第248話 ドラゴン・ジェンマ お披露
「ストップ! ストーップッ! 止まれっ ジェンマっ」
俺は叫びながら、ゴジラが這って来る樹々の前へ猛ダッシュした。
そんな俺の声が聞こえたのか、樹の軋む音が止まった。
【なんだよ、ソゥヤ。
ドラゴンがやや不満げに返事した。
「そりゃそうだが、マズいんだよ。奴はそこんとこわかってないから」
すでに尻隠さずどころか、左右になぎ倒された樹々の間から黒光りする背中が丸見えである。
突然、ヴォウボゥボォォォォォー ヴォボォオォォオォー といった法螺貝のような低音の音が鳴り響いた。
誰かが激しく角笛らしきモノを吹いている。
間違いなく緊急警報だ――。
『ヴァッ ギャアァッ アアァァアアァ~~~~ッ!!』
ビックリしたっ!
急にジェンマの奴も顔を上向きにして、高低音の混ざった雄叫びを上げたからだ。
「どうしたっ?!」
するとひと啼きしたジェンマはケロッとした顔でこっちを見た。。
【メスの発情した時の声によく似てたから、つい応えちまった】
なにぃっ!?
メスってあんな声するのか?
いや、それよりも事態が一気に悪化したぞ。
振り返ると門前で人々が取り乱し、我先に門の中へ駆け込んでいるのが遠くに見えた。
そしてまた角笛が鳴り響く。おそらく塀の上からだ。
それも2つ、3つ、もっとだ。更にそこへ激しい鐘の音も重なって来た。
離れた位置にどんどんとそれらの音が飛び火のごとく広がっていく。
あっという間に街中に警報が鳴り響いていた。
ああぁ……もうとんでもない事になってしまった――
「ウ"ルセェ―ッ!!」
奴の一声が一気に辺りを静寂にした。少なくとも全ての角笛と警鐘の音が止まった。
多分強制的に遮音したのだろう。
仕方ないかもしれないが、いきなり警報も出来なくなった方は堪ったもんじゃないぞ。
「話は最後まで聞けっ! 従魔を連れて来てると言っただろっ。いちいち騒ぐんじゃねぇっ!」
まったくと、肩をゆすって辺りを見回している様子は、もう神の遣いじゃなく侵略の魔王そのものだ。
いや、魔王だってもっと品位があるに違いない。
「ジェンマッ! 頼むから、ここでそのまま大人しくしててくれよ。
それから、もう絶対に啼かないでくれ、いいな?」
【なんだよ、俺は主が来いって言ったら従うぞ】
「分かってるよっ、今あいつにガツンと言ってくるから」
俺はまた全速力で門の方へ戻った。
「ま、まさか、ドラゴンだったので、す か……?!」
青髭さんが顔全体を青くして言った。
その隣でカイルがただただ目を大きくしながら固まっている。
そして今さらに気がついたのだが、門の鉄格子がすでに降ろされ扉が閉まっていた。
何たる早業。そして上司すら切り捨てる非情な世界。
「早い話がそうだ。だから中に連れて行けねえだろ」
しゃあしゃあと傍若無人の王がのたまいながら腕を組む。
「どうも大変すいませんっ!!」
俺は奴の横に走りこんで、100度以上の角度で頭を下げた。
もうこの世界に来てから俺は何度頭を下げたやら。奴のせいで(怒)
「何を謝る? お前が謝る必要はないだろ。コイツらが勝手に攻めてきたと早合点したんだからな」
「ああ、謝らなくちゃいけないのは本来あんたなんだが、俺がこうして代理で謝ってるんじゃねぇかよっ」
ジェンマの奴もいちいち啼き返すんじゃねえよ。
と言いたいとこだが、そこはオスの習性だからしょうがないのか?
「とにかくそう言う訳で至急ギルドに連絡してもらっていいですか?
それと今の緊急警報、すみませんが取り下げて下さい。でないと恐らく街中パニックですよね」
青髭上司、それを聞いてハッとした顔をすると
「伝令っ 伝令ーっ! 今の警報を誤報と連絡しろーっ! 急いでやれぇーっ!!」
即座に塀の上と壁横の小窓から顔を出している門番に怒鳴った。
ちょっと間をおいて、今度は高音のパグパイプのような音が鳴り始めた。
それはまたあちこちから鳴り伝わった。
塀の向こう側からビシビシと感じていた、人々の恐怖や混乱した気配が徐々に収まっていくのがわかる。
良かった。だけど本当に申し訳ない。これで青髭さんが怒られなければいいけど。
それにもうこれ、何か罪に問われたりしないかな。騒乱罪とか、迷惑条例違反とか、ヘタしたらテロと取られかねないか。
するとまたもバカザメが上に向かって怒鳴った。
「おいっ オレの従魔だと言っただろっ! それくらいの
そう言われて上を見上げると、塀すれすれに何かが見え隠れしてる。
「ばっ、馬鹿っ!! 引っ込めろぉっ!!」
慌てて青髭さんが両手を振りながら上に怒鳴る。
塀の上ではまたゴロゴロと、重機が動く音とざわつきがした。
「ふうぅぅーっ、申し訳ありません。兵どもが勝手に動いてしまって……」
「いえ、しごく当然のことかと」
見張りの人、気の毒に。下のやり取りなんか上にはよく聞こえないんだろう。
あらためて俺は奴に向き直って怒った。
「ったく、あんたはっ! いつも騒ぎばかり起こしやがってっ。
第一、騒がれたくないとか言っておいて、なに自分から目立つことばかりするんだよっ?!」
その場ですぐに言わないと、こいつは都合の悪いことは無かったことにしてしまうご都合主義者だ。言い逃れ出来ないうちに言っとかないと。
「オレは別に目立つこと自体は嫌いじゃない。ただ騒がれるのが煩わしいだけだ」
しれっと言った。
こ、こんのぉ~っ バカッザメ!! それはセットなんだよっ!
目立ったら否が応でも騒がれるだろうがっ!! 何故そこんとこを理解出来ないっ!?
よもやそれが神界流の感覚なのか??
それから5分もしないうちに、青い顔をしたトーマス所長とその他お偉いさんらしき詰襟制服の方達、おまけに衛兵の皆さんまで揃ってやってきた。ですよね~~……。
この様子に、また奴のまわりからピキッとした空気が発せられた。
「何度も言わせんなよ。オレはただ従魔を――」
「はいっ! そこまでっ! 後は俺が話すから、あんたは黙っててくれ」
奴の前に出て遮った。
まだガチガチいわしてる奴には、ジェンマのとこに行ってもらう。ジェンマだってこのピリピリしている雰囲気に落ち着かないだろう。
「ソーヤさん、これは一体――」
走ってきたのか、いつもの事なのか、ハン
もう今度お詫びに、ふかふかのタオルを差し上げます。
「ええ、奴が言った通りに、例のドラゴンを従魔にしちゃったんです。ですから登録をしたいだけなんです」
所長はそれを聞いて、またあんぐり口を開けた。
「それとわざわざ来ていただいたのに申し訳ないんですが、出来るだけ少人数でお願いします。
もちろん武装した方達にはご遠慮して頂きたいのですが。
でないと本当に……保障が出来なくなっちゃいますので……」
結局トーマス所長とそのお付きの係の人、詰襟の人と青髭さんの4人にしてもらった。(エッガー副長はまだ王都から戻ってなかった。)
詰襟の軍服に勲章を着けた人は、防衛省の将軍だった。やっぱりお偉いさんだった。
奴はジェンマの肩の下に寄りかかって待っていた。
ジェンマは出来る限り体を伏せていたが、見ようによっては獲物を狙っている巨大な黒豹に見えなくもない。
ドラゴンの顔が見え始めた途端、4人が自然と足を止めた。
もうこの位置でいいだろう。
「ええと、紹介します。ブラックドラゴンのジェンマです」
「純血種じゃないぞ。ブラックレッドだ」
頼むから黙っててくれよ。穏便に済ませたいんだから。
「――ほっ、本当にドラゴンを、従魔に……」
トーマス所長は驚愕と感動に声を震わせたが、お付きの係の人は持った道具で小刻みな音を鳴らした。
「こ、これは――これほどのドラゴンを従えられるとは、何というか――」
将軍様も開いた口が塞がらない。
青髭さんも口を開けっ放しだ。みんな羽虫が入ってしまうぞ。
「おいっ さっさと手続きしろよ。オレは忙しいんだ。コイツだってあんまりこんな魔素の薄いとこにいたくないんだぞ」
何が忙しいんだ。本当に急ぐならジェンマごと転移でここまで一瞬で来たはずだ。酒が切れただけじゃないのか。
まあ俺もさっさと済ましたいのは同じだが。
みんなが何か口を開こうとするのを一切受け付けずに、奴は持ってきた書類にサインだけをして、登録の為に必要という従魔の姿を念写しようとしたのを一喝した。
「前に蒼也がお前らに渡した念写の絵があっただろ。あれで十分だ」
それには流石に俺も口を挟んだ。
「いや、待て。こいつの首輪というか、あんたの
こいつに似た奴を間違える可能性だって出てくるんだぞ」
【俺に似た奴なんかいないぞっ みんな鱗の模様は違うし、姿だって俺みたいな
他の人にはドラゴンが『グロロォッ、ロロロォオォー――』などと、地を鳴らす唸り声にしか聞こえないのだろう。
3人が数歩後ろに下がった。係の人は動けず、その場にしゃがみ込んだ。
「わかってるよ。眉目好いかは別として、お前は珍しいオッドアイだし。
ただ人間にはお前たちの見分けがつかないんだよ」
同じ種族なら見分けが着くかもしれないが、トカゲがみんな同じ顔に見えるのと同じだ。
【力以外に見栄えも大事だぞ メスの気を惹くにはまず――】
「わかったっ! お前の恋愛指南は後で聞くから、まずは唸るな。鼻息を荒くするな。声を小さくしてくれ」
なんでこいつ、自分の姿に自信持ってるんだ。
自分で臆病者って言ってたくせに。もしかして優男系なのか? 今どきのドラゴンは優男でもモテるのか?
ドラゴンの基準がわからん。
結局、俺が奴とジェンマを宥めて、念写を取らせることに成功した。
もちろん撮影場所はここではなく、そのままスライムの溜まり場のあの平原まで後ずさりしてもらった。
なにしろ何も知らずに街道をやってきた箱馬車の馬が、ドラゴンの気配に怯えて暴れ始めたのが聞こえてきたからだ。
そこでジェンマにはお座りのように、後ろ足を折って前脚を真っ直ぐ地面に突っ張って胸を張らせ、首飾りの模様が良く見えるようにポーズしてもらった。
姿を絵にとると言ったら、急にキリッとすました顔をしだした。なんだこいつ。
「もう少し首を下げて欲しいんですが……」
大きすぎてなかなか収まりきらず、オドオドと係さんが俺経由でお願いしてくる。
「すいません……。今度は首輪が影になっちゃって……」
イライラしてたのはマネージャー(!)のヴァリアスだけで、他の4人はハラハラドキドキの撮影会。
逆にこの細かい注文に嫌な顔しなかったのは
結局10枚近く撮った。
俺が以前提出した映像以外に、色んな角度から撮りまくったせいだ。
ジェンマの奴も、いちいち決めポーズが様になるところがちょっと憎たらしい。
まったく、どこの売り出し中のアイドル様だ。
しかしやけにモデル慣れしてるな。もしかするとメスの前でも同じようなポージングをしてるのかもしれない。
そうして念写がひと通り終わると、次にあらためて傍で見たいと所長と将軍が言ってきたのだが、痺れを切らした奴が
「しつこいぞっ! これで終わりだ!」と有無も言わさず退けた。
そうしてダッとジェンマの首の後ろに飛び乗ると
「行くぞ」
ドラゴンが赤黒の大きな羽を広げると、物凄い風を起こして体を浮かせた。
俺が慌てて自分と4人の前に防風壁を作らなければ、またもや係の人が転ぶ寸前だった。
そのままバサァーと音を立てて黒い巨体が宙に上がっていく。
俺たちは呆気に取られて、その姿を見送るだけだった。
あれっ、俺 取り残されてるんだけど……。
しばらく空を仰ぎ見ていた4人が、一斉に俺の方に向き直った。
クソッ あの野郎っ! 厄介ごとは全部俺にやらせる気かよっ!
奴がサインしたのは飼い主の登録書だけで、本当は責任規約やら従魔の特徴なども申請しなくてはいけなかったのだ。
おかげで俺は門前に出てきた大群衆の好奇の目に晒されながら、ギルドに連行される羽目になった。
もうあの狐のお面を着けたところで無駄だろう。
逆に今それを使ったら今度からお面をマークされてしまう。
俺はフードを深く被り、下をずっと向いて顔を両手で隠したまま、用意された馬車に乗り込んだ。
何が悲しくてこんな護送される犯人みたいな羽目になるんだか。
俺はあんたと違って目立つのもイヤなんだよっ!
ギルドに着くと例によって3階の応接室に通されたが、今度は将軍様も一緒だ。
もう本当に根掘り葉掘り質問攻めにあった。
そんなに聞かれても俺だってよく知らないんだ。
「私もそんなによく知らないんですよ。あいつとは前回と今回の2度しか会ってないし。
生まれがどうやらイージス谷ってとこらしくて、父親がブラックで母親がレッドって事ぐらいですよ」
「なぜそんな事わかったんですか? 解析でもされたのですか」
「だってそう言ってたので――」
「それは、ドラゴンが言ったという事ですか?」
マズい……。ドラゴンの言葉がわかるなんてバレたら更に面倒な……。
「……どうなんでしょう? あいつ、ヴァリアスの奴がそう言ってただけで、もしかするとただの憶測かも知れませんけどね」
俺はハハ……と作り笑いで誤魔化そうとしたが、あまり効果がなかった。
「それにソーヤ殿、先程あなたが、ドラゴンと喋っているように見えましたが」
将軍様が見事に二つに割れた顎を撫でながら、鋭く突っ込んで来た。
「始めはヴァリアス殿が門前にいて、あなたがドラゴンと何か喋っているようだったという報告も受けていますが」
見られてたのか。
きっとこちらの世界にも望遠鏡みたいなものがあるんだろうな。
そうじゃなくても見張りの番兵の中に、探知や千里眼みたいな能力の奴がいるのかもしれない。
迂闊だった。
ハアァ~~~っ 俺はちょっとわざとらしく大きく息を吐いた。
「ご存じかも知れませんが、ドラゴンは知能のある魔物です。
あいつは喋れなくても、人の言葉は理解してるんですよ。発声器官が違うから、人語を話せないだけです。
そう、例えばコボルトの人のようにね」
それを聞いて2人が顔を見合わせる。
「だから私が言った事がちゃんとわかるので、指示に従ってくれただけです」
うん、嘘じゃないし、間違った事は言ってないぞ。
「ですが、ドラゴンが人語を解するなら、今までこんなにドラゴンによる被害はなかったのでは?」と今度は所長が身を乗り出した。
「歴史にも物語られておりますが、ドラゴンに滅ぼされた国や、町や村は後を絶ちません。
出会ってしまったら、逃げるかまず倒すことが出来ない限り通常命の保証はないのです。
意思疎通が出来るなら何故――――」
と、自分の言っている事の矛盾に気がついたのか、所長が途中で口をつぐんだ。
そう、言葉が通じても会話が成立しない相手はいる。
いくら命乞いしたって首を平気で掻っ切る盗賊なんかザラだろう。
人間同士だってそうなのだ。
ましてや種族も違う、人と魔物じゃそんな道理通用するわけがない。
ドラゴンはあくまで魔動物であって、人間じゃないのだから。
が、将軍様がまた突っ込んできた。
「そういえばソーヤ殿は先程ドラゴン相手に『恋愛』がどうとか、言っておられたようだが――何を話されていたのかな?」
うぐっ、あいつが余計な事言うから、つい答えちまったんじゃないか。
探るように将軍が俺の顔を凝視して来た。
やだ、銭
だが俺の顔色を読んだハンプティダンプティが、余計な詮索に当たると気づいたのか、横から話を切り替えた。
「――まあソーヤさんもお疲れのようですから、これにて登録の手続きとさせて頂きます。
最後に他にお知りになってることは残ってませんでしょうか?」
いきなり終わりにされて不満をあらわにする将軍様を、まあまあと所長が両手で宥めながら俺に片目を瞑ってみせた。
すいません、所長。今度
あ、そうだ、アレは言っといた方がいいな。
「あの警報の笛、音を変えた方がいいですよ」
「「?」」
いきなり違う話をされて2人がキョトンとした。
「あの音、彼らのメスの発情期の声に似てるらしくて。
オスのドラゴンが寄って来ちゃいますから」
これが今日一番の最重要情報になった。
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