第30話 王都に行く (知識の使徒と会う)
目を覚まして腕時計を見ると5時13分だった。
開いている窓から差し込む光で部屋は明るくなっていた。
「お早う、蒼也。よく眠れたか」
窓を背にして椅子に座ったままヴァリアスが言った。
昨日は夕食を食べる時に、フォークを持つのも辛かった筋肉痛がすっかり無くなっていた。
まぁいつもの事だが、俺は筋肉痛はすぐに出てくる体質だ。
昨日のあの強制ヴァリーズブートキャンプのおかげで、帰る頃に筋肉痛に襲われた。
最近搬入の仕事で体を結構動かしていると思っていたが、こういうのは使う筋肉が違うのかもしれない。
全身あちこち痛くて歩くのがやっとになってしまったので、また門を通らずに部屋に直接戻ってきてしまった。
もうなんか段々俺の罪悪感もマズい事に薄れてきた。あきらかにヴァリアスに毒されてる。
それにしても朝から妙に奴が機嫌良いのが怖い。何か企んでないか疑ってしまう。
「お早う。なんだか機嫌良さそうじゃないか。何かあったのか?」
するとちょっと不快そうな顔になって
「まぁな、その前にオレは猫型ロボットじゃないぞ。オレはあんなに甘やかしすぎはしない」
おっと、ドラえもんの事バレちゃったか。
「知識の奴に聞いたら凄く笑われたわ」
「それは悪い。だけど便利っていう意味だよ、うん。他意はないから…」
ゴメン、俺も今ちょっとツボっちゃったわ。
ヴァリアスは少し忌々し気に俺のほうを見たが
「その事はもういい。実はな
そう言って俺に鈍い金色のカードを見せた。
≪傭兵ギルド アヴァローン・ゾーン発行≫
「傭兵か、らしいっちゃらしいな。だけどこれAランクになってるけど?」
「強さ認定度は、傭兵はAまでなんだよ」
「じゃあ、これ使ってもやっぱり目立つんじゃないのか?」
「傭兵はハンターほど重要視されてないんだ。
ハンターに比べて大人数で戦果を挙げる事が多いし、かなり目立つ事しなければ名が上がらない。名を高めるために自己申告する奴もいるくらいだ。
実力的に傭兵のAは、ハンターのAランクと同等だしな。
ハンターのSSに比べたら全然目立たない」
「ふーん、ところでこれ新品じゃないね」
黄金色のプレートは鈍い光を放ちながら、少し角が擦れたり、表面に細かな傷があった。
「ああ、それはハンター以前に取得したものだからな。
本当は発行した国がもう無いから取り直さないといけないんだが、まぁ気づかれたらその時はその時だな」
また行き当たりばったりだな。
俺なんかバレる前になんとかしとこうと思ってしまうのだが、神様ってそういう細かい事は気にしないのかな。
「あーそれとな、あちらで商人と会う前に、知識の奴が昼前に先に会うと言ってきたぞ」
「そうなんだ。こっちも大丈夫だよ」
とにかく人の家に訪問するのだからシャワー浴びてこよう。
またシャワー室にはめ込んだ魔石を確認すると、昨日のよりだいぶ大きくなっていた。
リリエラがちゃんと新しいのと取り替えたんだな。
使ってみると確かにお湯が温かくなって出てきた。
シャワーを済ましてさっぱりしたら、珍しく朝から腹が減ってきた。
まだ6時になってないけど食堂に下りても大丈夫かな?
1階に下りてテーブルを拭いていた給仕の少年に、そっと声をかけると待ってもらってもいいならと答えた。
誰もいないので窓際に座る。
窓は開いているがドアには内側から
外の井戸周りからジャブジャブ洗濯する水音や、家から出かけるらしい人達の挨拶、主婦達の笑い声やまさしく井戸端会議の話し声が聞こえる。
あーなんかのどかだな。大勢の中で育ったせいか、人声がするとなんだか落ち着く。
なんてぼーっと窓の外をぼんやり見ていたら、目の前にエールが置かれた。
顔を上げるとリリエラが立っていた。
「お早うございます。ヴァリアスさん、ソーヤさん。連泊有難うございます。これうちからのサービスです」
昨日ヴァリアスが言った匂いの事を思い出して、ちょっとヘドモドしてしまう。
「ぉっ おはよう、どうも有難う。今日もここ手伝うの?」
「いえ、今日はギルドなのでこれから出勤します。ソーヤさん達も良かったら来てくださいね」
「うん、今日はちょっと用があるから無理かもしれないけど、なるべく早めに顔出すよ」
リリエラはニッコリ笑うと、厨房横の通路に消えた。
「わかった。昨日ギルドに寄らなかったのは、あの女がいなかったからだな」
「何言ってんだよ、違うよ! そりゃ、たまたまだよ」
俺は慌てて否定した。
昨日は本当にただ気が向かなかっただけだ―――と思う。
そうだよ、今まで期待して良かったことなんてあったか?
親が一度でも会いに来てくれた事があるか? 振られた
守護だって取り消されたばかりじゃないか。
「どうした、具合悪いのか?」
どうやら俺のオーラが悪くなりだしたみたいで、ヴァリアスが心配して訊いて来た。
「いや、大丈夫だ。ちょっと昔の事思い出しただけだ」
俺は喉も乾いていたのでエールを一気に飲んだ。
昨日に比べて程よく冷えていた。やっぱり氷室の魔石も交換したんだな。
そうだよな。いつまでも過去に縛られててもしょうがない。過去は過去、今を頑張って生きないと。
俺は自分に言い聞かせた。
と、開門の鐘が鳴りだした。
少年がサッと閂を抜いてドアを開けると、食堂の中がまた明るくなった。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
食事が終わってもまだ8時にもならない。
「中途半端に時間が余っちゃったから、もう行ってみないか? 新しい町ゆっくり見てみたいし」
「いいぞ。そっちは準備いいか」
部屋から転移すると、そこは前方が開けた樹々の中だった。
左手に人道らしき平らに慣らした土道が見える。
道に出ると下り坂になっていて、遠くに高い壁で囲まれた城下町が少し見下ろす角度で見えた。
町の前は、大きな堀なのか川なのかわからないが、海のように広くて長い水平線が伸びていて、道の先に跳ね橋が下ろされていた。
市壁内の中央より奥寄りに更に壁に包まれた城らしき建物が見える。
その周りにはオレンジや赤、黄色、青の屋根、緑の木々が取り囲んでいる。
俺達がさっきまでいた町よりたぶん大きいんだろうなぁ。
地平線一杯に広がる水の道と同様に、町はここから見える地平のほとんど端から端まであるように見える。
「デカいだろ? あの町はこの大河の中州に作られた自然の要塞に建っているんだ」
これ河なのか。本物は見た事ないけどまるでアマゾン河みたいだな。
町から少し手前にも丸太で作られた塀に囲まれた家々があった。
あれは村だろうか。
城下町と違って、屋根の色がみんなくすんだ焦げ茶色っぽいし、まず家が低い。
中にすこし畑もあるように見える。
平地まで下りてくると、今来た坂道以外に大きな道が通っていて、まっすぐ城下町に続いていた。
その道を町の方からマイクロバスくらいの、ドーム型の屋根が付いている箱型の馬車がガラガラ音を立てて通っていった。
横に窓が大きく開いていて、人が結構乗っている。引いている馬も2頭で地球の
馬車の前後にはそれぞれ馬――馬車を引いている馬よりは足が細い――に乗った武装した兵士らしいのが同行していた。
あれは護衛だろうか。
「あれは隣町行きの乗合い馬車だ。ここからだと大体3、4時間といったところだな」
「乗合い馬車で旅かぁ。なんかいいなぁ。いつも転移であっという間だからそういうのもやりたいな」
「そんなゆっくり行くのが何が良いんだ?」
「景色を見ながらゆっくり行くのがいいんだよ。何もしないでただボーっと外見てたりするのが」
「わからん」
そんな話をしながら歩いていくと、丸太で作られた塀が右手に見えてきた。
市壁ほどの高さはないが5メートル近くはあるかもしれない。塀は延々と道沿いと、途中からカーブして丸くなっていた。
そのまま塀沿いに道を行くと途中で塀の切れ目――門が見えてきた。
門番らしい中年の男が椅子に座ってうつらうつら居眠りをしている。
ちょっと覗き込むと、木の屋根とレンガや石で出来た家々が見えた。
ふと、ある家の横にある柵で囲われたところから、ひょこっと嘴の先が黒色で、足が短く丸々太ったペリカンぐらいの茶色の大きな鳥が顔を出した。
あれってドードーかな。地球のとは違うんだろうけどやっぱり大きいなあ。
「何か御用ですか?」
門のところで中を覗き込んでいたら、いつの間にか門番が側に来ていた。
「あっいや、すいません 、何でもないです。」
俺はそそくさと道端で待っているヴァリアスのとこに小走りに駆け寄る。
これじゃただの不審者だよな。
「お前なぁ、なんでもっと堂々としない? ただ観光で見てただけだと言えばいいのに」
「あっ そうだよね。なんかつい勢いで……」
「しょうがない。一応消しておくか」
そういうとヴァリアスが軽く指を鳴らした。
すると門の中へ行こうとしていた門番が、ピタッと立ち止まった。顔を上げたり周りを見たり、ちょっと首をかしげていたが、また門の横に来ると椅子に座った。
「お前を見た部分の記憶を消した。本当は記憶をいじるのはあまり良くないのだが、これくらいなら良いだろう」
「え……そんな大変なことだったのか?」
ヴァリアスは俺をジロリと見ると
「お前な、ここは日本じゃないんだぞ。あの門番が警使に、胡散臭い黒髪の異邦人が村を覗いていて、その後に王都に行ったと告げ口したら、職質どころじゃ済まなくなるかもしれないんだぞ」
あ……そうか。こっちに来たばっかりの時に門の関所でも注意されたんだった。
「……すいません。気を付けます………」
日本での職質には神経質だったのに、こっちではつい観光気分で忘れてた。
外国は結構そういうのが怖いところがある。しかもここは中世のような異世界だ。
どんなタブーがあるかしれないのだ。
「そんなにしょげなくてもいい。万一の時はオレが対処するから、お前もこれから気をつけろ」
服も変えたほうがいいかなとも呟いた。
町が近づくにつれて道を行く人が増えて来た。
徒歩で行く者、荷車を引く農夫らしい男や、先程の馬車の護衛のように馬に乗った兵士など、いろいろな人達が町へ、または町からやって来た。
河に渡された橋がハッキリ見えてきた。
川幅は他の所より狭くなっているとはいえ100メートルくらいありそうで、こちらから途中まで固定の橋が作られており、市壁側から吊り橋が下ろされて繋がった歩道橋となっていた。
門番の数はギーレンより倍以上の数で外に6,7人はいた。門塔に弓などを射る狭間の数も多い。
素人目にもかなり分厚く頑強な塀だとわかる。
見上げると遥かな塀の上にチラホラこちらを警戒する兵士の頭が見えた。
色々詳しく見たいけど我慢してヴァリアスの後ろを付いて橋を渡った。
「傭兵か。ここに来た目的は?」
「観光と仕事だ。コイツの補佐をしている」
ヴァリアスが門番に身分証を見せながら言った。俺も用意していたプレートを出す。
「日本という国から来ました。今日は主に観光で来てます」
「確かに見かけん人種だな。それにハンターだが ――― Fの魔法使いか」
門番は俺とプレートを交互に見てから、フッと口元で笑ったかと思うと
「ここは1人520エルだ。ハンターは免税だから1人分でいいぞ」
入関税を払って門を抜けると中はすぐに大きな広場になっていて、左手に色々な大きさの馬車が並び、右側にテントを張った市場があった。
真ん中を大きな道が走り、家々の屋根の間から城が遠くに見える。
ちなみに傭兵とハンターが手を組むことは良くある事らしいのだが、普通はレベルが同じくらいのが組むのが通常だそうだ。
明らかにレベル差がある組み合わせなので、おそらく門番は俺がハンターのくせに身辺警護の為に傭兵を雇っていると思ったのだろう。
いや、ほとんどその通りなんだけどね。
「あ……」
ヴァリアスが何かを感じ取ったらしく立ち止まった。
「何、どうしたの?」
「アイツ、もう来てる」
ヴァリアスが見ている方向は十字路の中央で、植えてある樹々の下で赤白の派手な恰好をした道化師が、ボールや棒でパフォーマンスをしていた。
それを立ち止まって見ている子供連れの母親や、荷車に寄っかかている農夫らしき男、大きなカバンを肩に下げた商人などがいた。
店の日除け下に台を置いて果物を売っている者、野菜を一杯入れた駕籠を抱えて、甲高い声でおしゃべりしながら歩いていく娘達。木の下で休む兵士に……。
「――もしかしてあの人?」
雑多な人達がいる中で1人だけ気配の違う人物がいた。
人を引き寄せるような魅力と、その逆に威嚇にも似た拒否するような気が混ざり合った、不協和音のような雰囲気を漂わせたそのヒトは、灯を消した街灯の下に佇んでいた。
ふんわりした淡い金髪が緩やかに波打って、腰のあたりまで伸びていた。
アイボリー色の顔にパッチリした大きなエメラルドグリーンの瞳、ピンクの蕾のような小さな口、白いワンピースに胸のすぐ下で赤い布を巻いて右側で垂らしていた。
木靴ではなく赤い革靴を履いている。
年の頃は13,4ぐらいか。まさしく天使を想像させる美少女だった。
彼女はこちらと目が合うとニッと白い歯を見せて笑った。
「え……女………の子? なのか? 大食らいっていうからヴァリアスみたいな大男かと思ってたよ」
「見かけに惑わされるな。アイツけっこうくせ者だぞ」
確かに神様の使いなんだからただの女の子じゃないよな。
「初めまして。蒼也と言います。この度はご足労いただきまして有難うございます」
俺は女の子の前に来ると一礼して挨拶した。
「うむ、あたいは知識の神エピスティメント様の13番目の使徒、ナジャジェンダだ。ヨロシクな」
あら、声は見かけ通り可愛いのに、喋り方に癖があるというかサバサバしているというか…。
ナジャジェンダ様は俺の顔をまじまじ見ると
「ふーん、ちょっとクレィアーレ様の面影があるような………」
「えっどこか似てますか?!」
「うーん、どうかなぁ。クレィアーレ様は色々な御顔をお持ちだから」
そう言うとナジャジェンダ様は、高い声でケケケと笑った。
「クレィアーレ様について滅多な事言うなよ。蒼也、コイツに遠慮は不要だぞ。オレと同じ使徒なんだから」
そう言われても自分付きの使徒とは違うんだから、急にはい、そうですかとは言えないよ。
ヴァリアスはナジャジェンダ様に向き直ると
「あとこの気持ち悪い気配を消せ。
「だってそうしとかないと、男共がナンパしてきてウザいんだもん」
彼女はわざとらしく口を尖らした。
「だったら気配を少し消せ。それで済むだろ」
「いやぁー、だって面白いんだもん。こう声をかけたいんだけど、かけづらいっていうもどかしさで、周りをウロウロする男達が可笑しんだよ。ケケケ」
俺があんぐりした顔をしていると「コイツはこういう奴なんだ」とヴァリアスが言ってきた。
「まぁ、お前さんがいるから消しとくよ」
さっきから感じていたモスキート音のような不快な気配が消えた。
「それにしてもお前早かったな。転生者の情報収集で忙しくないのか?」
「ああアレね、大まかなとこは済んだから、あとは天使どもにやらせてるよ」
「やっぱり天使様っているんですか?」
こちらでは神様の使いはみんな使徒って言うのかと思ってた。
「いるよ。あたいの手足となって動く、カワイイ使い走りがね」
「えっ?! ここじゃ天使って天の使い走りって意味なんですか?? 」
「違うぞ、我々使徒の部下の事だよ。お前も変な言い方するな、アイツらに聞かれたら嘆かれるぞ」
「大丈夫。あたいの天使達はそう言ってやるほうが喜ぶんだよ」
「そういう奴もいるのかもしれないが、他は違うからな。一緒にするなよ。コイツが間違えて覚えるだろう」
なんか、この使徒様に常識を訊いてもいいのか不安になってきた。
「とにかくここで立ち話しててもしょうがない。移動するぞ」
「ああ、そうだね。ソウヤ、その前にあたいに何か用があるんじゃないか?」
と、ナジャジェンダ様は小さな綺麗な両手を出してきた。
「あ………すいません、気が付かなくて。ヴァリアスに預けてます」
ナジャジェンダ様へのお土産はヴァリアスが買ったし、たぶん人前で出すからヴァリアスに収納してて貰っていた。
ほれっとヴァリアスが結婚式の引き出物みたいな、大きな紙袋を3つ空中から出す。
それぞれチーズケーキのホール3つとカツサンド10人前、アップルパイとミートパイのホールが入っていた。
「おお、悪いね。催促したみたいで」
ナジャジェンダ様はそれぞれの袋の中を覗いて、ホクホク顔になると1つの袋の中から、カツサンドを取り出した。
「おい、後にしろ、後に」
「一口くらいいいじゃないか。うん、なかなか旨いぞ」
そう言って一口どころかあっという間にバクバク一人前食べてしまった。
「よし、じゃあ取り敢えず街の中、案内しながら話そうか」
カツサンドが入っていた紙箱をボッと瞬時に燃やすと、黙っていれば美少女は俺達の前を歩きだした。
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