第21話 ドラゴンにお礼をする その2


【――ま、まだ何か御用で?】

 ドラゴンはまた体を強張らせながら聞いてきた。

「ああ、お前 巣を変えようとしてたろ? 別に変えなくてもいいぞ。

 それに何処に行こうともわかるから無駄だしな」

 ヴァリアスが凶悪な笑みを浮かべて言う。

 どうして脅しから入る? また怯えさせちゃったじゃないか。

「とりあえず巣に戻るぞ。翼たため。元の巣に転移するから翼痛めるぞ」

 ドラゴンが慌てて翼を畳みこみ終わると同時に、俺達は転移した。


【え――本当に移動した――?!】

 巣の中は穴がぽっかり開いているせいで光が差し込み、灯が必要なかった。

「その前にな、お前は汚物処理が不十分だ」

 ヴァリアスはそう言うや、オドオドしているドラゴンの横を通り、奥に行った。

 そこにはたくさんの蔓や枝が重なっていた。

 さっきは気が付かなかったが、そこからあの変な臭いが一番強くしている。


 するとそこに溜まっていた蔓草や土もろ共、一塊になって宙に浮かび上がった。

 そしてそのまま開いた穴から飛び出していく。跡にはぽっかり大きなクレーターが開いた。

 そこに今度は周りの壁から土が勢いよく入ってきて、あっという間に平らになった。

 すると奴がさっきの石灰の入った樽を置いた。


「お前あれで臭いを消せてたと思っていたのか?」

【……あの一応、ミント蔓とか香木を撒いて、土もかけてたんですけど……わかります?】

「駄々洩れだ。あれじゃ索敵しなくても鼻の良い奴なら、ここを見つけるのは容易いぞ」

【あっ そう言えば、ここに来た4人組のうち1人は獣人でありました。そういう事かぁ……。

 自分、臭いに慣れてしまってわからなくなってたんですね……】

 汚物処理って、この臭いの元はドラゴンのトイレか! だからアンモニア臭かったんだな。ドラゴンの臭いかと思ってたけど、そういや近寄ってもドラゴン自身は臭わなかったもんなぁ。


「あ……お前の糞尿も、人間共が薬の材料にするんだった――」

 ヴァリアスがちょっとしまったっという顔をした。

「えっ そんな物も売れるの?」

「まぁいいか、今回はワームの餌で。とにかくお前今度はこれを土に混ぜろ」

 ドラゴンに向き直って樽を軽く叩く。

【これ……石灰ですね】

 クンクンと樽を嗅いだドラゴンが言った。

「そうだ。人間達も死体を埋葬するときに良く使っている。ハーブより全然効くぞ」

 例えがいちいち怖えんだよ。でも土葬だったらそれが当たり前なのか?

【わかりました。使わせていただきます】

 ドラゴンは大きな頭を下げた。


「あとな、戻ってきたのは別の用だ」

 そう言って収納していた酒樽を次々と出していく。

 ドラゴンの前に酒樽がいっぱいになった。

【これは………お酒でありますか?】

 スンスンと樽の匂いを嗅いだドラゴンが言った。

「そうだ。お前に持ってきた。とりあえずワインとブランデーにしたが、好みじゃないか?」

【いえいえ、トンデモない!自分、酒は何でもイケます! ………でも何ででありますか?】

 ドラゴンは大きく顔を左右に振った後、恐る恐る聞いてきた。

「コイツがな」

 ヴァリアスが俺の腕を掴んで前に引っ張り出した。

「貴重な物を貰ったから、礼をしたほうが良いと言ったんだ」


 ドラゴンは頭をゆっくり突き出して、マジマジと俺を眺めてきた。

 慣れてきたとはいえ、あらためてこんな間近で見られると腰が引ける。

 しかしそれと反して、俺の姿を映すその瞳が猫目石のように美しいと感じた。


 右の瞳が鮮やかな深紅、左の瞳がまさしく黄金色をしていた。あらためてよく見ると赤眼には金の、金目には赤の、それぞれの光彩に差し色としてきらびやかな筋が入っていた。

 縦になっている瞳孔の色は、黒ではなくヴァリアスのようにそれぞれの瞳の色が更に濃くなった色だ。

 瞬きをするたびに表面が潤いを帯びて艶やかな光を放つ。

 きっと眼球も凄く高く売れるんだろうなぁと、ふと不謹慎な事を考えてしまった。


 ドラゴンはそっと俺から顔を逸らすとまた酒樽の山を見たが、何か躊躇(ちゅうちょ)しているように見えた。

「どうした。毒でも入っている思うか」

【いえ、もし貴方様がその気なら自分はどうやっても逃げれませんから。ただ……】

「ただ?」

【……本当に頂いていいのか…正直戸惑ってるであります】

「そりゃそうだろうな。まぁお前は前回の借りもあるからな。たまには良いだろ」

「うん、彼の言う通り、色々お世話になっちゃったから、寝酒にでもしてよ。俺もあの牙1本は売っちゃったけど、もう1本は凄く気に入ってるから大事にするし」


「そうだ。肴にこれもどうだ」

 そう言うとヴァリアスは空中から、あのワニもどき3匹を引っ張り出して地面に置いた。

【えっこれも良いんでありますか?】

「ああ、魔石は取ってあるからな。生でもいいが、焼くとまた旨いぞ」

 生って、ワニを生で食べた事あるのかな。こいつならやりかねないか。俺は1人納得した。

 ドラゴンは置かれた酒とワニと俺達を交互に見ていたが

【ちょっと失礼致します】

 と横に体を逸らした。


 すると今度は首を地面に平行にして【ゲェッグェッ】と何か喉に詰まったような声を出し始めた。

 するうちに喉元からこぶ状のものが上がってきて、口中に出るとそれを手に吐き出した。

【こんなモノも役に立つでありますか?】

 そう言って俺に差し出してきたのは、直径40cmくらいの大きな黒赤の艶やかな珠だった。

 

 重っ! かなり重いぞ。身体強化するのが遅れてたら腰がやられてかもしれない。

 表面は滑らかだがゆるやかに起伏していて、あのワニもどきから出たものに形が似ていた。

「ほう、なかなか立派な魔石だな」

「あっ やっぱり魔石なの。自分で出せるもんなの? 出しちゃって大丈夫なのか??」

「前に言った東のドラゴンと同じだ」

【ええ、自分も何個か出来るので、たまに喉に近いところに上がってきたのは、こうして吐き出してるのであります。出したものはそのままかみ砕いて食べるのであります】


 エッガー副長が聞いたら卒倒しそうだな。

 しかしこれも牙同様、凄く綺麗だな。黒い水晶のような中に、深紅の蔦や花弁のような模様が、形を変えながらゆっくりと回転して動いている。

 まるで黒と赤のガラスドームのようだ。


「有難う! 十分価値あるよ。そういや名乗ってなかったよね。俺は蒼也。彼はヴァリハリアス。で、君はなんて言うんだい?」

【自分にはというか、ドラゴンに名前は無いであります。強いて言うなら、生まれた土地か住んでいる土地名を付けて呼びます。

 自分は仲間内からは≪ イージス谷の黒のオッドアイ ≫と呼ばれてるであります】

【自分の親父は≪ ヴォルワル山の黒金目 ≫で、お袋は≪ ゴーゴン火山の爆裂の赤 ≫と呼ばれてました】

 お袋さん激しそうだな。


「確かにそのレッドの雌は結構強い個体なようだな」

 ヴァリアスも俺と同じ事を考えたのかそう言ってきた。

「普通はな、同系列じゃないと子は出来にくいんだ。出来ても優性遺伝するから、ブラックとレッドだと大抵ブラック優先に遺伝子情報が受け継がれる。

 だからコイツみたいに、レッドの遺伝子がここまで発現してるのは珍しいミックスなんだよ。

 お前と同じレア種って事だ」

 せめてハーフって言ってくんない?


「えと、もう両親とは会わないのかい?」

「蒼也、巣立ちしたら普通動物は親と一緒にいないだろう? ドラゴンも通常単体で生活してるから、発情期と子育て期間意外は通常1匹だ」

 そうか、人間だけだな。大きくなっても親子関係を引きずるのって。


「それにしてもお前も自分の価値がわかってないな。今度また人間共が来て面倒な事にでもなったら、その魔石でもくれてやれば大人しく帰るかもしれんぞ」

【そういうものでありますか………】

 ちょっとドラゴンは感慨深げに上を見た。


「お前、もう棲み処は変える気はないな?」

【え、ええ、当分必要なくなったであります……】

「じゃあ、入口を塞ぐぞ。蒼也、土魔法でやってみろ」

「俺がやるの?」

「そうだ。ちょうどいい練習になるだろ」


 俺は崩れた土砂のほうにいってみた。

 入口の外にだいぶ広がって山崩れのようになっている。

 これをまた積み上げるのか。強めに固めたほうがいいのかな。

 とりあえず固い塊をイメージして入口にガラガラ積み上げていく。

 生活魔法の火、水、光はよくやっていたが、土はあんまりやっていない。慣れてないせいか、なんか水を扱った時より重いというか、力がいるな。


「蒼也、積み上げる前に明かりを点けとかないと、暗くなるぞ」

 はい、はい、うちの家庭教師は細かいね。

 ぽうっと灯りを打ち上げた。

 中がしっかり明るくなったので、あらためて岩の積み上げをする。

 一度に動かせる土の重さは、10~20キロぐらい。

 だが、徐々に操作に慣れてくると、より多くの土砂を動かせる手ごたえを感じてくる。

 内側は特に圧力をかけて硬くする。上部分は少し開けて、最後に外側が不自然じゃないように普通の土をかけておいた。


「こんなもんかなぁ……」

 俺はちょっとその場にしゃがんだ。

 かなり疲れた……。

 2Lのペットボトル5,6本持って、全力ダッシュで階段を何十階も駆け上がったみたいだ。

「まぁ、こんなもんだろ。だけど今の力技で動かしてただろう。それだと魔力と体力を多く消費するぞ。こういう場合は、完成イメージを先に作ってからやったほうがいいぞ」

「そういうの先に言ってくれるかぁ……」

「やってみないと違いが分からないだろ?」


 俺はちょっとよろけながら立ち上がると、ドラゴンのところに戻ってきた。

「魔法で積み上げちゃったけど、これ出るとき崩せるよね? もし硬すぎてたら直すけど」

【これくらい簡単であります】

 ドラゴンは即答した。

 一番厚い部分は3メートル以上あるんだけど、さすがドラゴン。


 と、突然、洞窟内にあるメロディが鳴り響いた。

 アランドロン主演の『太陽がいっぱい』のテーマ曲。俺のスマホが鳴っていたのだ。

 見ると登録していた派遣会社からの着信だ。

「ちょっとゴメン」

 俺は慌てて土砂のほうに行ってスマホに出る。


「東野さんですか? 上野○○○派遣の杉浦です。今お話しして大丈夫ですか?」

「はい、はい大丈夫です。また新しいとこありましたか?」

 俺は話し終わってスマホを切るとヴァリアスに言った。

「派遣の仕事、希望出しといたとこが1件、面接してくれるって。これから派遣会社に、話聞きに行きたいんだけど、帰っていいか?」


 スマホを見るとあちらは午前11時22分らしい。ホントにそうなのか心配になるが。

「わかった。ここに亜空間の門を開けるぞ。コイツに見られても構わないしな」

 そういうとヴァリアスは土砂の横の土壁に右手を掲げた。

 するとそこに高さ2メートルくらいの楕円形の霧の塊が現れた。


「じゃあな、オレ達は急ぐからこれで帰るが、お前もドラゴンハンターに気を付けろよ」

 ヴァリアスが先に入る。俺もすぐに入ろうとしてドラゴンに振り返った。

「今日は何度もゴメンな。俺達狩る気はないから安心してくれ。じゃあお休み」

 1回目と同様呆気に取られてるドラゴンを後に霧の中へ入った。


 来たときと同様、出たところはアパートの玄関だった。すぐスニーカーを脱いで部屋に入る。

 時計を見るとアナログ時計は11時22,3分くらいを指していた。念のためテレビをつけると時刻も当日金曜日の日付で11時23分となっていた。

 ベランダに出ると外は相変わらず晴れているが、洗濯物は乾いていなかった。

 本当に凄いな。あの怒涛の2泊3日がたったの1時間くらいしか経ってない。


「今から行くのか?」

「ああ、こういうのは早いほうがいいからな」

 俺はパーカーを脱いでジャケットを羽織った。なんだか行く前より涼しい感じがする。あちらとの温度差のせいかな。

「だから悪いけど今日はもう行けないぞ」

「構わん。初日にしては良くやったほうだ。こっちではお前の守護霊と交代するから、俺は一旦帰る。後で改めて連絡する」

 そう言ってヴァリアスはコートから何か取り出した。


「それって俺の前のスマホにそっくり」

「ああ、複製した。こっちは通信のみだが、これでお前に前もって連絡できる」

「あっ! いつの間に」

 見ると俺のスマホのアドレス帳にヴァリアスの電話番号があった」

 日本の電話番号じゃない+記号から始まる番号だったが、これで通じるのか? 

「まぁいいや、突然来るより連絡してくれた方が良いし」


「何処まで行くんだ?」

 玄関で革靴を履いている俺に訊いてきた。

「上野だよ。この間のハローワークに比較的近いところかな」

「そうか、あそこならわかるから送ってくぞ」

 結局転移で跳んだのは、ハローワーク2階のトイレだったが、時間短縮になったからもう文句は言うまい。

 俺はそこでヴァリアスと別れた。



 **************



 一体何だったのか。

 昼間のように明るくなった洞窟でドラゴンは独り思った。

 宙に浮いた灯りは煌々と明るく、しばらくは消えそうになかった。たぶん夜までには消えるだろうが、そうでないなら消してしまえばいいのだから、これは問題ない。

 今気になっているのは無論、先程までいた2人組のことだ。

 鱗目当てだけで帰ってくれて、命まで取られなくて良かった。思い出すとブルッと身震いが起こった。

 こんな風に恐怖を感じたのは、自分が幼体の時、兄弟喧嘩をしてお袋に怒られた時以来だ。

 弟を強く噛み過ぎて、お袋に尻を焼かれた。

 あの時初めて薬草の世話になったんだった。


 あの人間―――いや魔族か? 100年以上前に会った時も感じたが、あの圧倒的な底知れない魔力量と覇気、他にも今まで感じた事のない恐ろしい気配がした。

 アレは絶対会ってはいけないモノだと本能が伝えている。アレに狙われたら、そこそこ強者を誇る自分も一巻の終わりだろう。

 今日は運が良かった。

 あと頭の黒いほう、魔力量は人間の中ではややある方なのだろうが、自分からしたら全然気にかける程度ではない。

 が、何か人間とはまた違う得体の知れない匂いがした。表面上は友好的だったが、侮れない。


 それに―――置いていった酒樽とグレンダイルを見る。

 昔、自分を神と崇めた一部の人間が、生贄や酒をくれた事があったが………今回は意味が違う。

 じーっと眺めていたがおもむろに酒樽を一つ取り上げると、蓋を爪で押し開ける。


 ちょっと舐めてみた。

 確かに毒はこれには入っていないようだ。他のも一応毒の気配はしない。

 ちょっと躊躇したが、一口あおる。


美味うまっ!】

 久しぶりのワインは喉元を通って胃袋に染みわたった。ふくよかな香りが鼻腔に広がる。

 もう一口飲んで樽は空になった。他の樽を手に取る前に、ふとグレンダイルを掴む。


 生でもいいが今回は言われたとおり焼いてみるか。

 ドラゴンはグレンダイルを包むように、黒い霧のようなものを吐いた。

 これは親父とお袋から遺伝したブレスが混合したもので、獲物を中で蒸し焼きにできる。

 一回覆われたらそれ以上のブレスか、出した者以外消すことができない獄炎の黒い霧だ。

 狭いところでも使えるからこういう場所では便利だ。


 考えてもどうしようもない事は、ひとまず置いておこう。

 下手に不安を抱えて怯えて生きるより、今をどう楽しく生きるかが重要だ。

 酒のおかげでまたひと眠り出来そうだ。


 ドラゴンは、肴が良い具合に焼けるのをじっと眺めながら、もう1つの樽に手を伸ばした。

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