第176話☆ Dungeon’s hunter (ダンジョンズハンター)


 ああ、すいません。またもや長くなってしまいました。

 そして……💧


  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 足元が小刻みに揺れだした。

 ネズミ達がまた騒いであちこちに慌てて走り回る。


 おおいっ、アセってこっちに走って来るなよ、恐いから。

 俺達に近寄り過ぎて、ヨエルにウォーハンドスティックでぶっ飛ばされるヤツもいる。

 そうでなくてもまわりは、走り跳ねまくるネズミランドになった。


 揺れは5,6秒で収まった。

蠕動ぜんどうだな、あっちの方からだった」

 ヨエルがスティックで指し示した方には、樹々の隙間に壁が見えた。

 よく見ると歪んだ三角形の亀裂がある。


「今の蠕動で出現したんですかね?」

「どうだろうなあ。んん、どうやら当たりのようだぞ。微かにオーラが続いてる」

「え、じゃあ あそこに?」

 回復した俺も辺りを視てみたが、全然わからん。


 亀裂に向かって歩きながら先々を示されたが、手前1mくらいでやっと、こぼした蛍光塗料を雑に拭いた跡のような、僅かなオーラが草の上に視えた。

 流石というか、妖術使いは師匠の方なんじゃないかと思ってしまう。


「確かにここを通ったんだ。ほら、ネズミの死骸があるだろ?」

 ヨエルが、ネズミ達がまた4,5匹固まっている方を指さした。先ほどの塊りほどじゃないが、バラバラに散らばっている奴らの中で、たまにそうやって何匹かがかたまっているグループがあった。仲間の死骸を喰っているようだ。

「わかるか? おそらくあいつレッカが逃げながら倒したんだ」

 あ、そうか。なんでネズミが死んでるのか、あまり考えてなかった


 揺れが収まり落ち着いてくると、あちこちにいたネズミ達が鼻をヒクヒクさせて、今度は俺達が来た方向に向かって走りだした。

 さっき俺が殺ってしまったネズミ達が喰われ始めて、血の匂いが漂い始めたのかもしれない。


 うーん、以前のグラウンドドラゴンの時もそうだったが、死んだらもう仲間じゃないんだな。

 死体が無駄にならずに済むが、人では考えられないなあ。

(まず人は人を喰わないが)


 そんな事を思いながら亀裂のところまでやってきた。

 確かにそばで視ると、ハッキリと穴の縁に残留オーラが落ちていた。

 もう隠蔽とかせず、なりふり構わず入ったようだ。


 すぐに飛び込むのかと思ったら、またヨエル師匠は穴の手前でウォーハンドを使いながら、少し難しい顔をした。

 もう一方通行だろうが、彼が入ったなら行くしかないだろうに。


「気のせいかな。何かいたような」

 何ですか。また思わせぶりなこと言わないでくださいよ。

「まあ、そばにはいないみたいだから、とりあえず行くか」

 そのまま入っていったので、俺もすぐに続く。


 この時、もし獣人や鼻の利くユエリアン系の人間がいたならば、すぐに気がついたのだろう。

 だが、俺達はそういう意味では一般人だった。

 俺も聴覚は発達し始めていたが、嗅覚は普通だった。

 だからもっと近くに行くまで、そいつに気がつかなかったのだ。


 今度のエリアは、なんだか巨大な蓮の池のようなところだった。

 葉っぱは厚みがあるし、池ではなく地面から直接生えているのだが、空に向かって高く生えている桃色の花が、お釈迦様の絵で見る蓮の花によく似ていたせいもある。

 カエルが水面から見上げたらこんな感じなのだろうか。

 この花がなければ、フキ畑とも思えるかもしれない。密生して生えている感じもよく似ている。


 ふと、その大きな葉の影になった地面に、点々と続くレッカの残留オーラを見つけた。

「ヨエルさん、これっ」

 振り返ると彼は別の方向を見ていた。

 そこには今俺達が入ってきた亀裂のそばに、ちょうど畳一枚くらいの四角張った穴があった。

 確かその壁には、向こう側から入る時には穴は一つしかなかったハズだ。

 やっぱりダンジョンって変なところだな。


 ヨエルはその穴を注視している。

 俺も隣にいって覗いてみた。

 

 穴の中は真っ暗闇だった。

 こちらには空というか、天井の霧がぼんやり光っているので、曇り空くらいには明るいのに、その穴の中には全く光がなかった。

 光線の加減であっても、多少の光は入るものだろうが、穴の縁からまさに墨を塗ったように急に黒く何も見えなかった。


 まさしく空間をバッサリ切ったかのように。

 光さえ吸い込んでしまう、ブラックホールというものはこういうモノかもしれない。

 なのに奥の方に、何とも言い難い気配があるように思えるのは気のせいだろうか。


 それに幻聴なのか。耳の奥に『ゴオォオォオォーーー……』という、耳鳴りのような音が切れずに聞こえてくるのだ。


「マズいな、とりあえず塞がないと」

 ヨエルがふと漏らすように言った。

 そうして穴まわりの空気を動かしだした。

 なに、何がマズいんだ?


 ふとヨエルが思い出したように、こっちを見ると

「そうだ兄ちゃん、確か『土』が使えたよな? この穴を塞ぐ事は出来るかい?」

「これですか? 出来ると思いますけど」

「そうか、じゃあやってくれ。魔力切れになりそうだったら、遠慮なく言ってくれよ。まだポーションはあるから」

「えっ、それ今しなくちゃいけないんですか?」

 急ぎたいんだが。

「ああ、最優先だ」

 冗談じゃなく、真剣な言い方だった。


「……わかりました。ちなみにガッチリですね?」

 師匠の物言いから、その警戒さがわかる。

「ああ、出来る限り頑丈なので頼む」


 土魔法はそれほど得意じゃないけど、昔に比べればかなり上達したし、これくらいの穴ならどうって事ないだろう。

 と、思ったのだが、いかんせん。この空間だと岩や土がいつもより凄く重く感じる。

 地上で水を入れたバケツをただ振りまわしているのと、水中で振りまわす時の違いのように、余計な負荷がかかってくるのだ。

 たかが畳一畳分、約1.62㎡の面積を埋めるのに、あのドラゴンの巣穴の時と同じような力技になってしまった。


 地面からゴロゴロずりずりと、岩を這い出すように出現させて上に向かって埋めていたが、半分くらいまで積んだところで、壁自体を使えばいいと思いついた。

 壁の石を伸ばす感じだ。

 あ、なんかこの方がやり易い。

 固い粘度をこねてるような感じだが、あちこちから石成分を寄せ集めるよりは負担が少なかった。

 今度は残り上半分早く出来た。下の岩も変形させて融合させる。


 うん、イイ感じじゃないか。

 俺はどうも力技よりも、こうした物の形を変える方がやり易いようだ。

 『酸欠魔法』だって酸素を消すのではなく、酸素と窒素や二酸化炭素と入れ替える方が楽だし、『スタンガン魔法』のように、電気量を上げるより電圧を操作する方がスムーズにいく。

 今度からこういう風にやろう。


 実はこれ、どうやら『創造』の力の1つである『変形力』が加担していたようなのだ。

 能力の不足分を補うように、いつの間にか神様父さん譲りの力が発現していたらしい。

 もっともそんな事は、なんとなく走れるのと同じくらい、全く意識していなかったのだが。

 

 最後は圧力をかけてパンパンに固めた。

 時間にして1分かからなかったろう。

「おお、見事だな。これなら大丈夫だろう」

 師匠に褒められて、俺は少し得意になった。おかげで結構な体力と気力を使ったのに、それほど疲れなかった。


 気力は気分に凄く左右される。

 後で聞いた話だが、サバイバル術の1つで、ヒールポーションがない時は何か楽しい事を思い浮かべるとか、仲間が笑わすとかして、気力(脳内ホルモン)の復活を早めるのだそうだ。

 俺には逆効果の相棒ヴァリーはいるが。


「じゃあ行きましょう」

 穴の事は気になるが、今はレッカだ。残留オーラは比較的まだ新しい。

 師匠は辺りにグルッと探知の触手をまわしてから

「念のため、なるべく足音を立てずに行くぞ。喋る場合、声も小さくしろ」

「じゃあ、まわりを遮音していきます」

 そんな恐る恐る歩いていたら、どれだけかかるかわからない。


「え? 確か『魔力認定書』には音魔法はなかったハズだが……」

 あ、いけねぇっ。遮音は普通『音』魔法だった。(ここでは音は『音』という概念なので、空気振動とかは考えられていないのだ)

 俺みたいに『風』魔法でやる奴はいないんだった!


 うう、どうしよう……。

 でもさっき『酸欠魔法』見せちゃったし、……師匠だからもういいかあ。

 俺は2人のまわり半径1mに、空気が振動しない層を作った。辺りの微かにさわさわと葉が揺れていた音や、何かの虫らしい鳴き声がピタリと聞こえなくなった。


「これは――空気を操作してるのか?!」

「はい……。何でしたらやり方は後で説明します。が、今は急いでください」

 これは暗殺向けとかではないから、教えてもいいだろう。

 ヨエルはちょっとまわりの空気の層を触手で探っていたが

「よし、じゃあ行くか」

 俺達はハスもどきの森の中に分け入っていった。


 

 **************



 何かの気配で目が覚めた。

 すぐに跳ね起きないで、体を動かさずにあたりをうかがう。

 目の前の景色は緑黄色の太い幹のような茎の群生だけだが、後ろでクチュクチュという音がした。


 レッカは全身に緊張が走るのを感じて、反射的に隠蔽をかけた。

 そうしてゆっくりと頭を動かすと、体長20cmくらいの黄色の体をしたコガネムシ似の虫が3匹、彼が傷つけた茎に張り付いて汁を吸っていた。


 なんだ……。力が抜けて隠蔽が解けた。

 でもおかげで目が覚めた。

 レッカはようやく体を起こした。

 

 どのくらい眠っていたのだろう。時計も持っていないし、このダンジョンの明かりはずっと変化しないので、詳しい時間がわからない。

 ただそんなに経ってはいないのはわかる。体につけた薄皮や繊維が、全然乾いていなかったからだ。

 実際ものの30分くらいだった。

 だが深く眠ったおかげで少し力が回復していた。


 レッカは辺りをまたうかがった。

 とりあえずこのエリアには、脅威になるような魔物はいないのかもしれない。


 『ローザロトス』と言われる、このハス似の植物は、まだ実をつける時期ではない。なのでそれを食べにくる動物や鳥はいないようだ。

 もし実がなっていたら、その天国の桃のような果実の匂いに惹かれて、このエリアは魔動物や鳥で一杯だったはずだ。その点では運が良かった。

 それに―― レッカは何枚もの花弁を広げたグラデーションピンクの花を見上げる。


 こんなに『ローザロトス』が咲いているのに、『花摘み』は来ないのだろうか。

 もし彼らがいたら、今度こそ助けを求めるのに。

 

『花摘み』というのは、文字通り花を摘み取って売る職業だ。

 主に珍しい美しい花を採取したり、花びらのみを集めたりする。

 それだけを生業にするハンターのような者もいるが、閑散期の農夫が副業でやったりする事も多い。

 それならば助けを求めても、盗賊のようになる輩は少ないだろう。


 この『ローザロトス』は、落ち着いた優しい香りが人気で、花びらは香水の材料になっていた。

 だから『花摘み』がやってくる可能性が高い。

 このエリアで人がやってくるのを待った方がいいだろうか。あのならず者達はここまで追って来るだろうか。

 仕方ないとはいえ、反撃してしまったので、まだ付け狙って来る可能性はある。


 本当はもうダンジョンに残っているのは、ベールゥただ一人。それも追手どころか、彼と同じく逃亡者の身だ。

 しかしそんな事をレッカは知る由もない。


 足元にまた別の虫がもぞもぞやってきた。川や池の無いエリアで水を摂取するのは、こうした『ウォーターリーフ』系のような含水植物から取るしかない。

 虫たちはもちろん、自分の顎や口でその皮膜を破るのだが、こうして広範囲に水をほとばしらせている茎があれば無駄な労力を労せずに済むというもの。

 おかげで水の匂いで、虫たちが樹液に集まるように集まりだしていた。


 虫が集まれば、それを捕食する凶眼鳥イビルアイバードや肉食動物がやって来る。

 ここから離れないと。

 レッカは立ち上がりかけて、ふと匂いに気がついた。


 何か土臭い匂いがする。

 辺りはコンクリートや石畳ではなく、草地の地面が広がっているのだから、土の匂いがするのは当たり前なのだが、それは湿った地下室の泥のようなカビ臭い臭いだった。

 

 まさか……。再びレッカは緊張したが、すぐに肩の力を抜いた。

 きっとこの虫たちが地面から出てきた時に、土を掘り起こしたんだ。見れば近くにポコっと小さな穴が開いている。

 考えてみたらここは3層だ。アレが出る筈はない。

 直接見た事はないが、話でしか知らないアレは、確か4層からのはずだ。基本的に層を跨いで来る事はないと聞いている。


 だけど念のため、少しの間隠蔽を掛けておこう。この場にはかなり残留オーラを残してしまったから。

 彼はまた隠蔽でオーラを消しながら、ゆっくりとハスもどきの森の中を歩いていった。


 彼はこの時、基本という言葉を思い違えていた。

 基本的に無いという事は、稀にはあるという事でもある。

 そしてそういう稀な事は、何故か厄介な時に重なって起こるものなのだ。



  **************



「さっきの穴なんですけど、何んなんです?」

 残留オーラを追いながら、前を行くヨエルに訊ねた。

 彼はまた探知の触手を出していたが、今までとは出し方を変えていた。

 先程までやっていた、円のように展開するのではなく、レーダー波のようにぐるりと波を動かすのでもない。

 シュッシュッと、まるで剣を刺したり抜いたりするように、鋭く触手を出し入れしていた。

 こんなやり方は俺もやったことがないが、早く動かすので魔力消費が激しいはずだ。

 何のためなのだろう。何を警戒しているのだ。


「さっきの穴、真っ暗で何も見えなかっただろ?」

 こちらに振り向かずに返事をかえしてきた。

「ええ、こちらの光も飲みこんでいるような闇でしたけど」

「あれは、層が違うからだ」

「え? 階段とか段差はなかったですけど」

 それともほんの少しでも上下があれば、層って変わるのか? 


「箱を移動させるように、区画エリアが横に動くことはよくある事なんだが、稀に上下に移動することがあるんだ」

 触手を緩めることなく説明する。

「中が見えないのは、ここより圧が強いからだ。水は上から下に流れるが、下から上には流れないのと同じだ。光やエネルギーが行ったきりになる。

 間違いなく下層、4層か悪くて5層のだ」

「5層って……『拷問部屋』とかいう……」

 それはつまり、この3層にヤバいエリアが出現してきたって事か。

 その呼び名だけでもう関わりたくない。


「でも、中に入らなければ大丈夫ですよね?」

 すると彼は走りながら振り向いてきた。

「中にいるヤツが出てくることがあるんだ。それが厄介なんだ」

「中のって、下の魔物が移動して来るって事ですか」

 そういやあの凶眼鳥の出没フロアが、パンフレットでは曖昧になっていた。そうやってフロアを移動してくる魔物もいるって事なのか。


「ここの魔物自体はそれほど脅威じゃない。注意しなくちゃいけないのはトラップだ」

 俺にはあの水牛や、肉食植物でも十分脅威なのだが。

「じゃあ中にいる奴って――」

「止まれっ」

 バッと左手で制されて、俺も足を止めた。


 また周囲に鋭く触手を出し入れしながら、同時にまわりを見回した。

「わかるか?」

 ここまで続いていたオーラが途切れていた。

 太い株のような茎には、切ったり皮を剝いだ跡が残っていて、じわじわと薄青色の汁が漏れていた。

 そこにベッタリと彼のオーラが残っている。


「これは彼がやったんですかね。ここで水を飲んだとか」

「多分そうだろうな。だが、また移動するのに痕跡を消しやがった。

 チッ、厄介な上に厄介なヤツの気配までするし」

 ヨエルが軽く舌打ちした。


 俺も探知してみたが、俺の探知範囲にその厄介なヤツがいないのか、気配がわからなかった。

「わかりませんが、ソイツが近くにいるんですか?」

「オーラじゃなくて、臭いだよ。臭気が残ってるだろ?」


 そう言われて気がついた。

 辺りはこんな大きな植物の群生地なのだから、葉が青臭い息を吐いたり、湿った土が匂いを発するのは当たり前だ。

 だから、そういった自然の匂いとして気にしていなかったのだが、確かにその中に今までとは違う臭みがあった。

 それは強いて言うなら、腐葉土のような臭いというのだろうか。雨の日に漂う湿った土の臭いによく似ていた。

 これが魔物の臭いなのか?


「この臭い……恐らく『ハンター』だな」

 ウォーハンドを左手に持ち替えると、右手にまた例のスリングショットを取り出した。

「『ハンター』って、ギルドのとは違いますよね? そんな狩人みたいな魔物がいるんですか?」

 俺は自然界のハンターとして、鷲のような猛禽類や、狼のような狩りをする動物系を連想した。


 ヨエルはまだ触手を抜き差ししていた。

「そうだな、まさに狩人だ。獲物を捕まえてその場で喰うか、または更に奥に連れ攫う。だから『ハンター』と呼ばれているんだ。だけど魔物じゃない。

 ダンジョンのハンターだ。例のパンフレットには書いてなかったか?」

「……確か、そんな名称は無かったですね」

 ヒラヒラの紙一枚を三つ折りにしただけのだったし、『ダンジョン心得』にもなかった。それはメジャーじゃないのか?


「しょうがねぇなぁ。いくら奥層に出現するからって、それくらい提示しとけっつーんだ」

 そうぼやきながらまだ辺りを警戒していたが、今度は半径20mほどの円状に触手を広げた。近くに何か来たらわかるようにだ。

「兄ちゃん、『ダンジョン’ズハンター』を知らないのか?」

 足元の踏み跡を確かめていたヨエルが顔を上げた。


「この『ハンター』っていうのは、ダンジョンの組織システムの1つだよ。だけど動き回ってるから確かに魔物に近いとも言えるかな。

 単体ならそれほど脅威じゃないんだが、ダンジョンの警報装置でもあるんだ。奴らは仲間を呼ぶから。

 探知に逆に反応して、寄って来る場合もあるから厄介なんだよ」

 それで触手を出し入れしていたのか。


「でも、そのダンジョンのシステムって、どんな形してるんです? 移動するんですか?」

「それは――」

 言いかけて、ヨエルが後ろを振り返った。と、同時に触手を引っ込める。

「――ヨエルさん」

「いいか、ゆっくりあっちの茂みのところを見てみろ。雑に動くなよ。地面の振動でも奴は気付くからな」

 俺は指さされた方向を、そっと茎と葉の間からうかがった。


 ハスもどきの密生地ではあるが、他の植物もチラホラと生えている。そういうところは、この背の高い植物の密集度が薄れて、先のほうを見通せるくらいになっていた。

 20mほど先に薄紫色の箒草のような植物が、ぼうぼうと生える茂みがあった。

 その手前に何かいた。


 始めはよくわからなかったが、それが動いているのでやっとわかった。

 青緑の草の上に、なだらかに盛り上がった黒い土がもぞもぞと動いている。

 地面下にモグラか虫がいるのかと思った。


 だが、見ていてそれ自体が、黒っぽい土のような姿をしているとわかった。

 何故ならそれがスライムのように、そのまま上下左右に伸縮して蠢いていたからだ。

 遠目なので大きさはよくわからないが、もちろん普通のスライムの比ではない。

 まわりの感じから、掛け布団以上の大きさはありそうだ。

 そいつは、そのまま箒草の茂みのまわりをウロウロしている。


「幸いこっちに気がついてない。ヘタに相手して仲間を呼ばれたら面倒だ。ここはそっと離れるぞ」

 それから足元に空気の固い層を作り出した。

「悪いがそのまま遮音は解かないでくれ。それとこの空気の層を踏んで移動するぞ。

 さっきも言った通り、奴らは地面の振動にも敏感なんだ」

 ゆっくりと圧縮空気のクッションを踏みながら、ヨエルが反対方向に移動した。

 俺も彼の後に続いた。



≪ 待って、行かないでっ! ≫

 レッカは心の中で叫んでいた。

 実にこの時、彼はこの箒草の茂みの傍にいたのだ。


 数分前に倒れた所から移動した際、またあのカビくさい臭いを嗅いだ。今度はさっきよりもしっかりと強く。

 恐る恐る後ろを振り返ってみた。


 先程の茎に群がっていた虫たちに、黒い触手が伸びていた。それは地面から盛り上がり、次々と黄色い虫を包み込むと、ブルンブルンと上下に揺れた。その姿はまるで黒い土で出来たスライムのようだった。

 

 ―――― ハンターだっ!

 レッカは瞬時に悟った。話でしか聞いたことはないが、まず間違いない。

 奴らはダンジョンの奥深くの土で構成されているので、このような湿気た土の匂いがするという。

 そしてそれは粘菌類、スライムのように変形し、時には地面の中を移動しながら獲物を探す、ダンジョンのハンター。

 動くトラップなのだ。 


 どうして、3層にっ!? あれはもっと深い層にしか出ないはずだが。

 しかし今はそんな事を考えている暇はなかった。


 レッカはそっと、出来る限り足音を立てないように、その場をゆっくりと離れた。

 もちろん隠蔽も最大限に発揮して。


 しかし、レッカとハンターの距離はあまりにも近かった。おそらく10mもなかったのだろう。

 微かな草地を踏む振動を、この土塊の化け物は感じ取った。

 虫を食べ終えると、ズルズルと土砂が移動するように、こちらに這いずってきた。

 

 叫びたい衝動を抑えながら、なるべくローザロトスハスもどきの根の上を踏むように移動した。

 そのせいで、土塊は標的を見失ったようで、しばし止まると、その場で上下に伸び縮みを繰り返し始めた。

 その隙にレッカは、この茂みの近くまで逃げて来たのである。

 幸いなことに、ハンターはあまり匂いには敏感ではない。

 それにレッカの体にはまだ茎の汁が染み付いている。

 近くのローザロトスの根に足を乗せ、茎に掴まってジッと、ハンターが過ぎ去るのを待つことにした。


 だが、ハンターも本能なのか、途中まで感じ取った振動の進んだ方向にやって来た。

 そうして今、このそばの茂みまわりをウロウロしている。

 流石に少し休んだとはいえ、まだ全回復していないのだ。いつまで隠蔽が続けられるかわからない。

 もしも解けてしまったら、この早鐘のように鳴る心臓の鼓動を聞きつけて、確実に彼の位置を知るだろう。それとも草木とは違う、熱い体温を感じ取るかもしれない。

 とにかくコイツがいなくなるまで、隠蔽は解くわけにいかなかった。


 その時だった。

 さっきまで彼がいた場所に、何かが動いているのが見えた。

 茎の群れの隙間から見えるそれは人影だった。

 目を凝らし、切れ切れに見える服装や姿から、それが1層で会った蒼也たちだとわかった。


 けれど今は、叫ぶことはおろか、隠蔽を解くことすら出来ない。

 彼がもし、茂みの手前にいたのなら、ヨエルの触手で隠蔽をしていても気がついただろう。

 だが、実際は彼は奥にいて、その手前にはハンターがいた。

 ヨエルはハンターに気付かれるのを回避するため、手前で触手を引っ込めてしまったのだった。




 もちろんこの時、蒼也は、そんな状況に彼が陥っているとは露ほども知らなかった。

 彼がどんなに心の中で叫んでいても、俺のテレパシーはヴァリアスとしか繋がっていなかったのだから。

 ただ、魔法使い特有のエンパシー(共感能力)が、俺の頭をざわつかせていた。


 それはレッカの助けを求める感情の波を、感じ取っていたからなのだが、ハンターの出現による不安から来るモノと、その時は思っていた。

 

 そうして俺達はその場から離れることにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ああ、長くなった割に間に合わなかった……次回こそなんとかします(-_-;)

 とはいえ、ここまで頑張ってきたレッカはもう限界。

 魔力切れより先にMP(メンタルポイント)がなくなりそうです……。


『ハンター』の臭いは、土砂崩れの前触れに、こういう臭いがすることが多いと聞いたところから、危険信号的な意味で使ってみました。

 追っかけてくる罠って怖いなあと思って。

 追尾型トラップです。


 ここでのエンパシーは、テレパシーに近いです。

 何を考えてるか具体的には分からないけど、まわりの人の感情の雰囲気(イライラ、うきうき、落ち込みなど)を感じ取れるような能力。

 思考も電気信号で動いているので、そういう信号を発してるのかもしれませんね。

 それで感度の良い人が、それを受信してしまう。

 実際に歯の詰め物(金・銀)で、ラジオを受信して、耳に直接聞こえる人間電波受信ってのが稀にあるようですし。

 人混みが何故か苦手という人は、エンパスかもしれません( ̄▽ ̄;)


 もういつまで経っても1日めが終わらないから、巻こうかと思っていたのですが、せっかくのエピソードを削るのも嫌なので……。

 しばらく一話が長くなるかもしれません。

 読みづらくてすみませんが、よろしくお願いいたします。

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