第127話 モンスターペアレントと試験予約
今回切りが悪くてやや長めです。
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お洒落なパン屋のオープンテラスで30分ほど過ごしてから、また大通りを城を見ながら歩きはじめた。
ギルドは官庁街の手前にあった。
大きな宿屋――ホテルと言ってもいい豪華でリッチな感じの――を左手に曲がると急に視界に現れた。
左側1軒先にハンターギルドの看板があり、少し離れた斜め向かいの通りに商業ギルド、そのまた先に魔導士ギルドがある。
1つ先の角の建物は職人ギルドで、ここら辺は組合の建物がかたまっているのでギルド通りとも呼ばれているらしい。
手前のハンターギルドからいくことにした。
さすがに王都のハンターギルドは大きな建物だった。
幅もギーレンより倍以上は大きいし、数えると8階建てだった。分厚い両開きの金属製の大扉の表面には、威風堂々たるドラゴンと、それをどうやら従魔にした伝説の勇者の絵が彫ってある。
買取受付兼倉庫は隣の建物として独立していた。いわゆるオークション会場でもあるらしい。
こんなに大きいのに、本部はまた別に官庁街にあるのだという。
つまりここは本店ということか。
空港ロビーのように広く天井の高い1階受付のカウンターも、登録、依頼、受諾などとそれぞれに分かれている。
総合受付で訊くと、試験関係は登録カウンターで受け付けているというので、向かって一番左側のカウンターに行く。
プレートを見せてランク確定試験の予定を聞くと、ここ1か月内だと一番早くて3日後だという。
「もっと遅くには出来ませんか? ギリギリ1か月以内で」
少しは受験勉強する時間が欲しい。
「ですと、第3
21日後か。
こちらの
それとも他所の大きいギルドでだったら、もっと期日が伸びるのだろうか。
だけどヴァリアスの言う通り、エリア長みたいなお偉いさんのお目こぼしがなくて、筆記で落ちたら半年先に延びちゃうし……。どっちが受かる確率が高いんだろ……。
っていうか、本当にお目こぼしってあるのかな?
なんて考えられたのはモノの1,2秒だった。
「よし、第3空曜日だな。わかった」
後ろで俺の代わりに奴が返答した。
「おい、少しは考えさせろよ」
「グダグダ考えても一緒だ。21日もあれば十分だろ」
クソッ、どうせ俺はいつもグダグダしてるよ。
もっともこの試験は力の確認のためのテストなんだから、いつやっても合格するのが当たり前なんだよな。
前提的には。
結局その日取りで予約を入れてしまった。
試験料は8,500エル。今の俺ならなんともないが、普通に地道にコツコツ上がってきたハンターにとって、結構な金額なんじゃないのか?
これが払えなくて上に上がれないハンターもいそうだが、奴に言わせると、それぐらい払える仕事が出来きないようでは元々上がれないと言った。
そんなものかなあ。
「それにもし、筆記の結果が悪くて落とされたら、オレが抗議してやるよ。お前のギルドに与えた功績を無視するのかってな」
「俺が恥ずかしいからやめてくれ」
こいつはカンニング行為はやらずに、正々堂々とテストを受けさせると言った割には、やっぱり力任せにねじ込んでくる気だな。
本気で俺、勉強しないと。
あれ、そういやナジャ様は?
いつの間にか少女の姿が近くに見えなくなっていた。様々な人が行きかう広いフロアの中、キョロキョロしていると、少女が1人の女を連れて戻ってきた。
「ソウヤ、ちょうど良かった。彼女が鳴き声を聞かせてくれるよー」
鳴き声?
「ここじゃあんまり大きな声は出せないから、ほんの小さくならだけどね」
そう言った緑髪にレッドメッシュの見事なアフロヘアーの女は、右の肩当てに小型犬ぐらいの猿を乗せていた。
彼女はそれを両手に持ち直して、俺の前に見せてくれた。
毛の色は全体的にカラシ色で短毛、焦げ茶色の顔はキツネ猿に似ていた。ただ後ろ足が急に太くしっかりしていて猿のそれではなく、ライオンのような足で黒っぽい肉球があった。
そして尻尾は青大将のような深緑の蛇だった。
「これは
「そうよ、ピグミー鵺。見るのは初めて? 結構ここら辺ではよく見かける子よ。頭もいいし、慣らすと従順だからテイムしやすいの」
そう言われてあらためて見ると、首輪に鎖がついているし、尻尾の蛇の口にはちゃんと口輪がはめられている。俺はちょっと抱かせてもらった。
鵺は俺の腕の中に移っても、キョトンとした顔で俺を見上げてきた。彼女が落ち着かせているのかもしれないが、大きなクリっとした焦げ茶色の瞳が、俺を始めから知っている人のようにジッと見つめ返してくる。
うっ、可愛い。動物は抱くと急に愛おしさが湧くんだよな。ペットショップで店員がすぐ抱かせたがるのは、上手いやり方だと思う。
これ、俺もテイム出来ないかなー。
あ、だけど従魔にするって事は飼うって事か。
日本に戻ってる間は世話出来ないしなぁ……。
「ほら、少しだけ鳴いてごらん。小さくね」
彼女がそっと鵺の頭を撫でながら囁いた。
すると腕の中の鵺が口を少し窄めて鳴いた。
『ピィィーー、ピィーー』
それは高めで鳥の声のようだった。
「ね、これがピグミー鵺の一般的な鳴き声。普通は夕方から夜にかけて鳴くんだよー」
ナジャ様が言った。
俺は女テイマーにお礼を言ってギルドを出た。
「あっ、あとでタイガー
俺はスマホの録音機能を今更ながら思い出した。
「大丈夫だ。わからなかったらオレが鳴き真似してやるよ」
う~ん、まったく可愛くないんだよなあ。
魔導士ギルドの建物は、淡い黄緑色の7階建てで、広いポーチには10段くらいの階段があり、それを上がると金属製の枠のはまった木製の扉には、細かい文字と花や蔓の絵とともに大魔導士らしき人物の絵が刻まれていた。
この木はあの *アイアンウッドよりも強く、魔法作用の高い世界樹と言われるものだとヴァリアスが言った。
(*アイアンウッド:第48話に出てきます)
中に入るとハンターギルドの1階受付のように広く、3階までの吹き抜けのフロアになっていた。
「ではこちらにご記入お願いします」
受付で渡された用紙を持って筆記台に迎いながら、辺りをあらためて見まわす。
やはり魔法使い専門とあって、ハンターギルドとは来ている人々の雰囲気が違う。
先程の肉体労働者風という体格の人が全然少なくて、年齢も10代くらいから70代くらいまでに見える人まで千差万別だった。
とんがり帽子を被っている者はいなかったが、マントに付いたたっぷりとした深いフードか、フード付きケープ、または大きな帽子を被っている者が多い。
どうも魔法使いというのは頭を隠したり、覆ったりする傾向があるらしい。
それは感覚が鋭敏なため、余計な雑感覚をシャットアウトする意味もあるのだと聞いた。
瞳の色の薄い白人系が、サングラスをする感覚と少し似ているのかもしれない。
髪を隠すのを嫌う最近の若者は、頭をスッキリさせる効用が(少しだけ)ある頭飾りや、バンダナで引き締めたりするそうだ。
「ええと、認可してもらいたい魔法は、火、水、風……と、土はどうかな? 光も生活魔法くらいだし」
「土魔法はそこそこ防御に使えるくらい出来るんだから受けてみろ。あと光も基準を知るにはいい機会だ」
俺は言われた通りに、土・光にもチェックを入れた。雷もあるのでそれにもチェック。
項目には他に闇や音なんてのもあった。
テイムはどうしよう?
治療もあれ以来やってないし、もう少し自信をつけてからでいいか。
他の枠の項目に身体魔法というのがあり、強化や超回復、獣化・変身などがあった。獣化ってあの奴隷商人の大男がやってたな。身体強化とはまた違う強化方法なんだな。
だけど超回復の測り方ってどうやるんだろ?
……なんだか恐い……身体系は止めておこう……。
また別カテゴリーに特殊魔法という枠があって、予知、錬金、解析、空間などが記載してあった。
空間 ―― 収納はもちろん、転移も含まれている。
「それはまだ止めといたほうがいいよー」
ナジャ様が横から覗き込んできて言ってきた。
もしこれらが少しでも出来ると知られると、特殊だけあって色々と質問攻めどころか、ヘタすると魔法協会のいわゆる研究材料になりかねないというのだ。
ちゃんとした立場(?)を確立してから、お披露目したほうがいいという。
なので今回は火、水、風、土、光、雷、探知の7つだけにした。
チェックした魔法の横には、具体的にどんな事が出来るか書く欄がある。出来る事全部書くのも面倒なので、火は火玉が打てるとだけ書いて、水は氷刃、風は簡単な竜巻とぐらいにした。
用紙を出すと係員の男が用紙と俺の顔を見返して訊いてきた。
「これ全部ですか? 疑いではなく、本当に発現してます?」
「え、ええ、一応狩りに役立つくらいには使えます」
係員は少し疑わしそうに俺の顔を見てきたが
「1つの試験に9,400エルかかります。あと別途、受験数に関係なく手数料が3,055エル。また認定証発行の場合は35,000エル。
全部ですと103,855エルになりますが、認定証も希望されますか?」
金貨以上か。7つ受けるとはいえ、確かに偉い金額だな。
認定証というのは魔法使いとして、ギルドが正式に能力を認めたという証明になるらしい。
だが試験だけ受けて、認定証を発行してもらわない人もいるそうだ。自分の基準を知るためだけに受ける人もいるからだ。
「もちろん、認定証もだ。それでいつ試験をやるんだ? 出来る限り早いほうがいい」
横からいきなり代金を置くと、俺の最凶の保護者がカウンターに身を乗り出してきた。
「ええと、明日の9時でしたら、ちょうど空きがありますが――」
少し引き気味の係員が書類を見ながら答えた。
毎日やってるのかな。だけどいきなり明日というのも――。
「それでいい。明日来る」
受ける俺じゃなくて奴が即決する。
「ただ、2つ以上の認定試験は、魔力切れ防止のために3時間置きに行います。これですと、3日間に分けて試験を受けて頂く事になりますが」
あっそうなの? どうしよう。
「じゃあ、とりあえず火と水だけに―――」
「魔力切れにならなければいいんだろ? だったらその場で魔力を補給すればいいだけだ」
モンスターペアレントならぬエビルガーディアンがまた案の定、口を挟んできた。
「あの、ですが……体力や、かかる体への負担もありますので、やはり休憩は入れませんと……」
「面倒くせえな。そんなもの、こっちは承知の上だ。
どうせ 『試験中に起こった事故については、ギルドは一切の責任を負わないとする』とかなんとか、誓約書を書かせるんだろ? だったら関係ねぇじゃねぇかっ」
「ちょっと、すいません……」
俺はヴァリアスを引っ張って、ニヤニヤしているナジャ様が待っている壁際に連れて行った。
「どこのヤクザだっ、ギルドを脅すって!」
こいつは外見はマフィアなんだが、中身が暴力団まんまだ。もう神の傭兵じゃなくて神のギャングスターなんじゃないのか ?!
「オレは脅してなんてしてないぞ。大体脅すってのはな―――」
「やめろっ、あんたがやると脅しも威嚇も一緒だろ! 全くとんだモンスターペアレントだな!」
「誰がモンスターだっ」
「ああ、もういい。ナジャ様、すいませんが、こいつを預かっててください」
「ケケケ、いいよー。ソウヤ1人で行ってきな」
納得いかなそうな奴をナジャ様に預けて、俺はまたそそくさと受付に戻った。
受付には、右目とこめかみの辺りに、仮面の欠片のような物を付けた背の高い初老の男がいて、さっきの係と話をしていた。
俺が受付に戻って来るとこちらを向いて
「本当にこの7つが、ある程度使えるというのだね?」
書類を持ちながら俺の顔をジッと見据えてきた。
「ええ、光は生活魔法くらいだと思いますが」
「光 ‟は”……か」
フッと微かに笑うと、係の男に向かって
「宜しい。では治療師と試験官がまだできると、その場で判断すれば続けて良し。
まあ頑張ってくれたまえ」
そう言ってお偉い人らしい男は、奥のドアに消えて行った。
「では、これが受験票です。試験は明日の9時からです。四半刻前(30分前)までに地下試験場に来てください」
先程ヴァリアスが言ったような事が書いてある承諾書にサインすると、代わりに注意事項の書いてある紙と貝柄のようなプレートを渡された。
「この試験では道具に頼らない自力のみの力をみますから、ロッドなどの魔道具は使えませんので気を付けてください」
なんでも発現はしているが力が弱いため、いわゆる魔法の杖などで力を集中・増幅したり、操作したりする者も少なくいるというのだ。
それでは正しい個人の力量がわからないので、試験では使用出来ないらしい。
まあ俺はそんな道具使ってないから関係ないな。
「………なあ、出しちゃった後に今更だけどさ、規格外だとか驚かれちゃって、やっぱり研究対象とか目ぇ付けられたりしない?」
2人のところに戻ったところで急に不安になった。
よくマンガや小説だと、無自覚おとぼけ主人公が『ボク何かやっちゃいました?』的な、まわりを驚愕させる力を見せちゃうエピソードが多い。
俺はそんな中二病みたいなマネしたくないぞ。
「普通は3種類ぐらいの能力しか発現しないから、疑われたんだよー」
ナジャ様が言った。
そう言えば前にヴァリアスの奴に教えてもらった事あるな。
素質があっても発現までは中々難しいと。
俺の場合はこいつにムリヤリ発現させられたり、誘発されたりしてるからなあ。
「3つ以上の能力を持っている奴が比較的少ないってだけだ。まるっきりいない訳じゃない。
それにそこまでまだ力も強くないし」
奴が軽く一蹴するように言う。
「ホントか? チート扱いされたりしないだろうな」
こいつの答えに、俺の不安症がムクムクと頭をもたげてくる。
「多分大丈夫だと思うよー。5つ以上発現したヒュームは、およそ1万人に1人くらいの確率でいるし」とナジャ様。
それってかなり少なくないですか?
――駄目だ。
そもそもみんな自分を基準にしてるんだから、規格外の人外に聞いたのが間違いだった。
そういやハッキリと聞いた訳じゃないが、アルとセオドアの2人は、それぞれ3つ以上の能力持ってなかったか?
確か探知と空間収納以外にそれぞれ攻撃魔法を2つずつは持ってたはずだ。
しかも俺なんか足元にも及ばないくらい強力なのを。
だけどそれでも4つか。それにアルはヒュームだけど、奴由来のアクール人だし、セオドアなんか半分魔族だからもうヒュームでも獣人でもないしなあ。
「なにをやる前から不安がってるんだ。世界にはあの闘吏の奴らぐらいならゴロゴロいるぞ。ちょっとくらい能力数が多いくらいじゃ目もかけられん」
「イヤー、さすがに7つは多い方だと思うけどねー」
ナジャ様がさすがに困ったような苦笑いをする。
「やっぱりそうか。このっ、いい加減な事言いやがって」
「ハンターギルドで正規登録の時に、解析鏡で全ての能力に素質があることは知られてるんだ。
同じことだろ」
「同じじゃねぇぞ、それっ」
「まあまあソウヤ、ちょっと毛色の変わった奴くらいにしか思われないよー」
いや、あなたの意見も鵜呑みに出来ない。
使徒にはもう少し常識人はいないのか。
リブリース様は論外だな。ちょっと絵里子さんとの関係が進みそうだったら、参考までに聞いてもいいか
……いや、マズいか。
キリコはしばらく来ないのかな。
そういやあれから若頭はどうしたんだろう?
休暇中って言いながら地球の神界を見学するって言ってたけど、まだ地球にいるのかな。
ちょっと控えめなヒトの意見が聞きたい。
「ビトゥ(若頭)ならまだ地球にいるはずだ」
ヴァリアスが行方を知っていた。
「なんだか『ゼンシュウ』とかいう修行法に興味を持ったとか言って、それをやっている寺院に行くとか言ってたな」
あれって結構、外国人にも人気あるんだよな。心が落ち着くなら俺もやってみようかな。
以前やってみた呼吸法は、頭に不安要素があると中々効かないんだよなあ……。
ああ、明日試験って今更ながら緊張してきた。
「とにかくここを出よう」
俺は2人を急かして魔導士ギルドを後にした。
なんだかんだでもう5時過ぎだ。早い店はすでに店前に出した品物と台を片付け始めている。通りを行き交う人達も、気持ち急ぎ足になってる気がする。
ここが外国だからなのか、それとも太陽が日本ほど強い日差しではないせいか、日本と同じ時間でも暗くなるのが比較的早い。
日本だったら夏のこの時刻、全然まだ明るいだろうに。
それを言ったらヴァリアスに町の中を見てみろと言われた。
「ここは王都とはいえ、あんな町中光を放っているようなところじゃないぞ。お前んとこはギラギラ明るすぎるんだよ」
そういえば東京にいると気がつかないが、昼間でも店の中は明るく電気がついているし、夜だって物が見えなくなるくらい暗くなるなんて事はまずない。
田舎に旅行に行った時に、道の暗さにビックリしたのを思い出した。
電気がなければ東京も、本来はこんな感じなのかもしれないな。
実はこの頃、この王都では日が延びてきているのに合わせて、閉門が30分ほど遅くなっている。
だが、まわりの村や町はまだ6時閉門のままのところも多く、ここの住民か宿に泊まる旅人以外は、もう帰らないと間に合わないのだ。
その代わり街灯以外に、通りをまたぐように建物と建物の間から渡されたロープにブル下がった、5枚の花びらのような形をしたランプが五つの色に微かに光を発し始めた。
解析すると光を蓄える光石を使っているようだ。太陽が傾きかけているから発光し始めているんだ。
きっと夜はキレイなんだろうなぁ。
ゆっくりまた観光したいけど、さすがに今はそんな余裕がない。
最近魔法をほとんど使ってなかったからちゃんと出せるかもわからない。
どこかで一回練習しなくちゃ。
ナジャ様に連れられて、大通りを横切って普通の通り道に入ったり、また大通りに出たりして城を背にしながら市壁のほうに向かって歩いた。
「ここだよー」
そういうと少女は建物と建物の、路地というより人1人が通れるぐらいの隙間のような道に入っていった。
なんだ、近道でもあるのか。
奥に木戸があった。勝手に木戸を開けて入る。
「あれ、ここは」
そこはイアンさんちの中庭だった。
この間来た時チラッとしか見ていなかったが、納屋の陰に隠れてこの木戸があったんだ。
そうか、通りからも入れるようになってたんだ。
「ソウヤ達はこれからどっかで明日の試験の練習するんだろ? あたいはこのままイアンとこに寄ってくからね。今日はここでお別れだよー」
そう言って空中から、さっきのパン屋でしこたま買ったアップルパイの入った大袋を取り出した。
ガチャリと勝手に裏口の戸を開けると
「イアンー、今評判のポムムパイ買ってきたよー。お茶にしようよー」
自分の家のように入っていってしまった。
今からってもう少しで夕食なんじゃ…………。まっ、きっとイアンさんなら慣れっこだろう。
俺達は中庭を借りて転移した。
来た事のない森の外れに立っていた。どうやらどこかの崖の上に出現したようだ。
振り返ると彼方に見える大きな河には、何本もの尖塔を持った城を囲んだ、要塞のような町が浮かぶように見えた。
王都オルガだ。
来た時とは角度が違うようで、城が町中で一番の高台に建っているのがよくわかる。
後ろに茂った木立からは、あのツグミに似た鳥たちが群れをなして王都の方に飛んでいた。
奴が軽く空を仰ぎ見ると
「ちょうどタイガー
わかるか? さっきの鵺と似た鳴き声が聞こえるか?」
そう言われても辺りには、上空をいくツグミもどきのたてる‟キャッキャーッ、キャアー”という声以外に、後ろの森のほうから‟ピィアー、ピィアー”という甲高い声、動物らしき‟ウキャッア、ウキャッアッ”と騒いでいるような声や‟ホロロロロー”という何かを喉を鳴らすようなものまで色々聞こえてくる。
森の動物や虫・鳥達がそろそろ訪れる夜のために、出来る限り安全な寝床に帰っていくのだ。
だが少し聞いているうちに、その中に鵺に似ている声を聴き分けることが出来た。
『ヒィィィーー、ピィーーー』
それは 『ヒ』と『ピ』の中間のような高音で、よく通る声だった。
なんとか聴き分けられたとはいえ、本体はけっこう遠くで鳴いているようだ。
声をたよりに探知の触手を伸ばしてみると、ひと際高い針葉樹林の天辺に、焦げ茶色でカラスくらいの大きさの鳥が1羽止まっていた。
背中は焦げ茶と黒の鱗模様だが、首の下、胸のまわりが薄黄色と焦げ茶の模様になっている。
鳥はキョロキョロするというより、猛禽類のような悠然とした落ち着きで眼下の森を見下ろしていた。
そうして時折、ひと際高く長く鳴き声を上げた。
「アイツはな、それほど大きな鳥じゃないが、度胸は据わってるんだ。自分より大きな鳥や魔物に襲われても逃げ惑うばかりじゃなく、逆に向かっていくこともある。
少しだが風を操る能力を持っているからな、スピードと小回りの利く旋回術で難を逃れることが出来るからだ。
それでも自分より何倍もデカい魔物の口先をすり抜ける姿が、敵に後ろを見せない誇り高いタイガーに似ていると、タイガー鶫と呼ばれるようになったんだ」
そうか。別に柄がトラ柄だからって訳じゃないんだ。
「群れを作らずに、繁殖期以外は基本1羽で行動しているんだ。
ただたまに、仲間の有無を確かめるように鳴く時があるんだよ」
「それってやっぱり独りじゃ淋しいのかな……」
「さあな。気分にもよるんだろうが、たまには自分以外の声も聞きたいんだろ。
孤独ではないさ」
孤高の鳥はしばらくどこか哀しい声で鳴いていたが、返事がないとわかったのか、太陽に背を向けて森の奥に飛んでいった。
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