第109話 ホントは恐い 転移


 サラサラと足元の土が砂浜のように動くのを感じた。

 みるみるうちに凸凹と地面が模様を描くように隆起し、馬車や馬達を包む巨大な楕円状の円が、何重にも地面に描かれていく。

 その円を切るように、中心から放射状に線が何本も走ると、その間に何か記号のような模様が浮かび上がってきた。

 あっという間に巨大な魔法円が広がった。


「これで一発で帰れるぞ」

 飛行機の予約が取れたように普通に言ってるのは奴だけで、3人は足元の模様に戸惑っていた。

「蒼也がな、どうも疲れたようなんだが、コイツは宿が変わるとよく寝られないんだ。だから今夜は慣れたアグロスに帰る」

 そう言って俺の頭を軽くつかんだ。

 なんだそのムチャぶりな説明は……。


「確かに……これは転移魔法式円のようですけど……」

 セオドアが魔法円を見回しながら戸惑っている。

「魔法円も描けるのか、さすがS、いや、アイザックが紹介してくるだけはあるな」

 先生があらためて感心する。

「だけどさ、アグロスまでって、半端ないエネルギーがいるぞ。それだけの魔石持ってるのか?」

 ちょっと胡散臭そうにアルが訊いてきた。

 あ、魔石だったらさっき……。

 俺が伏龍の魔石を出そうとしたら奴に止められた。

「そんなモノ必要ない。オレ達の魔力で十分だ」


「「エエッ?!!」」

 アルとセオが素っ頓狂な声を出した。

「マジか……」

「……」

 セオドアの耳が後ろに折れる。

「すぐに教会に戻れるのなら、俺は全魔力を捧げるぞっ」

 先生だけ乗り気だ。

「いや、オヤジのは必要ない。ちょっと馬車の中で待ってろ。すぐ済むから」

 ビッと馬車の方を指されて先生は

「俺だってまだやれるぞぉ」と少しいきり立っていたが

「あんたしか、あの女を診てやれるのはいないんだろ」

 そう言われて、また渋々馬車に戻っていった。


「……念のために聞くけど、転移させるのは人間だけ……じゃないのか……?」

 馬車を包むように描かれた円を見ながらアルが恐る恐る聞いてきた。

「もちろん馬車も他の馬もそいつらも全部だ。そのほうがスッキリするだろ?」

 アルが赤い目をむいた。

「クレイジーだっ!! いやっ、どんだけ自信ありなんだ? そりゃおれも相棒も、そこら辺の魔法使いには負けないくらいの魔力持ちだけどさ。馬車と馬6頭とこいつらもって、どれだけのエネルギー必要なんだよっ?!」


「大丈夫だ。オレもやるんだから」

 奴が自分の胸を指してドヤ顔で言うのに反して、今度はアルの口までが開いた。

「この人……わたし達2人合わせたよりも持ってるよ……」

 セオドアはどうやらある程度、奴の力を感じ取っているらしい。


「……確かに力が足りないと、変なとこに出ちゃう事故が怖いけど……。お2人なら結界を張るなり、対処できるんじゃないんですか?」

 俺は力不足で空中に出たりしたことはあったけど、この2人なら岩の中に出現してもなんとかなりそうだし。

「……それって能力スキルでのやり方なら、ですよね」とセオドアがこっちを見た。

「違いがあるんですか?」


「あなた、転移能力者ですよね? さっき確かに跳んでましたよね」

 見られてたか。まあいいか、この人達に隠さなくても。

「え、ええ、ほんの少しですけど、さっきの危険回避ぐらいの距離なら……」

「じゃあ普段、魔法円で跳んだことはないんですか? 違いを知らないとか」

 違いがあるのか。

 自分の足でジャンプするのと、引っ張り上げられるような感じの差なのかな?


能力スキルで跳ぶと、力ギリギリの所までしか行けないが、魔法円だと設定された行き先が優先だからな。目的地までの必要なエネルギーは強制的に吸い上げられるんだ。まさしく生命エネルギーもな」

 ヴァリアスがさも当たり前のように言った。

「え、生命エネルギー……も? それって……」


「昔、エネルギーの見積もりを見誤った商人がいて、品物と自分自身を跳ばしたが、目的地に出現したのは護符箱に入って守られた品と、カラカラに乾いて小さくなったミイラだったっていう話がある。だから魔法円で転移する時は、目安より大きい魔石を使うんだ」

「有名な事故ですけど、知りませんでしたか?」

 セオドアが少し信じられないという口ぶりで言ってきた。

「えと……私、最近こっちに来たばかりなので……」

 馬鹿ヴァリーッ、いつものことだが、そういう大事な事は教えろよなっ。

 つまりあれか、設定したエネルギー分は、否応なく確実に取られちゃうのか。ヤクザの取り立てと一緒だな。


「だけど、それ、もしもそれでも足りなかったら、どうなるんだ? 絶対的に足りなかったら、作動しないとか?」

「転移の簡単な方程式は教えただろ? 重さが減れば使うエネルギーも減る。究極、重さがほぼ無い『気』だけが届くって事もありだよ」

 カスも残らないのかよっ。使いたくねぇー。


「そんな無茶しなくてもいいだろ? ヘタすりゃ、いや、かなりの高確率で死人が出るぞ」

 肩をすくめるアルに対して、奴が声を落として脅すように言った。

「あの教会に一刻も早く、あの女を連れ帰ったほうがいいぞ。あの土地の恵みの波動になるべく早く当ててやらんと、いつ目を覚ますかわからんからな」

 それを聞いて2人がハッとする。

「―― 本当か? いや、なんでそんな事がわかる」

「……いや、今は詮索するのは後だ。この人の言ってる事は多分本当だよ。わたしの本能が信じろって言ってる」

「さすがコボルト、魔族の血を引くだけはあるな。まあ、お前も信じろ。同じアクール人だろ」

 ヴァリアスがアルに向かって、ニッと牙を見せて笑った。


「う~ん、んん……しょうがねぇ、腹くくるか……」

 アルがパシッと軽く自分の頬をはたくと、クルッと積むように転がしてある男どもの所へいった。

「持ってるかなぁ……」

 また奴隷商や警備兵の荷物を探っていたが、何か小瓶と石を持ってきた。

「あんたを信用しない訳じゃないが、念のため出来る限りリスクは減らしたいからな」


 そう言って円の中心、放射状の線が集中するところに幾つかの小さな魔石と小瓶を置いた。

 小瓶の中には紫色の液体が入っている。

 解析すると魔力のエキス―― 魔力回復薬だった。

「それもエナジーだからな、飲まなくても直接変換される」

 それから2人は馬車と馬のまわりをざっと確認した。


『(なあ、魔法円で転移ってなんだか凄く危険なことなんじゃないか)』

 俺は奴にテレパシーで聞いてみた。

『(まあな、だけど今回は実際には魔法円は使わないけどな)』

『(えっ?)』

『(ダミーだよ、見せかけだけだ。実際はいつも通り、オレの転移で跳ぶ。さすがにオレにそんな転移能力があるって見せたくないからな)』

 なんだ、そういう事か。まあ確かに回りくどいけどしょうがないか。


「あの……ちょっといいですか」

 セオドアがちょっと言いにくそうに戻ってきた。

「あの、なるべくリスクを減らすために距離を詰めたいので、教会の前じゃなくて、門の前にしてほしいです。彼らを引き渡す用もありますし、やはり税関は通らないと……」

 すいません、税関素通りはこいつの十八番おはこなんです。

 でも普通はやっちゃ駄目ですもんね。


「面倒くさいな、しょうがない―――」

 スッと、式の一部の記号が動いた。あそこが場所を指しているのか。

 セオドアがもう一度それを見てから

「……あと、確かに方向とか距離とか合ってるようだし、式も間違いないようなんですけど……」

「ああ、それで?」

「字が汚いっ」とアル。

「え……?」

 今度は奴の目が点になった。 


「お前、言い方っ! いや、そうじゃなくてちょっと読みづらいというか……」

 セオドアが申し訳なさそうに言った。

 そう言われてよく見て見ると、記号かと思っていたのは、文字のようだった。

 これ神言語じゃなくて大陸語? 


「そうかぁ? でも読めない訳じゃないんだろう」

「まあそうなんですが、その、紛らわしい部分があると、誤動作するかもしれないので……」

 確かに……。アルファベットに例えると『A』なのか『R』なのかどっちにもとれるようなモノがあるし、ひらがなの『を』なのか『ちと』なのかわからないような文字があちこちにあった。

 いや、凄いクセ字だな、こいつ。今更ながらに気がついたぞ。


「こっちも命がけだからさ、直させてもらうよ」

 丸飲みに信じて危なかったと、疑うような顔をしてアルが言った。

「そんなの別に意味な……む~っ、わかった。好きにしてくれ」

 まさかダミーとは言えないし。ちょっと不貞腐れた奴の代わりに、セオドアが土魔法をかけ直した。今度はカリグラフィーのように、綺麗で整った文字がシュルシュルと浮かび上がる。

「ホントだ。綺麗で読みやすい!」

 俺は思わず声に出した。奴がムスくれた顔してこっちを見たが、無視だ無視。


「最後に確認します」

 そう言うとアルが魔法円の中心近くに屈むと、目のような模様の上に手をかざした。微かにその目のようなモノが薄ぼんやり光って見えた。

「ああ、道の外れだし、大丈夫のようですね」

 アルが手を引っ込めて立ち上がると、奴が俺を円の中に座らせた。

「お前もやってみろ。これは少し魔力を流すだけでいい」

 言われて俺もその目の上に手をやって、少し魔力――エナジーを流してみた。


 頭の中に情景が浮かび上がった。

 薄暮れの中、道の先に市壁と半分閉まりかけた門が見える。そこへ1人、2人と小走りに駆け込んでいる町民らしき人達が見てとれた。

 それを見ている自分はどうやらその前を伸びる道の手前、草むらに立ってそれを見ている感じだ。

「これで跳ぶ場所を視れるのか」

「そうだ。魔法式で魔法が作動する流れは作ってあるから、弱い力でも遠隔視できる。転移ポートと違って管理された場所じゃないから、確認しないと危ないだろ? 通行人や何か障害物がないか確かめるのに使うんだ」

 

 魔法式というのは道のようなモノだと、奴に聞いたことがある。

 またはレールと言い換えてもいい。

 電車のように決められた動きをするように、エネルギーの動きを固定・操作出来るからだ。


 これを言葉に訳し直して唱えれば呪文となる。呪文や式は言葉にすることにより、動きを固定化し、エネルギーを効率よく使い、言霊の補助も得られるのだ。

(ただし呪文は『精霊語』に翻訳しないとあまり効果はない。せいぜい自身の集中のための念仏になってしまう)


 複雑な操作の場合には、細かいレール――電子回路のベクトルのような細かい式をしっかり作ればいい。

 あとはそこにエネルギーを流すのみになるのだ。


 セオドアがまたペストマスクをつけるとフードを被った。

 それを見て奴が中心の魔石の置いてある場所に屈みこんで、手をかざした。

「よし、じゃあ準備はもういいな。閉門も近いからサッサとやるぞ」

 2人も魔法円の中心にしゃがむと、右手をかざす。

 俺も奴の隣に座って形だけ真似た。

 窓から先生が心配そうに顔を覗かせる。

 中心からぽうっと線上に青白い光が帯のように伸びていった。



 

 アグロスの7時の方角の門の番人の1人、ロッサムは駆け込んできた商人の身分証を確認しながら、どこか落ち着かなかった。

 

 1刻(2時間)ほど前にハルベリー司祭達が大慌てで出て行った。あの麗しい修道女のナタリッシアが、事もあろうに奴隷商に攫われたというのである。

 ナタリーが。まさかと思った。

 確かに薄々ナタリーは純血のヒュームじゃないなとは思っていた。それは近しい者ならなんとなく分かっていることだ。ヒュームとはどこか違う、野や風、樹々のような自然を感じさせる雰囲気、空気に透き通るような音色を含む声、そしてあの目元。


 だけどそれがどうしたってんだ。ここはどんな人種も差別されない自由な国なんだ。ヒュームだろうが、亜人だろうが、少ないが友好的なら魔人(魔族)だって普通に町を闊歩できる。少なくとも建前上はそうだ。卑下したり、卑下されたり、上も下もない。

 個人的に受け入れられない輩もいない訳ではないが、それは心の奥にしまっておいて、自分がなるべくかかわらないようにすればいいだけの事。お前が嫌いなら、相手だってお前の事は大嫌いさ。わざわざ声高に言い触れ回らなくていい。


 だが、それはこの国の中だけでのこと。周囲の国は未だに亜人を卑下する風習、思想が当たり前に大手を振っている。どうしてそう思えるのか。自分が生まれた時にはすでに、この国から奴隷制度が撤廃されていたロッサムには、その感覚が良く分からなかった。

 小さい頃、リトルハンズの友達とよく野山で遊んだ。彼は木登りがとても上手くて、よく高い所の木の実を自分の分も一緒に取って来てくれた。

 10代の頃、急な夕立にずぶ濡れて、震えの止まらない自分を抱きしめて温めてくれた、猫人の女の子との雨宿りの思い出は、今でもなんだか甘酸っぱい気持ちを漂わせてくれる。

 ヒュームも亜人も、善人悪人も、もちろん玉石混交で混ざっている。それを人種ですっぱり割り切ってしまう考えがやっぱり良くわからない。

 しかもそれを奴隷として扱う専門業がいる。


 その汚らしい奴隷商に彼女が攫われたらしいという。始めそんな馬鹿なと思った。

 だって彼女はこの自由な国にいるのだし、ましてや聖職者なのだ。

 身分制度で言えば聖職者は王の次に高い身分だ。少なくとも建前上は貴族より偉いのだ。そんな者に手を出したらどんな刑罰が下るか知れたものではない。


 もちろんロッサムだって、世の中が綺麗事ばかりではない事ぐらい知っている。裏では金持ちや腐敗した貴族どもが、借金などの負債契約でがんじがらめにして、美しい亜人の女を性奴隷にしているという噂を聞く。

 借金などの正式な契約上で結んだ労役ろうえきは、奴隷ではなく隷奴(隷奴)として正式に自由身分を奪えることが出来るのだ。


 だが、本人にそんな落ち度がなくとも、他所の国では人種により奴隷にする事が可能だ。

 この町に初めてやって来た時、他より亜人が少ないと感じたのは、そんな近隣諸国に近い場所だからだと、しばらく経ってから気がついた。

 いつ理不尽に攫われてしまうかもしれない危険が高い地域に、おちおちと安心して住めないからだ。

 いるのは大体、中年以上のドワーフや獣人くらい。健康で高く売れそうな若者はいない。

 ただ1人彼女を除けば。


 あのアクール人の官吏が聞きに来た時、まさかと思った。奴隷商人はたまにこの町にやってくるが、それは買い物だったり、今回のようにお祓いだったり、人狩りではないのだ。

 少なくとも表向きにはここ何十年確認されていない。

 それにあの時、馬車を確認したのは自分だった。まさかあの時に彼女が、あの汚らしい奴隷商に誘拐されてたなんて―――。

 自分が見逃してしまった。それがとても自責の念にかられた。


 司祭さん達は大丈夫だろうか。凄い勢いで走っていったが、早馬も使わずに間に合ったのだろうか。

 連絡した国境警備の者達は上手く、奴らを捕らえてくれただろうか。

 ああ心配だ。


 2枚のうちすでに1枚は完全に閉めて動かぬようロックした扉の前で、ウロウロしながら目の前の道を見やっていた。

 その時、20mくらい先の左側の草むらに生える草が、何か見えない大きな蓋で押されたように一斉に潰れた。

その周りの空間が蜃気楼のようにユラユラと揺れて見え始める。

 何か来る。


 するうちに、青い光がその周りに立ち上り始めた。

 次の瞬間、その草むらに2頭立ての馬車が出現した。その手前には、それとは別に4頭の馬が身を寄せ合うように横になっている。そしてその馬達の側にこれまた重なるように、あの奴隷商人たちに混じって、灰色の制服の男達が転がっている。国境警備兵だ。

 なにっ 一体何が起こっているんだっ??!


 思わず呆気に取られて見ていたロッサムは、頭上から市壁上の門番の驚いた声で我に返った。

 その時バタンと馬車のドアが開いて、ノーム司祭が顔を出した。

「みんな、無事かぁ?!」


********************************


 あたりが青白い光に包まれると共に、体が浮いた。ここまではいつもの転移と同じだ。

 だけどそう感じた次の瞬間には目的地に跳べているはずなのに、オーロラの帯のような光に包まれたままだ。

 おかげでこんな見回す余裕まである。いつもならここでクルッと回転してすぐ出現なんだが、なんだか前方に引っ張られながら、ゆっくり回転している感じがする。

 それにいつも一瞬だったから気がつかなかったが、360度まわりから何か反響するような音の波を感じる。

 具体的な音ではなく、全身に波打ってくる振動のようなものだ。

 アルやセオドアの姿は、地面から鋭く放たれる青い光で良く見えない。隣の奴のほうを見ると、ニヤッと笑う牙だけが見えた。

 そしてかざした右手が凄く寒い、というか冷たい。なんだか凄まじい勢いで熱を吸われてる感じだ。右手につけた護符リングがどんどん氷のように冷たくなっていく。

 なんか長くないか……。おまけに変なうめき声みたいな音も聞こえてきたぞ。

 なんだ? 怖いんだけど―――。

 

 と、心配になってきた瞬間、パアッと光が消えて薄暗くなった樹々と市壁が現れた。無臭だった空気が一気に青臭さと土の匂いを漂わせてくる。

 市壁前の草むらに無事着地した。


 横を見るとちゃんと馬車がいる。その前には横になったままだけど、繋がれた2頭の馬と、寝っ転がった馬達。そして手前に半死半生の男達の山。

 良かった、さっきと変わらないようだ。

「――― ハッ ハァーッ ハァー………… 」

 目の前で座り込んでいたセオドアが、片手を頭にもう片手で体を支えながら顔を上げてきた。

 マスクで見えないけど凄く具合悪そう。


「大丈夫ですかっ? どこか具合わるいんですか?」

 すると彼は両手でちょっと頭を抱えたが、そっと右手を俺の前で振った。

「……ちょっと……小声でお願いします。今……聴覚過敏になってて……あと頭痛が……」

 低い小さな声で言ってきた。

「ぁ……すいません。大丈夫ですか? 転移酔いとか……」

 俺も声を潜めてゆっくり話した。


 あんまり転移に慣れてないのかもしれないな。慣れてるはずの俺でも前に転移酔いしたし、しかも何故か今回長かったしなあ。

 あらためて見るとセオドアの頭のまわりのオーラが、バチバチと線香花火のスパークみたいに、弾けるような波をみせている。

 ヒドイ頭痛の時とかに現れるやつだ。

 そう視てたら、セオドアが少しマスクを外して深呼吸し始めた。その呼吸に合わせて、オーラのスパークが小さくなっていく。

 何回か繰り返すとオーラの波はだいぶ落ち着き始めた。自己ヒーリングの呼吸法か。


「……あなたは平気なんですか……?」

 ゆっくりと俺とヴァリアスのほうを見ながら聞いてきた。奴はもちろんケロっとしている。

「ええ、なんとか……そういえば右手がすごく寒いですけど……」

 俺は右手を見た。アームガード下の護符リングがキンキンに冷えて痛いくらいなので、思わず外してしまった。

「ああ……なるほど、それで……」

 俺が外したリングを見てセオドアが、溜息をつくように頷いた。

 そして隣を見た。


 アルが腹を抱えたまま丸まって転がっていた。変な呻き声は彼からしていた。

 どうしたっ?! こっちも具合悪いのか。

「…………腹……イテェ……」

「え ―― それも転移酔いなの……?」

 確かに胴の周囲に黒いコールタールに似たドロっとしたオーラが、キツく絞るように巻き付いているのが視える。

 人によって症状が違うのか??

「酔ったんじゃなくて……魔力切れですよ」

 セオドアが代わりに答えてきた。

 エエッ?!! 魔力切れって腹痛も出るのか?

 いやまてっ、それよりなんで魔力切れが起こってるんだ?

 奴の転移で移動したはずなのに――― ア――― 。


 バタンッとドアの開く音がして、振り返ると先生が馬車から顔を出した。

「みんな、無事かぁ?!」

 先生がドアから身を乗り出して、こちらを見た。

 良かった、先生は無事なようだな。


「どうしましたぁっ ?! 皆さんご無事ですかっ」

 中年の門番がこちらに走ってきた。門を出る時にナタリーの事を聞いてきた男だ。

 ちょっとまだ大きい声がキツイのか、セオドアが耳のあたりを両手で押さえた。

「司祭さんっ! 良かった、ご無事で。ええと、ナタリーはっ」

「なんとか連れ返してきたよ。ほらここに」

 開けたドアを覗いて「おおっ、聖女様っ」と男が声を上げる。

 そしてあらためて周りを見回して

「これは一体、どうしたんですか……?!」

「……警吏を呼んでくれ。聖職者の誘拐容疑と警備兵の……不正疑惑及び公務執行妨害だ」

 セオドアが静かな声で言った。


 またドタバタと門の方に戻っていく門番を見送っていると、先生が馬車から下りてきた。

「なんだっ アル、腹痛はらいたか? どれ、診せてみろ」

「イダダダッ! いいっ、いいっ! 動かすなよ……」

「いいって、お前これ腸捻転起こしてるぞ」

「ウ~……、ちょっと腸が……動いちまっただけだよ……すぐ元通りになるよ……」

 そう言いながらもルビーのように紅かった瞳の色が、今や血の気が引いてピンク色になっている。


「そうだよ、ハルベリー。その力は彼女を治療するのに残しておいてくれ……」

 そっとセオドアが言った。

「そうだな。コボルトとアクールならこれくらいすぐに回復するだろ」

 一番無責任な奴も口をはさんだ。

 いやそれよりも―――。


『(おおいっ、魔法円はダミーだとか言ってなかったか !? 転移はスキル使うんじゃなかったのかよっ)』

 俺はテレパシーで素知らぬふりをしている奴に突っ込んだ。

『(あー、始めはそのつもりだったけど、コイツらが書き直したろ? せっかくだからそのまま使う事にした)』

 しれっと言ったな。

『(嘘つけっ! 字が汚いってなじられたから腹いせにやったんだろっ! 本当に死んじゃうとこだったじゃないかよっ)』


 護符リングが冷たくなったのは、俺の代わりに魔力を大量に吸い上げられたせいだ。それで俺自身はノーダメージだったが、これと同じ事が2人に起こったんだ。

 この神様謹製の魔石と同じくらいのパワーを吸い上げるような―――。

『(……オレはそんなに度量の狭い男じゃないぞ。オレだってちゃんと、コイツらが死なないように力注いでたんだからな)』

 そう言う奴は僅かに目を逸らした。図星じゃねぇかよ。子供かっつーんだ。

『(それにコイツらも魔力切れになるのは承知の上だったろ。だから速度だって20分の1に書き換えて、リスクを減らしてたし)』

『(あっ、それか。それであんなに時間がかかってたのか)』

 いつもなら瞬時に移動してたが、早く移動するって事は速度が早くなる。

 『移動距離×重さ×速度』だから速度が上がればそれだけエネルギーを喰うんだった。

 セオドアがさすがにヤバいと思って書き直したんだ。きっと。


「しかし、お前本当に

 転がっているアルを見下ろしながら、奴がフッと笑った。

「デデェ…………笑わせんなよ、シャレになんねぇし……」

 アルもちょっと苦笑いした。


「ヴァリアス、魔力切れで腹が痛くなる事あるのか?」

 さすがにこれは声に出してもいいかと思って小声で聞いてみた。

「体内の魔石が、魔力の渇乏で小さくなったからだ。ヒューム系は大抵、丹田――ヘソの下あたりに魔石が出来るから」

「魔石が小さくなると影響あるのか?」

「内臓に癒着してるからだよ。急激に小さくなったから、腸が引っ張られてれたんだ」


 えええええ~っ 体に魔石を持つとそんな弊害もあるのかぁっ ?!

「いや、その、魔石って癒着するものなのか? 前にドラゴンは吐き出してたじゃないか」

「アイツは魔物だろ。出来る位置も違うし。それに通常はこんな急速に変化しないものだ。コイツは魔力保有量も高いから、体内魔石も複数あったようだし」

「……分かってたか。それに自慢じゃないけど、おれ、ガキの頃から……イデデ、立派な魔石持ってるって褒められてたんだぜ」

 誰にだ? 大体、それって自慢になる事なのか? 

 こうやっていざって時の害のほうが大きくないのか?

「まあ出来る位置にもよるけどな。でもあった方がいいんだぞ。なんたって天然のエナジータンクだし、魔力の出力も上がる。耐性強化にもつながるからな。

 そういや、お前もやっと芯ができかかってきてるぞ」

 と、俺の下腹を指さした。

 

 イヤダぁーッ!! うっかり大声を上げそうになったのをギリ抑えた。

 こんな状態見せられて、誰が体に作りたいって思うんだよっ。

 それに健康診断の前立腺エコー検査とかで引っかかるんじゃないのか?

『立派な魔石持ってますね』

 なんて医者が絶対言う訳ない。下手すりゃ奇病扱いだよ。


 また俺、人外に近くなっちゃった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る