第249話 ドラゴンの扱い方


 さて後は正式な従魔の飼い主ヴァリアスのサインだけとなったが、いつも通り気まぐれな奴がいつ戻って来るのか分からない。

 そこでトーマス所長がひとまず俺が全部の書類に連帯保証人(嫌だなあ)としてサインしたので、これで仮登録しましょうと言ってくれた。


 おお、やっとこれで質問攻めのこの空気から解放される。

 俺は「じゃあこれで」と立ち上がろうとした。

 

「ところでかのドラゴンが従魔になったという事は、その、鱗とかの素材が手に入りやすくなったという事ですねえ」

 これで終わりと言った所長が、今度はもみ手をしながら訊ねてきた。


 トーマス所長、越後屋ですか。

 あなた今、とっても悪い顔になってますよ。


「確かに……。ドラゴンがいてくれれば、いざという時の戦力として申し分ない」

 隣りでニヤリと笑った将軍様も悪代官顔になった。

 なんだ、また面倒臭い雰囲気になってきたぞ。

  

「いや、まずダメでしょう。あいつも嫌がるだろうし、第一ヴァリアスの奴が許しませんよ」

 自然と落ちたものならいいが、体の一部を無下に取るのも、軍事目的に使われるのも奴らは好まないだろう。

 俺だってそんな事はさせたくない。


「なんとっ、それでは何故ドラゴンを従魔にしたのです? ただのペットではありますまい」

 代官様がカッと目をむいてきた。

 いや、どちらかというと、そのペットに近い感覚だと思うんだが……。


「そりゃあ、放っておいたら被害が増えるからですよ。いつ人や街を襲うかもしれないし……」

「だったらそれこそ何故退治せずに生かしておいたのです?! それこそ使う目的があるからでしょう」

「それは多分、ドラゴンタクシーに使えるから……」

 乗り心地は最悪だけどな。


「「――たくしぃ??」」

「いえ、馬車代わりというか、移動手段に使えるからですよ。こちらにも竜騎士さんとかいるんですよね?」

 あれは主に戦闘用らしいけど。

 

「確かにおりますが、竜騎士と言ってもその実はワイバーンの乗り手です。ドラゴンと比べ物にはなりはしまい」

「そうですよ。それにあれはドラゴンの中でも上位種じゃありませんか」

 トーマス所長も一緒になって食い下がって来る。 

 

「あいつは見掛け倒しで、結構なヘタレ者ですよ」

 もう自分のことは棚上げである。

「戦争なんかに出しても、相手の軍事兵器を見た途端、臆病風に吹かれるかも知れませんよ」


 さっきのは大型弩砲バリスタだったが、ここは魔法とドラゴンもいる世界なのだ。

城や国によってもっと強力な武器が装備されているとこもあるだろう。

 実際に魔弾と呼ばれる砲弾を発射する魔砲もあるという。別名ドラゴン砲と言われるくらい威力は絶大らしい。

 ヴァリアスの洗礼を受けたジェンマにどこまで効くかは分からないが、きっとあいつなら一発受けただけで尻尾を巻いて逃げるんじゃないのか。


「とにかく無理やりやらせるわけにはいきませんので、期待しないでください」

「ううむ、そこをなんとか、ソーヤ殿が説得出来ないものだろうか」

 やはり御代官様は是が非でもジェンマの力が欲しいようだ。

 まあ俺もついこの間まで、ドラゴンみたいな強力な従魔は戦力にしか考えられなかった。それが普通の考え方だろうし、軍人からしたら当然だろうと思う。


 しかし今や中途半端ではあるが、人外奴らの道理も無視出来なくなってきている俺がいる。どうも人と人外の狭間に立たされている気分だ。


 俺自身は人の側にいたいのだが、身体には父さん神様の血が入っている。おまけに血族にあの獰猛な人外がいるのだ。

 特に奴の影響が大きい。

 いやまず人だろうがなんだろうが、自分の仲間にむやみに人殺しなんかさせたくない。


「ともかく戦争に使うのだけはお断りです」

「あんな強力な魔物を味方につけておいて、遊ばせておくなど宝の持ち腐れだっ」

 将軍様が目と拳に力を入れて、こちらを睨むように言ってきた。

 くそっ、この圧が息苦しい。


「遊ばせるも腐らせるのもこちらの勝手だろ。お前たちのモンじゃねぇんだから」

 いきなり脅すような低い声にみんなでドアの方を振り返った。

 ウチの豪傑児雷也じらいやの登場だ。やっと役者が揃った。

 

「ヴァ、ヴァリアスさん、いつの間に……!?」

「そんな、せっかくのドラゴンを――」

「アイツはオレの部下だが物じゃねぇ。従魔を道具扱いしてると、いつかしっぺ返し喰らうぞ」

 そう言いながらドサンと俺の隣に座ると行儀悪く足を組む。


「あんたっ、勝手にどっか行きやがって。事務処理は人任せかよっ」

「ちょっと場を外したまでだ 。コイツらがお前に危害を加えないのがわかってるからな」

「それが置き去りってっていうんだよ!」

 って、そのツラはわかってないな。


 とりあえず面倒くさがる奴に飼い主欄にサインさせる。長ったらしい説明を聞かずに名前を書くだけなのだから文句言うなよ。

 しかし手元も見ずに一気に10枚近くの書類にサインしているせいか、なかなかのクセ字だ。文字に人柄も現れるのだろうか。

  

「言っておくがもう少しでブレスを吐いてたところだったんだぞ。

 アイツら気分が高揚すると胃に高圧ガスを発生させるからな。あそこで出したらマズかっただろ」

 書き終わってペンを転がすと、後付けの言い訳めいた事を言ってきた。

 

 え、ドラゴンブレスってゲップだったのか? それはちょっと嫌だなあ。

 だが、その威力を知っている所長達はびくりと肩を動かした。


「大体、従魔にしたおかげでドラゴン1体分の被害を回避出来ることになったんだ。それで十分有難いことじゃねえのか」

「……まあ確かに」

 思わず呟いてしまった所長をさっと将軍様が睨んだが、また口をへの字にしてこちらを向いた。

「だが、むざむざとこのまま遊ばせておくのは――」


「だから、言ってるだろ。アイツは物じゃねぇって。第一、道具だって油を挿したり手入れは必要だろ。

 生き物なんか更に感情がくっついてるんだ。嫌な命令なんか誰も聞きたかねえんだよ」


「ではどうしても無理だと言われるのか……」

 今や御代官様から、お白洲に引き出された雑魚悪役までに意気消沈してしまった将軍様に、奴がズイッと顔を突き出した。


「頭の固てぇ奴だな、お前。自分の部下もそうやって扱ってるんじゃねぇのか?

 感情があるって事は、魚心あれば水心ありって事だろ。

 ちゃんと褒美をやれってことだよ。

 アイツだって酒の代わりに、鱗や爪を落としていってるじゃねぇか。よっぽどアイツの方が道理を分かってるぞ」


 正論なんだろうが、どうもヤクザの人心掌握術にしか聞こえない。

 だがそれに将軍様が顔を上げ、所長が目を大きくした。


「おおっ、では何か捧げ物をすれば、力を貸してくれるという事ですかなっ?」

「必ずとは言わないけどな。アイツの気分もあるし。

 それにアイツは上でも下でもないんだから、捧げ物とかいう意識はよせ。

 だから舐められるんだぞ」 

 

 いや、人からしたら当然だろ。

 相手はドラゴンだぞ。東洋じゃ神の使いだ。

 ヘタすりゃ、いや、絶対あんたより神格化されてる。


「では、依頼と報酬という形にすればいいのでしょうか?」と所長。

「さすがギルド長。呑み込みが早いな」

悪魔のサメデーモンシャークがニヤリと笑う。


「報酬はアイツの行動を見てればわかるだろ?

 旨い酒とか、気持ちよく酔える飲み物とか、ほどよく変化したアルコールとか」

 それ全部、酒じゃねぇかよ。

 気がつけばいつの間にか魔者組に上納金を払う流れになってるし。


「では、では、早速、まずはお近づきのしるしにご用意させていただきたいっ!

 そうなると、あの方、いえ彼は何が好みで……」

「そうだなぁ」

 ドラゴンマネージャーは組んだ足をブラブラさせながら、寸の間考える素振りを見せたが急に前に向き直った。


「それよりオレ達はそんな暇じゃねぇんだ。

 ギルド長、例の金の都合はついたのか?」

 それを聞いてハッとしたハンプティダンプティが、ぴょこんと飛び上がるように立つと、慌てて壁にある伝声管で経理を呼び出した。


 すぐに事務員風の袖にアームカバーをした男と、武装したゴツイ獣人がやって来た。同じギルドの建物内とはいえ、動かす金額が大きくて護衛が一緒についてきたらしい。

 前は副長自身だったから、護衛は要らなかったんだな。


「どうぞ、お確かめください」

 事務員から受け取った革張りの大きなコイントレーを、所長がすすっと前に差し出した。

 もうマフィアに上納金を渡す絵面にしか見えない。

 もちろんこれは上納金でも見ヶ〆料みかじめりょうでもない。

 あのディゴンの精巣の買い取り金だ。


「ふん、これじゃ間違えようもないだろ」

 確かにトレーの上のコインは8枚しかない。ただし全部大金貨だ。


 800万か……。ドラゴンの牙より高い。

 世の男どもはどんだけ化け物のタマ●マを頼りにしてるんだか。

 だが後で聞いた話によると、高価なせいもあるが買うのは断然貴族に多いらしい。

 結局金持ちの遊び目的に使われるということなのか。そんなことで狙われる魔物もタマったものではない。

 

「これで用は済んだな。じゃあ行くぞ、蒼也」

 譲渡書にサインを済ませると、奴がすぐに立ち上がった。


「え、えっ、あの、歓迎のしるしの打合せを……」

 所長が手を上げながら中腰でおたおたする。

「ん、それはアイツ次第だ。一応言っといてやるが、あまり期待しない方が良いぞ。

 いくら酒を飲ましてくれると分かっても、利用される前提じゃ酒も不味くなるからな」


「結局はドラゴンの気分次第か……」

 将軍様が額に手をやって唸る。

「まあ最終的にはオレ飼い主の気分次第だがな」

悪魔ディアボリカが口が裂いて牙を見せた。


 さっきはあんな事言って期待させといて、ホントにあんたの気まぐれに突き合わされる方は堪ねぇんな。

 それにいつも振り回されるの俺もなんだが、何故かいつも頭を下げる側になる。

「すいません、何か……戦さ以外で出来る事があれば手伝いますので……」

 俺はへこへこ頭を下げながら奴と一緒に退室しようとした。


「おっと、そうだった」

 奴がドアの前で急に止まったので、危うくぶつかりそうになった。こいつは早く歩くくせに急に止まりやがる。


「さっき言ってた 『人語を理解している』 という件、あれはちょっと違うぞ。

 確かにアイツらの知能は高いが、ジェンマがたまたまここの大陸語を知っていただけだからな。

 皆がみんな、自分とこの言葉母国語が通じるとは思うなよ」

 そう2人に言うと、さっさと階段の方に出て行った。俺も慌てて後を追った。


「次はどうする。下に行ってあの女リリエラの顔でも拝みに行くのか」

「いや、この間の事もあるから今は止めとくよ。それよりもラーケルに行ってくれ。

 ちょっと気分を変えたい」

「わかった」

 降りる途中の死角となる踊り場で俺たちは転移した。

 


          ***


 このドラゴンの情報はギルドを通して隣国へも伝わった。

 ただ一般に広がる頃には 『ドラゴンは主に酒を好む』『人語は話せないが話は通じる』などという曲解した噂に変化していた。


 ドラゴンだってそれぞれ個体差があるし、ましてや種類と雌雄ではかなり嗜好も違ってくる。大体ドラゴンはヤマタノオロチではないのだ。皆がみんな酒好きというわけではあるまい。

 あくまであいつ、ジェンマが酒好きだったという事実がまるで基本値のように広がってしまった。


 それにヴァリアスが言った通り、誰でも人語が伝わるとは限らないのだ。

 必死に話しかけて酒を出したのにまったく言葉が通じず、食べてくれと言わんばかりに見えてしまうケースもあった。

 おかげで自ら差し出した酒の摘まみとされてしまった者もいたらしい。


 結局一時的に流行ったこのやり方は次第に使われなくなり、また以前と同じ餌と罠で仕掛ける従来の方法に戻っていった。


 しかし、これで命拾いした者もいた。 


 たまたまレッドドラゴンに遭遇してしまった商人グループがまさに喰われる寸前に 『命を助けてくれれば、たらふく酒を飲ませる』 という必死の命乞いが通じたのだ。

 相手が偶然酒好きで、人語を理解出来る相手だったのは不幸中の幸いだった。

 またこの時、命乞いの言葉だけを連ねるだけでなく、まず相手に言葉が通じるか、相手が何を望んでいるか、始めに問うたのも功を奏した。


 もちろんドラゴンは人語がわかっていても話す事は出来ない。俺たちのような会話は無理である。

 だがそこは国を跨いで広域を旅をしながら商いをする遍歴商人。お互いに言葉が分からない相手と商売したことも2度や3度ではない。

 今回はイエスならこっち、ノーならあっちみたいな、いわゆるゼスチャーで答えを求めたのだった。


 尻尾の先を上下か左右かの動きで、なんとか会話に成功したらしい。

『酒樽を6つ』で相手は尾をゆっくりと上下させた。


 すでに駄馬が2頭と御者の奴隷1人がやられ、馬車1台は諦めなければならなかった。

 そこで3人の商人達は残りの馬車に荷を積み直し、必ず戻ることを約束してその場をやり過ごそうとした。

 御者台に繋がれたままのもう1人の奴隷は人質として残すことにして。


 するとドラゴンはおもむろに首を下げると、それぞれ3人の匂いを順に嗅いだ。

 そうして低く重くグルグルルルと啼くと、おもむろに前脚の爪で自分の鼻を触りながら商人たちを見据えた。


 そこで商人たちは、一瞬でもこの魔物をあざむけると思ったのは間違いだったと知った。

 

 ドラゴンは商人の言葉を信じていなかった。

 もし約束を反故にしたら、必ずや匂いを辿って自分達を喰いに来るに違いない。

 ドラゴンは騙されることを嫌う。プライドが許さないからだ。

 3人は心の底から震えあがった。


 死に物狂いの速さで一番近くの村から往復してくること約半日。死んだ馬や奴隷は全て綺麗に無くなっていた。


 樽を乗せた荷車ごと前脚で掴むと、ドラゴンはそのまま満足げに暮れなずむ空に飛び上がって消えていった。

 

 商人たちはまた馬車や奴隷を購入しなくてはいけなくなったが、何より大事な命を拾うことが出来たと後々までの語り草にした。


 ところでそれから数十年が経った頃、ある初老の男が反奴隷制運動家として台頭してきた。

 彼は罪人の子孫というだけで罪なき者を奴隷に堕とすべからずと強く語った。

 

 彼自身を元奴隷だったのじゃないのかと揶揄する噂も出たほど彼の出自は不明だったが、たとえそうであったとしても罪人奴隷二世は持ち主から10年逃げ切れば自由を勝ち取ることが出来る。


 彼は自由人だった。

 そうしていつも胸元に燃えるような赤い魔石をお守りとして下げていた。


 あの日、ドラゴンと奴隷二世の彼の間に何があったのか、粋狂な魔物が何故気まぐれを起こしたのか。それは誰にもわからない。

 それはおそらく墓場までそっと持って行く彼らだけの秘密なのだろう。


 ただ1つ言えることは、ドラゴンに出遭って無事生還した者は人生観が変わるという。

 けれどこれはまた別の物語である。



         ***



 さて、俺たちが跳んだ転移場所は、ラーケル村の灰色の石塀の傍だった。

 あたりに人がいないのを確認してから隠蔽を解く。


 先程までの人や建物ひしめく景観と違って、ゆるゆるとなだらかな草原の先に青い山々が見える広々とした風景。

 地平線まで長く続くかのように見える一本の道のまわりには、秋の装いをまとった樹々が自由気ままに枝を伸ばしていた。


 街中の賑やかな人々の声や馬車のガタゴトした音が消え、代わりに鳥たちの鳴き声と微かな風の音。山羊使いの山羊たちを呼ぶ笛の音が遠くから聞こえて来る。


 俺は都会育ちだから田舎暮らしは無理だと思っていたが、たまにこのようなのんびりした雰囲気が無性に恋しくなる。

 先程のようなストレスが掛かると特にそうだ。


「あ~、やっぱりここは落ち着くなあ」

 俺はうんと伸びをして深呼吸した。


 ギーレンにはもちろん排気ガスや空気汚染はないが、ここの空気は更に美味い。

 ふっと香る草の匂いがまた都会疲れには心地よい。

 ここを第二の故郷とするのもいいかもしれない。そんな事をふと思った。


 そんな感慨をぶちのめすように奴が現実に引き戻す。

「で、これからどうする? テストはもうすぐなんだぞ。これからまたあの黒い森にでも行くか?」

「わかってるよ。だけどさっきの激ナマ飛行からの事務責めで気分はグロッキーなんだよ。

 体力は回復してくれたけどさ、もう少し休ませてくれよ」

 

「そうか、まあ今日はまたになったからな」

 そう言って草地に座り込んだ俺の横に腰を下ろした。

 しばらくそうして村の壁を背に座り込んで、ボーッと山や野原を眺めていた。


 そういやここに来た初めての頃もギーレン近くの野原で転がったりしていたんだっけ。

 あれから何カ月経ったんだ? 

 

 もし、というかまずDランクになれたら、こちらではひとまずは一人前だ。

 そうなったらいつまでもこの世界に無い『ニホン』という架空の国の住人でなくて、堂々と言える本当の戸籍を持った方がいいだろうか。

 どこにいても帰る場所があると思えば気分もずい分違うんじゃないのか。

 家自体には俺1人でも、まわりに気心知れた人達がいれば――


「ヴァリアス、俺決めたよ」

「ん」

「俺、ここに住民登録する。村長にお願いしてみてるよ」


「そうか、やっと決めたか」

 隣りでニーッと裂けた口から牙が覘く。

「待て、言っとくが俺はこの村の住民になりたいってだけで、まだこの星の籍に替えるとは言ってないからな。そこんところ間違えるなよ」


「わかってるよ。前々からお前がそう考えそうだとは思ってたんだ。一体いつ決断するのか、こっちはちょっとイライラしてたとこだ」

 そんな事思ってたのか。

 危なかった。イラついてまた何かされる前に言って良かった。


「じゃあこれから村長んとこに行こう。今夜の宿ももしかすると役所に泊めてくれるかもしれないし」

 俺も調子がいい。

「そうだな、ついでにアイツの面通し紹介をするのに良いタイミングだ」

 え?


「だってお前はここの村民になるんだろ? それじゃ従魔も、いや仲魔も紹介しとかないといけねぇんじゃないのか」

「なに、まさかジェンマを直接会わせる気なのか? そりゃダメだ。さっきのギーレンでの騒動を見ただろ。

 確かにここの方が広くて武器も置いてないが、だからこそ尻も隠せない。皆がパニックになっちまう」

 この長閑な田園風景が一発で阿鼻叫喚地獄絵図になる。


「大丈夫だろ、さっきは登録前だったから騒がれたが、もう従魔がいることは伝えたんだ。事前に知ってるのと知らんのでは違うだろ?

 それにアイツにもここを教えて間違って襲わせないようにする必要がある」

「ぁあっ?! なに、今なんて言った??!」

 なんかもの凄く不穏なことをサラッと言ってきたが、聞き間違いであってくれ。


「だからそのままの意味だよ。

 大体さっきの奴ら(所長達)を見ただろ。知り合いでもあんな欲望丸出しなんだぞ。

 それなら名も知らねえ会った事もない輩なら、ヒトの従魔だろうが見境なく手を出して来る可能性があるだろうが。バレなきゃいいっていう連中はわんさかいるんだ。

 だがこちらも黙ってやられるバカじゃねえ。やられたらやり返す、正当防衛はなじられるもんじゃないだろ」


「ちょっと待て、だからその、この村の者とどういう関係があるんだよ。少なくともここの人達はそんな荒事はしないと思うぞ?」

「だからぁ、間違ってと言ってるだろが。

 お前だって本気でイラついて物に当たったり、地面を踏みつけることだってあるだろ。そんな時に下にいる蟻にいちいち気をつけるか?

 いつどこでそんなトラブルが起きるかわかんねえだろ」


 あぁあぁぁ~~……!? 


「大体アイツはさっきまで野生だったんだぞ。卵か幼体から飼いならしたドラゴンとは訳が違うんだ。

 人間に撫でられただけで反射的に尻尾で薙ぎ払っちまうかもしれねえんだぞ」

 どこかの大きな猫とは訳が違うだろ、と奴が言った。


  ええええぇ~~……!


「言葉で理解しても理性と感覚は違うだろ。なら直接会わせて馴染ませた方が早い」


 うぅぅ…………さっきの長々と説明された登録規約の中の 『従魔が人に危害、及び他人の所有物を破損した場合――』 という事項が俄かに現実味を帯びて来た。

 それも生々しく……。

 ドラゴンを従魔にするって、そんなに大変なことだったなんて思いもしなかった。


 確かにジェンマを従魔にすると言ったのはヴァリアスだ。

 だが正式に登録しろと、人間界に引っ張ってしまったのは俺だった。


 改めて猛獣どころか怪獣を飼う責任がジワジワ頭に染みてきた。

 申し訳ないが、今少し登録してしまった事を後悔している。

 が、そこへ奴が追い打ちをかけてきた。


「実は今あそこの黒い森に待機させてる」

「ハァッ!?」

「あそこなら魔石が出来るほど魔素が濃いから、アイツでもジッとしていれば息苦しくないはずだ。

 ただそういつまでもという訳にはいかないがな」

「いや、そう言う意味じゃなくて、そのもうちょっとぉ ―― ア~~~~ くそっ!!」


 やっぱりこいつは人類からズレまくっている。おかげで俺はあらためて人としての感性を自覚した。

 というかこの怪獣を何とかしてください。


 ――なんて天に祈ってても何も変わらない。現実はいつも待ったなしだ。

 兎にも角にも今すべき事やれることをするしかないのだ。


  俺は立ち上がると村の門の方へ走っていった。

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異世界★探訪記――悠久のアナザーライフ (★カクヨム版) 青田 空ノ子 @aota_sorako

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