第43話 恐るべしオーク その2
全身黒っぽい焦げ茶の毛に覆われた巨体はおそらく3mくらい。
もう猪豚というより太ったグリズリーだ。
体に対して小さい胸当てをむりやり革紐で括り付け、首にジャラジャラと金属製の首飾りを鳴らし、デカい戦斧を振り上げた巨体がドカドカと迫ってきた。
新手に振り向きざま横眼で見ると、残ったオークがニヤニヤ笑って、槍をこちらに向けている。
コイツわざと囮になってやがったな。
俺は一瞬賭けにでた。
猪グリズリー――恐らくこのグループのボスだろう―――が戦斧を振り下ろそうとした瞬間、俺は転移した。
代わりに斧で頭をかち割られながら崩れ落ちたのは、さっきの
俺が転移で位置を交換したのだ。
森の中は樹々が邪魔で咄嗟の転位が難しい。
だけどこれなら位置決めが容易だ。
その代わり当たり前だが、相手の分も移動のエネルギーを使う。
だから一度に大量の体力と魔力を使うのが欠点だが、今はアドレナリンが出ているのかそれほどガクッとこない。
もう一度ボスは大きく口を開けて咆哮してきた。
本来ならひるむとこだが、俺は以前ドラゴンの咆哮の洗礼を浴びている。
アレに比べたらチワワの鳴き声ぐらいだ。
すぐに奴の顔の周りを酸欠空気で取り囲んだ。
だがそれは、シャボン玉が弾けるように消えてしまった。
「エッ……」
俺は少し焦った。
もう一回。同じ事だった。
やりたくないが他の攻撃魔法で、旋風で石を巻き上げ、勢いよくぶつけてみた。
が、これも手前で吹き消え、巻き上げた石がオークの足元に落ちた。
風魔法が効かないのか?
だが、火炎弾も石の矢も、手前で形を維持出来ずに、吹き消えたり足元に砂となってこぼれ落ちた。
オークは自分の戦斧にくっついた仲間の頭を、邪魔そうに振って外したあと、いびつな笑いを浮かべて急にダッシュしてきた。
思ったよりずっと早い。
戦斧を振り上げるのかと思ったら、そのまま真っ直ぐに突いて来た。
咄嗟に剣でなんとか払えたが凄く重い。
絶対にまともに打ち合ったら駄目なヤツだ。
やっぱり力は見た目通り、いや、それ以上かも。
左に1歩踏み込んで、オークの右の膝横を思い切り蹴った。
だが、やはりビクともしない。
まるで大木を蹴ったようだ。身体強化してても、こちらの足がやられそうだ。
とにかく間合いを取らなければ。
だが走って距離を取るのは難しそうだ。
続いて戦斧を横に払ってきたので、右側の樹の後ろに隠れる。
ガンッ と高い音がして斧が樹にめり込んだと思ったら、そのままバキバキと樹が倒れ始めた。
樹を避けようと後ろに跳び退った時、倒れる枝葉の隙間から戦斧が繰り出されてきた。
アッぶっねぇ!
ギリギリに剣で払ったが、その勢いでバランスをくずしてちょっとよろけた。
次の瞬間、倒れた樹の葉や枝を一気に押し破るように、オークが目の前に飛び出してきた。
咄嗟に腕でガードしたが、肉厚な3本指の手で突き飛ばされた。
マズいっ!
受け身を取るため、体を丸めて左手で頭を庇う。
右手を地面にしたたか打ち付けた。
この一瞬、目を閉じてしまったのがいけなかった。
すぐ左に転がろうとした途端、左側に斧が刺さって動きを封じられた。
目の前に焦げ茶色の凶悪な顔が突き出してきて、上に覆いかぶさられた。
すかさず首に向かって刃を突き立てたが、岩のように刺さらない。
右手が痺れたと思ったら、剣が吹っ飛ばされていた。
完全に乗っかられてはいないが、身体強化をしてなければ足が粉砕骨折してたとこだ。
体重差があり過ぎて跳ね除けられないし、この丸太のような腕に関節技をかけるのも無駄だ。
人間なら両耳を両手で同時に叩いて、鼓膜を破るとかが有効なのだが、オークに効くか?
こういう場合を想定して泥人形との模擬戦でやったのは、顔への直接攻撃。
いくら皮膚が硬くても、目や鼻、耳の穴、口の中とか狙うとこはある。
大事なのは慌てずに素早く行動する事。
剣が吹っ飛ばされたので、すぐに右腰のダガーを持ち直し、左手でオークの右目を押さえた。
一瞬反対側に注意を逸らすためだ。
案の定、オークは右目につけた手のほうを振り払って、俺の首を掴もうとした。
だが見えない何かに弾かれた。
オークが一瞬ひるんだ隙に、俺は左目を狙った。
が、想定外の事態が起きた。
オークの全身を包んでいた、黒いどろりとしたものが俺の顔にかかってきて、手が止まってしまったのだ。
それは粘液のようにドロドロした感触で、悪意や欲望、殺意、憎悪といったものが混ざり合い、腐り、淀んだヘドロのようなオーラだった。
頭の芯から痺れるような強い悪寒が走り抜けた。
次の瞬間、オークが凄い力で俺の右手を掴んだ。
この場合、瞬時に空間収納に武器を入れて、左手で引き出して持ち替えるという、スキルを使った特殊技を使うはずだった。
が、さっきまで出ていた高揚感がスーッと消えて、急にこの状況をまざまざと実感してしまった。
顔に臭くて荒い息がかかる。
血走って濁った眼に、怯えたような自分の顔が映っているのが見えた。
視界いっぱいのソイツは、涎をためた牙のある口をゆがめて醜く笑いながら、とても悍ましくて、卑猥で、残酷な言葉を吐いた。
それはこれから俺にやろうとする事だった。
突然、耐え難い恐怖が全身にまとわりついてきて、抑えきれないほどの震えに包まれてしまった。
「ヒッ、ェ……ぁ……」
人間本当に怖いと声が出ないというが、あれは体が固まるからじゃないかと思う。
恥ずかしい話、この時しぼりカスのような声しか出なかった。
同時にオークが、俺の右手を握り潰すために力をこめようとした。
次に目の前が、焦げ茶から真っ赤になっていた。
さっきまであったオークの頭が無かった。
ヴァリアスが蹴り飛ばしていた。
「すまんっ! もう少し反撃出来るかと思って遅くなったっ」
そう言うや、首無しのオークの体を横に蹴り転がし、斧を抜いた。
俺は横向きになって咳き込んだ。
悪寒と震えが止まらない。息が乱れる。
「オークの毒気にあてられたな。お前のように感受性が高くて、耐性が低い者はやられやすいんだよ」
そういうと俺の頭に手を当てた。
シュワアァァと、体からどす黒い煙が立ち昇って霧散した。
毒が瘴気となって体から出ていったのだ。
悪寒が引いて呼吸が少しづつ収まり始めた。
なんとか樹に寄りかかって座ろうとしたら、膝や足首にギシギシした激痛が走った。
「イデテッ! 足が痛ぇ……」
やっぱりあの巨体に乗られて無事じゃなかったようだ。
するとヴァリアスが手を添えてきた。
怪我した部位が温かくなって、勝手に足が動いて伸びたと思ったら、痛みが引いていく。
「こういう怪我はな、回復だけじゃ元通りには治らないんだ。ヒビの入った骨とかが変形したままくっついたりするからな。
だからこうして治療することは必要なんだよ」
じゃあ俺みたいな異常回復するヤツもちゃんと治療って必要なんだ。
治療魔法とか習ったほうがいいのだろうか。
まだ震えが残る手で、収納から少し水の残ったペットボトルを出した。
キャップが上手く外せない。
「……神経にダメージが残ったか。神経は回復に時間がかかるし、お前の
ヴァリアスが忌々しそうに言うと、四角い小瓶を出してきた。
「念のために持っといて良かった。これを飲め」
なんだかアル中患者みたいに手を震わせながら、少しハッカ臭い液体を飲んだ。
3秒ほどすると体の中心が温かくなってきて、震えと呼吸が納まった。
「スプレマシーポーション――高度の回復薬だ。
元々のお前の持病は古傷だから治せないが、今受けたダメージには効く」
呼吸が落ち着くのを待っていると、ヴァリアスが俺の様子を見ながら
「しかしここまで神経に影響を与えるような毒気なら、護符で防げるはずなんだが……?
って、おいっ! 護符はどうしたっ !?」
「……えっ……あ……」
ボトルを置いて空間収納に仕舞い込んだショルダーバッグを取り出した。その背面ポケットに護符付きのスマホが入っていた。
うっかり癖でバッグのポケットに入れたままだった。
「この馬鹿っ! 空間収納に入れてたら意味ないだろがっ !!」
「すぃませぇ……」
途端に先程オークに浴びせられた毒々しい言葉と気持ち悪さ、恐怖がフラッシュバックしてきて胃が絞られたように引きつった。
「気持ち悪い……」
俺は昼食べた物を樹の根本に吐いてしまった。
悪寒と震えが再び戻ってきて、動悸が激しくなった。
後から考えるとPTSDというモノだったと思う。
頭の中からさっきのオークの声や匂い、おぞましさがリフレインして離れない。
「クソッ! これはもうポーションじゃ―――しょうがないっ」
ヴァリアスが俺の額に手を当てた。
何かが頭の中から抜けた………。
………………………………………………………………………………………………………………………………
「………………? あれ……何が怖かったんだっけ……」
凄まじく恐ろしく気持ち悪かった余韻だけあるのだが、何だったか思い出せない。
そう考えていると次第に震えと悪寒が収まってきた。
「………上手くいったか。ちょっと違反ギリギリだが、仕方ない。
これ以上魂を痛めたくないしな」
ヴァリアスが少し安堵した顔で言った。
ちょうど俺が、オークのオーラを浴びた辺りの記憶を抜いたらしい。
その記憶は随分後になってから――俺の精神耐性がついてから戻された。
記憶を消してしまうと制約違反になるらしく、『預かり』という状態にしたと言っていた。
この時の事を思い出すと我ながら苦笑せざる得ないが、この頃の俺は平和ボケした日本人だったし、純粋な鋭いナイフのような殺意よりも、混濁した悪意のほうがキツい事がある。
ましてやそれを直接感じとってしまったのだから、無理もなかったと言えるかもしれない。
魔法使いとして覚醒した俺は、以前よりこうしたモノに感度が強くなっていたのだ。
それも耐性もないまま、ストレートに感じ取ってしまう、一番危なっかしい時期だったのだ。
「とりあえず水飲め」
横に転がしたペットボトルのキャップを外して、奴が渡してきた。
吐いたので喉がひりつく。
水は冷たくて気持ちよかった。
「少し落ち着いたか?」
まだ少し悪寒と動悸、胃のムカつきが収まらないが、さっきに比べたら随分良い。
頭上で鳥の“ピィーピィイイ”という鳴き声が通り過ぎていった。
目の前の大木は折れて倒れ、そばにデカいオークの死骸が転がっているが、森は相変わらず長閑なまま、穏やかな風が吹いて微かに葉や枝が囁き、木漏れ日が揺れている。
その雰囲気に少し救われた。
「さっき魔法が効かなかったろ。これのせいだ」
そう言ってオークの首に付いていた首飾りを渡された。3,4重のチェーンに魔石らしき石や植物などが付いていて、魔石には何か呪文のようなものが書かれていた。
「魔除けの首飾りだ。
コイツ自身に魔力耐性がある上に、これをつけてたからな。まぁそれ以上の魔力を使えば通じるんだが。
それと2頭倒した時、後ろに隠れた奴らから攻撃受けただろ?
あれはな……いや、また後にするか」
良かった。
今、反省会されても、頭がまだ痺れててわかんないよ。
俺が残りの水を飲んでいると、ヴァリアスが倒れた木の方に消えたと思ったら、すぐに残りのオークと武器を抱えて戻ってきた。
もう全員死んでるよね? 念のため解析。
全員、青いスクリーンに≪ 状態:DEAD ≫となっている。
死んでて良かったと思っては不謹慎だけど……。
倒れている姿を見るとさっきまで感じていた、人の感じが無くなって獣感が強くなっていた。
元人間を殺したという自責の念が、あまり感じられなくなったのも不思議だった。
兎の時のほうがもっと罪悪感があったのに……。
「コイツらは罪人だからな、いちいちそんな風に感じてたら
だからそういう罪悪感をあまり感じさせないように、コイツらには非人的概念を仕掛けてあるんだ。
お前はこっちのものじゃないから、なかなか作用しなかったみたいだが」
俺は樹に寄りかかりながら手を合わせた。
「そっちも俺を殺そうとしたんだから恨まないでくれよ……。
でも……どうか無事に成仏してください、お肉は頂きます。有難うございます……」
ふと見ると、ヴァリアスがオーク顔の辺りを撫でるような仕草をしていた。
白目をむいていたオークの目が閉じられた。
俺の視線に気づくと奴が言った。
「こうすることで道を迷わないで逝くようにしてる。
現世を見てると迷いやすいからな」
ああ、こちらではそういう意味なのか。
俺は少し感心した。
デカいオークの首は、どうやら消し飛んでしまったようで跡形も無かったが。
「たまにヴァリアスって、神様らしい事するよなぁ……」
「ああ? いつもやってるだろ」
そう言って俺の側に、首無しオークを足で雑に転がしてきた。
前言撤回だ。
「他の5頭の魂は、係の天使の判断に任せるが、コイツだけは地獄行き決定だ」
「えっ? 確かに手強かったけど、前の兎みたいに良い練習台になったからとかで、ランク上げとかポイントとか付かないの?」
「駄目だっ! コイツはお前に……いや、とにかくコイツは一から最下層でやり直しさせるっ」
そうなのか。人間を相当殺してるってことかな。
採点の付け方が良く分からない。
とりあえずこのオークと武器も収納した。
まだ座っていたいので、さっきの吐いたものには土をかけて見えなくした。
「どうする? 疲れたろ。直接宿に戻るか」
「いや、その前にギルドに報告しないと。
こんなとこでオークが出たって事は、また別なのが来るかもしれないんだろ?」
そう報告・連絡は大事だよな。
それをしなかったせいで、後で惨事が起こるなんて御免だからな。
「お前はそういう所は気が回るよな。自分の事は忘れるくせに。
まぁ……オレも悪かった。
お前がちゃんと護符を持っているか、注意しなくてはいけなかった」
ヴァリアスが俺の横に座ってきた。
いや、もう子供じゃないから、俺自身の責任なんだと思ったが、言う気力が無くなって言えなかった。
だけどなんでこんなに具合が悪くなったんだろ?
あの戦闘、思ったより体に
確かに模擬戦と実戦では、体力も神経も疲弊の仕方が全然違う。
骨折すると気持ち悪くなるというし、治ったとはいえ、それで自律神経失調症でも再発したのだろうか。
記憶が抜けているので、この時の神経にダメージを与えた本当の原因が思いつかなかった。
30分くらいそうしていただろうか。
腕時計を見ると2時17分を指していた。
「そろそろ行けそうだ」
俺はゆっくり立ち上がって土を払った。
まだ頭の芯が重いけど、早く報告しないと落ち着かない。
「じゃあ転移で行くぞ」
「うん、まず子供達のとこに行ってくれ……」
森の外れまで跳ぶ。
木々の間から大岩の方を見ると、子供達は飽きたのか、スライム狩りをやめて今や追いかけっこをしていた。
少女は小さな子を草地に降ろして、水筒で何か飲ませていた。
「おーいっ」
子供達が一斉に振り返る。
俺はまだ大声を出すのが辛いので、近寄りながら声をかけた。
「さっき森の奥でオークが出たぞ。危ないからもう帰った方がいいぞー」
「オーク……?」
「えっ こんな明るいのに……?」
「ホント?」
子供達がざわついているので、俺は収納からモヒカン頭の奴を半分引きずり出して見せた。
「ほらっ これさっき退治した奴だ。もっといるぞぉ」
「「「オークだぁ!!」」」
「おーきゅっ」
「やべぇっ 逃げろっー」
途端に子供達は、子ネズミのように町に向かって走り出した。
少女も慌てて、小さい子を抱っこ布で抱える。
走り出しそうとして、ふいとこちらに振り返ると、ペコッと頭を下げてから小走りに走っていった。
あー良かった。
これ、信用してもらえなかったら、俺変なおじさんだよ。
「次はギルドだな。だけどその前に水補給したい。無くなっちゃったから」
余裕がないので隠蔽のまま、広場の噴水前に転移。
何人か人が歩いていたが、こちらに注意が向いていない時に隠蔽を解く。
いつも通り水売りがギルド前にいたので、空のペットボトルを渡す。
「お客さん、なんだか顔色悪いよ。1杯サービスするから、飲んでってよ」
「あ、有難うございます」
なんかサービスしてくれた。すっかり常連になったせいか。
ギルドの1階の買取所にとりあえず行く。
たまたま空いてる時間帯だったのか、買取所には他に客がおらず、暇なのか受付に1人の若い男がぼんやりと座っていた。
俺が近づいていくと男が腰を上げたが、奥でこちらを見たスタンハンセン似のオヤッさん――買取主任が出て来て「ここは俺がやる」と言ってきた。
「おう、兄ちゃんどうした、やけに顔色が白いぞ。魔力切れか?」
え、俺そんな顔色悪いのか? 鏡がないからわからないけど。
「で、今日は何だい?」
「オークです。森の奥で遭って……」
「あん、この町の近くかぁ? ちょっと奥来てくれ」
俺はカウンター横のドアから中に通されて、解体所の中に入った。
解体所は思ったより広くて町工場を思わせた。
あちこちに広くて大きな作業台が置かれ、天井には何本ものレールが交差するように走り、先に鍵爪の付いた極太の鎖が何本もぶら下がっていた。
天井に大きく開いた穴の奥には、ファンが回っていて、それで換気しているようだ。
部屋の奥の方に巨大な銀色の重そうな扉があった。
もしかして保管庫とかだろうか。なんとなく業務用冷蔵庫を思わせる。
その手前の台で2人の作業員が、何か見たことない動物を解体をしていた。
今は解体なんか見たくない。
「とりあえずここに出してくれるか」
手前の台にオークを1頭ずつ出していく。
「ん、んん? 兄ちゃん何匹持ってきたんだ?」
「6頭です。発見した奴は全部やりました」
最後に一番デカいグリズリーもどきを出す。
1つのテーブルに置ききれないので、隣の台にも分けて置いた。
あとはコイツらが持ってた武器だな。これも買い取ってくれないかな。
おっと忘れちゃいけない、受諾した薬草もだ。
これは依頼書と一緒に出した。
「兄ちゃん、かなり収納容量大きいなぁ。それじゃ魔力量もかなりあるほうだろ?」
「え……普通の収納容量ってどれくらいなんですか?」
「うーん、そうだなぁ、個人差が大きいけど、このくらいのオークで言ったら、普通は2,3頭でいっぱいだろうな。
しかも最後の奴、大物だし……」
そうなのか。そういや以前、ヴァリアスが酒買った時に、店員があの樽を全部収納したのに驚いていたっけ。
俺もとにかく入るからポンポン入れてたけど。
「これ、頭が無いが、この図体からするとハイオークだな。兄ちゃんがやったのか?」
「いえ、それは仲間がやりました。私はその他の5頭です」
うち1頭は実際、ボスのハイオークにやられたんだけどね。
「ふーん、兄ちゃんまだFランクだったよなぁ。これはもう、格上げしてもらってもいいんじゃねぇのか?」
「本当ですか。あ……それよりオークが出没したこと、連絡した方が良いですよね? それって所長達に言うんですか?」
「いや、どこで会ったか教えてくれれば俺が報告しとくよ。
兄ちゃん具合悪そうだし」
オヤッさん良い人じゃん。確かにまた眩暈が少し出てきた。
なんか座りたい。
壁にこの町の周りの地図が貼ってあった。
ちょっとこういう地図欲しいかも。
確か始めは大岩を左手に見ながら、斜めに森にはいって行ったんだから……。
指で辿っていたら、横から急にデカい手が森の一点を指してきた。
「ここだ。ここからこっち、北西に向かっていた。
大岩の近くに子供がいたから、おそらくその匂いを嗅ぎつけたんだ。これでいいだろ」
「あんた、いつの間に入って来たんだ?」
急に後ろに現れたヴァリアスにオヤッさんが驚いていた。
「蒼也は具合が悪い。これで帰るぞ」
オヤッさんが慌てて引き換えプレートを渡してくれた。
だが、俺は耳鳴りと同時に目の前が真っ白になってしまって、思わずカウンターの下にしゃがみ込んでしまった。
貧血だ。
ううっ、なんかいい年したオッサンが貧血って恥ずかしい。
後で知ったのだが、ここは仕事柄、怪我したりボロボロになりながら、取り急ぎやってくるような者は少なからずいるので、別に珍しいことでも恥ずかしいことでもなかったのだが。
「まったく、護符さえちゃんと持ってれば防げたのに……」
なんか頭の上でブツブツ文句言っている。
とにかく護符が大切だって事は身に染みた。
部屋に戻ってきてベッドに倒れこもうとしたら、赤毛の塊が枕を使っていた。
「えっ、猫!? どこから入った?」
ドアの鍵は確かに閉めていったよな?
「窓からだろ。開け放していたから」
さも当たり前のように奴が言った。
窓からって、ここ3階だぞ。
周りに足場になるような物なんかないはずだが、と見ていたら、ヴァリアスが猫の首の後ろを掴み上げて窓の方に向かった。
「待て待てっ! 何する気だっ?!」
「猫を出すんだ」
「いや、だから窓からって、下手したら死ぬかもしれないじゃないかっ!」
「コイツらはこれくらい普通だよ。もっと高い所から落ちても全然平気だ」
ここの猫はそれ当たり前なのか? 異世界の猫、忍者以上だな。
「とにかくまだ追い出さなくてもいいよ」
俺はベッドに横になりながら、収納からお握りを出した。
猫だからサケとオカカでいいかな。
匂いがするのか、赤猫は『アーゴォ』と鳴きながら俺のところに走り寄ってきた。
フィルムと海苔をはずして目の前に出すと、柔らかい毛が密集した、丸い両前足で俺の右手を押さえながら、お握りをバクバク食べた。
気に入ってくれたようだ。
それにこの肉球の感じ、表面は堅めだけど、その奥が柔らかそうな手ごたえがなんとも良い。
俺は少し頭を撫でてちょっと癒された。
猫はまだ物足りなさそうだったが、ヴァリアスにドアから外に出されてしまった。
とりあえず少し寝よう。
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