第66話 泊まれない宿屋


 考えなくても当然の事だった。

 なんたってこんな物騒な奴らを縛り上げて、ゾロゾロ連れてきたのだから。


 2,30分、色々調書を取られた後、あの大男がこの辺りでは有名な手配犯とあって、賞金が出ると言われた。

 ただ、ここでは用意が出来ないというので、後でハンターギルドで受け取る手続きにした。


「あと、馬はどうします? その他の奴らも、別の地域で賞金がかかっているかもしれないから、照合しないと」

 賞金引き換え書を渡してきながら警吏が言ってきた。

「馬? あっ あの盗賊のか。それに照合って、まだ時間かかるんですか?」

 門を出入りしていく馬車を見ながら、俺は落ち着かなくなってきた。

 もういい加減行かないと馬車が無くなりそうだ。


「すいませんが急ぐんで、残りはこちらの2人にあげてください」

「エッ? そんな、馬だけでもけっこうしますよ」

「いらないと言ってるんだから、もういいだろ」

 奴がそう言って踵(きびす)を返す。

 俺も、ビックリした顔をしている警吏と2人を残して奴の後を追った。


 大抵、乗合馬車の停車場は門のすぐそばにある。

 この門のすぐ目の前の広場に、何台かの様々な馬車が並んでいた。


 が、『プーケ行き』や他の方面行きはあるが『マリーヤ行き』や『モーリヤ行き』はない。

 すぐに近くの馬車案内所に飛び込んで訊いた。


「マリーヤとモーリヤ行きなら、四半刻(30分)前に最終便が出て行きましたよ」と係員。

 クッソ! またかよっ。また乗り損ねた。


「そうイライラするな、無いものはしょうがないだろ。まぁ最悪4日後にラーケルに着けばいいんだから」

 と奴が俺の肩を軽く叩いた。

「ああ、そういやそうだったな。別に全部馬車で行かなくても、最後に転移使ってもいいしな」

「そうそう、ただしやるのはお前だけどな」


「エエッ?! 無理に決まってるだろ? 大岩から赤猫亭までの距離どころじゃないぞ」

「何回かに分けて行けばいいんだ。ラーケル村の感じは覚えてるだろ? それならそっちのほうに跳べるから大丈夫だ。

 それとも走っていくか?」

 どっちも体力勝負だな。

 この悪魔はあくまで俺に訓練させたいみたいだし。

 ドラクエのルーラみたく距離に関係なく移動出来りゃいいのに。


「……わかった、あと3日あるしな。今日はもうここに泊まる宿を見つけよう」

 なんだか某TV番組のバス旅みたくなってきたな。

 しかし そうと決まれば町にいる間はのんびりするか。

 時刻はちょうど3時だ。閉門まであと3時間ある。


 ギーレン同様、市壁沿いと門の正面に広い道路が通っている。

 とりあえず中央の通りを行こう。

 ギーレンに比べると店先が少し庶民的な外観の店が多く、ややデコボコした石畳に少し藁やゴミ、馬の糞らしきモノまで所々落ちている。

 ギーレンではつい見なかった、いわゆる物乞いらしきボロを纏って、通行人に手を差し出す男が道端に座っている。


「ここは下町エリアなのかな。言っちゃあなんだけど、ちょっと埃っぽいような……」

 空気にもなんだか色々な臭いが混じっていると思ったら、店先でドードーらしい鳥の解体作業をやっている肉屋があった。

 他にも3匹、血抜きをするためか、軒先に逆さまにぶら下げている。


 別の店から外でバーベキューのように焼いている、肉の煙が風で流れてきている。

 その先では中庭で、魚を開いたものを板に張り付け、天日干ししていた。


「こういった町の方が普通だ。ギーレンや王都のほうが稀なんだ。

 あそこは道にゴミを落とすと罰金を取られたし、領主も違うから、町の衛生管理の仕方が違うからな。」


 歩いているそばの排水溝の隙間から、半透明の触手がにゅるんと出て来て思わず飛びのいた。

「スライムだよ。前に王都でみた、シストゥニーという水棲スライムを見ただろ?

 天井が低かったり、雨で水位が上がると、あれの下水用の改良種がたまに登ってくるんだ。

 外は騒がしいし、水がないから地上には出て来ないけどな」

 確かにここの人達は見慣れているのか、プルプル蠢く触手を見ても、何も感じないように横を通り過ぎていく。

 ギーレンや王都で見なかったのは、下水道の造りが違うかららしい。


「そういやさっきの鳥は?」

 気がつくと、あの鳥がいつの間にかいなくなっていた。

 門に入る直前までは確かこいつの肩にとまっていたよな。

 いつ逃げたのか気がつかなかったが。

「いるぞ、ここに」

 スッと右手に空中から黒い鳥を出してきた。

 鳥は『ピルッ?』と小首を傾げた。


「あれっ、空間収納してたのか? 生き物もできるのか」

 荷物とかを入れる能力として考えてたから、生き物を入れとく考えはなかったな。

 なんか可哀そうだし。


「基本的には生きてるヤツは入れられないぞ。魂が入らないからな。

 体の一部なら平気だが、もしも無理矢理入れたら、ソイツは魂が剥れて死ぬ」

「エッそうなの?! 意外と物騒なスキルだったんだな、空間収納って」

 手を入れるのが恐くなるじゃないか。


「普通は魂が引っかかって、全部は入らないんだ。仮死状態とか死にそうに弱ってるとかなら別だが」

 そうなんだ。だけどそれで完全に死んじゃうんじゃ、冷凍シジミとかは入れられないな。

「オレのは神力だからな、魂を外さず入れておける。コイツはお前のテイムの練習用に取っとこうと思ったんだ」

 と、一瞬にして鳥は消えた。


「テイムってあの鳥、さっきあんたに懐いていたけど、テイムしてるのかい?」

「前にも言ったが、オレのは普通のテイムとは違う」

「やっぱり脅して従わせるとか?」


「オレは賊かっ!? 違うわっ!

 簡単に言うと脳を侵食して、精神と体を操作するんだよ。強催眠に近いな。

 この方がストレートで面倒くさくないからな」

「それっ賊より酷いぞっ! 操り人形みたいじゃないか」

「おおっ良いとこに気がついたな。

 人形を操るのが傀儡回くぐつまわし、アンデットを操るのがネクロマンシー、両方とも闇魔法だ。

 オレのは対象が生きてても関係ないけどな」と、ドヤ顔をした。


 神様お父さん、なぜこいつが神の使いを名乗るのでしょうか?

 こいつが万が一、新興宗教の祖にでもなったら恐ろしい事になりますよ。


 歩いていたら『赤猫亭』ぐらいの3階建ての宿を見つけた。

 中は右手が食堂らしくテーブル席があり、左側にカウンターがあった。


「部屋空いてます? できれば2人部屋が良いんですけど」

 見事なバーコード禿げのおっさんが、俺達の姿を足元からジロジロ見ると

「お客さん達はどちらから来なさったね。箱馬車に乗って来なさったかのね?」

「ギーレンからです。箱馬車には乗れなかったので、荷馬車で来ました」

 そう聞くや、おっさんの口元から笑みが消えた。


「あー、そりゃあ大変でしたね。悪いけどあいにく満室なんでさぁ」

 ん、なんか急に口調がぶっきらぼうになったぞ。

 だったらなんで先に満室って言わないんだ。


「満室だとさ、蒼也行くぞ」

 奴がさっさと出て行くので、腑に落ちないが宿を出る。

「もちろん満室なんて嘘っぱちだ。泊まらせる気がないだけだ」

 歩きながら奴が言った。

「やっぱりそうなのか。なんか値踏みされてる感じだったしな」

 振り返ると大きなリュックを背負った男が宿に入って行った。

 そっと探知してみると、おっさんと男は軽く話した後、鍵を持って上に上がっていった。


「何が気に入らなかったんだろ?」

「荷馬車で来たって答えたからだ。

 服装からして金は持っていそうなのに荷馬車で来たから、金を使わない渋い客(ケチな客)と思ったんだろ」

「むぅーっ そんなとこで見極めてるのか」

 なんかタクシーに乗車拒否されたみたいで気分が悪い。


「よくある事だ、客商売だからな。

 だけど確かにやられたら、気分の良いものじゃないよなぁ」

 横を歩く奴の目が、まだ明るいのに底光りして見えた。



 宿屋の主人デンは、鍵を持って2階の角部屋に客を案内した。

 客はさっきワゴネットでやってきて、疲れているのですぐに横になりたいようだった。

 提示した部屋代にも、すぐに1割のチップをのせて渡してきた。

 まずまずは良い客だ。


「ここは角部屋ですから、隣部屋や廊下前の物音が少なくて、ゆっくりお休みいただけまさあ」

 愛想よく言って部屋の鍵を開けると、サッとドアを開く―――はずだった。

「ん?」

 いつもなら軽く開くはずのドアが開かなかった。

 力を入れてもう一度。

 やはり開かない。鍵を開けた手応えはあったが、もう一度鍵を差し込む。

 今度は手応えがない。


 一度開けているからだ。念のため鍵をかけ直して、もう一度開けてみる。

 ガチリと音がする。

 だが再び引っ張ってもドアは開かない。

 鍵は確かに開いているはずだ。


 なぜならドアの隙間から、鍵のスライド棒が出ているか否か確認できるからだ。

 今度は両手を使ってノブを持ち、思い切り引っ張った。なのにドアはくっついてしまったように動かない。

 蝶番でも錆びてしまったのか? 今朝普通に動いていたのに??


「開かないんですか?」

 横で客が焦れて床に荷物を下ろした。

「ええ、ちょっと引っかかっちょるようで……しばらくこちらでお待ちくださぁ」

 部屋ならもう1つ、2人部屋だが空いている。ドアを直すまでこちらで待っていてもらおう。

 鍵束から別の鍵を外して、真ん中の部屋に案内する。が――。


「どうなってるんださぁ!?」

 この部屋も、昨日までは客を泊めている時は、何の問題も無かったはずだ。

 いや、客が出た後、確認と掃除のために入って、ドアを何度も開け閉めした。

 確かに。

 それが今では、壁と一枚岩になってしまったように張り付いて、全く開かない。

 流石に不審に思った客が加勢したが、ドアはビクともしなかった。


 *********************

 

 俺がこのトランドの奇怪な出来事を知ったのは、それから約1ヶ月後、久しぶりに買ったタブロイド紙を宿で読んでいた時だ。


 その記事には大きめの見出しで『旅人宿の呪い――開かずの魔』と書いてあった。

 その下の挿絵は、C字型に歪んだドアを、目一杯引っ張ているバーコード頭の親父と、その親父の腰を引っ張っている、客らしい荷物を背負った男。

 横で斧を振り上げているドワーフなどが描かれていた。


 ドアはある日 突然開かなくなり、誰も入れなくなったらしい。

 しかも他の部屋に泊まっていた客が出ていって鍵を返すと、その部屋もまた開かずの間となった。

 そうなると先に泊まっていた客達が、気味悪がって――もしくはゲンが悪いと――次々と出て行った。

 宿の客室は、全部空いているのに開かなくなってしまった。


 しかしそこは商売人、そこを逆手に見世物として宣伝をした。

『名だたる力自慢、または鍵師、大工など、この開かずの間に挑戦してみなさるや?』

 町中や近隣の町や村から、我こそはと思う強者共が挑戦しにやってきた。

 もちろんマッドブルをなぎ倒す力自慢も、ダンジョンで幾多の難関の罠を解除した鍵師も、町一番の壊し屋も、全く歯が立たずに疲労困憊して帰っていった。

 

 誰かがポツリと言った。

 「呪いじゃないのか」と。

 少しは名の知れた教会から、決して低くない寄付金と交換に聖水を貰ってきた。

 何も起こらない。

 僧侶を連れてきた。解呪できない。

 占い師にもわからなかった。


 始めは面白がってやって来ていた人々も、段々呪いの可能性が濃厚になってくると、ピタリと来なくなった。

 来ないどころか避けるようになっていった。

 もうこの宿にやって来る者は1人もいなくなった。


「ヴぁ、ヴァリア―スッ !!」

「なんだよ、目の前にいるのに、なに大声出してるんだ」

 奴は部屋のソファで、夕食後のウイスキーをグビグビ飲んでいた。

「これっ あんたの仕業じゃないのか?!」

 俺は奴の鼻先に新聞を突き付けた。


「あ~」

「あ~じゃねぇっ!何やってんだよ?!」

「忘れてた。そういやそんなことあったな」

「ったく、呪いかけっぱなしで放置かよっ。見ろよこれ。

 あの宿屋のおっさん、心労でだいぶ参ってるらしいぞ」


 記事の最後は、宿屋の主人がこのままだと首を括らねばならないと、深刻な状況を語っていたとして締め括られていた。


「使わないなら無いも一緒だろ。だから封印しただけだ」

 開き直った。

「そりゃ、ムカついたけどせめて1日くらいで十分だろ。これ3日前に発行された新聞だぞ。

 あれからずい分経ってるじゃないか」

「わかった、わかった。そうカリカリするな」

 そう言うと奴は目の前で急に、パンッと軽く両手を打ち合わせた。


「はい終わり」

 両手の平をこちらに見せた。

 もちろんこちらは何も変わらない。


「あんたを信用しない訳じゃないけど、一応明日トランドに確認に行くぞ」

 この目で確かめないとどうも落ち着かない。

「おお、いいぞ。もちろんお前の転移で行くんだろうな」

「こっのぉ 悪魔がぁ~!!」


 ちょうどその頃、トランドの宿ではまた不思議な現象が起こった。

 宿の中で唯一ドアが開閉できる部屋――1階の主人部屋で寝起きしているデンは、その日も憔悴しきった体をベッドに横たえていた。

 

 これからどうなるんだろう? 

 僧侶は『呪いを解くには善行を積むことだ』と言った。

 だから今日、道で見かけた乞食に250エルやった。

 1杯くらいの酒代にはなるだろう。


 だけど明日は我が身だ。もうすぐ蓄えもついてしまう。

 神様、あっしがどこか悪かったんなら改めまさぁ。もっと他人にも優しく接しまさぁ。

 だからもう怒らないでくだせぇ。

 

 さっき終刻の鐘が鳴った。もう夜警の鳴らす鎖の音も聞こえない。

 これからまた長い夜が始まる。

 開け放したままの、ドアの横のランプの種火が暗闇にほのかに見えるだけ。


 突然、バァン!! という宿全体に響く音にデンは飛び上がった。

 音は1回だけ、それきりまた何も聞こえなくなった。

 だが確かに聞こえた。

 夢じゃなくこの宿の中だ。

 ランプの灯を入れると、恐る恐る客室のある2階に上がった。


 2階の部屋のドアが全部開いていた。

 腰が抜けそうになりながら、慌てて3階に駆け上がる。

 3階も全てのドアが開いていた。


 気がつくと、デン自身の口も開きっぱなしだった。

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