第48話 シヴィの願い
辺りには緑や黄色の田園風景が平がっていた。
遠くのほうに山々が蒼く、所々霧がかかって見える。
空は相変わらず澄んだ青色で、小さな白い雲がゆっくり流れていく。風が山のほうに吹いているようで地面の草がたえず揺れている。
畑を分割するように道が1本、山の方へ伸びていた。その道に沿って左手に石塀が延々と連なっている。
灰色の塀は5,6mありそうな高さで、所々塗りの剥れたところから、レンガが顔を覗かせている。
塀からたまに見える家の屋根は、茅葺ではなく木製のようだ。
「この前見た首都の近くの村ってたしか丸太塀だったよな。こっちの田舎のほうが頑丈じゃないのか?」
王都で見た村の塀は木製だった。王都に近いと魔物が出にくいとかあるのだろうか。
「木だから石より弱いとは限らんぞ。あれはアイアンウッドという樹を使っていた。
一度乾燥させると下手な石より強度が増すし、鉄のように火にも強い。魔素を弾く効果もあるから魔除けにもなる。盾の素材にも使われたりする高級素材だ」
「じゃあかなり裕福な村だったんだな。あんなに高級素材使えるなんて」
「あれは近隣の村へ前王が資金を出したんだ。大事な農作物を作らせるんだから、せめてそれくらい守ってやろうっていう事だ」
おおっ そういう税金の使い方良いね。やっぱ国民の為に使わなくちゃね。
門のすぐ側に門番小屋があって、長い棍を持ったラガーマンみたいな体格の若い男が立っていた。
「あんた達は?」
俺は自分のとヴァリアスの身分証を一緒に見せた。
「ここのハンターギルドに用があるんですけど、どこにありますか?」
「ハンターと傭兵………」
若い門番はヴァリアスを胡乱げに見ていたが、目が合って少し引いた。
なんか毎回門でこの洗礼をやっている気がする。
「……中央の広場の役場にあるよ。このまま道なりに真っ直ぐ行けばいいから、すぐわかる」
俺は礼を言って門を通った。
少し歩いて軽く振り返ると、まだ門番はこちらを見たままだった。
道は舗装されていない土の道で、家々のまわりは草原のように草木や花が生えていて、そのまま外国の田舎町と言った感じだ。
家々は木製の平屋か2階建てで、レンガや石造りはほとんど無かった。
荷を載せたコニー(ロバ似の小型馬)を連れた男が、手綱を引いてゆっくりと通り過ぎていった。
家の前でわらを叩いたりしごいたりしている農夫や、井戸の水を汲んでいる人などがいる。
道なりに小川にかかった小さな橋をわたると、戸が開け放しの小屋のあたりから、ハト小屋のような匂いがしてきた。
裏から
すると周りからドードー達が一斉に現れて餌をついばみ始めた。
「ドードーかぁ」
俺は柵越しに少し眺めていたが、慌てて離れた。
ヤバい、また不審者と思われてしまう。何よりこんな事してる場合じゃない。
この長閑な村の雰囲気についのんびりしてしまった。
そのまま道沿いに少し行くと開けた広場らしきところに出た。
中央に井戸があって、まわりを教会や食品店や薬屋、居酒屋が囲んでいた。
その中に3階建ての大きめのレンガ造りの建物に ≪ 役場 ≫ と書かれた看板が掛かっているのが見えた。
建物のひさしの下には椅子と簡単なテーブルが置かれていて、2人の老人がトランプのようなカードでゲームをやっていた。
俺達が横を通ると手を止めてこちらを見た。
中に入ると右手に2つのテーブルと椅子があり、手前には老女が3人、お茶を飲みながら談笑していた。
俺達が入ると一瞬お喋りを止めたが、すぐにまた元通り話しを始めた。
左側には書類の入った戸棚と筆記台があり、正面のカウンターに、チョビ髭で眠そうな顔をした小柄な中年男がぽつねんと座っていた。
なんだか田舎の郵便局を思い出した。
俺はフードを脱いでカウンターに向かった。
こちらの人は食堂や店の中でも被ったままが多いようだが、俺は人に会う時、つい失礼かなと思ってしまうのだ。
「あの、こちらにハンターギルドがあるって聞いたんですけど」
男は小さな目をしばつかせて
「ハイ、ハンターギルドに御用ですね。こちらで承ってます」
思ったよりかなりカン高い声。
「これの件で」と例の依頼書を見せた。
すると男は顔を近づけて書類を見ると、俺から書類を慌てて受け取り「ちょっとお待ちを」と、横のドアから出てカウンターの右側に小走りに曲がった。
横に階段があったらしい。
視線を感じて振り返ると、またさっきの老女達と外の老人達が窓からこちらをじっと見ていた。
やっぱりよそ者は珍しいのか。
すこし間があって、上からギシギシと階段の軋む音がして、さっきの男ともう1人、白髪を短く刈り込んだ肌の浅黒い老人が降りてきた。
「あんた達、これの件で来たって?」
年の割にはがっしりした体格で俺より背が高く、渋みのある顔に似合った声で老人が言った。
「はい、その依頼を受けようと思いまして。それで詳細を聞きたいのですが」
俺は2人分の身分証を見せた。
老人は首をゴキゴキ動かしながら
「前もって言っとくが、こりゃ見かけ以上に厄介な件かもしれねぇぞ。しかも書いてある通り、報酬は決して高くねぇ。
だが、受諾してもらう以上は失敗したら違約金が発生するぞ。それでも良いのかい?」
「助けるのはついでだ。オレ達は別に用がある」
奴が後ろから口を出した。まさか俺の訓練のためなんて言わないでくれよ。
「そりゃあ、ついででも助かるが、しかし傭兵のあんたはともかくなぁ………。こいつはAランク案件だし……しかも2人だけで……」
やっぱり俺がEランクじゃそうなるよなぁ。
「ん……? 黒髪の異邦人と白子のアクール人………ちょいと上来てくれるか?」
そう言うと老人は階段をまた上がっていった。俺たちも後に続く。
2階に上がると手前と奥にドアがあった。
老人が手前のドアを開けて入るように促した。
中は質素な応接室になっていた。
壁にこの辺の地図らしいものが貼られ、なにか規約のようなものを書いた紙の入った、素朴な額縁や書棚以外、飾りのような物は無かった。
「時間が惜しい。何か遭難者の身に着けていたような物があるか?」
ヴァリアスがソファに座るなり言った。
「おお、そうだな」
老人は座ろうとした腰をまた持ち上げると、壁に取り付けてあるパイプ管のような物のフタを開けると
「ポルクル、聞こえるか?」とそれに声をかけた。
『ハイ、聞こえております』
さっきの高い声が聞こえる。
声だけ聴いていると安田大サーカスのクロちゃんをつい連想してしまう。
「悪いがシヴィのとこに行って来て、例の袋持ってきてくれるか」
『かしこまりました』
あれって潜水艦とかにある伝声管みたいなものかな。
少し感心していた俺の前に老人が戻ってきた。
「儂はここの村長兼ハンターギルドの所長をしているアイザックってもんだ」
爺さん村長だったのか。兼任ってやはり長閑な村だから両立出来るもんなのかな。
「あの青い山が見えるだろ? あの山の向こう側の麓に黒い谷があるんだ」
そう窓の方を指して言った。
そこには遠くに薄蒼くみえる山々間に、ひと際濃く青く見える山が顔を出していた。
後で聞いたら、その山の樹々が特に油分を含む葉を茂らせるらしく、それが陽射しの熱で気化して、あのように青く見えるのだそうだ。
「その谷は、四方の山から吹き下ろされる風で魔素がこもる場所でな。強い魔物も棲んでる危険地域なんだが、その魔素のせいか良質の鉱石や魔石が採れるんだ。
それを採取するために、トレジャーハンターやら鉱石ハンター達が出かけるんだが、谷の底は黒い森になっていて見通しも悪く地形も複雑でな、力自慢の奴も迷って戻って来るだけの難所なんだよ」
村長はやや前屈みになると
「そこで地形やあの森を良く知る案内人が必要ってことで、うちの村の者を雇う奴が多いんだ。
中でもリトルハンズのターヴィは秀抜でな、地形をほぼ網羅している他に、魔素の薄い比較的安全な場所とかも知っている。
特にリトルハンズ特有の感覚の高さで、何度も案内した者の窮地を救っている、優秀な案内人なんだ」
事の起こりは11日前、4人のハンターがこのギルドに案内人を雇いに来た。
たまたま手が空いていたターヴィが請けおって、5人は出かけて行った。
その4日後、ハンターが2人だけで戻ってきた。
野営をしている時にケルベロスに襲われたと言う。なんとか応戦したが、2人のハンターと案内人が殺られた。
遺品も持ってくる暇もなかったという。
確かに案内人は優秀だったが、これまで運が良かっただけで、いつかはこういう日が来ることは覚悟していた。
生き残ったハンターは、採ってきた鉱石類を金に換えて村を出ていった。
だが、5日前に事態が急変する。
村の門前に鳥が袋を落としていった。
中に小さな腕輪と手帳が入っていて、ターヴィの物とわかった。
その手記には、ハンター達に危険な場所に案内させられた事。分け前の事で仲間割れが起こって、2人殺された事。
帰り道でケルベロスに襲われ、自分が囮にされたがなんとか逃れられた事が書かれていたらしい。
「まぁ、ターヴィは嘘をつくような奴じゃないが、混乱して間違う事も考えられるから、確認の為に例の2人組みも捜してるとこだ」
映画とかで、誰かを囮に使って逃げるシーンとかよくあるが、現実に聞くのはやはり違う。
ジワジワとその時の当人の恐怖や絶望を想像してしまう。
「蒼也、こういう事はよくある事なんだぞ。いろんな奴がいるからな。いちいち感情移入してたら身が持たないぞ」
「そりゃわかってるよ。わかるけど………。
それにしても良く鳥が運んできましたね。偶然ここまで持ってこなくては、わからなかったはず」
「ターヴィのな、アビリティはテイマ―なんだよ。恐らく必死に鳥を操ってここまで持って来させたんだろう。
普段から小動物を操って、危険な場所とかの探索とか地形を調べてた。テイマ―としての能力も結構高いほうだったな。
だけどあの森からここまで操るなんて、相当な集中力と魔力が必要だったはず。
たぶん体力も使い果たしたろうになぁ……」
老人が首の後ろを手で擦った。
その時ノックの音がした。
「おう、入って良いぞ」
失礼しますとさっきのチョビ髭親父――ポルクルが入って来た。そうしてテーブルに掌くらいの巾着袋を置いた。
「すまんな、後はいいから下に戻っててくれ」
ポルクルは一礼するとそっと出ていった。
巾着から子供用ぐらいの太さの腕輪と、スマホの半分くらいの小さな手帳が出てきた。
それは簡単な覚書のようで、今まで案内した時の事や発見した事とかが書いてあった。
後ろの方に今回の件が書いてあり、それによると仲間割れで2人が殺された時に、自分も口封じに殺られると直感したらしい。
持っていた薬や僅かな食糧などを奪われ、テイムしていた鳥は殺されて、自分は逃げられないように首に紐をつけられたとあった。
だが、帰りにも道案内は必要だからすぐに殺されず、どうにか隙を見つけて逃げられないか機をうかがっていたところ、ケルベロスに襲われたとのこと。
残ったうちの1人がヘマをしたらしい。
その際にワザと足を切りつけられて、2人に置き去りにされたが、持っていた辛子実の粉をケルベロスにぶつけてなんとか逃げ切ったこと。
魔素の薄い木の洞に隠れて、操れる小動物が来るのを待ったことなど。
そして最後に、娘に向けて思いつく限りの事が書いてあった。
「いる場所大体わかってるんだ」
俺から手帳を受け取ると、前の方のページを開いた。
そこには森の見取り図が書かれた、4つ折りの紙が貼りつけられていて、どこが魔素が薄いとか、逆に魔素溜まりがあるとか、モンスターの好みそうな場所とかが書いてある。
その中に一点、グリグリと濃く丸を描いているところがあった。
ここにいるという事だろう。
「だけどターヴィは自分が助からない事を認識してるんだろうな。
でなけりゃ遠くまで飛ばすのに、鳥に持たせる物を軽量化するはず。自分の場所を教えるだけなら紙1枚で済むのに、手帳と腕輪まで寄越したんだ。
せめて自分の死に場所を教えたかったんだろう」
そう言って手帳を俺に返した。
「奴を懇意に使っていたトレジャーハンターや鉱石ハンター達、村の者が、助けに行こうと動いたりしてはくれたんだが、ここ最近魔素の動きが荒れてるらしくてな。
ケルベロス達が森の入口手前まで徘徊してるんだよ。
平地から山に向かって吹いてくれる風のおかげで、森からこっちには来ないがな。
他の魔物たちも活発に動きまわっていて、Aランクの戦士系が最低3人はいないと危なくて誰も行けん」
ケルベロスって、あの地獄の番犬とかいうケルベロスか。
イメージ的に盲導犬になるような大人しいタイプじゃなさそうだな。
「救助要請をしようと娘のシヴィが言いだして、皆もカンパしてくれたんだが………。
皆も自分とこでいっぱいいっぱいだしなぁ。
とうとうシヴィが、花街ギルドで奉公する仮契約して、金作ってきたんだがな」
村長はまた首をさすりながら顔をうつむけた。
「………花街って風俗で働くって事ですよね」
こちらでは性を商売にするのって日本より寛容だって言ってたけど、やはり最後の手段なんだろうなぁ。
「姿が幼いから店に出るより、好き者の金持ち専属に奉公したほうが確かだって、
だが足元見られた金額でなぁ。だから儂が返金させて契約を破棄させたんだ。
第一生きて見つかる保証は無いんだからなぁ」
そう老人は短くため息をついた。
「ヴァリアス、あの報酬金貰わなくてもいいよね? どうせ俺の特訓の為だし」
俺は隣の奴に小声で訊いてみた。
「駄目だ。その場の気分で有償無償をコロコロ変えるな。十分な資金が用意出来ない者は他にも一杯いるんだぞ。
仕事は仕事で割り切れ」
うっ、そんな事言ったって貰いづらいんだけど………。
村長は頭をボリボリ掻くと、顔を上げて俺達を見据えた。
「……で、ギルドの共済基金からの見舞金と借入金で補ったんだが、まぁそんな訳で、これが今用意できる精一杯の金額って訳だ。
で、それでもやってくれるのかい?」
村長は依頼書に提示してある金額の部分を、トンとやや汚れた爪で指さした。
「勿論です。話を聞いて余計やる気が出ました」
「じゃあ、ここに代表者の受諾のサインしてくれ」
渡されたモスキートペンで俺は依頼書の左下にサインした。
パンッと、一本締めのように良い音をさせて、アイザック村長が両手を打った。
「よっしゃっ! これで契約成立だな。もうキャンセルできんぞ」
「くどいぞ。やると言ってるだろう」
相変わらず強面の奴の物言いにビビる様子もなく、村長は逆に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ああ、確かにSSランク様が来てくれりゃ、安心して任せられる」
「えっ、分かってたんですか?」
奴のは傭兵の身分証しか見せてないのに。
「そりゃそうだろう。各ギルドには連絡がいってるだろうからな。名前でわかるだろう」
そうか、そうだよな。もう
「儂は人の名前を覚えるのが苦手でなぁ、だけどあんた達目立つからな。
それで連絡受けた特徴を思い出したんだよ」
村長は契約成立で安堵したのか、さっきよりリラックスした感じで椅子に深く座り直す。
「なんで別の身分証を使ってるのかわからんが、黒髪の異邦人とアクール系
「あ゛っ?」
村長はヴァリアスの方に向き直ると
「あんた種族がアクール系ヒュームってなってるが、先祖返りというより、どちらかというとご先祖様に魔族がいた可能性のほうが高くないのか?
儂も若い頃散々あちこち旅したが、あんた程のアクール人は見た事ないぞ。
儂の見立てでは、混じっているのはハーフオーガ辺りじゃないかと思うが」
わーっ、誰も言えなかった事あっさり言ったっ!
「誰がオーガだっ! オレには角もないし、あんなにデカくないぞ。それに魔族でもないわっ」
ふーん、と村長は右手を首の後ろにあてて、首をまたゴキゴキ動かした。
爺さん、度胸があるというか、もうこの年だと肝が据わってるのだろうか。
睨まれても全然引かない。どこ吹く風といった感じだ。
「……いやまあいいか。SSランクくらいの人間が変わってるのは当たり前のことかもしれんしな」
「どこが変わってるんだっ」
こっちに来たばかりの頃は、俺も一般の人種が良く分からなかったから、獣人もいるのだからヴァリアスみたいなのぐらい珍しくないんだろうと思っていた。
だが、段々とそんな中でも奴が浮いているのを感じ始めた。
上手く言えないが、ヘビメタのkissのようなハードロッカーの中に、本物の悪魔が混ざっているような感じか。
「もうその話は終わりにしようよ。俺も本物のオーガ見た事ないから、いつか見てみたいけど」
俺はヴァリアスの気を逸らすつもりで言った。
「そうか、ではこれが終わったら見に行くか」
なんでそう動物園に行くみたいに言うかな。
でも、もし本物のオーガ見て、ヴァリアスと見分けが付かなかったらどうしよう。
「ではもういいな。行くぞ蒼也」
ヴァリアスが立ち上がった。
「本当に依頼を受けてくれて感謝する」
村長も立ち上がると頭を下げた。
その時、俺はこちらに向かって一心に神経を使って、聞き耳を立てている気配を感じた。
その人はすぐ階下にいる。おそらくシヴィだろう。
「任せてください。生きている限り必ず助けてきます」
俺はシヴィに聞こえるように力強く言った。
階段を降りると、相変わらず老女達は話に花を咲かせていた。
もう一つのテーブルに、ポルクルと1人の小さな少女が座っていた。
たぶんこの娘がシヴィだと直感した。
シヴィにポルクルが何か話かけていたが俺達が下りてくると、すぐに椅子を降りてタタタと小さな足で走り寄ってきた。
思った以上に幼いっ。それが第一印象だった。
2つの三つ編みに分けた髪は濃い緑色で、潤んだ大きな瞳は緑がかった濃いブルーをしていた。
頭の大きさに比べてエルフのように大きい耳をしていた。
これは五感の鋭い人種の特徴で、聴覚以外に一種の猫の髭のようなアンテナの役割を果たすらしい。
俺のすぐそばに来たシヴィは俺の腰くらいの身長で、顔の作りといいどう見ても4,5歳児くらいにしか見えない。
「お父さんを、ターヴィを助けに行ってくれるんですよね? お願いします。お願いしますっ!」
服の裾を掴んで必死に頼んでくる様子に、ちょっと胸に来るものがあった。
俺が少し詰まってたじろいでいると
「蒼也が困ってるだろ。ちょっと離れろ」
ヴァリアスがシヴィを剥がすようにどかした。
「ヒッ……」
シヴィがヴァリアスを見て固まった。
「やめろよ。小さい子に」
「チッ、
シヴィの顔色は良くない。
通常の状態を知らないが白人系の色の白さの上に、それ以上に目の下の隈や血色が悪く見える。
一度は諦めたかもしれない。
だけど生きているのがわかったのに、何も出来ずにただ死ぬのを待っているだけなんて、心が擦り切れる。
「わかった。これから行ってくるから。その安……」
念のためヴァリアスに日本語で確認する。
『まだ大丈夫なんだろうな? 遺体を持って帰るのなんて俺は嫌だぞ』
『ああ、まだ生きてるよ』
俺の横をチラリと見ながら奴が言う。
また天使がいるのだろうか。
「シヴィ、とりあえず大船に乗ったつもりで、ゆっくり家で休んで待っててくれ」
俺はしゃがんでシヴィの頭を撫でながら言った。
「言っとくが、それで成人してるからな」
「何っ!? それは失礼しましたっ」
俺が慌てて手を引っ込めると、シヴィはほんの少し笑って
「よく間違われるから平気です」
腕時計を見ると2時37分だった。なんとか日暮れまでに終わらせたい。
「じゃあこれ借りてきます。後でちゃんと返しますから」
シヴィに預かった巾着袋を見せて伝えると、俺たちは役場を出た。
「しかしいる場所もわかってるのに、これ必要ないんじゃないのか?」
俺はヴァリアスに振り返って訊いた。
「行けばわかる。それにそこから動いていないとも限らないだろ」
分かってるなら教えてくれよと思ったが、なるべく俺に試行錯誤させたいんだな。
「ところでここからその森まで、歩いていく訳じゃないんだろうな。日が暮れちまうぞ」
「もちろん森の手前までは転移する」
もと来た道を急ぎ足に戻る。途中人気が無くなったところで転移した。
視界が急にモヤに包まれたように白っぽくなった。
そこは谷底の川辺だった。
辺りは一面霧が漂っている。霧の向こう側に黒っぽい長く伸びた影が見える。
どうやらあれが黒い森らしい。
「この川を渡っていくぞ。水魔法で表面の水を動かさないようにすれば、上を歩いていけるからな」
「キリストみたいだな。それにしても……」
足元の川辺は草が生えず岩と石だらけだった。そこに水が霧にかすみながら流れていく。
「まるで賽の河原だな……」
「なんだそりゃ?」
ヴァリアスが振り返った。
石を積む子供達はいないようだが、鬼はいたようだ。
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