第33話 ファミリー 意外な親戚
そのまま大通りを歩く。
斜め右前方に時折城の塔の頭が見える。
「お城も見てみるかい? 神の隠蔽を使えば中まで入れるよ」とナジャ様。
「いえ、そこまでは良いです」
そんな真似して万が一なんかあったら大変だ。
「そこを左に行くぞ。武具屋に寄る」
「武具って何かまた剣でも買うのか?」
「違う。今後の事を考えて足にガードをつけたほうがいいかも知れないから、レッグアーマーを買う」
「そうだねー。服の袖が擦れないように、アームガードもね」
これはもう岩登り確定って事かな。
「通常でも布とかで、大事な服が傷まないように付けている者は多いんだよ」
そう言われると普通の市民や農民風の人達が、腕や足に布とかを紐で巻き付けているのを時々見る。
大通りからまた横道に入る。
ギーレンもそうだったが、時々3階以上から、上の窓とかが道に突き出すように造られていて、下部を何本もつっかえ棒のように、太い木の棒が斜めに支えているのを見かける。
「この町はね、壁に囲まれているうえにチェブラ河の中州に作っているから、もうこれ以上町を広げる事が出来ないんだよー。
だからこうして建物は上に建て増しが多いんだ。
あと火事が怖いから、火に強い木以外は基本、石かレンガ造りだねー」
やっぱり王都は地価も高そうだな。という事は物価も高いんだろうなぁ。
武具屋はギーレンで剣を買った店より間口が1.5倍は広かった。
中には3人ほど先客がいて弓や槍を見ている。
防具は大きく分けると、紐で結ぶタイプとベルトタイプがあった。
紐のほうが調整が細かく出来るのだが、腕に付ける際に1人ではやりづらいのでベルト式にする。
ふと見ると他の客は比較的軽い装備のようだが、ちゃんと胸当てまでしている。
「俺もああいう装備したほうがいいんじゃないのか?」
肩とかあれとして、やはり胸当ては必要なんじゃないだろうか。
この間の兎たちはまず首や胸を狙ってきたし。
「お前があんなに着込んだら、重くて動きが鈍くなるだろうが。
今はそれで十分だ」
魔法使いは軽めの装備って事かよ。
急所くらいはガードしないと不安なんだが。
結局アームとレッグアーマーは、同じ柔らかい革を使った焦げ茶色のモノにした。
腕時計は中に付けられないのでジーンズのポケットにしまうことにする。
「あと手袋買っていい?」
軍手は持ってきたが、木登りどころかトンデモナイ所に行かせられたり、触らなくちゃいけない事になったら、やっぱり綿製の軍手じゃ心もとない。
手にフィットした黒革の手袋も購入する事にした。
「そろそろどこかで食事しないー?」
店を出るとナジャ様が言ってきた。
時計を見ると11時17分。少し早い感じもするけど余裕を持ったほうがいいか。
「あたい良い店知ってるよ」
「お前食いたいだけだろ」
また大通りに出る。
ぞろぞろと修道僧らしき足元までの長いこげ茶色のローブを着た集団が、目の前を通って大聖堂のような建物に入っていった。
こちらでも宗教って色々あるのだろうか?
神様が1人じゃないから多神教とかなのかな。
などと考えていたらナジャ様に服を引かれた。
「こっちだよ」
入ったのは、大きくガラス窓を使った食堂というよりレストランといったほうがいい、2階ぶち抜きのお洒落な感じの店だった。
2階の部分はU字型に広めの通路のようになっていて、1階を見下ろせるようになっていた。
ナジャ様に引っ張られたそのまま階段を上がる。
「ここはねデザートの種類が多いんだよ」
「甘いモノ好きだな、お前」
見下ろすと、半分くらいテーブルを埋めている客のほとんどは、一般市民というよりも上流階級を思わせた。
上質な生地を使った服装の商人風の男達が何やら商談していたり、侍女らしいメイド服の少女を連れた、金持ちそうな女とかがすまし顔で食事をしていた。
2階の窓枠にはステンドグラスが入っていて、色鮮やかな光を階下に落としている。
これは結構な高級店なんじゃないのか。
「ここって高い店じゃないんですか?」
つい小声になってしまう。
「確かに安い店じゃないけど、大通りだから当たり前だよ。下町じゃないんだから」
とりあえずメニューをチェックする。ドリンクから………やっぱ高いっ。
まず目に入ったのが『レッドベリー水 560e』、『ジンジャー紅茶 520e』、
一番安いシトロン水でも400eした。
「………あの、ちなみにこの町の一般市民の平均生活費って、幾らぐらいなんですか?」
こんなとこに住め無さそうだけど、一応聞いておきたい。
「そうだねー。場所によって差が激しいけど、この店に時々来るような市民なら、子供のいない夫婦2人で35万~50万エルってとこかな。
富裕層はもちろんもっと高いし、下町なら20万~30万だね。持ち家だったらもう少し抑えられるけど」
それって一人暮らしで、アパート借りてだったらどうなんだろう。
この間のワニもどきなんか、俺じゃ獲れないから兎何羽分なんだ?
っていうか、兎ばっか狩りたくない。
「何唸ってるの? 生活費なんか、ここにスポンサーがいるんだから気にしなくていいじゃないか」
「蒼也はなるべく自立しようとしてるんだ。ちなみにお前の分は今日だけだからな」
「なんだよぉ~、つれないなぁ」
そう言いながら少女はしっかりメニューを選んでる。
給仕が注文を聞きに来たので俺は、『シトロン水』と『レックル産ドードーと紫瓜クルミ炒め スープ 白パン付き 3,250e』にした。
ヴァリアスは相変わらず飲み物はラガーだったが、ナジャ様は次々とメニューを片っぱなしから読み上げるように頼んでいく。
「待て、一度に頼むな。テーブルに載らなくなるだろ」
「大丈夫だよ。あたいは食べるの早いから」
「お前のばっかりが先に来たら、こっちが食べられなくなるだろ。始めは3つまでにしろ」
少女は少し頬を膨らませたが思い直して、とりあえずコレとコレとコレと3つまでにしたようだ。
本当にそんなに食べられるのか。
「ところでお前、商人やりたいんだって?」
メニューを横に置いてナジャ様が俺に向き直ってきた。
「ええ、まだハッキリは決めてませんが、ハンターみたいなのより商人の方が合ってるんじゃないかなと思って」
「まず商人ギルドに登録しないといけないのは知ってるよね? それで登録には現存する町か村の住民登録が必要になるんだよ」
「そこなんですよね。俺まだギーレンしか知らないし、とりあえず登録しちゃって、あらためて別の所が良かったら、移ったりしてもいいですかね?」
「商人ギルドに正式登録できるのは、その町に5年以上住民登録している者か、他所で3年以上商人をやっていた実績のある者だけだよ。
もし商売で相手に損害を出して逃げられたら、ギルドが責任を持たなくちゃいけないからね。
ある程度どんな奴か見極めなくちゃ、商人の資格を発行しないんだよー」
あー、意外とシビアな世界なんだな。ハンターギルドは簡単だったのに。
商人はやはりそういうとこ堅いんだな。
そこへ先に飲み物が運ばれてくる。
俺はシトロン水、ヴァリアスはラガービール、ナジャ様はなぜかフルーツパフェだった。
デザートが先なのか?
「仮登録って手もあるよ。
ただ登録料以外に、利益見込みに応じた保証金を払わなくちゃいけないし、あとこれが肝心なんだけど、保証人をたてるんだ。
ちゃんと5年以上住民登録してる奴のね」
「それなら例の商人になって貰えばいいだろ? 保証金ならどうにでもできるぞ」
ビールを半分飲み干しながらヴァリアスが言った。
「ダメだ。アイツを連帯保証人になんかさせないぞ! 少しでも危険がある事には関わらせないよ」
「お前……オレが守護している者が、信用できないって言ってるのか?」
静かに辺りの空気が冷たくなった。
隣の冷気が刺さるように痛い。
「そうじゃなくて、イアンに少しでも気苦労させたくないんだよ。
商人にとってどんなに信頼している相手でも、保証人になるって事はとっても重荷なんだ。
どんなに大丈夫って思っても、借金を抱え込む可能性が完全な0じゃないんだから、精神的に負担がかかるんだよ。
お前さんだって、ソウヤに余計な不安を抱えさせたくないだろう?」
気温がサッと元に戻った。
良かった、近くのテーブルに他の客がいなくて。
冷えた腕を擦りながらホッとした。
「それじゃどこかの小さな町でもいいから、5年以上の登録在籍を作るか。
住民の記憶操作とか諸々はお前得意だろ?」
「それこそダメだよー。不正操作だもん。あたいの権限じゃ出来ないし」
「まっ、そうだな。蒼也、商人になるのはしばらく諦めた方がいいな。
大体何をやるのか決まってないんだろ」
「うーん、そうだなぁ、今どこかに登録しても5年後じゃあなぁ」
住民登録は出来れば定住するとこにしたいし、こりゃしばらく出来ないかな。
「でもね、例外として他のギルドで実績が認められれば、保証人無しでも出来ない事はないよ」
「それってハンターギルドでもですか?」
「そうだよ。実際にハンターとしてあちこちを渡り歩くうちに、住民税を払い忘れて登録抹消された奴とかが、副業で商人ギルドに登録出来た事もあるんだよ。
そいつはね薬草採りの名人で、自分で採った薬草を煎じて調合したりして、薬売り――薬師として登録申請したんだ。
その際、ハンターギルドが仮保証人になったんだよ。ギルドでの長年の実績と人柄が認められていたからね」
「やっぱり長年の実績はいるんですね」
やはり時間は必要か。
「それならオレがあのギルドマスターに圧でもかければ、簡単に保証人になりそうじゃないか?」
「それこそ駄目だろーっ! 俺の僅かな信用が消し飛ぶから止めてくれっ」
俺が慌ててる様子を見てナジャ様はケケケと笑いながら、運ばれてきた料理を次々と綺麗に食べていた。
俺の頼んだ料理に入っている紫瓜は、丸めの小さなナスに似ていた。
白パンはこちらで食べたパンの中で一番柔らかかった。
確かに美味いんだけど、やっぱり庶民には高いよな。
たまの自分へのご褒美に来る高級レストランって感じだ。
自分で言った通り、ナジャ様の食べるのは早くて、俺がほぼ食べ終わると同時に3皿綺麗にしてしまい、呼び鈴を鳴らして追加を注文していた。
もちろんヴァリアスも追加でラガーを頼んでいる。
俺はもうこれで十分だけど。
「そういやお前の代わりに、地球に転生者の交渉に行ったのって誰だ?」
給仕が階下に降りたので、ヴァリアスがナジャ様に訊いた。
「1146番の奴だよ。初めて地球行くから張り切ってたけどさー、せっかくあたいが交渉カード作ってきたのにねー」
悔しいのか、ナジャ様は残りのパフェをグラスの中でかき混ぜてて、シェイクにしていた。
「アックスか。アイツは用意周到な奴だし、上手く何人か引っ張って来るんじゃないか?」
「あたいだってイアンを連れて来た実績があるんだよー」
『ん、ちょっとここからは念のためコレで話すよ』と
ナジャ様が急に日本語で話してきた。
『えっ 日本語出来るんですか?』
『そりゃ情報を扱うのは伊達じゃないぞ。お前が地球の日本という国だと聞いてたしね。ついでにヴァリアスからRPGとかいうゲームが、天使や人間に流行ってるっていうのも聞いてさ、転生者集めに調査してきたんだよ。交渉は他の使徒に取られちゃったけどさー』
そう言ってナジャ様はまたちょっと悔しそうな顔をした。
そういや『ドラ〇もん』知ってたんだっけ。
『言っとくけどあたいが
少女は顔の前で白い指を振った。
『そうなんですか』
俺はてっきりそういう格付けなのかと思っていた。だから13番のナジャ様と普通に話す99番のヴァリアスは、ただ
『まぁ
上から5番目までは使徒総長達だが、他の階級の番号はバラバラだな』
なに……、何かいま不穏なワード言わなかったか?
『あのその………ファミリーって何?』
あんたが言うとシンプソンズじゃなくて、ゴッドファーザーの類しか思いつかないんだけど。
『何ってそのままだよ。お前はオレと同じクレィアーレ様の血で繋がっている血族って事だ。
以前『眷属』って言った事あったろ? だけど一族的要素が高いから、我々はそう呼んでるんだ』
『血族って……俺はおと、神様とは血のつながりあるかもしれないけど、
ヴァリアスってその使い―――部下じゃないのか?』
『あたい達はね、それぞれの神の体の一部から生み出されてるんだよ。まさしく血肉でね。
だからそれぞれの神の一族を『ファミリー』って言ってるんだよ』
蜜をいっぱいにかけて、木の実とクリームを挟んだパンケーキのような2つ目のデザートを頬張りながら少女が言った。
奴が初めて俺の前に現れて、父さんの話をした時と同じように衝撃を受けた。
『ええぇ、じゃあ俺とヴァリアスって本当に血縁関係にあるの?!
マジで遠い親戚のオジさんみたいな関係?? 』
『なんかその言い方が
『―――それじゃ創造神様って、まさか、ヴァリアスに…………似てるの?』
それに少女がニヤニヤしながら答える。
『神は色々な面を持ってるから一概には言えないけど、どっちだって言ったら似てないね。
クレィアーレ様はたいてい外見も中身も穏やかな方だし―――』
『良かったぁ……』
俺は心からホッとした。
『あ”あ”っ!?』
しまったっ! つい声に出しちゃったよ。
『それとナジャ、お前は笑い過ぎだ』
フォークを持ったまま、ナジャ様はゲラゲラ笑っていた。
いや、だけどとんだ衝撃の事実発覚だよ。
やっと親が見つかったと思ったら、思い切りマフィアみたいなのが親戚にいたよ。
これはどう受け止めていいんだろうか……。
『いやぁ~お前、いいねぇ! 面白いよー。サッサとこっちに移籍しちゃえよ』
やっと笑い終わったナジャ様が、やや前のめりになって言ってきた。
『いえ、まだそこんとこは決めてなくて、しばらくは地球と行ったり来たりする予定です』
『なんだよ、男ならスパッと決めちゃえよ』
『それは別にいいだろう。コイツの人生なんだから、最終的にはコイツ自身に決めさせる。オレ達はあくまでサポートするだけだ。強要はするな』
ヴァリアスは忌々しそうな顔をしていたが、一応フォローしてくれた。
ちょっと申し訳ない。
むーっと、少女は少し頬を膨らませたが、第2段の料理が運ばれてくるとすぐに機嫌よく食べ始めた。
スイーツと主食系を交互に食べている。なんか大食い選手権に出れそうな気がする。
『そういえばソウヤ、お前ハンターとしての依頼何こなしたんだい?』
相変わらずスピードを落とさずに食べながら、ナジャ様が訊いてきた。
『………スライムと兎狩りです』
『えっ まだそれだけ?』
『仕方ないだろ。蒼也は今まで剣を持ったどころか、狩りすらしたことがない環境から来たんだぞ。
それにコイツはあまり命のやり取りに慣れてない。
戦争さえ体験してないんだから、今はこちらの世界観に慣れるのが優先だ』
『命のやり取りに抵抗があるならゴブリンやオーク辺りから慣らしたらどうだい?
あれなら幾ら殺してもいいじゃないか』
えっ、そんないくらゴブリンとかオークって嫌われ者なのかもしれないけど、幾らでも殺して良いって神様が言うの?
『それは考えてるが、アイツらちょっと気持ち悪いところがあるからなぁ。コイツのメンタルに影響しなければいいんだが』
ヴァリアスの眉が少し曇った。
『そういうお前さんは力の調整の為に、地球に行く前に何体殺したのさ?』
ナジャ様は微妙に含みのある言い方をした。
『知ってたか。実質オークが3頭だよ。肉が勿体ないからな、実際は延べ794体分殺った。
おかげでだいぶ力を抑える事が出来るようになった。
もう少しでコイツに直接指導出来るようになる』
俺が啞然とした顔をしていたらしく、ナジャ様がこちらの顔の前に手を振った。
『ヴァリーはね、力が強すぎるのが玉に瑕なんだよ。
だから人間を相手にするなら、こうして調整しなくちゃいけないんだよ』
『30年程前に全力出したことがあるからな。120年前に地上に降りた時のように手加減するのが手間取るんだよな』
いや、俺の聞きたいのはそっちじゃなくて―――。
『そうじゃなくて……その延べってなに………殺したとか』
『それはつまり3頭を794回殺したって事だよ。
死んだら蘇生してまた殺す。それを繰り返したって事』
サラっと説明するナジャ様と、それを普通に頷いているヴァリアス。
昼の鐘が鳴り響いてきた。
いつもは甲高く通る様に聞こえる鐘の音が、違う町のせいか妙に不気味に響いて聞こえた。
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