第41話 運命を分けた明と暗

前回と打って変わって今回からちょっと辛い描写あります。

しばらく落ち込んだり、戦闘したり、鬱になったりという展開が続きますが

必ず主人公は立ち直ります! 少しずつ強くなって。

 どうか優しく見守っててください。

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



 今日の夕食は気分を変えて、宿の食堂ではなく東門近くの店に入った。

 以前初めて入った食堂のある大通りを、すぐ横に入った角近くの店だ。

 まだ6時前とあって客は少なかった。俺達は窓際に座った。

 なんとなく通りを眺めながるのが好きだからだ。


 俺が注文した『ボルカ(山菜の一種)の合挽肉詰め 根菜スープ 白パン付き 1,550 e』

 ボルカという山菜は、見た目はオレンジがかった茶色の袋状の果肉植物のような外見で、噛むと椎茸のような味と食感があった。その旨味が挽肉に染みて、見た目のわりに日本料理を彷彿させる味だ。

 うーん、やっぱり御飯欲しいなぁ。


 ゆっくりと暗くなっていく街路を行き交う人々を眺めながら、半分ぐらい食べたところで外が騒がしくなった。

 あと数分で閉門するはずの東門の方で何人かが騒いでいるようだ。

「またヴァリアスみたいな不審者でも出たのかな?」

「なんだよ不審者ってっ!? さっきはただ祝ってやっただけだろう」

 ヴァリアスのことは東門の門番達が見知っていたから大丈夫だったけど、一歩間違えれば後ろに手がまわるとこだった。

 ホントに大人しくしててくれよ。


 大通りを焦るように、東門の方から走る男が見えた。

 少し間をおいて、ひそひそ話ながら歩いていく男2人が通って行く。

「ブッチんとこの――」

「……可哀そうになぁ、まだ6つくらいじゃないのか――」

「――獣か魔物の仕業か……」


 何か事故でもあったのだろうか。

 俺は食べるのをやめて、ちょっと東門の方に聞き耳を立てた。

 俺が窓の方に顔を向けているのに、何故かヴァリアスは俺ごしに、天井近くの上の方に視線を向けていた。


 東門の方では既に門戸を半分閉める音がしていた。

 慌てて駆け込んでくる人が担いでいるらしい、荷が立てるガサガサした音が聞こえた。

 その入って来たらしい男に門番が何か聞いている。

「――セラピアの森を通ったか? 何か見なかったか?」

「……あっしは森の西側で薬草を取ってましたけど……特に変わったことは……」


 と、今度は逆の方向から、小走りに走る男女の姿が東門のほうに消えた。

 一緒にいた男はさっき東門の方から走って行った男だ。女は男に手を引かれ腰を支えられながら、半泣きになっていた。

「……嘘でしょ、そんなのウソと言ってよ――」


「おいっ冷めちまうぞ、さっさと食っちまえ」

 ヴァリアスがテーブルを指で叩いた。

「なんか騒ぎ……? 事故でもあったのかな」

「子供が森で死んだんだ。珍しいことじゃない」

 そう言いながら『ホップバード』という七面鳥くらいの大きさの鳥の丸焼きを、既にほとんど喰い終わっている。

「……子供かぁ……。それは辛いなぁ」


 事故で誰かが亡くなるのは好ましい事ではないし、それが子供とか聞くと特に沈んだ気になる。

「病気以外で死ぬことなんか、大人でも子供でも関係ないだろ」

 まぁ確かに日本でも毎日のように交通事故やなんかで、人がどこかで亡くなっている。交番横に表示されている今日の死亡者数なんて、ついゼロかどうか見てしまう。

 

 その時遠くで女の叫ぶような悲鳴と何かが倒れる音がした。

 また誰かが怒鳴るように叫ぶ声がして、戸が勢い良く開く音がした。

「――父親は、ブッチはまだ来ないのかっ!」

「治癒師は、こんな時に何処行ったぁ!? お前捜してこいっ」

 戸が開いたせいで声が良く聞こえるようになった。

 おそらく門の関所の中らしい部屋――無意識に俺は探知をしていた――2人の男がぐったりした女を抱えていた。

 1人の兵士がドアから勢いよく出て行って、店前の通りをギルドの方に向かって走って行った。上司らしい男に指示された別の男も、急いで横にある階段を駆け上がっていく。

 壁の内部はおそらく部屋や通路になっているのだろうが、どうも魔除けの結界が敷いてあるらしく、その先はモヤモヤとしてよく判らなかった。

 バタンとまたドアが閉まったせいで、内部の結界が張られて探知出来なくなった。


 だが、その僅かな間に俺はしっかりと感じとってしまった。

 木製の台に布で撒かれた小さなモノ……、体が半分になった子供だった。

 そしてその子を俺は知っている。

 

 パチンと音がして、俺は意識を目の前に戻した。

 ヴァリアスが俺の耳横で指を鳴らしたのだ。

「あんまり意識を向けるな。飯が不味くなるぞ」

「………あの子、あの森にいた子供じゃないのか? 山菜取りに来てたらしいって言ってた……」

「そうだ」

 事もなげに言った。

「あの後、事故にあったのか……」

「結構経ってからな。オレ達とずい分離れてからだ」

「何があったんだ……? あんな姿になるなんて……」

 今さっき感じ取ってしまった姿が、頭から離れない。

「魔物に襲われたんだ。一角兎に会ったろ? 他にもフォレストウルフやら肉食なヤツらはいるからな」


「―――そういや3人いたよな、他の子達は、あと2人はどうしたんだ?」

 俺がそう聞くとまたヴァリアスはやや上の方を見た。

「もう遅い。皆死んでる」


 俺は深い溜息を出した。

 テレビやネットニュースで聞く、どこの誰か知らない人間ではなく、ほんの一瞬とはいえ、すれ違った子供が、さっきまで頑張って山菜を取っていた子供が死んだという事実が、重い緞帳のように俺にのしかかってきた。


「お前のとこでも良くあるだろ。山や海に行って事故死したとか。人間を襲う獣はどこにでもいる」

 そりゃぁ、山で猪や熊に襲われた人の話は良くあるだろうが………。

「……もしかしてあの時、こうなる事わかっていたのか?」

『いや、俺は運命の者じゃないからそこまではわからん。もしわかっても手出しはしない。

 運命のヤツらがせっかく紡いだ糸を台無しにするからな。勝手な事はできん』

 日本語で話し出した。


『それって……あの子達は死ぬ運命だったって事なのか……』

『運命はな、無数の糸で織られた網のようなものだ。横糸で他の者の運命とも繋がっている。

 そして縦糸は枝のように更に分岐点で何本かに分かれている。

 どの糸を選ぶかは本人次第だ。

 あの子供達は最悪なルートを選択したって事だ。

 もっと早く帰るか、別の道を行けば変わったかもしれないが。小さいうちは本人の運や周りの環境に大きく影響を受ける。

 今回は運が悪かった』

『じゃあ、あそこで俺が声を掛けるとか、ずっと探知してれば助かったかも知れないって事か?』

 俺の胸の奥で、小さな罪悪感が芽生え始めてきた。


 ずいっと、ヴァリアスが前屈みに俺の目を覗き込んできて、声をさらに低めて言った。

『自分の事も守れないのに、人の面倒まで見ようなんて考えるな! 

 下手すれば共倒れだっ』

 そりゃ確かに俺1人じゃ何も出来ないけど……。


『お前のとこでも、善人と言われる者は早死にするとか言う事があるだろ、あれは何でだと思う?』

『……早く……人生を全うしてしまうからとかなのか……? 全然わからない…………』

『原因は複数あるがその1つが、そうやって他人を助けようとあえて危険を冒しやすいからだ』

 そのまま銀色の月の目が俺を見据えながら続ける。


『自分の能力以上に危険を冒せば、それだけ死亡する確率が上がる。

 そしてそういう時、大概の人間が冷静な判断が出来なくなっている。

 状況を確実に見て、何が自分に出来るか考えずに行動すると、今まで関わるだけだった横糸が、いつの間にか自分の運命の縦糸に変わる。

 そうして共に滅びの糸に絡めとられる羽目になる』

 

 東門の騒ぎがこちらでは伝わっていないかのように、店の中は人が増えて来て賑やかになってきた。

 仕事終わりの役人らしい男が隣のテーブルに来て、陽気な声で話ながら仲間とエールを飲み始めた。


『そういった事を悪いとは言わん。自分以外の命を大事に思うことが出来るのも人間の良い所だ。

 だが、まず自分を大切にしろ。

 お前みたいなのが一番危なっかしいんだ』

 そう言って早く喰えと言わんばかりに俺の皿を指で小突いた。


 だがすっかり食欲が無くなった俺の手はどうにも動かなかった。

 目には入る残りの肉詰めが、色を無くしたように見える。


『だったら強くなれ、蒼也。

 自分も他人も救えるように力をつけろ。適切な判断が瞬時に出来るようになれ』

 エールを飲み干すと、給仕にお代わりを注文してから向き直った。


『運命の分岐点は無数にあるが、その中でそういう人生に大きく関わる分岐点―――ターニングポイントで選択を誤るな。

 お前の場合、ターニングポイントはあの自殺に失敗した時、再び自殺をはからなかった事だ。

 それにオレと初めて会った時、金を受け取らずにこちらに来る事を承諾した事だ。

 正解の糸を選んだって事だよ』

 と、白い男はニヤリと笑った。


 俺は味を感じなくなってしまった肉詰めをモソモソと咀嚼した。

 だが、運命の横糸はこれであの子らと切れたわけではなかったようだ。



 次の日は、そろそろギルドの依頼を何かこなさないとマズいだろうというので、2階の掲示板を見に行った。

 ヴァリアスは狩りをやらせたかったらしいのだが、俺は昨日の件もあって動物を狩る気になれず、薬草取りを選択した。

 薬草は何種類かあるらしいが、初心者にも見分けやすい土筆つくしによく似た野草にした。

 丸ごと取らずに、必要な頭の部分だけを取るとまた生えてくるらしい。

 回復薬というよりは強心剤のような薬の素になるそうだ。


「薬草採りも大事な仕事なんですよ。いくらあってもいいくらいですから、たくさんお願いしますね」

 リリエラが俺の目を真っ直ぐ見ながら依頼書の控えを渡してくれた。

 俺が浮かない顔をしているので薬草採取が、なんか下の仕事に見られていると考えていると思われたのかもしれない。

「うん、出来る限り採って来るよ」

 ちょっと彼女の声を聞いて気分が少しだけ良くなった。

 

 東門に行く途中の大通りで肉屋に寄って、オークの腸詰めにたっぷり辛子ソースをかけたモノをランチ用に買う。

 俺は焼いたパンにスライスした腸詰と野菜を挟んだホットサンドにした。

 この薬草は大抵の森や平原に生えているポピュラーなものらしいが、この町から近くの森はやはり東門のセラピアが一番近いのでまたこの森に行くとことになった。


 いつも通り東門を通ると、昨日の若い門番はいなかった。

 俺はちょっと心配になって、中年の門番に彼の特徴を伝えて聞いてみた。

「ああ、カイルなら今日は非番だよ。前から子供が産まれたら休みを取る事になってたからな」

 そうか、それなら良かった。

 あんなことがあった後だから、実はトラウマになったとかだったら申し分けないからな。

「そういやなんか祝儀ずい分はずんだんだって? やっこさん、ビックリして班長に報告してたぞ」

「馬鹿か、アイツは。だからイチイチ報告しなくていいって言ってるのに」

「まあまあ、喜んでくれたなら良かったじゃないか、とにかく行こうよ」

 俺はまたヴァリアスがへそを曲げないか警戒して先を促した。


 いつも通り右のほうの草原に行くと、大岩のところで子供達がスライム狩りをしていた。

 俺達が横を通ると、焦げ茶の髪をしたソバカスの小学校低学年くらいの男の子が声をかけてきた。


「おじさん達、森に行くの? その恰好で?」

「そうだよ、薬草採りに行くんだけど」

 えっ 薬草採りってこういう恰好じゃおかしいのかな?

「今日は森に行っちゃいけないって、さっき別のオジサン達に言われたの。悪い魔物が出たって」

 幼児を布で肩から斜め掛けに吊って抱っこしている、一番年長らしい10歳くらいの少女が代わって答えた。


「さっきのオジサン達はちゃんと鎧とか着てたの。だからそういう恰好じゃ危ないかも」

「ありがと。オジさん達も気を付けるから大丈夫だよ」 

 武装してない俺達を心配してくれたんだな。小さいながら他人を心配してくれて嬉しいよ。

 俺は手を振って森の中へ入って行った。


 だがヴァリアスも気がつかなかったようだが、この時すでに俺やこの子達の運命の糸は、交差して絡まりつつあったようだ。

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