第4話 腹をくくってリアル異世界 その2(剣を買う)


 フロアは昨日と同じで、10人以上の人が行きかっていた。

 付いていくと、正面の壁に沿って衝立が4つ立っているところに来た。

 衝立の両面と向かいの壁には、びっしりとB5サイズくらい紙が張り付けられている。

 書いてある大文字の見出しには『依頼 ***退治』などと、どの紙にも『依頼』の文字があった。


「おぉ、依頼書って、やっぱりこうやって貼ってあるんだ」

 マンガや小説で読んだ設定と同じなのに、少し感動を覚えた俺は端から見ていくことにした。


「ダルブル肉常時募集、アルカイト食肉協会……こっちはグリーンアナコンダ皮常時募集、トゥリー皮革工芸。サンダーバード卵常時募集、シルク食堂……なんか常時募集ってのが多いんだな」

「そこに貼ってあるのは常時依頼ばかりだ。

 その他のものはテーブルのファイルを閲覧するか、受付に問い合わせるようになっている」

 そう言えば衝立の向こうの長机の上に、ファイルが何冊か置かれていて、何人かがそれをめくっていた。


「それにそこら辺は、『Dランク』の依頼内容だからお前は受けられんぞ」

「だよねー。俺には狩りどころか無難なとこ、薬草取りがいいんじゃないかな」

 異世界モノ、初心者定番の薬草採取。俺にモンスターとの戦いなんか無理だ。


「いや、これにしろ」

 ビシッと、『Fランク』と上に書かれた衝立に貼られている1枚を指さした。

「≪グリーン、レッドスライム常時募集 インクラッド食品≫って食べれるの? 

 スライム??」


「スライムは体の90%以上が水分なのだが、これを乾燥させて粉状にしたものが、いろいろな用途に使えるんだ。

 例えばレッド系はスパイスになる。またグリーン系は味が無いのでとろみ剤にしたり、お前の世界のビニールやゴムのような材料にもなる」


「へぇー無駄がないんだな。ただ駆除するだけじゃないんだ」

「まぁ依頼料は安いが、初めて剣の練習にはいいだろう」

 では早速と、俺が依頼書を剥がそうとすると

「常時依頼は剥がさずに、ここの番号を受付に伝えるんだ」

 そう言うや受付のほうにサッサと行ってしまった。

 とにかく身長差のせいか、歩幅が違うのか、速足なのか歩くのが早い。

 俺はつい小走りになる。


「あそこのF-32の依頼を受けたい」

「ええと、貴方が受諾するんですか?」

 昨日の赤毛の受付嬢がちょっと戸惑いながら訊いてくる。

「いや、オレではなくコイツだ」

 後から追いついてきた俺を見て「ああ」お姉さん納得顔。

 

 ですよねー。こんなライオンも倒しそうな奴が、スライム狩りなんかしなさそうだもんな。

「ではこれが依頼書の写しです。失礼ですが、スライムの多く出現する場所はご存知ですか?」

「いや全然、ていうか私、この町自体初めてなんで」

 つーか、この世界自体がだが。


「ここから一番近い場所ですと、東門から街道を斜め右に逸れた先の草原に、大岩があります。そこが比較的多く取れますよ」

「じゃあそこ行ってきます。有難う」

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

 お姉さん可愛い笑顔で送ってくれた。


 ここは2階だったらしく、受付向かいの階段を降りる。

「とりあえず剣を買うぞ。ギルドの近くに必ず武具屋があるはずだ」

「あの今更なんだけど、お金かかるよね? そういうお金ってどうしてるの?

 やっぱり神様だから自由に作れるのかな」

 貧乏性の俺は、お金のことがいちいち気になってしまう。


「いや、そんなことはしないぞ。我々が好き勝手に作り出して、人間界の貨幣価値に影響を及ぼすのは基本禁止だ。

 そんなことしたら、インフレが起こりかねないからな。

 なに、金を稼ぐことなど、我々には容易いことだからお前は気にしなくていい」

 いや、なんか気になるんだけど―――(この件は後々わかることになる)


 大きな2枚扉を開けて外に出ると、そこはまさしく石畳と木とレンガの家が立ち並ぶ、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。

 

 俺達の出たところはどうやら広場のようで、瓶を持つ女性の彫像から水が流れ出る噴水を中心に、幅広い道が家々を分けるように十字に広がっていた。

 その4つのブロックの間を、またさらに道が放射状に通っている。

 まさに馬が引く馬車や荷車は広い道の中央を走り、人々は縁石のある一段高い左右の道を歩いている。

 

 見上げると太陽がほぼ真上に来ていた。

 こちらでもやはり昼頃なのだろうか。

 雲がなく、遮るものが無いのに太陽の光は柔らかく、とても青い空が広く、赤茶色のレンガ造りの家々の屋根を覆っている。

 昔歴史の授業で、中世ヨーロッパはゴミ・糞尿を道端に捨てていて、衛生面がとても悪かったと習ったことがあった。

 だがここは、特に変な臭いもしないし、逆に排気ガスが無いせいか、田舎町の空気のように新鮮だ。


 初夏と言っていたが、秋のように空がとても高く感じられる。

 東京のような高すぎる建物がないせいもあるが、これは空気が綺麗で澄んでいるんだ。


「意外と道が綺麗なんだね。もっと汚れてるのかと思ったけど」

 俺は心から感心して言った。

「昔はな、ゴミとか落ちてるのは当たり前だったが、十数年前に疫病が流行ってから、ここの領主が市民街も改善したんだ。

 下水道の整備や掃除人の普及に力を入れたんだよ」


 振り返るとハンターギルドはかなり大きな建物らしく、他の家や店の4倍以上の幅がある5階建てだった。

 しかも1階が2階分に匹敵するほど大きい。

 ヴァリアスによると、大抵ハンターギルドの1階は倉庫や買取所になっているため天井が高いらしい。

 確かに重たい獲物とかを持ってきた場合、階段は使いたくないよな。

 エレベーターとか無さそうだし。


 ぐるりと見渡すと、武具屋はまさにギルドの左側、食堂を挟んで2軒目にあった。

 武具屋の間口はそれほど広くなかったが、開いた窓から覗くと、鎧や盾、武器の類が整然と置かれている店の中は奥に広いようだった。

 店に入るとすぐ横に、マネキン宜しく鎧兜一揃えを立て掛け、八百屋の斜め台のような木台には主に剣が並べられていた。


 その前の樽には、大根のように棍棒上の物が数本入っている。

 壁には槍が立て掛けられ、柱には弓が下がっていた。

 わあ、『ロード・オブ・ザ・リング』の世界だ。

 遊園地とかの偽物じゃなくて、本物の重圧感とほのかな店の薄暗さが俺の少年心をくすぐった。

 男はいくつになっても、こういう物が好きなのだ。


 その奥のカウンター角の樽に腰かけ、壺から伸びた管の先についたパイプをスパスパ吸っている、小柄な親父がいた。


 小柄といっても、一目でわかるがっしりとした体。腕は短いが太さは俺の倍はありそうだ。

 もしかしてこれが噂の(?)ドワーフなのかな。ギルドのホールでもチラッといたような。


「剣が欲しいんだが」

 ヴァリアスが親父に話かける。

「んっ、あんたが使うのかい」

「いや、コイツだ。見ての通りの初心者だ。

 ファルシオンとダガーを1本づつ、見繕ってくれ」

 そう聞くと親父は樽から降りて、すたすたと俺のほうにやってきた。

「手を見せてみろ」

 俺は言われた通り両手を差し出した。


 ドワーフ風の親父は、そのごつくて分厚い手で俺の手を揉むように押したり、手首や腕・肩を掴んだりしていたが「ちょっと待ってろ」と奥に消えた。

 奥から何やらガチャガチャと音がしていたが、再び出てきた親父は、長桶に鞘に入ったままの剣を7本入れて持ってきて、カウンターの上に並べていった。


「切れ味は同じだから、あとは好みとグリップの握りやすさを確かめてくれ」

 ファルシオンと言われた剣は、大体1m弱くらいの片刃の片手剣だった。

 ショートソードと言うモノなのかな。


「お前は初心者だし、下手に両刃タイプを持たせたら、自分を切りつける可能性もあるしな。

 これなら刃の背を持つことも出来るし、比較的扱いやすい」

 俺は1本づつ振らせてもらい、一番手にしっくりくるのを選んだ。

 それは先端が少し反って、その部分だけ両刃になっていた。

 ヴァリアスも手に取り、確かめると「まぁまぁだな」と俺に返してきた。


「ベルトはどうする?」と親父。

「ファルシオンのほうはいらん。ダガー用のだけくれ」

「以上なら全部で85,750エルだな」


 天井からフックで吊るされたベルトを外しながら親父が言うと、ヴァリアスがコートのポケットから銀色のコインを取り出した。

 これが高いんだか、適正なのかよくわからないけど、普通に服買うみたいに買えるんだな。

 地球みたいに許可証っていらないのだろうか。


「ほら、ファルシオンは収納しておけ」

 ベルトを装着して腰の右側にダガーを持ってくると、ガンホルダーをつけたガンマンのように気分が上がる。

 やっぱり剣と銃は男のロマンだよなあ。


「盾は? 片手剣なんだから盾いるよね」

「いらん。お前は魔法使いなんだから。大体まだ体力の無いお前がそんなもの持ったら、素早く動けなくなるだろ」

 そういや、そもそも魔法使いなのに剣を持つものなのか? 

 杖とかロッドじゃなくて??


「本当はロングソードも使わせたいんだが、剣の扱いに慣れてない者がいきなり使っても危ないしな」

 そういやヴァリアスも、俺の剣くらいのショートソードを下げている。こいつなら大剣持っててもおかしくないのに。

「ヴァリアスはロングソードとかは使わないかい?」

「持ってるぞ。だが、ここでは別に必要じゃないからな。これで十分だ」と下げている剣を抜いて見せてくれた。


 それは剣というより、大きいサバイバルナイフのようなだった。

 黒光りした刀身の上辺半分は、鋸状にギザギザになっている。その黒い刃に広がる波紋は、波模様とかではなく、何やら古代文字のような文様が、見る角度によって浮かび上がってきた。

「両刃と片刃では扱い方が違うから、片刃に慣れてきたらこちらも教えるぞ」

 

 またさっさと歩きだすヴァリアスに俺は慌ててついていく。

「ちょっと、ちょっ早いって! 歩くの早いって。もう少しゆっくり歩いてくれよ」

「そうか? これが普通じゃないか?」

 いやっ 絶対違うと思う。

 とりあえず速度を俺に合わせてくれたおかげで、歩きながら話ができるようになった。


「あのさ、スライムって魔物だよな。思ったけど普通、そんな魔物だらけの世界でよく皆生活できてるなぁ。地球じゃ考えられないんだけど」

「魔物はな、人や獣より魔素を多く体に含んでいるんだ。強い魔物ほどその比率が高くなるから、魔素が多くあるダンジョンや山奥、深海とかが棲みやすい。

 それで人の住むような魔素の薄い地域には、ほとんど現れないんだ」


「魔素って?」

「簡単に言うと魔力の素になる元素だ。空気や水、土、そこら中にある。地球にはあまりないようだがな」

「ふーん、そうやって棲み分けてるんだ。確かにしょっちゅう魔物に襲われてたら、石器時代より大変そうだもんな」

「まぁ、オークやゴブリン、フォレストウルフぐらいは、近くに下りてきたりするがな」

「大変じゃねぇか!」


「いや、それくらいなら衛兵やE,Dクラスのハンターで対応できるから、大したことではないぞ」

「何それっ、猪や熊と同じ感覚なの?」

 なんか異世界の人々、肝が据わってるな。


「あの、剣まで買ってもらって有難いんだけど、俺ここには来たばかりだろ。

 これからすぐに依頼をこなすのって早すぎないか?」

 スライムとはいえ、街の外でやることには違いない。

 普通は始めの街で情報収集するとか、色々と環境に慣れてから行動するものじゃないのか?

「少し街中を散策するとかさ、もう少しこの世界に馴染んでからにした方が良くないかい」


「そんなもの、そのうち嫌でも身についてくる。それより剣に慣れるのが先決だ」

 そうなのかなあ。

 RPGゲームとかでも、始めはまず環境を把握してからじゃないのかな。

 まあ案内人が言うのだから従っておくか。


 実はこの案内人=守護役がトンデモナイ奴だったのを、俺はすぐに思い知ることになる。


 そんな話をしつつ、店が立ち並ぶ広い通りを歩いていくと、先のほうに高く長い壁と開いた門が見えてきた。

 門の両脇には門番らしき武装した兵士が立っていて、入ってくる人をチェックしているようだ。

 そこで入ってくる人からコインを受け取っている。

 あれが入関税とかを払うという事だろうか。


「入る時は、身分証を見せたりしなくてはならんが、出るときは何かない限り基本はノーチェックだ」

 門を出るときは、左側に自然と流れが出来ているので、俺達もそのまま左寄りに出ようとした。


「ちょっと、そこの月の目の貴方」

 左側に立っていた兵士が声をかけてきた。

「あ˝ ? オレのことか?」

「あ、あの身分証を見せてもらえますか」

 二十歳前後ぐらいの若い兵士は、自分が声をかけてきたにもかかわらず一歩後ろにひいた。

「何故出ていくだけなのに見せなくちゃならん?」

 ずいっと一歩迫るサメ男。

 フードを被ってるせいと門の影のせいで、ヴァリアスの目が銀色に底光りして見える。


「あ……すいません。どうぞお通り下さぃ……」

 声小さくなってる。

 とりあえず門は無事通れたが、あらためてこのサメ男の顔は、ここでも脅威なんだと、初めて異世界と共感できた。

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