第22話 上野で買い物をする
異世界から戻ってきた次の日の土曜日、今日もいい天気だ。
明後日の月曜日に仕事の面接に行くことになった。
仕事内容はホームセンターでの商品の搬入、及び売り場での品出し等となっている。
以前の仕事とはだいぶ違うが、事務よりこういう体を動かす仕事のほうが合っているかもしれない。時給制で派遣社員ではあるが、厚生年金、健康保険加入と有給休暇など、基本的な福利厚生は揃っているようなので是非とも入りたいところだ。
そこで面接に行くときの服装だが、昨日まで着ていた秋物ジャケットでは少し寒い季節になってきた。
セーターで済ますのもいいが、初対面の印象がどうなんだろう。
俺はあまりお洒落に興味を持っていないせいか服が少ない。ちゃんとした服は冠婚葬祭用の黒スーツくらいか。
自分的にはダウンコートにはまだ早いかなぁと思う。
どうせだから冬物ジャケットを1着買っておくといいかもしれない。
俺は昼飯を済ませると、上野のほうに服を見に行くことにした。
台東区循環バスで行くこともできるが、今日は昨日より陽射しも温かいし、家からは徒歩約30分くらいなので歩いて行くことにした。
いつものスーパーの前を通り、入谷駅のある大通りに出て鶯谷駅のほうに向かう。駅手前の階段を上がり、沢山の線路を見下ろしながら陸橋を渡っているとスマホが鳴った。
ヴァリアスからだった。
『蒼也、何してる?』
「買い物だよ。仕事の面接に着る服買いに行こうと思って」
『何? ならオレも行く』
「えっ来るの……」
俺の言葉が最後まで終わらないうちに目の前の建物の間から奴が突然出てきた。
危なかった……もう少しでぶつかるとこだった。
これって急に来るのとあまり変わらない気がする。
「GPSというのは便利だな。いちいち検索しなくて済む」
ストーカーかよ――――ああ守護神だったけ。
「いいのか? 今日はそっちに行く気はないんだけど。明後日面接だし」
「オレもこちらの世界には興味ある。たまには良いだろう。服くらい買ってやる」
「いや、それは有難いけど、そんなに世話になりっぱなしなのも……」
ヴァリアスを見上げて俺はちょっと戸惑った。
なんか今日は一段と目つきが悪い。フードも被っているので不審者感が酷い。
これは職質されるかもしれない。
「あのさ……どうして今日はいつも以上に目つき悪いんだい。それじゃ職質されるかもしれないぞ」
気を悪くするかもしれないけど警察に目をつけられるのは避けたい。
「そりゃ眩しいからだよ」
あっさりした答え。
「えっ!? 人外なのに?」
「なんだよ人外ってっ。ここはあちらに比べて太陽の光が強すぎるだろ。おまけにやたら光を反射するものが溢れてる」
そう言われればあっちって初夏だって言ってたけど、晴れてても太陽が穏やかな感じだったな。
周りもレンガや木とか多かったせいか、全体的に目に優しい光量だったかもしれない。
「オレは使徒の中でも……こっちの人間にもたまにいるだろ? こういうの」
「いや、地球には鮫人間なんていないぞ。まさか人魚とか言うんじゃないだろうな」
人魚も鮫の仲間って聞いたことがある。
だけどこんな人魚だったら船乗りは絶対近づかないぞ。
「誰が魚類なんだよっ! 白子、アルビノだよ。オレは色素が元々薄いんだ。おかげで強い光が苦手だ。闇の中だったらいくらでも夜目が利くんだが」
「それってただの闇の住人じゃないのか。言っとくが地球のアルビノは一般的に視力弱いぞ。暗かったら余計見えないぞ」
こっちと原理が違うのか。
しかし白人系だからただ色が薄いのかと思ってたよ。
確かにそう言われると、いくら白人にしても白すぎるのは確かだな。青白いとかじゃなくて、普通の白子とも違う。
肌も白磁器人形というか色みがないんだよな。髪も一度も染まったことない白糸のようだ。
まさしく雪のようになんだが、そんな形容詞はこいつに使いたくないな。
うん、紙だ、紙。神だけに……。(我ながら親父ギャグのセンスの無さにへこむな)
話を戻そう。
「だけどヴァリアスならそれくらい調節可能なんじゃないのか?」
昨日のドラゴン相手に横暴振るってた奴なら簡単に出来そうだが。
「他所の星に入る時に税関を通るんだが、星間入国の際に能力規制があるんだよ。
特に地球じゃ魔力持ってる奴がほぼいないから、必要最低限しか発揮できないんだ。
短時間ならいいが、長時間出しっぱなしに使う能力は変身以外制限されてるし」
「それじゃせめて目の色を変えればいいんじゃないのか?」
「
面倒臭い人外の外人だな。
向こうからきたカップルが思い切り俺達を避けて端をいく。
マズい。職質されるのも時間の問題だ。
「おまけにオレだけ規制が強いんだ」
「なんで?」
「こっちの神界の奴らがオレのことを、軍事目的とかこっちの対立勢力に似てるとかで、税関で散々疑ってきやがった」
それって悪魔とかに間違われたって事?
今更だが神様なんで、この使徒送ってきちゃったんだろう?
「頭来たから税関でちょっと暴れてやろうかと思ったけど、一緒にいた仲間に止められたし、永久に入国禁止になりそうだったから我慢した。それで能力制限で妥協したんだ。
なんか思い出したら腹立ってきた」
そういうヴァリアスを見ると白目の部分が黒く変わって、銀色の瞳孔がまた細くなった。これじゃ疑われてもしょうがないぞ。地元でやめてくれ。
「目がおかしな事になってるぞ。元にいや、早く人間に直してくれよ」
そう言うとヴァリアスの目はすぐに人の目に戻った。
瞳孔はすごく小さくなっているが。
「そういやあの星には悪魔っていないのかい? その神様の敵みたいな……」
「反対勢力っていう意味ならいないな。主勢力に対して第二勢力みたいなのはいるが、これは管理上の主導権を持っているかいないかだけで大して変わりない。
お前のとこの国会みたいなもんだ。もちろん我が創造が主勢力だぞ」
与党と野党みたいなもんなのかな。
「あと
「地獄ってそちらにもあるんだ」
「あるぞ。星によっては拷問場とか刑務所呼ばわりしてるとこもあるがな。
ちなみにオレが
諸々の事情でな」
それってそうしないと闇の者に似てるって事じゃないのか?
神様お墨付きの悪魔寄りじゃないか。
「それにしても叩き落としたくなるなアレ…」と
忌々しそうに手で遮りながら太陽を見た。
本当に出来そうで恐い……。
確かにこんな奴、税関でスイスイ素通りさせたくないな。
「アイブラックでもやるかな。こっちでもスポーツの時に目の下を黒く塗ったりするんだろう?」
「いや、ヴァリアスがやると、それこそ戦い前の儀式みたいに見えそうだから洒落にならないよ」
なんだよそれっとブツブツ言ってるのを見てふと思った。
西洋人がサングラスかけてるのって、ただのファッションじゃないんだよな。部屋の中でも蛍光灯が眩しいという話を聞いたことあるし。
「それじゃサングラスでもかける?」
「サングラス?」
「あー知らないか。えーと、ほらあれだよ」
JR上野駅近くに来たせいもあって外国人の姿が多くなってきた。
その中にチラホラとサングラスをかけている人を見かける。
「あの目につけてるヤツ、太陽光から目を守るんだよ」
「日除けのガラス板か………」
あれ待てよ、言っといてあれだが、もっとマズい絵面になりそうな気がしてきた。
「どこで手に入る?」
「いや、その………。この近くだとアメ横とかにあったかな……」
さすがにこちらから言いだしたのに断れないか。
上野駅前を通り過ぎ、そのままアメ横商店街に入る。
土曜日という事もあって結構な人が歩いていた。
フードを被っているせいで横からは見えないが、前から来る人には避けられることが多くて歩きやすかったが。
どうせなら種類の多い店がいいだろう。確か専門店があったはずだ。
願わくば無難な大人しいのを買って欲しいのだが。
だが、無論のごとく俺の期待は瞬殺された。
店に入って中を見回してすぐに即決したのは、戦闘機のパイロットがかけてそうな大きめレンズの定番タイプ。
マフィアがかけてそうなヤツだ。いやサングラスが悪いのではないんだが。
店の人も試しにかけてるのを見て一瞬笑顔が消えたからな。
「どうだ蒼也、似合うか?」
サングラス越しに目が底光りしてる。
「うん、凄くはまりすぎて恐ろしいくらいだ。だけどそれだと底光りして見えるから、こっちのタイプにした方がいいよ」
俺はミラータイプのを勧めた。これならさすがに目は透けて見えないだろう。
「そんなギラギラ反射するのは嫌いだ」
一蹴された。もう少し自分のこと自覚してくれよ。
「これにする。これをくれ」
そのまま店を出る。なんだかさっきより避けられてる気がする。
「言っとくけど俺、警察に職質されるの嫌だからな」
俺は以前40代の頃、原付に乗っているところを事務的な職質をされたことがある。
その頃下手すると10代に見えてしまう時があって―――その時は夏でTシャツにジーンズ姿だった――スーツじゃなかったのも若く見えた要素かもしれないが、免許証を見せても親のじゃないかと、なかなか信用してもらえなかった事がある。
またそんな面倒な目にあいたくない。
「大丈夫だ。そういう気配ぐらいは力使わなくても分かるから、来たら気配を消す」
それって俺だけその場に残されるって事かな。まぁトラブルにならないならいいか。
アメ横を抜けるとユニ●ロと松●屋デパート前に出る。いつもはユニ●ロかしま●らなのだが、今回はもう少し奮発したいし、かと言ってデパートは俺には敷居の高いイメージがある。
どこに入ろうか考えていると紳士服の量販店で有名な店があった。
「いらっしゃいませ」
入ると2,3人の店員が振り返った。こういう店はすぐに店員がついてくるのが少し煩わしいのだが、見たところ先客に応対しているらしく、俺達のほうに来る気配がない。これなら落ち着いて選べそうだ。
1度、手の空いた店員がこちらに来そうになったのだが、新しい客が入ってきたのに気を取られた隙に俺ごと気配を消してくれた。
向き直った店員は少し戸惑ったようだが、すぐ新しい客の方に行った。
露払いは助かるな。
いろいろ見てツイードの紺色のジャケットが気に入った。
だけどハンガーにかかっているのが大きいサイズしかない。店員に確かめてもらうとちょうど出ているのしかなかった。
うーん、他に色違いならサイズがあるんだが………。しょうがない。別の店を探すか。
俺はジャケットを戻そうとした。
「合わせるからもう一度着てみろ」
ヴァリアスがそう言うのでLLサイズのそれをもう一度着る。肩に手が触れたかと思ったら、服が急に縮んだ。
「余分な生地の部分は削除した」
「おお、凄いな。オーダーメイドみたいだ」
ああそうか、そういう力があるの一瞬忘れてたよ。この姿見てて。
レジに持っていこうとすると、ヒョイと取り上げてカウンターに置いた。
「お支払いはカードになさいますか? それとも現金で?」
店員が聞いてきた。
「もちろん現金だ。こちらではギルドカードは使えまい」
「はっ、ギルド………ですか? それはどこのカードで?」
「すいません、現金でお願いします! 」
何余計なこと言ってんだよ。店員の頭から?マークが飛び出てるじゃないか。
てっ、結局また払って貰っちゃたよ。
頭を下げる店員にこちらも軽く会釈して店を出た。
「はぁーっ 結局また出して貰っちゃたな。どうも有難う」
「何を言う、これくらい。他の人間どもは我々にもっと尊大なものを要求するぞ。
一国一城の主になりたいとか、伝説の武器をくれとか、不老不死になりたいとかな」
「いや、そんな大それたものいらないよ。ていうかそんな器じゃないし、俺みたいな小市民が、貰えるのに慣れすぎちゃったら堕落しそうだし」
大体物心着いた頃から、人に物を買ってもらったという覚えがほとんど無い。
孤児院では配給された物をくれたという感じだったし。
そのせいか、なんだか落ち着かないのだ。
「お前本当に心配症だな。もう少し図々しくなったほうがいいぞ」
その後俺達はアメ横に戻り『二●の菓子』でいくつかの菓子を買って、帰り道 喫茶店に寄った。
ヴァリアスはコーヒーが気に入ったようで三杯も飲んでいた。うちにはインスタントしか置いてないから、今度コーヒーメーカーを用意しておくのもいいかもしれない。
喫茶店の少し暗めの、落ち着いた照明も気に入ったようでフードも脱いでいた。
だが、リラックスしたのか、瞳孔がまた太目だが月の目になっていたので俺は慌てて注意した。
月の目になると、暗い場所にいる猫のように底光りが強くなる。
マスターや他の客に見られてないか、ヒヤヒヤして俺だけ落ち着かなかった。
アパートに戻ってくると大家さんが前を掃除していた。大家さんは1Fに住んでいる60代の人の良いオバちゃんだ。
「こんばんわ、大家さん」
「あら、こんばんわ、東野さん。最近急に寒くなったわねー」
そう言って大家さんは、俺の頭の上を見上げて口を開けたまま止まった。
しまったーっ!! ヴァリアスが一緒だった。
「初めまして。私、蒼也の親戚の者でヴァリアスと申します。いつも蒼也がお世話になっております」
ヴァリアスがフードとサングラスを取り、深々と綺麗なお辞儀をするのを見て、今度は俺が固まった。
「あ、あらあらっ ご親戚の方、ああそうですか。こちらこそお世話になっております」
大家さんも夢から覚めたようにお辞儀を返す。
俺は少しむずがゆさを感じてヴァリアスを促し、そそくさと階段を上がった。
部屋に入ってつい息をついた。
「ふーっ なんだよ、口調と態度が急に変わるんだもん。ビックリしたよ」
「オレをなんだと思ってるんだ。これくらいの使い分けぐらいできるわ。お前の身辺の者達のことは把握しているからな。彼女はここの
今後ここに出入りするんだから、印象良くしておかないとな」
「でも大家さん、俺が孤児だって知ってるんだぜ。なんか不自然じゃないか」
「そのまま親が見つかったと話せばいいだろう。重要なことは伏せて、話せる事だけにすれば別に嘘はつかなくてすむし、嘘で固めるよりボロが出にくい」
「だけどよりにもよって親戚かよー」
俺は頭を掻いた。
「まんざら嘘じゃないだろ。お前は我々創造神様の眷属なんだからな」
ヴァリアスがそのまま部屋に入っていったので、俺はさっきコンビニで買ってきた缶ビールを
「変に怪しまれないように話しておいた方がいいだろう」
奴は座り込むと同時に缶ビールを開けた。
いや、まず第一印象で怪しまれてないか心配なんだけど。
「それにお前、家族を欲しがってたんだろ? お前の守護霊から聞いてるぞ」
「………それは結婚して、子供を作って家庭を作りたいとは思ってたわけで………なんか違う……」
でも考えたら俺、魔法とか使えるようになってますます地球人離れしてきた。
もうこちらでは家族は持てないかもしれないなぁ。
あちらならそれ程珍しくないかも知れないが、異邦人の俺が結婚出来る保証はないしな……。
**************
その夜7時頃、俺が夕食に野菜炒めを作っているとドアをノックする音がした。
出ると思った通り大家さんだった。手にタッパーを持っている。
「これね、多く作っちゃったの、肉じゃが。良かったら食べてね」
大家さんは俺が独身なのを知っていて、たまにこうしてオカズを持ってきてくれる。
「いつもすいません。ちょっと待っててくださいね」
俺はすぐに戸棚から今日買ってきた、いろいろな種類が入った『アソートかりん糖』の袋を出す。
「これ多めに買ったんで良かったら」
大家さんが、かりん糖好きなのは知っている。
1階の部屋にはいつも、炬燵の上のお菓子皿にかりん糖が盛られているのだ。
「まぁ ありがと!」
大家さんは嬉しそうに受け取ると、ちょっと声をひそめて
「今日はちょっと吃驚しちゃったわ。大きな外国人さんね。ちゃんと丁寧に挨拶されて、日本語すごく上手くて驚いちゃったわ」
えっ そっち? マフィアに見えたとかじゃなくて?!
「そういえば親戚の方って言ってたけど、東野さんて……」
ちょっと小首をかしげる。
「ええ、最近実の父から連絡がありまして、俺の所在を偶然知ったとかで。外国人で海外にいるらしくて。父の親戚の人が代わりに来てくれたんですよ」
嘘は言ってないぞ。この国どころか星も違うが海外には違いない。
「まぁ本当のお父様のほうなのね。それはホントに良かったわね」
大家さんは、かりん糖を両手に握って嬉しそうに目を細めた。
「と、言っても、忙しいらしくてまだちゃんと会えてないんですけど。
で、代わりに親戚の人が来てくれて。今後、手続きやら連絡やらでしょっちゅう来るかもしれませんが、決して怪しい者じゃありませんので」
なんかあいつを親戚呼ばわりするのに抵抗あるが、とにかく怪しくないアピールしとかなくちゃな。
「良かったわ、本当に良かったわねぇ……」
大家さんが今度はみるみる目を潤ませてきたので俺はちょっと慌てた。
以前、忘年会のときに悪酔いして帰って来て、大家さんが自分の部屋に入れて水を飲ましてくれたことがあった。
その時に俺は、プチ鬱を発症して愚痴を言い、自分の生い立ちをベラベラ喋った。同情した大家さんに泣かれてしまい、酔いがさめた俺は部屋の中でティッシュを探した覚えがある。
「東野さん真面目にやってきたから、ちゃんと神様は見て下さってたのね。……良かったわぁ……」
ええ、確かに神様、やっと見つけてくれたみたいです。
それより大家さん、握りすぎてかりん糖がバキバキ音をたててます。
鼻を啜り出したので俺は部屋にティッシュボックスを取りに行った。
でも少なくとも身近に俺の事を心配してくれる人はいたんだよなぁ。
ふと有難く思った。
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