第47話 救助依頼

「本当はDランクでも良いとこだが」

 ヴァリアスが椅子に座ったまま言った。

「そりゃ無理だろ。俺自身自分の実力わかんないからさ、こうして少しずつ功績を積み重ねていくのが順当なんじゃないのか?」

「だったらランク試験で実力を測る事が出来るぞ。結果によってランクが訂正されたりするしな」

「やっぱり実戦とか?」

「そうだ。やってみるか?」

「それって人相手……?」

「そうだ。お前が心配してるような本物の魔物は使わないぞ」

 模擬戦かな。それならいいか。それに上手くいけばシルバープレートになれるかもしれない。

 一人前のDランクに。


「ちなみにDランクってどのくらいのレベルなんだ? 対象はオークとか?」

「オークならあのハイオークだな。あとレッサーオーガとかクリムゾンブル、凶眼鳥イビルアイバードとかだな。

 これを1人で倒せればDランクだ」

「……すまん。調子のってた…」

 なんかヤバい名前ばっかなんだけど。

 ハイオークって俺がマウント取られた奴じゃないか。あんなのベテランのマタギでも無理なんじゃないか?


「そんなことはないぞ。要はやり方なんだ。

 お前はなるべく相手を苦しませないようにするから難しくなるんだ。

 ワイバーンだってAランクに分類されているが、空から地上に引きずり落とせばBランクでも対応可能だぞ」

「その引きずり落とすのが難しいんじゃないのか? どうせ魔法耐性とかも高いんだろ」

「おお、良く分かったな。あいつらの弱点はな―――」

「いや、モンスター講座はいったん置いといて、飯にしない? 俺腹減ったよ」


 スウェットからジーンズとカットソーに着替える。

 レッグアーマーを付けていたらヴァリアスが「これ腕に付けとけ」と腕輪を出してきた。

 見ると背面を上にして、丸いΩマークみたいに湾曲している護符付きスマホだった。

「お前が寝ている間に改良しておいた」

「えっ、これスマホとして機能するの?」

 かなり薄くなっている上に、柔らかくグニャリと曲がる。

「外せば元の形に戻る。お前の腕に付けたら腕輪として巻き付くようにした。

 入浴時も寝る時も肌身離さず付けとけよ」

「それって仕事中もってことだよね。確か会社はアクセサリー系禁止なんだけど」

「じゃあ護符の部分だけ直接体に描くか、直に埋め込むぞ。実際そういう奴もいるしな」

 

 押し殺した声で、凶悪ヅラに陰悪な影をさしながら俺のほうに顔を近づけてきた。

 こいつともし夜道で出会ったら、何も言われなくても有り金全部出す事は間違いないな。

「……それこそタトゥーは禁止なんだけど………わかった。サポーターで隠すよ」

 なんか本当にタトゥー入れられそうだし、もうバッグに入れとくのはNGなんだね。

 俺は錫製の腕輪みたいになったスマホを右手首につけた。

 薄くなってるので上からアームガードをしても大丈夫のようだ。


 ベッドを見ると猫は相変わらず気持ちよさそうに寝ていた。

 窓を開け放しておけば勝手に出ていくか。


 時間は1時近かった。

 下の食堂は客がまだ1人いたが、もう閉まりかけていた。

 ギルドに行ってこの前のオークの換金もしたいし、この時間帯でやってる食堂といえば、あのファンタジアファウンテン亭の1階しか思いつかなかった。


 一番混む時間帯がずれたせいか、テーブルは半分以上開いていた。

 俺達はまた以前座った事のある、噴水が良く見える窓際の席に座った。

 

 胃の調子も良いし、とても病み上がりとは思えないくらい食欲が湧いている。

 今ならカツ丼大盛でも食べれそうだ。

 だけどここは日本じゃないから御飯物がないんだよな。

 なんかパンじゃなくてお米食べたい。日本米じゃないけどライス物で、またオムレットライスかドリアにするか。

 

 などとメニューを見ていたらサイドメニューに ≪ハーブライス (クゥルクマ味)400e≫というのがあった。解析してみると≪クゥルクマ:香草の一種 主に根の部分が食用≫と出た。

 いや、だから クゥルクマってどんな味?

 ヴァリアスに聞くと手を出し見ろと言われた。


 右手を出すと、サイババみたいに掌にサラサラと黄色い粉を少し出してきた。舐めてみると昔食べたターメリックライスに似た味がした。

「肝臓にもいいんだ。そうだ、次の薬草ドリンクに追加しとくか」

 ウコンみたいなもんか。いや、不味くなりそうだからやめてくれ。

 とりあえずこれがライスとして、あとメインのおかずは肉でいいか。


「じゃあ俺はライム水とオークソテーとこのハーブライスで」

「え、いいのか? オークで」

 珍しく聞いてきた。

「うん、なんかカツ丼思い出したら、豚肉喰いたくなっちゃった。こちらじゃ豚系はオークなんだろ?」

「まぁ、他にもいる事はいるが、食用として一般的なのはオークだな。

 でも一昨日の件の後で平気か?」

「うん、以前バブル――景気のいい時に会社の慰安旅行でさ、北海道に行ったときに、ジンギスカンっていう羊料理食べた事あるんだよね。その羊達が放牧されてるのを見ながらさ。

 なんかあの感覚かな。それに前に一口食べて旨かったし」


 たぶんあの頃の夢を見たせいかもしれない。

 あの時は羊を触ったり、餌やりした後にジンギスカン食べたのに、皆でそれほど気にせず食べられたんだよな。

「そうか、そうかっ! それは良かった。本来は自分が狩ったものを食べるのは自然な事だからな。

 今度はその場で焼いて食べてみるか」

 それはその時の俺の体調と要相談してくれ。


 なんだかヴァリアスは気分が良いらしく、ラガーを飲んだ後、ブランデーをデカンタで頼んでいた。

 昼間からかよとは思ったが、まあ人外だから良いか。

 ハーブライスは半チャーハンくらいの量で、黄色い米に細かく刻んだ茎や葉が入っていた。味はターメリックライスとよく似ていて、オークソテーと合って美味しかった。

 うん、このライスのおかげでメニューの幅が広がりそうだ。


「今日はまだ飲んでなかっただろ」

 いつの間にかテーブルの上にコップが増えていた。中は例の薬草肝入りスムージーだ。

 もう腹いっぱいなんだけど。

「そういや例のハイオークさ、剣が刺さらなかったんだよな。初心者用の剣だとそろそろ無理なんじゃないのか?」


 スムージーで腹十二分になり、すぐ動けないので食後しばらく座っていることにした。

 ヴァリアスはブランデーをビールみたいに飲んでしまい、あらためてラガーを注文していた。

「初心者はすぐ武器のせいにするが、それは使い方しだいだ。スライムでやっただろ?」

「そう言われると何も言えないが……普通のオークはなんとか切れたけど、凄い硬かったぞ」

「確かにオークの皮は厚くて硬いし、肉も分厚い。あのハイオークは護符まで付けてたからな。

 だけどあれは切りつけ方の問題だ。ああいのうは垂直に刺したほうがいい。

 斜めに刺したから面で当たって、力が分散して失敗したんだ」

 そんな咄嗟に注意できないよ。いや、しなくちゃいけないもんなのか。


「あとはお前自身の力次第だな。すぐに腕力を上げるのは無理だろうけど、剣の切れ味を身体強化で上げる方法ならある」

「それって自分のオーラで剣を覆うとかか?」

 よくマンガとかである武器を強くする超能力みたいなものか?

「んー、ちょっと違うな。武器を自分の体の延長として感じて、一緒に強化するんだ。武器をテイムするみたいなものだな。

 感覚も共有することになるので、細かい操作が出来るようになる。上達すれば剣を腕のように曲げたりも出来るようになるぞ」

「おー、なんかカッコいいじゃん。それ拾得したいな」

 ちょっと出来たらマンガの主人公とか剣豪ぽいじゃないか。


「乗り気なのは良い事だ。だが―――」

 俺の目を覗き込むように見て

「その前に耐性を鍛えないとな。今みたいに調子の良い時じゃないとこの訓練は出来そうにないしな」

「え、何させる気なんだ? またドラゴンとかに会わすとか止めてくれよ。あれはたまたま上手くいっただけだからな」

 そこなんだよなーとか言いながらラガーをあおっているが、絶対ディゴンなんかに会いたくないぞ。


「そうだ、これ行くか」と一枚の書類を出してきた。さっき受けた依頼の1つだ。

≪ ★緊急★ 救助依頼 A ≫となっている。

 読むとどうやら魔物が棲む森に、鉱石を採りに行ったパーティが遭難したらしい。救助にあたってその中の道案内役で雇われた、リトルハンズを助けて欲しいとなっていた。


「リトルハンズって?」

「小人族の一種だ。ドワーフやノームより背が低くて、大人でも人間の子供くらいにしか見えない亜人だよ」

 ホビットみたいなものか。こちらでは見かけたこと無かったな。

 いや、もしかして見てたけど分からなかったのかもしれない。

 ただの子供と思って、見過ごしていた可能性もある。


 リトルハンズという種族は亜人の中でも、すばしっこくて五感が鋭く敏感で、特に危険に関しては察知する能力が高いらしい。

 良く言えば神経質なこの資質のおかげで、力も弱く小さいながら生き延びてきたそうだ。

 ちなみにリトルハンズの名前は、その名の通り手が小さく、とても器用な事から来ているらしい。


「この人だけを助けるように書いてあるけど、重要人物なのかな」

「よく読んでみろ。ほら、依頼主を」

 一番下に依頼主の名前があった。≪ ラーケル村 シヴィ ≫

「個人名? ってことは家族とか?」

「そうだ。そこには書いてないが、遭難者は父子家庭で、依頼人はその一人娘だ」

「えっ、それじゃこの人が帰らなかったら、この娘は1人ぼっちになるってことか?!」

「よくある事だ」


 くそっ ヴァリアスの奴、俺がこういうの気になるの知っててワザとだな。

「Aランク事案なのに報酬が少ないから、地元でも敬遠されてこちらに回って来たんだろう。寄越してきたギルドもいい度胸だが、これをダメ元で依頼に混ぜてきた副長の奴もなかなかくせ者だな」

 相場が良く分からないが報酬金額が“626,400e”と中途半場な金額だった。

 その半端な金額が、かえって必死にかき集めた様子を想像させた。

 ここの中流家庭の約5か月分の生活費。

 村とかだったらもっと生活費は低いかもしれない。


「行こう! さっさと行って助けに行こう!」

 俺は立ち上がろうとした。

「まぁ待て、落ち着け。そんなに慌てなくても変わらない」

「え……まさかもう……」

 俺は最悪の結果を想像した。

「いや、今はまだ生きてる。比較的安全な場所に避難してる。ただそこから動けないんだ」

「じゃあ早く行かないと」

「だから落ち着け」

 手で制された。


「これはなるべくお前の力だけを使って正攻法でやるぞ。ちゃんと手続きを取って、捜索して救助する。

 ハンターは本来、英雄でも勇者でもないからな」

「なんで? 場所もわかってるんだろ。ヴァリアスが手を貸してくれれば、すぐに助けられるじゃないか。

 なんで今回手を貸してくれないんだ?」


「お前達地球人だって生態系を崩すとか言って、目の前の死にそうな動物を助けずに、ただ見ているだけな時もあるじゃないか」

 確かに昔ドキュメンタリーとかでそういうの見た事があったけど、人の命は―――ああ、こいつには動物も人も一緒なんだ。


「…………でも人の生き死にを、俺の訓練なんかに使うなんて……」

「助けないとは言ってないぞ。大体この依頼をあの副長が持って来なければ、オレが引かなかったら、お前は気が付かなかった。

 他の誰かが救助に行くかも知れないが、生きて帰って来れる確率はかなり低い。

 遭難者は今まさに、運命のターニングポイントで幸運を引いたんだ。

 お前がやる気になったからな」

 そう言ってニヤリと牙を見せた。


 確かに俺はヴァリアスがいなければ何も出来ない。

 とりあえずギルドの用を済ませろというので、気は急くが1階に行く。


「おうっ兄ちゃん、元気になったか!」

 ドルクのおっさんが俺の顔を見るなり、大声をかけてきた。今日は人が多いのでちょっと恥ずかしい。

「どうもご心配おかけしました」

 俺は軽く頭を下げた。

「いや、俺んとこは慣れっこだからかまわねぇけどよ、もし長引いて、療養とかでこの街から出て行っちまうかもとは心配だったがな」

 ああ、それでわざわざ副長が様子見に来たのか。


「そうそう、オークな、あれ全部買取で良いかい? ハイオークにはこんくらいの魔石もあったからそれも含めて」

 と、ぶっとい指でOKをするみたいに目の前で丸を作った。もちろん異論はない。

 預かり証のプレートを渡して、内訳の書いてある換金書類を貰う。

 全部で1,410,743エル。

 頑張った甲斐あって結構良い金額になった。


 急いで換金しに行こうとすると

「だけど、兄ちゃんあれから頭も怪我したのかい」と聞いてきた。

「いえ別に、頭は頭痛ぐらいでしたけど?」

「そうかい。じゃあ額のそれは頭痛薬かい?」

「えっ? あっ!!」

 冷却シート付けたままだった! 俺これ付けたままここまで出歩いてたのか。

「ヴァリアスッ、わかってたら教えてくれよっ! みっともないじゃないか」

「そう言われてもなぁ、しばらく付けとくものなのかと思っていたぞ」

 あ~もうっ! やっぱり自分の事は自分で管理しなくちゃ、ダメだ、こりゃ。


 2階に行くと受付でリリエラと目が合った。

「ソーヤさん、元気になったんですか?」

 彼女は心配そうに聞いてきた。

「どうも心配かけました。この通りすっかり良くなりました」

 一昨日の感情を引きずる事無く、普通に接していられる自分に少し安堵した。

 たぶん半分は違う事に頭がとらわれているからだろう。

 換金してもらって帰ろうとして、ふと聞いてみた。


「あの、ラーケル村ってわかります?」

「え、ええと ちょっと待ってください」

 そう言ってカウンターの下から地図を出してきた。どうやらこの国全体の地図らしい。

 指でしばし探っていたが「ここです」と一点を指した。

「ここがギーレン、ここがラーケル村ですね」

 北に山を3つと川を2つ越えたとこか。

 やっぱり地図欲しいな。どこかで売ってるのかな。

「ここ行くんですか?」

「うん、依頼でね」

「そうですか。難しいかもしれないけど、元気になったばかりなんだから、あんまり無茶しないでね」


 最後は普通に友人に言う様に彼女は言った。

 うん、アリガト。それだけでオジサンはもう十分だよ。


 まずは依頼先のギルドに行って、詳細を聞かねばならない。

 2階から1階へ降りる階段途中の踊り場が、一瞬死角になるのでそこで俺たちは転移した。

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