異世界★探訪記――悠久のアナザーライフ (★カクヨム版)
青田 空ノ子
第1章
第1話 運命は凶悪な顔でやってきた その1
悪魔のような風貌をした、神の使いを名乗る男が訊ねてきた。
「このままだとお前は寿命まで生きられない。だがこちらに来れば守ってやれる。
こちらに来る気はあるか?」
俺はハローワーク2階の廊下に置かれた長椅子に座りながらため息をついていた。
予想はしていた以上に仕事が見つからない。
まず登録した派遣会社から仕事は紹介されるのだが、ことごとくもう少し若い人が欲しいとのことで面接にさえ進めない。
ハローワークでもパソコンの検索画面に出てくるのは、大半が40歳以下の求人募集がほとんど。
英検やパソコン検定などのスキルがない事が痛感される。
本年54歳。年よりは若く見えるとよく言われるのだが、実年齢で弾かれてしまうのでなかなか先に進めない。
もう正社員は無理だろうけど、せめて年金とか基本的な福利厚生のあるところに入りたい。
勤めていた会社が3ヶ月前倒産した。元々小さな会社だったが、頼りにしていた得意先が倒産・不渡りを出し、そのあおりを食らったのだ。
もう11月も半ば過ぎた。
温暖化とはいえ、そろそろ木枯らしも吹いてくる頃だ。俺の人生のほうに先に木枯らしが吹きそうだ。
この冬越せるのだろうか……。
俺は両手を温めるように、まだ暖かい缶コーヒーを握りながら、目の前のドアから出入りしていく人達をぼんやり眺めていた。
「
―― わっ、ビックリした!
いつの間にか俺の右隣に知らない男が座っていた。
「東野蒼也で間違いないな」
俺はすぐに声が出ず、頷くだけだった。
男はグレーのコートの上からでも分かるがっしりとした体つき、髪はオールバックで前髪を後ろで結んでいる。
綺麗に脱色したような見事な総白髪だが、顔は30歳前半ぐらいか、まあ40前には見える。
肌の色と、目つきは悪いが銀色の目の色といい、顔つきからしてあきらかに西洋人だ。
日本語上手いな。でも誰だ?
「しかし東野というのは養子先の姓で、本当の親じゃないだろう。生まれてすぐ養子に出されたが、1年後に今度は孤児院に預けられた。 違うか?」
「………………………」
なんで俺のことそんなに知ってるんだ? 調べた? 変な組織の人?
もしかして身寄りがないからって、俺のこと狙ってる??
人身売買とか臓器売買とかにされちゃうのかっ?!
「心配するな。オレは怪しいものじゃない」
いえ十二分に怪しいです。
何しろ悪役商会:海外版のごとくの強面、その筋の方だったら間違いなくトップクラスに入ってるだろう。どこのゴットファザーのまわし者なのか。
「オレはお前の実の父親から
「えっ? 俺の父親っ 本当の!?」
まさかの違うファーザーから来た?!
そう、俺は孤児だ。本当の両親の顔どころか、名前すら知らない。
保母さんから聞いた唯一の情報は、実親のどちらかが外国人らしいという事だけだった。
確かに俺は黒目に少し青が入ってるが……。
だけどそんな事、調べようと思えば調べられないか?
怪しい………。
俺はそっと立ち上がろうとした。
がっ、俺の肩は大きな手で掴まれ押し戻された。
怖いっ! めっちゃ怖い!!
「落ち着け! 別に危害を加えに来たんじゃない。お前の存在は最近になって分かったんだ。
え……そうなのか?
「話を聞く気になったか?」
「まぁ……話だけなら……」
動揺していたせいでうっかり答えてしまった。
「よしっ! じゃあ場所を変えよう。ここではちょっと話しづらい」
外国人の男はまわりを見まわした。
「いや、俺……私、今呼ばれるの待ってので、ここから離れる訳には……」
やっぱり何かの悪徳商法か? うっかりついて行ったら危ない気がする。
「大丈夫だ。そんなに時間はかからん」
男はそう言うと立ち上がった。
「ちょっとこれを見てくれ」
男が椅子のすぐ横にある自販機横の向こう側を指さした。
何? 俺は立ち上がっておそるおそる自販機の横を覗き込んだ。
そこには壁に濃厚な白い霧に覆われた、2mくらいの空間が口を開けていた。
何んだコレ??!
次の瞬間、背中を強く押されて、俺はつんのめる形でその中に入ってしまった。
霧の中に入ると、わずかに体が浮く感覚に襲われた。
だがそれも一瞬で、急に視界が開けた。
目の前に木製のドアが半開きになっていた。
ドアの外を覗くと、急に人の騒めきが聞こえて来て賑やかになった。
外は細い通路のようだ。
が、そこはさっきまでのリノリウムの床と違って、壁や床がレンガや石で作られていた。
ナニがどうした?!
横を見るとさっきの男が立っていた。
やっぱり大きいな。身長170㎝の俺より頭一つぐらい高いから、190㎝以上はあるだろう。
「こっちだ」と男はコートに付けているフードを目深に被ると、スタスタと通路の先、人が行き来しているのが見える方へ歩いていく。
「なんだコレ………?!」
そこはレンガと石の床で出来た大広間だった。
大勢の人が行きかっていたが、日本人らしき人はいなかったし、まずその姿が異様だった。
映画やゲームで見た西洋中世の民族衣装を思わせる服や、色々な鎧・武具を身に付け、武装した白人系の人種が行きかっていた。
中には褐色の肌の女性や、耳や顔の半分が毛に覆われた、鼻や口が少し突き出し気味の、変身途中の狼男を思わせる男性が通り過ぎていった。
ゲームとかで見たことはあるが、ああいうのがいわゆる獣人というものなのだろうか。まるでゲームの世界みたいだ。
こんなの現実じゃないだろう。
俺いつの間にか寝ちゃって、夢でも見てるのかな。
俺達が出てきた細い通路を背にして、右手に窓口か受付らしきカウンターが見える。反対の左手奥には階段が上下に続いていた。
正面奥の壁際に衝立が何台か立っている。
天井にはそれぞれに見たこともない文字のプレート下がっていた。
そういえば周りで喋っているらしい言葉も英語でもないし、聞いたこともないような言語だ。
「こっちに来て座れ」
俺を連れてきたフードの男が、手前の壁際にある木製の長椅子に手招きした。仕方ないので言われるまま男の隣に座った。
「驚かせてすまなかったな。どうせ言葉で説明しても信用しないだろうから、見せた方が早いと思って連れてきた」
そう言って俺のほうに向き直った目が、猫の目のように瞳孔が縦になっていた。瞳孔自体も濃い銀色に変わっている。
普通光彩の色が何色でも、瞳孔だけは黒じゃなかったっけ?
しかも開いた口から覗いた歯が、肉食獣のような鋭い牙がサメの歯のように2重3重に並んでいた。
さっきから色々ショックの連続だったが、これが一番の衝撃だった。
「あちらじゃオレのような姿をした者がいないからな、さっきはちょっと姿変えていた」
俺が口を半ば開けて固まっているのを見て、サメ男が低音の声で言った。
うーん、夢だなこれは。夢に違いない。夢じゃないとあり得ない。
「ここは何処だと思う?」
それはこっちが聞きたいんだが。
俺は固まった体を無理に動かすように、首をまわした。
目の前を人以外に、サイに似たのっそり歩く、大きな動物を連れた人が通り過ぎていく。
こんな人混みに首輪だけで、鎖も無しって現実ではあり得ないだろう。
頬をつねっても痛かったが、傷みを感じる夢もあるから問題ないはずだ。
ちょっと怖いが夢なら実害はないから、調子を合わせてみるか。
「中世ヨーロッパみたいな感じですけど、普通の人以外もいるからファンタジーの世界ですか?」
実は俺はRPGゲームやファンタジー映画は嫌いじゃない。というか好きなほうだ。だからこんな夢を見てるんだ。
「確かにお前のいる地球に、伝説として伝承されている話に似ているだろうな」
男がゆっくり頷いた。
「ここは地球とは別銀河系にある、アドアステラという地球に似た星だ。大きさは地球の5倍以上ある」
おお、異世界というか異星か。
ファンタジーSFになったか。スケールデカいな。
「信じられないかもしれないが、お前の父親というのはな、我が主(あるじ)にしてこの星の偉大なる神々の主柱にして頂点におられる神々の長、創造神クレィアーレ様だ」
すいません。話がいきなり広大過ぎて入ってきません。俺の夢飛ばしすぎだよ。
「55年前に主(あるじ)は、地球である女性と行きずりのお遊びをされた。それが最近になって、その女性が身籠っていたことに気づかれたんだ。
我が主(あるじ)は慈悲深いゆえ、人間とはいえ血を分けたお前を心配されてオレを遣わされたんだ」
喋るたびに見える牙に食い殺されそうで、気になって話が頭に入って来ない。
ていうか、話より目の前のビジュアルの方が凄くリアルなんだけど。
「………その、ちょっと整理させてくださいよ。
俺の父親というのが俺の存在を最近知ったから、あなたを寄越した。
で、その父親というのが神様?」
「創造神クレィアーレ様だ。紹介が遅くなったが、オレはクレィアーレ様の99番目の使徒でヴァリハリアスという」
「えと、バリィハリィアス? さん……」
外国人の名前は聞きづらい。
「言いづらかったらヴァリアスでもヴァリーでもいいぞ。地上ではヴァリアスで通してるしな。
オレもお前を蒼也と呼ぶ。それにオレに敬語は使わなくていいぞ」
なんで外国人って、こう初めての相手にもフランクなんだろ。そう言われてもなぁ。
でも夢だから良いか。
「ところでお前のとこでは、人と話す時に相手の目を見て話さないのか?
さっきから目を逸らしてばかりだろ」
サメ男はその銀色に底光りする眼で、俺の顔を睨むように覗き込んできた。
すいません。あなたの化け物顔がリアル過ぎて、下手すると悪夢に変化しそうで正視出来ないんです。
俺がへどもどしながら返事を詰まらせていると
「まあいいか。とりあえず話を聞く気があるなら」
「はあ、すいません……」
なんだかいたたまれなくて、手にしていた缶コーヒーを飲んでみた。
夢の中なのにちゃんとコーヒーの味がした。
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