第78話 ガラクタ市 初参加 その3(弱気な魔法使い)
段ボールはフランケンさんが持っていった。
その場を去るとき、また護衛2人がヴァリアスのほうをちらっと見たが、奴は無視して缶ビールを飲んでいた。
奴の周りには缶を潰したコースターで一杯になっている。
3人が去って本当にレジャーシートの上には何も無くなった。
時間は11時35分。もっと長期戦になると思ってたから時間が余ってしまった。
「良かったじゃないか。全部売れて」
ヴァリアスが戻ってきた。
「ああ、あの人のおかげだな」
ついでに奴が離れてくれてたから。
「あんな金持ちもこういう町に来るんだね」
「旅の途中で立ち寄っただけだろ、馬を休ませてるって言ってたから。ポーションで体力を回復させることも出来るが、水や餌もやらなければならないからな」
またビールを持ちながら横に座った。
俺も売り切った達成感で一服したくなって、またコーヒーを入れた。
目の前の露店はまだまだお客と売り子で賑わっている。
それをのんびり見ながら
「気付いてたと思うけど、あのバッハ、いや金持ちの人、解析能力者だね」
「ああ、オレの方にも念を伸ばしてきたから弾いてやった。他の2人のもな」
「うん、確かにああやって探られるのって気持ち悪いな。前は全然わからなかったけど」
ということは俺の感度が上がってきたって事か。
なんか見たくもないものまで視えるようになるんじゃないだろうな。
「じゃあ、あの2人の強さには気づいたか?」
「あの護衛の? 相当強そうだとは思ったけど、どのくらいかはわからなかったな」
「ハンターのランクで言えばA以上だ。おそらくSランク並みだな。オレが一般人並みに気配を落としていたのに、あいつら素早く異常を感じ取って警戒してきた」
「えっそんなに? そんな人護衛に2人もつけてたのか。凄いな、あのバッハ」
確かSクラスってどこの領地も囲い込んで、他所に行かれないようにしているって言ってた。
まさしくリッチマンのシークレットサービスは天上級だな。
俺んとこはフロムヘルだが。
「ちょっと疑問に思ったんだけどさ、なんでこっちではガラスが高いんだ? やっぱ輸入に頼ってるとか、原材料が地球と違うのか?」
「いや、地球とほぼ変わらないぞ。原料も石英、いわゆる水晶を主に使っている。この国でも良く取れる」
「じゃあ何が難しいんだ? 大体土魔法とか使えれば採取しやすいだろ。加工だって火魔法でやれそうだし」
カンと、音を立ててヴァリアスが飲んでいた缶ビールを置いた。
「お前少しはわかってきたかと思ったが、まだまだ考え足らずだな」
「何がだよ」
「この間のオパールはどこで採ってきた?」
「あの黒い森……、あ……そうか」
地球じゃ鉱山で採掘時の落石とかが大変だが、こっちじゃ魔物がいるんだった。
鉱石のあるところに奴らがいる。
「鉱石取りを専門にしている鉱石採取人を、別名鉱石ハンターと言ってるぐらいだ。
鉱夫をワームから守るために護衛をつけなければ誰もやりたがらないし、奴隷にやらせても無事に鉱石を運べないからな」
そうしてニッと笑うと
「今度行ってみるか? ワーム見てみたいだろ」
「ヤダよっ! 虫の中でもワーム系と百足は絶対やだっ!」
有名なところだと映画『トレマーズ』を思い出すとこだが、それとは別に、地面下にいる通常サイズのミミズ(?)がそれこそ地面いっぱいに這い出してきて、田舎町を襲う『スクワーム』というパニック映画を見た事がある。
あれのおかげでミミズが苦手になった。(*実際はゴカイという虫の種類)
「大丈夫だ。見慣れれば結構カワイイぞ」
「どこがだよっ! 見慣れたくねぇ~」
「あ、あのすいません……。もう閉店ですか?」
おずおずとやって来たのは焦げ茶色のローブを着た、少しぼさぼさ髪の二十歳前後の若者だった。チラリとローブの裾から赤色の短いロッドが見える。
「ええ、ご覧の通り完売しました」
さっき眺めていた人の中にいたのかな。
後でやっぱり買おうと戻ってきたのかもしれないけど、無い物は出せないからなあ。
残りはターヴィとシヴィやダリアのお土産に取ってある物だし。
「あぁ……。そ、そうですかぁ……」
凄くガックリされた。
そうして肩を落としたまま、ぼーっと突っ立っていたが突然
「そ、それっ、う、うっ売り物じゃないですか ?! うっ売ってくれませんか?」
そう言って指さしたのは、ヴァリアスの横に置いてある例の黒いタオルだった。
「すいません、これ売り物じゃないんです」
「そうですか…………。で、で、でもそれ売ってくっくれませんか?」
そんなにタオルが欲しいのか。
でもあれ使用済だし。う~ん。
「あの、これなら売れますけど」
俺はバッグから自分用に持ってきたタオルを1本出して見せた。もちろん使用済みだが洗濯はしてある。
「まさしく中古品だから安くしますよ」
「い、いえっ、ぜひあ、あれがいいんです」
なに黒色が欲しいのか?
「なんでそんなにコレが欲しい?」
ヴァリアスが訊いた。
「そ、そ、それは…………あ、あのあの……」
若い男はその場に髪を両手でクシャクシャ掻きながらしゃがみ込んだ。
ローブの裾が地面についてるし、なんか落ち着かなそうだから、俺はシートに座るように勧めた。
「すいません……。僕、焦ると
俺が渡したホットミルクで、少しずつ落ち着き始めた若者はゆっくり話し始めた。
それによると彼は魔法使いで、4人パーティでハンター稼業をしているらしい。
他は戦士、
ここであらためてアサシンというのは暗殺系ばかりではなく、探知や罠の解除をするのに特化した能力を持っていると知った。ゲームでいう
「いつもここぞという時に失敗しちゃうんです……」
どうも緊張すると吃りもそうだが、上手く力を出せなくなってしまうのだそうだ。
「この前もボンバーヘッドを狩る時に、強力な魔法を使わなくちゃならなくて……詠唱しなくちゃいけないので、仲間が守りながら時間を稼いでくれたんです」
あ、嫌な予感。
「もしかして、そこで吃っちゃった?」
「はい……」
彼は深く頭と肩を落とした。
詠唱しなくちゃいけない魔法使いが
そういやゲーム『ダンジョンマスター』は、魔法を使う時はルーン文字を打ち込む、まさしく唱え式だった。
あれは打ち間違えると、MPだけ減って発動しなかったんだよな。
連発しなくちゃいけない時、焦って間違えてさらに焦った覚えがある。
余談だが、魔法は無詠唱でも発動できるが、大きな魔法と使う場合、呪文を使うと言霊の力と精霊の援助を受けることが出来る。
この世界の呪文というのは主に『精霊語』という言語で唱えられる。
よくある『火の聖霊よ 我に力を与えた前――』みたいな内容を精霊の言葉に直して、人が発声出来る音にしなおして唱えるのである。
気高い精霊は、人の言葉ではまず助けてくれないからだ。
言葉が分からない訳ではない。
『物を頼むならこちらの言葉で話せ』という事だからだ。
精霊を呼び出す魔法なら猶更だ。
難解でわずかに理解された精霊言語を、意味がなんとか通じるように組み合わせて出来た精霊へのお願い言葉。
それをまた人が発音出来る音に代えているので、よもや『精霊語』は『精霊言語』ではない。言うなれば『ピジン精霊語』というところか。
だからいくら言語スキルのある俺が一部を聴いても、意味が全然わからなかった。
まさしく『*エコエコアザラク エコエコザメラク』なのだ。
(*『エコエコアザラク』昔の有名な黒魔術マンガ)
なのでまさしく意味の解らない記号、念仏以上にとても覚えづらい。長い呪文なんか特に。
魔法使いに知能が必要というのを、なんとなく理解出来た。
話を戻そう。
ボンバーヘッドというのは額の上に真っ赤な瘤があり、これが衝撃でまさしく激しい爆発を起こすバイソンタイプの魔物。
本人は、ぶ厚く頑丈で不燃性の皮と毛皮で覆われていて無傷なので、獲物をその頭でぶっ飛ばそうと何度も頭突き攻撃をしてくる。
その頭を避けても、バイキングの兜のようなぶっとい角も、
腰から尻にかけて皮膚が更に硬質化しており、大カマキリのキチン質並みに剣を弾くらしい。そして鞭のように振るう、3本の尻尾の先には猛毒の刺がついている。
もちろん魔法耐性も高いのだが、その耐性を無効化する方法の1つが精霊の力を借りる事。
毒を以て毒を制す、火の精霊サラマンダーの力を借りて、一時的だが爆発を抑えるのだ。
これは結構高度な魔法で、彼にはまだ一瞬しか効果を得られないらしい。だけどその一瞬が、あるとないとでは大違いだ。
実はボンバーヘッドの唯一の弱点はこの瘤なのだ。
いつも打ちつけているので、硬くなって盛り上がっているが、その梅干しのようなボコボコした盛り上がりにできた、溝の隙間が自らへの衝撃を減らすために若干柔らかい。
その隙間に刃を滑り込ませれば脳を刺すことが出来る。
だが柔らかいとはいえ、あくまで比較的という事。
正確にその細い隙間に差し込まなければ、周りの硬い角質に弾かれるし、無事に刺せても爆発はする。
だから戦士が2本の角を掴んで頭を固定し、魔法使いが爆発を無効化し、アサシンがその瘤の溝に一撃を入れる。
アコライトは補佐と尻尾を鞭で押さえるという作戦にでた。
それを同時に、皆の息を合わせてやる手はずだった。
が、魔法使いがドジッた。
出現した精霊は力を発現する間際に消えた。
失敗がわかった時にはもう、アサシンがダガーを振り下ろしていた。
爆発の瞬間、咄嗟の機転でアコライトが2人に防御の膜をかけ、戦士とアサシンは致命傷は免れた。
すっかりあがってしまった魔法使いは、仲間を救助するのに必死なアコライトを見ながら、体が動かなかった。
「カっちゃんに使えないって、ぶっ飛ばされまして……」
カっちゃんというのはアコライトの事らしい。しかも女性。
戦士のシンちゃんとアサシンのレギちゃんには運がなかったと逆に慰められたらしいが、それはそれで申し訳ない念でいっぱいになったそうだ。
「『失敗したのはしょうがないが、仲間を助ける事も出来ないんじゃもう組めない』と言われました……」
幼馴染4人でここまでチームを組んできたが、大掛かりな作戦になるといつもと言っていいほど、肝心なところでヘマをする。
練習時には上手くいくのに本番で出来ない典型だ。
いくら仲良し4人組でも命がけの仕事に失敗続きでは……。
あれっ 俺達なんでこんなとこで人生相談聞いてるんだろ?
「僕もこのままじゃいけないと色々試してみたんですが……効果がなくて」
本番での度胸をつける為、1人で狩りをしようとして失敗。様子を見に来た仲間に助けられた。
その他、勇気が出るという怪しげな薬を飲んでお腹を壊したり、エセ臭い僧侶に祈祷してもらったりしたらしい。
そして今日、道端で会った、カッサンドラ大陸から来たという、魔女を名乗る占い師に視てもらったところ、このガラクタ市で自分が真っ先に気になった店で物を買えと言われたそうだ。
それが道を開くと。
「それこそ怪しいじゃないですか。カッサンドラって、あの暗黒大陸でしょ? めちゃくちゃ遠いし、騙されたんじゃないですか」
あのドラゴンのいた大陸には、確か人はほとんどいないはず。いるのは魔人だと聞いていた。
「でも、お金は払ってないんです。ランチに持っていたサンドイッチとお茶の葉だけで良いって言ってくれて」
うーん、どうなんだろうなぁ。聞けばその魔女はとても小汚いボロを纏っていたというし、食べ物目当てに騙された気しかしないんだけど。
「なんでこれじゃなくちゃダメなんだ?」
奴が黒いタオルを摘まみ上げてみせた。
「わからないです……。わからないけど、なんだかそれじゃなくちゃいけないような気がして。
市場の中もさっきからグルグル回ってたんですが、皆同じに見えて……。
ただここだけがなんだか気になって」
そりゃテント内からポツンと外れてるからだよ。
それ、ただの錯覚だから。
ヴァリアスの奴もいい加減うんざりしてないか?
だが意外にも、奴がこう切り出した。
「命をかける覚悟はあるか?」
「…………い、い、命……」
若者は顔を上げてヴァリアスと目が合い、体をすくめた。
「今まで何回か狩りをしてたなら、今更だろ?」
「はい……」
「ここから一番近い砂漠、サンサーラ砂漠を知ってるか?」
「はい、一度だけ行ったことがあります。岩山から見ただけですが」
「じゃあ原住民のアグニ族の成人式は?」
「ええ、聞いたことがありますが……あ…………」
急にブルブル震え出した。
「お前、火の使い手なんだろ? アグニ族と同じ成人式やって
若い男は下を向いたまま、ブルブル震えるばかりだ。
「お前に足りないのは力じゃない。ここぞという時の度胸だ。1人でアレをやれれば自信がつくはずだ」
「ぼ、ぼ、僕に、で、で、出来るで、でしょうか……」
「それはお前次第だ。だが、コイツが手助けになる」
そう言って、若者の前に黒いタオルをふわりと置いた。
「こ、これっ、う、うう、売っていただけるんで?」
「金はいらん。餞別にやる」
「こいつの顔についてたヤツですよ。
「そんなもんつけるかっ!」
「あああの、有難うございますっ!」
若い魔法使いはタオルを握りしめて何度もお礼を言った。
使う前に絶対洗って欲しい。
*********
「アグニ族は今はもういない古代民族だ」
魔法使いが去って、再びビールを飲みだしたヴァリアスが言った。
「火を崇め操るのに特化した民族で、成人式として砂漠に棲むサンドワームに、わざと喰われて生還するという儀式をやる」
サンドワームは全長3~50mくらいまで大きくなる、鉱物が好きで岩を食べる砂漠のミミズだ。
成人式を迎える若者は、胃液避けに全身に特殊な油と泥を混ぜたタール状のものを塗る。
そして自分の体がすっぽり隠れるくらいの大岩にロープで体を巻き付け、両サイドをさらに別の岩で覆って三角形の空間に入るようにする。
それをさらに鎖で巻き付け1つに固定する。
これであとはサンドワームを待つだけだ。
見事サンドワームに飲み込まれたら体のロープを切って脱出する。
「サンドワームはもちろん魔法耐性は強い。だけど弱点として内臓だけ耐性が弱く、特に火に弱い。
だからわざと喰われて火炎を操って中から倒すんだ」
バンジージャンプは、ある原住民の成人式だというのをテレビで見た事がある。足に縄を一本結わえただけで、地面に手がギリ接触するような危なさだが、これはそれどころじゃないな。
「それ口の中じゃ駄目なのか? 口を開けたところで火炎弾を打ちこむとかさ」
「口の中に入った途端、魔法力は消える。焦って胃袋まで行かない途中で火炎を出しても同じことだ。
しかも違和感を感じたワームがやたら動いたら、岩が崩れて圧死しかねない。
静かに胃袋まで運ばれるのを待つしかない。
もちろん胃袋に入っても必ず上手くいくとは限らない。
素早く表皮に達するぐらいの、亀裂を起こせるぐらいの火炎を出して脱出しないと、暴れられて圧死するか、胃液で溶ける前に窒息死するからな」
そんな成人式してたら、若者がいなくなって滅んじゃうのは当たり前だと思うのだが……。
「あの若いのにそんなのやらせる気か」
「それくらいの死線をくぐり抜けないとアイツは変われないだろう。今まで仲間に甘えてたんだ。
だが、感度は悪くない。
そこら辺の占い師じゃなく、あの暗黒大陸の魔女に訊いた事、お前の勧めたタオルじゃなくて、オレの持ってたタオルにわざわざ目をつけた事とかな」
「あれそんな効力あるのか?」
「オレが身に着けてたんだぞ。オレの
「うぇ~、またしつこそうだなぁ。漂白剤使っても落ちないのかな」
「オレのは染み汚れかっ!」
それから3年ほどして、地方のタブロイド紙に、トロールから地元の村を守った若いハンター達の記事が載っていた。
カリンという名のアコライトをリーダーとした4人のパーティで、5体のトロールを打ち倒したとあった。
その作戦の要を担った魔法使いは、夏でも黒いタオルを首に巻いていたという。
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