第239話 甦るあの日の恋のジレンマ


 朝食を済ませると、あらためて所長に挨拶に行った。


「こちらはもっといて頂いても一向に構わないんですよ。何しろ、まだダンジョンの方も落ち着いてませんし……」

 社交辞令ではなく、本当に引き止めたいのだろう。俺じゃなくてヴァリアスの方をだが。


「そんなもん、まずは地元のテメエらで何とかしろよ。それで本当にダメだったら来てやるよ。

 この蒼也がな」

 と、軽く突き飛ばすように奴が俺の背中を叩いた。

 

 本来、このような大規模災害が発生した場合、近隣の町や村にいるハンターは強制的に緊急ミッションの義務を果たさねばならない。

 今回のように王都にまで災厄が降りかかる可能性があるなら尚更だ。


 だが所長はそこのところはグッと飲み込んだようだ。

 なにしろ相手はAランクどころか、伝説のSS級。

 因幡の白兎どころか、ドラゴンの鱗を剥がすようなサメである。

 ヘタにご機嫌を損ねて、それこそ王都が一晩で地上から消える可能性をはらんでいるからだ。

 

「すいません、散々お世話になったのですが……」

 いつも謝ることしか出来ないが、今回はちょっとだけフォローしておくことも忘れないようにした。


「ただこれは奴の見立てですが、ダンジョンはもうこれ以上暴れないかもしれないですよ。

 もちろんあくまでこいつ個人の考えですけどね」

 

 俺は奴からそれぞれのダンジョンがすでに落ちつき始めた事を聞いていた。

 すでに管理人地の天使たちは職務に戻り、暴走は収まっているとか。

 管理責任や調査とか他の問題は残っているが、それは俺達の出番じゃない。


「本当ですか?!」

 所長は細い目を開いてヴァリアスを見たが、それに対して奴は肩を揺すってフンっと鼻を鳴らしただけだった。


「わかりました。ヴァリアス様の御見立てならば間違いないでしょう。おかげで少し安心いたしました」

 ふぅと、息を吐きながら所長は肩から力を抜いた。


 それから玄関まで見送ると言う所長と副長をなんとか言いくるめて、応接室の前で別れた。

 そこで階段を降りながら、ちょうど上下から死角になった踊り場で転移した。


 跳んだ先は便座穴のある個室、トイレだった。

 俺たちは久しぶりに王都のギルドにやって来た。

 買い物するならやはり王都のギルドが一番品揃えがいいだろうから、ヴァリアスに王都に行きたいと頼んでおいたのだ。


 仕方ないがまたトイレ転移である。

 前までは新しく町に入る際は一度税関を通るというルールを決めていたが、今回はストレートに侵入だ。

 でもハンターなら入管税は免除だしと、俺も段々いい加減になってきた。


 実はヘタに門番に身バレして、ギルドに連絡されたくなかったのだ。

 ゆっくり落ち着いて買い物したいのに、なんだかんだと付きまとわれたくない。

 身分不相応な接待をされていると、小心パンピーな俺は気疲れしてしょうがないのだ。


「さんきゅ、ヴァリアス。

 あと念のために言っておくけど、俺に続いてすぐに出て来ないでくれよ」


 もうラブホからワザと別々に出る不倫カップルのセリフみたいで嫌なのだが、注意しておかないとこいつはすぐ俺にくっついて来る。

 前から懸念しているが、トイレの個室から男2人同時に出てくるところなんか見られたくないのだ。


「いちいち小さいこと気にする男だな。そんなの堂々としてりゃあ誰も気にしねえよ」

 そっと開けようとしていたドアが、バンと勢いよく開いた。同時に背中を強く押されて俺は勢いよく飛び出す恰好となった。


 王都のギルドは大きく広く、奥まった通路とはいえギーレンの何倍もの人が行き来している。

 俺は慌ててすぐにドアを閉めた。

 

 目の前を4人組の男たちと若い男女の2人が、あからさまにこちらをジロジロ見ながら通り過ぎて行く。

 堂々とした――じゃなくて、ただの挙動不審者になってしまった。 

 俺の精神を図太くしたいのはわかるが、その前に人としての尊厳が消え入りそうだ。


 そそくさと斜め前の柱の陰に行くと、すぐに狐の面をつけてフードを被った。

 俺の顔を知らなくても、異国顔というポイントで気がつかれる可能性がある。

 幸いここでは仮面をつけていても別段不自然じゃないので顔を隠すことにした。

 本来なら治安のためにも隠すべきは奴のツラのほうなのだが。


 そんないるだけで物騒な奴を柱の傍で待っていたのだが、1分待っても出て来る気配がない。

 あれ、この感じ、嫌な予感がする。


 奴が姿を消す時は決まって何か起きる時だ。

 まさか、このギルド内で魔物か強盗でも出ると言うのか?!

 それとも 『待て』と命令された犬みたいにずっと ―― そんな訳ないか。


 ……まあいいや、先に行ってよう。

 どうせ何か起きるなら避けられないし、ギルドの中なのだからなんとかなるだろう。


 もしかすると奴は、3階のレストラン兼酒場に直行している可能性もある。

 うん、かなりあり得る。

 逆に俺に危害がかかる危険性が全くないと、見守る必要が無くなるのだから。 


 さて壁にあるフロア案内によると、売り場は4階と5階の2フロアあるらしい。ポーションや携帯食は5階となっている。

 4階は主に武器や鎧、武具コーナーだ。


 武器かあ。

 俺の武器は魔法を除けば、このファルシオンのみである。

 それに比べてヨエルは、剣以外にウォーハンドやスリングなど複数の武器を使い分けていた。

 当たり前と言えばそうなのだが、魔法ばかりに頼ってはいなかった。

 でも彼のアビリティは戦士系ではなく、探索者のはずだ。


 それは長年彼が独りで行動していたせいでもあるのだろう。

 彼はずっと逃亡奴隷として正体を隠すべく、仲間を作らなかった。その場その場で手を組む相手がいても、基本あまりつるまなかったのだ。


 もしフォローしてくれる仲間パーティがいたら、きっと本来の有能な探索者として能力をフルに生かせたかもしれないのに。


 俺は魔法使いだから魔法を主体にするのは当たり前と、深く考えもしなかったが、それじゃいけないんだな。

 何しろ俺も一匹狼なのだから。


 いや、そんな恰好いいものじゃないな。実際は群れからはぐれた小動物といったところだろう。同じはぐれでもハグレメタルとは大違いだ。

 ……なんか自分で言ってて哀しくなってきた。


 そういやヴァリアスの奴も以前、魔法が使えない場所があるとか言っていた。

 そんなところに極力行きたくないが、出くわす可能性もあるんだろうなあ。

 実際に魔法耐性がある魔物も少なくないし、俺も魔法以外に何か使える武器とか、もっと手数を増やした方が良さそうだ。


 というわけで先に武器を見に行くことにした。

 4階フロアはまさに兵器の展示場といった感じだった。


 階段を上がったすぐ手前の木製の人形マネキンには、兜、胸当ての他に革製の肩、肘、膝のそれぞれ当てガードが付いていて、首に下がったプレートには『初心者向けセット』と書いてある。

 リクルートスーツのように、これだけは最低限身につけておけということだろう。


 各売り場スペースは腰辺りまでの低い衝立てで隔てられ、所々に天井から鎖やロープで、クロスボウや大型の剣を模した木製の看板がぶら下がっている。

 天井を巨大コウモリのごとくスカイバットが、その深みのあるボルドー色の大きな羽を広げていた。

 また大きな盾がまるでカヌーの腹を見せるように立てかけてある。

 

 盾も欲しいけど、ひとまず武器から見てみるか。

 やはり剣以外に増やすなら、離れた位置に攻撃可能な飛び道具だよなあ。 

 俺は中遠距離武器のコーナーにまわった。


 まず目についたのはお馴染みの弓矢の類。そしてブーメランが置いてあった。

 威力を上げるためなのか、真ん中に半球状の魔石が埋め込んであったり、中にはエッジが刃になっている物もある。

 でもこれ、対象に当たったらもう戻って来ないよね? 一撃でヒットしないと後がないよなあ。

 

 実はこれは『鉄使い』や魔石などで、ただ飛ばすだけでなく操るものなのだが、俺はまだ鉄の操作が苦手でどのみち使いこなせなかった。


 それに魔法を使わず自分のコントロールのみでとなると、比較的扱い易い物がいい。となるとボウガン辺りだろうか。

 アーチェリーより打ちやすい。でも連打は難しそうだなあ。


 当たり前だが何事も習得するには練習は必要だ。

 それは分かっているのだが、試験前という事もあって素人でも扱いやすい物をつい求めてしまう。

 

 なかなかこれぞという、自分に合いそうな得物が見つからない。

 これは一度試用してから検討した方がいいのかもしれない。幸いギルドには組合員用に訓練場があり、そこで武器のレンタルもしていた。

 気に入ったら買ってねという、商品の宣伝効果もあるのだ。


 そんなふうに色々と考え迷っていたら、物理攻撃なら地球の方が断然上なのを思い出した。

 やはり一番使いやすいのは銃か。

 となると海外で、ショットガンとかを購入した方が賢明かもしれない。


 でも銃を買うにはまず所持許可証がいるんだよな。

 俺は言語スキルでどこの言葉も喋れるが、まずあちらの国籍じゃないし……。

 ふとヴァリアスの奴と、ガンショップに行く様子を思い浮かべる。


 奴なら許可証くらい偽造して持ってそうだし、サブマシンガンやグレネードランチャーの2つや3つ引っ提げてても違和感がない。

 店員が何も言わずに、ショットガンと弾丸3ダースをカウンターに出してくる光景がありありと浮かぶ。


 待てよ、入店直後にカウンター下のポリス直通ボタンを押されてる可能性が高くないか?

 マグナムの親玉みたいなヤバそうな奴が来たから、とりあえず通報しとこうって。――あり得るな。

 マズいな、初海外で即座に出禁の国を作るところだった。


 あ~、そんなことより、まずはポーションを揃えなくちゃ。

 薬もドラックストアで買えるような安さじゃないはずだし、老後預金を残しておきたいからそんなに予算に回せない。

 そう思いつつも沢山の武器が並ぶ光景は壮観で、俺の子供心を少なからずくすぐった。

 

 あっ、これ、『トリフィドの日』に出てきたブレードボウ(*1)そっくり!

 柱に上向きに掛けてあったそれは、矢の代わりに三日月型の刃を発射するクロスボウだった。

 まさしくこちらの魔物、エビルプラント向けの代物だ。植物のくせに火に耐性がある厄介な種もいるからなのだ。


 また5本の紐の先に、それぞれダイヤ型の小さな魔石が付いている鞭があった。

 品名を見ると意外と可愛らしく、『妖精の鞭』と記されている。

 ある小さな妖精の王様の持ち物に似せて作られたらしい。(*2)


 これはワイバーンから採取した魔石を使っており、その強力な魔力で頑丈な鎧やオークなどの分厚い皮をいとも簡単に裂くことが出来ると、説明書きが添えてある。

 力の弱い女性の護身用にとも書いてあったが、もう夜の女王様のイメージしか浮かばない。


 ふと気がつけば30分近く経っていた。

 ダメだつい見てしまう。とにかく先にポーションを買って来よう。

 また後でゆっくり見に来ればいいや。


 当初の目的に今度こそ行動を戻し、俺は再びフロアを抜けて階段の方へ向かった。


「おや、もしやソーヤさんではありませんか?」

 上から声をかけられた。

 見るとギーレンのギルド副長エッガーが、階段を降りてくるところだった。


 えっ、なんでここに副長が?! それよりもなんで俺ってバレてんだ?

 お面だって付けてるし、このチュニックだって王都ならそれほど目立たないぐらいポピュラーな物だろう。

 現に今のフロアでも、色違いや似ているのが何人もいたのに。


「やはりソーヤさんでしたか。いやぁ、一足違いにもう出られたと聞いて残念に思っていたところでしたが、お会い出来て嬉しいです」

 そう言いながらズンズンと下りて来ると、俺の手をしっかりと握ってきた。


「ど、どうもお久しぶりです。けれどなぜエッガーさんがここに?」

「それはもちろん今回の災厄の件ですよ。

 何しろ王都の危機ですからね。全ギルドに召集が掛かってますよ。

 それでまず我々のような主要ギルドの責任者が集められたわけです」

 それから左右に素早く顔をまわした。


「失礼ですが、ソーヤさんはお1人で?」

「奴なら気ままにどこかに行ってます。

 ところでどうして……、私だと気づいたんですか? これも付けていたのに」

 俺はフードをめくって面を外した。

 しかも歩く広告塔みたいな奴を今連れてないのに。

 

 すると副長はフフッと少し得意げに笑うと

「そりゃあ職業柄、重要な方の特徴はしっかり頭に入れておりますよ。

 体つきに歩き方、ちょっとした動作の違いで八割がた判断出来ます」


 なにそれ、なんか怖い。想像以上に観察されてたのか。

 うう、もうこの狐面はギルドじゃ使えないな。きっと情報としてインプットされてる。


「それにソーヤさんは珍しい靴を履いてますからな、一発でわかりましたよ」

 あーっ、これかっ! 

 そうだった、俺はこちらにはあり得ないトレッキングシューズを履いていたのだ。


 服はこちらに合わせられても、履きなれた靴はなかなか代えがたい。こちらの靴のソールは硬いし、底に滑り止めの溝が無いのだから。

 もう見かけだけ、こちらに偽造するしかないかもしれない。


「それにしてもソーヤさんたちが、ギーレンからいなくなって淋しくなりましたなぁ。

 ドルクの奴も面白い物が来なくなったと嘆いてましたよ」

 そう本当に残念そうに眉をひそめた。


 ドルクのおっさんかあ。

 それを聞いて俺は、ちょっと懐かしい気分になった。

 陽気で豪快によく大声で笑うスタン・ハンセン似のおっさん。


 たまにはギーレンに顔を出すのもいいかなあ、とふと思った。

 そこに追い打ちをかけるように副長が言ってきた。


「あと、リリエラも淋しがってましたよ。ソーヤさんの依頼を扱えなくなったと」

「リリエラが……」

 久しぶりに聞くその名前にドキリとした。


 ここ何十年も砂漠化した俺の気持ちに、一時の潤いを与えてくれた天使。いま絵里子さんという想い人がいるのに、あの時の瑞々しい想いがまた甦って来る。


「いや、まあ……お世辞でも嬉しいですよ。そんな事言ってもらえると。

 その、ドルクさん達はお元気ですか?」

 本当はリリエラの事を聞きたかったが、そこはあえて外した。

 

「ええ、ドルクは相変わらず大声を張り上げて元気にやってます。

 ただリリエラは最近、彼氏と別れたらしくて落ち込んでますよ。まったく職場内恋愛というのは時に厄介なものですなあ。

 仕事場が同じだとどうしても顔を合わせたり、噂が耳に入るらしく気もそぞろで……」


「ええっ! 別れたぁっ !?」

 つい声が出てしまっていた。


 俺の様子に副長はちょっと目を大きくしたが、すぐに声を潜めて話を続けてきた。

「そうなんですよ。どうも彼、スコットが浮気したとか。1階の買取所でリリエラと大喧嘩して、その場を宥めるのが大変でしたよ」


 浮気……あの野郎、あんな良い女がいるのに浮気しやがったのか!


 俺はあの夜の2人を思い出して、急激に頭に血が上って来るのを感じた。

 ハナからお前がいるから、俺は諦めたんだぞ。もしそうでなかったら、玉砕覚悟でアタックしてたかもしれないのに。

 だから顔だけの奴は信用できないんだ。あのを泣かせるなと言ったのに。(あくまで自分の頭の中でだが)


「そういえばソーヤさん、彼女の宿に一時期泊まっていたのでしたよね」

 エッガー副長が少し口元を上げた。

「宜しければ今度またギーレンにお越しください。ソーヤさんの顔を見れば、少しは彼女も元気になるでしょうから」


 これから本部で会議ということで、副長はまだ喋り足り無さそうな顔しながらも急ぎ足で降りて行った。


 後にはモヤモヤに憑りつかれた俺がポツンと残された。




   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



*1 ブレードボウ(すいません、記憶で書いているので正式名称じゃないかもしれません)

『トリフィドの日』に登場した武器。

 食肉植物の毒触手や頭をちょん切ることに特化している。火が使えない場所で有効。

 映画にはなかったように思うので、おそらく原作のみなのかもしれません。

 SF辞典に紹介されてました。



*2 『小妖精王の5本の紐鞭』

 身長20センチほどの小さき妖精の王様が所有する、先に魔法のダイヤがついた長さ90センチほどの鞭。

 王を見かけだけで判断し、傲慢にも決闘を申し込む愚か者を懲らしめる時だけに振るったと言われる。 

 デュマの『伯爵夫人ベルトの甘粥』より拝借。

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