第34話 オークとゴブリンの正体

『どうした、気分悪いのか?』

 俺が固まっているとヴァリアスが覗き込んできた。

『………なんで? 命は平等だとか言ってたじゃないか』

 やはりこいつらは人外なのか。考え方が違うのか……。


『んんん? コイツなんか勘違いしてないか。というか知らないんじゃないの?』

『あーそうだなぁ、特に教えてなかったな。

 蒼也、ゴブリンやオークはな、他の生物とは違うんだよ。アイツらにとってこの世が煉獄なんだ』

 何どういう事だって? 


 なんか飲み物欲しい、もう一杯飲もう。俺は呼び鈴を鳴らした。

「あたいもブラウンナッツパルフェ(パフェみたいなデザート)とレッドベリーシェイク追加」

「オレは同じラガーでいい」

 

 注文を済ますとヴァリアスがあらためて説明してきた。

『これは教会でも教えてる周知の事実だが、アイツらはな、罪人の成れの果てなんだよ』


 神界以外にこちらにも、天国と地獄のような世界というか次元があるらしい。

 地獄で罪人は罪を痛みや苦しみで洗い落とす。

 そして煉獄で浄化する為に苦悩する。

 が、一部の者はこの世で浄化の試練を受ける。

 それがゴブリンやオークになるのだと言う。


『だからアイツらは前世の記憶があるんだよ。

 元人間だった記憶を持ちながら、魔物に成り下がった自分を意識させるためにね』と、少女が言った。


『発声器官が違うから人語は喋れない。だから人間と意思疎通が出来ないし、する気もない。

 人間にとっても醜悪な忌み嫌う魔物だからな。

 アイツらはこの世で何回殺されたかで浄化されるんだ。

 だから殺してやったほうがアイツらのためなんだよ』

 ヴァリアスが補足した。

 それって地獄の鬼の役目を人にやらせてるって事なのか。


『じゃあここのオークとかってそんなに強くないのかい? 地球で伝承されるオークとかゴブリンとかは集団で人間を襲ったり、結構侮れないぞ』

『たぶんお前の思ってるのに近いよ』

 少女がクリームをたっぷりすくったスプーンを向けながら言う。

『ハンターギルドのランクで言うとオーク単体ならEなんだけど、大抵グループ単位でいるからDランクになってるよ。

 よく地球のゲームとかで設定されているオーク共と同じくらいかな』


『えーっ、それじゃ結構危険な存在じゃないですか。

 それだったら煉獄どころか、罪人にとって恩赦も同然じゃないんですか?』

 ゲームや小説でよく、オークやゴブリンの群れに村や町が襲われる描写がある。

 あれがリアルでありそうだ。


『人間にとっての天敵としての存在でもあるんだよ』

 ヴァリアスがラガーをあおりながら言った。


『この世界で一番奢り高ぶっている種族の敵には、元同族の成れの果てがちょうどいいんだ。

 同族嫌悪もあって、お互いを忌み嫌い恐れの対象になるからな。

 だから人間のいる魔素の薄い場所にも、平気でいられるようにしてあるんだ』

『教会でも悪い事をすると、ゴブリンやオークに堕ちると教えてるしね』

 なんかこの世界の神様えげつないというか、おっかない。

 いや、その主神が父さんなんだっけ!

 ええっ!? 父さんって本当に俺の親なのか? どんなヒトなんだろう……。


『ところで蒼也、お前なんで人が人を殺してはいけないと思う?』


 ヴァリアスが急に話題を変えてきた。

『何、急に難しい話………同族だから?』

『そうだ。理由は他にも色々あるが、その中の1つ、同族同士で殺し合うと種が滅びかねない。

 だからここでは同族殺しに嫌悪感を抱くように、遺伝子に組み込んであるんだ』

『おお、それって地球でもあるんじゃないのか』

 それなら小難しく考えるよりシンプルだし、DNA由来の本能としてなら道徳観念うんたらを唱えるより、よっぽど納得がいく。


『たまに痛みを快感に感じるように、その嫌悪感を逆に至高の快楽に感じる変異種がいて、同族殺しを繰り返す奴もいるけどな』

『それって快楽殺人者ってことかい?』

 そういう変異種はどうしても発生しちゃうんだよねーと、少女。

アイツらオークやゴブリンはその嫌悪感の遺伝子をわざと外してある。元々道徳観念なんか無い奴らだしな。

 いつ同族にも寝首をかかれるか安心出来ない。そのくせ小心者だから集団で行動する。

 実際は強者による暴力の下で支配された群れだ。

 自分以外はみんな敵という状態で、自分の堕ちた現状や満たされない欲望や不満を日々呪いながら、繰り返し殺される運命に怯えるというのがアイツらへの罰だ。

 そうして死ぬ度に、己の罪を思い出させる。

 だから殺してやるのがアイツらのためになるんだよ』

 サメ男はそう言って足を雑に組み替えた。


『でも欲望に正直なところって、他の動物でも当たり前なんじゃないの?』

 動物なんかそれこそ自由にやってる気がするが。

『本能に正直なのと欲望を抑えられないのは違うぞ』

『でも中には改心する奴もいたりするんじゃないのか? そういうのは減罪されないのかい?』

 模範囚は刑期が短くなるとか。


『まずそう簡単に改心するのはほとんどいないな。元々ゴブリンやオークに堕ちるような奴らだから。

 真に反省すればもう罪人じゃなくなる。

 そうなったら監視する天使が、次への段階に手続きをするようになっている』

 おお、やっぱり反省は必要だな。


『オークの本質についてこんな訓話があるよ』

 もうパルフェを平らげて、ストロベリーミルクっぽいシェイクを飲んでいるナジャ様が話し出した。

『ある若者が森の中でオークの群れを見つけた。

 様子を見ていると、群れの中で一番小柄な奴が皆に、小突かれたり蹴られたりして虐められている。

 先回りして罠を張って群れを一網打尽にすると、小柄なオークだけが助かった。

 ソイツは震えていかにも戦意喪失しているようだったので、若者はソイツだけ殺さないで立ち去ろうとした』


 なんかニュアンスが美談じゃなさそうだな。

『若者は背中を刺されて死んだ』

 情けが通じないってことなのか。

『元々狡猾で平気で騙したり、暴力を振るう奴らが堕ちた魔物だからね。

 しかも元々性欲が強いから、獲物は大概レイプする。

 ソイツも若者を殺す前にレイプした』


『えと……その人、男ですよね?』

 俺はつい訊き返した。

 というか少女の口からレイプって言葉が躊躇なく出てくるのって、聞いてるこっちがちょっと恥ずかしいんだけど。


『そうだよ。アイツらは雄しかいないからいつも欲求不満なんだ。

 出来れば女がいいんだろうけど、デキればなんだっていいんだよ。

 まぁ人間の意識があるから好み的には人間相手がいいんだろうけど、獣姦なんか珍しくないしね』

 うーん、マンガとかで読んだことはあるけど、恩を仇で返すというか、そこまでなのか。

 オーク恐ろしい。


『ソウヤ、お前みたいなひょろい奴は、アイツらにとったら女の代わりになるから気を付けろよー』

 ナジャ様はニヤリと綺麗な口元から白い歯を見せた。

『いやっ、いやいや、俺そんな目に遭ったら死ぬしかないっ! というか、どのみち殺されちゃうのか』

 そんな奴に会いたくねぇな。

『心配するな、そんなマネはさせん』

『でも会わせるんだね……』

 泣きそう……。


『だけど今まで良く出会わなかったねー。兎や猪並みに結構あっちこっちにいるのに』

『そりゃオレが避けてたんだ。まだ魔物に慣れてないのに、あんなのに遭わすわけにいかないだろ』

 それどころかドラゴンに会わしたよね?


「おい、そろそろ行かないか? 約束した時間が近いぞ」

 ヴァリアスがまた大陸語で話してきた。

 腕時計を見ると12時47分だった。ここからどのくらいのとこなんだろう。

「大丈夫。ちょうどいい時間に着くよ」

 

 レストランを出て横の通りを抜けていく。

 店の前でもテントを張って食べ物を売っている屋台がチラホラある。

「おー、あたいアレ食べたい」

 そう言うや屋台に走っていくナジャ様。今レストラン出たばかりですよね?

「アイツはああいう奴なんだ」

 大丈夫なのか。相当エンゲル係数高そうだが。


 再び広場に出ると、ある大きな建物の前に人だかりがしていた。

「おっ やってる。ソウヤ、見てみるか?」

 ナジャ様がさも当たり前にように言ってきた。


 フードを被っているのに、首筋の毛が逆立つ感じがした。

 そうだ、だいぶ慣れてきたとはいえ、ここは異国だ。

 いや、それどころか異星であり俺にとって異世界だ。罪や刑罰の観念も日本と違うんだ。

「いえ、良いです。そんなの見たくない」

「大丈夫。ただの晒し者だから、ほらっ これくらい慣れとかないと」

 いや慣れたくねぇ~。

 俺は見かけによらず少女の凄い力で引きずられるように、人混みの中に入って行った。

 

 そこはどうやら役場前のようで、大聖堂のような大きな建物の階段下だった。

 1人の中年男が、木板で作られた手枷と首枷が一体化したものを付けられてしゃがみ込んでいた。

 足には太い鎖が付いている。

 横には木の立て看板があり、隣に刑使らしき兵士が立っていた。


「あの男はここの粉挽き職人だったようだね」

 遠くからでも、立て看板についた紙が見えるようで、ナジャ様が説明した。

 俺はひとまず晒し首とかじゃなくて良かったと、安堵したのですんなりと少女の話を聞くことにした。


「人から預かった小麦を挽く時に、分量を誤魔化したんだよ。

 お前んとこじゃそれぐらいって思うかも知れないけどね、これは結構重い罪に値するんだよ。

 大事な財産である食糧を盗んだんだからね。よく晒し刑と町追放だけで済んだもんだよ。

 下手すれば、盗人は『斬手』の刑もあったのに」


 やっぱおっかねー。

 刑罰の度合いがキツイな。それとも日本が甘いのだろうか。

 確かに処刑って、映画やゲームで見た事はあるけど、あんまり見ていて楽しいものじゃないし、ましてや現実リアルなのは―――。

 俺はすぐに顔を逸らした。

 そうしたら後ろにいたヴァリアスと目が合った。


「ここでは処刑を一種の見世物にするのは日常茶飯事だ。

 犯罪の抑止力にもなるが、何より民衆が処刑を見たがるからな。

 他の生物なら恐怖そのものでしかないものが、人間は他人の不幸で優越感を得ることができるだろ」


「俺は見たくないよ」

 恨んでる相手ならまだしも、逆に気分が悪くなりそうだ。

 するとヴァリアスは口角を微かに上げた。

「フッ、お前はそれでいい」


「価値観とか観念は場所によって変わるよ。お前だってこちらに慣れたら、平気で見るようになるかもしれないよー」

 少女が軽くからかうように顔を向けてきた。


「お前のとこの商人は、処刑を喜んで見るタイプか?」

 一瞬ヴァリアスの白目の部分が黒く見えた。

「……イアンは処刑広場は避けて通ってるよ……悪い、言い過ぎたよ」

 少女はくるっと前を向くと人混みを出た。


「しかしアイツも馬鹿だね。少しの欲で、この町の市民権を失っちゃうんだから。

 勿体ない」

「ここってやっぱり、市民になるの大変なんですか?」


「前国王のエドアルドが、今の王ヘルゲリンに王位を継がせて引退した後、親衛隊と使用人達を連れて田舎に引越して行ったんだ。

 それでもまだまだ人口過密になってるのさ。

 だからここの市民権を得るのはとにかく大変なんだよー。

 他所から入るには、収入がどのくらいか犯罪歴が無いか調べられるし、市にかなりの一時金を払わないといけないからさ。

 これは町によってとても差があって、ここ王都はもちろんかなりの高額だよ。

 金の無い者は、市民権を得る為に市民と結婚したり、養子になったりする奴もいるくらいなんだよー」


 そんなにここの市民になりたいのか。

 市民権の高級ブランド、ビバリーヒルズみたいなもんなのかな?

「じゃあ今日 会う商人の人って、そんな苦労して市民権を得たんですか?」

「いいや、アイツは元々ここの市民に生まれたんだ。イアンの希望でもあった、なるべく治安の良いところというリクエストに沿ってね。

 まぁ条件に合う夫婦のもとに産まれる為、転生させるのに少し待たせたけどね」

 

 少女はその白い綺麗な手で、こっちこっちと手招きした。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 同じように天国と地獄とはいえ、星が違うので地球とシステムが少し違います。

 そしてオークとゴブリン、特にオークはのちに直接対峙して、その悍ましさを体験することになるのです。


また、真に反省したオークやゴブリン。

その変化した姿は第4章で出てくる予定です。

だいぶ先ですみません……(-_-;)

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