第58話 蒼也 父と会う


「ソーヤ、ソウヤ……いや、違うな。そーや…蒼也で良かったかな? 発音は」

 その男は俺の名を何度か言い直すと訊いてきた。

「え……ええ、そうですけどあなたは……?」

「お前の父だよ、我がクレィアーレだ」

「はいっ ?!」

 突然の展開に俺の思考は止まった。そんな俺の様子を見ながら、

 目の前の男は「まあ無理もないな」と言いながら俺の横に座ってきた。


********************************

 

 上王様達が去ったあと、俺達もギルドを後にした。

 

 昼前に商業ギルドで紹介してもらった宿が、今ひとつだったからだ。

 ギルドに登録していない、民宿とかも結構あるようなので、歩いて探してみようと思ったのだ。


「お前も女みたいに細かいとこ気にするよなぁ。さっきの、どれでも大して変わらなかったじゃないか」

 道端でも平気で寝れそうな男が言う。、


「いや、色々違いがあっただろ。

 始めの宿はベッドが1つしかないし、

 2軒めは窓の外がすぐ隣の壁で外が見えないし、3軒めのあれはなんだ?

 1人用のベッドとハンモックって、せめてソファだろ。

 大体ダブルベッドを置くぐらいなら、シングルサイズを2つ置けばいいのに」

 俺はぼやいた。


「それじゃ3人以上寝られないだろ。部屋代は一緒なんだから、多人数で泊まった方が得だろ」

 そういう雑魚寝文化に慣れないんだよな。

 日本に帰って来てあらためて知ったのだが、地球の中世ヨーロッパでも、1つのベッドで雑魚寝するという歴史はあったようだ。

 日本みたいに布団じゃないから、同じ部屋で寝る=同じベッドになってしまうのだろうか。


「大体さっきの………あんたとデキてるって噂があったのだけでも、消し去りたいんだ」

 口にするのも嫌だが、こいつは無神経だからちゃんと言っとかないと。

「もったいないけど、1人部屋2つ取るかなぁ……」

「オレは別に構わんが、そんなに気にすることか? 動物界にだって珍しい事じゃないぞ」

 俺だって別に差別する気はないが、自分が間違われるのが嫌なんだよ。

 どうも、俺とこいつじゃ力の差が釣り合わなさ過ぎるから、そっちの方に勘違いされてるのかもしれない。

 ああ、悍ましいっ。

 なんだか身震いが起きた。


「そんなにって………あんたが哺乳類と魚類の分類を、いい加減に言われると気持ち悪いっていうのと一緒だよ」

「うーん、それなら理解出来るかな……」

 適当に言ったのに、それで理解できるほうが逆によくわからないのだが。


 以前、口喧嘩してわかったが、こいつはサメ男というとプチ切れる。

 サメとか魚類自身が嫌いな訳じゃなく、生物としての分類を、メチャクチャに言われるのに嫌悪感があるらしい。

 さすがは生物の創造を司っている、使徒ならではのこだわりなのか。

 ちなみに人魚はこちらの分類では軟骨魔魚類というのだそうだ。


 いやそんなことはどうでもいい。

 今は宿を探さないと。


 最悪決めるのは明日でも良いとして、当たりだけでもつけておきたい。

 こういう時、前に大きな酒屋を探した時のように、探索能力が便利なのだが、俺の条件が細かすぎるのか、そもそも街の公共施設など、あちこちに設置されている護符が邪魔して特定が難しい。

 漠然と泊まれる場所とかで意識すると、宿どころかベッドだけの簡易宿泊所、民家のベッドまで探知してしまう。

 情報量が多すぎて、透明シートにプリントした写真が、何十枚も重なって見えるように、一気に頭に入って来る。

「まだ使い分けが出来てないからだ。慣れてくればちゃんと整理されて、欲しい情報だけピックアップされるようになる」

 それが出来るようになるのは、いつの日だ? 今必要なんだが。


 そんなこんなであちこち歩いていたら、北区の方にやってきたようだ。

 北区は貴族街と富裕層のエリアなので、俺のような者には無縁の場所だ。

 東区との堺に市壁ほどではないが、3階建てくらいの壁があって、その向こう側が北区になっている。

 3か所に門があるが、そこには街中なのにまた門番がいる。

 その壁の手前は大きな公園になっていて、手入れされた樹々や遊歩道があり、所々に木製のベンチがある。

 すぐ手前が富裕街のせいもあって、歩いている人や、ベンチに座ってパイプをくゆらせている老人も小綺麗な恰好をしている。

 日本だったら、ホームレスと親子連れがごった煮でいそうだが、こちらは格差がキレイに分かれているようだ。


 石畳の遊歩道を散策していくと、樹に囲まれた池が見えてきた。

 今日はどんよりとしているほどではないが、あいにくの曇り空で、池面は今一つ冴えない空を映している。

 

 そういえば、先程からなにか音楽が聞こえている。

 池の反対側から聞こえてくるので、そちらの方に行ってみる。

 樹々の間から人々が集まっているのが見えた。

 その中心から『月光』に似た静かな曲が流れてくる。集まっている人は皆女性ばかりだ。

 誰か吟遊詩人でもいるのかな。いや歌ってないから楽師か。

 索敵すると、果たして中心に若い男が、半月型のハープを2つずらして重ねたような弦楽器を弾いていた。

 周りを囲む女性達は音楽にか、それとも男になのか、うっとりとした表情をしている。


「場所柄こういうパフォーマーが受けるんだね」

 俺は何気なく奴を振り返ってちょっと驚いた。

 さっきまで隣にいたと思っていたのに、5mほど後ろで立ち尽くしていた。

 視線は俺を通り越して、真っ直ぐ人だかりの方睨んでいる。

 いや、擬視しているのか? 何か驚いているようにも見える。


「どうしたんだよ。何かまたあるのか?」

 俺は奴のとこに戻ると訊いた。

「………蒼也、オレは急用が出来た。だからお前はここでしばらく待っていろ」

 真っ直ぐ前を見ながら言う。

「別にいいけど、本当にどうしたんだ?」

 すると俺のほうに顔を向けると

「お前はあそこのベンチにでも座ってろ。

 いいな、大人しくそのまま待ってろよ」

 そう言って足早に今来た道を戻って行った。

 俺はなんだかわからないが遊歩道に取り残された。


 遊歩道の両側には芝生があり、そこには樹々の他にベンチが置いてあった。

 しょうがないので手前の空いているベンチに座る。

 時刻は昼下がりで、気温もちょうどいいくらいに温かく心地いい。

 静かな音楽も聞こえるし、時々風に乗って微かに若葉の匂いがする。これでもっと天気が良ければいう事ないのだが。

 音楽が静かに止んだ。

 たくさんの拍手が起こる。

 群衆の真ん中で男がお辞儀をしているのがわかる。

 どうやら女たちが続いてもっと弾いてくれとお願いしているようだが、男はこれで今日は終わりですと言っているようだ。


「次はいつ来られるのかしら?」

「良かったらこれからウチに来ない?まだ聞き足りないわ」

「何言ってるの? 貴女のとこ、今夜旦那様お留守なのでしょう?

 危険だわ。我が家なら心配ないわよ。亭主は3年前に姑の下へ逝ったから」

 かしましい女達の声の中から「失礼します」と男の声が聞こえ、するりとその取り巻きの中から、男がすり抜けるように姿を現した。


 男は小走りに、樹々が少し密集している方に走る。

 待ってとばかりに、取り巻いていた女のうち何人かが追いかける。

 あー モテメンは大変だねぇ。

 先のほうで展開されている、そんな様子をぼんやり眺めていた。

 男はサッと、オレンジ色の花が咲いた低木の陰に隠れた。

 それをすぐに追ってきた2人の女が、エイッとばかりに木の葉をかき分ける。


「いないわ?」

「ええ、どこに行ったのー ダーリン!」

 女たちがざわついている。

 俺にはわからなかったが、どうやら男が消えたらしい。

 隠蔽か、もしかして転移でも使ったのか?

 これが地球だったら、マジックショーで済むのだが。


「やれやれ、よくさえずる小鳥たちだ。悪いけど今はその気分ではないのだよ」

 いつの間にか、俺の斜め後ろに男が立っていた。

 カラシ色の短いマントを羽織り、赤茶色の小さな帽子を斜めに被った若い男は、俺のほうに向き直ると、俺の名前を呼んだ。

 


*************************



「いや、本当になかなか会えなくて済まなかった。我もこれでも結構忙しい身でな。

 急だが、少し時間が出来たのでやって来た」

「………本当にお……クレィアーレ様なんですか?」


 あっ、ついこちらの言葉で話してしまった。まわりに人がいるのに。

「そうだよ。もし嘘だったらヴァリハリアスが黙ってないだろ?」

 あいつのフルネームを知っている。

 そういやあいつはどこ行ったんだ?

 辺りを見回すと、さっきから楽師を探している女達が、キョロキョロしながら、俺達の前を通り過ぎて行った。

「隠蔽をかけてるから見つからないよ。もちろん声も聞こえない。

 だから安心して話して大丈夫だよ」


 視線を前に戻すと、いつの間にかヴァリアスが、俺達から2mほど前の芝生の端に背を向けて立っていた。

 そこへさっきの取り巻きの1人、巻き毛のブルネットヘアで、カルメンに出てきそうな肉感的な美女が奴の隣にやってきた。

「ハーイ、ヴァリィ」

「今日の付き人はお前か、ラウラ」

 どうやら本当にお父さん―――神様のようだ。


 だけどあんなにグズグズ想っていたのに、実際に現れると実感がほとんど出て来ない。

 というか俺の心のどこかが冷めているようだ。

 良く言う感動の再会とかいうが、そういった感情が湧いてこない。

 現実はこういうもんなのだろうか。

 相手が見た目も、日本人とは程遠い白人系だからなのだろうか。

 いや、たぶん俺とどこもかしこも似てないからだろう。


 神様はまさしく金髪碧眼のモデル系美男子だった。

 綺麗な艶のある長い前髪を横分けに右耳にかけ、すっとした細い鼻筋に涼やかなの青い瞳、いつもはキリっと結ばれていそうな口元は、いま柔和に笑みをたたえている。

 なんだか書類上だけで親子になった赤の他人の感じ。

 それが俺の受けた第一印象だった。


 詳しく聞いたことはないが、俺以外にも今まで子供が出来たらしいから、俺はその沢山の中の1人に過ぎない。

 神様がいちいちそんな端っこに気をかける訳がないから、今日はたまたま気まぐれで会いに来てくれたのだろう。

 そう考えるほうが自然だな。


「あの、初めまして……蒼也です」

 俺は頭を下げると、ベンチをおりて正式な挨拶をしようとした。

「いいよ、そんな他人行儀な。我とお前は親子なんだぞ。そんな畏まらなくていい」

 神様は俺の腕を取ると、また横に座らせた。


 そうして

「ふーむ、こうしてあらためて見るとやはり『カナエ』の面影があるな」

 神様が俺の顔をじっと見ながら言った。

「カナエ……かなえって!? もしかして!」

 俺はその言葉に立ち上がりそうになった。

「ああ、どういう字を書くのか聞かなかったが、そういう名前だったよ、お前の母は」

 『かなえ』っていうのか、お袋―――母さんは。

「あの、母さんってどんな人でした?」

「そうだなぁ」

 神様はちょっと空を見上げながら、考える仕草をしてから俺の方に向いた。


「お前の護符を出してくれないか」

「えっ 護符ですか?」

 俺は右手に付いている護符兼スマホを、いったん空間収納に入れて取り出した。

 こうすることで、いちいちアームガードを緩めずに外すことが出来るのだ。

 神様は護符を受け取ると、スマホ画面のほうに軽く右手をかざした。

「ほらっ 口で言うより見た方が早いだろ。こんな女性ひとだったぞ」


 返されたスマホの画面に、若い娘が写っていた。

 その人はこちらに半身をひねって微笑んでいた。

 ボブヘアくらいのショートの髪で、頬のあたりで内巻きにカールしていた。

 夏なのか白い日傘をさし、水色に大きな白の水玉模様の半袖のワンピースを着て、どこかの砂浜に座っている。

 その肩の辺りから遠くに水平線が見える。

 そうして少し潤んだような眼差しでこちらを見ていた。


「日本の伊豆とかいうところに行った時の記憶だ。カナエが、海が見たいというから連れて行ったんだよ」

「これ、保存してもいいですか?」

 駄目だと言われたら記憶に焼き付けなきゃ。

 俺は画面から目を離さず聞いてみた。

「いいよ。そのつもりでそれに念写したんだから」

 画面メモで保存。重要マークにして間違って消さないようにロック。

 保存名は『母 かなえ』とした。


「………他にはないですか?」

 もう少し写真が欲しい。

「ない事もないが、すぐ思い出せるのは……ちょっと息子には見せられんなぁ」

「………わかりました。これだけでも有難いです」

 うー、このヒトも、もれなく女好きだったの忘れてた。

 そんな親の記憶は見たくない。

 でもそんな会話で、ちょっと近寄りがたかった雰囲気が和んだ。


「あの、神様の姿も撮ってもいいですか?」

「いや、すまんが我はそういうのは好まん。それにおそらく、そのまま撮っても映らないだろう」

 そうなんだ……。

 でもこうして会いに来てくれたからまだいいか。

「そうそう、カナエと会った時はこの姿じゃなく、日本人に合わせて黒髪にしたんだった」

 そう言って帽子を取って頭を軽く一振りすると、黒髪に黒目がちの別の顔になっていた。

 うーん、『マトリックス』の時のキアヌ・リーヴス似かな。

 母さんこういうのが好みだったんだな。

 だけど、どっちみち俺に似てないな。

 まぁ男は母親に似る事が多いというから、しょうがないのかもしれないが。


 それから10分くらい、母さんとの馴れ初めやデートした時の無難な話を聞いた。

 母さんが当時働いていたという、銀座のミルクホール―――喫茶店はもうないだろうけど、今度その場所を探してみようかな。


「まぁ お前には苦労かけたな。すぐに気づいてやれば良かったのだが―――いつもだったらすぐに兆しがあるはずなのに、何故か カナエの場合、10か月も妊娠にかかったからなぁ」

「えっ 普通十月十日とつきとおかじゃないんですか?」

「神の子はな 受胎するなら、その場ですぐに腹が膨らむのだよ。

 カナエの場合、おそらく彼女の遺伝子が、結構強かったのかもしれないなぁ」

 相性による具合もあるしと、キアヌが独り言のように呟いた。


「それと途中で、守護を変更して済まなかったな。

 うっかり始めに強い守護を与えてしまったが、それじゃどこぞの親馬鹿と一緒だからなぁ。

 思い直したのだよ。

 まぁ、これからも あ奴に任せっぱなしになると思うが、何かあったら、あ奴を通して言ってこい。

 出来ることは聞いてやるぞ」

 と、俺の肩を軽く叩いた。


「そう言えば、どうして俺の守護にあいつだったんですか?

 他の使徒の方はいなかったんですか?」

 少し慣れてきたので疑問に思っていたことを聞いてみた。

 キリコみたいな一般的な感じの使徒もいるのに。

「確かにすごく世話になってるのは有難いんですけど……俺にはアクが強過ぎるような……」

「不思議かい? 我はごく自然だと思ってるのだが。

 本来 天使でも他の使徒でも良かったんだが、守護をつけるとき注意するところは、どれだけ同期や同化が出来るかとかでもあるが、まぁ 一番は相性だな」


「ええっ 相性ですかっ?!」

 意外な事にビックリした。

「そうだよ。相性が合わないと、四六時中一緒にいるのにやりづらいだろう?」

「だけどアレですよ? 一番俺と合わなさそうじゃないですかっ ??」

 俺は前方に立っている奴を指した。

「合ってるじゃないか。その証拠にお前、あ奴と普通に腹蔵なく喋っているのだろう?

 ちゃんとマッチングしている証だよ」

「なんでぇっ?! あんな暴力団とっ」


 思わず声が大きくなった。

 隠蔽しているはずなのに、ヴァリアスの背中が少し振り向きそうに動いた。

 もしかして聞こえないのは人だけ?

「ハッハッハッ! そういうとこだな。あれでも あ奴は面倒見は良いのだぞ。

 それにな、こうやって自分より若輩者の面倒を見るのは、いい作用が生まれるんだ。

 お互い影響し合って成長するしな」


 確かに俺もあいつに、最近少し影響受けてるの感じる。

 口が悪くなったとことか……。

「いいコンビで良かったよ。あ奴もお前と同じ混合種だから、そういう意味でも合ってるのかもしれないな」


「ハァっ ??! 混合種ミックス!? あいつも? そうだったんですかぁ!」

 今度こそ奴が一瞬、こちらを振り返りそうになった。

「ほらぁ、邪魔しないの」

 ブルネットの美女に制される。

「あれ? あー,あ奴言ってないのか。

 そうだよ、ヴァリハリアスはな、我の創造と闇が混ざっているのだよ」


 あんまり詳しくは言えないがと、キアヌが教えてくれたのは、使徒は神自身から創った核を素にするらしい。

 それを基礎にして使徒を形成していく。

 99番目の核を創ったとき、ついテーブルにその核を1つ落とした。

 その時、隣に置いてあった、闇の神オスクリダール様の核とぶつかり融合してしまったそうだ。


「本当に偶然の産物でな、オスカー(オスクリダール)がお前のも寄越せって言うから、我だってちゃんと核を渡したのだぞ。

 だけど何回やっても、もう融合しなくてな。

 意図してやっても出来ないモノもあるのだよなぁ。

 それでオスカーの奴が、自分にも半分権利があるとか言いだしたんだが、せっかく上手いバランスで融合しているのに、半分にしたら勿体ないだろ。

 それに微妙な均衡が崩れるかもしれんし。

 で、どっちに権利があるかで、もう喧嘩だよ」

 と、立てた両手の親指を下に向けて見せた。


「こっちの年月で言うと300年くらいかな、会うたびに口論から取っ組み合いの喧嘩して。

 その間は公正を保つ為に、運命の女神のラリー(スピィラルゥーラ)が預かっててくれてたのだよ。

 ただ、使徒創りが止まってしまってな。

 このままじゃ、いつまでも天地創造しごとが進まないっと、ラリーに2人ともビンタ喰らってなぁ。

 まぁ ラリーは気っぷも女振りも良いし、その絶妙な平手打ちの具合に、我ら一変で目が覚めたというわけだ」


 何か、違うものに目覚めたわけではないですよね?

 後で聞いた話だが、あのイタリア男リブリース様も、スピィラルゥーラ様に声をかけた事があったらしい。

 もちろん軽く流されただけだったようだが、使徒とはいえ、女神様を誘うとは凄い度胸だ。


「というので、最後は結局コインの裏表で決めたんだ。

 で、我が勝ったのだよ」

 キアヌは初めて少し子供っぽいドヤ顔をした。


「だけどオスカーがまだ諦めきれないようだったから、区別するために、形成する時に白子アルビノにしたのだよ。

 闇のとこのは、どこか黒色が現れるからな。

 まっ、内側にはしっかり残ってるから、時々表に出ているようではあるがね」

 あれかっ、時々目が黒くなったり、黒いモヤのような瘴気が出るのはそのせいか!

 あの野郎っ、人のこと、さんざんミックス呼ばわりしてたくせに、自分もじゃねぇかよっ。


『(別にミックスが蔑称だとは言ってないだろ!)』

 急に頭の中に、奴の思念がガツンと飛び込んできた。

 我慢できなくて割り込んできたようだ。

『(自分だって混血なのを隠してたじゃないかっ!)』

『(わざわざ言う必要ないだろっ、

 それに神界の仕組みに関わることをベラベラ喋れるかぁっ!)』

 俺はこの時意識してなかったが、初めて自分から精神伝達テレパスしていたらしい。

 いつの間にか発現していたというわけだ。


「よしよし、仲の良いのはわかってるから兄弟、いや従兄弟同士の喧嘩は、それくらいにしときなさい」

 神様が笑いながら、軽くいさめてきた。

「従兄弟ってなんですっ ?!」

「そうだよ。同じ親からというより、あ奴が我の本体から、お前がこの我の分体が親だから、

 兄弟というより従兄弟と言ったほうが近いだろう?」

 えー 遠い親戚どころか従兄弟なのかよぉ――。いやその前に――。


「分体って、どういう意味ですか?」

 そう言えばナジャ様が神様は、いくつかの顔を持つとか言ってたな。

「そのままだよ。この体は我のごく一部なんだ。

 まさか本体で浮気したら、さすがに妻が黙ってはいないからなぁ」


「えっ、奥さんいらっしゃるんですかっ。それって……大丈夫なんですか?」

 確か地球の神話とかだと、妻がいるのに浮気しまくるために、動物とかに姿を変えて妻の目を逃れようとするんだよな。

 だけどそれで作った子供とかに、妻である女神が嫌がらせとかするんじゃなかったっけ。

「心配するな。我の妻、水の女神アネシアスは、そんな器の小さい女じゃないぞ。

 彼女だって分体でなら、時々お遊びしてるしな、お互い様だ」

 俺の心配を察したのか、すぐに弁明してきた。

 なんか度量が大きいというか、価値観が違うというか、俺にはどっちみち出来ないな。

「だから本当は、別の分体だったら空いてたんだが、生憎この体が別の仕事をしていてなぁ。

 どうせなら、お前を生んだ体で会うのが一番いいと思って、遅くなったんだよ」

 まぁこうして会えて良かったと言いながら、ふと辺りを軽く見回した。


「我はそろそろ行かなくてはならん。

 お前もこれからも体を大事にしろよ。我の血が入っているのだからな」

「はい、今日は有難うございました」

 俺が頭を下げると、神様は右手を出してきた。

 ちょっと躊躇しながら、俺はその手を握ろうとした。


 その時、雲が僅かに切れて光が差し込んできた。

 それは明るく芝生と俺達を照らすと、彼の黒目に青い光を浮かび上がらせた。

 俺の目の色と一緒だ。

 その時感じた。

 俺はこのヒトと繋がっている。

 

 急に色んな感情がこみ上げてきて、胸が詰まってしまい、両手で顔を覆った。

 止めようにもコントロールを失ったように体が震えてくる。

 涙が溢れてきたので顔を上げられない。

 

 すると、すっと手が背中と頭にまわってきて、優しく撫でてくれた。

「今まで1人で辛かったよな。でも もうお前は1人じゃないよ。

 間違いなく我の息子だから」


「お父さん……」

 自然に言葉が出た。

「ようやく言ってくれたな」


 陽射しがさしたのは一瞬だけで、また太陽は雲に隠れてしまった。

 晴れの日もあれば雨の日もあるように、これからもいろいろな事が起こるのだろう。


 だけど俺の人生は どうやらこれから始まるようだ。

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