第5話 初心者定番 スライム狩り

 受付のに言われた通り、門から伸びる街道を右に逸れて野原を歩く。

 木々や草花から香る匂いは地球と同じで清々しい。

 木漏れ日の中、フワッと吹く風も心地よい春風だ。いつも都会にいると、こうした空気が本当に美味しいと感じられる、


「おい、樹の下を通る時は気を付けろよ。スライムが落ちてきて、顔でも覆われたら窒息するからな」

「えぇっ、怖いこと言うなよ。そんな毛虫が落ちてくるみたいに落ちてくるのか? 異世界おちおちしてらんねぇな」

 俺は上を見ながら枝からなるべく離れるようにした。


「ランクの低いモンスターだからって油断は禁物だぞ。今言ったように場所によっては危険度が上がるし、中には鉄も溶かすほどの酸を出すやつもいるからな」

「もうそれランク低くないじゃん。俺らが狩るのって、とりあえず危険は少ないんだよね?」

「まぁな、とにかく何事も注意を怠らないよう、癖をつけておくことが肝心だ」


 ふと、子供達の声が聞こえてきた。木々が少なくなり、開けた草原に大きな岩が見えてきた。

 大岩は高さ2.5M、幅3Mぐらいの大きさで、少し表面が苔むしていた。その向こうにはうっそうと茂った森が広がっている。

 3人の小学生ぐらいの子供達がその周りで、何やらナイフのような尖ったものを先に巻き付けた棒を、何度も地面に刺していた。

 虫でも取っているのだろうか。


「さっきのファルシオン出してみろ」

 俺は空間収納から出す時、刃を掴まないように注意したが、すんなりとグリップの方から自然と出てきた。


「この辺りがだから、切るときはここで切るようにしろ」

 俺が出した剣の刃先から三分の一くらいの位置を指して言った。

「物打って?」

「簡単に言うと一番切れ味のいい部分だ。振動が少なくなるからここで切ると、ぶれずに加えた力をほぼ100%活かす事ができる。

 地球のバットとかいう打撃棒の芯にあたるようなものだな」


 そういうとヴァリアスは剣を垂直に地面に立てて、刃の中央を触ってみろと言った。

 言われた通りに俺は中央部分に手を当ててみると、ヴァリアスが指で刃を弾いた。

 キーンと音を立てて俺の手にも振動が伝わってきた。

「今度はここを触ってみろ」と今度はさっき言った部分を示す。

 また刃を弾いたが


「本当だっ! さっきより振動がほとんど無い!」

「物打の位置はこうやって調べるんだ。位置がわからなくなったらこうして調べるといい」

 すげぇっ なんか帰ったら誰かに見せてみたい!

 でもそれやったら俺、銃刀法違反で捕まるなこりゃ。


「どうやらあの岩の辺りから湧いているようだな。あそこだけ周りより魔素が濃い」

「えっ じゃあ、もしかしてあの子供達もスライム狩ってるのか?」

「そうだな。スライムは老人や子供でも狩れるから、いい小遣い稼ぎになる」

 それって、大人の俺がこんな大げさに剣振って狩るってどうなのよ。

 なんか急に恥ずかしくなってきたぞ。


「ほら、ソコにいるぞ」

 足元を指されて慌てて一歩飛びのく。

 見ると草の上に落っことしたゼリーのようなものがプルプル動いていた。

 色は薄い黄緑色で、下の草が透けて見えるほど透明だった。

 確かに草や葉についていたら分かりづらいかもしれない。


「よく見ると中に半透明の部分があるだろ?  それがスライムの核、内臓だ。

 そこを狙って切れば簡単に仕留められる」

 確かによく見ると、透明のゼリー状の中に、漂う様に色の濃くなっている部分がある。そこを狙って刺してみるとスライムはだらんとしたまま、すぐに動かなくなった。


「まずは1匹。そういやこれって、いくらするんだ?」

 受付でもらった依頼書の写しをみると『1Pd 10e』と書いてある。わからん。

 本当はこの『Pd』とか『e』というのも、もっとルーン文字のような象形文字に似ているのだが 、俺の多言語スキルが一番近い文字に感じさせるらしい。


「『Pd』は『ポムド』の略で重さの単位だ。地球の453g相当だから、約450gと覚えておけばいい。『e』は通貨の『エル』のことだ」

 やっぱ単位は同じじゃないのか。俺は手帳を取り出してメモした。

「まずお金の価値がわからないからあれだけど、とにかくたくさん狩ればいいってことだな」


 俺はDバッグからゴミ袋を取り出すとスライムを入れた。

 初めての魔物はヒンヤリして、見た目通り固めのゼリーのような感触だった。

 夏場は触ると気持ちいいかもしれない。


 辺りを見回すと、いるわ、いるわ。

 草むらや木の根辺りや俺のまわりに4匹はいた。大きさは大体両手いっぱいぐらいだが、中には半分くらいの小さいものもいた。


 俺が10匹は狩った頃、子供達のほうで声が上がった。見ると1人の子が右足をスライムに巻き付かれている。

「やばいっ! 助けないと」

「待て、心配いらん。見てみろ」


 止められて仕方なく見ていると、別の子供が腰の袋から何かを取り出し、スライムに振りかけた。

するとスライムが、急にブルブルと慌てたように足から離れたのがわかった。


「あれはな、辛子実の粉だ。そちらでいう唐辛子のようなものだな。ああいう刺激のあるものをかけてやるだけで簡単に離れるんだ」

 さすが地元っ子。ちゃんと用意してるんだな。


 とにかく俺は切りまくった。

 核はその体の形状と一緒で移動するようで、中央にあれば端にあったり、また表面の近くにきたり、下にいったりして常に動いていた。

 俺は切ったり刺したりしていたが、段々と切りづらくなって一撃で倒せなくなってきた。


「なんか段々切りづらくなってきた。血糊というか粘液がついてるのかな。それに核が下の奥の方にあると余計切りづらいし」

「粘液はこまめに拭くしかないな。まぁ水魔法の応用で飛ばす事もできるんだが」

 まだ水魔法とかわからないので、持ってきたタオルの1つで剣を拭う。


「あと核が切りづらい位置にあるなら」

 俺から剣を取ったヴァリアスは、プックリ膨らんだようなスライムの上に剣の面を当てて、押しつぶすと同時にサッと核を切って見せた。

「どうせ対象が動くのだから、こうして切りやすいところに動かせばいい」

「なるほどって、押しつぶしてもすぐ戻っちゃうんだけど」

「戻る前に切ればいいんだ。簡単なことだ」

 簡単っていうけどなんか滑りやすいんだよね。

 いや、やりますよ。やりますけどねー。


 スライムを探しては切り、また探すということを繰り返して約2時間ぐらいたつと、さすがにスライムの姿が見つからなくなってきた。

「とうとう狩りつくしたかな」

 2つのゴミ袋はパンパンになっていた。俺はそれを空間収納に収納するとその場に腰を下ろした。

 子供たちもいつの間にかいなくなっていた。


「ちょっと休憩」

 俺はDバッグからペットボトルの水を取り出した。

 久しぶりにいい汗かいたわ。


「どうする? まだ時間が早いから他をまわるか」

「他って、他の出現場所わからないから、探してまわるのかい?」

「いや、魔物の位置なら索敵でわかる。スライムではないが、一番近いのはここから北に3キロのところに、フォレストウルフがいるな。行ってみるか?」

 サメ男が森の斜め上の方を見ながら言う。


「スライムの次にいきなり狼かよ。無理無理、今度にしようよ」

「まだ無理か。ん、お前こちらに来てだいぶ魔力が溜まってきたようだな。

 それでは次は魔法操作をしてみるか」

 おお、いよいよ魔法使いとしての修行か。

 やっぱり剣と魔法の世界に来たら、魔法はぜひ使ってみたいよな。


 サメ男が俺の額に手を当ててきた。途端に頭の中にイメージが鉄砲水のようにドッと流れ込んできた。

「ストップ、ストーップ!!」

 俺は頭を抱えてのけぞった。


「なんだ。まだ初歩の途中だぞ」

「脳みそ爆発しちゃうよ! キャパを考えてくれよ。一度に流し込みすぎだっ」

「しょうがないな。魔法以外に武術もやらなくちゃいけないのに、もっと細かく分けなくてはならないか」

 どんだけ詰め込む気なんだよ。

 あーなんか頭の芯がジンジンする。

 何%か脳細胞焼けてないか? これ。


「とりあえず基本の感覚はわかっただろう。ちょうど周りに人気ひとけもないからやってみろ」

 もうやらせる気満々なのね。確かになんとなく感覚は分かったけど。

「こんな樹が沢山あるとこで、火とか使ったらマズいよね? 下手したら火事になるし」

「そんなことは大丈夫だ。オレが消してやる。もし燃えても元に戻してやるから気にせずやってみろ」

 確かにこいつなら、山火事でも一瞬で消しそうな安心感はあるんだよな。


「んじゃ、お決まりの魔法やってみますか」

 俺は立ち上がると右の掌を前に向けて念じた。

「ファイヤー!」

 もちろん何も出ない。ちょっと恥ずかしい………。


「お前、いちいち発動する時に名称を叫ぶのか?」

「えっ、だってそういうもんじゃないの? あの長ったらしい詠唱とかはちょっと中二病ぽくて恥ずかしいんだけど、これくらいなら……」

「いや、別に言葉に出さなくても使えるだろ? いちいち口にしてたら相手にばれるしな。出来れば出さないほうがいいぞ」


「確かにもらったイメージではそうだけど。

 あのよく魔法使いが唱えてる詠唱って、ただのポージングだったのか?」

 それともこちらじゃ違うのか。

「詠唱は大きな魔法を使う際に、操作しやすくするために唱えたり、精霊や言霊の力を借りるために使うんだ。

 だが、要はそんな大げさな事をしなくても出来れば良いんだ」

 

 わぁ~脳筋だね。でもイメージが大事って事はよくわかったよ。

 直接頭に叩き込まれたからね。


 もう一回教えてもらった感覚を思い出して、両手を上にしてやってみる。

 何かソワソワしたようなものが、体のあちこちから滲み出るような感じがする。

 何回かやっているうちに、それが全身から波打つような感覚に変わってきた。

 注意すると丹田――へそのちょっと下あたりが一番渦巻いている感じがする。

 意識してそこに力を入れてみた。


 すると掌から突然、渦を巻いた30㎝くらいの火柱が発生した。

 やべっ! 鼻かすめた。

 しかし手品でもなく、道具なしで出来るとは……本当に夢みたいだ。

「よし、魔力を出せるようになったな。一度出せれば流れが出来るから、そんなに意識しなくても出来るようになるぞ」


 次、水だな。こうでかい水の塊を思い浮かべて……と、出たよ。

 目の前にぶわんと直径50㎝くらいの水が、無重力状態に浮かぶようにぶわぶわと波打ちながら出てきた。

 これ本当に俺がやってるのかな。

 と、一瞬疑った途端に、制御を失った水の塊はびしゃんと地面に落下して、草むらを水浸しにした。

 俺はギリギリ飛びのいて、なんとか濡れずにすんだ。危なかった。


「今、気を抜いたな」

「ああ、当たり前だけど、使ってる最中に意識をはずしたら駄目なんだな」

「そんなことはないぞ。応用として状態をロックすればいいんだ。そうすれば魔力が続く限り、眠ってしまっても維持できるようになる」

「応用編かー。まぁこうして水が出せることがわかっただけでも良かったよ。

 風呂の水とか結構使うから、助かりそうだし」


「生活魔法か。それなら先の火と組み合わせれば、湯を沸かすこともできるし、初めから温水にする事もできるぞ。

 光魔法を覚えれば明かりがいらなくなる」

「いいね、水道光熱費が浮くじゃん」

 俺はがぜんやる気になった。


 それから俺は、いま教えてもらった火と水と光をいろいろ試してみた。


 本来なら発動できるようになる事から入るらしいけど、俺の場合は直接頭に伝授されてるので、あとは実際に使ってコントロールする訓練だ。


 光は発光体をポンと打ち上げるものから、周りに散ってあたりを明るくするもの、また一瞬、フラッシュのように強い光を放つタイプと一通りやってみた。


 というと、いきなり天才チート魔法使いのように、一発でなんでも出来てしまうように思われるかも知れないが、実際はフラッシュも、部屋の灯りを付けた一瞬の感じだし、いくつかに散らすのも線香花火のようにしょぼいものだ。

 コツがわかっているとはいえ、実際にやるとさすがにその通りにはいかない。

 やり方のイメージはわかるのだが、体がついて行かないというか、走り方がわかっていても筋肉量が足りないと言った感じだ。


「初めてなんだから細かい事は気にするな。今は確実に発動させることを意識しろ」 

 そうだな。マンガや小説でも、主人公はみんな修行に励んで強くなったんだ。

 とりあえず俺は魔王を倒すためじゃなく、水道光熱費を浮かせたいんだ。

 ここは何がなんでも、生活に役立つくらいには魔法力をあげなければ。


 魔法練習はスポ根だった。

 とにかく数をこなせと言われ、主に火、水、光を繰り返し練習して、1時間半ぐらいたった頃だったろうか。

 急に頭から血の気が引いたと思ったら、激しい眩暈と強い不安感に襲われて、俺は思わずしゃがみこんだ。


 ただの貧血なら、こんな苦しい不安感は出ないはずだ。

 頭がグラグラして立ち上がれない。

 このまま手をついて体を支えてないと、草むらに突っ伏してしまいそうだ。

 段々動悸まで激しくなってくる。

 

 ああ、そうだ  俺は昔この感覚を味わっている。

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