第224話☆ もう一つの追跡劇(その1)
えぇ……、また長くなってしまったので二つに分けました💧
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
蒼也が憎悪の魔物と化したメラッドと遭遇するよりずっと前、ちょうど大改革が始まった頃に時は戻る。
4層のシャンデリアがやっとその揺れを落ち着かせてきた頃、5層での激しい突き上げも収まりつつあった。
「無事かぁ?」
闇が霧のように霧散すると、階段に逆さに転がった体勢からユーリが跳ね起きた。
「なんとかな。まったく……酷い目に遭ったもんだ」
ギュンターがむっくりと起き上がりながら答える。
あの激しい縦揺れの直後、2人は濃い闇に一気に包まれた。
何しろこの塔自体がダンジョンの主要骨格の一部分のため、瞬時に階段や壁の表面を柔らかな泥に変える事が出来なかった。
魔法に対する
そこで即座にユーリが、強い弾力性を持つまでに密度を高めた闇で自分たちを覆ったのだ。おかげで頑丈な石に叩きつけられる衝撃を、ずい分と和らげることが出来た。
とはいえ、操作しているユーリとは違って、巻き込まれた形のギュンターはまた別の災難が発生したようだが。
「もう少しで危うく窒息するところだったぞ……」
軽く文句を言いながら、ギュンターは階段に腰を下ろした。
「済まねえな。とにかくこっちも息詰めてやってっから、うっかり息するの忘れてたよ」
強い力を出すときに、息を止めることはしばしばある。
だがそれは実行者だからであって、他の者には関係ないことだ。
今回は衝撃から身を護るために咄嗟に隙間なく全身を包みこんだため、頭といわず顔、目鼻まですっかりと覆ってしまった。
息を吐いた直後に、これをやられたら堪らない。
粘膜の闇の中、相棒に
「まあ次回は気をつけるよ。とにかく助かっただろ? そいつらもさ」
そう言って、相棒の体にあちこちしがみついている、トカゲやナナフシに似た虫たちを面白そうに眺めた。
どうも相方は小動物に好かれる性質がある。本来大人しい性質が、オーラにも滲み出ているのだろうか。
丁寧に剥がされたトカゲや虫たちは、またあたふたと階段を跳ねあがって行った。
「次がない事を祈るね。そう言うお前だって引っ付いてるぞ、
と、ギュンターが自分の耳を両手で抑えた。
「ナニッ? あっ!」
ユーリの腰下に、苦悶顔のヤブルーが1本、口をもごもごさせて逆さまにぶら下がっていた。
「だぁっ、危ねぇなっ! それ早く言ってくれよ」
慌ててヤブルーの口を押さえると、ベルトに絡まっている根っこを短剣で切り離す。
ダンジョンヤブルーは、地上で動きを止めると叫ぶ時があるので厄介だった。
言い換えれば、地上のヤブルーよりそれだけ
「なに、仕留めないのか?」
ユーリがさっさとヤブルーの口部分を切断せずに、代わりに落ちていた小石を詰め込むのを見て、ギュンターは眉をしかめた。
「まあね、これは
そう言って月の目を、更に三日月にしてニーッと黒い笑みをつくった。
「……うん、まあ、確かに一発ぶん殴ってやりたいとこだが……」
強力な
「それにしても何だったんだろうな、さっきのは――おっ!?」
何気に下に目を向けたギュンターが思わず声を漏らした。
8段ほど下がったカーブの
先程までには無かった明かりだ。
これまで壁に現れる亀裂は細く小さなものばかりだった。
さっきは緊急避難するために、ギュンターが無理やりこじ開けたが、本来出入口以外はこのようなトカゲか小虫が通れるくらいしか穴は開かない。
それも向こうまで抜けているとは限らないのである。
ところが今や、民家の開いた窓のように外からの光が入って来ている。
2人はすぐに下りると穴を覗いてみた。
外には飛翔する胞子や種子は1つもなかった。
ましてやそそり立つ塔も、悠久の彼方へ霞み流れる白い霧もない。
そこには淡いオレンジ色の光に照らされた、古びた石畳と赤茶色の壁が緩く弧を描きながら伸びていた。
しかし辺りを見回そうと身を乗り出すと、思わず壁を掴むことになった。 急に通路に向かって体が引っ張られたのだ。
彼らは天井から下に向かって通路を見下ろしていた。
横を向くとシャンデリアが、揺らめく蝋燭の火を
つまり彼らは天井の内側に、横になって立っている恰好となっていた。
「また妙なとこに出ちまったな」
ギュンターがうんざりとした顔を見せた。
「どうやら4層みたいだが、こんなに穴ぼこ開いてたか? ここもおかしなことになってやしないか」
確かに彼の言う通り、石畳と煉瓦壁、無骨なシャンデリアの他には何もない通路には、以前にこれほど無かった歪んだ横穴があちこちに開いていた。
しかも壁どころか、床にさえその窪みが出現し、そのうえ罠らしき金属の一片が開いた口から露出している。
「いや、こっちもヤバいかもしれないぜ」
そう言ってユーリが、下へ顎でしゃくった。
下方の薄暗がりから、チッチッチッチッという小さな音が聞こえた来た。微かにコソカサという音も。
やがて階段のカーブから、黒いナナフシに似た虫と目の無いトカゲが現れた。
彼らはユーリ達の前を見向きもせずに、一心に階段を駆け上る。
「今のは――さっきの?」
「たまたま同じ組み合わせのが、後から登ってきたっていう可能性もあるが……」
ピッと、ユーリが指を弾くと、先を行くトカゲの胴に小さな黒いリングが巻き付いた。
そのまま上方の薄暗がりに消えて行く。
しばしユーリはその暗がりを見つめていたが、ふいに下を振り向いた。
またもや足元の方から、先程と同じ組み合わせの小動物たちが上がって来た。
そのうち、トカゲの胴には黒い輪っかが付いている。
「間違いない。『ル―プ』してるな」
「ルートが閉じちまったってわけか……」
忌々し気にギュンターがぼやいた。
シャンデリアにロープを使い、無事に歩道に降り立つと2人は辺りを窺った。
あちこちで罠が半見えになっているのが、逆に油断ならない。
敷石も地震の痕のように所々隆起してめくれ上がっている。
ふと壁際に刺さった細い金属棒に目が留まった。
「近くに発射式の罠でもあるのか」
ユーリが油断なく、伸ばせる範囲一杯に闇の触手で壁や石畳を探った。
「鉄矢……ではなさそうだが」
ギュンターもちょっと不思議そうに目を細めた。
尖った先端の逆、棒の頭の方が妙な形に捻じれていた。地球人なら『&』を思い浮かべる形だろう。
「おい、なんかあっちにもあったぞ」
付近を探っていたユーリが、10メートルほど先に刺さっているのを見つけてきた。
今度は『4』の形だ。
「お前、やたらに抜いて来るなよ。何かの罠とかだったらどうすんだよ」
目の前に突き出された鉄の棒を見て、ギュンターが思わず顔をしかめる。
「大丈夫だよ。おれだってちゃんと確認してらあ」
そうヘラヘラと笑う相方だが、その『大丈夫』が一番信用ならないと思った。
言うまでもなくこれは、昨日ヨエルがループから抜け出すために刺していった鉄串なのだが、そんなこと2人が知る由もない。
渋い顔で2本の鉄串を見比べていたギュンターだが、ふとある事を思いついた。
早速、鉄を操る能力で頭の飾りを真っ直ぐに正すと、今度は真ん中から直角に曲げてみる。
そうしてそれぞれの手に1本ずつ持ち胸の前で平行に揃えると、ゆっくりとその場で回ってみせた。
ダウジングである。
水脈や鉱脈を探すのが有名なダウジングだが、実際に探せる対象は多岐にわたる。
ギュンターはこれを使って、上に繋がる出口を探すことを思いついたようだ。
元より彼は『土』属性のスキル持ち。地形を見るダウジングとは相性が良い。
しかし鉄の棒は一方向に開くどころか、バラバラにグルグルと回転してしまった。
「これは?」
横で見守っていたユーリが訊く。
「……探知不能って事だな」
「「はあぁ~~……」」
ついため息が漏れる。
確かにいつもより気の流れが乱れているせいもあるが、まだまだダンジョンは変異の真っ最中。出現する出口自体も安定していなかったのだ。
彼らにはそこまでは分からなかっただろうが、もし神の眼で眺めることが出来たならダンジョン全体がアメーバのごとく、その形を流流として変えているのが見て取れたはずだ。
だが、諦めないユーリがまた尋ねた。
「……じゃあ転移ポートは? アレなら固定されてるはずだし、人工物だから引っ掛かりやすいかも」
「転移ポート? 忘れたのか、あそこは今使えないだろ」
ギュンターが苦い顔をした。
彼らがダンジョンに潜る際、地上ホールの転移ポートには厄介な罠が仕掛けられていたままだった。
それが蒼也によって取り外された事など、もちろん知らされてはいない。
だからギュンターとしては、あの場所は無意味なところだったのだが。
「もしすぐに出口が見つからなかったら、ひとまず今日の寝床には打ってつけだろ?
それに少なくとも水はあるはずだ」
と、ユーリは残り少なくなった水筒を振ってみせた。
サバイバルにおいて、安全な寝床を確保するのは必須である。これが出来るか出来ないかで、生存率がまるっきり違って来るとも言われるくらいだ。
そこで水まで用意できるなら言わずもがなだ。
ちょっとだけ相棒を見直した。
「確かにそうだな。お前もたまにはマトモな事言うじゃないか」
「たまにはってなんだよ。おれはいつも大マジメじゃないか」
それでかよ、とつい言い返しそうになったのをグッと呑みこんで、ギュンターは手元に集中してそっと鉄棒に気を流した。
すると今度は、ある方向に『「「』が向くと、その口を左右に開いた。
体の向きを変えてやってみても、やはり同じ方向にダウジングが動く。
「お~、なんでもやってみるもんだな」
ここに来てやっとギュンターも、少しだけホッとした面持ちになれた。
彼の頭の中ではすでに任務は消えて、無事に生還する事のみになっている。
上層部や地元貴族の要請とあっても、予想以上の異常事態にもまして脱出手段を奪われるという、まさにかけた梯子を外されたような真似をされては義理も信用も失せるというものである。
どだい命を賭けてまでやる気はない。
しかし運命というのは、諦めると何故かツンデレ嬢のように態度を変えて向こうからやって来たりする。
(*この法則は、執着を捨てるからだという説もあるが)
彼らがさっさと脱出のみに意識を切り替えたのに対し、任務の方からやって来る事になった。
ダウジングに導かれるまま歩くことしばし、ある横穴の遠く向こう側に、チラリと黒い一片が見えた。
罠に注意しながら急ぎ横穴を抜けると、向かいにあるのは紛れもなくあの転移ポートの黒い扉だった。
2人はお互いの手を掲げて叩き合った。
最悪もし地上に出る手段が見つからなくても、水と安全な場所さえあれば、一週間ぐらいは無事に過ごすことが出来る。
その間にこのダンジョンの異変が収まる可能性はあるし、それより前にあの厭らしい罠を何とかする事も出来るかも知れないと、ユーリが
あの設置されていた罠。
毒霧、スパイダーネット、折檻の檻。
それぞれに厄介な代物だが、1つだけ共通する弱点がある。
それは一度作動すると、解除するまで動かないこと。
つまり何でもいいから、何か囮を放り込み、それに寄ってたかって罠が動き切った後は、もう作動しないのである。
なんとも間抜けな話だが、通常捕獲の罠などそんなものだ。でないとせっかく捕まえた獲物を逃がす可能性が出て来る。
ここダンジョンのように、半永久的に自動運転――これはダンジョンがやらせているのだが――するような罠は意外と少ないのだ。
そもそも獲物の
問題はその囮をどうするかだが、そんな事を考える時間はたっぷりある。
それが駄目ならまた別の手を考えればいい。
ギュンターはともかく、ユーリは大概この調子だった。
おかげでどんな時でも、絶望的な気分にはならずに済んだのだが。
とにかくやっと辿り着いた安全圏。
ひとまず落ち着こうとドア認証に手をかざそうとした時、微かに漂って来た臭いに空気が塗り替えられた。
疲労と焦りの入り混じった汗の臭いに、緊張の息。
耳をすませば遠くやって来る、数人の足音と金属の擦れ合う音。
2人は同時に近くの窪みに身を隠した。
ただの遭難者なら何の問題もない。
だが彼らの嗅覚は、一般の冒険者や商人などが使用しないだろう、高級なオイルの香りも嗅ぎ分けた。
おそらく間違いない。あの伯爵の親衛隊共だ。
そしてこんなダンジョンに似つかわしくない
「あの野郎、性懲りもなく生き残っていやがったのか」
こんな面倒事に巻き込まれたのも、元はと言えば奴らのせいである。
大体、奴らが被害を大きくしたのだ。
ムラムラと怒りと共に、再び任務の内容が頭に浮かび上がって来る。
「2……いや、3人かな?」
ギュンターが耳を動かして足音の微妙な差異を感じ取った。
「何人でも構やしねえ。ヤッちまおうぜ」
好戦的なユーリのオーラに、早くも激情の赤が混じって来る。
「待て待て、相手はそこら辺のゴロツキじゃないんだぞ。1人ならまだしも装備はあっちの方が上だろ。
しかも人数も多い」
流石に状況を危ぶんだギュンターが、勢いで出て行かないように相棒の肩を掴んだ。
たったの2人だけで、反逆の徒を捕縛するということ自体が無茶な任務なのだが、元はと言えば死体の一部でもいいという話だったし、危なければすぐに脱出できる
だが今やその緊急エスケープは使えないし、ダンジョンでは不測の事態が起こり続けている。
ユーリとギュンターは13分署でも上級クラスの能力者という自負はあるが、所詮は平民の下級役人。
認識阻害作用と攻防力を
貴族の親衛隊が身に付けている高質強固な鎧、アミュレットとでは格段の差が出てしまうのは否めない。
ちなみに彼らのような職業の者が身につけている護符は、ペンダントやブレスレットのような装飾系の形状ではなく、肩と背中・胸に交差するショルダーホルスタータイプの物が多い。
胸の前に横切るベルト部分、心臓の上の位置に力を発生させる魔石を埋め込む仕組みだ。
基本的にブーストは、使用者の力を共鳴、二乗していくものなので、本人の能力次第なのだが、その魔石の質や量によっても、出せる力が変ると言っても過言ではない。
こんな危険地帯でもなるべく節約して来たとはいえ、そもそも奴らの保有する魔石とは比ぶべくもない。
「クソ、あいつらがここに来たら面倒だな」
ギュンターが鼻に皺を寄せる。
「なぁ~に、良い考えがあるよ」
ユーリがまた悪い顔をした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
また引っ張ることになってしまいました💦
ちなみに蒼也再登場は226話予定です( ̄▽ ̄;)
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