第42話 恐るべしオーク その1


 森にはいった途端、ブートキャンプの開始である。

 薬草を検索しながら、もちろん全力疾走だ。

 ただ昨日のように後ろ向きに走れとか、難易度の高いことは言ってこなかった。

 ちょっと俺が気落ちしていることがわかっているので、負担になると思っているのかもしれない。


「痛ッ!」

 俺の頭に何か小突くように当たった。

 頭を触ると髪の毛にタンポポの種のような綿毛が付いていた。

「油断するなよ。自然にいつでも索敵出来るようにしとかないと危ないぞ」

 そういう奴の指には、別の綿毛を摘ままれていた。

 こいつタンポポの種で指弾を飛ばしてきやがったんだ。

 気を使ってくれてるとか 全く無かったわ!


「石粒とかじゃ危ないだろ? これなら空気抵抗もあるし柔らかいから、穴が開くほどにはならないしな」

「このクソッヴァリー! やるならやるって先に言えよなっ!!」

 気分が落ち込んでいる時はついイラっとして、口が悪くなる。


「オーッ いいぞ、そういう風にたまには感情を外に吐き出したほうが良いんだぞ」

「ふざけんなよっ このクソ馬鹿サメ男! 人の気持ちはそんな単純なもんじゃねぇっ!」

 なんか小馬鹿にされたようで腹が立ってしまった。

 後から考えると人(?)に対してこんなに感情を率直に出すのは、子供の頃以来だったのだが。

「なんだかガラが悪くなったな、お前。

 っていうか オレは魚類じゃないって、何度言ったらわかるんだっ!」

「イテッ! くそっ、この戦闘バカ野郎ー!」


 結局走りながら、後ろからの攻撃を避ける羽目になった。

 しかも大声で罵り合いながらなので、森の中の小動物達がビックリして逃げていくのを感じた。

 その時は気にしてなどいられなかったが。


「待てっ! ストップ、ストーップ」

 頭と左足に撃ち込まれた綿毛を避けながら俺は叫んだ。

「ん、気づいたか」

 ヴァリアスも立ち止まった。

 

 そこは少し樹々が開けた、森の中の小さな庭のような空間になっていて、例の土筆つくし似の薬草が密集して生えていた。

「結構あるな、こんなにかたまって生えてるなんて」

「たまたま人間共が取り残したから繁殖したんだな。それに周りの木立のせいで風がまわるから、胞子がここら辺に溜まって根付いたんだ」


 なんか大声出してたら少し気分がスッキリした。気分転換になったのかもしれない。

 念のため解析しながら頭の部分を取る。

 ぼんやり暖色系で光って見えるものだけを摘まむ。

 同じ薬草でも寒色系の色に見えるものを深く解析すると、まだ未成熟のものらしい。

 そういうのは採っても薬になる成分が少ないようだ。

 採ったモノはゴミ袋ではデカすぎるので、近所のスーパーで買い物した時に貰ったレジ袋に入れる。


 短時間で袋一杯に採れた。そういやこれ幾らぐらいなんだっけ。

 依頼書を見ると‟1Pdポムド(約453g) 780e”。

 スライムが確か10eだったから、こっちのほうが高いんだろうけど、1つ1つが小さくて軽いからなぁ。

 スライムより見つけづらいし、どっちが稼ぎやすいんだろう? 

 などと袋の中身を見ながら考えていたら、目の前にゼンマイに似た、頭がクルッと渦巻状に丸まった植物を奴が摘まんで見せてきた。


「これ生でも食べられるぞ。お前が好きな野菜を使った料理に時々入っている」

 そういえば野菜スープにこのグルグル模様が入っていた気がする。そのままで食べられるというので恐る恐る頭を齧ってみると、見た目の割に瑞々しくシャキシャキしていて、青臭さのないキュウリのような味がした。


「これ自体はこんな味だったんだ。癖がなさそうだから野菜炒めとかにしてもいいかな。

 でも地球に持って帰っちゃ駄目なんだよね?」

「繁殖できないように胞子を死滅させておけば、少しなら大丈夫だぞ」

「いいの? じゃあ少しこれも採って行こう」


 しばらく薬草以外に食べられる山菜採りに夢中になった。

 解析で名前や食べられるかどうかはわかるのだが、味は実際に食べてみないとわからないので、1つ1つ実食しながら好みのものを探す。

 1種類、メチャクチャ辛い芥子菜系の奴を勧められて、舌が火傷したかと思った。

 もう油断できん。勧められても解析して確認しないと。

 青臭いのからほんのり甘い甘草系まで結構採った。


 太陽がだいぶ頭上に来るようになった頃、お昼にすることにした。

 万一、スライムとか蛭とかが枝から落ちてくると嫌なので、このポッカリ開けた場所に座る。


「そういや昨日の子達、山菜とか採りに来てたんだよな……」

 つい思い出してしまう。あの時感じた小さな3つの姿。

「今夜、それぞれの両親の夢に出て、最後の別れをすることになってる。こちらへの未練を断ち切るためにな」

「えっ……そういう事出来るの?」

「まぁ運命の女神様の配慮だろうな。人生経験の少ない子供だったし、不慮の事故でもあるから」

「………そうか、でもあらためてお別れが出来るなら、あの母親もなんとか……」


 もし別れをちゃんと告げられても、それで納得できるものなのだろうか?

 それで前に一歩進める事が出来るのか?

 …………俺にはわからない。


「天使の奴らが言うには、まだ罪もほとんど犯したことがない子供だから、本人が望めば転生も早いらしいぞ。上手くすれば同じ親元にまた生まれる事もある」

「あ……それは良かった。それならまだ救いがある……」

 一瞬だがヴァリアスが見ている斜め上の方向に何か気配を感じた。

 それは俺が感知した途端に、フッと霧散したように消えた。


「わかったのか?」

「何かいたのか? 昨日もそうだったが時々空中見てるだろ」

「天使だよ、運命のとこの。あちこちにたくさんいるんだ。あの子供達の事はコイツらから聞いたんだ」

 俺は辺りを見回したが、樹々の隙間から木漏れ日がさす中、時折鳥の声がするぐらいでもう分からなかった。

「さっきは一瞬波長が合ったようだが、普段は人間には感知出来ないし、されてもいけない存在だ」


「その天使様って、どこにでもたくさんいるのかい?」

「今ここにも3体いる。人間や生物がいるとこには必ずいるし、大きい町なんか人間よりいる時はあるぞ」

 駄目だ、ホラー映画しか思いつかない。

 俺は想像するのをやめた。


 腹がこなれたので、場所を変えてもう少し薬草や山菜を探す。

 今度は昨日通り過ぎた小川より手前を左手に行ってみる。

 なんとなくあの子供達が生存していた最後の辺りで、手を合わせたいとも思ったからだ。 

 

 どのくらい走っただろうか。

 少しは無意識に継続できるようになってきた索敵に、何か引っかかった。

「何だろ? 人みたいな形のが6つ、80mぐらい先にいるんだけど」

 検索範囲もなんとか広がってきたとはいえ、まだ感度は精度が甘くて遠いと尚更だ。

 人のような姿をしているのだが、なんだか人間ではない感じがした。

「オークだ。この数だとたぶん偵察か狩りだな」

「えっ、あのオークか?」


 ゲームじゃスライム同様メジャーなモンスターで有名だし、ここじゃ食卓の定番食材で、しかもあの話によると元人間という魔物。

 見てみたいような怖いような、なんか複雑だ。


「最近狩りをしてないし、ちょうどいい。やってみるか?」

「えっ、さすがに数が多いし、元人間というのを殺るのはちょっと………」

 それに今日は狩りをする気分じゃない。

「ここの生き物は全てほぼ元人間だ。色んな生物に転生を繰り返してるからな。

 逆に言ったら元オークや元スライムの人間だっているんだぞ。そんな事は考えなくていい。

 とりあえず姿だけでも見てみるか?」


 気配と匂いを消してもらって、出来る限り近くに行ってみる。

 20メートルくらいまで近寄ったところで、やっと樹々の隙間からその姿が見え始めた。


 第一印象は後足で立ち上がった猪豚と言う感じだった。

 豚のようにおでこが出ているのだが、猪のように毛深く、濃くも薄くも頭髪があり、足に猪のような濃い毛が生えていた。

 全身を覆う毛の色も茶色や焦げ茶、黒斑模様の奴もいる。

 腕の形は人間に似ているが指は3本、足の形は猪の後足そっくりで、その蹄は人間の足のように大きかった。

 西遊記の猪八戒のような人型とはちょっと違うようだ。

 下顎から出ている牙が猪に似ているのに、顔つきは動物のそれではなく、ゴロツキを思わせた。

 2m前後くらいの体格は腹の出たレスラーといったとこか。

 どこから調達したのか腰布や肩当をしている者もいる。

 そして手には槍や剣などの武器を持っていた。


「アイツらが持っているのは全て人間から奪った物だ。間違いなく人間を襲った事があるな」

 ヴァリアスが周りを遮音して話してきた。

「やっぱり盗賊みたいなもんなのか」

 魔物とはいえ人型はやはりやりづらい。

 元人間の意識があると言われれば尚更だ。

「それよりアイツら気が付いたみたいだぞ」


 そう言われて見ると、先頭の2頭のオークがヒクヒク鼻を動かしている。

 こんな隠蔽してても見つかるのかっ?

 するとオーク達は何か話したかと思うと、俺達の方ではなく左に方向転換して歩いていった。

「オレ達に気が付いたわけじゃない。あのスライム狩りの子供達の匂いを嗅ぎつけたんだ」

「なにっ?! それはダメだっ 止めないと!」

 俺はつい茂みから出そうになった。


「やってみるか? 言っとくが俺は手助けしないぞ。あくまでお前のサポートはしてやるが、ここで俺が直接アイツらを止めたら、運命の奴らの邪魔をしたことになるからな」

「………っていう事は、今があの子達の生死のターニングポイントって事なんだな」

 見知った顔の子供達がオークに暴行される、もしかすると殺されるかもしれないのは、考えるのもいたたまれない。


「だがお前が助けるのなら問題ない。お前は半分人間だし、こちらの籍ではないからイレギュラーな存在だしな」

「う、うん……。とりあえず俺なりにやってみるよ。

 ここで無視してあの子達に何かあったら、俺出家したくなりそうだし……」

 ヴァリアスが止めないという事は、ギリギリでも俺に対処できる可能性があるからだよな。

 それを信じる事にした。


「じゃあオレは気配を消すぞ。十分注意しろ。その甘さは命取りだからな。

 殺す気でやれよ」

 そう言ってヴァリアスの姿は、薄膜がかかるように消えて行った。

 それとほぼ同時にオーク達の足が止まった。鼻をまたひくつかせている。

 俺の隠蔽が解かれたからだ。

 動きやすいようにバッグを収納すると、俺はゆっくりと茂みから出た。


「やぁ……俺の言葉わかるかい?」

 オーク達は俺から10メートルくらいのところで立ち止まって、こちらを伺うように見た。

 おそらく他に仲間がいないか警戒しているのだろう。

 声としては “ブヒブヒ” というより “ボヒィボフ” といった音に近い。

 だがそれはやっぱり言葉だった。


【……人間……ノ男?】

【1人カ……? 他ニハ……?】

「お前達森の外に行く気だろ? 頼むから引き返してくれ。俺の言ってる事わかるか?」

【何言ッテンダ? コイツ】

【引キ返セッテ……頭オカシインジャナイノカ】

 そう言って斑模様がゲフゲフ笑った。

 こいつらちゃんと言葉通じてるじゃないか。


【近クニ他ニイナイ、遠クノ女子供ダケ……】

「だからこっちに来るなってっ! 子供達に手を出すな。そんな事したらお前ら討伐されるぞ!」

 オーク達は一斉にゲフゲフ、グフグフ笑いだした。


【討伐サレルノハ……オ前ノホウダ、ゲフフ】

【グフ、殺ル……子供 女犯ル……殺ル、犯レル】

「止めろってっ! そりゃあ普段人間に狩られるから頭にくるのはわかるが……。

 今は見逃すから森の奥に帰ってくれっ」

【コイツ馬鹿カ……餌ハオ前ラ人間ナンダヨ】

【人間オモチャ……泣ク……許シコウ……オモシロイ】

 ふと、昔話で鬼は3本指という話を思い出した。

 欠けた2本のうち1本は確か慈悲の心だったと思う。


【固ソウダガ……コイツモ食ベチマオウ……手足折ッテケ……ゲフフ】

 うわぁっ すげぇ気持ち悪い!!

 話が通じない相手という以上に、おぞましさを感じた。

 これがリアルでのオークという生き物なんだ。

 ゲームなんかでは絶対に感じられない、強い悪意。

 それが今、画面の向こうではなく、同じ地面上で相対している。


 オーク達は得物を持ち直すとズンズン俺の方に迫ってきた。

 俺は空中からファルシオンを取り出した。

 後方を探知して後ろ向きに走りながら、オーク共の足元に穴を出現させる。

 

 一番先頭を走りこんできた焦げ茶オークが 『ブハッ?!』 と声を上げて落っこちた。

 だがその背中を、次々と後から走ってきたオークが踏み台にしたり、穴を飛び越えたりして進んでくる。

 俺は続いて落とし穴を作るが、動いているのと土魔法の操作が比較的不慣れで、城の堀のような深く大きいものが出来ない。

 オーク共は強い脚力で飛び越えたり、落ちてもすぐに飛び上がってくる。


「何してるっ、これは模擬戦じゃないぞっ!

 相手はお前を殺す気だ。殺さなければ殺られるぞっ!」

 姿は見えないが、すぐ頭の近くで声がする。

「わかってるよっ! わかってるけど……」


 会話が出来た相手を殺るのは、やはり躊躇してしまう。

 だが痺れを切らしたヴァリアスが言ってきた次の一言が、引き金になった。

「じゃあ教えてやるよっ。

 コイツらのうち2頭が、あの子供達を凌辱して殺した獣だっ!」


「このクソッたれっ!!」

 先頭を切って、モヒカン頭がフレイルを振り回してダッシュしてきた。

 が、俺から6mほど手前で急に卒倒した。

 勢いつけて倒れたそいつはそのまま動かなくなった。

【【【【 !? 】】】】

「言っただろっ、今死にたくなかったら大人しく帰れっ !!」


 とうとう1体殺した。

 奴の顔の付近に酸欠空気を作ったのだ。

 練習はしていたが、生き物に使ったのはこれが初めてだ。

 たぶん本人も何があったのかわからないうちに死ぬはずだ。

 せめて同じ殺すなら、なるべく苦しませたくない。

 これが奴らと違うとこだと俺は思いたい……。

 とにかくこれで、残りの奴ら諦めてくれればいいのだが……そうもいかなかった。


 1頭が倒れた次の瞬間に、左右に分かれて2頭が突っ込んできた。

 俺は剣を持ったまま、両手でそれぞれのオークの顔の辺りを指した。

 酸欠魔法を2つに意識する為だ。

 3メートル手前で2頭が続いてぶっ倒れた。

 その瞬間、左側の倒れた奴の後ろから槍が突っ込まれてきた。

 他の奴が後ろに隠れてやがった。


 咄嗟に右に跳んで槍をかわすと、右側にもう1頭が長剣を袈裟懸けに振るってきた。

 剣でそれを左に受け流すと同時に、そいつの前に出した膝を思い切り蹴る。

 オークがバランスを崩す。

 俺は剣を持った手首を切り返して、一気に左から右上に逆袈裟懸け切りにした。


 凄い手ごたえだ。まるで固い地面に切りつけたみたいな。

 オークはブギャァッと一声叫んで、後ろにひっくり返った。

 俺はすかさず、すぐ意識を失うように、その顔に酸欠空気を作る。


 また槍を繰り出そうとしていた、残りの斑模様のオークがちょっとひるんだ。

 俺は後ろに気を付けながらすぐ飛び退ったので、3mくらい間が空いた。

 これくらいならなんとか攻撃魔法が使えるか。

 まだ細かなコントロールに自信がないから、あまり接近されると魔法が使いづらい。

 自分を巻き込む恐れがあるからだ。


「無駄死にするなっ いま戻るなら見逃すからっ」

 残ったオークは戸惑っているのか、槍を斜めに持ったまま、その場で右左に体を揺らしている。

「おい、聞こえてるんだろ。さっさと帰れよっ!」

 騙されないように、決して背中は見せないようにしないと……。

 俺は目の前のオークから目を離さないようにした。


「注意しろと言っただろっ! 敵は前だけじゃないぞっ」

 すぐ近くで声がした。

 俺はハッとした。


 始め索敵した時、オークは確か6頭だった。

 今倒したのも合わせて5頭。

 残り1頭は―――


 攻撃に集中して索敵が外れていた。

 索敵し直すと同時に後ろで咆哮が聞こえた。


 そいつは後ろの茂みからいきなり飛び出してきた。

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