第153話☆ 接待とダンジョン逸話


 あれからまた『パレプセト』に行って、しばらく練習してからバレンティアに戻ってきた。


『フォックス・カンパニー』に戻ると店長とチコが、今か今かと待ち構えていた。

 連れていかれたのは、昨日の居酒屋とは打って変わって、大きくて小洒落たレストランといった店だった。


 窓枠にはガラスがはまり、白く塗られた壁にはペイズリーのような蔦模様が描かれている。

 店長が給仕に何か言うと、2階に通された。そこには8畳ほどの部屋に、大理石のテーブルセットがある個室だった。


「ちょっと、チコさん、マズいですよ」

 俺は店長と奴が先に入っていくのを見ながら、チコの袖を引っ張った。

「アイツの飲みっぷりは昨日わかったでしょう? こんな高そうなとこで飲ませたら、それこそ一財産吹っ飛びますよ」

「へぇっ、おいらも忠告したんでやすが、店長がそんな場末の居酒屋なんぞに連れて行けるかって……」

 チコもポリポリと顎を掻く。

「……昨日で分かってると思いますが、奴も私も全然そんなの気にしてないですよ。

 どうしよう……。あいつに飲むのをほどほどにしろと言っても聞かないし……」

 テーブルに置いてあった、革張りのメニューを見てその心配が強くなった。


 それぞれの品目にどれも値段が書いてない。

 ここは銀座の寿司屋かっ。

 ヤバいぞ、これは。 

 

 もう一つのメニュー表にびっしりと酒、カクテル系のお品書きが書いてある。

 奴はというと、そんなメニューに目もくれず、目を少し動かしながら奥の方に顔を向けている。

 それを不思議そうに見守る店長さんとチコ。 

 すいません。ただいまサメが、血ならぬ酒の匂いを嗅ぎ分けてます。


「始めはどうでしょう、食前酒としてこのシャトーワインあたりから――」

 店長がやって来た給仕に頼もうとした。

「黒ラガー」

「えっ?」

「黒ラガーあるだろ、それでいい」


「わ、わかりました。おい、黒ビールを4つ、それとな――」

 店長の懐具合がわかってるのか、それとも黒ビールしか気に入った酒がなかったのか、とにかくその夜は奴はずっと黒ビールばかり飲んでいた。


 料理も確かに美味かった。魚のフライに酢漬けの野菜を絡めたものや、地鶏似のグリーンボアと赤大豆プチトマト似のチーズかけなど、見た目も色合いのキレイな料理が次々と出てきた。

 俺は会計の事が気になって、せっかくの料理を味わうのが半減してしまったが、奴は全然気にしないどころか、もっと歯ごたえのあるのがいいとか文句を言っていた。

 おかげで俺はますます身の縮む思いだった。

 

 だが、そんな俺の思いを払拭したのは、奴がある沈没した海賊船の話をした時に、証拠として古代ラティウム金貨とかいうコインを見せた時だ。

「こ、こいつは――」

 店長が思わず身震いしたおかげで、持っていたグラスを揺らし、ブランデーを服に引っかけた。

 慌てるチコと店長を制しながら、俺が水魔法で服からブランデーを取り除いている横で、奴がそのままコインを店長の前に弾いて寄こした。


「記念にやるよ」

「はっ?」

「話聞いたついでに取っとけよ。オレには興味ない代物だ。貰ってくれっていうから、受け取っておいたが、別にこんなモノ収集もしてないしな」

 そう言って黒ビールのジョッキをグイッと空けた。ジョッキも居酒屋の木製か鉄製ではなく、模様入りの銅製だ。


 その古代ラティウム金貨というのは、今はなき古代文明のもっとも栄華を誇った時代に作られた、貴族たち用の金貨で、大きさは小判くらいあり、真ん中には赤い宝石が埋め込まれていた。

 どうやら何代めかの王の生誕100年記念に作られた記念コインらしく、今現在の価値は如何ほどか、素人には見当もつかない代物だそうだ。


 奴の話によるとこれは、海賊船の亡霊から貰ったそうだ。

 せっかく宝を手にしたのに、デビルウェール悪魔のクジラに船を破壊され、船員もろとも海の模屑になってしまった。

 食われずに船と共に沈んだこのだけでも、陸に運んでほしいと頼まれたそうだ。

 その時、その亡霊船長が首からペンダントにして下げていた、その金貨を渡されたのだという。

 本人曰く、『一度は断ったが、受け取らないと納得しないから記念に受け取った』と言っていた。

 なんとも気まぐれ野郎なのだが、骨は彼の故郷の村が良く見える丘のいただきに、砕いて土に混ぜたそうだ。


「これは本物でっ?!」

 チコが目を丸くして金貨を眺めた。

「嘘だと思うなら、明日、ギルドで鑑定してもらえよ。ついでに147年前にW国の帝国銀行を襲った強盗の件もな。それはそこから盗まれた宝の一部だが、何も記念金貨は1枚だけじゃねえんだから、今更持ち主の証明は出来ないだろうよ」


「で、え? これを下さる??」

 店長が事態が飲み込めずに、金貨と奴を交互に見た。

「オレはもう要らん。次っ」

 ゴンッとテーブルに空のジョッキを置く。

 慌ててチコが、天井からぶら下がっている呼び鈴の紐を引いた。


「いや、いやいやいやっ! これは流石に受け取れませんぜっ」

 店長が大袈裟に両手を振った

「なんでだ? 確かに盗品だが、もう盗品かどうかなんてどうせ分からんぞ。なんなら浜辺に打ち上げられていたとか言っとけばいい」

「だって旦那、こんなの貴族方が家宝として持つか、それこそ博物館でしか見られないような代物ですぜ。

 それをこんな一介の小さな情報屋には手に余りまさあ」

 店長は本当におっかなびっくりといった様子で、恐る恐る金貨を返してきた。


「しょうがないなぁ。じゃあ蒼也、コレお前にやるよ」

「えっ、俺に?」

「換金アイテムにでも取っとけよ。一度出したものはもう要らん。お前も要らないなら、その辺の川に捨てる」

 なんだその投げやりな感じは。本当に興味ないんだな。

 仕方ない? ので、その鮮血のような煌めく鉱石の付いた金貨を俺が預かる事にした。


「う~~~ん、なんだ、他にあの海賊船を証明出来るのは――」

 せっかく店長とチコが胸を撫でおろしてるのに、また奴が余計なモノを出しそうになってきた。

「へっ、へぇ、その、ちなみに海賊船は何処に沈んでるんで? それがまだ他のお宝と沈んでるんでしたらこりゃあ超特ダネでさあ」

 チコが情報屋らしくネタの方に話を切り替えた。


「まだそのままのハズだ。海底谷の岩に引っかかってるから、海流にも流されないしな。

 バラクーダ海域の西38°線だ」

 それを聞いて2人が顔を見合わせた。

 それはあの王都の博物館の世界図で見た赤く塗られていた海域、いわゆる危険地帯だった。

「まあ、そのうち練習がてら潜ってみるか?」

 と、俺の方を見た。

「断るっ!!」

 奴のおかげでノーと言える日本人になった。


 その他にも色々な話を店長たちに聞かせていた。

 中でも思い出したように、あるダンジョンの昔話を語り出した。


 それは『ペサディリヤの悲劇』という名で世に知られている訓話だった。


「ああ、そんな名前でしたっけかね? ずい分昔、ガキの頃に教会で聞いたっきりだったから忘れちまってやしたが」

 チコが鼻の頭を掻きながら、メモ帳を繰った。

「おれも学校で一度聞いたぐらいだなあ。それもよぼよぼの爺さん先生が昔語りに話してくれたぐらいで、そういや、今時の奴らに知らない者も多いんじゃないのか?」

 所長もだいぶ酔ってきて、赤くなった鼻をもぞもぞさせた。


「そうだな。今ではなんとなくぐらいにしか覚えていない奴がほとんどだろう。

 他所の国のことだし、忘れたい惨劇でもあるからな。

 だが、教訓として今もこれは生きている」

 そう言って、俺に例の『ダンジョンの心得』を出してみろと言ってきた。

 その小冊子を渡すと、あるページを開いてきた。


『極端な内部の駆除、または殲滅をする際、大蠕動だいぜんどう、及び変動に注意すること。また一度に大量にエネルギー源を投入するのもまたしかり』と、

注意書きが書いてあった。

「ダンジョンに入る者、または管理する者への注意喚起をする元になってるんだよ」


「この『大蠕動』ってのはなんだ?」

 なにか聞いた事がある単語だが、よく覚えてないな。

「『ダンジョン蠕動』とも言ってな、ワームとかが筋肉を収縮させて体を移動させたり、消化器官の内部を動かして、食物を奥に動かそうとするのが一般的な生物の蠕動だが、ダンジョンにも似た動きがあるんだ。

 以前にダンジョンの地図が何枚もあるのは、時々変わるからだと言ったろ? 

 ダンジョンは一種の生物のようなものだから、獲物を奥に送り込んだり、内部を変化させようとした時に動くんだ。それがダンジョン蠕動だ」

『大蠕動』というのは基準以上の大きな蠕動だ。

 基準が分からないが、中にいたらそれは*ビックリハウス並みなのではないだろうか?

(*ビックリハウスは遊園地のアトラクションの一種。

 内壁が回転して、内部の客はあたかも家が回転しているような錯覚をする)


 話の腰を折ってしまったが、今は無き『ペリグロソ』という国のペサディリヤ地方にあったダンジョンで起こった事件をあらためて聞いた。

 そこは人間用というよりも、魔物や獣たちを対象にしたフィールド型ダンジョンだった。

 なので自然と出来た魔石などが見つかる事はあるが、基本、人間たちの目指すお宝はなかった。


 それでも珍しい果実を実らす植物や、たまに希少価値のある魔物などが生息していたため、一部のハンターや猟師たちが出入りしていた。


 が、ある時、そこの領主である地方貴族―――王族の遠い親戚筋にあたる―――が、それをもっと有効活用したいと考えた。

 この時代すでにダンジョンは魔物が棲むただの洞窟ではなく、生息する生物の生命エネルギーを糧にした一種の魔物のようなものという理論はあった。

 そこに出来る宝が獲物を呼び込むための餌だという事も。

 ただ魔物のように流動的に動く存在というよりも、魔場とした亜空間的認識が強かった。


 このままダンジョンを遊ばせておくのは勿体ない。一部の者が狩りして得られる魔物や魔石くらいでは、このダンジョンの管理に要する諸々の費用を考えると、ほとんど利益が得られていなかった。

 もっと人間用の宝が出現するようしたい。


 辺境貴族とはいえ、家系に王族の血が入っている家柄に相応しい、優美で豪華な暮らしを維持できなければ、王都どころか都市部の社交界に顔を出すことも憚られる。

 実際、その当時の貴族の内情は、ちょっとした大きな町の豪商より劣っていた。資産を豊かにしていくどころか、どんどん喰い尽くしていく没落貴族だったのだ。


「で、ダンジョンを改造しようとした。動物用から人間用にな」

「そんな話でしたっけ。そんな細かいとこ忘れてやしたよ」

 チコが目をくりくりさせた。

「そうだなぁー、おれもただ、ダンジョンを勝手にいじったってなぁ話しか覚えてなかったぞ。

 こいつは面白れぇやっ」

 上機嫌で店長もジョッキをあおった。


「だけどそんな簡単に出来るもんなのか?」

 神様どころかただの人間なのだろう? それともそういう魔法でもあるのか。

「だから中の獲物を入れ替えたんだ。中にいた魔物や動物を全部殺してな」

 奴の底光りする銀の月が、俺の方をジロリと見た。


「そうそう、そんでもって代わりに人間の奴隷を放り込んだんでやしょ。

 その数が約1,200人! いや、1,300だったかな?」

 チコも酔った頭を擦って答えた。

「1,512人だ。

 そうして最後の1人を奥に追いやったあと、入り口を封鎖したんだ。

 3年間、そのダンジョンに住んだら、奴隷から解放して自由民にする約束をしてな」

 1年では改造に短い気がする。5年では長すぎるし、そんなに待てない。

 だから3年という期間で試されることになった。


 なぜ奴隷だったのか。

 道徳的にせめて極悪人とかにすればいいのにと、俺は思った。

 だが、そうすると抜け出す者が出てくる可能性があるからだと奴が言った。

 罪人の中には能力者も少なからずいる。個々の管理と魔法耐性のある監獄ならまだしも、こんなとこでは管理しきれない。

 そんな奴らが万一、外に野放しにでもなったら大変だ。

 だから力の少ない一般的な奴隷が選ばれのだ。


 もちろんダンジョン蠕動ぜんどうは起こった。

 内部の生き物たちを惨殺した時に3度、その後奴隷たちを送り込んだあとも数回それは起こっていた。

 その地鳴りは森を挟んで、隣の村まで響き聞こえてきたという。


 はれて3年たったある日、再びダンジョンの入口が開かれ、新しい外の空気が入れられた。

 中には念のため、やはり奴隷が数人、最初に様子を見るために入れられた。

 待つことおよそ1日。

 泥まみれで出てきた奴隷たちは、入った時とは打って変わって、どこか夢見るような楽し気な顔をして、そうして手に手に握ってきた物を、入口前で待っていた兵士たちに見せた。


 それは雫型をした見事なクリムゾン・ルビーやガーネット。

 原石のままではなく、明らかに加工・カットした造りをしていた。これが偶然出来た代物でないことは疑いようがなかった。

 ダンジョンは人間用に生まれ変わったのである。


「凄いな。そんな風にダンジョンを改造出来るなんて」

 俺は深い考えなしに感心した。

「フン、人間ふぜいが思い上がりも甚だしいんだよ」

 カンッと音を立てて、奴がジョッキを置いた。

「へぇ、旦那の言う通り、人がやってはいけない事だったんでやすよ。

 地の神様の怒りに触れたんでさ」

 チコが鼻をすすった。


 見事な変貌を遂げたダンジョンを見に、お供を連れた貴族がやってきた。

 まずは領主がその晴れやかな第一歩として、その地に足を踏み入れるのが似つかわしい。

(先に斥候として入れた奴隷の件は無かったことにして)


 先にダンジョンに入っていった、あの福顔の奴隷たちを連れて、500人の家来と共に、皆の見守る中、悠々と入っていった。

 もしかするとトラップがあるかもしれないので、先を奴隷たちに歩かせはしたが、まず魔物の心配をしなくて済むので、それも油断に繋がった。


「動いちまったんだよなぁ」

「また蠕動が?」

「うんや、蠕動どころか、移動しちまったのさ」

 店長が凶眼鳥 のまさしく目玉焼きをフォークで突っついた。中からトロっと深紅のとろみが漏れだした。


 そう、領主が家来共々、ダンジョン奥深くに入り込んだあと、急にダンジョンが動いたのだ。

 それはあたかも砂の中に潜んでいたアンコウが、口の中に迷い込んできた小魚を逃がすまいと、口を閉じるように、洞窟の入口が陥没した。

 そしてそれはまさしく土中に潜るがごとく、地中深くそのままダンジョン自体が移動してしまったのだ。


「3年間も新たな餌が入って来なかったんだ。空きっ腹にいきなり食べ物入れたら、反射的に全部取り込もうとするのは当たり前だろ。

 久しぶりの獲物が逃げられないように、一旦潜っちまったんだよ」

 ヴァリアスが見てきたように言う。いや、本当に生で見てたんだろう。


 思い出したと、店長が話を継いだ。 

「結局、その移動先を探し出して、領主を救出できたのは7日後ぐらいだったんだよなぁ。

 領主を助けた時にはなんとか生きてたけど、よっぽど怖い目にあったのか、とてもふさふさして豊かだった髪の毛が、ほとんど残ってなかったんだとさ。

 お供の家来たちもほぼいなくてね。

 生きて見つかった者も、2度とまともに話せなくなっていたっつう話だった」

「うへぇっ、おいらはなんとか髪の毛だけは死守したいでやすよぉ~」

 そうチコが、薄くなり始めたおでこを右手で押さえた。


「そういや、始めに改造のために入った、奴隷の人達はどうなったんだろ。

 1,500人もいたんだろ?」

 俺も訊いてみた。


「3年も経ったんだから、みんな結局死んじまったんじゃないんすか? やっぱり並みの人間がダンジョンに3年間もいるのは長すぎやすよ」

 チコも店長も深く考えずに、そのまま頷いた。


 俺も単純にそう思った。

 どうやら彼らの事は、ほぼ言い伝えられなかったようだ。

 ここまでが一般に知られているこの悲劇の概要だ。

 だが、ヴァリアスはその忘れ去られた歴史の闇を知っていた。


「ここからが、あえて裏の話だ」

 部屋の発光石が一瞬明滅したように見えた。


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