第130話 魔法試験 その3(雷)


「では最初にあの塔に思い切り電撃を撃ってください。ダメージを与えるようにね」

 続いて『雷』の最初の課題で試験官が言った。


 あの塔は魔法耐性の他に、下に行くほど対抗力が上がっていく。あの彫り物の魔物(?)たちは、多分その強さの順序で並んでいるんだと思う。

 普通に思い切り雷を放つとなると、発生させる力と圧力をかける力、方向を操作する力に分散する。

 当てるだけなので方向操作は単純でいいのだが、電気量を多くすると電圧を操る力が落ちてしまう。その逆に電圧を上げると電気量が少なくなる。

 ダメージを与えるにはどっちが正しいんだろう? 

 相手は生き物じゃないからなぁ。


「あのちょっと質問良いですか?」

「はい、どうぞ」

「ダメージというのは、実際の動物や魔物に与える肉体的ダメージという意味でいいんでしょうか?」

「その通りですけど、それ以外にありますか?」

「その、衝撃と痛みはあるけど、あまりダメージはないみたいな……つまり脅かすためのやり方です」

「それは力を加減するということになりますよね。そうではなく全力でやってください」

 そうか、じゃあ肉体的ダメージ――つまり肉が焼けるようにやれっていう事だな。


 電圧は塔に流れる程度にして、出来る限り電気量を増やして雷を落としてみた。目が幾つか開き、3番目までの彫り物が鳴いた。

 火よりパワーがあるということなのかな。

 試験官は頷きながらボードに書き込んで、次の課題に雷の柱を出来る限り作るように言った。


「待った。その前に、君さっき、ダメージはないが、痛みや衝撃はあるやり方があるように言ってたね?」

 半仮面の部長さんが割り込んできた。

「はい、全くダメージが無い訳ではないですけど」

「それでいいから、もう一度あの塔にその雷を落としてみたまえ」

「わかりました」

 俺もこのスタンガン魔法に塔がどう反応するのか、ちょっと興味があった。

 今度は人に対するように電流は少なく、その代わり電圧は目一杯上げて塔に落としてみた。

 

 塔の六角形の目はほぼ開かなかった。その代わり今度は4番目の彫り物までが、足をバタつかせ大声で鳴き声を上げた。

 ああ、なんとなくわかったぞ。

 多分あの目はパワーを示しているんだ。彫刻はそれぞれの魔物にダメージというか、影響があるかどうかを測ってるんだ。

 彫刻達はまた何回か鳴くと、そのままゆっくりと口を閉ざして動かなくなった。


 なかなか面白いなぁと思って塔を眺めていたら視線を感じた。3人が俺のほうジッとを見ていた。

 ちょっと調子にのり過ぎたかな。


 でも、やり方がわかっていてもパワーとテクニックが及ばず、出来ない事の方がまだまだ多い。

 結局俺の雷の見せ場はこれだけだった。

 雷に関する課題をひと通りやったが、今一つ、3人の反応は淡々としていた。

 もちろん出し惜しみせずに全力でやったが、これが現在いまの俺の実力だ。

 

 お偉いさん達は結局最後まで帰らなかった。


「ではこれで『雷』の試験は終わりです。お疲れさまでした」

 試験官がボードに書き込みながら言ってきた。

 ああやっと終わった。さすがに少し疲れたな。

「どうも有難うございました」

 俺は頭を下げて荷物カゴを持つとドアを出ようとした。

 また外で待っていればいいのかな。


「君、少し待ちたまえ」

 メイヤー部長の声がした。

「はい?」

 俺はドアに手をかけたまま振り返った。先程まで5,6mほど離れた場所にいたはずの部長が、いつの間にか俺のすぐ目の前にいた。

 近づいてきた気配は全然わからなかった。


「少し訊きたいことがある。これによると君は、この複数の能力が発現したのは、ここ2ヶ月の間だという事だが本当かね?」

「はい……。約2ヶ月ぐらいです」

「……確かに嘘ではないようだな」

 それからまた突っ込んだ事を聞いてきた。


「もしかして君はまだ、他にも魔法スキルがあるのじゃないのかね?」

 半仮面の部長は背が高いのせいか、上から覗き込まれてくるとなんだか威圧感を感じてしまう。

 恐ろしい事に、つい本当の事を言いそうになってしまった。

 他の言い回しで言い逃れようと思ったのに、口はスルッと喋ってしまいそうだったのだ。

 まさか真実の口どころか、自白剤のような作用でもあるのじゃないだろうな。

「…………てぇ……くぅ、……すいません。言いたくありません……」

 なんとか断るのがやっとだった。


 少し怖くなってきた。

 やっぱり調子に乗り過ぎたのか。

 わかっちゃいるけど、習いたての技とかつい試してみたくなっちゃうもんなんだよ。

 だって2ヶ月前までは、魔法なんかとは無縁の生活だったんだから……。

 全然、教訓が生きてない俺……。


 部長はじーっと俺の顔を覗き込んでいたが、少し片眉を上げて

「まあ聞かずともいいか」

 そう言いながら試験官の男にアレを持ってくるようにと言った。


 俺はカゴを持ったまま、どうしていいかわからずそのまま立ちつくしていた。

 すると何もなかった空間から、試験官が姿見のような大きな鏡を引っ張り出してきた。

 空間収納なのだろうか。それともこの掴みどころのない空間に、俺のわからないドアとかがあるのだろうか。

 そのキャスター付きで、文字のような飾り枠に囲まれた鏡の表面には、何やら霧のようなものが映し出されていた。

 これはもしかして解析鏡?


「最後に君の魔力最大許容量を測りたいのだ。その鏡の前に立ってみてくれないか」

 なんかそれ以外のモノを視ようとしていそうだが、多分ギルドの時のように奴がなんとかしてくれるだろう。

『(おーい、ヴァリアス、これやっても大丈夫だろうな? )』

 しかし返事は返って来なかった。

 

「君、さあ、この前に」

 しょうがないので、またカゴを下ろそうとした瞬間、何もない空間に勢いよくドアが開いた。


「ふざけた真似すんじゃねぇよっ!!」

 ジョーズがカチこんで来た―――っ!!


「あ、あなたは??! どうして入って来れたのですか ?! 部外者は入れないはずなのに――」

 試験官がビックリして振り返った。

「てめえら、もう試験は終わってるんだろっ! なに余計な事とこまで視ようとしてやがるんだっ」

「これも試験の一環だ。別に余計な事ではない」

 少し驚いたようだった半仮面の部長が、すぐ威厳を取り戻すと奴に言った。


「嘘つきやがれっ! 他の受験者にはこんな解析はやってねぇじゃねぇかっ」

 そうなの?

 あれ、じゃあ部長達はここで嘘がつけるのか? 術をかけた側だから?


「全くやらない訳ではない。気になった受験者にはやってもらっているのだ」

 ちょっと気不味気きまずげに部長が言う。

「それに何故、ここで行なわれている動きを知っている? この中は感知出来ないはずだが……」

 

「とにかく課題は十分にこなしたんだから、もう充分だろ。大体、オレ達の事に余計な詮索するなとギルドには通達があるはずだ」

「………ここは魔導士ギルドだ。他所のギルドの通達は知らん」

「チッ、使えねぇな、アイツ上王。他所のギルドにも知らせておけってんだ」


「あっ! そう言えば――」

 そう声を上げたのはもう1人のお偉いさんのガイマール氏だ。


「この前、まわってきた通達の中に、要注意人物として『白子アルビノのアクール人』の件が確かありましたな」

「なんだとぉっ! 誰が要注意なんだよっ」

「待て待てっ! 当たってるじゃないか。とにかく落ち着けよ」

「わわっ、すいません。別に変な意味ではなく、対応に注意喚起のある書類にはみな、要注意の人物か案件というマークが付くんです。警戒という意味ではないんです……」

 やや怯え気味にガイマール氏が弁解する。それ紛らわしいです。


「それ、私は知らんぞ。見た覚えがない」とメイヤー部長。

「……すみません。ハンターギルド経由で来ていて、内容が『以下の人物に対し無用な追及・詮索をしないものとする』というだけの書類でした。

 ……もちろん各部署の主任には通達をまわしておりますが」

 試験の時の威厳に満ちた雰囲気から一転、上司の前のただの部下に成り下がってしまった男は、落ち着きなくハンカチで顔を拭いた。


「ハンターギルドからか……」

 メイヤー部長が面白くなさそうな顔をした。

「……緊急性がないと判断しまして……。お忙しい部長のところには、Dボックスに入れておきました……」

「ああ、あの不要不急ファイルの中か。確かに私もあれは最近、後回しにしていたな」

 部長も仮面の上あたりを摩った。

「通達があったんならわかるだろ。コイツのことも一緒に記載されてるはずだ」

 部長の顔色を見ながら次長が頷いた。部長が軽く唸る。

「………すみません。ハンターの2人組として記憶しておりましたが、名前まで覚えてませんでした……」

 次長が小さく言い訳する。

 まあしょうがないか。こいつに比べたら俺なんかただの異邦人だし、それにハンターだから関係ないと思っていたのかもしれないな。


「じゃあもういいな。それで、認定証は発行してくれるんだろうな? まさか解析させないから失格とかにはしねえだろうなあ」

 もうヴァリアスの圧がモンスターペアレントじゃなくて、ヤクザのソレになってる。いや元からか。

「いや、もちろん認定証は発行する。これだけの力量があれば十分だ。

 ただ、今すぐという訳にはいかない。少なくとも1日はかかる。明日の昼過ぎまで待ってくれ」

 なんだよ、面倒くせぇなと奴がぼやく。


「じゃあ行くぞ、蒼也」

 俺も3人にあらためて頭を下げて、今度こそ出ようとした。

「待ってくれ、アクール人の君。君もその、ハンターなのか?」

 部長さんがまた懲りずに声をかけてきた。


「あ゛? それがどうした」

 ちょっと嫌そうな顔をして、奴が肩越しに振り返った。

「この部屋に入れた事といい、感知といい、かなりの魔法スキルがあるとわかるが、その魔法ランクを測った事はあるのかね?」

「そんなことしねーよ。必要なのは相手を倒せるかどうかだけだからな」

「では一度だけ試してみないかね?」


 あー、この人も好奇心が抑えられない口か。

 というか、通達を直に見てないから重要性がわかってないのか。実際に通達を見たガイマール氏だけが、手と顔であたふたしている。


「お前……、詮索するなっていう意味わかってるのか?」

 奴は一瞬、顔に凶悪な影を落としたが、先にあるトーテムポールを見ると

「蒼也、ドラゴンの鳴くとこ見たいか?」

 と、ニッと俺に笑った。


「おいっ、壊すなよっ」

 こいつのパワーでやったらトーテムポールどころか、この建物自体がヤバい。

 いや、もしかすると王都が…………。

「大丈夫だ。それぐらいセーブしてやってやる」

 ただならぬ気配に、挑発してしまった部長はもとより、ガイマール氏と試験官の男が横に退く。


「ちょっとだけサービスで見せてやるよ。今の試験は『雷』だったな。ちょっとウルサイから耳塞いどけよ」

 そう言って塔の方に向き直ると、右手を軽く上げた。


 これは奴の、人にわざと見せる一種のパフォーマンスだ。本当は手振りなどせずに発動できるのだが、これから魔法を発するという合図を示すともに、相手に本当の力量を見せないためでもある。

 詠唱もそうだが、手振りというのは発動する為のスイッチを入れるような効果もあるので、意外と必要だったりするのだ。(詠唱の場合、言霊の助力もある)

 

 俺も大きい力を発動する時は、当てる方向に手を向けたりする。手から発するというより、一種のルーティンなのだ。その方が比較的集中できる。

 だから無詠唱で一切の身振りをせずに行えるということは、それだけ魔法力があることをあらわす。

 大きすぎる力をさらしているのに、微々たる隠蔽だとは思うが、奴はそういうパフォーマンスを人前でわざとやったりするのだ。


 奴が手を下げた。

 ヴァッヴァァアァァンンッ バリバリバリバリィーーーッ !! 

 凄まじい落雷が塔を襲い、空気が振動し、地響きが足元を激しく揺らした。

 閃光が音と共にあたりを一気に白い世界にした。

 が、それも急速に塔の中に吸い込まれるように消えていく。


 強烈な光が消え、まだ振動の余韻が残っているうちに、塔の魔物たちが次々とけたたましく鳴きだした。

 六角の目は全てバタバタと激しく瞬きを繰り返し、彫り物達も翼や尾、手足をバタつかせるなか、ひと際轟くような声が発生した。

 一番下のドラゴンだ。


 ドラゴンは首を高く上げ、翼を開き足を踏ん張り、咆哮を上げていた。

 それは生のドラゴン――― あのオッドアイの黒赤竜には全然及ばないが、それでもハイオークの威嚇なんかよりもずっと迫力があった。


「フン、緑竜あたりの声がモデルか? 可愛いもんだな」

 皆が耳を押さえている中、1人だけ腕汲みしながら奴が言った。

 ドラゴンは比較的長く、咆哮を繰り返していたが、やがて翼をたたみ手足を引き寄せると、前足に顎を乗せて目を閉じた。

 あたりはシ……ンと静かになった。


「ドラゴンが……吠えた……」

 次長が恐ろしげに言った。

「これは……無詠唱でこれだけの威力…………っ SS級か……!」

 半仮面部長が目を見開きながら唸った。


「オレはただのハンターだ。じゃあ明日昼までに例のモノ、絶対用意しとけよ」

 用意させるものが、認定証じゃなくて上納金のように聞こえる。

 そのままドアを出て行く奴の後を、俺も慌てて追った。


「おい、派手にやってくれたな。ハンターギルドの時みたいに、解析を誤魔化してくれれば良かったんじゃないのか?」

 階段を上がりながら奴に聞いた。

「アイツらはどうせ望む結果が出なければ、もっと違う方法で暴こうとしてきたはずだ。それにアイツらのやり方が気に入らなかっただけだ」

 結局気に入らなかっただけなんだろ。


「で、どうする? もう昼過ぎだが」

「ああそうだな。そう言えば腹が減った」

 緊張が解けたとたん、腹が減っていることに気が付いた。


「やってる店あるかな。出来ればあんまり高そうなとこじゃなくて、落ち着けるとこがいいんだけど」

「ここは王都だからたくさんあるだろ。なんなら探知で探すのも手だぞ」

「さっきまで散々やってたんだ。少し休ませろよ」


 俺達は店を探すべく、足早に魔導士ギルドを出た。

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