第31話 王都を散策する

「この町はねエフティシア国の王都にして最大都市オルガ、初代王の妃オルガノの名前からきているよ」

 ナジャジェンダ様はスタスタと俺達の2,3歩前を歩きながら話す。

 俺よりもあきらかに背が低いのだが意外と歩きが早い。


「ここは王都だから治安もいいし、商業都市としても発展してる。

 前国王の頃から人種差別撤廃になったので亜人にも人気がある町なんだよ。

 都市全体の大きさは約53.28平方マール。日本の単位に直すと約138平方キロメートルだね。市壁の高さは約27.34ヨー、およそ25メートルだよ」

「……すいません、そのマールとかヨーって面積とか長さの単位ですか?」


「えっ! 教えてないのかい?!」

 急に少女が振り返って来たので、俺はエンストした車みたいに止まった。


「そういや重さは教えたが、長さの単位は教えてなかったな」

 サメ男が俺の方を見ながら言った。

「おいおい、一般常識くらいちゃんと教えてやれよー」

「仕方ないだろ、あんまり一度に教えても覚えきれないだろう」

「それ優先順位間違えてない? まずは一般常識からでしょ。どうせ戦闘の仕方ばっかりしか教えてないんじゃないのかぁー?」

 確かに。こっちに来て右も左もわからないうちに、剣持たされたんだっけ。


「大体、知識を楽して得るのは感心しないよなぁ。なんでもかんでも直接脳に流し込むのは良くないよ。

 やり過ぎると脳細胞を傷めるし」

「魔法習得には手っ取り早くて確実だからだ。全部やってるわけじゃない。

 大体精神感応テレパスたぐいはお前らの十八番オハコだろ」


 すると少女は今度は俺の方に向き直って囁いた。

「ソウヤ、お前も大変だな。こんな脳筋に指導されて。これじゃ将来バーサーカーになっちゃうぞ。

 なんならあたいが代わりに指導してやってもいいぞぅ」


「ハァッ ?!」

「ハイッ ?!」

「ナジャ、お前……」

 サメ男の顔に凶悪な陰影が増した。

 マズいっ! いくら同じ使徒でも見かけは女の子に大の男が怒ったら……。


「さては暇だな?」

「そうだよー!せっかくあたいが調べてきたのに、別の奴が転生希望者の最終交渉に地球に行く事になっちゃってさー。

 あたいはしばらく待機番なんだよ。だからサポートしてやるよ。良いだろー?」

 彼女は言いながら少しその場で軽く地団駄をした。

 とても神の使徒に見えない。


「あーもうその話は後だ。ひとまず歩け。目立つから」

 ヴァリアスが少し五月蠅そうに掌を下に向けてシッシッとやった。

 少女はちょっと不満げな顔をしたが、すぐにまた歩き出した。

 立ち止まってこちらの様子を見ていた2,3人の通行人もまた歩き出した。


 そのまま大通りを歩く。

 道の真ん中を先程見たのと同じような馬車が追い越していった。

 ふと気が付いたが、大通りのせいか、そこかしこの店や家の窓に透明なガラスがついている。

 店によってはあのファンタジアファウンテン亭のような大きなガラス窓もあった。


「ここら辺はガラスが安いんですか? なんだか使っている家が多いようですけど」

 確かガラスは高いとか聞いていた。

 ギーレンでも窓に格子や鎧戸はあっても、ガラスの無い窓は多かった。


「この街は他より裕福な住民が多いんだ。下町はあるけどスラムはないんだよ」

 そうかぁ。ブルジョワジーの街なのかな。

 税金とか物価高そうだなぁ。


「そういやお前さ」

 ナジャジェンダ―――ナジャ様が金髪を翻して俺に振り返る。

「その恰好、ちょっと目立つな。ここは亜人も多いとはいえ、それじゃ異邦人丸出しだよ」


「えっ、目立ちます? 一応フード付きだから大丈夫かなと思ったのですけど」

 俺はパーカーのフードを被ってみせた。

「それは同じ鎧だからって、日本鎧とこちらの鎧が同じと言ってるようなもんだよ。

 ヴァリー、服くらい買ってやれよー」

 そう言いながらナジャ様はヴァリアスを見上げる。


「さっき考えてたとこだ」

「気が付くのが遅いよ。もうこれだから男共は面倒見てやらないといけないんだよなぁー」

 俺とヴァリアスはちょと顔を見合わせたが、ナジャ様はそんな事かわまず

「よしっ、まず服を買いに行こう。幸いこの街なら結構上等な服が出回っているよ」


「えと……と、それって高いんじゃないですか? あんまり金持ちに見えそうな恰好って良くないんじゃないんですか?」

 よく外国とかで良い恰好していると、強盗に狙われやすいとかいうから、わざと着古したボロい服とか着てくって聞いた事があるし。

「襲われたらぶっ飛ばせばいいだけだ」

「強盗なんか返り討ちにしてやれよ。ケケケ」

 強気な2人。


 いや確かにこんな使徒がついてたら被害に遭うどころか、逆に命ごと返り討ちにしそうだ。

 だけど目を付けられるってだけでもいい気はしないからなぁ。

「新品は嫌なのか? じゃあ古着にする? 

 こっちでは一般市民は古着を買うのが一般的だしね。日本と違って衣類は高いんだ。以前よりは布地が安くなってきたけど、既製品よりもオーダーメイドが一般的だしね」


 大通りをそのまま歩いていくと行きかう人々の中に、ギーレンよりも多くの亜人を見かける。

 獣人はもちろん、背が低いのにがっしりした体格のドワーフや、長い髭で丸っこい感じのノームらしき人間がいた。

 小柄なヒュームとの見かけの主な違いは、ドワーフは耳が尖っていたり、ノームは丸くて位置が上寄りなとこだ。


 こちらの人達は同じ白人同士でも人種の違いが分かるように、もっと明確にわかるようだが、俺にはそれくらいしか区別の仕方が分からない。

 まれに3メートル近い巨人族らしき人もいた。


と、石畳の出っ張りにつま先を引っかけてよろめいた弾みで、焦げ茶のマントに軽くぶつかった。

「あっ、すいません!」

「イェ、ダイジョゥブ……」

 ちょっと聞き取りづらい発音のその人はそのまま俺達が来た方向に立ち去った。

 一瞬だが目深に被ったフードの中の顔が見えた。


「今の人……獣人? 今まで見た中で一番狼に似てたけど」

 俺は小声で訊いた。

 今まで見てきた獣人は獣と人のハーフといった感じで、顔はほぼ人間よりであったが、今のマントの男?

 は毛深さといい、突き出た鼻と裂けた口といい、ハスキー犬か狼の顔そっくりだった。


「コボルトだよ」とヴァリアス。

「えっ コボルトって、魔物じゃないのか?! ゴブリンとかオーク並みの」

「こちらでは正確に言うと魔人の部類なんだ。

 知能も人間と同等だし、比較的大人しい特に人間に友好的な性格なんだ。

 ただ発声器官のせいで上手く人語が話せない事と見かけの為に、人間には魔物として一括りにされてたけどな」


「そうなんだ。やっぱり犬系だから人好きなのかな」

 ちょっと失礼な事言ってしまった。

「それはあるな。最初のコボルトは人間が飼っていた狼犬を核に創ったらしいから」

 おお、じゃあ原型はポチなのか。それはちょっと親しみやすそう。

 ゲームではいっぱい殺しちゃったけど。

「まぁ、ここの前国王が人種差別廃止したおかげで、魔人の中でもコボルトは受け入れられてるんだよ」


 ホント色々な人種がいるんだな。

 それにしても……。

「エルフの人ってあんまりいないのかな? まだ見た事ないんだけど」

 俺は少し声を潜めて言った。

 ヴァリアスに聞いて亜人の中にエルフもいると聞いていた。

 ゲームや映画で知られているように、ヒューム族から見てもかなり美しい種族と言われているらしい。

 ギーレンでは全く見かけなかったが。

 決して下心がある訳ではないが、やはり一度はその姿を見てみたい。


「もちろんいるよ。数は少ないけどね。そうだなぁー」

 と、ナジャ様は辺りをキョロキョロしていたが

「あそこ、あの右側からこっちに来る白いローブの女がそうだよ」


 少女が顔を向けたほうはまた大きな十字路で、その右側の通りからやって来る人の流れの中に全身長めの白いローブをまとった人がこちらに歩いてきた。

 背丈は周りの女性と比べてやや高め、ピンと伸びた姿勢の良い歩き方、ローブをまとっているのでハッキリとは言えないが太ってはいないようだ。

 ただ、肝心のご尊顔はフードを目深に被り、おまけに口元から上に装飾入りの仮面をつけていたので見る事が出来なかった。


「仮面をつけてるから分かりませんね」

「大抵のエルフはヒュームが多いところでは、ああやって仮面をつけてるんだよ」

「それってわざと隠してるって事ですか?」


「そうだよ。知ってると思うけどエルフ族はヒューム族から見たらハイクラスの美人なんだ。だから下手に顔を晒してると付きまとわれやすいのさ。見かけなんざ見慣れればどうって事ないのにね」

「でも仮面付けてたら、エルフだって言ってるようなもんじゃないんですか?」

「それはそうだけど、見せないほうが被害が少ないし、エルフじゃなくても顔を隠したい奴とか、お洒落とかで付けてる奴も多いんだよ。

 エルフで隠さないのはよっぽどの子供か年配だねー」


 そうか、じゃあ妙齢のエルフの姿を見るのはまず出来ないのか。

 ちょっとガッカリだな。


「お前エルフの女が見たいのか? だったら花街なら顔を出しているぞ。それで客をつるんだから」

「花街って……その風俗街って事かい?」

 思わず聞き返してしまった。


 仮にも少女の前で聞きづらいのだが、ヴァリアスは気にすることなく説明してくれた。

 簡単に言うとキャバレーのようなお酒と接待が主なところから、ソープのように性的サービスをするところまで様々な店があるらしい。

 日本と違うのはそういう風俗が国で認められていて、国や町が管理しているところだ。


 そして一番の目玉はその夜の姫達は自らをPRする為、窓辺に姿を晒しているのだそうだ。

 外国の飾り窓の女みたいなものか。

 花街は大抵街の中でも別区域になっていて、入るのにまた通行税がかかるのだそうだが、それを払ってでも冷やかしに行く男達が多いという。


 冷やかしだけでも良いなら見てみたいかも。

 久しぶりにそんな気分になった。

 日本ではそんな元気なかったのに、旅では大胆な気分になるのかもしれない。

 ましてやここは異世界だし。


「全くお前らわーっ。鑑賞ならあたいがいるだろ、ここに」

 少女は振り返るどころか、全身向き直って後ろ向きに歩きだした。。

「お前は蒼也の好みじゃない」

 ズバッと切った! なんか俺のせいにされてるし。


「わかった。大きくなればいいんだろう」

 そういうと少女は胸下の帯を解こうとした。

「おい、こんなとこで変身するな」

 ヴァリアスと啞然とする俺の顔を交互に見ると、少女は高い声でケケケと笑いながら前に向き直った。


「あー面白いっ。退屈しないな」

 ヴァリアスは慣れているのか、全く顔つきを変えないが、俺はこんな小悪魔的な使徒が増えて少なからず大丈夫なのか少し心配になってきた。


 大通りをそのまま歩いていくと前方に大きな川が見えてきた。その先に長い橋が渡っていて両側に門番が立っている。通る人達からお金を取っているようだった。

「橋を通る時もお金がいるんですか?」

「通行税だよ。橋の維持費とかにまわすのさ。お金を節約したい奴はもっと川下に行って、通行税の無い小さな簡単な橋を通るんだよ」


 橋の手前まで来て川の左右が見えてくると、右手のほうにまた別の橋が見えたのだが

「あれっ、橋の上に建物が建ってる」


 橋脚がいくつものアーチ状になっている長い橋の上に、びっしりと赤茶や黄色の建物が建っているのが見える。

 それも1,2階の低いものではなく、3,4階はありそうな物ばかりだ。

「珍しいかい? こっちじゃ限られた土地を有効利用するために、橋の上に家を作るのは別に珍しいことでもないんだけね。どうせ橋を渡るからあそこを通ろうか」

 地震の多い日本じゃ考えられない建造物だな。


 川沿いを右に歩いていく。右手に色とりどりの店が並んでいるが、比較的食堂が多く、店先をオープンテラスにしてテーブルと椅子を出している店が多かった。

 川から吹く風が気持ちよく、臭いもしないからだろう。

 日を浴びてキラキラ輝いている水面は、空を映して綺麗な水色で汚れた感じはしなかった。

 時々中小の船やボートが通っていく。


 そんな水面に漂う白っぽいモノを見つけた。

 50cmくらいの直径のクラゲによく似たものだ。パッと見た限りで3つはある。

 俺が胸の高さ位の柵越しに覗き込んでいるとヴァリアスが言った。


「あれはシストゥニーという水棲スライムの一種だ。普通のスライム同様、雑食性で主に藻やプランクトン、動物の死骸を食べたりするんだ。

 いわゆる水の掃除屋だよ。こいつを品種改良して特に汚物や腐敗物を好む種が下水管理場にいるんだ。それで水が綺麗に保ててるんだよ」


「へぇー、地球に持って帰ったら水質改善とかされる川がいっぱいありそうだね」

「生物の持ち帰りは禁止だぞ。生態系が変わりかねないからな。人間が自力で持って帰るなら別だが」

 あー、やっぱりそういうルールがあるんだ。

 じゃあ、映画みたいに宇宙船で持って帰ってきちゃうのはありなのかな。


 川の対岸には川辺に下りられる階段と桟橋があって、釣りをしている人がいたり、何かの道具を洗っている人がいた。

 ドボンという水音がしたので顔を上げると、先程の橋上の建物の3階の窓から、ロープをつけたバケツを手繰っているのが見えた。

 成程、ああやって水を直接汲み上げてるんだな。窓の下に川が流れているってなんかいいなぁ。


「橋の上に住むのってなんか風情があって良さそうですね」

 俺は煌めく水面を走る船を眺めながら言った。

「景観は良いだろうけど、たまに水死体とか流れてくるよ」


「えっ ?!」

「ここはまだ穏やかだからいいけど、場所によって流れのキツイ場所とか橋の下、もとい家の下で溺れた奴の悲鳴とか聞こえてきたりするよ。ここの住民は慣れっこだけどねー」

 ケケケと少女が高い声で笑った。


「俺は慣れないです、それっ」

 なんだよ、全然安らげないじゃないか。

 外国というか異世界おっかないな。 

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