第77話 ガラクタ市 初参加 その2(リッチなお客)
その後、ポツポツとお客さんが来た。
皆一応にタオルの柔らかさに驚き、続いて値段に驚いていた。
もう少し価格リサーチしておいた方が良かったか。でもそれに準じて高値にして売れなくても困るしな。
ただタオルのフワフワさに驚いてはくれるのだが、結局買ってくれるのは古着のほう。
襟の伸びたTシャツやくたびれたジーンズなんかはすぐに売れた。
ファスナーをすごく珍しがっていたが。
どうしよう。タオルが初めの1本しか売れない。
50本くらい買っちゃったんだが……。
あげて喜ばれるから飛ぶように売れると思ってたのになぁ。売れ残ったらラーケル村の人達に配っちゃおうかなぁ。
いや、あそこの村人って何人いるんだ?
ウーン、午後になったら値段下げてみるかなぁ。
お客さんがいなくなったので、遅めの朝食にする。
「実用的な物から売れるからな」
ヴァリアスが肉団子をツマミに缶ビールを飲みながら言う。
「タオルより普段着る服の方が断然優先だろ。タオルがなけりゃ、乾かした葉や藁でも服の切れ端でも代用が利くからな」
確かに布以外に紙類も使い捨てするほど安いものではないらしく、
俺は衛生面が怖くて、日本からトイレットペーパーを持ってきてしまったが。
「それに庶民にとって重要な物はやっぱり食べ物だ。着る物は後回しだよ」
「そういう事は先に言えよな。じゃあやっぱり、砂糖とか紅茶とか持ってきたほうが良かったじゃないか」
「お前が古着を売りたがってたからだ。全然ダメだとは言ってない。それに庶民に砂糖とか紅茶は高すぎる。
王都や貴族街なら売れると思うが」
うぬぬー、でも場所と人によって求められる物が違うのは基本だし、日本より生活差が激しいからなぁ。
チラホラお客さんらしき人がこちら側(テント裏側)を通って行くのだが、なんだか立ちよりずらい感じで、遠巻きに見ながら素通りしていく。
奴のせいだ―――。
俺の隣で胡坐をかきながらビール飲んでる、目付きが悪いどころか、市壁の陰のおかげで底光りしている、月の目の凶悪面のせいで近寄りがたいんだ、きっと。
「ヴァリアス、悪いんだが、少し後ろに行っててくんないか?」
俺の後ろは1mくらいですぐ壁になっていて、その壁にそって斜めに、支えの三角状の脚が等間隔に伸びている。
その横を指した。
「いいがなんでだ?」
その三角壁の陰に座り直す奴を見て
「すまん! やっぱりこっち向かないでくれ。出来れば顔、隠してっ」
絵面がさらに悪くなった。
反対側から来ると、三角の壁で奴が見えなくなるから、もう物陰で獲物を待ち伏せする恐悪な魔物にしか見えない。
「こうしてもどうせ視えるんだろ? あと牙引っ込めてくれっ」
フードを引っ張ったが口元までは下がらない。この多重歯が厄介だ。
「なんだよっ クソッ!」
「俺1人でやりたいから、頼むからそこで目立たないようにしててくれよ」
ブツブツ文句言いながらも、三角壁に寄りかかって向こうを向いてくれた。
日本じゃないし牙は引っ込めたくないようで、結局黒いタオルで口を覆いながら、器用にビールを飲み始めた。
余計不審者感が増すが、こちらじゃ仮面をつけたり、顔を隠すのは結構受け入れられてるようだから大丈夫だろう。
気を取り直して、残ったTシャツとかを大きく広げていると、さっき眺めながら通り過ぎていった人が戻ってきた。
「どうぞ、ゆっくり見ていってください」
その人物は先に3人の客が選んでいる服に見向きもせずに、真っ直ぐにタオルを手に取った。
「むっ……」一言唸ると、
タオルを広げたり、縁を入念に触ったり、ベロ状のタグをまじまじと見たりした。
一見して金持ちとわかる、柔らかそうな布で出来た袖口の広い服。首にはクリーム色のスカーフをふんわりと巻き付けて前に垂らしている。
その指にはエメラルドのような緑色の大きな指輪がついていた。
あの上王様さえお忍びのせいか指輪はしていなかったが、これ見よがしに両手に5つもゴールドリングや、宝石をつけている。
本当に
茶色の髪はバッハみたいな見事な巻き毛で、顔もどこか音楽室に飾ってあった、バッハの肖像画に似ている気がした。
それに護衛もついていた。
茶髪バッハさんの右隣りの一歩後ろに、相撲取りのような太った男が立っていた。
トーマスギルド長のようにニコニコ笑みを浮かべているのだが、どこか様子を伺うような目をしていた。
左隣にはやはり少し下がって長身の四角い体型の男が立っていた。
無表情で目が引っ込んでいるところが、怪優ボリス・カーロフ演じる、フランケンシュタインの怪物を思い出させた。
2人が注視しているのは俺を通り越して、後ろのヴァリアスに違いない。
横を向きながら奴もそれは感じ取っている。
その両者の直線状にいる俺は、なんだか落ち着かない気分になった。
「君、これはどこから仕入れてきたんだ?」
バッハさんの問いかけに緊張が解けた。
「私の国からです。たぶん名前を言ってもご存知ないと思いますが……」
村長の事もあるし、ハッキリ言うのは避けよう。
「これは綿に似ているが違うな。もちろん麻なんかじゃない。それなのにこの柔らかさ、それにこの織り方、テリー織りじゃないのか?」
「テリー織り……ですか? うちじゃパイル織りと言ってますが」
しかし綿じゃないのを見破ってる。それポリエステル製だからなんて言えばいいのかな。
「そうか? 確かによく見ると少し違うか。テリー織りは南の方の某国の名産物なんだ。しかしよく似ているな、これは」
何本か広げて見比べながら
「こんないい生地をたったの500エルとは………」
バッハが俺を射抜くように見た途端、両サイドの2人も俺に視線を向けた。
感じる!
俺を解析しようとしている触手が伸びてきているのを。
俺の頭や顔、体や手足全体にまとわりついて、どこか内部に入り込める隙間がないかと蠢いている。それとは別に俺の一挙手一投足を見逃さずに、何かを探ろうとする探知に似た気配が、膜のように張り付いてくる。
おそらくこのバッハが解析能力者だ。他の2人は探知か索敵能力者だろう。
今まで気づかなかったが、やられるとこんな何とも言えない不快感を感じるのか。
だがもちろん護符の力で、絶対に解析はされない。されちゃ不味い。
なかなか解析できないせいだろう。
少しの間、バッハは俺のほうをじーっと見ながら、見えない触手をまとわりつかせていた。
「あの、そんな大げさな物じゃないんですけど。私の国では布は安く生産されてるので……」
もう何回言ったかわからないセリフをつい呟いた。
その言葉にすっと触手が引いていく。
「君、もしかしてこの国の布の価値を知らないのかね?」
「え、ええ、まぁこの国には新参者で……。物価とかもよくわからないので、とりあえずこちらで商売の手始めしたところなんですけど」
「なんてことだっ! 価値もわからず商売をするとは、愚かにもほどがある」
そんな事言われてもなー。フリーマーケットなんだからいいじゃん、適当で。
「しかし、この布がどうやらどこか知らない国の物だというのはわかるぞ。このタグに書いてあるこの記号と図、ただの模様ではなく、どこか異国の言葉なのじゃないのか?
これとこれは少しづつ違うところがあるが、どこか規則性があるように思える」
と、『ポリエステル100%』と『ナイロン・ポリエステル・綿混』のタオルを目の前に突き出した。
へぇー、解析能力だけに頼らず、ちゃんと自分の頭でも分析してるんだな。
意外とやるなこのバッハさん。
「そうです。そこに書いてあるのは、素材と洗濯方法が書いてあります。そっちの白いタオルには綿が少しだけ入っているんです」
「そうだろう、そうだろう」
自分の推論が当たっていた事に気分が良くなったバッハさんは、ふんふん鼻を鳴らすと、今度は横の古着を手に取った。
「こっちは綿だな。この首回りの伸縮性、ゴムが使われているのか ?! しかもこの縫製技術の精密さ……ぬぬぬ」
トレーナーを握って唸るバッハさん。ガバっと顔を上げると
「君の国の名は? それはどこにあるんだ」
「すいません、仕入れ先は言えないんです」
なんだか言ってはいけない気がした。それにこういうのは商売上よくある事だよな?
また探るように俺を見たが、またフンと1つ鼻を軽く鳴らすと
「そういう事は引っかからんか。商人にとって仕入先を隠すのは当然だからな」
良かった、納得してくれた。
「ではこちらで勝手に調べるとするか。ここにあるタオル全部頂こう。そっちの古着もだ」
「えっ全部ですか?」
「そうだ、それぐらい手持ちであるぞ。なんなら色をつけてやってもいい」
それを聞いて慌てたのは、横でゆっくり古着を選んでいた3人だ。けっして買うかどうかを迷っていたわけではない。
少ない手持ちで、どれを買うかを考えていたところだったからだ。
ここの庶民にとって500エルは決して小金ではない。
食堂で2杯のエールが飲めるし、明日のパンを焼くための黒ライ麦粉(黒パンの原料)が約4㎏買える。
庶民用の安い水増しのハチ蜜だって1瓶買えるのだ。
どうしてもじっくり熟考してしまう。
「ちょっと待ってください。こっちのお客さんが先だから、先に選ばせてください」
「ナニッ、そんないつまでも迷ってるなら、買う気がないのじゃないのか?」
「買うよっ! 買いたいんだけど、こっちのシャツにするか、ズボンか迷ってんだよ」
3人のうち1人が言うと、他の2人もウンウン頷く。
「うぬぬぅ、それなら両方買えばいいものを……」
「あのっ、タオルは他にもまだありますから、そっちも見ますか?」
俺はバッハさんの気を逸らそうとした。
「まだ あの箱に入ってるのか ?!」
さっと後ろの段ボールを擬視するバッハ。
危なかった…………。
さっきまで空っぽだったその段ボールには、今30本くらいのタオルが入っていた。念のために出しといて良かった。
バッハが解析能力者だとわかって、俺は触手が引っ込んですぐに、ヴァリアスにテレパシーで連絡した。
空間収納を気付かれたくないので、段ボールの中に俺が収納を開けて、奴に中身のタオルを出してもらったのだ。
本当なら自分でやるべきだが、まだ手を使わずに収納から任意の物を取り出すという方法が出来ないからだ。
「ぬぬ、この箱の断面の作りはなんだ !?」
今度は段ボールに興味を持ったようだ。
*****
「うむうむ、馬を休ませる間の暇つぶしに覗いてみたのだが、ガラクタ市とはいえあなどれんな。玉石混交とは良く言ったものだ」
段ボールごと買い取ったタオルや残りの古着を見ながら、バッハさんは悦にいりながら頷いた。
代金は27,500エルだったのだが、釣りは要らないと大銀貨3枚で払ってくれた。
「どうも有難うございます。おかげで在庫がはけました」
この調子だとタオルが絶対売れ残ると思っていたが、おかげでキレイに無くなった。
「ワシもいい買い物させてもらった。礼を言うぞ。しかして君は、もう少し商売を学ばねばならんな」
わざとらしく眉をしかめて見せた。
「はい、勉強します。ちなみに聞いてもいいですか?」
「なんだね?」
「もうお売りしたので返せとは言いませんが、そのタオルってこちらでは幾らぐらいの価値があるんですか?」
よくこんな大胆な事聞けるようになったな俺。
「ふん、そんな事を言えると思うか?」
ですよねー。ちょっと聞いてみただけですよ。
どうせそれ、高価格で転売するんでしょ?
「だが、今日は他にも貴重な品の取引もある良い日だ。特別に教えよう」
そう言って上着のポケットからハンカチサイズの布を取り出して見せた。
「これは例の某国のハンケチーフだ、その生地と織り方がよく似ているだろう」
確かにその布地は柔らかい生地だったが、裏面に細かいループ状の糸が密集していて、表面には金銀の刺繍が施されていた。
いわゆるタオルハンカチの高級品みたいな感じだ。
「素材は上質の綿だ。だからそのタオルとは素材も違うから比ぶべくもないのだが、これ1枚で大銀貨5枚だ」
はいっ? ペルシャ絨毯じゃないよね。刺繍ばっちり入ってるけど、これ1枚50,000エルかよ。
銀座の一等地じゃあるまいし。
「まあ、この価格には税金や輸送費もだいぶ入っているからな。君のこのタオルはそういった費用は入っていないのか?」
「一応、税は入ってます……」
消費税が。
「それで元手が取れるのか? そんな商売しているとすぐに立ち行かなくなるぞ」
「ご忠告ありがとうございます。あともう1つ聞いてもいいですか。鏡とかもやっぱり高いんですかね?」
「ああっ? 鏡も売ってたのかっ?!」
またバッハさんの鼻息が荒くなる。
「いや、今度売ろうかなっと考えてまして……これくらいの装飾無しので」
俺は両手の親指と人差し指で四角を作った。
すでに2つ売ってたなんて言ったら、ぶっ飛ばされるかも。
「ううむ、全く本当に物を知らんのだな。ガラスが高価なのは知っているか? 質によってずい分価格が違うが、もし透明度の高い、歪みも気泡もないガラスで作ったのなら、まあ鏡単体で大銀貨1枚分(10,000エル)は下らないだろうな」
すいません、大銅貨5枚で売ってました。
そういえば王都やギーレンで見たガラスも、少し曇りガラスだったり、気泡が入っていたのばかりだった。
後日、一般市民が利用する雑貨屋で見たら、曇りや歪み・気泡が所々ある、末端の弟子が作った失敗作としか思えない手鏡が普通に売られていた。それでも銀貨2枚(2,000エル)の表示があった。
すいません、今度売るときはちゃんと市場価格調べます。
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