第186話☆ 傲慢な奴らと食えない輩
「そういえばここの宝って、やっぱりあの珍しい植物や魔物なんですか?」
ダンジョンに潜って2日めにして、今更ながら訊いてみた。
今まで試験とトラップに気がいっていて、訊く機会を逃していたせいもある。
「いや、それだけじゃない。ちゃんとお宝は別にもあるよ」
1層への階段を下りながら、ヨエルが言った。
「ここでは金や銀とかの鉱石が出るんだ。
あの『アジーレ』も系統は同じだが、こちらの方が純度が高い。
しかもプラチナや貴石も見つかることがあるんだよ」
ふーん、それってやっぱり人間向けのエサなんだろうなあ。
「4層に行く前に、ちょっと宝探しもやってみるかい?」
「行く前って、3層までに出るんですか?」
「3層どころか2層でも見つかるよ――」
言いながら前を見てヨエルが顔をしかめた。
カクカク曲がる階段を下りた先の、ダンジョンとこちらを分ける中間部屋の黒い石扉が開いていた。
もちろん鉄格子もだ。
そうしてその左右に盾を持った兵士が2人立っていた。
あの親衛隊たちだ。
「お前たち、準備は良いのか?
まだ時間はあるが、一度入ったらもう後戻りは出来んぞ」
兵士の1人が
「もとから明日まで潜ってるつもりだ」とヨエル。
「言っとくが、本隊が来てもすぐに出してやるとは限らないからな」
「えっ、じゃあ明日過ぎても、出られない可能性もあるんですかっ?!」
そんな事聞いてないよ~~っ。
ズイッと兵士が上から俺に兜を近づけた。
「ぁあ? お前たちの都合になんか合わせるわけないだろうが」
いかにも馬鹿にした言い方。もう怒りを感じるより呆れるくらいだ。
「こっちもお前らの都合なんざ知らねぇよっ!」
後ろから俺の頭越しに、奴がグイっと顔を突き出したらしい。
背中と頭に壁を感じたと同時に、目の前の兵士が体ごと引いた。
「な、なにぃっ?!」
もう1人の兵士も、盾を構えながら躊躇した様子を見せる。
「とにかく入ればいいんでしょ? 入りますからっ」
俺は今にも兵士を噛み殺しそうな奴の腕を引っ張りながら、先に開いた部屋の中へ入った。
おっ!
部屋の中には左右に4人ずつ、兵士が縦に並んで通路を作っていた。
元々広くもない部屋にこれだけいると、かなりの圧迫感だ。それに左右を固められてダンジョンへの入り口まで、一直線しか動けない。
この部屋でいつまでもグズグズするなって事か。
ヨエルが後から入ってきた途端、すぐに鉄格子が降りてきた。
と、鉄格子が降りきると同時に前方の扉がゴリゴリと横に動いていく。
見ると兵士の後ろに、係員がいて彼がレバーの操作をしているようだ。
せっかちと言うか、強制的というか、とにかくすぐに送り込むために、こちらに扉の操作もさせない気だ。
ただそのダンジョン側の扉は、さすがに開け放しにはしていなかった。
片方が完全に開いていると、もう片方も扉が開かない作りになっている。
なのでどんなに急いでも、こうして同時に開閉するしかない。
それでも奥の扉は3枚あるので、手前の扉が完全に閉じた後に残り最後の鉄格子が開くことになる。
だから鉄格子越しに外にヤバいモノがいたら、そのまま扉をまた閉めるか、もし部屋に侵入されても最悪ここで阻止できるのだ。
「あいつら、潜る度胸もないくせに」
後ろで扉が閉まるとヨエルが吐き捨てるように言ってきた。
「ヨエルさん、もし聞こえたら厄介ですよ」
「大丈夫だ。賭けても良いがこっちに兵隊はいない。ダンジョン内には入って来てないよ」
確かに薄暗い赤茶色の通路には、誰もいる気配がなかった。
兵士どころか先に入っていった人達の気配もない。
「剣を抜いて来たら正当防衛でぶっ飛ばせたのにな」
奴が始めから過剰防衛する気満々な、物騒なことを言ってくる。
人の寿命を使徒が勝手に変える(生かす・殺す)のは、基本許されていないが、もし相手が手を出してくれば話は別なのだ。
「あんたも言い返すにしても、もう少し穏やかに言えないのかよ」
「できんっ!」
言い切った――っ
「どうせ死体さえ始末しちまえばわかんねぇよ。ここにはお前のとこのように、防犯カメラなんかないしな」
もう、神様の関係者の発言じゃない。
「始末って――あれだけの人数喰う気なのか?」
創世記の時に、仲間を喰ったというし、こいつなら喰えるかもしれない。
「喰うかっ! もうやらねぇって言ってるだろ。ダンジョンの餌にするだけだ」
言った俺も悪かったが、ストレートに返すなよ。冗談のつもりだったのに。
もうやらない?!――という意味に、ヨエルが引いてるじゃないか。
「だけど、いつの間に降りてきたんだろう? 上の兵隊の数は変ってなかったハズ……」
俺は話題を変えた。
「あ゛、奴ら、ちょうど酒が届いた時に降りていったんだ。
外にいた奴らが代わりに入って来たからな」
すんなり奴もトーンを変えた。
「あの天、じゃなかった、配達人に俺たちが全集中してた時か。そりゃ気付かな――だけど、あんな重そうな扉が開いたらさすがにわかるぞ?」
正面の大扉はダンジョンの入り口同様、大金庫の扉のように分厚い金属製だ。
さすがにあれが動いたら音ぐらいするだろう。
「そりゃあ管理室から入って来たんだよ。あそこには非常口があるから」
通路を先に歩きながら、さっきの話は聞かなかったことにしたヨエルが教えてくれた。
どうやら正面以外に、ダンジョンに出入りするドアがもう1つあるそうだ。
それが管理室奥にある非常口。
人1人がなんとか通れるくらいの狭い通路で、外の番小屋に繋がっているらしい。
これはその名の通り緊急時にしか使わない為、いつもガッチリ鍵と鎖で封じられていた。
ただ大扉を封鎖した今、ここが唯一の出入口になっている。
そのため管理室の前もあのように兵士がガードしているのだ。
「それにしてもあいつら、本当に自分たちで探す気はないんだな。
ああやって獲物が飛び出して来るのを待ち構える気だ。
それにこんなところでの捜索向けの装備じゃないし」
ヨエルが呆れたように言う。
「でも、見たところガチ装備でしたよ?
相手が凶悪犯なら、あれくらい重装備にしないとマズいんじゃないんですか?」
「街中とかなら、あれで良いかもしれないが、ここはダンジョンだぞ。
魔物を狩る時と同じように、なるべく音を立てないようにするのが基本だ。
あんなガチャガチャしたプレートで動いたら、相手に居場所を教えるようなもんだ」
そういう彼の胸当てや手甲、膝当ては、確かに革製だ。背中のリュックにいたっては、昆虫のキチン質だし。
やはり鎧もTPOで使い分けないといけないのか。
「まあそういう意味で言うと、まだ警吏の方が逆にダンジョン向けだな。
あいつらの鎧は基本革製なんだ。おまけに靴底に音がしないようゴムをはってる。
存在を隠微にしながら行動するからな」
奴が横に並んできた。
こちらのお巡りさんって、気配をワザと消してるとこがある。
地球じゃ犯罪抑止効果のために存在を目立たせるのになあ。
でも逆に犯罪者にとっては、どこにいるかわからない恐怖もあるらしい。
それが抑止効果になるのだろうか。
ふと左側の壁に、緑の蔦が垂れる亀裂が見えてきた。クールスポットだ。
今回は2階に直接戻るので、素通りする。
「あー、やっぱりここに溜まってるな」
ヨエルがちょっと穴に首を伸ばす。
俺も一緒に穴を覗くと、蔦の隙間から何人かが座っているのが見えた。
「やる気のない、しかも力もない奴らはここで時間稼ぎする気だな。
これ以上奥に行くのも危ないし、皆で固まってたほうが無難だから」
先に降りていった人達も、全員が犯人捜しをやる気じゃなかったんだな。
どうせなら上にいるよりマシと思ったのかもしれない。
なんて横を向きながら歩いていたら、おもいっきりけつまづいた。
クソッ 例の落とし穴だっ!
両手を広げて盛大に転びそうになった。街中でやったら絶対に恥ずかしいとこだ。
今はこの2人だけで良かった。
なんとか踏みとどまって振り返ると、ヨエルは軽く肩をすくめてみせた。奴にこれくらいなら手を出すなと言われているからだ。
その奴は横を向いてワザとらしく大きなため息をつく。
すまねぇなぁっ うっかりして!
もう本当に油断ならねぇっ。
**************
「え、ハイじゃなくて、ローポーションもないの?」
「すいません、回復系は終了しました」
売店の店員が薄い頭を掻きながら返事した。
パネラ達もあれから降りるべく、準備を始めていた。
まず道具屋で兜を借りた。
このホールの道具屋には売り物以外にも、このような
スキー場でのレンタルスキーのようなものだが、普通は手ぶらで入って来る者はいないので、このように忘れたとか、後から必要になった一部の道具を貸し出すことが多い。
だから兜の種類もあまりなく、本当は鉄兜が良かったのだが、中に綿入れフードを被っても内側が大きいモノしかなかった。
チェーンメイルならフリーサイズだが、あいにくこちらは品切れだったし、ヘタな鎖帷子よりちゃんと加工された革の方が強い。
仕方ないのでパネラは焦げ茶色の革兜を選んだ。
身分証を見せて、保証金2,000エルを払う。返却の際に差額を返してもらうのだ。
そこでついでにポーションも揃えておこうと思った。
慌てていたから用意もそこそこで来てしまっていた。あらためて潜るなら薬類は持って行きたい。
なのにすでに回復ポーションは売り切れだった。
「じゃあ携帯食だけでも買ってこうか」
「すいませんが、それも売り切れです。結構大勢の方が買われていって。
それに今日はこの通り、仕入れも出来なくて……」
と、チラッと兵士たちのほうに目をやった。
元々ダンジョンに行くつもりの無かった商人とか、普段なら買わない者が急に購入したのかもしれない。
どんな事態に見舞われるか分からない不安から、多めに買っていく者もいただろう。
なんにせよ、行動を起こすのが少し遅かったか。
エッボは角を掻いた。
仕方ないので、ポーションは治療室で購入することにする。
こちらは病院で処方される時と一緒で、基本診察料も加算されてしまう。
具合が悪いわけではないのに、なんとも勿体ない気がするが、買えないよりマシだろう。
だが、治療室に入ろうとすると、兵士に止められた。
「お前たち、見たところ具合悪くなさそうだが、治療が必要か?」
「いや、道具屋でポーションが売り切れだから、こっちで購入したいだけだ」
エッボが答える。
「ここでは本当に必要な者にしか使わせられない。予備にやる薬はないっ」
それは『お前たち亜人に』とでも言うような言いぶりだった。
「何だって! 強制的に潜らせるのに、手ぶらで入れってことっ!?」
パネラが思わず声を高めた。
「フン、元々手ぶらで来たお前たちが悪いんだろ」
兜の下で小馬鹿にするように口元をゆがめたのがわかる。
「わかった。パネラ行こう」
歯ぎしりし始めた妻の肩に手を回すと、エッボはその場をすぐに離れるように促した。
「もう何を言っても無駄だよ。しょうがないから中で食料は調達しよう。
怪我しないように十分に気をつけてさ」
なんとなく
治療室の薬は、万が一の時の為に自分たちに取っておきたいのだ。
いつでもどこでも支配階級で、下々とは身分が違う騎士や貴族たちが優先されるのだ。
そうしてベーシス(人口最多人種)も。
確か伯爵は、ベーシス至上主義者だと聞いた覚えがある。
そういえば、ここにいる兵士たちはみんなベーシス系だろう。
亜人の匂いがしないから。
「薬が必要なのかな?」
ススッと、小太りの中年男が2人の前に寄ってきた。
「わたしはちょいと多めに持っているから、良かったら分けてあげてもいいですよ」
明らかに胡散臭いが、念のためにエッボは訊ねた。
「一応訊くけど、それは幾らだい?」
「ローポーションなら1本、70,000でいいですよ」
パネラが呆れて目を開く。
「ハアッ? そこの道具屋でもせいぜい30,000ぐらいじゃないの。絶対にボってるでしょ!」
「お嬢さん、相場ってのは時と場合によって変動するものでしょう」
チチチと、商人は顔の前で人差し指を振った。
町のギルドなどで買うと30,000のポーションも、ここでは割高だ。
高山など人里離れた所では同じ缶コーヒーでも値段が違うように、ここではダンジョン価格になっている。
そしていま男が提示した値段は、治療室で買うよりも絶対に高値だった。
「あんたも潜るんでしょ?
そんなマネして中に入ったら、絶対に狙われるよっ」
「お気遣いどうも。
だけどわたし共も伊達に遍歴商人はしてませんよ」
スッと片手を横に指し示すように動かした。
彼が指し示したテーブルには、他の商人たちが5,6人座ってこちらを見ていた。
おそらく彼の仲間だろう。
遍歴商人は町から町へ渡り歩いて商売をする、いわゆる旅商人だ。
貴重な商い品や金を運ぶ彼らにとって、旅は危険を伴う冒険である。
だから彼らはこのようにグループを組んで移動することが多い。
そうして護衛を雇ったり、中には自身が戦える腕っぷしのある者も少なくない。
現にこちらを警戒するように見てきている仲間の何人かは、商人というよりもハンターの目をしていた。
いつでも抜けるように腰の得物に手をかけている。
「せっかくだけど要らないよ」
エッボはそう断ると、ちょっと憤っている妻の手を引いてその横を通り過ぎた。
後ろで思わせぶりに、おやおやと呟く男の声が耳につく。
「もう、なんなのっ! みんなして最低っ」
「今怒ってもしょうがないよ」
柱の陰に行って羊男は妻を宥めた。
「それにこんなとこでひと悶着起こしたらマズイよ。あいつらは絶対に自分たちからは手を出さないから、兵士に睨まれるのはおいら達だよ」
その言葉に下唇を噛みながらも、パネラは怒りを鎮めた。
その通り、商人はいつでも計算して行動している。
さっきの思わせぶりな警戒も威嚇だけで、実際には抜くこともしないだろう。
何しろ自分たちの代わりに収めてくれる兵が、まわりにいっぱいいるのだから。
酒場のハンターや傭兵とは違うのだ。
「でも悔しいわね。きっとあいつらが、ポーションを買い占めたのかもしれないのに」
「そうかもしれないけど、商人なら当たり前の行動だよ。
それに出遅れたおいら達も悪かったし」
ふうーっと大きく息をつくと、パネラは深緑色の夫の目を見た。
いつでも彼は冷静で、感情的になりがちな自分の頭を冷やしてくれる。
『ミャアウゥゥ』
腰の辺りでポーも鳴き声を上げた。
「わかったわ、ありがと。もう大丈夫」
やや心配そうなポーの頭を優しく撫でた。
「じゃあ行こうか」
2人と1匹は開け放された、ダンジョンへ続く階段を下りていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やっとサーシャ配下の最後の影の名前が決まりました。
『メラッド』です。
どこぞの俳優さんとは全く関係ありません( ̄▽ ̄;)
次回登場させたいと思います。
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