第246話 新たなる仲魔 その2(蒼也 弟分になる)


「いま何て言ったっ!?」

「あ゛、聞こえなかったのか? お前の従魔にちょうど良いと言ったんだ」

「ぁああぁーーーっ!? 従魔ってアレだろっ、って何考えてやがんだっ!」

 俺が雄たけびを上げてる前で、ドラゴンが静止画のように固まっている。


「お前、従魔を欲しがってたじゃないか」

 奴があっけらかんと返してきた。

「――俺が言ったのはペット、愛玩動物だよ、従魔じゃないっ! 

 それにこうモフモフしてて、抱っこも出来て、

 もっと可愛いのが欲しかったんだよーーーっ」

 俺が思い描いていたのはポーみたいな子だった。


「コイツだって可愛いじゃないか」

 そう言いながらドラゴンの目の間を軽くポンポン叩いた。ドラゴンがギュッと目を瞑る。

「どこがだよっ!? いや、君を気に入らないっていう訳じゃないんだぞ。だって君だって可愛いとは言われたくないだろ?」

 なんで俺、ドラゴンに言い訳してるんだ?


【あ、あの……自分にこの……の下僕になれと言うのでありますか?】

 ドラゴンが薄目を開けながら奴越しに俺の方を見た。


「そうだ。――不服か?」

 奴の問いにグッと、ドラゴンが喉を鳴らした。

「なんだよ、コイツの下に付きたくないならハッキリ言えばいいだろっ!」

【ヒッ!】

 またドラゴンが目を瞑る。

「もう止せよ。本人が嫌がってるなら無理強いしてもしょうがないだろ」

 というか、俺にこんな大それた従魔は手に負えないぞ。第一どこに置いておくんだよ ?!


【はいっ! 嫌でありますっ お断りでありますっ!】

 いきなり顔を上げてドラゴンが口を開いた。

 おお、なんかハッキリと断ってきた。

 当然なのだろうが、面と向かって言われるとちょっとショック。


「それはオレの命令でもか?」

 低音の響きに圧がこもる。

 奴の周囲からあの黒い霧のようなモノが漂ってきた。寒いので少し斜め後ろに逸れる。

 ドラゴンも思わずブルッと身震いしたが、それ以上動かなかった。

 いや、あの時と同じで後がないんだ。もう後ろに下がれない。


 少しの間、鱗を逆立てていたが、やがてそれが収まって来ると

【…………はい!】

 小さいがハッキリした声で返事が返ってきた。


 なんだか波の音が急に静かになった気がする。その代わりに何か急激に空気が、張りつめた気で満ち溢れてくるのを感じた。


「――もう一度聞くが、コイツの従魔になるのは、オレがやれと言っても断るって言うんだな?」

 洞窟内の空気が火事場のように息苦しくなってきた。別に熱いわけではないのに。

 それに波の音の代わりに、なにかドラムを打つような音が聞こえる。

 

 ドラゴンの心音だった。

 まさしく早鐘のように、危険を知らせる半鐘のように打ち鳴らされているのだ。

 そうして奴の発する覇気以外に、ドラゴンの抵抗するような氣が交じり合って、穴の中は亜空間のような圧迫感をはらみ始めていた。


 しかし絵面は『オレの盃が受けられねえっていうのかあ』と凄む組長と、それを拒む恐竜そのもの。今やこの場は『その男 凶暴につき』ジュラ紀版と化していた。

 

 いつもならここで奴を止めるのだが、この氣のせいで俺は動くことが出来なかった。

 奴の覇気がいつもより凄みを増しているのだ。人に対峙する時よりももっと強力に。


 それは強く渦巻く放射線のようだった。

 この場から一歩でも前に動いたら、確実に被爆の許容範囲を越える。そんな危機感が頭に浮かんだ。


【――変わりません。嫌なものは嫌であります】

 ドラゴンが真っ直ぐ、奴を見ながら答えた。

 それはさっきまで映していた怯え色が消えて、純粋な瞳の色に戻ったかのような目だった。


【自分は仲間のうちでは臆病ビビり者の部類ではありますが、それでもドラゴン族に生まれた誇りだけは持っております。

『ドラゴンは自分より弱い者には決して屈しない』!】


 ビンッ! と空気が一瞬で棘だらけの粒子になったみたいに、痛みに似た不快感が全身に吹き抜ける。


「それは――覚悟の上でモノを言ってるんだな?」

 ゾロリと奴の影が大きく洞窟の奥に伸びていく。

 そうして身を固くしているドラゴンの足元を這い上がり、首に、顎に、胴に――全身にしっかりと巻き付いていった。

 ギリギリ……ゴリゴリ……ドラゴンが奥歯を噛む音が聞こえる。


 締め付けられているのかと思ったが、そうではなく口は開くようだった。

 黒い鎖に巻きつかれながら、ガッと次の言葉を放った。


【自分はっ メスに馬鹿にされたくないでありますっ!! 】


「カァーッ カッカッカッ !!」

 急に霧が晴れたかのように空気が、空間の閉塞感が元に戻った。

 同時にひゅるひゅると黒い影が短くなると、奴の足元に戻った。

 ドラゴンは目を瞬かせながら、まだ体を硬直させていた。


「臆病でも流石はドラゴンだな。命の危険に晒されてもプライドだけは手放さなかったか。

 いや、メスに相手にされなくなるのが一番の苦痛か。

 正直だな、お前」

 奴は大笑いしているが、ドラゴンの全身からはまだ警戒の気が抜けていない。


【……オスとして生まれたからには、それは当たり前のことかと……】

 少し言葉を選びながら、ドラゴンがまたゆっくりと口を開いた。


「うん、そうだな。自分の遺伝子を残すための重要なファクターだ。

 お前、なかなか面白いから、ますます気に入った。それにこのまま人間どもや魔族にくれてやるのも惜しいし……」

 そう何故か後ろに控えている俺の方をチラッと振り返った。

 いや、だからもう従魔にしなくていいから。


「じゃあ、強い奴なら、配下になってもいいんだな?」

 薄暗がりの洞窟の中で、奴の銀目がまたボウッと光った。

 と思っていたら奴があろうことか、自分の右手をいきなり噛んだ。


 エッ?!

 奴の右手からブワァと鮮血と共に、漆黒の霧が一緒に溢れ出してくる。それは滴らずに奴の手の甲に絡まるように渦を巻いている。

 そしてその血と霧は明滅していた。


「遠慮しなくていいぞ」

 ドラゴンは奴が突き出した手を、ちょっとおっかなびっくり見ていたが

【失礼いたします――】

 そのまま先の尖った赤い舌を出して、奴の手の血を舐め取った。


 途端に電気が走ったような顔になると、ドラゴンが大きな目を剥いた。

 その体全体が光を放ち始めたように見える。


【こ、これは――】

 鱗の1枚1枚が立ち上がったように見え、それぞれが艶を増していった。

 それは白いオーロラのような光景だった。

 やがて光は落ち着き消えていくと同時に、鱗も元の状態に戻っていった。

 と、今度は尻尾から波のような震えが上って来て、ドラゴンの体全体を揺らし始めた。

 その振動で岩場がピシピシ揺れる。


「これでオレが何かハッキリわかっただろう? 何者か分からなくても、お前たちの長老どもエンシェントドラゴンよりは、格上なのはわかるはずだ。ん? どうだ」

【わ、わ、わわわワワワワワワ……】

 ドラゴンの声が壊れたCDのようになっている。


「ちょっとこれでも飲んで落ち着けっ」

 ゴロンゴロンと後ろから荷車に積まれていた酒樽が1個、ドラゴンの前に転がってきた。

 それを見た途端、ドラゴンはバッと前脚で掴むとグイッと一気飲みした。

 ぷはぁ~っ!

 初めて浴びたドラゴンブレスは酒臭かった。


「オレは偉大なる創造神クレィアーレ様の99番目の使徒、ヴァリハリアスだ」

 奴が名乗ると同時にまたドラゴンが顎をガンッと地面に打ち付けた。

【大変な力の持ち主とはわかっておりましたが、このように偉大な方とは存ぜずに大変失礼いたしましたっ!!】


「そりゃしょうがない。オレだって、そう知られないように抑えてるからな。

 で、どうだ? オレの眷属なら、なる気はあるか?」

 それを聞いて身震いの止まったドラゴンが、また押しつぶされたように、岩場に突っ伏した。

 頭どころか猫のように、体全体をこれでもかと低くする。


【十分でありますっっっ! いえ、なりますっ 従えさせてくださいっ !!】

 今度は土下座で弟子入りしてきた。


「ちょっと待て、眷属ってっ!? ええっ? 彼も父さん創造神の配下に入るって事か?」

「まあ、広い意味ではそうなるかな」

「そんなの勝手に決めちゃっていいのかよっ?」

「ん、まあ後で報告はする。大丈夫だ、どうせ眷属なんか腐らせるほどいるんだ。

 オレ直属の眷属が16,830,996,572だろうが、16,830,996,573になろうが今更1つや2つ増えたって主は構わないだろうさ。これでも少ない方なんだぞ」

 いま、事後報告って言わなかったか?


「よし、決まりだな。じゃあ眷属の契りをするぞ。オレのはもうやったからお前の番だ。

 手を出せ」

 そう言って腰の黒い剣を抜いた奴の右手には、もう傷など何処にもなかった。

 血の一滴さえ地面には落ちてない。


 恐る恐る出したドラゴンの右手の人差し指の先に、軽く剣を引くとプクッと血玉が盛り上がった。

 その血が野球ボールぐらいの玉になって、空中にぷかりと浮かぶ。

 そのまま奴の顔のところまで漂うと、奴がパクッと食べるように一口で飲み込んだ。


「よし、これでお前はこの、創造神 第99番目の使徒 ヴァリハリアスの直属の眷属とする。

 しっかり励めよ」

【は、はいっ 宜しくお願い致します!】 


 何、この儀式? マフィアの契りじゃないよね?

(マフィアの仲間になるとき、互いの親指を傷つけこれを重ねることで、血を交じり合わせるという儀式があるようです)


「おい、次は蒼也、お前だよ」

 そう俺の頭を軽く叩いてきた。


「エエッ! 俺もするのかよっ!?」

「当たり前だろ。お前の眷属にもなるんだからな」

 そうドラゴンがまだ出している指を指して

「そら、勿体ないから早くしろ」

 うえぇっ 舐めなくちゃダメ? しかも生で? 感染症の心配とかない?


 ちょっとドラゴンの俺を見る目が半目ジト目なのが気になるが、仕方ないので度胸を決めてその指を掴んで、そっと舐めてみた。


 おろっ? 鉄の味と思いきや、なんだろう。何かの薬のような味がする。

 強いていうならワインと漢方薬が混ざったような……。単純に薬草とかとも違う。

 生臭くもなく、もちろん金属臭くもない。

 微かに奥の方から、感じた事のない甘さが増してくるような……。


 と、喉から胃に入っていったところから、段々体が熱くなってきた。

 心臓が強く鼓動を始めてきた。不整脈というより、走りこんだ時のように力強く、そして全身に力がみなぎって来るのを感じる。


 見ると俺の手が淡く光りに包まれている。その皮膚の下は、グルグルとエネルギーが爪の先までまわって、薄ピンク色に染まっている。細胞が全て瑞々しく入れ替わっていくようだ。

 体が凄く軽く、今なら飛べるのじゃないかと思えるほどに。

 それは数秒続いて、すーっと消えていった。

 体の軽さは残った。


「エリクシルを飲んだ時のようだろ?」

 ドラゴンの傷をそっと治してやりながら奴が言った。

 ああ、そう言われると確かにそうだ。まさに全身に生命力がみなぎっている。


「だからコイツの血もエリクシルの素になるんだ。ちょっとした病気や指の欠損くらいなら、これだけで治る効果があるぞ。

 ドラゴンが病気知らずと言われてるのもそこからだ。もちろん傷の再生能力はディゴンより高いぞ」

 いや、ディゴン基準で言われても分からんのだが、とにかく凄いんだな。

 ふと見ると、ドラゴンの奴も褒められて満更でないような顔をしている。


「ちなみにコイツの肝臓は『不老不死』の秘薬の素になるぞ」

 と、ニヤッと笑った。

 それを聞いてドラゴンが慌てて腹を押さえる。

 またこの男は……褒めてるのか虐めてるのかよく分からん。


「最後にお前がコイツにやって終わりだ」

 手を出せと手振りをしてきた。


「やっぱり……俺もやらないと駄目なのかぁ? 

 じゃあ水魔法で出すから、切らなくてもいいだろ」

「駄目だっ! こういう儀式は傷で出してこそ、意義あるんだ。リスクも負わずにやるのは意味がない。

 剣が嫌なら、オレが噛んでやってもいいんだぞっ」

「すまんっ! 俺が悪かったっ 剣でやってくれ」


 何が悲しくてジョーズ男に噛みつかれなくちゃならんのだ。それならまだ本物の鮫の方が許せる。


 俺が出した手を掴むと、奴がおもむろに黒い刃を当てた。すっすっと掌に大きく十を幾つか切られた。

 痛くはなかったが、一切りじゃなくて、なぜ升目状? 

 俺の掌で三目並べする気じゃないだろうな。


「コイツに舐めさせるんだから、ある程度量を出さないとな」

 そう言って、手首を押す。ドッと血が吹き出してきた。

 おおい、いくら痛みがなくてもこれはいい気はしないぞ。


【では……】

 ドラゴンが顔を近づけてきた。

 うう、舐められるとこだけは見たくなくて、つい顔を背けてしまった。


 ぶ厚くトゲトゲした、濡れたゴムのようなモノが手に覆うように触れて来るのを感じる。

 肉食獣の舌だ。

 ザラザラを通り越して、スパイクみたいだ。


【ほうっ……これは またっ!】

 ドラゴンが感嘆の声を上げた。

【確かにただの人間ではないとは思ってましたが……少し貴方様に似ている味がします】

「そうだろう」 奴が少し嬉しそうに返した。

 

 舌が離れたので目を開けると、悪魔とドラゴンが頷きあっていた。

「ん、傷の治りが遅いというか、血が止まらないぞ?」

 いつもだったらこれくらいの傷なら、とっくに血が止まってるはずだ。それともドラゴンの唾液に傷が治りづらくなる作用でもあるのか?


「ああ、いま治してやるよ」

 奴が俺の手に軽く触れると、あのマス目が綺麗さっぱり消えていた。

「これで切ると痛みは無いが、傷が塞がらなくなるんだ。前に言っただろ?」


 あ、そういや上王と手合わせした時、得物を見せてそんな事言ってたな。

 って、そんなモノ呪物使ったのかよ。


 大体、あとで聞いたら、別に傷からじゃなく、あのモスキートペンを使っても、契りの効果は変わらないそうだ。

 ただ この馬鹿ザメのポリシーなだけだった。

 まったく迷惑な野郎だ。


「よし、これで立派にお前はオレ達の仲間だ。

 となると、16,830,996,573番じゃ味気ないから名前を付けないとな」

 悪魔が俺の方に振ってきた。


「味気ない前に呼びづらいぞ。というか覚えられない。

 ええと、確か君は『イージス谷の黒のオッドアイ』って言ってたよね?」


【そうだ。お前は確かソゥヤとか言ってたな】

 ん? なんだか急に上から目線なモノ言いになってきたぞ。

 今やすっかり落ち着いた大きなトカゲが、急にドラゴンの貫禄を見せ始めた。


「クックックッ、変わり身が早いな。まあ仕方ない。年齢的にも実力的にも、蒼也はこの中じゃ一番下だからな」

 悪魔が笑いながら言う。


「え、そりゃそうだけど……」

 同じ眷属なのに立場は同等じゃないのかよ?

 順番で言ったら俺が先になったんだぞ。会社じゃ年齢が下でもこっちが先輩だ。


「ドラゴンは元より、動物界は力で上下関係を決めるんだ。

 エンシェントドラゴンが永いことドラゴンの長なのは、ただ長生きしてるからだけじゃないぞ。

 だから順で行くと蒼也、お前は末弟、この中じゃ3番目だ。また家族が増えて良かったな」

 ニヤニヤしながら奴が言ってきた。


「なにぃっ! 俺はそんな立ち位置なのかぁ?!」

 仲間っていうから、せめて同等というか、これからはよろしく的な感じかと思っていたのに。

 大体、家族ってまた人外じゃねぇかよっ。


【そう言う訳だ。これからは俺がお前の兄貴分だからな。よろしくな】

 フンと胸を張ってドラゴンが上から俺を見下ろしてきた。


 何だこの野郎~~~っ、さっきまでへこへこしてたくせに。

 なんか面白くねぇ~~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る