第129話 魔法試験 その2(土・水と探知と光)


「それでは次は土・水になりますが、体調は大丈夫ですか?」

 10分程してさっきの係の男達がまた3人やってきた。

「あなたも受験者ですか?」

 隣のヴァリアスを見て、書類を確認しながら声をかける。

「いや、オレはコイツの付き添いだ。ここに座ってるだけなら別に構わないだろ?」

 ヤダな、なんだかガラの悪いのがついて来たって、印象が悪くならなきゃいいけど。

 そんな俺の不安をお構いなしに、奴がまた係に絡んだ。

 

 あの部屋を出たので、あらためて不正行為がないか再検査するらしく、また採血を求められたのだ。

「そんな事する訳ねぇだろ」

 ヴァリアスに睨まれて、モスキートペンを渡してきた係がやや引き気味になる。

「すいません。奴は無視してください。ちゃんと検査お願いします」

 俺はペコペコしながら針でまた血を採って返した。

 こんのぉ~、デビルペアレントがっ!


「君は基本はベーシスのようだが、どこかの違う人種の血が混じってないかね?」

 俺を診るのも3度目の治療師が聞いてきた。

 おっ、何か違いがわかるのか? 

 違うって言ったら、元々地球人だから全部違うんだけど。


「フン、少しはわかるようだな。コイツはオレの従兄弟だからな。オレと血が繋がってるん――」

「こいつとは とぉっても遠い親戚です。多分私の母親が異国の人なので、そのせいかもしれません」

 俺は奴の話を遮るように言った。

 なんでいちいち否定するんだとブツブツ文句言ってきたが、ここは無視だ無視。


「う~ん、アクール人のかあ。そのせいもあるのかなぁ、君の体質が今ひとつ良く分からないのだよ。

 30年近く色々な人種の体を視てきたが、若い頃ならいざ知らず、こんなに判然としない血が混じっているのを診るのは久しぶりだなあ。

 確かにわたしも、異国人を全て知ってるわけではないからねえ」

 そう治療師は勝手に納得して、異常無しの診断をしてくれた。


 当たり前かもしれないが、今度は別の試験官が対応した。

 この魔法テストの試験官は、その魔法のエキスパートが当てられるからだ。

 土魔法は分かってはいたが、金属系を操るのは落第点だった。


 頑強な石壁を作るのは感心して貰えたようだが、レンガ塀のような複雑化したものを創る課題はいまいち怪しかった。

 硬い石のレンガを交互に重ねていくのだが、その間に粘着性のある粘着質の泥を挟んでいくという、質も形状も違うものを同時に操作する事が求められる。

 この間教会の畑でやった肥料の混ぜ方よりは、粒子が大きくやり易いと思っていたのだが、質の違う土を同時に作り出しながらおこなうのはホネが折れた。

 水も攻撃魔法としてはまあまあ普通クラスのようだが、技巧となると生活水準程度のようだった。


「まあ、あなたはハンターのようだから、どうしても力業ばかり使っているようだけど、技術も磨いたほうが良いですよ。繊細な操作が必要な場面というのは無きにしも非ずですし、何より魔力の無駄使いを減らせますからね」

 土と水の試験官が俺のチェックシートに、書き込みながら助言してくれた。


「はい、今後は意識して使ってみます」

「でも、筋は良いと思いますよ。ちなみにこの能力が発現してから何年くらい経ちました?」

 えと、地球じゃ1ヶ月くらいだけど、俺の実際の体感だと……。

「2ヶ月くらい前です」(こちらの一カ月は約40日)

「えっ? 2ヶ月?」

 試験官がボードから顔を上げた。

 何かマズい雰囲気っ?


『(おおいっ! 俺マズい事言っちゃったかあ? なんて答えりゃ良かったんだ??)』

『(う~ん、そんなに異常な例とは思わないが……ベーシスなら、発現してからこれくらいになるまで最速3ヶ月くらいの奴もいるぞ)』

 確かにそれくらいなら誤差範囲だよな?

「どうかしましたか?」

 俺がテレパシーで話しながら目を逸らしていたので、試験官が訝しんできた。


「いえ、ちょっと……。2ヶ月って意外なんですか?」

「ええ、そうですよ。だって発現してから2ヶ月で、ここまで出来たら魔族並みですよ、あなた」


『(話が違うじゃねぇかよっ!)』

『(ぁあ? 200年くらい前にベーシスでいたぞ、そういう奴が。

 待てよ……アイツ、その後成長してアークウィザードまで上り詰めたんだっけかな?)』

『(バッカッヴァリーッ!! それは稀有な例じゃねぇかよっ!! 

 全然 普通人じゃねえっ)』


「大丈夫ですか、あなた。やはり具合悪くなって来たんじゃないですか?」

 試験官が心配そうに俺の顔を見てきた。

「だ、大丈夫です……。ちょっと意外なお答えだったので、自分でも驚いてます……」

 つい顔に出ていたらしく、どうも変顔をしていたらしい。

 汗を拭く振りをして手で顔をさすった。

 くぅ~、もうアイツは信用できん。


「ちなみに他の能力の発現の時期は?」

 ボードについている書類をめくりながら訊いてきた。

「…………まさか同じくらいじゃないでしょうね?」

「え? いえ、そんなことは……」

 何か月? いや何年? っていうのが妥当なんだ??

 適当に言おうとしたのだが、何故か試験官にジッと見られて嘘の答えが出来なかった。


「わかりました……。特殊事項としてこれもあげておきましょう」

 外でまた待っててくださいと言われて、落ち着かない気分で俺はまた待合室に戻った。


「あそこは下手な嘘がつけないんだよ」

 椅子が並んだ壁の端っこにヴァリアスが寄りかかっていた。

 半分から反対側の端には距離を置くように、6人の次の受験者らしい人達が座っていたが、誰もこちらに不自然なぐらい目を向けてこなかった。

「あんた、俺がいない時に何かやらかしてないだろうなあ?」

 俺はまた端っこの椅子に座った。奴は座らず俺の横に立ったままだ。


「別になにもやっちゃいないぞ。ただアイツらがチラチラ見てくるから、見返しただけだ」

「それはチラ見にガンつけ返したってことになるんじゃないのか? この顔面暴力団がっ」

「なんだそれっ !?」

「もういいっ。ところでさっきの嘘がつけないってのは何んなんだ?」

「オレは暴力団なんかじゃねぇぞ。――― さっきのは試験場だからだ。

 試験官の質問も試験内容のうちだから、受験者が嘘がつけないように術がかかってるんだ」

 真実の口の中って訳か。厄介だな。

 つうかそういう事は先に教えとけよ、このポンコツ教官。


 しかしさすがに頭が疲れてきたな。もう水くらいじゃリフレッシュ出来ないぞ。

「なあ、あの教会の湧き水持ってないか? それかヒールポーション。でないと俺、次の試験じゃ全力出せないぞ」

「しょうがねぇな」

 やっぱり持ってたか。

 奴がしぶしぶ、水の入った小瓶を出してきた。何かあった時に備えて、絶対持ってると思ったんだよな。


 俺が癒しの水を飲んでリラックスしていると、さっきの検査官3人が現れて、端からまた検査を行い始めた。


 5回目の試験は『探知』だった。


 始めに距離を測った。

 俺は用意された目隠しをして後ろを向き、離れたところに置かれてある物を当てるのだ。

 最初は10mくらいから。置いてあったのは大銅貨1枚だった。

 次に20mくらいで革水筒、30mで4つ折りに畳んだ紙に『合格』と書いてあった。

 50mを過ぎた頃から、試験官の顔付きが変わってきた。


「自己最高記録はどのくらいかわかりますか?」

 赤紫色の髪を上品に内巻きにカールさせたオバちゃま試験官が訊いてきた。

 ええと確か1mがこっちの単位0.9144y(ヨー)だから……。

「一方方向なら多分186ヨー(約170m)ぐらいです」


「まっ」

 オバちゃまは一言発したが、それではとおずおず遠くのほうに行くと、持っていたバッグから何かを出して置いた。

「今ちょうど186ヨー先に、ある物を置いて来ました。あれが何かわかりますか?」

 そう言われて俺は後ろ向きのまま、遠くに探知の触手を伸ばした。


 それは15cmくらいの毛むくじゃらなものだった。その毛は緑や青、赤・紫と色々な色が毒々しく絡み合った縞模様をしている。動物のようであり、フェイクファーで作られたポーチのようでもある。

「わかりますか?」

「……………わかりません。というか視えるんですが、何というモノかわからないんです」

 探知で感じ視ることは出来るが、解析までは遠すぎて出来ない。触手が違うのかもしれない。


 俺はその視えている物の詳細を詳しく説明した。

 試験官はハァと軽く溜息をついて

「これはマナナマウスの毛皮です。護符や魔除けになる素材なんですよ」

 それはポピュラーなものなのかな。あとで図鑑で調べておこう。

 

 その後、距離を伸ばして試した結果、探知出来たと言える長さは208ヨー(約190m)と判定された。


 その他、360度の円として多方向に複数の物をバラバラに置いたり、高さを変えたモノやランダムに動くモノでも測定した。

 護符の付いた箱に入ったモノを探知出来たのは、庶民がつけるような一般的なランクの物で、さすがに貴族やギルドが整備しているような高度な護符には歯が立たなかった。

 護符によっては、濃霧の中に入ってしまったような、またはプリズムのように光を曲げられてしまうような感じなど、妨害される感覚も違っていた。


 ちょっと自分でも出来たなと思ったのは、ガラスのようにキラキラと乱反射した妨害物質が、紙吹雪のように舞う中の物を探知するテストだった。

 これはあの黒い森で、ターヴィを救助に向かった時の状態に似ていた。

 少しコツを掴んだのかもしれない。

 オバちゃま試験官も『あらまあ』と感心しながらボードにしきりに書き込んでいた。


 あれっ、俺頑張っていいんだよな。

 あんまりやり過ぎて中途半端に目立ってきてないか?


「はい、探知の試験はこれで終わりです。お疲れ様。また外で待っててください」

 残りはあと光と雷になった。



「なんか頭が疲れたよ~。ヴァリアス、あの癒しの水くれよ」

 俺は椅子に腰を下ろすと同時に奴にねだった。

「お前、さっき飲んだばっかりじゃないか」

「探知は神経使うの知ってるだろう。くれないと次の試験受けられないぞ」

「ム~~~、しょうがないな。今回だけだぞ」

 やった。今度からこうやって駄々こねればいいんだな。

「大体天然ものでも、多く摂取していれば依存症になる可能性あるんだぞ。

 それでなくてもお前にヒール系(精神・神経回復)を使うのは本当はマズいんだからな」


「わかってるよ。ん……? これなんかさっきのより薄い」

 さっきと同じ小瓶なのだが、なんだか気分までスッキリはしないというか、先程感じた幸福感がない。

 まさか、もう体が慣れちまったのか? もうこの量じゃ足りなくなったとか……。


「2本目だから薄めたんだ。それでも疲れだけは取れるだろ」

「ム~、そりゃそうだけどーーー。ちょっとくらい気分良くさせたっていいじゃないか」

「バカ、それが依存だって言うんだ。自力で脳内ホルモン出す努力しやがれっ」

「イタタタッ! 馬鹿ヴァリーッ、恥ずかしいからやめろよ」

 俺が頭にアイアン・クロー(プロレス技の一種:脳天締め)されているのを、カウンターから係の男達がおっかなびっくり見ていた。

 

 

 6回目の試験は『光』だったが、試験場に入ると試験官が1人ではなく、3人いた。

「ここまで確かに頑張ってるようだね」

 そう言ってこちらを見た男は、申し込み書を通させたあの初老の半仮面の男だった。


「こちらはメイヤー部長、ガイマール次長とは先程、試験でお会いしてますよね」

 試験官の男が2人を紹介してきた。

 試験官の他にいたのは、先程の火と土の試験官だったガイマール氏と、あの半仮面の初老の男だ。

 半仮面のメイヤー氏は確かにお偉いさんだろうとは思ってたけど、あの試験官もかい。どうりで物言いがちょっと偉そうだったもんな。


「部長達は時々こうして試験官をやられたり、見学にも来られるのです。でも部長たちはお忙しい身なので少しだけですよ」

 だからあまり緊張しないようにと試験官が言ってきた。


「フム、火、風、土、水、探知……とちゃんとここまで、全て基準をクリアしているようだね」

 メイヤー部長は俺の今までの試験結果を見ているらしく、試験官から渡された書類をパラパラとめくりながら目を素早く動かしていたが、途中で目を止めた。

 もう一度、今度はゆっくり書類を見返していく。

 ヤダな、この妙な間が……。


「良ければ私達も見学させてもらうよ」

 試験官に書類を返すと、背の高いメイヤー部長とガイマール次長は試験官の斜め後ろに立った。

「それでは『光』の試験を始めます」


 今回の7つの試験のうち『光』は一番俺の能力の中では弱いと思う。

 何しろ攻撃魔法としてどころか、灯りとしてしか今まで使った事がないのだから。

 だからお偉いさん達の期待(?)に添えずに、試験は一番早く10分足らずでひと通り終わった。

「最後に何か自由にやってみますか?」

 時間が早かったせいか試験官が訊いてきた。

「えと、じゃあちょっとあの塔にもう一回撃ってみていいですか?」

 俺は昨日習いたての技の強さを確かめたくなった。


 昨日、魔法の練習をした際に、奴が光魔法の新しいやり方を教えてくれた。

「闇系の魔物が大抵光に弱い事は察しがついてるだろ? ただ地域や環境によって闇と言っても色々ある。

 だからそこに棲む魔物の体質もおのずと違ってくるんだ」


 奴が言うにはいわゆる同じ光でも、赤外線か紫外線のみが苦手だったり、または耐性や好みがある魔物がいるらしい。

 だからそれを意識して操作すれば、大量の光子フォトンを作れなくても、闇の魔物に対抗できるようになるというのだ。


 また探知が使えないところでも、そういった可視光線外を使って透視したり、物質に作用する高エネルギーのガンマ線なども武器になるということだ。

 そしてそういう事が理解できるところが、お前の強みだと奴が言った。

 こちらでは光はただ単に、光・明るさという事象で考えられているからだ。


 う~ん、俺もあんまり勉強したほうじゃなかったから、ざっくりした認識だけど、確か波長の違いなんだよな。

 一夜漬けなので、とりあえず波長の短い紫外線のほうを練習した。


 それがどんな感じになるのか、やってみたくなったのだ。

 力と意識を波長を短くする操作にほとんど使うので、光量はあまり望めない。

 だから塔を照らした光はLEDどころか、ランプの光のような柔らかい光になった。


 だが、違いはやはり塔の反応に出た。

 上部の猿や蛇っぽい彫り物はピクリともしなかったのだが、途中のモスラのモデルのような蛾らしき彫り物だけが、羽をしきりにバタつかせ『ビィヴヴヴヴヴー、ビィヴヴヴー』と擦れたような音を出したのだ。

 やはり虫はこちらでも紫外線に反応するのか。


「今のはどうやったのですか?」 

 試験官が訊いてきた。

 先程まで退屈そうにしていたお偉いさん2人も、興味深げにこっちを見ている。

「光の質をちょっと操作しただけです。パワーがないのでやり方を変えてみました」

 嘘ではない。

「もう一回やって下さい。まぐれだといけませんから」

 言われてもう一度やってみたが結果は同じだった。

 鳴くのは蛾しかおらず、また六角形の目はほとんど開かなかった。

 

 治療師による健康チェックと小休止後、後は『雷』の試験で最後だ。

 水を飲みながらふと見ると、部長達と試験官が何やらコソコソと話し合っていた。

 本当ならしっかり聞こえるはずなのに、妨害されているのか雑音にしか聞こえなかった。

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