第154話☆ 悲劇の真実とダンジョン前日


「奴隷たちは閉ざされた世界で、互いに殺し合ったんだ」

 レストランの外から、花火の音や人々の歓声・楽し気な声が聞こえてくる中、奴が重い真実を話した。


「全員が草食系獣人だったら、そんなことは起きなかったかもしれん。

 だが、実際に投入されたのは、一般のヒュームや亜人だ。

 生まれながらの奴隷だったら、肉の味なんか知らなかったかもしれないが、この間まで普通の生活をしていて借金で堕ちてきた者や、中には肉食系獣人までいたんだ。

 そんな奴らが食べられる植物はあっても、肉が一切ない世界に放り込まれたらどうなると思う?」


 それは事故だったのか殺されたのか、とにかく段々と膨れ上がった不満でギスギスした雰囲気になっていくなか、1人が争いの最中に死んだ。

 その肉は本来、ダンジョンの地に栄養として吸収されていくはずだった。

 が、それを誰かが喰った。

 とうとうタガが外れてしまったのだ。

 何しろここは警吏も法律も、自分達を縛る主人もいないのだ。

 元々食べ物以外の事でも何か諍いがあったようだが、とにかくこれが悲劇のきっかけとなった。


「そうか、それで皆いなくなったのか」

 不謹慎だが、なんだかマザーグースの『キルケニーの猫』を思い出した。

 お互いを喰い合って最後に尻尾しか残さなかった猫2匹。

 今回はその尻尾さえも消えていたようだが。


「いや、いなくなってはいなかったぞ」

 その言葉に、酔いながらもメモを取っていたチコが、思わず手を止めた。


「奴らはグールとレイスになったんだ。こんな目に遭わせた領主たちを恨みながらな。

 肉を喰い合った者はグール、殺されて食べられた者はレイスになってな。

 生物ではなくなったが、魔物としてのエナジーと、残った植物たちの発する生命エネルギーでダンジョンは辛うじて生きてたわけだ。

 再び獲物が入って来るのをじりじりと待ちながら」


 もうそんな話を聞くと、もう気軽にダンジョンなんか入れない……。


 それに考えてみたらちょっと違和感があった。

 あの封鎖後初めて入った奴隷たちが、夢見るような顔で出て来たという点。

 宝石とかを見つけて嬉しいさまのように単純に語られているが、実際はこれも違うらしい。


 彼らはレイスに憑りつかれていたのだ。

 レイス―――俺が会いたくない魔物のワースト5に入る奴だ。

 グールだのゾンビだの、とにかくアンデッド系は厄介そうだし、何より怨念絡みっぽいのが怖い。


 真っ先に乗っ取った奴隷の記憶から、とうとう復讐の時が来たことを知った幽鬼どもは、ダンジョン内では全く何の価値もなかった宝石を、その傀儡に持たせて領主たちをおびき寄せる罠をはった。

 自分達を縛っているこの怨嗟の呪いを解き放つ、喜びに笑みを浮かべながら。


 そうして領主と家来たち。

 何人かはなんとか生き残って見つかったようだが、本当は髪の毛が抜けるとかそんな生易しい状態じゃなかったようだ。


「詳しく聞きたいか?」

 俺は速攻で首を横に振った。

 向かいの店長も握ったジョッキをジッと見つめたままだし、チコもメモを取る事を忘れている。


「いやいや、こいつはトンデモねぇネタだ……」

 夢から醒めたように、ブルッと店長が顔を震わせた。ついでに酔いも冷めてしまっただろう。

「当時の全容を知っている者も少なかったが、貴族の、強いては王族の恥にも繋がりかねなかったからな。

 大勢のアンデッドハンターや聖職者を投入して、ダンジョンを浄化、一掃して証拠隠滅しちまったってわけだ」


 だから黒歴史は語り継がれることもなく、闇から闇へ消えていき、もう知る者はいないのだろう。

 この人外以外には。


「あらためて掲載するにしても、ちょいとこのままストレートにはなぁ~……」

 ジョッキに手をかけながら、店長が唸った。

 良かった。ちょうど料理はもうほとんど食べ終わった後だった。

 デリカシーのないあいつが真っ先にこの話をしていたら、高そうな料理が台無しになっているところだった。


「適当に誤魔化せばいいだろ。教訓のポイントだけを外さなければ、多少装飾してもいい。

 どうせもう国はないんだから」

「そうは言っても政権が交代しただけで、別名になって国と土地は残ってやすからねぇ……」

 チコが長い顎を揉むように手をやる。

 さすがにまだ人が住んでいるような場所の、忌み話は披露しづらそうだ。


「しかしこのまま埋もれさすにゃあ、勿体ないネタだ……。

 うん、よしっ! 作家にまわして上手く料理しちまおう。

 きな臭い事件もロマンスを加えちまう物書きがいるんだ。そいつにやんわり綿に包んで、一般向けの読み物にしてもらおう。

 決まりだっ」


 パンッと店長は分厚い手を打った。

 どうやら子飼いの物書きを何人か抱えているらしい。

 彼らは自作の脚本や物語では食っていけないために、こうして情報屋が掴んできたネタを、大衆向けに文章におこす仕事でその口を養なっているのだという。

 どこの世界も作家業は厳しいものだ。


 のちにこの話は、予定より長い物語になり、出来も良かったため、何回かに分けて連載物として掲載した。

 すると、予想以上の売れ行きがあり、この物語を読むためだけにタブロイド紙を買う客が増えてきた。

 それどころか、この悲劇が人々の噂に上り、あれよあれよと国外にまでこの物語があらためて広まっていった。

 

 そのため、物語が完結すると、あらためて1冊にまとめた、庶民が買えるくらいの小冊子版――新書版くらいの簡易本――を発売すると、これが爆発的に売れた。

 それに輪をかけて、この物語をぜひ劇にしたいと、物語の版権を持つこの『フォックス・カンパニー』に公演権を申し出てきたのは、『王国フェリチタスFelicitas劇団』という国内で1,2を争う大劇団だった。

 悲劇のレイス・ヒロインにはなんと、あの『セイレーンの歌姫』のべランジュール嬢を起用する予定だという。


 果たして劇も大成功を納めた。

 舞台装置の見事さ、ベラ嬢の類まれなる歌声、豪華俳優陣達をこれでもかと使ったせいもあるだろうが、あの話をここまでロマンチックに作り直した作家の手腕も大きかった。

 おかげで『フォックス・カンパニー』も会社を大きくさせていったが、この物語を書いた作家も、その名を国外にまで知られるようになった。

 かのシェイクスピアのように。

 彼は成功のきっかけを作ってくれた恩を忘れず、有名になった晩年もずっとこのタブロイド紙に連載物語を執筆していたという。


 俺がこの物語がとても流行っているのを知ったのは、ポルクルがベラ嬢が今度新しい劇に出ると、少し興奮気味に話をしてきたからだった。

 ポルクルから借りて原作本を読んでみたが、確かに教訓は残しつつ、見事な群像劇になっていた。


 勧善懲悪で貴族と領主は悪者のままだが、奴隷として堕ちてきた彼らのそれぞれの過去や悲哀が表現され、グールやレイスになった後の苦悩と怒り、そうして救出に来た領主の息子に、憎しみと恋を募らせ苦悩するレイスの娘。


 あんな恐ろしい話がロマンス溢れる物語に変わっていて、いささか驚いたが、ただこれでこの夜の接待費を少しでも返せたかと思うと少し安心した。

 何しろ会計の際に、給仕にそっと渡された紙を見て、店長の目玉が1㎝ほど飛び出ていたからだ。


 奴はそんなこと知ってか気にせずか、店長のそんな姿に振り返りもせずにさっさと店を出てしまった。

 俺はコッソリとチコに金を渡そうとしたが、奴にテレパシーで止められた。

『(アイツらにだってちっぽけなプライドぐらいあるんだぞ。そんなことしたら顔に泥を塗るようなもんだ)』

 そんなもんかなぁ……。後に一時の同情で動かなくて良かったとは思ったが。


 次の日も昼下がりまで『パレプセト』で転移の練習をした。

 

 前はダンジョン内のみの転移を練習していたが、今度はダンジョンから外に、外からダンジョンにの移動をやった。

 俺の転移範囲内で跳べるように、内壁ギリギリの場所でする事にした。

 なんとか転移できる範囲にある樹々の辺りに、人がいないことを探知で確認してから跳んでみる。


 足場がまたグラつき気味だったがなんとか出来た。

 樹の陰から入口の方をうかがうと、またぼちぼちとやって来た入場者が番小屋で受付をしている。

「よし、今度は戻るぞ。さっきと同じ位置にだ。いま入ったから位置はわかるだろ?」

「そりゃわかるけど―――待てよ」

 俺は違和感に気が付いた。


 そう、ダンジョン内は亜空間であり、空間は歪んだり波打っていたりする。

 それは例えるなら水の中のようなものだ。だから水中で見ているよりも、外から水面を見ると屈折率の差で、更に歪んでいるように見えるのだ。


「分かるか? こちらから見ると座標が掴みづらいだろ」

「ああ、なんか二日酔いみたいだ」

 なんだか揺れながら斜めにモノを見ているような不安定さだったが、なんとかさっきの場所に戻ることが出来た。


 そんな事をしばらく練習してからまたダリオの売店、赤鬼の家で昼メシをとった。

「今日はタロイモの良いのが採れたんで、フライドポテトにしてみました」

 ダリオの勧めで、イチョウ切りにカットし、揚げて塩をまぶしただけのポテトを頂く。

 揚げ具合といい、塩加減といいダリオは揚げ物が上手いらしい。

 この前のフラッターと同じく、この揚げたての匂いで近くを通る客たちはもとより、蔓山猫も鼻をヒクつかせてやってきた。


 おかげで俺の練習がそっちのけになったのは言うまでもない。

 なので『練習にならん』と奴に言われ、午後は早々にバレンティアに戻ってきた。



「くそぉ、また2等だ」

 俺は目の前に飛ばしてきた籤を掴みながら、つい文句を言った。

 これで3本めだ。

 昨日より慣れてきたとはいえ、まだまだこの人混みの中、探知はしづらい。

 午後はこのバレンティアの街中で、紙吹雪クジを探知する練習をする事になった。

 1等は未だに見つからない。


 例の2等の景品は『ソルトワーム』の蒸し焼きだ。

 俺はウンザリなのだが、奴に言わせると塩気がほどよくあって酒のつまみにちょうど良いらしい。

 せめて1等の『グリーンボア』なら、山猫の好物なのに。

 とにかく探知の練習をかねて1等を探していた。


 ふと遠くの群衆の上に、跳ねる大きな風船のようなものが見えた。

「あれ、エンリコじゃないのか?」

 果たして目を凝らしてみると、バルーンのような体から細い足が伸びた男が、民衆の頭上でクルクルと縦に大きく弧を描いている。

 そして持っているパイプを吸って吐いた煙が、空中で固まると何やら人の形になった。

 それはスカートをはいた女性のような姿になると、空中でエンリコと手を取ってダンスを始めた。


「大丈夫なのか? またガスが抜けなくなったりしたら」

 どう見ても体に命綱のような紐類は見つからない。あれではまたガスが調節できなくなれば、降りれなくなるじゃないのか。


「足をよく見てみろ」

 そう言われて見てもロープどころか、糸一本ついてない。

「足首に金属の輪がついてるだろ」

 確かに右足首に、赤く色塗られた金属の輪が付いている。この間は着けていなかったな。

「あれが何かの魔道具なのか?」


 この位置からだと解析は出来ないし、探知の触手も人の思念が多過ぎてなんだかやりづらい。

 これだけ人が多いと、思念が沢山の泡ぶくのように飛び交い、触手の邪魔をするのだ。

 テーマパークにある、風船プールのような中で、もがいているような感じに近いかもしれない。 

 

「あれはタダの鉄の輪だ。分からないか? まわりの奴の仲間を観察してみろ」

 そうは言ってもこの位置からだと、群衆で他の芸人の姿は半分以上見えない。俺は人をかき分けて最前列に行った。


 空中で風船男エンリコが舞っているその下で、3人の男女がそれぞれパフォーマンスを繰り広げていた。

 1人は上半身裸の太った大男で、アゲハ蝶のような虫を手に掲げてみんなに見せていた。

 そうして大きな口を開けると、その蝶々を一気に飲み込んだ。

 すると男のビール腹のように突き出た腹が光りだし、その腹の内部が透かされて影絵のように蝶々が中で羽ばたいているのが見えた。

 男はニンマリ笑うと、手に持っていた虫駕籠から次々と蝶々を出しては飲み込んでいく。

 男の腹は、沢山の蝶々が舞う走馬灯のようになった。


 その隣では、別の中肉中背の中年男が、沢山の小さな金属のブロックを操って、ドラゴンや騎士の姿を形成して活劇を繰り広げていた。

 それは鳥の群れのように、次々と形を変えたり色を変化させる。

 おそらくブロックのそれぞれの面に、違う色が塗られているのだろう。


 その2人の男たちの前を、頭に大きな花を咲かせた小柄な女が、それぞれの男たちに合いの手を入れるように両手を広げた。

 そうして彼女が手を広げるたびに、何故か頭の巨大な花も閉じたり開いたりする。

 まさか本当に頭から生えてる訳じゃないだろうな。


「どうだ、わかったか?」

 隣にいないのに、奴の声だけが耳元でする。

 悔しいが分からない……。

「あの男の芸を見てみろ。あれは土魔法だろ」

 金属ブロックを操っている大男を見ろと言われた。

「万が一、あの風船男が操作不能に陥っても、足首につけた鉄輪で引っ張ることが出来るだろうが」

 ああ、そうか。そんな単純な事だったのか。妙に考えすぎていた。


 一通りパフォーマンスが済むと花女がお辞儀をしながら、その頭より3倍は大きい花を、拍手をする観衆の方に広げてみせた。

 観衆の何人かが、その花の中に銅貨を投げ入れていく。あれが投げ銭入れなのか。

 俺もその花に奮発して大銀貨を投げ入れた。

 大きな花はコインを飲み込むと、嬉しそうに花弁を揺らした。



 キツイ探知のしっぱなしで少し疲れたので、少し小休止することにした。

 川沿いの柵にもたれ掛かりながら、川面に舞い落ちる紙吹雪をぼんやり眺めてみる。

 楽師たちを乗せた大きな船が、近くの橋の下を通っていく。

 その音色に合わせて船のまわりに散って来る、色とりどりの紙が波打つように広がり、また打ち寄せる。

 まるでリズムを表現しているように。

 あれも音魔法なのだろうか。


 そんなことを考えながら川面を見ていたら、奴が俺の背中を軽く叩いた。

 振り返るとそのまま川沿いの、この通りに並ぶ店の1つを指さした。

 店前にテーブルを並べたカフェや、小洒落た古着屋、居酒屋などが並ぶ店の中に靴屋があった。


「あれ、あの2人――」

 人込みのすき間から青いバンダナとブルネットのソバージュヘアが見えた。

 ヨエルとエイダだ。

 エイダが店先で2足の靴を交互に履いて、思惑顔に腰に手を当てていた。

 それを壁に寄りかかりながら、腕を組んだヨエルが眺めている。

 これから同伴出勤するのかなと思ったが、そういえば彼女は今、休み中だった。

 これは単純に屋外デートなのか。


「もうどっちでもいいだろ? そんなに迷うぐらいなら両方買ってやるよ。

 そんなにするもんじゃなし」

 いい加減、女の買い物に付き合わされてるのに飽きたのか、ヨエルの少しくたびれたような声が聞こえた。

 もちろんまわりの雑踏は小さくないが、俺が自然と照準を合わせたから聞こえてしまったのだ。


「ダメよ、そんないい加減に決めちゃ。せっかくのプレゼントなんだから。

 それに今日は1つで良いの。

 また連れてきてもらった時に、次のを買って貰うんだから」

 そういう彼女は昨日と違って、ほんのりとした薄化粧だった。

「また連れて来なくちゃいけないのかよ~」

 わざとらしく肩をすくめたが、顔はそれほど嫌がっている風には見えなかった。


「ふうん、なんだか幸せそうだな。ちょっと羨ましい。

 昨日の話が嘘みたいだ」

 昨日の今日なのに、ヨエルは何も案じていないように思えた。

 2人の姿は何も知らなければ娼婦と客じゃなく、ただの恋人同士のように見えただろう。


「今のうちだ」

 そんな俺の定まらないぼやけた不安を、明瞭にするように奴が不穏な事を吐いた。


「不安に苛まれながら過ごすより、一時でも忘れて過ごした方がいいだろう。

 残り少ない時間なら尚更な」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 次回やっとダンジョン合宿でヨエルと潜ります。

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