第108話 バトルロワイアル
今回も少し長いです。
あと残酷描写あります。ご了承お願いします。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
刑の選択制度というのがある。
文字通り罪人が刑罰を選べるのだ。
軽い罪なら罰金を払うか、一定の期間を公共事業に使役するなどの労働で償わさせるやり方だ。
地球でも外国とかで、ゴミ拾いなどの奉仕活動をさせる罰則がある。
だが、重い死刑に値する場合にも、この選択を自らにさせるところがあるそうなのだ。
それは斬首や首吊りのような比較的人道的(?)な死刑になるか、見世物として戦って死ぬかの2つのうち、どちらかを選ぶものである。
これを
つまり戦奴と同じ、罪人同士で闘技場で殺し合うのである。
もしも無事にこの戦いに最後まで生き残れたら、国外追放の上で放免されるという、ほんの僅かでも生き残れるチャンスがある刑罰だ。
腕に自信がある者なら、迷わずこの刑を望んだらしい。もしくは戦って死ぬ方を
またこれは公開処刑として、一般市民の日頃の鬱憤を吹き飛ばす一種の娯楽として、広く国々に浸透していた。
だが、やはりこれには問題がある。
刑を受けたとはいえ、重犯罪者が解き放たれるのである。政治犯のような思想犯も厄介な場合があるが、強盗・強姦などのいわゆる凶暴犯が国外とはいえ、自由人ととして放たれるという、近隣の国にとっても不穏な事態を招く結果となる。
もちろん対立する敵対国にワザと追いやるという場合もあったようだが、一時期お互いがやり合って、国内外が荒れて疲弊してしまった。
そこでこの刑罰は、自然と暗黙の了解で消えていったらしい。
けれども一部の古い習慣が残る自治区域などで、この刑罰が以前として残ったところがある。
ただし少し形を変えて。
それは罪人だけでなく、法の執行官も加わるという事。つまり最終的に生き残るのが、罪人でなければ安心だからだ。
始めは動物対決のコロシアムよろしく、魔獣などに相手をさせていたらしいが、稀に罪人が生き残る場合もあるし、何よりもそのような強い魔物を捕まえ、管理するのが大変だった。
そこで対抗できるような役人が代行する事になる。
もちろんこれは役人自身も命の危険にさらされる。それは警吏より危険な仕事になった。
何しろ負けたら殺されるのだから。
罪人は素手、執行官は武装・武器携帯とハンディを作ったが、武器を奪われる可能性だってある。
まず家族がいる者はやりたがらなかった。
そのため傭兵を雇った。ハンターに依頼した。軍人を起用した。
そのうち公開処刑のショーとしての娯楽性が求められるようになる。
公開をしている意味は、庶民への不満のはけ口と同時に、見せしめにして犯罪の抑制となる機能を持たなければならない。
処刑としての残酷な娯楽性、多彩な拷問が一般大衆の目に晒される事になる。
そのため執行官も一回限りの契約の者ではなく、常在の専門の者に移行していった。
刑を執行するので都合上、刑吏という肩書きとなるが、正式名は
「何戦やったか覚えちゃいないが、もちろんおれ達は全勝ゼロ敗だぜ。一回でも負けたらここにはいないからな」
アルがニンマリと笑う。
「自慢することでもないし、さっさと終わらせて彼女を連れて帰るぞ。観客もいないんだから」
淡々と話すセオドアのまわりの空気が、ピシッと張ったような感じがした。
ザァーッとアルの足元から影が四方に地面を伸びて、俺の足元もすり抜けていった。
俺は反射的に飛びのくと、そのまま馬車の車を踏み台にして、荷台の上に飛び乗った。
「なんだ、参戦しないのか?」
高みの見物をしゃれこんでいる奴が言ってきた。
「俺なんかがいたら足手まといだろ。大体俺は2ヶ月前までは一般市民だったんだぞ。こんなバトルロイヤル、出来る訳ないだろ」
「少しは役に立つんじゃないのか。まあいい。アイツらのやり方を見とけ。
参考になるはずだ」
そう言われて前を見ると、さっきの黒い霧が警護隊の4頭の馬に巻き付いているところだった。
そのまま馬達はどぉっと横に倒れ込む。
役人たちが慌てて馬から飛び降りた。
そこへアルが空中から両手に得物を抜きながら、突っ込んだ。
‟バシュッ バシュッ” と矢の発射された鋭い音が空を切った。
アルの胸と顔に刺さったっ! と見えたのは残像で、加速してすり抜けた彼は、一番手前にいた警備兵の持っているボウガンを、刃の厚い鎌状の武器で絡めとる。
同時に右手の『?』形状の、やはり鎌のような得物で相手の顔を擦り上げた。
「ギャアッ!!」
警備兵の右頬の皮が見事にはがれた。
続いて撃ち込まれた矢を避けながら、別の警備兵の鼻先に飛び込む。
兵士は絡んできた得物を、ボウガンを回転させて外すと、そのままもう1つの、刃が丸く湾曲した刃の攻撃をボウガンで防いだ。
――ように見えたが、アルの手首がクルッと回転した。
「――ッ!!!」
警備兵のアゴから喉にかけて剝けた。
一瞬
そいつのボウガンを跳ね上げると同時に、顔を防いだ腕を革手袋ごと切り裂いた。
そのまま悲鳴を上げる男の背中を台に、飛び上がりながら矢を避けると警備隊のリーダーの前に降り立った。
「お前は頭の皮から始めようか」
刃についた血を舐めてキレイにしながらアルが言った。
この間、僅か3秒くらいだったと思う。
俺は開いた口が塞がらなかった。
「何が起こってるんだっ ?!」
「あの刃が三日月のように湾曲してるのは『ハルパー』だな。
アイツの使ってるのは、皮を剥ぎ取るように改良した『皮剝ぎジャック』と呼ばれる拷問道具の一種だよ。
もう1つの鎌に似た得物は『ウォー・ピック』、通称『カラスの嘴』って言われてるヤツだ。
ああして武器を絡めとったり、突く、刺す、切るが出来る、用途の多い武器だな」
そんな事は聞いてねぇ~~~。
手前でも叫び声が起こった。
つい反射的に見てしまった俺は後悔した。
洗濯板のようにギザギザに波打つ2枚の大岩に、男が全身を挟まれていた。
見える髪色から多分、無精ひげ男か。
手前でアゴ男が変なよじれ方をして転がっていた。手足があり得ない方向に曲がっている。
俺は思わず顔そむけようとして、自分に向けられた殺気を感じた。
何か来るっ!
本能的にのけ反りながら岩の壁を作ったのと、矢が飛んできたのとほぼ同時だった。
固まっているハズの岩壁が、目の前で砂霧のように崩れる。
その霧散の中から1本の矢が、俺の頬スレスレにかすめていった。
勢いで馬車の後ろに転がり落ちながら、俺は動揺した。
なんでっ ?!
なんで土魔法が利かない?
「あれは破魔矢だ。矢自身に魔法耐性の呪文が書き込まれてる。もっと強く
いつの間にか奴の姿が見えなくなっていた。
ぼーっと馬車の上にいた俺は、良い標的だったのだ。
いや、ボウガンの奴らって、さっきやられてなかったか――?
みんな俺以上の耐性もしくは
そっと馬車の横から顔を出してみた。
バッと上に何か来た。
咄嗟に転移するのと、俺のいた地面に矢が刺さったのはほぼ同時だった。
「イッテぇ……」
左肩から上腕にかけて、矢が思い切りかすっていた。
上着のおかげで切れこそしなかったが、多少の打撲のダメージは避けられない。
俺は道から外れて、杭の外の高い樹の枝に跳んでいた。
そこから赤々とした落ち日に照らし出される、戦場の様子を俯瞰して見る事ができた。
馬車のまわりで黒と鉛色が凄まじい速さで、まさしく乱れ飛んでいた。
黒はもちろんアルとセオドアだが、鉛色はさっきの警備兵たちだ。
手負いじゃなかったか?
少し頭痛のする額に手を当てながら目が慣れてくると、奴ら(警備兵)の様子がわかってきた。
怪我が治ってる。
よく見ると傷痕があるのだが、もうほとんどわからない。
傷薬を使ったのか。それにしてもさっきと打って変わって、動きが早く鋭くなってる。
まるで中身を入れ替えたみたいだ。
1人がセオドアに蹴り飛ばされた瞬間、全身が炎に包まれた。
だが、すぐに火は飛散したように消え、男も怯むことなく、また剣を閃かせた。
いや、火傷はしている。
だが、俺の超回復みたいに見る見るうちに、怪我が治っていく。それになんだろ、口元に少し泡がついてるような。
「
いわゆる
「麻薬みたいなものか。ヤバいじゃんかっ。アル達も使わないと。持ってないのか?」
「普通は使わない代物だ。副作用が強いしな。決死戦やダンジョンの奥で使うような、まさしく
激しい金属音と地面を蹴る音に混じって、笑い声が聞こえてきた。
アルが2人の攻撃を受け流しながら楽しそうに笑っている。
やっぱりこのヤバい奴の血統だ。
すぐ近くで ‟ ヴァキッ ボキッ ギギィーッ ”という、硬い物が裂けるような音がして振り返ると、あの獣化した大男が、樹を丸ごと1本、根っこから引き抜いているところだった。
引っこ抜いた勢いで、その端が俺の乗っていた樹の幹にぶつける。
「あっぶねっ!」
思わず落ちそうになって幹にしがみつく。
獣大男は、そのままブンッと大きく振ると、馬車に向かって強く樹を打ちつけた。
バァキャッ! と、馬車の寸の手前で樹が砕ける。ほんの少しの間、その空間に波紋が浮かんで消えた。
「チィッ!」舌打ちした獣大男の頭に
ガァゴォンンッ! と、突然、大きな雷が落ちる。
もちろんそれはすぐに消えたが、ダメージはあったようだ。大男が頭を抱えて低く唸る。
「馬車に触るんじゃねぇっ!」
アルが大男の頭を蹴り込む。
が、逆にその足を大男が掴むと、アルを思い切り地面に叩きつけた。
やられたっ! と思いきや、バリンッとまた、その掴んだ腕に電撃が走り大男が宙で手を離す。
その腕を蹴って離れたアルの体のまわりには、黒い霧がまとわりついている。
霧をクッションにしたんだ。
すぐに三角飛びに地面を蹴って、飛び掛かろうとしたアルの横に、あの警備隊のリーダーが横から突っ込んできた。
2本の剣を持っている。
すかさずリーダーにも雷が落ちるが、すぐにパッと消える。こっちはノーダメージだ。
振り回される大木をかわしながら、ピックと剣の連打の鋭い金属音が鳴り響く。
本当に大丈夫なのか。
ドーピングした警備兵は手強そうなんだが。
なんて他人の心配してる暇じゃなかった。
右視野に、いきなり剣先が見えた。
すんでのところで身をよじって避けた。
俺の方を見る暗緑色の目と一瞬 目が合った。
瞳孔が大きく開いていて、沈みゆく太陽の光を強く反射している。
冷たいとか怒っているとか、そういう印象じゃなく、ただ1つ『殺す』というだけの意思しかない瞳だった。
人殺しの目だ。
よく殺人犯の目が光っているように見えるのは、瞳孔が開いているせいなのかもしれない。
咄嗟に転移しようとしたが、頭痛がして危ないと感じた。
枝を蹴りながら風を使って、出来る限り遠くの枝に跳んだ。
追手はちょっと距離に戸惑いをみせて、追ってくるのを止めた。
よし、逃げ切れるか。
と、素早い動きで、背中側に回していたボウガンと剣を瞬時に持ち替えてきた。
ヤベッ!
ビュッと葉っぱを切り裂いて矢が通り過ぎるのと、俺が幹の陰に張り付くのと同時だった。
顔を出そうとしたら、間を置かずに2打目が幹に撃ち込まれたてきた。
なにっ、ボウガンって、そんなに連射できるもんなのか?
「訓練すれば短時間で矢の装填は可能になるぞ。あのクロスボウ(ボウガンは日本での呼び名)は巻き上げ式じゃなくて、ただの装填式だしな。
しかも魔薬で集中力が上がってる」
今聞きたくない情報ありがとよ。
しかし石壁が使えなかったから、盾が使えない。
魔法で作ったモノじゃなければ使えるかもしれないが、樹の皮ぐらいじゃ突き抜けちゃうだろうな。
すぐに樹から飛び降りて道に戻った。
森に逃げても、そのまま追っかけて来られたら、俺1人じゃ対処できないかもしれない。
なんとか2人に助けてもらわないと。
道の端にうつ伏せに、両手足を剣と矢で磔になっている1人が、地面でもがいていた。
俺は慌ててまた馬車の側に走り込んだ。
馬車に繋がれたまま、ぼんやりと半目で横になっている2頭の馬の間に、いつの間にか穴が開いていた。
ブルブル震える靴だけが穴から見える。
ブリガンだ。
おえええぇーっ、もう何なんだよっ!?
目の端にさっきの奴が、こちらにボウガンを構えるのが見えた。
―― とっ、いま避けたら馬に当たるっ!
何かないかっ、あっ!
バッと 俺は空間収納から、伏龍の皮を引っ張り出した。
ガッ! と矢が皮に弾かれる。
さすがドラゴンの皮だ。張れば盾の代わりになる。
だが、矢が役に立たないと見ると、すぐにボウガンを背中に回して、剣を抜いて向かってきた。
思い切り電撃を打ってみたが、一瞬でブレーカーが落ちたみたいに消えた。
俺の魔力じゃ歯が立たない。
皮を頭から被るように広げながら、後ろ向きに逃げようとした。
ジャリンーッ!
金属音が俺の斜め横を通り過ぎた。
俺の方に走り込んできた男の体が、横から伸びてきた何本もの鎖に絡めとられていた。
鎖には鍵爪がいくつも付いている。
ビュッと横から掻っ攫われるように、男が俺の視界から消えていった。
首をまわすと樹に打ち付けられた男の体が、顔といわず手足や全部、鎖でグルグル巻きになっていくところだった。
鍵爪が体と幹に食い込んで動けなくなった。
俺が呆然としてそれを見ていると、目の前に黒いモノが覆ってきた。
「良いモノ持ってますね。ちょっと貸してください」
そう言うやセオドアは、パッと俺から皮をひったくった。
返事する間もなくバサッと広げると、飛び掛かってきた獣化大男に、濡れたタオルのように巻き付けた。
「……‼」
ベリリーッと、引っ剥がすように巻き付いた皮をまた解くと、同時に大男を蹴り飛ばす。
服が破れた上半身を中心に、血飛沫が飛ぶ。
大男はざざっと地面を滑り転がったが、すぐさま起きなおるやこちらに突進してきた。
「有難う」
内側を俺に向けて皮を返すと、斜めに飛び出して行きながら、空中から数本の鎖を出現させた。
すかさず鎖の鍵爪が、大男を引っ掛けて俺との軌道から姿を消す。
だが巻き付いた鎖を、大男は引きちぎるように体から外した。
ガクン。大男が突然膝をつく。体が小刻みに震えだしてきた。
「……#*ぅ?&+%ゲ……!」
舌が上手く動かないのか、言葉になっていない。
「さすがハンターポイズン。使えるな」
馬車の上にいる奴の声が、すぐ近くで聞こえる。
「えっ、あれって致死毒なんじゃ……。死んじゃうじゃないかっ」
「獣化してるんだ。すぐには死なん」
そうは言ったって―――。
あらためて気がついた。まわりには嫌な臭いが漂っていた。
髪の毛が焼けるような臭い、吐しゃ物のような酸っぱい臭い、そして血の匂い……。
気がつけば、呻き声と激しい息遣いが聞こえる。
馬車の下越しに見ると、後に鉛色の制服が1人転がっていた。
右腕が付け根から無かった。
その切り口は、スパッと刃物で切ったというより、なにかギザギザしていて……。
悲鳴が上がったので、反射的に振り返ってしまった。
警備兵のリーダーの男とアルが、それぞれの得物で組み合った状態で、アルが男の喉に噛みついていた。
そのまま噛みちぎると、喉が半分近くえぐれた。
男が何か叫んでよろめくと、トドメにその背中にピックを打ちこんだ。
「お~し、いっちょ上がりぃ」
口のまわりどころか、振り返ったアルの顔は、焦げ茶混じりのキャメル色の髪まで血まみれだった。
「アル、お前『封じ錠』持ってるか? わたしは4つしか持ってきてなかったんだが」
セオドアがさっきの大男の腕を背中に回して、手錠のような拘束具を付けていた。
何か呪文のようなものが書かれている。
パチンと音を立てて取り付けると、大男の体がガクガクと縮みだした。
獣化が解けていく。
魔力封じの効力があるんだ。
「休みなのに持ってきてる訳ないじゃん。こいつら持ってるかな?」
アルが足元の死にかかっている男の服を探る。
「あった、あった」
ベルトのポーチから拘束具を探し出すと、警備兵の腕に付けた。
「ついでにこれも貰っとくぜ」
金が入っていたらしい巾着袋を自分のポケットに入れた。
俺は馬の横で座り込んでいた。
動悸が激しく打ち鳴らされている。
舌がアゴに引っ付いてしまったせいか、それとも臭いのせいか、息も苦しくなってきた。
トンと、背中に手が当てられた。
動悸が収まってきて、息が楽になった。
「水を飲め」
目の前に出されたコップを掴んで、まわりの光景を見ないように目を閉じて水を飲んだ。
「兄ちゃんも無事だな。酷い顔色だが」
アルが血まみれの姿で俺のとこに来たのを見て、またブルっと悪寒が走った。
映画でしか見た事のないような光景が、まわりに広がっている。
なんで俺、手伝うって言っちゃったんだろ……。
つい勢いで来ちゃったけど、人攫いの話が出た時点でわかってた事じゃないか。
人同士の争いになる事くらい。
でもこんな酷いことになるとは…………。
「……早く(家に)帰りたい……」
思わず声が漏れた。
その呟きにアルが血まみれの手で、髪をかき上げながら
「そうだな。ただもうこの時間だから、アグロスに戻るより―――」
「ふぅーっ、なんとか外れたぞ……」
馬車のドアが開いて先生が顔を出した。
「おお、お嬢は無事かっ」
「なんだっ、アル、お前酷い顔だな。ほれっ、せめて顔洗えっ」
バシャンと、アルの顔にバケツ一杯くらいの水がぶっかかった。
「いきなりやんなよ。ビショビショになっちまったじゃないか」
「ちょっと待ってな、今乾かしてやるから……ん?」
馬車から降りてきた先生は、あらためてまわりを見回して、口をあんぐり開けた。
「こんのぉっ 馬鹿ったれがっ!! 何ちゅうことしてくれてるんだっ!」
先生は跳びあがって、ボカポカと2人の頭を叩いた。
「なんだよ、まだ殺してないぞぉ」
「しょうがないだろ、相手は殺す気で来たんだから」
「もう少し手加減出来んかったのかぁ。ったく、俺の仕事増やしやがって!」
先生はまず手前に転がっている、警備隊リーダーのところに屈もうとした。
「無駄だよハル、どうせすぐこれから断罪するんだから。それよりお嬢は?」
アルが馬車の中を覗こうとした。
そういやドアが開いてるのに、彼女の気をほとんど感じない。
ザバーッ! と滝のような水が上から、2人に降り注いだ。
「冷てぇっ!」
「なんでわたしまで……」
セオドアがプルっと、全身を振って水しぶきを飛ばす。
「バッカもん! 彼女に会うなら少し身を清めてからにしろっ」
また先生は、すっ飛んできてボカスカ2人を殴った。
「大体お前達っ、祓ったばっかりだろっ! 俺は勝手に断罪するのは好かんのだっ! これじゃただの
「イテッ、だっておれ達刑吏は、それ認められてるんだぜ」
「ちょ、ちょっとハル、耳叩くのは止めてくれ」
不思議だが、2人が防御を引っ込めているのがオーラでわかる。
ワザと甘んじて受けているのか。
「とにかくこいつらは正式な法の手に任せる!」
「面倒くせぇよ。だったらここに放っときゃあいいよ。魔物が正式に罰を下して――」
ザザザーッ さっきの倍の滝が落ちる。
「ヒャッ! なんで氷水?!」
「少し頭冷やせっ!」
先生はあらためて倒れている男のそばに来ると、両手を添えた。
傷口のあたりの空間が、蜃気楼のように揺れて見える。
ブツブツ文句を言いながら、馬車の中を除いたアルが
「まだ目が覚めないか」と呟いた。
「ああ、解呪出来たとはいえ、まだ覚めるかわからん。だから早く教会に連れ帰ってやりたいのに……」
先生は大きく溜息をついた。
ひと仕事していたのは先生も同じだ。はた目にも酷く疲れている様子が見てとれた。
「これを使え」
ヴァリアスが俺に、小瓶を何本か渡してきた。
解析するとハイポーションだった。
「お前にはまだこの治療は無理だからな。これなら完治しなくても、死なない程度には治る」
俺は吐いてしまいそうだったので、先生に全部任せる事にした。
何しろ見えてはいけないモノを出している奴もいたので。
「オウッ、ありがてぇっ! 助かるぜ」
先生が嬉しそうに言った。
「本当は少しくらい慣れるかと思ったんだが、まだ無理だったか」
奴が眉をワザとらしく上げて俺を見た。
「……ふざけんなよ……、俺は人殺しは嫌だって言ったじゃないか……」
「まだ誰も死んでないだろ。というか、今後の為に対人戦にも少し慣れたほうがいい」
慣れたくねぇ……。
あ、そうだ。俺は収納から
頭を締め付けていた、いわゆる緊張型頭痛が消えて、頭が軽くなった。
飲んでしまってから、もっと疲れている先生に気がついた。
「もっと持ってくれば良かった。先生にもあげれたのに」
うっかりしていた。俺は自分の事ばかりを考えていた。
「お前が治してやればいいんだよ」
「いや、無理だよ。俺まだそこまで出来ないぞ」
『(オレがお前を通してやってやるよ。お前に教える名目でな。
オヤジを治しとかないと、この後のあの女の治療が出来なくなるぞ)』
それが俺の使い道か。
「あの先生、私も手伝います……」
俺はなるべく、先生以外を見ないようにしながら、近づいた。
「そうか、だけどまだ兄ちゃんには無理だろ。なんとか死なないように応急処置するにしても……」
「いえ、先生の疲れを取ります。それだったらなんとか出来そうなので」
「なに、ヒーリングか? 回復治療が初めてだったのに、そんな事出来るのか?」
「ええと、ちょっと見よう見まねで、出来そうなんで……」
我ながら苦しい言い訳だな。
「ううーむ、まあ緊急時だからやってもらうか。悪くなりそうだったら、すぐ止めるからな」
「はい、もちろんです」
俺は先生の背中に手を当てた。
近くに立っている奴が、俺を通して柔らかいふわふわした気を先生の中に入れていく。
「おっほう、こりゃあ、凄いっ! 疲れが薄くどんどん消えて行くぞ。
ポーション以上にいいっ」
どんどん先生の体内が、とても体に合ったマッサージを受けた後のように、ほぐされ柔らかくなっていくのを感じる。
それと同時に俺自身も、少しコツをつかむ事が出来た。
以前、気配を隠すやり方を練習した時に会得した、頭を落ち着かせるやり方を応用して、その波動を自分ではなく相手に流すのだ。
これでまた1つ出来るようになった。
「よっしゃあ、気分全快だあっ! ありがとよ、兄ちゃん。なんだか力も蘇ったようだ。
薬と治癒でなんとか全員診れそうだ」
良かったです。
実は魔力もついでに奴が、俺を通して流してました。
人にチャージする時って、こうするんだ。ちょっと勉強になった。
先生はあらためて怪我人に屈んだ。
「こいつはまた厄介な毒くらわしたなー」
大男の解毒治療をしながら先生が唸る。
すいません、俺が持ってきた皮のせいです。
「アル、馬を全部使わないと全員載せられないぞ。操作できるか?」
応急処置し終わった男達を、セオドアと一緒に、馬車の側に引きずり集めてきた先生が訊いた。
「そりゃ出来るよ。俺は直接乗らないけどね。だけどさ、そろそろ乾かしてくんねぇ?
俺はセオと違って、火も毛皮も持ってないんだからさ」
サーコートを絞りながらアルが言った。ちょっと寒そうだ。
「ああ、お前は昔から冷え性だったな」
先生が頭をポリポリ掻きながら片手をひと振りすると、アルの体から水が飛散して消えていった。
「冷え性じゃねぇよっ。ちょっと寒がりなだけだ」
どう違うんだ?
そこへセオドアがやって来た。
「ここからだと国境の町が断然近い。アグロスに戻るのは明日にしよう、ハルベリー。
ここら辺の魔物くらいなら追い払えるが、教会に戻るとなると閉門までに間に合わないからな」
「ううむ、確かにしょうがないな。その町の水の教会に訳を言って、泊まらせてもらうか」
確かにもう日が沈みかけて、辺りは赤色から急に、深海の底のように青みを増した風景に変わっていた。
遠くで何か、獣のらしき遠吠えが聞こえる。
もう俺、どこでも良いからベッドで休みたい。
「いや、アグロスに戻るぞ」
ヴァリアスの言葉に皆が振り返る。
「何言ってんだよ。話聞いてただろ、門が閉まっちゃうって」
「だから門が閉まる前に着けばいいんだろ」
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
アルが目の前で手を振った。
「馬を全力で走らせても、一刻(2時間)以上はかかるぞ。その前に馬が壊れちまう。
おれの闇霧と、セオの土魔法で補助しても間に合わないぞ。馬車で山を突っ切るのはリスクがあるし」
「こいつ等と馬車をここに残しても間に合いそうにないですよ」
セオドアもアルに同意した。
「そんな時間はかからん。転移を使えばいい」
「「「えっ…… ?!」」」
3人の目が点になった。
まさかまた俺がやった事にするのか……?
さすがに無理があるぞ。
俺が不安感一杯の目で見ると、奴がニンマリ笑いながら言った。
「魔法円を使えばいいんだ」
そう言って地面を軽く足で叩いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
作中の『皮剥ぎジャック』は名前がわからなかったので勝手につけました。
『?』形状のウォー・ピックです。皮から肉をそぎ落としたりする時に使う道具の応用武器です。
『カラスの嘴』はちょっと刃が太目のウォー・ピックで、これも正式名じゃなくて、呼び名のようです。
と、当初は上記のように『?』形状の武器の名前がわからなかったのですが、
わら けんたろう様のおかげでわかりました! 『ハルパー』!
とぶくろ様にも思わしき名称などを教えてもらい、参考になりました。
教えていただいたご両名様 有難うございました(^▽^)
また今までまさしく『どんな武器だ?』と思われていた方々、すみません、私の説明力不足で……。
始めから鎌という表現を使っておけば、もう少しわかりやすかったかもしれないのですが、私の中では鎌=農具要素が強かったので……💧
で、『ウォー・ピック』なんて言うのを知って、そっちを使ってましたが、ピックって言ったらアイスピック状の小さなイメージが一般的でしたね(;´Д`A ```
クサリ鎌というのもありますし、立派に畑以外では武器でした。
お陰様で訂正させていただきました。
よろしくお願いいたします。
PS.
話がズレますが、以前、ある道路で何故か鎌が車道に落ちているのを見た事があります。
2回くらい車がそれの柄を踏んで、鎌が軽く跳ね上がっているのを見て、歩道寄りに飛んで来た時に拾い、すぐ近くの交番に届けた覚えがあります。
トラックの荷台にでも置いてあったのが落ちたのでしょうか。
交番のお巡りさんは、私が車道に落ちてたのでと言っても『はあ?』みたいな感じでしたけど。
後で考えたら、現場にお巡りさん連れてけば良かった。
はた目から見たら、素で鎌持って歩いている危ない奴だったよ~ん( ̄▽ ̄;)
さすがに預かり証みたいのは書かずに、済みましたが、あれを踏んづけてパンクするとか、もっと跳ね飛んで通行人に当たっていたらと思うと、やっぱり武器ですね。
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