第162話☆ 謎の美女とグレーテル

 足下にサラサラした砂の感触が伝わった。

 目の前には急勾配の砂の坂が、視界を覆うように伸びている。

 後ろを振り向くと、延々と灰色の壁が、これまた左右に続いていた。

 こちら側からは亀裂の外側を普通に見ることが出来、ヨエルがまわりを窺いながら入ってきた。


「おい、早く行くぞ」

 いつの間にか砂丘の頂辺てっぺんに奴が立って、こちらを見下ろしていた。

「あんたのペースで行けるかっ 少しくらい待ちやがれ」

 突然戻ってきたら、もうゴーイングマイペースかよ。


 ただの坂道と違って砂地なので、当たり前のように上りづらい。これは身体強化うんねん以前の問題だ。

 だが、ヨエルは慣れているのか、ただのスロープを上がるようにすっすと登ってしまった。

 結局俺が最後になってしまった。


「ふうん、今は湿期バージョンなんだな」

 上でヨエルが呟くのが聞こえた。

 やっと俺も追いついて、向こう側を見下ろすことが出来た。

 そこにはどこまでも延びる砂浜に、翡翠色の水、白い泡沫が打ち寄せる浜辺が広がっていた。


「海なのか?」

 水平線の向こうは霞んで壁は見えないが、手前に島のようにそびえ立つ岩々が、あちこちに見えた。

 その上には一階のクールスポットと同じように、薄曇りの空が広がっている。

「海というか、湖だな」

 砂浜へ降りながら奴が言った。


「大きいがただの水溜まりだ。波はこのダンジョンの波動のせいで、水が動くからだ」

 これだけ大きいと海だか湖だかわからない。

「ここはね、本来砂漠なんだ。地下に大量に水があって、こうして時々表面に上がって来るんだよ。

 それでこうして湖が出来るってわけ」とヨエル。


「へぇー、だけどこれじゃ船か水魔法が使えないと、行ける範囲が狭まりますね」

 まさか水が引くのを待つわけじゃあるまい。

「いや、それ以外でも行けるぞ。そうだ、ちょっと体験してみるか?」

 そう言ってヨエルがリュックを下ろした。


 中から何やら折り畳みの傘のように、長い棒に布がたっぷり巻き付いたモノを出してきた。

 よく見るとそれは布ではなく、マット調の革のようだった。

 棒は特殊警棒同様、伸縮性があり、伸ばすと俺の身長近くあった。

 そうして巻き付いた革を解くと、棒に沿って左右にバサッと広がった。


 それは巨大な蝙蝠の羽のようだった。

 濃紺色のその革には、まさに長い指を開いたような骨格が伸びている。

「これは『エンペラーバット』の羽を使ってるんだ」

 彼がその棒に少し魔力を流すと、ガチリっと微かな音を立てて、羽が固定された。


「エンペラーバットってのは、主にダンジョン内の火山洞窟に棲んでいる大コウモリの事だ」

 奴が説明を引き継いだ。

「体の大きさだけなら、他にキングバンピートとか、もっとデカいのはいるが、コイツはとても頑丈な皮をしているんだ。

 しなやかで伸縮性も良くて、それこそ簡単なボウガンの矢ぐらいなら破られない。

 もちろん火や雷にも強いぞ」


「旦那さすがに物知りだね」

 ヨエルが感心しながら言った。

 知ってます? 実はこいつ、これでも創造主のメンバーなんですよ。


「あんた、これ付けてくれ」

「はい?」

 

 その棒はまさしく、その蝙蝠の背骨で作られていた。

 背骨から横に数センチ突き出た肋骨の痕に、ショルダーベルトが付いていて、これに両腕を通すと羽を背負う形になる。

 長さは全体で6m弱というとこか。

 大きさの割にそれほど重くない。

 中央のベルトで腹に羽を固定し、もう1本のベルトを足の間からまわして、腹ベルトにしっかり繋げると出来上がりである。


「『スカイバット』って言うんだ。風使い必需品の1つだよ。もちろん風使いじゃなくても使えるぞ」

 装備に緩みがないか確かめながらヨエルが言った。

「これは……簡易版ハンググライダー?」

「あんたの国ではそういう名前なのかい? あの祭りの時に、街の上にもいっぱい飛んでただろう?

 あれの携帯版さ。狭くて高いところとかで作業したりする時にも使うんだ。

 小型だから小回りも利くしな」


「つまりこれで飛ぶという事ですか?」

 俺はバンジーすらやったことはないぞ。

「大丈夫だ。おれがちゃんとサポートするから」

「いや、そう言う事じゃなくて……」

「足の甲をここに引っかけるんだ。そうすれば体を平行に出来る」

 この背骨の末端に、吊り革の持ち手みたいなあぶみが付いていた。


 あんたも話を聞かないタイプなのか?

 と、この時は思ったが、実はハッキリと言わない俺が悪いのだ。

 ハッキリNoと言わないから、相手に伝わらない、小心者の良くない癖だ。


「風が使えなくても、重心の移動や、この紐で羽を操作が出来るぞ」

 ショルダーベルトには、それぞれ左右の羽の先に繋がる紐が通っていた。先っちょのリングに手を入れて引っ張ると、羽が曲がるのだ。


「よし、いい感じで風が出てきたし、ちょっとひと回りして来い」と奴。

「万一の時は助けて欲しいが、チャチャは入れんなよ」

 こいつに任せたらきっと猛スピードにされる。

「用意はいいか? じゃあ風に乗せるところだけ、おれがやるぞ」

 俺は落とさないようにお面の紐を結び直してから、ヨエルに合図した。


 すると俺の体の両側から、風が羽を押し上げてきた。

 スルスルと砂地から足が離れると、俺は3階建てくらいの高さに浮かび上がっていた。

 そのまま斜めに風が吹きつけてきて、体が前に進みだした。


「ひょお……」

 一瞬怖かったが、スピードは驚くほどではなかった。

 さすがに手加減してくれているようだ。

 体は上に引っ張られてはいるが、風を滑っているような、スキーをしている時の感覚に似ている。

 何しろ、少し重心を移動するだけで、そちらにカーブしていくのだ。


 バサバサとフードが揺れる音と共に、顔に当たる風の匂いは確かに潮風とは違う。

 あの独特の磯臭さがないのだ。

 下を見ると、自分と翼の合体した影が、魚影のように水面をついてくる。


 一番手前の岩に近づくと、上には草がびっしり生えていて、波を避けるかのように、一匹のヤモリ似の大トカゲが側面にくっついていた。

 その横を通り過ぎながら下を見ると、意外と透明度の高い水の下には、ゆらゆらと海藻のように揺れる、長い草やコキアのような赤い箒草のような塊が見えた。

 いつもはここが地上だった証拠だ。


 少し高度が落ちてきたので、羽を押し上げるように自分でも風を送ると、ちょっと上昇気流に乗ったように一気に上がってしまった。

 ううむ、こういう時は斜めに送ったほうが良さそうだ。

 だけど空を飛ぶってこんなに気持ちいい事だったんだな。


 鳥や虫たちは、いつもこんな感覚を味わっていたのか。

 スカイダイビングや、ハンググライダーにハマる人の気持ちがわかる気がした。

 飛行するという、普通人間には出来ない状態なのだから、もちろん緊張が少し走っているのだが、それを上回る高揚感が体を包んでくる。


 スゲー気持ちいい。

 この爽快さと解放感。

 そして風とまさしく一体化して、空中を走るという行為。

 ある程度速度のある浮遊感というのは、とても新鮮なのにどこか懐かしい感じがしてくる。

 もしかすると、子供の頃見た、ピーターパンと空を飛ぶ夢の余韻が思い出されたのかもしれない。


 おっと、つい2人の事を忘れてた。

 旋回すると点在する岩山越しに、横に延びる灰色の壁とその下の地平線に、2人が小さな点で見えた。

 帰りは逆風になるので、風魔法で推進力を作りながら2人の元に戻った。

 

「お帰り、どうだった?」

 俺があぶみから足を外しながら、なんとか降り立つと、ヨエルが羽を支えてきた。

「凄く楽しかったですっ! 有難うございますっ」

 俺は心から言った。久しぶりにレジャーを楽しんだ感じだ。


「そうだろう。飛べるのは竜使い以外に、風使いの特権だからな。これは絶対習得しておいた方がいいぞ」

 確かに、これを使えば俺程度の魔力でも空を飛べる。

 この道具欲しいなあ。

 ハンター試験が終わったら、ぜひ買いに行こう。


 ちなみにヨエルのこれは、特注品らしくてリュック並みに高いらしかった。

 素材良さげですもんね。

 初心者向けに革ではなく、丈夫な帆布を使った既成品があるそうなので、それから慣らします。


「こっちに戻ってくるときに、風魔法で逆風を動かしてたろ?

 ああやってると、魔力と体力の消耗が激しいから、なるべく羽の角度で調節するんだよ」

 そう言いながら、ショルダーベルトのリングを引っ張った。羽の角度が曲がる。

「帆船が追い風に向かって進めるのと一緒の原理だな」と奴。

「そう。慣れないうちは、なるべく高く上がってからやるといいよ。追い風に向かって飛ぶと、下に流されるから。

 慣れてきたら、足で舵を取るのもいい。流される誤差が減って来る」


「はいっ、あの、もう少しやってみていいですか?」

「いいよ、そのつもりで出したから。いいかな、旦那?」

 ヨエルが雇い主を振り返る。

「オレもいいぞ。蒼也がすすんで練習してるのは良いことだ。オレが教えるより、楽しそうなのが癪に障るが」

 あんたのは楽しむ以前の問題だろうがっ。無理ゲー過ぎるんだよ!


 という訳で俺は今度は自分で上昇気流を作り、再び空に舞い上がった。


 今度は意識して高く高く飛んでみた。

 薄ぼんやりした雲のような空は、ずっと水平線の向こうまで続いているし、上を見上げるとまだまだ先に雲(?)がありそうに見える。

 だが、どんなに飛んでも、ある程度の高さで風景が止まってしまう。

 体はどんどん上がっている感覚はあるのだが、そこから先に行けないのだ。

 これはやはり空間が歪んでいるせいなのか?


 これ以上高く飛べないなら、魔力の無駄使いだ。

 再び前方に飛ぶことにした。


 今度は真っ直ぐでなく斜め右に飛行する。

 こちらにもニョキニョキと岩が、顔を出すチンアナゴのように伸びている。

 水底も地面の高低差があるせいで、すぐ下に草が見えるところと、深い緑色の穴のように見えるところがある。


 と、その波間に何やら黄色い海蛇のような紐状の姿が、水面に弧を描きながら泳いでいくのが見えた。

 普通の海蛇よりも太くて、アナコンダかウツボのような大きさに感じた。


『(あれはサンドワームだ)』

 奴のテレパシーが聞こえた。

『(サンドワームっ? サンサーラ砂漠にいるって言ってたヤツか)』

『(あそこだけじゃなく、あちこちの砂漠にいるぞ。砂の中に居られなくて出てきたんだ)』

 そう言われて見ると、あちこちに太いロープのような姿が泳いでいる。中には岩に喰いつき、這い上がってきているモノも――。


 うおぉ、絶対にここでは泳ぎたくない。


 そんな事を思いながら、虫が見えなくなった頃、左側に見えるひときわ大きい岩場に、数本の樹が生えていた。

 樹以外にもしっかりと芝生が生えていて、緑の帽子をかぶったノッポ岩のように見えた。

 その樹の影に誰かが寝そべっていた。


 まず、すんなりと伸びた形良い足に目が止まった。

 美しい長い曲線を描いて、つま先から引き締まった足首、ふくらはぎから膝裏、そしてもも

 その白い肢体が、青緑色の草地の上に敷かれた、朱色のシートの上に伏せて置かれていた。


 え? 


 思考が止まったまま、そちらの方に吸い込まれるように向かっていくと、全身が見えてきた。

 女だ。

 顔と胸の辺りに髪がかかって見えないが、すぐにそう思った。


 そのひとは、シートの上にうつ伏せに寝ていた。

 両腕を曲げて頭を横向きに載せている。

 髪は淡い金髪に、赤紫色のネックレスのような飾りを一緒に、長いドレッドヘアにして編み込んである。

 その金とボルドー色のフリンジが、淡いパールピンクベージュの艶を帯びる背中にかかっている。

 背中から縊れをとおり豊かに隆起した腰には、黒いショーツらしきモノしか身につけていないように見える。


 ふと、女がこちらに顔を上げた。

 顔上半分、目の辺りにボルドー色のアイマスク半仮面を付けていた。


 その下のルージュ色の唇が微かに動く。

「あら、可愛い」


 そちらに集中していたせいで、まだ距離があるのに、ハッキリとそう聞こえた。

 眺めていたのを見咎められたように感じて、俺は急に動揺してした。

 そのためバランスを崩し、後ろにひっくり返りそうになった。


 マズっ! と、左右から支えるように風が吹いて来て、体勢を戻す事が出来た。

 ヨエルがサポートしてくれたんだ。

 ここは空間の歪みのせいもあって、俺の探知ではもう届かないぐらい離れている。

 だが、彼には余裕で許容範囲なのだろう。さすが師匠だ。


 おかげで体勢を立て直すとともに、程よく上昇気流を起こして、その場にホバリングできた。

 相手にわかるように、ゆっくりと会釈した。

 なんとなく気まずかったからだ。


 すると彼女は体を起こしながら、右手をこちらに差し出してきた。

 (残念なことに左腕で胸は半分見えなかったが、かなり豊かだと確信した)


 えっ、おいでおいでしてる?

 彼女は右手をゆっくりと大きく、手前に動かしている。その手の平は上を向いていた。

 これは行っていいのかな? 

 それとも『何見とるんじゃっ われっ!』って怒られるパターン……?


 なおも彼女が手を動かしているので、覚悟を決めてそちらに移動した。

 もし視姦したって言われても、そんな恰好で、公共の場(?)にいる方が悪いのだ。


 近づくと彼女が、口元に笑みを浮かべているのがわかった。

 岩の端っこに無事降り立った。


「えと、こんにちわ」

 俺は真正面ではなく、少し斜め右側に立ちながら挨拶した。

 ショーツ1つの女の真正面に立つのは、どうなのかと思ったからだが、考えたらどの方角も同じようなものだった。


「うふふ、こんにちわ。可愛いわね、それ」

 彼女はその姿に相応しく、艶を帯びた声で言ってきた。

「え?」

「あら、ごめんなさい。その仮面よ。珍しいデザインだし、とても素敵ね」

「あ、これ、それは、どうも」

 ちょっとまたドギマギしてしまった。


 本来なら、お面とはいえ女に可愛いなんて言われるのは、男としてどうなのかと思うが、さっきの変態野郎の後だし、なんだか美女に言われて浄化された気がした。

 

 ふと、視線を感じて顔を上げると、彼女の上に枝を伸ばす樹々の陰に、男が1人立ってこちらを見ていた。

 これまた大男で、ゴリラのような体格に富士山のような首をしている。

 そして明らかに俺のことを警戒していた。

 なんだか居たたまれない気がした。


「それどこで売ってるのかしら?」

 そんな事をまったく意に介していない風に、女が訊ねてきた。

「え、これは、私の国のオリジナルで、その、この辺では売ってないですし、ただの安物ですよ」

「……そう、それは残念ね」

 本当に残念そうに小首をかしげる。


「ええ、では、私はこれで。ちょっと飛行の練習中なので、失礼します」

 もう1回お辞儀をしてから、ゆっくりと体を上昇させた。

「ふふ、じゃあ気を付けてね。エトランゼ異邦人さん」

 彼女が小さく手を振るのが見えた。


 大きく旋回して、今度は浜に戻るために向かい風に乗る。

 さっきヨエルに言われた事を試しながら、なるべく魔力を使わないようにするが、やはり中々上手くいかない。

 ずるずると左下に流されていく。


 それでも何度か上昇を繰り返して、2人のところへ戻った。

「ただいま、やっぱり向かい風は難しいですね」

 無事に帰還して、ホッとしたのだが、何故かヨエルは少し難しい顔をしていた。

 え、上手く出来なかったから?


「兄ちゃん、あんた、気がついたか? さっきの女のとこの護衛に」

 あ、そっちか。

「ええ、大男が1人、樹の傍にいましたね。やっぱり女1人でこんなとこいるわけないし」

「1人じゃなく、2人だ。岩の側面の足場にもう1人いた」と奴が言ってきた。

「う、全然気がつかなかった」

 女に探知の触手を伸ばすのは失礼かと思ってしなかったが、岩のまわりは虫がいないか反射的に視ていたのに。


「隠蔽だよ」

 ヨエルがスティック警棒で自分の肩を叩きながら言った。

「旦那にも伝えたとこだが、その隠れてた野郎は、さっき上で潜んでいた奴だ。間違いねぇ」

「えぇっ、それじゃ、あのひとが危ないんじゃないですかっ?!」

「いや、それは大丈夫だ。おそらく仲間だ、あの女の」

 そうヨエルが右前方を遠く、見透かすように見た。


「始めは2人とも姿を消していた。あんたが近づいて岩に降り立つ瞬間に、1人が姿を現したんだ。

 多分両方ともあの女の護衛だろう」

 あ、そうなんだ。姿を現した瞬間も気がつかなかったが。

「どこぞの貴族のお忍びか分からないが、いけ好かない事には変わらねぇ。あんまり関わらないほうがいいな」

 

 本当はあの女の近くに行った時に、警戒して俺を連れ戻そうとしたらしいのだが、ヴァリアスの奴が心配いらないと止めたそうだ。

 ヨエルがそんなヤキモキしている時に、俺は別の意味でドキマギしていたのだが……。

 

 しかし俺、関わっちゃいけない人ばかりに、関わってないか?


 そんな事を考えながら、装備を外していると、2人が同時に後ろを振り返った。

 俺達の後ろには先程の砂丘がそそり立っているが、彼らはその同じところに目を向けていた。

 それはあの亀裂のある方向だった。

 何か来るのか。


 突然、ネコ科の発する鳴き声が聞こえてきた。同時に女の泣き声も。

『アニャニャニャニャニャアーーーーッ』

 ザッザッザッザッと素早く砂を蹴る音がして、砂丘の頂上にポーが姿を現した。

 その背に何故か泣いている女の子を乗せて。


『ニャゴォ~~~ン!』

 ポーは俺と目が合うと、一目散に砂丘を降りてきた。

 よく見ると女の子が落ちないようにか、その尻尾のような触手で、背中に抱きついている彼女をしっかりと巻いていた。


「ポー、どうしたっ?!」

 俺の前に来るなり、またポーは『ニャゴー、ニャゴニャゴニャゴ!』と早口でまくし立ててきた。

 だが、さすがの俺も猫の言葉までは分からない。

 彼らのは言語ではないルールが曖昧からだ。


 それに背中で泣いている彼女、なんだか寝乱れたような格好になっている。

 エプロンの紐が肩からズレて、何故か大きく胸元が、際どい夜会服のように開いているのに、ちょっと目のやり場に困った。

 髪や服にも葉っぱや花びらが付いているから、森の中をムチャクチャ走ったのかもしれない。

 

「どうしたの? 何があったんだ?」

 ポーの様子から凄く不安で危機感を感じるが、具体的にはわからない。

 彼女も何か喋っているのだが、言葉が詰まって上手く喋れない。

 どうした、兄貴ヘンゼルはいないのか? グレーテルよ。


「お前の匂いを追ってきたようだな」

 奴がただ、猫が会いに来ただけかのように、普通に言った。

 こいつはこのただならない様子がわからないのか。

 その代わりにヨエルが、顔に剣呑な陰を作りながら腕を組んでいる。


 彼女アメリが、えぐえぐ泣きながら、やっと言葉を発した。

「ぉ、おっ おにぃっ ちゃんがっ……」

「チィッ!」

「えっ!?」

 俺は一瞬驚いた。

 彼女の言葉にではなく、奴でもなく、ヨエルが舌打ちしたことにだ。

 

 だが、これでただ猫が暴走したわけじゃない事がハッキリした。


 今度こそしっかりと彼女は叫んだ。


「お兄ちゃんを助けてっ!」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 本当はもう少し先まで行く予定でしたが、文字数が多くなってしまって……。

 う~ん、だけどあまり話を短く巻きたくないので、今後もこんな感じです……

::(´ω`; ∠)::


 ☆次回はちゃんとレッカの状況も出します。


 ところで、猫は本当に何言ってるか分からないけど、一部始終見ていると

 ニュアンスがわかるときがあります。

 以前に窓の下で喧嘩して負けたらしい方の猫が、飼い主? らしき向かいの家の窓に走って行き、激しく啼いているのを見た事があります。

 出てきた人は、猫が本当に早口でまくし立てているので

「え、お腹すいたの? え? なに? わかんないよ」と、戸惑っていました。

「喧嘩に負けて悔しいんだよ~~」と天の声でもしてやろうかと思いました。

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