第163話☆ 追手と救援


 すいません。また長くなってしまいました。

 お時間ある時にどうぞ。


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「何があったんだっ?!」

 俺はポーの背中から、崩れるように砂地に座り込む彼女を抱えるように、手を出した。


 うっ、この位置だと胸が丸見えになる。

 どんな勢いで走ってきたら、こんなはだける感じになるんだ。

 俺は視線を逸らして「とにかく落ち着いて」と声をかけながら、エプロンの肩紐を直して隠してあげた。


「ウェッ、エッ……、怖い人たち、が来て……うぐっ」

じゃないのか?」

 ヨエルが訊いた。

「多分……違う。見てないけど……なんだか……ヒクッ 危険な人たち……」

「ったく、だから武装してないと、ナメられちまうんだよっ」

 ヨエルが忌々しそうに言う。


「見てないって、レッカは? 君のお兄さんはそいつらに捕まったのか?!」

「……わぁかんないっ うっくっ、お兄ちゃんが逃げろって叫んで……。そしたらポーが、わたしを背中に乗せて走りだしてぇ……」

 俺は横で尻尾だか触手だかを使って、彼女を優しく撫でている大猫を見た。

 俺達に会った事で落ち着いたのか、今やこの猫はを慰めている。


「よしっ! とにかく助けに行ってくるっ!」

 上手く巻けなくて申し訳ないが、中途半端に畳んだ『スカイバット』をヨエルに返した。


「行くのか? 襲撃者はアイツらだぞ」

 奴が斜め上を見ながら言う。

「アイツらって……」

「あのハゲのグループだよ」

 それを聞いてちょっと胃を掴まれたような気がした。

 ヴァリアスはこんな事で冗談は言わない。


「旦那、なんでそんな事がわかるんだ?」

 不思議そうに眉をひそめたヨエルに、悪魔がニヤリと振り返った。

「オレの探知をナメんなよ」


「うう、行くよっ! なんだろうと、見捨てられないだろ」

 それこそ夢見が悪い。なんとか気を奮いおこした。

「……兄ちゃん、こんな事にいちいち関わってたら大変だぞ。分かってると思うが、ダンジョンは無法地帯だ。そんなとこに何の用意もせずに、迷い込んだ奴が悪いんだからな」

 さっさと飛行具を片付けて、リュックに仕舞いこんだ男が淡々と言った。

「そりゃそうですけど……」

 すぐそばで震えてる小さなヒナみたいな娘を見ながら、どうしてそんな事が言えるのか。


 だが本当は、ヨエルが冷たいわけじゃない。彼がプロだからだ。

 一番優先すべきは依頼主を守る事。

 余計な争い事から遠ざけないといけないからだった。


「よし、行って来い。ここはオレが見ててやる」

 サメがチラリと牙を見せた。

「え? 良いのか、旦那」

「ああ、戦闘の練習にもなるし、何より厭なモノから逃げ出さずに立ち向かうのも、コイツの鍛錬になる」

 ほぉーと、感心しているヨエルを尻目に、俺は彼女に屈んで話しかけた。


「ここで待っててくれ。きっと君の兄さんを連れてくるよ」

「……ごめんなさぃ……」

「謝るくらいなら、助けを求めるな。言うなら礼にしろ」

 ヨエルが厳しい言葉を放った後、再びヴァリアスの方に振り返った。

「じゃあ、旦那、おれもついて行っていいだろ? 兄ちゃんのサポートしてやらないと」

 スティックの持ち手を回すと、シュッと音を立てて、短くコンパクトに戻った。

「ああ、いいぞ。多分、行かなくても大丈夫だとは思うが」

 ん、何か視えるのか?


「あ、あの……」

 アメリがポーにくっつきながら、おずおずと小さな声を出した。

「大丈夫だよ。こいつは酒にしか興味ないから」

 俺は奴と残されるこの娘の、不安を取り除くように話しかけた。

「見かけは奴隷商の親玉ボスだけど、何もしなければドラゴンより安全だよ」


「誰が奴隷商だっ!」

 これでも優しく表現したんだぞ。

 これはどう見ても、魔王と囚われのお姫様の図だからな。

 サメが大口を開けて文句を言ってきたが、ヨエルには受けたようで、口を隠して横を向いていた。


 とにかく急がなければ。

 砂丘を乗り越え、すぐに亀裂を潜った。

 元来た坂道を駆け上る。


「ヨエルさん、すいません。私の我儘に付き合ってもらって」

「別にいいよ。旦那のOKも貰ったし、これであのハゲヅラをぶっ飛ばせる」

 俺はちょっと迷ったが、やはり訊いてみることにした。


「あの、やはり彼が気にかかるから、手を貸してくれるんですか?」

 前を走る彼の背に問いかけた。

「なんのことだ」

「……彼の、その、名前が……」

「おれはヨエルだ。同じじゃねぇよ」

「そうでした……すいません」


 ちょっと間があったが、振り返らずにまた返事があった。

「それに同じ名前なんて腐るほどいるだろ。いちいち感傷なんかしない」

 

 そう、彼の本当の名前は、レッカ。

 あの青年と同じだった。

 だからあの時も、あまりに非力そうな彼に、子供の頃の自分を見たのだろうかと思ったのだが。


「ただ、イラつくんだよ。もう大人なのにいつまでビクついてる野郎に」

 すいません、それ、何気に俺の事もディスってません?


 そのまま、あの◆の亀裂に飛び込んだので、俺も後に続いた。



   ****** 



 アメリの方に注意したと同時に、小さく悲鳴が聞こえた。

 同時に慌ただしく動く気配と共に、どんどん隠蔽の気が遠くなっていくのを感じた。

 

 良かった。

 多分ポーが即座に動いてくれたんだ。リィアメリを運んで逃げてくれたようだ。

 走りながらレッカはそれを感じて、ちょっとだけ安堵した。


 だがむろん、安堵ばかりはしていられない。次は自分なのだ。


「ちぇっ! 女の匂いが消えたっ 猫のもだっ」

 獣人が叫ぶ。

「何だとぉっ! 早く捕まえろよっ」

「わかってるっつーのっ、クソッ! やっぱ四つ足はぇっ!」

 斜め右方向から叫ぶ声がする。

「しょうがねぇっ! そっちは匂いで後でも追えるだろっ、先にこっちだっ」


 こちら側に向けられた声が響く。

 レッカはすでに自分に隠蔽をかけていた。

 もう2人には自分の力は届かない。後はなるべく長く、2人にかけた残留魔法が続くのを祈るばかりだ。

 

 なるべく枯れ葉など、音が出るところを踏まないように走る。

 気配を消すと音の振動も減って、自分が起こした音は出なくなるが、それでも完全ではない。

 現にあの獣人に、微かに漏れる匂いに気づかれてしまった。

 彼の能力では、匂いも完璧に抑えることは出来ないからだ。


 元来アサシン系は、すばしっこい個体が多い。

 レッカも短時間なら素早く走る事が出来るが、いかんせん持久力と肺活量が足りない。

 持って恐らく2,3分だろう。

 だからその間に身を隠せる所まで、逃げ切れるかどうかが運命を分けるカギとなる。


 あの獣人をまず何とかしなくちゃっ!

 レッカは走りながら、ベストのポケットをあちこちまさぐった。

 バッグに入れてあるのは、いつ何時も持ち歩いている、彫刻刀とピッキング用具だ。

 細い彫刻刀は投げたら終わりで、一時的な武器としても役に立たないだろう。


 あった!

 ベストの内ポケットに入っていた、その小さな袋を握りしめる。


 以前の狩りの時に用意しておいたモノの残りだ。

 取り忘れてうっかり洗濯した時に、服に擦りついてしまって、散々な思いをした事もあるが、今はこれを残しておいた自分をすごく褒めてやりたい。


 レッカの微かな匂いの当たりをつけて、獣人が先頭を走って来る。それから少し遅れて、残りの3人も枝を払いながら追いかけてくる。

 嗅ぎながらとはいえ、獣人の足が一番早いからだ。

 

 だが、逆にそれが奴らにとって仇となった。

 獣人と後ろの3人の間隔が少し開いた。


「ギャアッ ブォッ!!」

 獣人が高低入り混じった、変な悲鳴を上げた。


 レッカがその鋭敏な鼻面に、辛子など辛味や刺激の強い植物を挽いた粉を、袋ごとぶつけたのだ。

 確実に当てるために隠蔽しているとはいえ、ギリギリ近くまで寄って。

 危険な賭けだったが上手くいった。


「ゲフォッ がふぁっ! くそっ クソ痛てぇっ!!」

 獣人の男が鼻と目を抑えながら、転げるようにその場を離れた。

 だが、レッカはもちろん追い打ちなぞかけない。

 すぐにダッシュで逃げた。


「ナニぃっ!? 畜生っ やりやがったなぁ!」

 後から追ってきた、でっぷりした男が思わず側の樹の幹を殴りつけた。

 とばっちりで怒りを受けた樹が、大きく揺さぶられる。


「ナメやがってっ! 絶対取っ捕まえてぶっ殺してやるっ‼」

 自分たちの事を棚に上げてよく言えたものだ。

 背中に聞こえたレッカは思ったが、もう後戻りは出来ない。

 奴らを完全に怒らせたのだから。

 今は逃げる事に専念だ。


 どこに逃げる?

 リィ達と合流するか?

 いや、今はしない方がいい。

 

 獣人の鼻は水で洗って回復薬でもあれば、すぐに治ってしまうだろう。

 そうすればすぐにポー達は、また匂いで追跡されてしまう。

 

 あいつらは頭に来て、いま僕を狙っている。

 ポーがなんとか匂いを消せるような場所に行くまで、時間稼ぎが必要だ。

 そのためにあいつらを攪乱しないと。


 息が切れてきた頃、壁に突き当たった。

 蔓が垂れた2つの穴があった。


 1つは緩い坂が見える。下層に降りていくスロープだ。

 もう1つは、左右にまた薄暗い石畳が通る、この1層の通路が広がっていた。


 なんとか地上のホールに出られれば、管理室で助けを頼むことが出来る。

 追手から逃げている身で、そんな事をすれば見つかってしまうかもしれないが、命を取られるよりはマシだ。

 それにまだ自分たちがここにいると、特定されていない可能性も高い。

 何しろ、4人組で登録しているのだから。


 救援は有料だが、この職人ギルドプレートをにすれば何とかなるだろう。

 ただ、上まで行かれればの話だが。


 レッカは走る速度を緩めると、ワザと匂いだけを解いて、穴とは逆の方向に壁伝いに走った。

 それから思い切り全ての気配を消すように力を入れた。

 気配を限りなく残さないようにしながら、再び穴に戻ると、このクールスポット緑の園を抜け出した。


    ******


「――ん、微かにここまで来た気配はあるな」

 穴から抜け出たヨエルが、辺りを窺いながら首を軽く捻った。

 俺も探知してみる。


 揺れる陽炎のような光源の中、確かに新しいオーラが壁伝いに向こうの方に付いている。

 が、それが途中で綺麗に切れているのだ。


「隠蔽を使ったな」

 ヨエルが目を細めた。


 隠蔽で気配を消されると、残留オーラはまず残らない。気配を消すためにオーラを外に出さなくなるからだ。

 いくら探知能力に優れていても、無いモノは分からないのである。

 そうして運悪くこの時、レッカは彼の探知範囲を僅かに越えた所にいた。

 それはこのダンジョンという、特殊空間の歪みも妨害の元になっている。

 なにしろ同じ一層でも、この壁に囲われたクールスポットと外の通路は別空間なのだ。


「え、じゃあ、何処へ行ったか、分からないって事ですか?」

「ああ、パッと見た目にはわかんねぇな。

 まず俺達とはすれ違ってないし、流石に3層まで行ったとは考えにくいから、まだこの1層にいるのかもしれないが――」

 後ろの壁を振り返りながら

「問題は、何処の穴から出ていったかって事だな」


「私達の来た通路を通ってないって事は、もう1つって事でしょう?」

「穴はここだけじゃないぞ。ほら」

 ヨネルが左の壁の方を差す。

 その壁伝いに探知を追っていくと、確かにまた蔓のカーテンに隠された楕円形の穴があった。

「こんな穴はあちこちに空いてるんだ。

 あいつが隠蔽を仕掛ける前に、気配を残してるここら辺から、すぐ傍の穴を通ったとも考えにくい」


「じゃあ別の穴と……」

「正直わかんねぇなぁ」

 そう言いながら額の辺りを擦った。


「アサシン系が逃げるために本気で気配を消したなら、探すのは難しいぞ。

 それに通路に出たように見せかけて、まだこのクールスポットにいる可能性もあるし」

「師匠でも難しいんですか?」

「師匠じゃねぇって。

 それに近くにいるならまだしも、隠蔽状態で遠くにいられたら、感知しづらいしなあ」

 それからちょっと気まずそうに

「……おれは旦那ほどパワーはないし」

「あれは物の怪ですから、比べないでください」


『(何だよっ 物の怪ってっ!)』

 案の定、テレパシーで文句を言ってきた。

『(おい、あんたならわかるんだろ? どこにいるか教えてくれよ)』

『(ヤダね。それにそんな事したら練習にならねぇだろ)』

 くそぉ~っ! この冷血漢めっ、もう頼まんっ!


「おれは元々救援ハンターじゃないから、人探しは得意じゃない。こうなったら移動しながら探知するしかないな」

「ローラー作戦しかないのかあ……」

 考えてみたら本人が逃げ回ってるのだから、そう簡単に見つかる訳ないか。


「それよりもまず、危険因子を始末した方が確実だな」

 言いながらヨエルがまた、例のスティックをひと振りして長くした。

 俺も彼の触手の方向に、探知を伸ばした。

 護符のせいかハッキリはしないが、人らしいのが2人、こちらの方に走って来る。

 そうして落ち葉や枝の上を踏み走る音も近づいてきた。


「兄ちゃん、後ろに下がってな」

「いや、私もやりますよ。娘っ子じゃあるまいし」

「うん、その意気はいいが、怪我はさせられねぇから」


! ≪ ちょっとくらいケガする気でやらせろ。でないと特訓にならん ≫

「うぉっ!」

 ヨネルがキョロキョロと辺りを見回した。

 奴の声だけが俺とヨエルの間でしたが、奴の姿はない。


「だ、旦那、どこだ?」

「……すいません、多分奴はここにいないと思います。声だけ飛ばしてきたんだと思います」

 本当にそうなのかどうかはわからないが、そういう音魔法があると聞いたことがある。

 もちろん常識的な距離というモノはあるのだろうが。


「え……マジかよ、層も違うのに。

 ……さすがはSS様だな。レベルが違い過ぎる」

 ヨエルが感心を通り越して、呆れた顔をした。

 実はあなたが想像してるより、もっと化け物ですよ。奴は人外ですから。


 しかしそんな事言っている場合じゃなかった。

 奴らがすぐに樹々の間から姿を現した。


「あっ お前たち、さっきの野郎」

「残香かと思ったら、まだいやがったのか」

 ノッポと獣人が口々に叫んだ。

 デブっちょと例のハゲは、有難いことに近くにいない。


「他の奴らはどうした? 別々にでも追っかけてるのか?」とヨエル。

「お前には関係ねぇだろ。それより若い男と女見なかったか?

 そいつら俺達にふざけた真似しやがった。ちょいと躾をしてやらなくちゃいけねぇ」

 ノッポが手にした短剣を、手首で閃かせた。

「男の方はここら辺を通ったな」

 獣人が鼻をひくつかせる。


「知らねえなあ。というか、知ってても教えねぇけどな」

「ア? ナメてんのかぁ」

「お前ら、あの兄妹を襲ったんだろ。

 ちょっとシメて来いって、女に言われたんでな」

『助けて』ってそういう意味なのか?


「ぁあー? 何様だあ、てめぇ」

 獣人が鼻筋に皺を寄せる。ノッポがヘラヘラ笑いを止めた。

「お前らに教える名はねぇよ」


 急に2人から殺気が吹き出すのを感じた。

 ヨエルへはもちろん、俺にもだ。

 獣人がバシッと爪を長く伸ばした。

 ヨエルはスティックを持ったまま、剣は抜かない。 

 俺もバッグからファルシオンを取り出した。


 ひゅうとノッポが短く口笛を吹く。

「収納バッグか。良いモン持ってるな、兄ちゃん」

 あら、目立っちゃったか?

 ノッポが短剣をクルクル右手で回す。

 その動きと光の反射をつい見ていたら、獣人が急に左側にダッシュした。

 

 あっと、そちらに目が動いた瞬間、視野の片隅に、ノッポが左手から何かを投げつけてきたのが見えた。

 フェイントかっ!


 咄嗟に土魔法で壁を作ろうとした時、カキンッと金属音をたててクナイが弾き飛ばされた。

 ヨエルが俺の前に棒を伸ばしていた。

 クナイは俺に向かって投げられていたのだ。


 が、ゾクッと感じてる暇もない。

 獣人の奴が左手に走ったと思ったら、樹を蹴っていきなり三角跳びに飛び掛かってきたのだ。

 すんでで後ろに避ける。

 俺のいた所を切り裂くように、獣人が両手の爪を大きく振った。

 空切るとそのまま横っ飛びにジャンプして、今度は樹や壁にジグザクに跳び始めた。

 攪乱攻撃か。


 ヨエルはすぐに2発目の攻撃も打ち落としていた。

 ノッポは飛び道具が効かないと諦めたのか、短剣を左手に持ち替えると同時に、腰に巻きつけてあった鎖をジャラッと外した。

 と、ひと振りでその鎖が指のように、何本にも広がった。

 右に避けたヨエルに、クンッと伸びた鎖が弧を描いて曲がる。

 土魔法か。鉄を操ってるんだ。


 俺は2人に対して、スタンガン雷撃を発射した。方向を示した打ち方ではなく、に対してだ。

 つまりあの鎖のように、避けても追尾するのだ。


 が、ノッポの1m手前で弾けて消えた。

 獣人の方もランダムに動くせいでなく、明らかに消されてしまった。

 凄い勢いで走り跳びながら、笑ってる男の顔が腹立たしい。


 本当に焼き殺すつもりでやらないと、奴らの護符アミュレットは突破できそうにない。

 だが、もしやり過ぎたらという、俺の小心者根性が一瞬の隙を作った。

 この頃は相手の防御と自分の力の差がわからず、加減が出来なかったからだ。


 そんな僅かなスキを獣人野郎は見逃さなかった。

 

 獣人が伸ばしてきた長い爪を、なんとか剣で右に払った。

 間近かで見ると自前の爪じゃなく、バグ・ナクのような鉤爪だ。

 獣人なら爪くらい自前を使えよっ。

 

 爪を払いざま、左手で肘を押さえ、同時に膝を蹴りつけた。

 獣人の奴が少し体勢を崩す。ここで思い切り電撃を――。


 ノッポが振った鎖が急にカーブして、俺の方に吹っ飛んできた。

 ちぃっ 土壁でブロック! 


 ガジャンッ!! 鎖が俺の手前で、叩き落とされたように地面に落ちた。

 ノッポがすぐに鎖を引く。

 が、地面に食い込んだまま鎖が動かない。


 その隙に体勢を立て直しかけた獣人に、一気に高圧電流を流した。

「ギャッ!!」

 全身の毛と尻尾が弾けたように立つのが見えた。

 同時に膝裏に足を入れ、体を捻りながら背中を押し込んで、一気に落とした。


 なにっと、ノッポ野郎がちょっと慌てた。

 再び鎖を強く引っ張るが、ビクともしない。


「テメエらこそ、ナメてんじゃねぇぞ」

 ヨエルがその鎖を踏みながら言った。

 圧倒的な力で鎖を押さえ込んでいるのがわかった。


 ノッポが鎖を諦めたかのように、手を離した。

 ヒュッ ヒュッと、ヨエルの後ろからクナイが飛び出してきた。

 さっき打ち落されていたヤツだ。


 だが、それも宙で弾き落とされる。

 今やヨエルの周りには、空気の厚い層が渦巻いている。それがセンサーにも盾にもなっているのだ。


 急にノッポが踵を返して走りだした。

 仲間を置いて逃げやがった。

 するとヨエルがあのスティックを、槍のように持ち替えると、男の背中へ真っ直ぐ投げつけた。


「ギィアァッ!」

 男の腰に噛みつくように、チューリップが刺さった。

 すぐさまぶっ倒れた男に走りこむと、背中を踏みつけながら、今度は膝裏を刺した。

 

 エッ!? 

 男の悲鳴に俺は一瞬固まった。

 そんな事は気にせず、ヨエルは今度は男の両腕の肘を刺し始める。


「ま、待ってっ! もう止めてくださいっ」

 俺は慌てて叫んだが、もう遅かった。

 四肢を痛めつけた後に、呻く男を手早くまさぐると、ヨエルは何か小瓶を取り出した。

「これですぐには追って来れねぇだろ」

 それは回復ポーションだった。


「仕返ししようなんて考えるなよ。もし今度ツラ見たら、これだけじゃ済まさねぇからな」

 ついでに金も抜き取ると、俺の方に戻ってきた。


「待ってくださいっ。もう十分ですからっ」

 ヨエルが気絶している獣人の、足を切ろうとするのを俺は必死で止めた。


「十分じゃないぜ、兄ちゃん。こいつらはこうでもしないと、絶対に復讐に来る。

 だから徹底的に痛いめ見せて、思い知らせておかないといけないんだよ」

「いや、しっかり痛い目みせましたよ。だってほら、全身火傷ですし」


 そう、獣人の男から毛皮が焼けて、少し嫌な臭いが立ち上っていた。

 咄嗟に心臓と脳、内臓には流さないようにしたが、電気量もだいぶ多く流してしまった。

 ……痕が残るだろうか。

 治してやりたいが、俺の回復魔法じゃ無理だし、薬も持ってない。


「……しょうがねぇなあ。じゃあとりあえず」

 先程のノッポが使っていた鎖を拾い上げると、それを使って獣人の手足を縛りだした。

「これならこいつが多少の力持ちでも切れないだろ」

 そしてまた、服や持ち物から薬とついでに金を取り出した。


「あっちの男も縛ってから、その薬使っちゃダメですか?」

 いつまでも呻き声がするのは、凄く落ち着かない。

 それに拘束したなら、もう治してやってもいいのでは?


「そんな事したら、それこそナメられちまうぞ」

 それからまた男の方を振り返って

「ん、いいモノ持ってるな」


 またスタスタと呻く男のところに屈むと、荷物から手錠のようなモノを取り出した。

 それは以前、奴隷商のナタリー誘拐の時に、アル達が使っていた拘束具だった。

 確か魔法をも使えなくするんだっけ。


「これも迷惑料に貰っといてやるよ」

 手足それぞれに付けた後、荷物から魔石も抜き取った。

 なんだかあの時のアルを見てるようなデジャヴを起こした。

 

「あんた達っ 何やってんだいっ!」

 怒鳴り声が聞こえた。

 横に振り返ると、メイスを持った逞しいが小柄な女が、こちらにズンズン歩いてきていた。


 褐色の肌に、赤みがかったオレンジ色の髪をひと房の三つ編みに結い上げ、ワインレッドの瞳を怒らせたそのひとはまた大声を放った。


「確かにここは街とは違うが、だからって何してもいいってもんじゃないだろっ!」

 左右に見える耳は長くはないが、先が尖っている。

 ドワーフだ。ドワーフの女なんだ。


 すぐ後ろからキャメル色の厚手のフード付きマントを着た男が、小走りにやってきた。

 手にワンドを持っているので、魔法使いかもしれない。


「すいません、誤解ですっ! 私達そんな――」

 って、どう見てもこれは追い剥ぎの図だよな。


「そうだ。おれ達は逆に襲われたんだ。だからやり返しただけだ」

 半死半生の男の背中に膝を乗せながら、師匠が反論する。

「じゃあ、その手に持ってるのも、元々はあんたの物だって言うのかいっ」

 ヨエルの手にしている魔石を、メイスで指しながら言ってきた。


 ヨエルがそれに対して何か言おうとした時、男が俺の方を指さしながら叫んだ。

「パネラ、こいつからポーの匂いがするぞっ! しかもかなり濃くっ」

 えっ ポー? それにパネラって――。


「なんだってぇっ」

 パネラと呼ばれた女が、太い眉を寄せて俺を睨みつけた。


「あんた達、仲間に何したんだよっ!?」

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