第20話 ドラゴンにお礼をする その1
朝からドタバタしてさすがに腹が減った。
食堂を探すと、広場近くの店はほとんど夕方まで閉店になっていた。日本では12時昼のイメージがあるがこちらでは朝が早いので、昼は10時から12時がピークらしく、ほとんどの店が1時で一旦“準備中”になってしまうらしい。
探すのが面倒になってしまい、朝出た宿を再び覗くと中の食堂は営業中だった。
またここに入る事にした。
席に座ってやっと落ち着いたので、改めて気になっていた事を話す。
「しかし鱗を寄贈するなんて思ってもみなかった。始めからそのつもりだったのかい?」
「ああ、相手が領主とわかっていたからな。さっきも言ったとおり、印象を良くしておくに越したことないだろ。
それにただの金持ちならふっかけてやっても良いが、アイツらの金は民の血税だからな。今回かなり大金になるからやめたんだ。間違いなく領民にしわ寄せがいくだろうから」
「え……そんなちゃんとした事考えてたんだ」
「それぐらい ――― というかオレを何だと思ってるんだ?」
確かに日本でも税金を、ろくでもない事に使って問題になってるけど、ここでは足りなくなったら即、領民から搾り取ることになるんだろうな。
「そうなると俺が売った牙とかも、もしかすると領主が買うかも知れないんだよな。だったら嫌だなぁ」
間接的にも誰かの不幸に繋がるのは良い気がしない。
「ああいうのは良いんだ。ギルドが転売するなら中間業者が入るから、市民にも利益が回るんだよ。それにそのほうが税の使い道が公開されやすい。
領主が買う場合、いくら使ったか民にわかるから公金を使いづらくなる」
もっとも気にしない奴もいるけどなと付け加えた。
「じゃあ共済に寄付したのも、組合員の為なんだな」
見た目はアレだけど、やっぱりちゃんと人間の事考えてやってるんだな。
「あれはギルドの印象を良くするためだ。始め怖がらせて、後で優しくすると好印象を持つだろ?
そういう事だ」
サメ男がニヤっと右の口元から牙を見せた。
エェッ! せっかく感心してたのに、やってる事がインテリヤクザのそれなんだけど。
「言っとくけど、今言ったやり方はオレが考えたんじゃないぞ。知識の神の使徒に知り合いがいてな、ソイツが言ってたんだ。お前の話をしたら興味を持ってたようだが」
本当にバックにインテリヤクザもどきがいたのかよ。
ていうか、俺の事どんな風に言ってるんだよ。なんか怖えよ。
「冷めてしまうから早く食え」と軽く皿を弾いた。
ヴァリアスは3杯めのラガーを飲んでいる。
俺は果実水を飲みながらふと考えていた事を口にした。
「今朝のドラゴンさ、あいつ魔物だけど話できたじゃないか。そういう話合いが出来る相手に対して搾取するだけって、なんか悪い気がしてさ」
「ん? ああ、成程な」
「わかってくれるか?」
「つまり、怖がらせっぱなしじゃなくて、餌もやったほうがいいという事だな」
「違うっ!! 一緒にすんなよ――!」
ちょっと大きな声になってしまい、3,4人に振り返られてしまった。
俺は声をひそめた。
「俺が言いたいのはギブ&テイクってことだよ。何か貰ったらお返しする。そうすればお互いウインウインじゃないか」
「蒼也、お前面白い考えするな。確かにオレもアイツは前回の事もあるし、ちょっとは気にかけてやろうかとは思っていたが。
成程そういう考え方もあるか」
「うん、だから何か今度持って行ってやろうよ。例えばお酒とか」
酒の為に街を襲うくらいだから、酒好きなんだろう。
「それは良いかもしれんな。ただそれなら急がないとアイツ、棲み処を変えるかも知れないぞ」
「えっ何で?」
「一度狙われた場所で安心してまた寝られると思うか?アイツかなり怯えてたからな」
あんたが脅し過ぎなんだよ――。
「索敵すれば居場所はわかるが、巣を変えてる最中じゃ落ち着かなさそうだしな。
どうする? すぐ行くか?」
「そりゃ、行くしかないだろ」
言いだしたのは俺だけど、なんかまた慌ただしくなってしまった。
まずは酒屋を探すことにする。あの図体じゃ大量にいるだろうから、大きな店とかが良いかもしれない。
どうやって探そうと思ったらヴァリアスが「検索してみろ」と言ってきた。
「索敵じゃなくて?」
「似たようなものだ。敵ではなくて、自分の探すイメージに似てるものを感じ取るようにするんだ」
俺は言われた通りに感覚を広げてみる。
しかし俺はまだ初心者。
目の前のラガーや店内の酒樽とかはハッキリ解るが、範囲が狭い。
方向を絞ってなんとか広場の向かいの後ろの通りまで探ったが、とても街全体なんか見通せない。
結局ヴァリアスに検索してもらった。
「ここから一番近くだと、西門側に酒造直売所があるぞ」
奴が一発で答えた。
「よし、そこ行こう」
広場に出て西大通りに向かう。しばらく商店が続いたが、段々と大きな倉庫や工房が多くなってきた。
「ここら辺は職工街だ」
確かに軒先で直販売もしている革屋などもあるが、開いている間口から見えるのは、革をなめしたり、木を彫ったり、鉄を打ったりしている工房がほとんどだった。
酒屋は樽作りの工房の隣にあった。店の中に入ると中くらいの樽が棚に並び、それぞれにラベルと1pt(1パイン――ここでは約0.56リットル)幾らと表示されている。量り売りしているようだ。
種類を見ると果実酒系のお酒が主なようで、ワインやブランデーがほとんどだった。
大量に買いたい旨を告げると、後ろの倉庫に案内してくれた。
倉庫の入口は二重ドアになっていて、中に入ると外に比べてかなりひんやりと涼しかった。温度調整しているのだろうか。そしてやや薄暗かった。
壁と真ん中にそれぞれ大きな木樽が上中下と3段に並んでいる。
ついているラベルに種類や製造年月日が書いてあるようだが、俺は酒に疎くて何がいいのかわからない。
「俺、酒の良し悪しは良く分からないんだけど」
日本でも主にチューハイかビールがほとんどだから、洋酒はほとんど飲んだことがない。
「オレもアイツの好みは分からん。まぁ適当に見繕っていけばいい」
そういうとヴァリアスは軽く辺りの匂いを嗅いでいたが、急にスタスタと真ん中の列の1つの樽を指さした。
「これをくれ」
ついてきた店員に言う。
「トルニア産レッドベリーのフォーティファイドワイン(酒精強化ワイン)ですね。こちらは1バーレル(ここでは約162ℓ)、405,000エルになりますが、宜しいですか?」
「ああ、あとこれと、そっちのだ」
次々と右に左に行きながら、樽を指していくので、店員が慌てて売約済の札を樽に掛ける。
結局ワインとブランデー合わせて12樽ほど買うことになった。店員は手持ちの黒板にそれぞれの値段と個数を書き込むと、奥のカウンターに行って何やらタイプライターのような形をした、ハンドル付きの機械を操作し始めた。
レジスターかと思ったが、後で聞くと計算機だったらしい。
「お待たせいたしました。全部で9,070,704エルになりますが、端数の704エルは切り捨てさせていただきます」
≪9,070,000e≫と書いた黒板を差し出した。
これだけ買ったら当たり前だけど凄い数字。
「前金として半分ご用意頂ければ、残金は納品時で結構ですが」
「一括だ。それに今持っていくから納品しなくていい」
そういうとヴァリアスは店員に白金貨(プラチナコイン=1,000万)を1枚渡した。
そのまま売約済の札を付けたドラム缶サイズの樽を、次々と持ち上げて床に下ろしていく。
「す、すぐに御釣りをお持ちします」
ちょっと吃驚していた店員は我に返って奥に走って行った。
「まぁこんなとこでいいだろ。高級とまではいかないが、そこそこ美味い匂いがする。ちょうど飲み頃だ」
集めた樽を見てヴァリアスが言った。
「なんか俺が言いだしてアレだけど、かなりの出費になっちゃったな。申し訳ない」
さっきの鱗は寄付しちゃったし、かなりの赤字になったんじゃないだろうか。
「これくらい大丈夫だと言ってるだろう。またクラーケンでも狩れば一発で取り戻せる」
えっ、それまた俺も付き合わされたりしないよね?
「だけど、これで足りるかな? あいつの大きさからして少なくないか?」
「ドラゴンはな、見かけほどは飲み食いしないんだ。アイツだったら1回バファローを5頭ぐらい食べたら30日間くらいは動き回らなければ平気でいられるハズだ。
魔素も循環させてるからな。それにあんな体格に応じて食べてたら、それこそ、そこら辺の動物や魔物がいなくなってしまう」
ふーん、燃費が良いんだな。そういや変温動物は恒温動物に比べて、食事量がおよそ10分の1になるって聞いたことがある。変温動物じゃないって言ってたけど、魔力で体温を保つなら食事量は変温動物並って事なのだろうか。
異世界の生物体系、奥深いな。
「お待たせしました……あれ?」
お釣りを持ってきた店員は、さっきまであった酒樽が見当たらないので、キョロキョロ辺りを見回した。
もちろんヴァリアスが収納したからだ。
「安心しろ。酒は収納した。このまま持っていく」
「えっ、収納って、もしかして空間収納したんですか? あれ全部をですかぁ ?!」
え……空間収納って容量に制限あるの?
ちょっとへどもどしながらお辞儀をする店員に見送られ、店を出た。
「あともう一軒いくぞ」
「やっぱりこれじゃ足りないか?」
「いや、酒はもういい」
少し歩いて入って行ったのは、大きな石がゴロゴロしている工房だった。
半開きの戸の手前で、石をブロック状に鋸で切っていた職人に声をかける。
「ここでは消石灰を売ってるか?」
「ああ、売ってるけど小売りはしてねぇ。1樽――18ストーン(ここでの重さの単位:1St=14Pd=約114.12㎏)5,700エルだ」
「それでいい。1樽くれ」
「石灰なんて何に使うんだ?」
職人が奥に取りに行った隙に聞いてみた。
「行けばすぐわかる」
職人がゴロゴロとさっきの酒樽の半分くらいの樽を転がしてきた。
「すまねぇ、今空いている荷車が見つからなかった」
「構わん」
そういうとヴァリアスは左手で樽の縁を掴んで持ち上げ、肩に乗せた。
見上げている職人に
「釣りはいらん」
銀貨6枚を渡して工房を出る。
すぐ工房の横の道に入り、そのまた先の細い横道に入る。
誰もいないのを確認すると
「よし、時間が無いからここで跳ぶぞ」
俺が返事をする間もなく転移した。
足元が瞬時に、石畳から土の地面の感触に変わる。
俺はほんの少し眩暈を起こして言った。
「転移するのはいいが、返事ぐらい待ってくれよ。これ落下感があるから心臓に悪い」
いきなりやられると落とし穴に落ちた気分だ。そうでなくても俺の苦手なジェットコースターで落ちるときの感覚に似て、あの内臓がスーとする感じがする。
「ああ、お前は慣れてないんだったな。その時は息を吐きながら、腹を引き上げるように力を入れるといいぞ。内臓を抑えられるから不快感が軽減する」
「そういう大事なこと先に言ってくれる?」
俺達はまた、今朝来た時と同じ崖っぷちに立っていた。
見下ろすと例の洞窟の土砂崩れがだいぶ退かされ、ぽっかり穴が開いている。
「あっ 遅かったか?!」
「まだこの大陸からは出てないな」
ヴァリアスが空を仰ぎ見ながら言った。
「それじゃ行くぞ、準備いいか?」
「おおっ いいよ」
俺は言われた通り、息を吐きながら腹に力を入れた。
辺りの空気が湿った匂いに変わる。
確かに腹を引き上げるとスーッとする不快感がほとんど無くなった。
転移したところは周りにまばらに木が生えている草むらで、目の前に赤い色をした池があった。
ドラゴンはそこで俺達に背を向けて水を飲んでいた。
気配ですぐわかったらしく、振り返ったドラゴンは全身の鱗を逆立てた。
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