《 ダンジョン・マターファ 第1日め 》

第155話☆ マターファ・ダンジョン入場


「一応、このダンジョンは中級クラスって話はしたよな。それで潜るのか?」

 ヨエルが首を傾げるように俺の恰好を見た。

「ええ、いつもこんな感じなので……」


 約束の日、この『マターファ・ダンジョン』の入り口前に9時集合という事で、ちゃんと時間に遅れずに来た俺を見た途端の一言だった。


 そういうヨエルは、昨日見た平服ではなく、以前ラーケルに来た時と同じ、兜、胸当て、帯刀はもちろん、肩やすね・膝に革当てという武装をしていた。

 盾は持っていないが、背中にカーキと焦げ茶の迷彩に似た柄のハードシェルリュックのような、文字通り外面側が硬い甲羅のような素材になっているリュックを背負っている。

 他にも腰のベルトにコンバットで見るようなポーチを下げていた。


「う~ん、まあ、確かに旦那と一緒だから大丈夫だとは思うが……」

 ヨエルが俺の背後を見ながら呟く。


「あの私、一応魔法使いなので、軽装備なんですが、これじゃ駄目なんですかね?」

「……そりゃあ術士系は戦士系ほど体力はないが、軽装備過ぎないか?」

 そう言いながらまわりに顔を向けたので、俺もその視線の先を追う。


 辺りは岩場に囲まれたやや峡谷めいた場所で、その底面の岩肌の一角にダンジョンの入り口があった。

 まわりには簡単な小屋や屋台が並んでいる。あたかも大きな神社境内の参道のような雰囲気だ。

 ここに来るのはダンジョンに潜る人ばかりではなく、近くに連絡船の通る川が流れていることもあり、人の行き来が多いため、自然とこのような店が集まってきたらしい。

 そうしてその中に、確かに魔法使い系と思われる人たちがいた。


 フード付きの短いマントを羽織っている若い女は、膝上までの長い丈夫そうなブーツを履いていた。

 腰回りには革製のスカートのような草摺くさずりを着けている。

 もちろん男ほどではないが、そのか弱そうな背中に大きめのリュックを背負っていた。

 他にもギャンベゾンと呼ばれる、キルティングの綿入り防護ジャケットを着た、ワンドを持った男が戦士系の仲間と立ち話をしている。

 みんな軽めとはいえ、何かしらの防御武装はしていた。


 それに対して、俺たちはいつもの恰好だ。

 俺はいつも通り手足にアーマーを付けているとはいえ、リュックなんか持たず、街歩き用のショルダーバッグを肩に下げているだけ。

 奴にいたっては薄手のコートに腰にショートソードを下げているだけ。アーマーなんかもちろん着けてない。


「一応、この上着は、その、魔法使い使用でして、その、魔法効果で防御力アップには、一応なってるんですよ……」

 俺はちょとしどろもどろに説明した。

 こちらの世界には、ドラクエの魔法使いのローブみたいな魔力属性みたいなのはないか?

 大体奴がこれで良いというから、このまんまでやっていたのだが。


「ああ、そうだよな。確かにそれくらいのモノは用意出来るか」

 聞くところによると、そういう魔法属性を帯びた服や鎧は確かにあるが、Dランク程度のハンターや魔法使いが手軽に買えるような代物ではないらしい。

 そのような装備を用意できるのは、上級ダンジョンに潜れるようなパーティなのだそうだ。

 逆に言うと、そういう装備をしないと危ないという訳だ。


「それと荷物は? 確かにおれがある程度の用意はしてきたが」

 そういう彼のシェルリュックは、空間収納リュックだった。どおりで人に言う割には、アタッシュケースのように薄型だなと思っていたのだ。

 その甲羅部分は、あのレッドアイマンティスの外骨格を加工した代物で、革部分はロックワームの腸を使用した耐火性になっている。全部で大金貨3枚(300万e)は下らないらしい。


 なんですか、それはエルメスですか?

 でも確かに収納能力のあるマジックアイテム・バッグは高いというのはわかった。

 確かに盗まれるはずだ。


「私のこれもそうなんです。これでも結構入るんですよ」

 と、バッグからファルシオンを半分取り出して見せたが、彼はちょっと眉をひそめた。

 なんだ、剣なんか出したのがマズかったか?


「おい、とにかくこのままでいいから、さっさと入るぞ」

 奴が促してきた。

「わかった。まあ何か不足があれば中で調達すればいいしな」

 

 という事でそのまま入り口横の番小屋で、入場料1人1,200エル払う。

 あの『パレプセト』より2倍以上高い。

 それは『パレプセト』が初級でここが中級のせいだ。ダンジョンの入場料はその土地によっても変わってくるが、まず難易度で違いが出る。

 それはダンジョンの管理維持費がかかるからだ。

 まあ、あんな話を聞いた後ではそれも納得だが。


 中に入ると『パレプセト』の時のように、ホールになっていたが、こちらはまた一段と広く、天井も3階ぶち抜きのように高かった。

 ここもまたフードコートのように店が並んでいたが、中央にはテーブルや長椅子以外に、石造りの建物が大黒柱のように天井まで伸びている。

 そこの1階ドアに『休息所』とプレートが付いていた。


「ここは中上級だからな。ある程度長期滞在する者も多いんだ。だからああやって中に簡易宿泊所を設けてあるんだ。中は個室じゃなく、ベッドのみだが、一応シャワーもある。泥と汚れぐらい落として安心して寝れるだろ。

 癒し所には1日中待機する治療師もいるし、ギルドの出張所もあるから、獲物を即買い取ってもらえるしな」


 そう言われて見回すと、簡易なパーティションで区切られた店々には、カンテラやそれに使う油、ロープ、水筒、丸めた防水布を扱う店もあれば、干し肉や乾燥させてスライスした果物、固そうで日持ちしそうな田舎パンのようなパンが、紐に十字に括られて軒先に渡した棒にぶる下がっている。

『パレプセト』にも確かに店はあったが、こちらは数も規模も違う。

 ちょっとした駅ナカのようである。

 ん……?


「ここって中級ですよね。中上級じゃなくて」

 俺の聞き間違いか、彼の言い間違いか、今、中上級って言ったような。

「聞いてなかったのか? 普通、中上級のことも中級って言ったりするんだぞ? 

 中級というのはダンジョンを簡単に3つに分けた時の言い方だ。

 ここは中級クラスの中では、中の上クラスだぞ。

 もっと細かく言うと5段階で『ミドル+5』だ。中級クラスでは最高だ」


 なんだとぉーっ!? そんなの知らねぇよーーーっ!!

 奴の方を見るとそっぽを向いた。てめぇ、謀りやがったなぁっ!

「お前、ちゃんと本を呼んでたのか? そんな事くらい常識で書いてあっただろ」

 奴が今度は俺のせいにしてきやがった。


 うぬぬぬぬっ、確かにそんな事書いてあったかも知れないが、中級と言ってたから、そのまま信じてたのにーーー。

 もう誰も信用出来ねぇ。


「まあ……、確かにここは上級に近い層もあるが、それは最下層だ。上層は初級から中級+ぐらいだから、その辺りでいいんじゃないか?」

 ヨエルが俺の動揺を察して提案してきた。

「せっかくだから、最下層を目指せよ」と奴。

「絶対行かねぇよっ!」

 あやふやにしておくと、絶対に連れてかれてしまう。


 どうする? と目でヨエルが雇い主の奴に問いた。

 それに対して奴が軽く肩をすくめてみせる。


「そうだな、まず慣らしてからにしよう。行けるかどうかはその時に考えようぜ」

 ヨエルが折衷案を出した。

 だから行きたくないって――


 広々としたホールには『休息所』の裏側に、ちょろちょろと水が流れ出る泉が設けてあり、これでまず水分は無料タダで確保できる。

 人が集まる場所なので、もちろん携帯食以外に、暖かい食事を出す店もある。

 そうしてもちろんのことだが、酒も販売されていた。

 案の定、サメがクンクンと匂いを嗅ぎだした。


「ここはダンジョン酒があるのか?」

 ダンジョン酒というのは、ダンジョン内で醸造される酒の事である。

 普通の醸造所とは違い、ダンジョンという亜空間内で作られるそれは、独自の魔素と波動で独特の発酵生成をしていく。

 魔力の強い者には堪らない珍酒であるらしい。


「ああ、ここのはトラップ型という関係上、あまり多くは作れないらしいから、街では売ってない。このホール限定販売にしているな。

 帰りにひっかけていくか?」

「少ないのか。じゃあ今飲んでくか。お前たちは先に行ってろ」

「えっ ?!」

 出たよ、ドランクシャークが。


「なんだって?」

「言っただろ、オレは後から追いかけるから、先に入ってろよ」

 そう奴は、手を下に向けて軽く振った。

 毎度のことながら腹立つな~~。


「後からって――どこか待ち合わせの場所でも」

「大丈夫だ。オレにはこのGPSがある」

 サッと久しぶりにスマホを見せてきた。

「ジーピィ…… えっ?」

 ヨエルの目が点になってる。

「ダンジョンで使えるか試してみたいしな」

 もう玩具おもちゃ感覚だな。どうせそんなモノ使わなくてもわかるんだろうが。


「わかった。じゃあ先に行ってる。もう、ゆっくりでもいいぞ」と俺。

 こいつがいない方が、変なとこに連れていかれないかもしれない。

 頼むぜ、ヨエル。あんたの常識に俺は賭けるからな。


「なに……本当に旦那は来ないのか?」

「どうせ、後で必ず来ますよ。あいつの探知能力はサメ並みですから」

 サッサッと酒のカウンターに行ってしまった奴の後ろ姿に、呆気にとられているヨエルを促した。

「……しょうがねぇ。じゃあ行くか」


『パレプセト』同様、壁や柱に模様のような呪文が書いてあるのだが、更にびっしりと書きこまれた重そうな扉が、奥の引っ込んだところにあった。

 扉横の係に入場プレートを見せると、真っ黒で重圧な金属製の扉がゴロゴロと音を立てて、真ん中から左右に開き始めた。

 恐ろしかったのは、厚みが銀行の大金庫並みにあるその開口部分が、ギザギザの合わせになっていたことだ。

 これは有事の時に、侵入者が引っかかりやすいのと、殺傷効果を上げるためだ。

 もう押し潰すだけじゃ済ませない気なのだろうか。


 俺たちが入り口から十分離れたところを確認してから、係が扉を閉めていく。

 中は黒い壁に白い呪文がポウッと浮かび上がり、発光する通路になっていた。

 天井は外に比べて意外と低く、2mくらいだろうか。

 だが、その壁どころか、天井や床の四面に光る呪文がびっしりと光を放っている。

 

 10mも行かないうちに、下に降りる階段があった。

 もちろん階段にも呪文が浮かび上がっている。


 先にヨエルが降りる。

 階段はたったの10段くらいですぐに折れ曲がり、カクカクとまわって下りていくようだった。

 螺旋状にしてしまうと、一気に登れてしまうため、いちいちこのように壁に当たるようになっている。

 おそらくこの踊り場それぞれに、防護壁が用意されているのだろう。


「さっきは聞き忘れたが、魔力ポーションか、魔石は持ってるか?」

 下りながらヨエルが振り返らずに訊いてきた。

「え、ええ、魔石なら……」

 俺のスマホは魔石使用だ。

「そうか、ならいい。これからは魔力を使いっぱなしになるからな。ダンジョン内は魔素は濃いが、それでも自然吸収が間に合わない場合もあるから」

 そんなに激しいんですか? ヨエル先生……。

 ちょっと不安になる俺……。


 と、どうやら底に着いたようだ。

 目の前にまた呪文が蔦のようにまとわりついた、黒い石の扉が現われた。

 ヨエルがまず扉についていた小窓を開けて、中を覗いてから横のレバーをL字型に下げた。

 ズリズリと音を立てて、石の扉が上に上がっていく。


 いざ、ダンジョンか、と思って中を覗くと、まだ鉄格子が残っていた。ヨエルが今度はレバーを下まで下げた。

 すると今度こそ鉄格子もゴリゴリと上がっていく。


 中は5,6m四方の黒っぽいレンガ造りの部屋になっていた。今度は呪文模様はなかったが、まわりのレンガの所々のすき間からポウッと、光が間接照明のように漏れていて部屋の中を照らしている。


 突き当りにまた石の扉があり、その横にレバーが3つあった。


「ここがダンジョン1階ですか?」

「手前の部屋だ。万が一、魔物が出てきたら、まずにここでくい止めるためのだ。

 そら、あそこやそこに穴があるだろ。あそこから炎とか毒液が出るんだ」

 指したところを見上げると、天井の縁のすぐ下に、握りこぶしくらいの穴が等間隔で空いている。

 それは●と▼が交互に並んでいた。


「それは……もし、人が一緒に閉じ込められても……」

「そりゃ当然だろ?」


 俺は思わず、喉の奥が鳴ったような気がした。


「ハハ、まず滅多にそんな事にはならないから、安心しろよ」

 ヨエルが軽く笑った。

「あんなSS様にくっついてるのに、言っちゃ悪いがそれほど豪胆じゃないんだな、あんた」

「……だって、私、3カ月前(地球時間で)までは一般人だったんですよ……。あいつに会って生活が一変しちゃったけど……。

 そんなすぐには変われないですよ」

「――変われるさ。それくらいあれば」

 そう言いながら一つ目のレバーを下ろした。


 どこかドアとは違うところでゴトンと音がして、扉が横にスライドしていく。

「田舎娘が貴族の養女になって社交界で自然に振舞えるぐらい、百姓の息子が英雄になれるぐらいに」

 扉の向こうにまたもう一つの扉があった。2本目のレバーを引く。

 2枚目のドアは今度は上に上がっていく。下から鉄格子が見えてきた。


「鳥も絞められなかったガキが、人を平気で殺せるようになれるぐらい――」

 青い瞳に光が反射して、冷たい色を浮かび上がらせた。 


「――それだけ3カ月なんて十分な月日だ」

 

 3本目のレバーに手をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る