第247話 新たなる仲魔 その3(スカイハイ)


「言っとくが今はお前より劣ってるが、コイツはそのうち確実にお前を抜くぞ。

 おそらく100年もかからんかもしれん」


 ドラゴンが少し首を引きながら、やや疑わしそうな顔つきをした。

【……たった100年ぐらいで……ですか?】

「そうだ。お前だって血を舐めてわかっただろう? コイツが未知数なのを」

 そう言いながら奴が俺の頭をポンポン叩いた。


「だから弟分を大切に扱わんと、後で仕返しされるぞ。それにコイツに何かしたらオレが許さんからな」

 奴がギロッと睨むと、グッとドラゴンが喉の奥を鳴らした。


【……自分は別に弱い者虐めはするつもりはありません。それに仲間なら尚更、無下な扱いはしないであります】

「そうだな。気まぐれかもしれんが、あの水売りを助けたようだし。

 アイツはお前に感謝してたぞ。お前にあったら礼を言ってくれと」


 その時ドラゴンの頭の中に脳汁がぶわっと溢れ出た。

 それは別名:ノルアドレナリン――ストレスや恐怖を感じた時に出る脳内ホルモンだ。

((――危なかった―― あの時、俺の下した判断は正しかったんだ。

 あの男を見捨てなくて良かった、俺……))


 いったん収まったドラゴンの心音がまた激しくなった。

 さすがにそんな思いで打ち鳴らされているとは、ヴァリアスも気づかなかったようだ。

 俺もこの時は、奴に睨まれた動悸が後から来たのかと思ったくらいだった。


「で、どうする呼び名は?」

 奴があらためて俺の方に訊いた。

「俺が決めていいのか? だって俺、下っ端なんだろ?」

 ちょっと俺もへそを曲げていた

 相手がドラゴンじゃしょうがない気もするが、ちょっと悔しい。


「どうせならあんたがつけてやればいいじゃないか」

「ん~~、『ブラック』はもう使っちまってるし、『ブラック2号』ってのもなんだか船みたいだしなあ」

 奴が顎を摩りながら言った。


「う~ん、オッドアイやイージスも安直か。だったらここは日本語で『クロ』にでも……」

 こいつ創造の使徒なのに、ネーミングセンスは致命的だった。

 奴のこのままのセンスで『クロアカ』とかにされたら、ちょっと可哀想だ。俺もそのまま呼ぶのもなんか嫌だし。

 俺も考えることにした。


 昔見たアニメ*『フライト・オブ・ドラゴン』に出て来る、悪い魔法使いについていたブラックドラゴンは何て名前だったけかなぁ?

(参考動画: https://www.youtube.com/watch?v=Qs8s1yixqYY )

 いや、あれはれっきとした悪役なんだよなあ……。


 黒と赤もとい『赤と黒』とくればスタンダールだな。だけどちょっとこいつはスタンダールという感じじゃないな。

 え~と、黒と赤のイメージだと、ドラキュラか? となるとドラゴンと掛け合わせて『ドラクル』とか?

 だけど、これも悪役のイメージが……。


【――ジェンマ】

「ん?」

 俺と奴が延々とあーでもないこーでもないと考えていたら、ドラゴンが呟いた。


【ジェンマと、ある人に呼ばれてました……。自分の目が宝石ジェンマみたいだと云って】

 ドラゴンはどこかしんみりとした感じで言った。その目はどこか遠くを見るようだった。


「ジェンマ……か。ジュリアーノ・ジェンマ、いいじゃん。

 俺は『夕陽の用心棒』より『荒野の1ドル銀貨』の方が好きだけどさ」

「お前は何を言ってるんだ??」

 奴に呆れた顔をされてしまった。ちょっと恥ずかしい。映画好きにしか分からないネタだった。


「そのある人というのは、もしかしてお前に小さくなる『縮体魔法』をかけた奴か?」

 奴の問いにドラゴンは、ゆっくりと頷いた。

「呼ばれていた……、そいつはもういないんだな?」

 少しドラゴンが目を細めた。


 ああ、そうか。

 彼にもそうやって慕う相手がいたのか。そしてそのヒトはもう、会える存在じゃないんだ。


「よし、わかった。今度はオレがソイツの代わりになってやる。

 お前を人間や魔族の手から守ってやるよ。オレの眷属になったんだから手出しはさせん。

 安心しろ、ジェンマ!」

【はいっ! 宜しくお願いいたしますっ!】

 もう何度目かのドラゴンの土下座を見た。


 それからスクッと体を起こすとこっちを見た。

【という訳で、俺はジェンマだ。そう呼んでいいぞ、ソゥヤ】

 くぅ~~~っ、やっぱ腹立つな こいつ。


「ではオレの配下というのが、誰でもわかるように印を付けた方がいいな。

 従魔のように首輪を付けるのが一番なんだが、それじゃ鬱陶しいだろうし……」

 奴がジェンマの首元を見ながらちょっと考えていたが、おもむろに自分の髪の毛を1本抜いた。

 それをふっと軽く飛ばすと、ジェンマの首にスルッと巻き付くようにくっついた。

 ポウッと光を発し始める。

 

 それは黒地に赤を散らした艶のある鉱石のような鱗の上に、アイボリーの首輪をぐるりと描き出した。

 そうして光が収まると、稲妻模様とペイズリー風の蔓草模様が組み合わさった、王女の首飾りを思わせる図形が首まわりに残った。

 ジェンマも首をまわして、自分の首元を眺めている。


「どうだ、もっと違うデザインがいいか?」

【いえいえ、トンデモナイっ! これで十分、有難き幸せです】 

 またジェンマはひれ伏した。


「そうか。ちなみにそれは表面のように見えるが、実際は皮下の奥にあるから、鱗が生え代わっても、皮膚が剥がれても消えることはないから安心しろ」

 それ、入れ墨より凄くないか?


「よし、じゃあお前はもう自由にしていいぞ。用があったら呼ぶからな。それまでいつも通りしてろ」

【えっ? 宜しいので??】


 どうやらジェンマは、家臣としてずっと傍でかしずくのだと思っていたようだ。

 俺もちょっとそんな感もあったが、そうしたら奴と一緒以上に目立ち過ぎるというか、置き場所もない。

 街なんか歩けなくなってしまう。


 うん、これは放し飼いで正解だな。

 俺達が餌をやらなくても勝手に獲って喰うだろうし……ん……。


「ちょっと待てよ。確かにこれで誰が見ても、どこかで飼われているドラゴンってわかるかもしれないが――」

【飼われるんじゃないっ! 従うんだっ】

 ドラゴンが文句を言ってきた。

 くっそぅ 鼻息が強いんだよっ! しかし鼻息もなんだかハーブ臭が凄い。


「お前には人間の社会のことなんか、わからないだろっ!」

 もう俺も遠慮しなくなった。

 本当ならドラゴン相手にこんな大口叩けるような度胸なんか微塵もないのだが、奴が傍にいるせいか、それとも眷属の契りをしたせいか、不思議とこいつには怖さがなくなっていた。


「ヴァリアス、このまま首輪付けただけじゃ、今度は誰の従魔だって騒ぎになるんだぞ!

 それにこいつが何かやらかしたら、飼い主のせいになるんだからな。

 責任の所在をハッキリさせとかないと。

 まずギルドに登録とかしなくちゃいけないんじゃないのかっ!」


 ポーだって従魔としてギルドに登録されてる。

 あんな癒し系でも義務があるのに、こんな脅威ランクなら絶対しなくちゃ駄目だろ。ペット禁止のマンションでこっそり犬猫を飼うのとは訳が違うんだ。


「面倒くせぇなあ……」

 奴は本当にそこまで考えてなかったようだ。眉を曇らせて首を横に傾けた。

 てめぇ、やっぱり後先考えずに、思いつきで行動してたな! ったくこれだから人外無法は困るんだ。

「しょうがねぇ。ギルドに登録しに行くか」


 残っていた酒樽を奴がサッと収納し、残っていた荷車の残骸や馬の残りは一瞬で灰と化した。

 酒樽は後で奴の巣に運ぶとして、これからは酒の心配をしなくてもいいと奴が約束した。


 わざわざ酒を積んだ馬車を襲わなくても、眷属になった報酬に定期的に酒を提供することにしたのだ。

 これには思わずジェンマが小躍りしそうになった。

 待て待て、この狭い岩場でやめてくれ。


「登録はギーレンのギルドでいいだろ。

 ジジイんとこじゃ小さすぎて、手続きをどうせ他所にまわすことになりそうだし、王都にコイツを連れて行ったらさすがに騒ぎになる」


 それはギーレンでも同じことじゃないのかと思ったが、確かに王様のいるとこにまだ未登録のドラゴンなんか連れていったら一発でテロリストに登録か。

 なら知り合いのギルドのとこで、出来るだけ穏やかに済ませたい。  


 すると奴が一足飛びにジェンマの首後ろに飛び乗った。

 俺も乗ろうとすると

「いや、蒼也はまだここは無理だろ」

「えっ? それは俺が下っ端だからか?」

 なんだかヒエラルキーの虐めのような嫌な気分がした。


「違う。お前じゃまだ、上の風圧を防ぎきれないだろ。それが出来るようになったら上ってきていいぞ。

 チンタラ飛んでたら夕方になっちまうからな」

【速度をあげてもよろしいので?

 なんなら自分が、こいつに風除けの膜を張ってやりますが】

 ジェンマが首を背中に回して言ってきた。

 もう こいつ呼ばわりかよ。

 って、そんなにドラゴンの背に乗るって大変なのか?

 ファンタジーじゃよく気軽に乗ってるが。


「いや、いい。これも練習だ。お前の力でギーレンに着くまでしのいでみろ」

 また特訓かよ。

 それにだったら俺、どこに乗ってくんだよ? まさか口の中とか言わないだろうな。



         ***



 どこか捕まった獲物感が否めないのは、俺のひがみだろうか?

 俺はドラゴンの左手に、まさしく掴まれていた。


 奴の手は4本指でその中指に腰を掛け、丸太のような人差し指に手をつき、その2本の指の間から足を出す格好になった。

 親指はぐるっと、俺の胴横をまわって人差し指で輪を描いている。


 大体、この図は誰が見てもドラゴンのデザートにしか見えないと思うんだが……。

 だが、そんな気分もドラゴンが飛び上がると、するすると消えていった。


 以前にダンジョンの中を飛んだことはあるが、さすがに天井のない外の世界。

 いくら広くても閉鎖された世界を飛ぶのとでは、まさしく雲泥の爽快感の違いがあった。


 みるみるうちに高度が上がり、振り返るとさっきまでいた赤茶色の浜辺が後ろの水平線上のただの線となった。

 先程までどんよりと重く曇った空は雲も切れ、眼下の揺れる水面にキラキラとした光を射してきた。


 その波間に5,6個の丸く泳ぐ背中が見えた。

 イルカの群れかと思ったが、それは一直線上に並び上下していた。


 もしやシーサー巨大水蛇ペントとか?! 

 じっくり観察したかったが、その姿もあっという間に後ろに消えてしまった。


 あの大きさからして何十メートルあるんだろう。まさに昔の海図に出てくるような魔物が、古代の海竜のように泳いでいた。

 本物のUMAだ。あ~、写真撮っておけばよかった。


 今は移動のみで戦いの心配もないので、俺は少し遊覧飛行気分を楽しみつつあった。

 だが、そんな風にのんびりと味わえたのは1分も続かなかった。


 段々と速度が増して来ると当たる風も強くなってきた。

 それと比例して顔が激流を当てられたように、否応なく歪んできて目を開けるどころか息もしづらくなってきた。

 指の隙間をすり抜けて当たる風に体ごと持って行かれそうになり、夢中で指にしがみつく。


 一体いま何キロで飛んでんだっ?!

 ヤバい、息もそうだが、フードをなんとかしないと、空気抵抗で頭が後ろに引っ張られる。足が引っ掛かっているので抜けはしないが、エビ反り態勢のままGがかかり続けるのは想像以上にしんどい。

 俺はなんとか風魔法で体のまわりを操作しようとした。


 トンっと、頭に壁が当たった。

 ジェンマが俺にまわしていた親指を立てたのだ。

 その背もたれのおかげで後ろに仰け反らなくて済んだ。

 そうして空いていた片方の手も添えられて左側を塞いだ。

 上を見上げると、ジェンマと目が合った。

 ドラゴンは何も言わずに、また前方に視線を戻した。


 この野郎、意外と気ぃ使ってくれるじゃないか。結構良い奴なのかもしれない。


 一応気を付けているのか、街や村など人の集落の真上は通らなかった。

 そういったところは雲の上を渡って隠れ飛んだようだ。


 ふと白い雲の運河の上を、黄色と赤のコントラストの菱形が悠々と遠く飛んでいるのが見えた。

 それは後ろ足はあるものの、青い空を海のように泳ぐマンタのようだった。

 やがてそれは、静かに高度を下げて雲海の中に消えていった。 


 また大地の上に戻った際、雲より高い山の上に更に高い見張り塔があったところでは、赤い兜を被った兵士らしき小さな姿が、こちらを見てしきりに指さし騒いでいる様子が見てとれた。


 頂上に白い雪を飾った山々が、高く連なっている間を通り抜けたかと思うと、5色の砂を巻き上げる砂丘が延々と広がる砂漠地帯に出た。

 ジェンマの落とした影に驚いた何かが慌てて砂に潜ったようで、あちこちに砂煙が立つ。


「ここはサンサーラ砂漠と人間どもは呼んでいる」

 奴の声がした。

 何だっけ、聞いた覚えがあるな。

(サンサーラ砂漠:第75話『ガラクタ市で初出店 その3』参照)


 その砂丘を覆うような岩の山脈を越えると、今度は海のように広い湖に出た。


 まわりはびっしりとした大森林ジャングルで覆われていて、所々に大岩が突き出ているぐらいで、人工物は全く見当たらない。

 少し高度を下げて湖の上――と言っても、余裕でビル10階建てくらいの高さはあるが――を滑空する。

 

 と、水面に落ちる影と同じ速度で何か大きなさざ波がついてきた。

 何か大きな魚でもいるのだろうか。

 それは段々と大きくなってきて、おそらくマッコウクジラほどの大魚が上がって来るのかと思った途端、水面下に巨大な女の顔が浮かび上がった。


 それは青と銀と水色の長い髪を揺らしながら、ピッタリと俺たちの動きと合わせてついてきた。

 そしてぱちりと目を開けると、ブルージルコンの輝きを持った青い宝石のような瞳がこちらを見上げた。


 ほうっ と言いたげに、その綺麗な形をした唇が少し開く。

 それに向かってジェンマが軽く尾を垂らして、先で弧を描いてみせた。


「今のは……なんだ?」

 眼下の湖が途切れ、再び森の上を滑空して、催眠が解けたように気がついて訊ねた。

「あれはウンディーネ水の精霊だ」

 上の方から答えが返ってきた。


「ウンディーネ? あんなに大きいのか!? 俺はもっと人魚ぐらいのサイズかと思っていたが」

「あれはただ投影された影に過ぎない。本体はもっと湖の底にいる。

 それにあれは精霊だから決まった大きさという定義はない。ここは大きな湖だからあれくらいの大きさに広がって見えるというだけだ」


【あの方はこの湖の主ですよ。小さい頃、兄弟たちと泳いだ時によく波を作って遊んでくれました】

 サーフィンでもしたのか? ジェンマ。

【自分のこの栄達した姿を見て、喜んでくれたようです】

 ドラゴンはどこか誇らしげに言った。


 樹木の大海の中、塔のように一段と突起した岩山の上に、壊れかけたお城が立っているのが前方に見えてきた。

 その昔、この辺りにエルフたちが住んでいた名残りだとか。

 彼らはここまで侵攻してきたベーシスヒト族の手から逃れるために、城を捨てざるえなかったのだ。

 今やその城は半分に崩れ落ち、その断面に樹々が蔓のように根を伸ばして巨大な世界樹のようになっていた。

 

 また左手に何か大きな鳥たちの群れが見えたが、もちろん俺たちに追いつくことも、追いかけて来る事もしなかった。

 ただその頭部らしき位置に、頭らしいシルエットが2つあるのが見えた。


 そうこうしているうちに雲の切れ目から、万里の長城のような壮大で長い塀が見えてきた。

 何個めかの国境に来たのだ。


「よし、ここからは隠蔽をかけておく。手続きをする前に騒がれても五月蠅いだけだからな」

 すると雲に落ちていた、ドラゴンの影が消えた。

 

 やがて雲の切れ目に塀に囲まれた街らしき建造物の集合体が見えてきた。右手には細く長く、森から見え隠れする道も見える。 


 こんな巨体をまずどこへ降ろすんだと思っていたら、その街の手前で速度を急に落とすと、ゆっくりと森の中へ降下していった。

 そこはあのスライムの湧く大岩の平原だった。


 さすがにこの巨体、いくらゆっくり降りたところで体感的にはズズンとした衝撃が伝わってきたが、奴がかけた隠蔽か遮音魔法のせいで静かに降りる事は出来た。

 幸い辺りには、スライム狩りの子供たちもいない。

 着地と同時に奴がサッと飛び降りた。


 俺はというと、まるでジェットコースターに何十周も乗り続けたみたいにヘロヘロな状態で地面に降ろされた。

 もう体力と魔力も限界、風を休みなく操作し続けたおかげで疲労困憊していた。


 せめてこの10分の1の速度にして欲しかった……。

 本当は純粋に空の旅を楽しみたかったが、ほとんど烈風と重力との戦いだった。

 きっとジェット戦闘機の風防ガラスを、開けたまま飛び続けたらこんな感じなのだろうか。


 俺が草地にへたり込んでいると、あの香草ハーブ臭い息が横からかかってきた。

【また血ぃ舐めてみるか?】

 自分の血の効用をよくわかっているようで、ごく自然に言ってきた。

 その申し出にちょっと心が揺れた。

 さっきは腹をたててスマン……。


「大丈夫だ。コイツの体調管理はオレがやる」

 そう言いながら、奴が俺の頭に手を当てた。

 いつもながらのフワフワしたエナジーが全身に流れ込んでくる。

 回復していく俺を、ドラゴンが感心したように見守っている。

 ああ、確かに俺、この中じゃ末弟だな……。

 つい納得してしまった。


 続いて奴がドラゴンの方に手をかざす。

「お前も治してやるよ」

【いえ、自分は大丈夫です。これくらいの飛行なんともありません】

 と、ドラゴンが胸を張った。


「いや、疲れじゃなくて魔素の方だ。いくらお前が魔石を沢山溜め込んでても、長い事こんな薄い魔素のところにいると、急に欠乏症を起こすぞ。

 ちょっと調節してやる」

 そう言いながらジェンマの鼻筋のところに手を当てた。

 光ではなく、なにかまわりを包む空間がプルプル揺れたように見えた。

【はっ、有難うございますっ! なんだか呼吸が楽になった感じであります】


 魔素欠乏症というのは、魔法切れというよりも高山病に似ているらしい。

 元々魔素の濃いところに棲んでいる魔物が、魔素の薄い所に降りてくると体内の魔素濃度が薄まってしまう現象だ。


 魔素は魔物にとって、酸素のように体組織の活動をおこうなう時に使われる重要な元素だ。

 だから高濃度の魔素地域に棲んでいる魔物は、息苦しさを感じて魔素の薄い人里に降りてこないのだ。


 ただ体内にある魔石を消費して、ある程度は薄い環境でも活動出来るらしい。

 その大事なエアボンベの働きをする魔石を、こいつは酒と交換にホイホイ出してしまっていたのか。


 ちょっと呆れたが、実は吐き出せる魔石は喉袋(内側にある)やひだに魔素が溜まって出来ただけの欠片で、本当に大事なのは内蔵の奥深くにあるのだそうだった。


「どうする? こいつ、いや、ジェンマをさすがにギルドまでは連れて行けないだろ」

 回復した俺は立ち上がりながら、あらためて新しい相棒を見た。

 どう縮こまっても、大規模工事現場でしか見られないような重ダンプカーぐらいはある。


「確かにギルドの中には入れないだろう。アイツらからこっちに来てもらうしかあるまい」

 なぜそこに行くまでの道のりをスルーできる?

 ギリギリ大通りなら通れるかも知れないが、物理的な問題より東京をゴジラが襲った時のようなパニック映像しか思いつかないんだが。


「ジェンマ、お前はオレが呼ぶまでここで待ってろ。来いって言ったらゆっくり来るんだぞ。いいな?」

【了解であります! 自分はここで待機しますっ】

 ビシッと敬礼するように、ドラゴンが四角くかしこまった。



     ***



「あ、ヴァリアスさん、ソーヤさん、お帰りなさい」

 門の前でさっきと変わらぬ笑顔でカイルが迎えてくれた。

「あの、すいませんけど、こちらでギルドに連絡出来ますよね?」

 さっきギルドから連絡が来たと言っていたのだから、逆もできるだろう。



「ギルドですか。もちろん出来ますけど……何かあったんですか?」

 サッと、カイルの顔に緊張が走る。

「いや、所長に今朝の件でと――」


「従魔を連れてきたがここの門が小さくて通れん。上から入ってもいいなら行けるが、騒ぎになるからだ」

 奴がさっさと本題に入った。


「従魔ですか? 上からとは、まさかグレートバーン(ワイバーンの上級クラス)とかじゃないでしょうな。 

 グリフォンぐらいならここを通れますから」

 横のドアから青髭さんが顔出してきた。


「フッ、アイツにワイバーンなんて言ったら怒りだすぞ。

 まあ説明するより一目見せた方が早いか。

 おい、ジェンマ、ちょっとだけ道に顔を出せ」


 ば、バカッ!! 見せた方が早くも混乱だけ招くじゃねぇか。

 場所が広けりゃいいってもんじゃねえっ!


 俺は慌てて止めようとしたが、遅かった。

 奴が声を発したと同時に遠くの木立ちの方から、樹々のへし折れる音がし始めた。

 遥か頭上から騒ぐ声が聞こえ始める。市壁の上にいる見張りに見つかってしまった。


 みるみる顔を強張らせていく青髭さんとカイル、その他の門番の方々。

 このただならぬ気配に、その場に棒立ちになった門を通ろうとした人々。

 ついでにドラゴンの存在を感じ取ってパニックになる馬。その馬を慌てて抑えようとする馬丁。


 俺は皆に謝りながら木立ちの方に走っていった。

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