第107話 『奴隷商人と汚職役人』
枝に立って下を見下ろすと、落ちた伏龍のところに他の2体が走り込んできた。
‟ ヴォロロロ…… ”
唸り声を上げながら、こちらを見上げて、俺と足元の仲間の死体を交互に見る。
他のが来たら俺もう無理だぞ……。
「よくここまで頑張った。惜しかったのは、力不足と剣の角度だな」
いつの間にか隣の枝にヴァリアスが現れていた。
「最後に剣を押し込んだのは、やっぱりあんたの仕業か……」
俺は枝の上に座り込んだ。
「お前のサポートするって言ったろ」
スルっと幹を廻りこんで俺の隣にやってきた。引力操作でもしているのか、枝の先に乗っても全く軋まない。
ポンポンと俺の頭を軽く叩くと、手を置いてフワフワとした柔らかいモノを流し込んできた。
「……いつまでも子供扱いするなよ」
体力と魔力を回復してもらいながら、ちょっと不貞腐れてみせた。
どうせあんたから見たら、俺なんか蟻んこみたいな非力さなんだろうけど。
「まだまだ成長途中だろ。強さも人生もこれからだ」
そう言って下を見た。俺もつられて下を見る。
「えっ……?」
残った2体が倒れた仲間の体に食らいついていた。
「仲間を食べるのかっ ?!」
「もう死んでる。ただの肉になった。他の魔物に食べられるよりはいいだろ。それに腹を空かしてるのはコイツらだけじゃない」
そう言って左の方を指した。
その指された方を見ると、木立の陰から1mくらいの、小さめのトカゲが5匹、わらわらと現れた。
子供か。
‟ ヴァー、バアァァ ” 小さめのトカゲが鳴いた。
‟ ヴァロロロォー ヴォロロー ” 2体も鳴き返す。
ふと、大トカゲが死体から横にどくと、首を振った。
それは子供達に促す動作のように見えた。
子トカゲはちょっと躊躇したが、恐る恐る、死んだ仲間の体に噛みついた。
だが、やはり子供には硬いのか、歯がなかなか立たないようだ。
するりと隣にいたヴァリアスが急に飛び降りた。
7匹のトカゲたちが一斉におののく。
「お前らっ、蒼也の獲物を勝手に喰うんじゃねぇっ!」
ぶわぁっと、黒い瘴気が奴を中心に放射状に広がる。トカゲたちが慌てて散っていった。
「蒼也、大丈夫だから降りてこい」
そう言われて転移しようとしたが、そのまま飛び降りることにした。
ズンと鈍い音がしたが、足への衝撃はゴブリンに襲われた時より少なかった。
少しづつ体も強くなっているようだ。
まわりを見ると、まだあのトカゲたちが樹々の間から、こちらの様子を伺っている。
ただ、奴が怖くて手が出せないでいるようだ。
「ほら、さっさと収納して行くぞ」
「う、うん。だけどさ……」
大トカゲの大きな体の陰で、それぞれ5匹の、短い鼻面の子トカゲもこちらを見ていた。
こいつら群れで暮らしてるんだ。そうしてお腹を空かせてるのは、大人たちだけじゃない。
「今回はいいよ……」
なんで子供って、動物でも爬虫類でも、体が寸詰まりで丸っこくて、円らな瞳をしてるんだろう。
「そうか。じゃあせめて戦利品だけ取っとくか」
俺がそう言うのを予期していたように、すでに持っていた小型ナイフで、大トカゲの胸の辺りに切れ目をいれた。
中からリンゴ大の大きさの、濃い緑色に青や黄色の色味を帯びた魔石を取り出す。
「ハンターポイズングリーンというのが、人間どもが名付けたこの伏龍の種類だ。もちろん魔石には毒がないから安心しろ」
魔石はまだ心臓のように温かかった。
俺はその場に
「ついでに喰いやすくしといてやるか」
その途端、大トカゲの体がグリンっと空中で回転した。と、思ったら地面に薄ピンク色の肉と灰色の内臓の塊が出現した。
「ええっ? 何したんだ?」
「見ての通り、表裏をひっくり返したんだ。空間魔法の一種だ。皮を剥ぐのに早いだろ? お前も使えるようになれば便利だぞ」
そう言いながら重なる肉の隙間から、土緑色の皮を引っ張り出して、俺の足元に放ってきた。
うえぇ、あまり使い道あるのかな、それ?
とにかくその潰れたテントのような大きい皮と魔石を収納した。
「ほら」
いつの間にか折れた刃と剣をくっつけたらしく、元通りになったファルシオンのグリップを俺に向けてきた。
刃こぼれも直してくれたようだ。
返り血が気持ち悪いので水で顔を洗うと、即、背中に乗せられた。
「転移しないのかよ」
「たまにはいいだろ。それにまた転移するのは、お前の負担になるかもしれないし」
「確かにまだ頭の奥がジンジンす……」
言い終わらないうちに、吹っ飛ぶように走り出して、俺の体が後ろにそり返る。
そのまま後ろを振り返ると、トカゲたちが残してきた肉に一斉に食いついているのが、樹々の隙間から見えた。
正直、死んだからといって、さっきまで仲間だったモノの体をすぐに食べられる気持ちがわからないが、それほど飢えていたということなのか?
それともそれが野生というものなのか、ドラゴンだからの割り切り方なのかはわからない。
唯一解ったのは、俺には理解できない事がいっぱいあるという事だ。
俺の耳に微かにドラゴンの遠鳴きが響いて消えていった。
しかし本当に飛ばしてくれた。
確実に時速100キロ以上は出てる。オープンフェイスのヘルメットで、バイクの後ろに乗った時みたいに息が苦しい。
俺の体調を気にしてくれるなら、引力とか空気とかも調整してくんないのかな。
もちろん奴はお構いなしに、森を駆け抜け、小川をひとっ飛びし、岩場を突っ走り、また森に入った。
移動速度が速いので、俺が探知したのと皆のところに走り込むのがほぼ同時だった。
「おう、間に合ったな」
すでに地面に降りていた先生が振り返った。
3人は森の中に一本伸びている道の手前、木立の中で様子を伺っていた。
2車線くらいの幅の道には、魔除けの杭が等間隔に打ち付けられている。だが、日も傾きかけている今、もうすぐその効力が消えてしまうのだろうが。
「兄ちゃん、あんたも何か混じってるな。なんの人種とかわからないが……。変わった血の匂いがする」
アルが鼻をひくつかせて、俺を見た。
えっ、血でそんな事わかるの? 血に敏感なのはやっぱり彼もサメ男だからなのか?
先生が心配して聞いてくる。
「なんだ、怪我したのか。ちゃんと治したか?」
「はい、ちゃんと治しましたっ」
治癒魔法じゃなくて、自然治癒だけど。
そういや服は直してもらってないな。これ後で洗いたい。
「もうすぐ来るぞ」
セオドアが黒い耳をピクつかせた。俺にはまだ何も探知できない。
「ハルベリーとソーヤさんは危ないからここにいて下さい」
「何言ってるっ?! 俺もあいつらに一発ぶち込んでやらんと収まらんぞっ」
小柄な先生が腕をぶんぶん振り回した。
「わかってるよ。後で好きなだけ殴らせてやるから、ハルは力を温存しといてくれよ。後で必要になるんだから」
アルがいきり立つ先生に、前かがみになりながら宥める。
その時、蹄の音と車輪の土を転がる音が聞こえてきた。
「彼女が乗ってるんだから、丁寧にな」
セオドアがアルに注意した。
「わかってるよ。おれだってそんなにガサツじゃないぞ」
2頭立ての馬車が走って来るのが探知できた。
御者が馬のすぐ後ろ、御者台に乗っているのはわかるが、馬車の中を探る事ができない。強力な魔除けの力が馬車全体を覆っているようだ。
その走る馬の足元の影がずるりと動くと、前足から腹に、そのまま首に登り耳の中に入っていった。
途端に2頭の馬が速度を落とし始めた。左右にぐらつき始めているのもわかる。
「せいやっ、どうしたっ? 石でも踏んだか?」
御者の老人が手綱を引っぱったり、鞭を振るったりしたが、馬の足並みは目に見えて弱くなり、乱れ始め、そうしてついには歩き出すと、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「おい、こんなとこで座るなっ おらっ立てやっ」
ピシッと鞭の鳴る音がするが、馬は立ち上がるどころか、その場にクタクタと横になってしまった。
「あいやぁー」
「おい、何してんだっ?」
馬車のドアについている窓が開いて、目付きの悪い男が顔を出した。以前、施術室に押しかけてきたアゴの尖った男だ。
バァン! いきなりドアが勢いよく開き、男が窓にアゴを打ち付けて悲鳴を上げた。
「なんだっ おま――」
別の男が大声を上げる途中で、そのままドアから飛び出した。いや、掴み出されたのだ。
いつの間にか馬車の横に、セオドアがいた。続いてアゴを押さえた男も外に引っ張り出される。
「コボルトォ ?! 何しやがるっ」
「お前たちも出やがれっ」
反対側のドアからアルが、大男とブリガンを地面に叩き落とすように、引きずり出した。
いつの間に2人があっちまでいったのか、全然わからなかった。
御者の老人がおののいて馬車から降りようとする。そこにスルッと馬車の影が触手を伸ばすと、老人の首に巻き付いた。
グキンッと皺だらけの顔が反対を向く。
えっ?
そのままドサリと地面に細い体が崩れ落ちた。
「アルッ、まだ量刑してないんだから、断罪するなよ」
「ったく、ベーシスの年寄りはモロ過ぎるんだよな」
首に巻き付いたままの黒い触手がまた動くと、ゴリンっと老人の首が動いた。
ハーッ ハーッ と、やっと息が出来たかのように老いた男が激しく息をする。
同時に馬車のまわりから地面を這って、炎のように黒い霧が噴き出して、立ち上がろうとした4人の男達を突き飛ばした。
「こんなとこに入れやがってっ」
馬車のドアが開きっぱなしになったおかげで、少し中の様子が探知できた。
アルがブリガン達が座っていた座席を持ち上げると、中から金糸の糸を頭に
「お嬢っ、おぉっと、女神か ?! しばらく見ないうちにまた綺麗になったなぁ」
「
外で牽制してるセオドアが少し怒り気味に言う。
「あ……」
豊かな金髪をかき分けると、その焦点の定まらない瞳の美しいかんばせの下、細い首には太い輪がはまっていた。
ブワァンッとまた黒い霧が一段と炎を上げる。
いや、今度は黒に赤の筋が混ざり出した。さながらそれは氷上に走る亀裂のようにピシピシと広がった。
「てめえらっ! よくもやってくれたなぁっ !!」
馬車から飛び降りたアルが、ヴァリアスと同じような凶悪な顔になった。
明るいルビー色だった瞳が
そのまま牙でガチガチと耳障りな音を立てる。
ドアの中を覗いたセオドアが、すぐにこっち向かって走ってきた。
「ハルベリー、来てくれっ!」
ドタドタ走る先生を途中で担ぎ上げるとすぐUターンする。
俺も慌てて付いて行こうとして気がついた。
あれっ、奴は何処行った?
「もうこうなったら裁判なんかいらねぇ。今ここで裁きを下してやるっ!」
アルの足元から黒い濃霧がユラユラと炎のように舞っている。
あれは彼の能力なんだ。闇魔法の瘴気のような。
「その紋章、警吏じゃなくて刑吏かよ。女ぁ取り戻しにきやがったのはっ」
ブリガンがあらためて驚いたようだ。
「刑吏風情がどんなもんだってんだっ!」
大男が叫ぶ。
「知らないのか。警吏と違うのところはなあ、個人の裁量で処刑が許されてるんだよぉ」
また濃霧がぶわぁっと触手を伸ばす。
だが伸びたそれは、空中で中途半端に立ち消えた。
「ん……」
「さっきは不意打ちを喰らったが、もうそうはさせねぇぜ」
アゴ男が両手を斜めに上げて、立ちはだかっていた。その手には何か数珠のようなものが巻き付けられて、微かに青白く発光している。
「ふん、魔法使いか。そんなモノに頼っておれと力比べするつもりか」
霧が更に濃さを増した。それは新しい空気を得たように大きく伸びあがった。
再び抑え込もうとしたアゴ男が力を上げたが、アルのほうが強い。段々と炎が大きくなっていく。
急にボコボコっと黒炎に穴が開いた。光の矢が突き刺さったのだ。
「面倒くせぇな。光使いか」
もう1人の無精ひげの男も、やはり手首に数珠のようなモノを巻き付けて参戦してきた。こいつは市場で尾行してきた3人のうちの1人だ。
一方、馬車の手前で大男が立ちふさがっていた。
が、セオドアはビッと瞬時に加速して横をすり抜けると、馬車の中に素早く入っていった。
取り残された俺は、グリズリーみたいないかつい大男と、フック船長似の奴隷商の親分の2人にご対面する恰好となった。
「お前 あん時、施療院にいた異邦人かあ」
ブリガンは俺のこと覚えていたようだ。
「こんな亜人や魔物とつき合ってるとは、お前もろくでもない奴だなあ」
鷲鼻の奴隷商が、さも愚か者を見るような目つきで俺を見た。
アクールやユエリアンも
「人身売買やるような、あんたなんかに言われたくないよ。大体、みんな人間だろうが」
「あー、たまにいるんだよな。そう言う博愛主義を闇雲に唱える、間抜けなベーシスが。
そんな寝言言ってると、奴らに国を乗っ取られちまうんだって、なんでわかんねぇのかな。
こいつらは首根っこ押さえとかないと、何するかわかったもんじゃ――」
ブワァッ! とブリガンの立派な鼻の前で炎が上がった。よく手入れしていた自慢の髭が燃えて、慌てて手で払い消す。
大男の服にも燃え移り、大男が慌てて上着を脱ぎ捨てた。
「お前達みたいなベーシス至上主義者には、もうウンザリなんだよ」
いつの間にかセオドアが馬車から出て来ていた。
「こ、この魔物のくせに、
こんな魔物を官吏に使うたあ、この国は頭のオカシイ奴らばっかりだっ!」
ゴウッ! と巨大な手のようになった炎の塊が、ブリガンを掴むように包んだ。
直接は触れてないが、まわりを包む炎で奴隷商は動けなくなった。
炎が2本、ブリガンの顔の前に細く伸びる。
「じゃあ二度とこの国に来れないようにしてやろうか?」
セオドアの青い目に深紅の炎が揺れて映る。
その横顔は、まるであの冥界の神アヌビスが、魂の審判をする光景を彷彿させた。
「お前みたいなのが、母さんまで迫害したんだ。同じベーシスなのに」
「危ないっ!」
大男が後ろからセオドアに拳を振り上げた。クルッとすり抜けるようにソレをかわす。
だが、その隙に炎の触手から滑り逃げたブリガンが、サッとポケットから何かを取り出すと、左の腕輪にはめた。
俺にはなにか青白いオーラのようなモノが、男の体を包んだように見えた。
「念のため魔石を持ってきておいて良かったぜ。これでもうてめえの魔力なんざ怖くねぇ」
護符の輪に魔石をはめてパワーアップさせたんだ。魔石のエネルギーが続く限り、威力が増す仕組みだ。
「それぐらいでわたしに対抗出来るとでも思ってるのか?」
セオドアが口元を歪めて、黒い毛並みから白い牙を見せた。
それは初めて見る魔狼のような顔だった。
ぞわっとするオーラを感じて振り返ると、さっきの大男の体に変異が起きていた。
体を前かがみにして唸り声を上げ、丸めた背中から肩甲骨が羽のように突き出てくるかのように見えた。
いや、それどころか体全体がメキメキと盛り上がってきた。
俺はこの光景を見た事がある。
あの地豚がハイオークになった時だ。
マズいっ!
もう相手が人間とか言ってる場合じゃない。
俺は大男の足元に電撃を走らせた。
だが、その光は一瞬の
「獣化か。これじゃどっちが魔物かわからんな」
「ウルセェッ。卑シイ生マレノ奴ニ、言ワレタクネェヨ」
今や3m近くなり、肩幅、胸厚どれをとっても人間というより、ゴリラとグリズリーの合いの子のようになった大男が、太い首から絞り出すような声で反論した。
「よし、ではどちらが卑しいか、白黒つけるか。ハルベリー、解呪の具合はどうだ?」
セオドアが顔は前を見据えたまま、後ろの馬車に声をかける。
「厄介だっ。くそっ、外すのにも手間がかかる。もう少し時間くれっ」
「わかった。ハルはそっちだけに専念してくれ」
時間にしてほんの僅かだったと思うが、この馬車と遭遇してからのこの
だから反対側の方向から、道をやって来る者がいる事に気がつかなかった。
最初に気がついたのはセオとアルだった。
2人とも同時に馬車が向かっていた、道の先のほうを向いた。
「―― 国境警備か?」「―― だな」
「ナニッ !?」
その言葉に4人の奴隷商の男共もそちらを振り返る。
その時、やっと俺の耳にも幾つかの蹄の音が聞こえてきた。まだ何頭かは聞き分けられないが、1頭ではない事は確かだ。
ゆっくりとカーブを描いた道の先から、4頭の早馬が走って来るのが見えた。それぞれに男が乗っている。
皆同じグレーの上着を着て、左腕に深緑色の腕章を付けていた。
国境警備 ―― アルが連絡していたから、向こうから来てくれたんだ。
助かった。
どうなる事かと思っていたけど、ホッとした。
だが、最後まで確かめないうちに気を抜くのは早計だった。
警備隊の男達が一斉にこちらにボウガンを向けた。
え……。
風を切る音と、目の前で何かが当たって落ちるのとほぼ同時だった。
「ボヤッとするな、蒼也。まだ安心するのは早いぞ」
いつの間にか奴が隣にいた。
そして俺の足元にボウガンの矢が1本落ちていた。
えっ、誤射?
「やれやれ、
黒い霧で止めた矢を、へし折りながらアルが呟いた。
「全くどこもかしこも汚職だらけだな。それとも元からこいつらの仲間だったのか」
セオドアが矢を跡形も無く燃やしながら、軽く溜息をつく。
「お、俺達を狙ったのか?? 国境警備って味方じゃなかったのかよ!?」
事態がすぐ飲み込めずに、俺はみんなの顔を見た。
オロオロする俺に奴が当然のように言う。
「お前のとこでもよくあるだろ。警察とギャングの癒着とか」
マフィアが言うな。でもそれじゃこいつらも敵の仲間なのか。
一気に敵が倍になっちまった。
「おおーっと、良いタイミングだ。さすが国境警備隊は伊達じゃないな」
ブリガンが厭らしい笑みを浮かべて言う。
「ったく、あんまり世話焼かせるな、ブリガン。毎回もみ消すのはこっちなんだからな」
馬上のガタイの良い中年の男が、奴隷商人に声をかける。
「ええと、連絡は受けてたが、ホントに刑吏か。亜人とはいえ、役人を消すのは面倒なんだよな。他の奴らにも連絡がいってるし」
他の兵士がボウガンに新しい矢を装填しながら言った。
「日も暮れかかってるし、途中で魔物に殺られたことにするか」
「それとこっちはベーシスか。他にもいなかったか?」
俺たちを見回しながらまた中年男がブリガンに話しかけた。
「馬車の中にノームがいる。そいつもどうせ奴隷化は無理だろうから、世話になったがしょうがねぇ。殺っちゃってくれ」
「そうか。だけどコボルトとアクールなら、上手い事すりゃあ
隷属の輪でも使わないと無理だとは思うが」
戦奴というのは闘技場などで、まさしく見世物として殺し合いの試合をやらされる奴隷のことだ。地球でも昔ローマにいた*
(*作者注:全てのグラディエーターが奴隷だったわけではありませんが)
「やーれやれだぜ」
無精ひげの魔法使いと光魔法使いを同時に相手にしながら、アルが肩をすくめて見せた。
「聞いたか、相棒? おれ達もナメられたもんだな。そこら辺の子ウサギみたいに捕まえられると思ってるらしいぞ」
「呆れるな。その自信がどこから湧いて出てくるんだか。
だけど一応、生け捕りを考えてくれてるらしいから、ちょっとは酌量の余地はあるんじゃないのか?」
「ああん、そっちこそ状況を理解してるのかあ? こっちにゃ人質だっているんだぞお」
ブリガンが馬車に走りこもうとした。
が、すぐにドンッと見えない壁にぶつかって、後ろによろめく。
「今ここは取り込み中だ。邪魔するんじゃねぇよ」
いつの間にか奴が馬車の上にいた。
高い所に座る牢名主みたいに、行儀悪い胡坐をかいて座っている。
「おい、馬車はオレが見とくから、気にしないで思い切りやっていいぞ」
「ありがてぇっ、頼んだぜ!」
スルスルと馬車の下に伸ばしていた黒い霧がアルの足元に戻って来ると、宙に舞っていた霧が更に濃くなった。
「助かります。ソーヤさんも馬車の中にいてください」とセオドア。
「いや、コイツはいいよ。解呪の邪魔になるし、自分の身は自分で守らせるから」
このヤロウ、簡単に言うなよな。俺はさっき伏龍と一戦交えたばかりじゃねぇか。
「さあて、どうしてやろうかな。まさかこんな事になるとは思ってなかったから、道具をあまり持ってきてないんだよなあ」
両手を組んで前に伸ばし、ストレッチしながら、アルが首を軽くまわした。
「火と石で
セオが落ち着いて放ったこの一言に、奴隷商とつるんでいる警備隊の顔付きが一瞬引きつった。
ヒクイドリって、あのジャングルにいるダチョウみたいな鳥か?
『(火喰い鳥ってのはな、別名:
ヴァリアスが俺の頭を読んでるのか、すぐにテレパシーで説明してきた。
―― ファラリスの雄牛 ――
以前マンガで読んだ事がある、気分が悪くなった、惨い火刑の1つ!!
あれと形が違うって牛と鳥の違いだけって事なのか。なんでそんな事サラっと言えるんだ?
やっぱり俺と彼らとは生きてる世界が違うのか。
「刑吏ってのは拷問の事しか考えてないのか? そういう事はまず我々に勝ってから言えよな!」
警備隊のリーダーらしいガタイの良い中年男が、先程の畏れを払拭するかのように怒鳴った。
他の者もその声に、また態勢を整えた。
「そうだぁ、こいつらは警吏じゃねぇ。たかが刑吏じゃねぇか。ベーシスより体力と魔力があるってだけの事だ」
ブリガンもあおる。
「ホントにおれ達、見くびられてるな。そういや、こいつらの国の刑吏ってのは、一種類しかいないんだっけ?」とアル。
「こっち(エフティシア国)でも一部の地域限定だから、知らない奴も多いんじゃないのか」
セオドアが答える。
「ふーん、そんなもんか」
ぐるりと奴隷商たちと警備隊を見まわしながらアルが呟く。
「おれ達はな、刑吏は刑吏でも、
アルが牙を見せながら、何故か嬉しそうな顔をした。
それは戦いときの奴と同じ笑みだった。
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