第32話 服と財布を買う(王都の橋上マーケット)
ご注意:*今回 作中に虫食が出てくるので食事される方はご注意ください。
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橋のたもとまで来ると両端に建物が建っていて、両サイドに跨るように門があった。
通行税は1人80エル。この橋の上の住民はもちろん非課税らしいが、通るたびにイチイチ搾取されるのって一般市民には馬鹿にならないだろうな。
だが、橋の上は思った以上に人通りが多く、活気があり賑わっていた。
どうやらマーケットになっているらしく、店前にさらに屋台を出している店が多かった。
あちこちでお客を呼ばわる呼び声や掛け声が響いている。
なんだか年末の上野アメ横を思い出す。
綺麗な花や石で作ったアクセサリーや、木製や石で細密に彫られたドラゴンの置物、軒先に操り人形が下がってたりした。
ここは観光客相手なのか、生活必需品ばかりではないようだ。
「花見貝で作った髪飾りだよー。そこのお兄さん、彼女にどうだい?」
「あたいは髪飾りはいらないよ」とナジャ様。
しかし俺は一瞬そう言われて、リリエラを思い出していた。
いや、下手にそんなお土産買っていったら気まずいか。
「あたいはアレがいい」
そう指さした先のパン屋の前にテントを張って、台の上にお菓子を並べている店があった。
駕籠やボールに、砂糖をまぶした菓子パンや飴などが入っているがその中に……。
「これ何? まるで……」
それは俺の親指くらいの大きさと太さで、体は薄ピンク色、頭はくっきりした黄色の芋虫そっくりな形をしていた。それがキャンディやパンと並んでボール一杯に入っている。
コロネパンじゃなさそうだ。
「お、いいモノに目をつけたね。店主これ10匹おくれ」
すかさず少女が注文する。
いや、俺は聞いただけで食いたいとは言ってないぞ。
「これはスイトープという虫だ。食べた養分を体内で高い糖に変えて蓄積するので体が甘いんだ。ここ2,30年くらいの新作、新種だよ。もちろん食用だ。高たんぱく質だしな」
いや、いや、聞いただけだっつーのに、ヴァリアスはさっさと金払ってるし、ナジャ様、紙袋にいっぱい詰まったの受け取ってるし。
「これは最近女の子の間でも流行りの食べ物なんだよ。そのままでもいいけど、こうして茹でたほうが甘みが増すんだ。
ほらっ あたいが直接食べさせてやるよ」
そう言って彼女は中でも丸々太ったのを1匹つまんで俺の顔の前に持ってきた。
俺は今まで蜂の子やイナゴとか虫を食べたことは無い。
芋虫は触った事はあるが食うとなると抵抗があるし、しかもコイツの黄色い頭らしきところの模様が妙に気になる。
「このデザイン、実はあたいが以前地球で見たマークを教えて、真似てもらったんだよ。
カワイイだろー?」
少女が可愛い囁き声でなんか凄い事言ってる。
「それ創ったのオレじゃないぞ。774番の奴だ」
その黄色い頭には黒い線と点で、あのスマイルマークそっくりの模様がついていた。
何の冗談だよ。
「たまにね、この模様がもっとニコニコ顔になっている変異種がいて、それを見つけると幸せになれるとか女の子の間では人気なんだよ」
コアラのマーチかよ。
「蒼也、別に無理して食わなくてもいいんだぞ」
俺の教育係が一応そう言ってくれた。
横から若い娘2人が続いて買っていた。
それをスナックを食べるように楽しそうに摘みながら歩いていく。本当にお菓子みたいなんだな。
「……それって一応熱通してるんですよね?」
「ああ、通常は白いんだけど、熱を通すとこうして体がピンク色になるのさ。どうするん?」
「…………1匹だけなら」
「よし、よし、ほらっアーンしろ」
恐る恐る開けた口の中に、そっと入れられたソレはもう温かくはなかった。
よく生のヤツはプチっという感触があるとかいうが、これは幸い熱処理されている。
噛むとホクホクした感じで
「なんかスウィートポテトに似てる」
味はまさしく甘さがあっさりしているスウィートポテトに似ていた。
これ加工して原型を留めなければわからなかったかもしれない。
「なっ 美味しいだろう?」
そう言って彼女もパクパクとスイトープを食べ始めた。
「ヴァリーもいる?」
「いらん。全部食べていいぞ」
俺は水を飲んで口の中をキレイにした。
味は悪くないがそんなにすぐにはやっぱり慣れない。
「そういや古着屋探さないと。バッグも変えないとね」
すぐにお菓子虫を食べ終わった少女は、くるっとこちらの方に向き直った。
「バッグもですか。これも変ですかね?」
俺のDバッグはブルーと橙色のナイロン製だ。
色がそれ程浮いている感じではないと思うから素材のせいだろうか。
「変だよー。男が持つにしちゃ小さいもの。それ女子用サイズだよ」
「えっ! 女子サイズ ?!」
そういや背負っているリュックタイプは、男はなみんな登山用かと思うほど大きいサイズだ。
漠然とリュックサックはこちらにもあるんだなって感じにしか思ってなかったよ。
俺は急に恥ずかしくなって、片側を外してショルダー掛けにした。
「ヴァリアスはもしかして気づいてなかったのか?」
「うーん、確かに中途半端に小さいとは思っていたが、飾りで持ってるのかと思ってた」
「女のマイクロバッグじゃないんだぞ。変だと思ったら言ってくれよぉ。
俺、今まで妙な奴に思われてたんじゃないのか?」
「ケケケ、大丈夫だよ、変わった異邦人として見てくれてるよ」
そう言われても急に意識し出したら、悪目立ちが気になりだした。
早く何とかしないと。
古着屋を探して歩いていると、ある屋台が目に留まった。
それは服ではないが、台の上に革製品を並べた、小物やバッグ類を売っているテント張りの屋台だった。
その台に置かれた革の色の中に、綺麗な色艶の紺色があった。ちょっと好みの系統の色だ。
「ちょっと見ていっていい?」
台の上には他に黒・茶・朱・青などの動物の革や蛇皮、オーストリッチ風のものなどの革製品が並んでいた。その中でヌメ革の青と紺色の斑模様になっている革が気になった。
袋やベルトなどもあったが、その他に財布があった。
大きさは俺の二つ折り財布くらいで、カブセについたボタンに紐を巻き付けて留めるタイプになっていた。中は黒地で3つに分かれていて、マチ部分もちゃんと合ってコインがいっぱい入りそうだ。
何よりこの色の感じが気に入った。
ただ値段が15,800エルと高い。
革とはいえ小銭入れがこんなにするものなのか? それとも俺が貧乏感覚過ぎるのか?
手に取って考え込んでいると店員が話しかけてきた。
「お客さん、それブルーバッグブルの背中でも一番良い部分を使ってますよ。使い込んでいくうちにもっと濃淡が濃くなってきて艶も出ますよ。それにウチのはこのオルガでも1,2を争そう革工房グリフォルド製でして、品質も縫製も上等です。大事に使えば一生モノになりますよ」
ほら、ここにグリフォルドのマークがと、カブセの下端を指した。
そこには頭が鳥、ライオンの体に翼の生えたグリフォンらしき姿の焼き印が押してあった。
「なんだ、それが欲しいのか?」
ヴァリアスが払いそうだったので、俺は断った。
「うん、いや、これは自分で出すよ。ここに来た記念にもなるし」
たまには奮発してもいいよな。まだ予算もあるし。
「有難うございます。15,800エルです」
「高いよ。10,000に負けろよー」とナジャ様が横から言った。
小銭入れからコインを出そうとした俺は固まってしまった。
「いやぁ、さすがにその値段じゃ儲けなくなっちゃいますよ。お客さん、なら15,000にしますよ」
「いや、儲け全然余裕でしょ。じゃあ色付けて11,000だね」
「勘弁してくださいよ。そりゃ無理ですよ」
「そうか、残念だねぇ。ソウヤ、似てる物がさっき、別の店にあったからそこ見に行こうよ。邪魔したねー」
ナジャ様は俺の腕を取って踵を返した。
「わかりましたっ! 12,800ではどうです? これ以上は無理です!」
「よし、言ったね。という事だよソウヤ」
俺の顔を振り返ってニッと笑った。
「こういうとこではね値切れるとこが多いんだよ。言い値でばかり買ってちゃ損するよ」
ちょっとドヤ顔のナジャ様、大阪のオバちゃんか。
でもお陰で3,000エルも安く買えた。
ヴァリアスの後ろに隠れて、小銭入れからコインを入れ替える。
3つ仕切りがあるので金貨と銀貨、銅貨と入れ分けられる。
何より手触りがスベスベしていて気持ちいい。
古着はフリーマーケットよろしく道端にゴザを敷いて並べたり、ハンガーラックに吊るして売っているとこが多かった。
「これ似合うんじゃない?」
少女が黒っぽい焦げ茶のマントを広げて言った。
「コイツは回避型だからもっと動きやすいのが良い。樹や岩壁に登ったり、走り回りやすい恰好が望ましい」
どんだけアクティブな魔法使いにさせる気だよ。
「うーん、じゃあ細身のチュニックとかがいいかな」
「サイズが合わなくてもオレが直すから大丈夫だぞ」
「それはいいけど、今一つこう良い感じのがないんだよねー」
なんかもうナジャ様、俺のコーディネーターになってる。
「やっぱりパッと見た目、すぐ異邦人って目立たないように、頭は隠したほうが良いから、フードは被ったほうがいいねー」
「そんなに俺目立ちます?」
「顔もそうだけど、髪が天然の黒で直毛だろう? こっちじゃ染めた色かそうでないかすぐわかるしね。
別大陸に多くいる黒髪の人間のは、クセ毛でお前みたいな直毛じゃないんだよ」
そうなんだ。やっぱ俺ってこっちでも異邦人なのかなぁ……。
そのあと大きめの古着屋を見つけて入る。
「フード付きタイプの方が、上からフード付きケープつけなくていいし、これからもう少し温かくなってくるから袖は半袖でもいいか」
と、少女が奥から上着を持ってきた。
見立ててもらった膝丈くらいの、前開きで後ろにもスリットのある上着を試着する。
黒っぽい青で裾は並行でなく、横が短く前後が長い菱形になっていた。布地は綿ぽくて春コートくらいの厚さだった。
「いいんじゃないか、お前の目の色に似てるし」
フードを被せてきながら少女が言った。
「ええ、軽いし動きやすいですね」
そう言いながら内側に糸で留めてある、値段の紙をつい見てしまう。
『34,800e』って、古着で妥当なのか全然分からない。
壁にフックでショルダーバッグがぶら下がっていたので、リュックの代わりを捜す。
どうせ物はほぼ空間収納に入れてしまうのだからバッグには入れないが、バッグから出すように見せるために開口部は大きく開くのがいい。
いろいろ見て落ち着いた赤茶色で、厚手の帆布に焦げ茶の革角当てが付いたショルダーにした。
カブセタイプでベロにバックル留めがついていて、見かけより軽いし物も出しやすそうだ。
価格は17,900エルってバッグも高いんじゃないのか? と思ってよく見たら、ややくすんだバックルの模様が、さっきの財布と同じマークだった。
ブランド品なのか。解析してみたら確かにそれなりに縫製や質は良いようだ。
ここではナジャ様は値切らなかった。
屋台と店じゃ違うのか。それとも適正価格なのか、はたまた結局ヴァリアスに出させたせいなのか分からない。
しかしこの橋の上だけで、一般家庭の生活費の半分くらいを一気に使ってしまった。
ちょっと使い過ぎ感もある。
あんまり贅沢に慣れるのはある意味不安だけど、その分稼げるようにしよう。
俺はそのまま上着をパーカーと取り換えて、橋上のマーケット通りを後にした。
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