第187話☆ たかが虫ケラされど虫ケラ
ちょっと今回説明が多いかも……(~_~;)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2層への亀裂をくぐると、砂丘はまた巨大な湖になっていた。
「ご苦労さまです」
声がしたので振り返ると、亀裂近くの岩陰に男が1人立っていた。
首から下げているプレートからここの係のようだ。
「もし渡るつもりなら、もう少しで水が引きますよ」
「そりゃどうも。それにしても、こんなとこまで監視しに来てるのかい」
ヨエルが軽くからかうように男を見た。
「監視なんてとんでもない」
男が大袈裟に手を振る。
「ただ、何か会った時の連絡係でさあ」
そう横の地面に刺してある細長い棒を示した。
それは牛蒡くらいの太さの黒っぽい金属製の棒で、地面から1mくらい伸びていた。
何かのアンテナなのだろうか。
「これは
俺が見ていたら、横から奴が棒を勝手に引っこ抜いた。
「えっ、ええ、そうですが、その……」
「別にどうもせん。見るだけだ」
係の男はヴァリアスに文句が言えなくて、ただオドオドしてる。
本当にすみません……。
「ジブエって、笛なのか?」
俺は係に謝りながら、あらためて棒を見せてもらった。
マット調だが比較的滑らかな表面に、ポコポコとオカリナのような穴が縦に並んでいる。
尖るようにすぼまった先にも穴が空き、中は空洞になっているようだ。
「土使いの道具だ。
笛と言っても直接吹くんじゃなくて、魔力で振動させて音を出すんだ。
さっきみたいに地面に刺して使う」
なんでも土使いがやるとちゃんと音が広がるどころか、地面繋がりでダンジョンの層さえまたいで聞こえるらしい。
もちろん楽器を扱うように練習は必要だが、この穴の塞ぎ方次第で、また音色が変えられる。
それを使ってまさしくモールス信号のように、何十種類もの情報を遠くに伝達できるのだ。
「試しに鳴らしてみるか?」
何もしないと言ったそばからこれである。
「ダメに決まってるだろっ。これはオモチャじゃないんだぞ」
下手にSOS的な音でも出されたら大迷惑だ。
いや、奴のことだから、もっとヤバい信号を発するかもしれない。
そんな事を言っていたら、いつの間にか水位がずい分下がっていた。
もう手前の水面はくるぶしの辺りくらいまで低くなり、砂丘の高い所ではすでに砂山が見えてきていた。
俺は再度、不安げな係に詫びながら地笛を返した。
もう奴のおかげで俺は、異世界で*ドリンキングバードになった気分だ。
(*水飲み鳥のオモチャ。頭をひたすら上げ下げする)
「あの岩山が固まってるところにいそうだ」
先を歩きながらヨエルが指さした。
砂丘にはあちこちに岩が生えるように突き出ているが、その中でも岩山が固まってちょっとした連山を形成しているところだ。
「何かいるんですか?」
「さっき言ったお宝だよ。それを持ってるヤツがこういう所に潜んでる可能性があるんだ」
なんだそりゃ。
普通、お宝って隠し部屋とか、そういうとこにあるもんじゃないのか?
「そういう場合もあるが、魔物の素材が人間にとって貴重な素材になるように、体内に持ってる奴がいるんだよ」
奴が相変わらず何か悪巧みしてるような、黒い笑みを見せる。
絶対ナニかに会わせたい顔だ。
もしかして
その岩山の間、5,6mくらいのスペースの地面にヨエルが例のウォーハンドを突き刺した。
「さっきの地笛は連絡だけじゃなくて、地中を振動で刺激するのにも使うんだよ。
代用は剣でもいいんだが、これは中が空洞になってるから地笛のように反響しやすいだろ」
そう言って俺の方を見た。
「じゃあ兄ちゃんやってみろよ」
「えっ? 俺がやるんですか」
土使いじゃない場合、こうした金属の棒を突き刺して叩いたり、ウォーハンマーなどで地面を叩いたりするそうだが、やはりこうした地笛的やり方のほうが効果があるというのだ。
そうして土中に潜っているナニかを驚かしておびき出す。
地中深く、より広く振動が広がるように、棒に魔力を注いでいく。
が、『土』が使えると言っても俺は金属系は苦手なのだ。
棒から伝わる振動は確かに広がるが、小さな遠鳴りのようになんだか頼りない。
地表の砂が少し揺れただけで、なんの変化もない。
砂地に手をついて、直接震わすようにしてみたが、さっきより力強く出来たとはいえ、ザブンザブンとバケツに入れた砂を軽く上下させたような感じで、小刻みな振動が作れない。
「どうだ。やり方での違いがわかったか?」
10分ほど奮闘していると、奴が横から訊いてきた。
「ああ、凄くわかった。だけどどっちも上手くいかないな。俺の力不足だ」
当たり前だが表面ではなく、土中の奥深くを揺さぶるというのは、まわりの圧力もあって凄い力がいる。
砂浜で縦に埋まった穴の中で、手足を動かそうとするようなものだ。
だからこうして道具を使って奥深くに振動を伝えるんだ。
やってみてあらためてわかった。
「ここにはお目当てのはいないんじゃ……」
そろそろ疲れ始めてきた。
「いや、奥にいるな。ただ振動がそこまで伝わってないようだ」
ヨエルが探知で確認する。
「という事は、もっと深くを動かさなくちゃいけないのか」
ちょっとウンザリしてきた。
「よし、じゃあオレがちょっと手本を見せてやる」
奴が前に出てきた。
「え、旦那も『土』が使えるのかい?」
「まあな、専門じゃないが」
こいつの専門外は、その道のアークウィザード以上だ。
ちょっと怖い。
「いいか、ただ振動させる事ばかり意識するんじゃなくて、これで振動を増幅させながら、真下に撃ち込むように入れるんだ」
奴が棒に触れながら
「例えば地中奥にドリルを入れて、爆発させるように」
ドンッと、地面から突き上げるような手応えが足元に来た。
いや、確実にこの岩場だけが、一瞬本当に押し上がった。
続いてグラグラッと激しい縦揺れが襲ってくる。あの恐ろしい大地震以来の振動だ。
「ええっ、本当に専門外なのかっ?!」
ヨエルが頭上に風の膜を作りながら、腰を屈めた。
実際あたりの岩は結構脆く、小石がパラバラと落ちて来る。
「こ、このバカーっ! ちょっとは手加減しろよ」
俺は立っていられなくて揺れる地面に四つん這いになっていた。
「これでもしてるぞ。この辺りだけにしたしな」
飄々と言いやがって。
「さ、さすがSS級……
おっ、出てくるぞっ!」
揺れが収まりかけてきた頃、ヨエルが地面に目を向けた。
確かに何かが砂の中をモグラのように上がって来るのがわかった。それも3つ。
『ヴィビーーーッ! ビィーーーッ』
水道管が震えるような響く声を出しながら、ソイツは地表に這い出てきた。
サンドベージュに茶色の短い毛がびっしり生えた海老に似た姿。
だが、ハサミのように大きな2本の前脚は、モグラの手のようにギザギザの突起をつけていた。
長い4本の触覚には、蛾のような髭がある。
それを前後左右に揺らしながら、ザザザザッとこの岩場の狭い砂丘の上を走り回り始めた。
何っ、モグラ、じゃなくて虫?!
「蒼也、やれっ」
一歩出ようとしたヨエルが、踏みとどまった。
体長はおよそ50cmから1mくらいまでいる。
大きな虫は苦手だ。
俺は岩の縁に避けながら、デタラメに動き回っている3匹に酸欠魔法をかけた。
2,3,4……10……秒経った。
時々岩に這い上がりそうになって来るのを、警戒しながら見守っていたが、虫たちは全然弱まる気配がない。
待っている間に解析したが
《 …… 石を喰うケラの一種――
耐性: 水(高)、土(高)、火(中)、風(弱)……》と、風耐性は高くないハズだ。
虫だから体力が違うのか?
「何度も水没するような所に棲んでる奴が、そう簡単に酸欠になるわけないだろ」
岩の中腹に立ちながら、奴が呆れたように言ってくる。
「コイツらは体の中に
「そういうのは先に言えって、いつも言ってるだろがっ!」
まったくいつも後から教えやがって。
だが、これは俺の訓練の為だった。
未知のモノと対峙した時に、どう判断し瞬時に行動するか。
狩りやサバイバルでは、それが生死を分ける重要なポイントなのだから。
バァーンンンッ!!
一気に3匹共に感電させた。
弾かれたように虫たちがひっくり返る。
だが、死んでない。10本近くある足をまだバタバタ動かしている。
やっぱり3カ所同時だと、力が分散する。
ええい、もう一度。
『ヴィ――!!』
1匹が俺に向かって吹っ飛んできた。
顔の前に引き抜くように出したファルシオンで、ギリギリ受け止めた。
『ビビビビビッ!』
三角形だった尖った口が、今や目の前で3つに開き、巨大な顎になって剣をガチガチ噛んでいた。
バリバリバリ――ッ!!
その顎から脳天にかけて思い切り、電気を流し込んだ。
剣を噛んでいたせいもあって、虫は剣をくわえたまま反り返ると、そのまま動かなくなった。
「はあ~、見ててヒヤヒヤしたよ」
岩と岩の間に手足をかけて上がっていたヨエルが、ストンと降りてきた。
そうして念のためなのか、頭の節の間に剣を差し込んだ。
他の2匹はいつの間にか、また砂の中に潜っていなくなっていた。
「コイツは『グリロー』と呼ばれるロックイーターだ」
奴が音もなく側に来た。
「* ロックイーターって、前にカリボラのギルドで見た依頼書にあった魔物じゃなかったか?
確かあれは三角形の顔をした動物系だったはずだが」
(*『第136話 いつもながらの難航の宿探し』参照)
「ロックイーターってのは、本来、石を喰う生物の総称なんだよ。
お前のとこでも熊をいちいち、ヒグマとかツキノワグマとか言い分けないことがあるだろ?
あれは地元での呼び名なんだ。本当の名称は『ロックベアー』だ」
「しかし動物と虫とじゃエライ違いなんだが……。むぅぅ、そういうものなのか?」
もう外国というか異世界の感覚がよくわからん。
「ほら、今回はルビーのようだ」
ヨエルがさっさと虫をひっくり返すと、腹の関節部分を切り開いた。
青と白のまだら模様の臓物が露わになる。
その中の袋状のモノを剣先で切ると、中から赤い石が数個出てきた。
「これがルビー?」
小指の先くらいの大きさのその石は、解析すると確かにルビーのようだった。
けれどもくすんだ黒赤に近く、透明感もあまりない。
「残念、みんな質はあまり良くないな」
手の平に乗せて、大小5粒の石を見せてきた。
「どうする、このまま売るかい? それとも埋め直す?」
「埋め直す?」
「こういう中途半端な貴石を、ダンジョンで熟成させるんだよ」
師匠が説明してくれた。
「ダンジョンに置いておくと、時間はかかるが、精製されて立派な宝石になる事が多いんだ。
酒が熟成するようにね。
だからこういう宝石の原石を、宝石商が買い取って鉱石ハンターに売る。
ハンターはそれをダンジョンで育てて、また宝石商に売るというわけさ」
深い層ほど作用が強く働くから、主にハンターが原石の仕込みと回収をやる。
そしてダンジョンが、人の欲望に反応して宝を作り上げる。
それに釣られてまた人がやって来るから。
「このまま売ります。また来るのも面倒だし」
「無難な選択だな。埋めるにしてもここは迷宮型だから、場所が変っちまう可能性も高いしな」
そう言って俺の手に赤い石を乗せた。
それにしてもダンジョンの活用法スゴイな。
鉱石ハンターは、自分だけの隠し場所をいくつか持っているらしい。他のハンターに盗まれることもしばしばあるから、その都度場所を変えたりするそうだ。
なんにしても異世界人、逞しいぜ。
「ところで、この虫の腹に宝石があるって、石と一緒に食べるからなんですか?」
普通の石と違って硬いから消化されないのだろうか。
「コイツはアルミニウムの混ざった石が好物なんだよ」
奴が横から口を挟んできた。
「体内でアルミニウムが酸化して、酸化アルミニウムいわゆる
それに酸化クロムが混ざるとルビーに、鉄やチタンとかが入るとサファイアに変化するというわけだ。
ただ自然の産物だから質はまちまちになる」
そう言いながら、先程の袋状の内蔵を摘まんだ。
ちょっと砂嚢に似ている。
「これは石嚢って呼ばれてる消化器官だ。
この虫は石を喰うが、砂になるまで咀嚼しないで飲みこむ。だからこうして石を細かく砕くために、更に硬い石が必要なんだ」
へぇー、そのために体内で宝石を作るのか。
なんか凄い虫、いや御ケラ様だな。
「個体によってこうやってルビーやサファイア、ただの鋼玉石になったりするが、コイツらにとって宝石になろうがただの鋼玉だろうが関係ない。
石より硬くて鉄より軽ければいいんだからな。
宝石かどうか気にするのは人間だけだ」
「ほぉー、旦那、力だけじゃなく凄い物知りだな。まるで学者みたいだ」
ヨエルが少し驚いたように感心した。
そりゃあこれこそが奴の専門ですから。
それにしても――
俺は虫の死骸を見た。
なんだか、奴と一緒に行動するようになって、俺は段々と人間以外の生物の立場も考えるようになっていた。
考えてみたら食べるわけでもなく、危険だったわけでもないのに殺しちゃったんだなあ。
毛皮を売るためだけに、アザラシを乱獲するのと似ているかもしれない。
俺がもう少し上手くやれれば、中の石だけを取り出すことも出来たかも。
それでも虫にとってははた迷惑だろうが。
申し訳ないが、この石は貰っていきます。来世は少しでも楽しく生きられますように。
虫に対して祈る俺を、ヨエルが不思議そうに見ていた。
こんな姿をたびたび人に見られて、俺はますます『 祈る妖術師 』と言われるようになっていくのだ。
「なんとか頭を落とせば入りそうだ」
頭を切り落とした虫を、ヨエルがリュックに収納した。
それも売れるのか。
すると視線に気がついたヨエルが答えた。
「もちろんしっかり焼くよ。
砂は洗い落とせるが、寄生虫は取れないからな」
「え”っ! った、食べるのっ?!!」
ハンターは悪食というか、獲物を無駄にはしなかった。
**************
ロイエの話によるとあの野郎たちは、運悪く居合わせた連中を利用しようとしているようだ。
あいつらのやりそうなことだ。
サーシャ達は上から戻ってきたロイエの報告を聞いていた。
「管理室はあやつらに占拠されてます。おそらく非常転移スポットも使えないか、罠が張られているでしょう」
非常転移スポットというのは、各層に儲けられている緊急脱出用の転移魔法陣の描かれている小部屋だ。
これはこの絶えず変化する迷宮型のダンジョン内でも、その位置を変えずに済むように、魔法式のアンカーで各層の中央に固定されていた。
その転移先はホール『管理室』内の転移ポートに設定されている。
まずそこにも罠があるのは間違いないだろう。
実際に彼の読み通り、管理室の転移ポートにも罠は仕掛けられていた。
転移ポイントである丸いマークの上には、『ジベット』と呼ばれる1人用の檻が4つ配置されていた。
本来は高い所に吊るして晒し者にする吊るし檻だが、これはサーシャ一味のために親衛隊たちが持ち込んだ物だった。
形や素材は色々あるが、今回のジベットは金属製で、その格子にはもちろん対魔法の魔法式がびっしりとかき込まれている。
形は直方体で高さ2mほどだが、その底辺幅はおよそ70cmもない。
これだけでもかなりの圧迫感だ。
子供ならともかく、成人ならまともに座れないかもしれない。
しかもこれは中に人が入ると、ギリギリまで圧迫するように大きさを瞬時に変える。
これはそういう拷問道具なのだ。
もしもこの檻に運よく入らなくても、まわりには数々の仕掛けが設置されていた。
不注意に侵入した者が、まず死なない程度に動けなくなるように。
「元よりそんな設備に頼る気はないわ。
そんなのを使ったら、捕まえてくれと言っているようなものだし」
姐さんが気にも留めないように言った。
「それよりせっかくのこの状況を利用しない手はないわよね」
美しい顔に小悪魔のような笑みを浮かべる。
やはり姐さんは姐さんだ。
どんな状況でも怯んだりしない。
ふとメラッドは父親のことを思い起こしていた。
メラッドは、このエフティシア王国よりずっと東にある海寄りの国で生まれた。
彼はある漁村の一つに父と2人で暮らしていた。
父アブは元兵士だった。
徴兵制のあるこの国では、元兵士というのは珍しくないがアブは職業軍人だった。
この漁村に来て母を見染め、ここに漁師として骨を埋めることに決めたそうだ。
そのせいか、大概のことには怯まなかった。
酒場での喧嘩の仲裁に呼ばれることは日常茶飯事だったし、海でウルフフィッシュ(ここでは狼魚に似た魔魚)の群れに襲われた時も、最後まで船と乗組員を守った。
この時は彼の乗っていた船だけが、無事に村まで帰って来れた。
父ちゃんは無敵だ。幼い彼はそんな父が自慢だった。
そんな彼らのまわりに暗雲が立ち込め始めたのは、ハリケーンのとても多かった年の秋口だった。
この年はハリケーンなどの自然災害で、どこも農作物がやられ不作に陥っていた。
漁を本業とするメラッドの村でも、海が荒れる日が続き、船を出す事が出来ない日が多かった。
なのに御上からの年貢取り立ては、前年とほぼ変わらずというものだった。
これでは自分たちの冬の食料を残せるどころか、下手すれば船を売らなくてはならないかもしれない。
それは来年どころか、今年の冬さえ越せないという意味だ。
各村々の代表たちが集まり、荘園差配人(代官とも言われる。領主の代わりに領地を管理する役人)に年貢を減らしてくれるように頼みに行った。
各荘園を巡回している家令(領主直属の配下。差配人の上)が来た時も、また豊魚の年に年貢を多めにしてお返しすると願ったが、良い顔はされなかった。
領主というのは、領民から年貢をいかに滞らせずに取れるかがまず念頭にある。
そして人は大変な時期にこそ、見栄を張りたくなるものである。
まわりが飢饉に陥っている時に、自分の
それにはまず金が必要なのだ。
何度目かの寄合いと話し合いの後、もう本格的な冬に入ったある夜更け、激しい半鐘の音で目が覚めた。
外からは悲鳴や怒号、何かが壊れる音がする。
「メラッドっ」
まだ半寝ぼけの彼を揺り起こしながら、父親が彼の顔を覗き込んでいた。
「いいか、よく聞けっ。これからあの裏道を通って、森に逃げろ!
このゴミムシから採った液を服につけておけば、大概の肉食獣は寄ってこない」
そう言って悪臭のする小筒と、いくらかの金の入った袋を渡してきた。
「街道には絶対に出ちゃならんぞ。見つかるからなっ。
そうしてビョルケ村のリオ神父を訪ねろ。あの人なら助けてくれる」
ビョルケ村は森の先、谷を一つ越えたところにある農村だ。
塩漬けの魚を売りに、荷馬車に乗って何度か連れて行ってもらった覚えがある。
「いいなっ? 以前教えた裏道を行くんだぞ! いつもの道を通っちゃいかんからなっ」
もうその頃には、辺りの騒ぎは絶叫のような叫び声に変ってきていた。
やっとメラッドは目が覚めた。
「父ちゃんはっ? 一緒に来ないの?!」
「後で必ず行くから、お前は先に行って待ってろ。
残念だが、父ちゃんは一緒に行かれんのだ」
アブは壁際の魚を入れる樽をどかしながら答えた。
そこには竃の口のような小さな扉がある。外から見ると裏手の茂みに隠れていた。
「ただ、いま言えるのは――」
そうして妻を亡くした後、男手ひとつで育て上げた息子をひしと抱きしめた。
「ずっと愛してるとだけ言っておくよ、メラッド」
ああ、おれも愛してるよ、親父。
おれもとうとう、あんたの年を越えたよ。
よく今日まで生き延びたもんだ。
裏手から茂み伝いに森の中に入り、何かが追いかけてくるような恐怖で、後ろを一切見ずに走った。
走って転んでまた走って。
少し小高い場所で振り返った闇夜の中に、赤々と炎を上げる村の光景は、今でもまざまざと鮮明に思い出す。
結局いくら待っても父親は現れなかった。
後から聞いた話では、どうやらメラッドの村は、まわりの村への見せしめに焼き討ちにされたらしい。
ここいらの村の中では、一番小さな集落だったから。
下民風情が領主に逆らうとこうなるぞという事だ。
奴らは領民を家畜どころか、足元の虫にしか見ていない。
少なくなれば、他所から農奴や奴隷を連れてくればいい。
それくらいにしか考えていないのだ。
フン、だがその小さな虫も毒虫に化けることはある。
どんな大きな獅子も、僅かな猛毒に倒れる事もあるのだ。
親父譲りのこの大きな体と気概で、あいつらに何度でも思い知らせてやる。
おれたちは虫けらじゃねぇ。
魂も感情もある、お前たちと同じ人間だってな。
「メラ」
姐さんの声に、メラッドは顔を向けた。
「何考えてたの? 殺気が漂ってきてるわよ」
「あ、いや、あっし、そんなモノ漏らしてましたか?」
メラッドは太い首を擦りながら照れくさそうに笑った。
「勢い込むのはいいけど、殺気の駄々洩れは駄目よ。
意気地なしのキツネにも気配を悟られちゃうからね」
サーシャは諭すようでいて、どこか蠱惑的でイタズラ好きな妖精のように口元を上げた。
「ちょっと武者震いってやつですよ」
そう、これからあいつらに地獄を見せてやれる。
あの村の嘆きや無念をお前たちに返してやるよ。
自分を
殺気は落ち着かせたが、代わりに彼の奥まった赤色の目には、ただならぬ光が宿って見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やっと三番目のサーシャの配下を紹介出来ました。
『メラッド』はヘブライ語で『反逆』という意味だそうです。
名前を忘れましたが、国に村を焼き討ちされ生き残った子供が、後に王宮ご用達の商船ばかり襲う海賊になったという実話を、海賊映画の予告で知りました。
封建社会って怖いですね……(-_-;)
まだまだのんびりやってる蒼也たちですが、そろそろ運命へのカウントダウンを開始したいところです。
次回は、ユーリのカミさんこと、ドロレスから見た
『アジーレ・ダンジョン』の模様になります。
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