒が現れた。

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