第19話 鱗を納品する その2(大金を得る)


「それにしても凄い量ですね」

 所長があらためて袋の中を覗き込んだ。

「ドラゴンの巣に落ちてたのを拾ったんです。あとこれも見つけて」

 俺は例の遺品を出した。

「おお、ハンターの物ですな。このプレートがあれば照合できます」

「出来れば遺族の方に返して頂きたいのですが」

「わかりました。もし遺族の方がいなかったり、渡せない場合、ソーヤさんの物となりますが宜しいですね?」

 拾得物扱いになるんだな。俺はそれでOKした。そうしたらあらためて供養しよう。


「しかし、お2人共欲が無いですな。こんなに貴重な品をタダで差し出してしまうとは」

 副長がしみじみ言ってきた。

「今必要ないからだ。まぁそちらも商売だしな。その鱗、数を数えたわけじゃないから、少しそっちで手間賃に抜いても構わないぞ。どうせ鎧には十分余るだろう」


 そう言われて2人はハッとしたように顔を見合わせた。

 だが、すぐに所長が丸っこい拳を膝の上で握りしめた。

「確かに欲しいです……。個人的にも凄く欲しいんですが、……ですが、ギルドの利益を追求する前に、組合員(ここではハンターのこと)の利益に誠実でなくてはいけません。そんなピンハネするような真似は出来ません……」

 隣で副長も ふぅと溜息をついた。その様子を見ていたヴァリアスが 

「ふん、所長 お前、馬鹿真面目だな」


 そう言うとマジシャンがテーブルの上にカードを並べるように、サッと5枚の鱗を出した。

「これなら売却するぞ。そっちと違って剥がしたての新鮮なやつだ。呪術や魔具にも十分に使えるだろう?」

「あれっ それって選ぶ時見せたやつか。新鮮って、剥がしたのか ?!」

「お前が自分用に取っとくと言ってたからな。横にいった時に剥がしたんだ。

 言っただろう? 痛くしないって。アイツも気付いちゃいまい」

「これは、お売りして頂けるのですね!」

 所長の声が高くなる。

「ああ、コイツが要らないらしいんでな。オレが持っててもしょうがないし」

「どうせ俺は価値が分からないよ」

 俺の基準は気に入ったかそうでないかだからな。


「確かに新鮮でないと出ない生命エネルギーですな。色艶も申し分ない」

 副長も手に取ってつくづく眺める。

「それにしても大きい鱗だ。このドラゴンはかなりの大きさなようですなぁ」

 所長がつくづく感心したように言った。

「そうなんですよ。私もドラゴン初めて見たので、記念に撮っちゃいました」

 ちょっと自慢したくなった俺は、スマホで撮った画面を2人に見せた。


「何ですか、これは?!」

 所長がビックリして声を上げた。

 えっ、転写ってこういうのじゃなかったの? マズかった??

「これ何持ってるんですか、ソーヤさん!」

 見せたのは片翼を出したドラゴンと俺がツーショットで写っている画面だが、その時手にしていたのは―――


「これ牙ですよね!? そうでしょう? 持ってるんですかっ!?」

 あちゃ~、うっかり猫に鰹節を見せてしまった。

 ヴァリアスを見ると片眉をつり上げて

「仕方ないな。餌をチラつかせてしまったんじゃ……」

 やっちまったか 俺。

 ……しょうがない。だけど片方だけだぞ。短い綺麗な方は気に入ってるから絶対売らん。


 俺は渋々テーブルの上に長い方の牙を出した。これには副長も身を乗り出した。

「見事なもんだっ! ドラゴンの牙は何度か見た事はあるが、これはその中でもかなりの上物だぞ。剣にしたら凄い獲物が出来る事間違い無しだ!」

「私も首都のオークションで昔見た事があるくらいです。これは是非とも売ってください、お願いします!」

 所長が頭を下げる。


 俺は出した時から諦めていたので「はい、これだけなら」と承諾した。

「やったっ、やったー! 今日は大漁だっ」

 嬉々として喜ぶ2人を見ていたら、ちょっと出し惜しみした自分が嫌な奴に思えてきた。

 もっと素直に出せば良かった。


「では、いかがでしょう。先程の鱗は1枚90万で全部で450万エルでどうでしょうか?」

「前回と同じ1枚70でいいぞ」

「いやそれはいけません。安く値踏みするのは、先程のように組合員の利益を守る事に反しますから」

「わかった。ではそれでいい」

「それとこちらの牙は………」

 2人はちょっと話し合ったが俺に向き直ると

「こちらは700万エルでどうでしょうか?」


「ハイッ?! 700万??!」

「では800万では?」

「イヤッ、いやいやいや、高すぎるでしょう。たかが牙1本に」

「お前はな、アイツの価値を知らないからだ」

「はい、お言葉ですが、ドラゴンは牙、爪、肉はもとよりその内臓、血の一滴まで全身価値があります。その魔力の高さ、神秘性から神獣の次に神に近いと言われる生き物ですから。

 しかもこれはブラックとレッドのハッキリとしたミックスです。

 上位ドラゴンのミックスはレアなんですよ!」

 所長もやや興奮気味に話してきた。


 ドラゴンの鱗や牙・爪がその頑丈さ、耐性の為に主に武具に、内臓や血はそれぞれの部位によって薬や呪術の素材になる。皮は革鎧にもなるが、燃えにくく、強力な魔力をはらむので王族のマントや、薄く剥いで魔術用皮紙などにもなるらしい。とにかく使える用途がいっぱいだ。


「えと、変な事を聞きますが、その……もし本体丸ごとだったらどのくらいになるんですか?」

 俺は恐る恐る聞いてみた。

「―――以前、グリーンドラゴンが1体、オークションで売買された時は、状態も良かったので約12億で落札された事があります」

「12億……」

 えと、日本円にしてどのくらいの価値だ?? こっちの物価で考えると……。

『お前の所でも、空飛ぶヤツで高いのがあるだろ。ほら戦闘機とかいうのが――』

 ヴァリアスが俺にだけわかるよう、日本語で言ってきた。

 あれは生物じゃないぞ。しかもなんで比較対象が兵器系なんだ。

 でも有名な絵画なんかそれぐらいしたりするからなあ。


 ふとあのドラゴンが哀れに思えてきた。

 価値が高すぎる体を持った為に、食料として以外に執拗に狙われる身になってしまった。

 本人にしたら凄く迷惑な話だ。


「では700万で宜しいでしょうか?」

 700万なんて大金、日本でも持ってないぞ。俺に異存があるわけない。ヴァリアスを見たら小さくうなづいたので、悪い条件じゃないようだ。

 商談がまとまり、今朝と同様に副長が代金を取りに出て行った。


 と、トーマス所長が立ち上がり、ドアのそばの小机からB4くらいのトレーを持ってきた。

さっき入って来るときに持ってきたものだ。

「ソーヤさんはまだ仮登録のままでしたね。今回の件で正式に登録させて頂きます」

 そう言うと中からB5ぐらいの紙と羽ペンと、30cm位の楕円状の鏡のようなものを俺の前に出した。

 この間の解析道具か。紙には俺が登録の際、書いた内容がそのまま転記してあった。

「本当はランクも1つくらいはアップしたいのですが、こればかりはエリア長の許可もないと出来ませんで」

 所長は申し訳なさそうに言った。

「まずはこちらの解析鏡に手を置いて頂けますか?」

 解析か。大丈夫かな、異星人とか神様の血が混じってるとか出ちゃわないか?

 ヴァリアスを見ると軽く頷いたのでなんとかなるんだな。

 俺は鏡のような金属の上に右手を置いた。


 ちょっと間をおいて鏡に霧が現れた。

 言われて手をどかすと、所長が鏡を覗き込んだ。

 こちらから見ると何か文字と、色の付いた多角形が浮き上がって見える。それを書類とチェックしているようだ。

「確かに内容は書類と相違ないようですね。失礼ですがソーヤさんはご年齢の割にかなり若く見えますな。それはお国の方皆そうなのですか? 

 それとももしかしてご先祖の方に長命種の方がいらっしゃるんですかね? これは3代前までしか解析できませんので」

 一応 神様のことは隠されてるんだな。ちょっと安心した。

「確かに私の国の人種は、こちらの大陸の人に幼く見える事が多いようですけど……あと私、生まれてすぐ孤児になったのでよくわからないんですよ」

 うん、嘘は言ってないぞ。

「それは失礼な事を聞きました」


 そう言ってまた鏡の面を見つめると

「……アビリティは確かに魔法使い寄りですが、少しテイマ―の色も出てますね。それと狩人と……ううん? ほんの少しとはいえアコライト(神の侍者)にも色がある。

 他に錬金術師……ええっ、凄いですな。程度の差こそあれ全能力に反応が出てますよ。これは訓練次第でオールラウンダーに――」

「もうその辺でいいだろ。さっさとやってくれ」

 ヴァリアスが鏡を手で遮ると解析内容が消えた。

「そ、そうですか………まぁこれは時間を置いて、またどう変化しているか調べた方が良いかもしれませんね」


 所長はちょっと残念そうだったが、それから紙の左下を指して

「こちらにサインしてください」

 俺は言われた通りにペンで書こうとすると、インクが出ない。付けるインクは?

「こういうのは初めてでしたか? まずそのペン先でちょっと指を突いてください」

 その通りに軽く指を突くと、ペンの軸部分にスーッと赤い液体が入っていった。

 痛みは全く感じなかったが、これは俺の血か?!

「それはブッシュモスキートの口先を使っている。痛みなく血を吸い取ることができるんだ」

 それってやぶ蚊? 気持ち悪いもの使ってるなぁ。


 あらためてサインする。

 すると紙がみるみる色を変えて、白から薄い朱色に変わった。

 これが例の魔法紙で、生きている事を示す色なのか。

「あとプレートもお出しください」

 ポケットからプレートを出すと、所長は俺からペンを受け取り、軸を絞りながらプレートの上に残りの血を垂らした。

 するとプレートに書かれた文字が酸に侵食されたように、みるみる溝になり、彫られた文字のようになった。血はそのまま染み込んで消えてしまった。

「手続きはこれで終わりです。これでソーヤさんも正規のギルド組合員です。これからも宜しくお願い致します」

「こちらこそよろしくお願いします」

 俺は出されたモチモチした、マシュマロマンのような所長の手を握った。


 エッガー副長が戻ってきて俺達の前に、それぞれのお金の入ったコイントレーと譲渡証書を置いた。

「ビョーグがブツブツ言ってましたよ。大口の取引の時はあらかじめ言ってくれって」

 俺がサインしている時に、副長が所長に小声で話していた。

「確かに合計で1000万以上いっちゃったからなぁ。まぁ後で利益が出るんだから、ちょっとの間 経理主任にはやりくりしてもらおうよ」

 俺は目の前の大金貨7枚をつくづく見た。

 大きさは大銀貨と同じ500円玉くらい。だがその価値は1枚100万エル。

 さっきまで大銀貨で喜んでたのが嘘みたいだ。


「ソーヤさん、もし今すぐにお使いになられないようでしたら、いくらかハンターギルドバンクに預けられませんか?」

 俺が大金貨を眺めていたら、マシュマロマンが言ってきた。

「ギルドに銀行があるんですか?」

「ええ、多少なりとも利息がつきますし、現金を持ち歩かずとも、そのギルドカードで買い物できるようになりますよ」

 カード扱い店に限るが、デビットカードのようになるらしい。別にカードで買い物はしなくてもいいが、預金はしておくといいかもしれない。

「じゃあ400万エルお願いします」

 俺はギルドカードと一緒に大金貨4枚を差し出した。


 するとヴァリアスも自分のトレーをそのまま前に押し出したので、預金するのかと思ったら

「これを共済基金に寄付する」

「え、全部ですか ?! 宜しいので?」と所長。

「ああ、今回は臨時収入だしな」

「しかしこれ、……本当に全額で……?」

「くどいぞ。いいから受け取れ」

「わかりました。どうも有難うございます」2人は頭を下げた。


 聞くとハンターギルド共済基金と言うのは、まさしくハンターのための保険制度で、入会者の年会費と寄付、ギルドの利益から成り立っているらしい。

 ハンターが怪我や病気をしたり、働けなくなり生活に困窮した時に、この積立金から見舞金や一時金が出されたりする助け合い制度だ。年会費もランクと比例して高低差があるが、その分受け取る時もランクが高ければ高いほど多く貰えるそうだ。

 俺も一応入っておこうかと思ったが、ヴァリアスに止められた。

「お前はオレがいるから必要ないぞ」

 そういうわけでギルドバンクにだけ預金した。

 返されたプレートの裏の下に枠があり、ここに魔力を流すと残額が表示されるらしい。

 試しにやってみたら赤い字で≪4000000≫と現れた。

 もちろん本人にしか使えない。


 しかしドラゴンの素材って本当に手に入りにくいんだな。

「そう言えばさっきのプレートの人、Sランクなんですよね。他の人達のランクは分からないけど、ドラゴンってSランクの方でも狩るのはやっぱり難しいんですね」

「これはブラック系ドラゴンですからね、同じ翼竜でもグリーンとは大違いです」と副長。

「大きさが違うとは聞きましたけど、そんなに違うんですか?」

「グリーンは性格が比較的大人しいせいか、防御だけならAランク以上で対応可能です。が、レッドや特にブラックは体も大きいし、攻撃力も段違いです。個体差はありますが、Sランクが8人はいないとかなり厳しいでしょう」


 あらら、グリーンを見た事ないから比較出来なかったけど、あいつかなりヤバい奴だったのか。

「そうなんですか。初めて見た時、翼を隠してたので跳べないドラゴンかと思ってたぐらいでしたが、じゃあ相当ヤバい奴だったんですね」

 と、俺は軽い気持ちで言ったのだが、2人の顔色が急に変わった。


「かぁ、かっ、隠してたんですかっ翼を !?」と所長。

「――初め っと言うことは翼が、始めは見えなかったんですかぁ?」

 副長も声がうわずっている。

「え、ええ……手羽先みたいなのが付いていて、それが大きくなって………」

 何っ またマズい事言っちゃった俺? ヴァリアスのほうを振り返ると

「あー、あまり一般には知られてなかったかなぁ」とボソッと言った。

 ナニっ!? 今とっても大変な事言わなかったか?


「ほっ、本当に翼竜で翼を隠す種がいると言う事ですな !?」

 聞けば、普通翼竜は翼を広げている状態でしか目撃されておらず、かなり古い文献に翼竜が狭いところで、翼を見えないように仕舞い込む事があると記されているだけで、なかば伝説化していた事だったらしい。

 ちなみにグリーンは比較的小型のせいか出しっぱなしらしい。

「目撃例が極端に少ないのは………恐らくそんな奴に出くわしたら、無事に生還出来ないからだな………」

 副長がこめかみをしきりにさすりながら、呻くように言った。


「これは大発見ですぞ!! その様子を詳しく聞かせてください。グランドドラゴンと間違えたらとんでもない事になります」

 所長が唾を飛ばさんばかりに興奮して身を乗り出してきた。

 もしかするとと思い、スマホを出して確かめる。なんとか写ってるかな。

「あのこれ、見えづらいかもしれませんが」

 俺は泥人形と一緒に撮った、翼の無いドラゴンの全体像の画面を出した。

「なんて大きさだ………」

 2人が呻くように呟いた。

 俺はドラゴンの左肩の辺りをピンチして拡大する。

 くの字型の手羽先がなんとか分かるぐらいにした。

「おおぉっ!! 本当だ! 本当に鍵爪のようなモノがあるっ」


 それから2人に色々聞かれた。各ギルドや上のどこか偉い所に報告するらしい。

 この拡大した画像も何か鏡のような道具で、いわゆる本当の転写をして写していった。

 その後ギルドを出たのは1時半を過ぎた頃だった。



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