第211話☆ 突破口


 今回も長くなってしまいました( ̄▽ ̄;)

 お時間のある時にどうぞご覧ください。

 


   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺たちが跳んだ先はダンジョンの4層ではなく、暗い岩山の狭間だった。

 その奥の岩場には入り口の扉と、その両脇に立つ兵士が2人、篝火かがりびの灯りに浮かび上がっている。

 ヴァリアスの隠蔽のおかげで気付かれてはいない。


「なんだ、外じゃないか。なんでさっさと4層まで行かないんだ?」

「ここから先はお前の力で行け」

 当たり前のように奴が言った。


「なんだとっ?! 勝手に連れ出したのはあんただろ。だったらあそこまで戻せよ」

「そうしても良いが、それなら薬は没収するぞ。あの時と同じ状況に戻すからな」

 悪魔がサラッと酷い事を言う。


「このぉっ 薄情者がっ!」

 本当にこいつは神様の使いなのか。毎度毎度怪しく思えて来る。

「言っとくが、お前の行動はこれから奴らの運命を変える。

 そのお前をオレが手助けするということは、間接的に奴らも助けることになるんだ。

 それくらい分かれよっ」

 ピンッと額を弾かれた。


「イテェなっ! クソッ ったく、そんなルールはクソくらえだっ!」

 つい憤慨したが、奴がいなければ俺はすぐに戻って来れなかったし、そもそもダンジョンから出ることも出来なかったはずだ。

 そうなればポーションを用意することも不可能だったろう。


「…………苛立っててもしょうがないな。

 わかった。あんたはいつも通り、ギリギリでしかサポートはしないっていう事だな」

「わかればいい。もちろんお前だけはで助けてやるよ」

 白い悪魔が二ッと牙を見せる。


「じゃあ出来る限りのギリまで力を借りたい」

 俺は前髪を掻き上げながら顔を上げた。

護符アミュレットは持っているが、それだけじゃ心許ない。

 あんたの持っているモノには、それなりにあんたのエナジーが宿っているんだよな?」

「まあな。なんだ、オレの剣でも使いたいのか。

 貸してやってもいいが、お前にはまだまだコレの扱いは無理だぞ」


 奴が腰からスルッと黒い剣を抜く。

 黒光りする刃上に、ルーン文字に似た波紋が揺らめく。

 切ったが最後、その傷は二度と再生しなくなる、ヒュドラの毒のような不治の剣。

 まったく神の使いの持つ得物じゃねえな。


「いや、そんなおっかないのはいい。

 ――そうだな、あんたの身分証――プレートでいいや。それにもあんたの力くらい宿ってるんだろ。

 せめて亡霊レイス除けに貸してくれないか?」

「プレート? う~ん、亡霊も出来ればお前自身の力で祓うのが良いんだが……」


 ちょっとの間、考えていたが、

「まっいいか。昨日は初日のわりに頑張って対抗出来るようになったしな。

 今日は別の方に専念だ」

 そう言ってポケットから傭兵プレートを出してきた。


 以前はわからなかったが、確かに奴のプレートから、一種独特のオーラが発せられているのを感じる。俺の感知力も上がったみたいだ。

 とにかくこれだけでも武器になりそうだ。


「サンキュ、出来れば2つとも預かりたいんだが」

「ん、1つで十分だろ?」

「アイテムは多い方が落ち着くんだよ。それに俺が持っていても別に平気だろ」

「まあそうだが……」

 何か腑に落ちないと言った感じながら、奴はもう1つのプレート、ハンターギルドSSのプレートも渡してくれた。

 

 よしよし、別に騙すつもりじゃないが、こっちが重要なんだよ。

 もう限度いっぱい、あんたの力を貸してもらうぜ。

 なんたって非常事態なんだから。


「おっと、まだ隠蔽を解くのは待ってくれ。ちょっと試したいことがあるんだ」

 そう言ってから俺は、その場で思いついたある実験をしてみた。

「ふぅん」

 奴がそれを見ながら、面白そうに片眉を上げた。


 初めてやってみたが、望ましい結果を見出す事が出来た。

 ぶっつけ本番になるが、どうか上手くいって欲しい。


「で、どうやって入るんだ?」

 奴が両手をポケットに突っ込んだまま、体を軽く揺すりながら訊いてきた。

「転移で入るのか? わかると思うが、昨日と違って今は相当頑張らないと入れないぞ。

 中の魔導士たちが、外に脅威が漏れないようにシールドを張っているからな」


 それは俺にも視える。

 篝火の明かりよりも大きく濃いが、ダンジョンの扉どころかその入り口のある岩肌全体を覆っていた。

 俺の力じゃ扉一枚向こうに跳べるかどうか。


「わかってるさ、だから正面突破でいってやる」

 俺はそのまま真正面から扉のほうに歩き出した。

「じゃあ隠蔽を解くぞ」

 言い終わるなり、俺の足音が闇夜に漏れた。


「誰だっ!」

「何しに来たっ、ここは今、立ち入り禁止だぞ」

 闇の中から現れた俺に、2人の兵が身構えてきた。


「ハンターギルドの者です。ここに私の仲間が取り残されているので救出に来ました」

 俺は敵意のないことを見せる為に、両手を横につけたまま立ち止まった。

 

 地球ならこういう場合、両手を上げるべきなのだろうが、魔法使いは魔法が武器だ。

 俺みたいに無詠唱でロッドなどの道具を使わない者もいるが、発動条件やコントロールの為に手を使う者は少なからずいる。

 手をいきなり向けることは、銃口を向けるのと同じ意味合いにもなるのだ。

 だから相手に許しを貰うまで、手は動かさない方が良い場合がある。


「ハンターギルド? そんな連絡は受けてないぞ」

「ええ、これは私個人の行動です。

 でも決して迷惑はかけませんから、どうか入れて下さい。お願いします」

 言いながら頭を下げた。


「それじゃ尚更ムリに決まってるだろ。誰が個人のためにいちいち封鎖を解くと思う」

「開けた隙に中から何が出て来るとも限らん。入れられるわけがないだろうが」

 2人はあからさまに呆れたという顔をして、下に向けた手を振った。


 まあそうだろうなあ。

 いちいち個人の要望を聞いていたら、収拾がつかなくなる。

 俺だって逆の立場だったら、まず断るだろう。

 それに上司にこんなことで逐一伺いを立てに行ってたら、それこそどやされそうだし。

 だが俺だって、ハイそうですかとは引き下がれないのだ。


「無理は承知です。

 ただ、ギルドに確認してもらえばわかると思います。

 いいですか、今から身分証を見せますから」


 俺がゆっくりと片手を上げるのを、兵士達は瞬きせずに注視してきた。

 オーラが硬くなっていくので、警戒しているのがありありとわかる。

 徐々に掌を上に開いた。


 そこで取り出したのは、俺のDランクの銀プレートではなく、プリズムのような光を放つミスリル銀で出来たSSランクのプレートだった。


「ナニっ!? お前が?!」

「ほ、本物なのかっ?」

「てめぇっ!! 何してやがんだよっ!」

 思った通り、俺のすぐ後ろからヴァリアスの奴が怒って姿を現した。

 いきなり闇の中から現れた魔神に、兵士がまたもや驚愕する。


「蒼也っ! お前、さっきはレイスに使うとかかしてたくせに、騙しやがったなっ!」

 俺が返事するヒマもなく、アイアンクローがこめかみに食い込む。


「イテテテッ! だからアイテムとして使ってるじゃないかっ! なんでも使える物は使わないと――

 バカっ、早く離せよぉ。みっともないだろっ」

 2人の兵士は目の前で繰り広げられるこの茶番を、目を白黒させて見ていたが、すぐに気を立て直した。


「……貴殿は本当にこの、プレートの持ち主なのか……?」

 俺が地面に落したプレートを、恐る恐る拾い上げながら、兵士が上目遣いに奴を見る。


「面倒くせえが、その通りだ」

 サッと兵士の手に向かって奴が右手をひと振りすると、プレートが更に7色に光った。持ち主の証明だ。

「これは、失礼しました!」

 今度は2人が頭を下げた。SSの威光恐るべし。


「じゃあお願いしますよ。ここを通してください」

 するとプレートを持った方の兵士が

「では指揮官に指示を仰いでまいります。しばしお待ちを」と、プレートを持ったまま隣の門番小屋に入って行った。

 どうやらその中にダンジョンに入れる裏口があるようだ。


「……すると貴方様も、その、SSの方で?」

 待っている間、もう1人の残った兵士が俺におずおずと尋ねてきた。

「……いえ、私は全然……その、Sにも引っ掛かってないです」

 奴のあとで俺のプレートなんか出しづらい。


「コイツはある意味スペシャル―S―だ」 

 しかめっ面しながら、奴が余計な事を言う。

 さっきの仕返しかよ。

 おかげで更に身分証を見せづらくなった。


 だが、ただの銀プレートを見せる前に、目の前の扉が動き出した。

 細い扇形の光が地面に伸びてきて、人1人が通れるまでに開くと、先程の兵士が顔を出した。

「どうぞ、中にお入りください」

 俺たちはやっと中に入る事が出来た。


 ホールには外の男達と同じ出で立ちをした兵士が10人近くいた。

 その中には兵士だけではなく、大きなフードに白や紺色の長いガウンを纏った人達も数人いる。おそらくこの人達が魔導士や占術師なのだろう。

 

 すぐに一番偉そうな兵士がツカツカとやって来ると、これまた深々と頭を下げてきた。

「これはこれは、ヴァリアス様。

 貴台のような英雄に生きているうちに会えるとは、まさに望外の喜びでございます」

 そうしてうやうやしく両手でプレートを差し出してきた。


「世辞はいらん。さっさとコイツのいう通りにしてやれ」

 奴が面倒くさそうにプレートを受け取ると、肩を揺する。

 ああ、なんかこのゴロツキ感が恥ずかしい。

 一番神様に近いはずなのに、この場の誰よりも天から遠い存在に思える。


「すいません、無理を言って。とにかくさっきも伝えたように、仲間が取り残されているので早く助けに行きたいんです。

 もう入ってもいいですよね」

 このゴロツキを早くこの場から連れ出したいので、俺はより気が急いた。


「もちろんです。

 こちらの僧正そうじょう様も、貴台に協力するよう申されてます」

 彼の後ろにいた、一段と金糸模様がゴージャスな帯を首から垂らした僧侶が、俺と目が合うと一礼した。


「天より啓示がありました。

『遠き地から来た者に全てを委ねよ。さすれば道が開かれん』とお教え下さいました。

 おそらく異邦人の貴方のことを指しているのでしょう」

 女なのか男なのかわからない声で、厳かに僧正が言った。


「ふん、ていセリフだな。

 そりゃあ、神じゃねえ。

 そいつは天使というか、ここの番人キーパーだ。

 ったくあのヤローも上手いこと仕組みやがって――」

「えっ?」

 僧正様が細い目を丸くした。


「ヴァリアス、もう行くぞ」

 これ以上、奴に喋らせると余計ややこしくなりそうだ。

 俺は奴の腕を引っ張って、管理室のほうに行った。


「扉の操作なら我々が行いますが」

 指揮官が声をかけてくる。

「いえ、こっちからダンジョンに入ります」

 俺は管理室の奥を指さした。


 そこには重そうな鎖と、魔法式が書き込まれた錠前のついたドアがあった。

 あの罠で一杯になった転移室への入り口だ。


「あ、そこは、罠があって危険です。しかも我々が仕掛けたわけではないので――」

「知ってます。伯爵の兵達がやったんでしょう?

 でもここをどうしても使いたいんです」

 そうだ、ここが元々使えていれば、あの時脱出できたものを――


「中のトラップは私がなんとかします。

 だけど念のため、皆さんは外に出ていてください。毒ガスが洩れるかもしれないので」

「オレは手伝わないぞ」

 奴が後ろでニヤニヤする。


「そんなことわかってるよっ! さあ、皆さん避難して」

 ヴァリアスにムッとしながら、みんなに外に出るよう促した。


 とはいえ、まずこれをどう外したものか。

 そのドアノブに巻き付いている太い鎖に触れてみた。

 冷たく重い鉄の塊りは、断固に解錠を拒んでいるように思えた。

 

 俺の力じゃまず道具を使っても、こんな鎖は断ち切れない。

 それに『土』魔法のうちの金属操作は苦手だった。パネラがいてくれたら何とかなったかもしれないが。

 

 すると横から指揮官の男がスッと手を伸ばしてきた。

 そうして鎖の束を掴むやいなや、パキンッと金属の割れる音と共に、太い輪っかが粉々に砕け散った。

「こんな手伝いしか出来ませんが」

 いえ、十分です。

 

 振り返ると、紺色のローブの魔導士たちが、外からこの管理室をシールドで硬く覆っていた。

 これでちょっとやそっと、ナニかが飛び出してきても管理室内に留められそうだ。


「これは絶対に約束して欲しいのですが、脱出してきた者たちは必ず保護してくださいね。決してそのまま監禁しないように」

「かしこまりました。仰せの通りに」

 魔導士たちの後ろで僧正様がはっきりと返事した。


「有難うございます。では開けますので、今度こそ下がっててください」

 すると残っていた兵士がちょっと躊躇うような様子をしてから

「もし……中で、警吏の男たちに会うことがあったら、伝えてくれませんか。

『約束を違えた覚悟は出来ている』と」

 真っ直ぐ目を見ながら言ってきた。


「わかりました。もし会ったら必ず伝えますよ」

 あの犬のお巡りユーリさんとクマさんギュンターが潜っている事情も、ヴァリアスの情報で知っている。

 この兵士も騎士として約束は守りたかったようだが、さすがに上の命令には背けなかったようだ。

 だが、余計な弁解もしないつもりなのだろう。


 兵士が管理室から出ていくのを確認して、俺はあらためてドアに向き直った。

 よし、これでもう罠が作動しても、みんなに被害がかかる事はないだろう。

 ヴァリアスは癪に触る笑いを浮かべながら、隣で面白そうに突っ立ってるが、デーモンシャークにこんなオモチャが通用するわけがない。

 最悪、被害を受けるのは俺だけだ。


 一応4層から、内部の状況はチラリと見てはいるが、アレ以上のモノがない事を祈るしかない。

 それに仕掛けられた罠は見掛けこそ恐ろしいモノだったが、サーシャ達を生かして捕まえる仕様になっているから、まず命までは奪う効果はないだろう。

 半殺しにはされるかもしれないが。

 

 いいや、大体、俺は最悪でも死なないのだ。

 もうこれくらいの無茶はやってやる。


 深呼吸してから、全身を意識してオーラに力を入れる。ピキピキと自分を取り巻くオーラが硬質化していくのを感じる。

 

 一般的に魔力で防御作用を起こさせる事を『シールド』と言っている。

 火炎に対して水の壁を作ったり、降り注ぐ矢を避けるための土の壁などのシールドを『物理シールド』と呼んでいる。

 

 それに対して、エッボが行ったような攻撃的力に対して、それを抑えるやり方、これは『念シールド』と呼ばれている。


 例えば『10→』の力が加えられたら、『←10』と逆の力で押し返し、打ち消す反作用。

 魔法で攻撃されれば、その魔力――魔素を散らすか、抑制するように作用する、攻撃力を打ち消す防御魔法なのだ。


 俺には(まだ)そんな芸当は出来ない。

 だからこうしてオーラという鎧を強くするしかない。でもしないよりマシだ。

 身体強化だけではなく、体に触れる前から弾くことを意識するのだ。

 緩んだ腹を殴られるより、力を入れていた方がダメージは全然違う。


 それと先程試した方法。

 練習どころかいきなり本番だが、やるしかない。


 横レバー式のドアノブを握りながら、一度中を探知してみたが、内部を覆う防御システムのせいか、はたまたトラップのせいか、探知の触手を入れることは出来なかった。


 俺はドアの表面には立たず、陰に隠れるように一歩退きながら、覚悟を決めてレバーを縦に動かした。

 カチリと中で何かが外れる音と共に、ヒュゥッと風が動く気配がした。


 次の瞬間、ドアが内側からいきなり開いた。咄嗟に跳び退らなければ、ドアと壁の間に潰されるところだった。

 しかしそんな事に驚いている暇はなかった。

 開いた戸口から、赤と黒、紫のまだらな蠢く巨大な顔が出て来たからだ。


 目も鼻も口も、ただの窪みによる黒い深淵。

 なのにしっかりと人の顔を呈していた。

 そのまま顔と同じ幅の首を長く突き出してくる。


 いや、首ではないし、それは胴体でもない。

 何しろこいつは毒霧の巨大ワーム、魔物を擬態した動く罠だからだ。


 そいつは宙を舞うようにうねうねと出てくると、天井の方に上がっていった。

 そうしてあらためて上からを傾けて、俺を見た。

 ニーッと厭らしい笑いを浮かべたように、黒い深淵が動く。


 ゾッとした。

 だがおかげで、想像以上の有り様に固まっていた体を、俺の防衛本能が動かした。

 悔しいが奴の言う通り、俺は追い詰められて初めて行動力を発揮するタイプだった。


 そいつが飛び掛かって来たと同時に、俺は自分の前の空間を、両手で上下に大きく広げるように掻いた。

 

 ギリギリ目の前に呪いの顔が迫った刹那、俺とそいつの間に畳一畳ほどの空間の歪みが現れる。

 ズポッ シュルシュル……と空間の中に、毒霧のワームがみるみるうちに吸い込まれていく。長い尾が最後に呑まれると同時に即座に空間が消えた。


 やったっ! 成功だ。

 動くトラップを、空間収納に収めることが出来たのだ。


 俺の収納は魂は入らないので、生きている者は元より亡霊も入れられないが――入れたくもない――罠なら収納出来ないかと考えたのだ。


 転移室に仕掛けられた罠は、半ば魔法で作られている。そんなエネルギー的なモノも収納できるのか?

 あと、収納容量だけは無双してるらしいが、どれだけ大きい面積の物が入るのかは試した事がなかった。

 

 そこで先程試したのは、自ら放った魔法攻撃を、空間収納にシュートさせることだった。

 結果は上手くいった。

 今、俺の収納空間には、イカズチが2本と、大きな火炎弾が1つ入っている。

 一応そんなモノが入っても、中で爆発したり、他の物に燃え移らないのは確認していた。

 

 ちょっと気掛かりだったのは、俺の力以上の物が入れられるのかという事だったが、それもなんとかなったようだ。


 続いて開け放たれたドアの中を探知出来た。

 他の罠は一歩中に入らないと動かないセンサー型だ。


 中に入る前に、また目の前に収納の口を開く。それを両手で引っ張るように、ドアと同じくらいに広げた。

 今までこんな大きく広げたことはない。


 いつもは約20cmくらいの小さな空間の歪みで事足りていた。

 それより断然大きい獲物でも、歪みに押し付けると、物体の面に沿って波紋が包んでいくからだった。


 しかし今回は、一気にマルッと収納しないと流石に怖かった。

 そこで咄嗟に収納口を広げたのである。

 これ、意外と特殊シールドとして使えるかもしれない。


 入り口の前に立ち、ソロソロと両手を前に出しながら、シールドを転移室の中へ移動させる。

 自分の体からあまり離して開くことが出来ないからだ。


 部屋に入って来た異物にセンサーが反応した。

 バッ バッ! あちこちに張られていた、蜘蛛の巣のようなワイヤーの網が、こちらに一斉にぶっ飛んで来た。

 更に収納口を広げようとしたが、ドアよりやや大きいぐらいが精一杯だった。


 だが、これで十分だった。

 パシュ、パシュンと、俺の目の前で空間の歪みに不気味なネット達が吸い込まれ消えていった。

 後は中央の棺桶のような4つの檻だけだ。


 他に罠がないのを確認して近づくと、縦長の檻が口を開くようにその扉を開けながら迫って来た。

 まったくドラクエの『ミミック』かよっ。さっさとこれも収納出来た。

 部屋の中はやっと通常通りの白い壁と、転移魔法陣の床のみとなった。


「やればデキるじゃないか」

 後ろでイラつかせる傍観者が手を叩いてきたが、無視した。


「ええと、4層に行くには、外側から4番目のリングを動かすのか」

 壁に張ってある魔法陣の説明書きを読みながら、床に埋め込まれた金属のリングをセットする。


 ホールの転移魔法陣は、地下からの脱出ポート先だが、ここから逆に直で各層に行ける直行ポートともなっている。

 魔法陣は魔法式が刻み込まれた金属製の巨大な輪が、平べったくした渦巻のように連なっている。

 行き先を示すのは外周のリングらしかった。


 念のため、転移先があっているか確認するため、中央の眼のマークに手を当てて魔力を流す。

 ボウッと淡いセピア色の光に照らされた室内が浮かび上がって視えた。


 左側の壁際に3人の若者たちが、それぞれ横になったり、壁の寄りかかりながら眠っていた。

 よしよし、みんな無事だな。

 

 するとその前をスルッと、黒っぽい大きな獣らしき姿が通った。

 首に赤いスカーフを巻いている。こちらが視ている気配に気付いたように、ソレは振り向くと口を開けた。啼いたようだ。


 あれっ、ポー? なんでそこに?!


 でも確かにポーだった。どういうわけか、4層の脱出ポートにいるらしい。

 良かった、探す手間が省けた。一緒に連れ帰ってやれる!

 そこであの魔法石を取り出した。

 

 俺の転移能力では、この分厚いダンジョンの層は通り抜けられない。

 特に今、歪みが酷くて突き破れないのだ。

 だけど目的地が固定されているこの魔法陣を使えば、移動することは可能だ。

 

 ただの魔石よりも相当なエナジーを感じる魔法石。この大きさだし、往復に全員なんとか足りるだろう。


 いや、最悪俺が残ればいいんだ。

 ギリ、俺だけなら助かる見込みがあるんだから。

 

 俺はそのまま魔法石を指定の位置に置いた。



    ******



 辺りは漆黒と言っていいほどの闇に包まれた雑木林だった。

 

 足元にはゴロゴロとした岩と湿った黒苔や、小さなシダ類が生えている。

 ここの植物たちは光を必要としない、陰植物だった。


 ギュンターとユーリは今、5層の底、地獄に最も近い場所とされている『ピッチ・ブラック』と呼ばれるゾーンに来ていた。

 

 白い靄の明かりがある天井ゾーンでは出口が見つからず、そのまま闇と明かりの中間域である『トワイライト・ゾーン』をしばらくウロウロとしていた。

 だが、結局成果は上がらなかった。

 

 ダンジョンには基本の法則がある。

 それは出入口の数が多かろうが少なかろうが、数の増減はしないという事。

 たとえ蠕動であちこちに移動しようと、必ず層のどこかにそれは存在するのだ。

 それが一時的に場所が偏っていようとも。


 そこで仕方なく彼らは、この闇の海の底に降りてきたのである。


 時折やせ細った樹々がその枝を、キィキィヒィヒィと軋らせる。それはまるで『泣き女バンシー』の泣き声のようだ。 

 しかしそのように枝を揺らすような風は吹いていない。

 樹木自身がこの闖入者に警戒してか、枝を揺すっていたのだ。

 これらは一種の魔植物エビルプランツだった。


「まったく……、うす気味悪いところだな」

 ギュンターが詰まったように、鼻を鳴らした。

「昔入った『魔女の棲む森』に似てやがる」


「それは魔女が侵入者除けに、家のまわりをワザとおどろおどろしく飾っていたからだろ?

 ここのは純粋天然、闇の世界だぞ。これはこれで面白いじゃないか」

 どうにも落ち着かないといった相棒に、ユーリが慰めにもならない言葉をかける。


 天然野郎のこいつは、里帰りしたとでも思ってやがるんじゃないのか?

 闇夜に慣れている獣人のギュンターでさえ、そう疑ってしまう。


 肉食系獣人としてのギュンターはある程度の闇なら、微かな光を捕えて見ることが出来る。

 だが、まったく光が射さない漆黒の闇となると、さすがにお手上げだ。

 今もなんとか『土』の感覚で辺りの情景を感知しているに過ぎなかった。

 しかし相棒のユーリは違う。


 彼はユエリアン系のほとんどの者が持つ、『闇』スキルの持ち主である。

 だから彼の魔眼には、この闇夜が白夜のごとく明るく落ち着く世界に見えているのだ。

 強すぎず熱波でもない、柔らかな光に照らされているかごとく。


 元々、ここまで降りてきたのもユーリの提案だった。

 もうここら辺をウロウロしていても、出口が見つかりそうにない。いっそのこと、下を調べようと。


 別のダンジョンの闇の中を捜索したことのあるギュンターも、さすがにこの拷問部屋の底は躊躇した。

 しかしユーリが謎の自信を持って押し切った。

「大丈夫だ。逆にこんな奥底まではアーロンの奴も来ないかもしれないぞ。

 亡霊どもが一番多いのは『トワイライト・ゾーン』だし」


 それは確かにそうだった。

 何故か亡霊たちは、暗いところを好むのか、上のゾーンよりもやや薄暗くなりかけたところに多く出没していた。

 しかし逆に闇が深くなりすぎると、数が急に減少して来るのだ。


 地上では恐ろしい闇に紛れているくせに、この魔素の強さが彼らにも合わないのだろうか。


 ダンジョンは下に降りれば降りるほど、魔素が濃く、その風土独特の濃密な臭気になっていく。

 それは各層でも同じ事で、こうして天井と底が何キロも離れている層では、なおさら山の空気のようにその濃度の変化は甚だしかった。


 この最深部ではすでに弱い魔物が棲みがたいほどに、濃厚な魔素が充満していた。

 それは例えるなら何かの香木が激しく燃やされて、モウモウとと煙が立ち込めているような感じである。


 薄っすらならまだ悪くない匂いも、こう生の麝香じゃこうのように強いと、鼻が曲がるどころか肺までやられそうだ。


 しかもこれは煙ではなく、体中に影響を及ぼす魔素なのだ。

 さすがにユーリ達もこの魔素に体を慣らす為に、徐々に降りてきたぐらいである。


 地面は山の中のように隆起していて、所々に巨人の足のような柱が生えるように立っていた。これが遥か上の天井を支えているのだ。

 その足元には黒っぽいとも透明ともつかないつるが巻き付いている。


「おおっ、ラッキーじゃん。これ、この根っこを煎じて飲むと、体内時間の乱れが整うんだぜ。

『夜行症』にも効くんだぞ」

 ユーリがまさしく目を輝かせた。


『夜行症』というのは、主に『闇』属性の者がなる一種の昼夜逆転減少の体内リズムの乱れである。

 それは夜泣きのようなモノで、只今ユーリの一人息子が発症している。


「お前、確か、薬は使いたくないとか言ってなかったか?」

「あれは精製薬のことだよ。小さな子供にあまり良くないだろ。

 だけど天然モノの生薬なら話は別だ。

 これ、おれも昔飲まされたけど、マズいんだよなあ。

 だけど親が高価な代物なんだから、残さず飲めって煩くて」

 そう喜んで蔓の根をナイフで掘っている同僚に、ギュンターが頭痛がするような顔をした。


「お前、あらためて訊くが状況わかってんのか。

 ここは『拷問部屋』の底で、おれ達は薬草採取しに来てるのと訳が違うんだぞ」

「わかってるよ。そうカリカリするなよ。

 それにここまで来ると罠もほとんどないから、気が楽だろ?」

 

 確かに深淵の底には、罠らしい罠は感知されなかった。

 それはそれで恐ろしいことだ。

 おそらくはここまで落ちてきた獲物は、二度と這い上がれないと見越しているのかもしれないのだから。


「そうだ、この茎を齧ってみるか? 少しは闇慣れして落ち着くぞ」

「要らねえよっ。 

 って、いうかお前ちょっとは真面目に出口を探す気があるのか?」


「もちろんだ。ただちょっと待ってるんだよな。

『道案内』が来ないかなあと思って」

 そう言って辺りを見回した。

「『道案内』? なんだ、ナビゲーターのことか」


『ナビゲーター』とは、その地に棲む特有の魔物の総称の一種である。

 彼らは縄張り意識が強く、また巣を守るためによそ者が入って来ると、多くが嫌って排除しようとする。

 しかしいつでも相手が自分より弱い者とは限らず、そういう時は巣や縄張りから遠ざける為に、外のエリアにあの手この手を使って誘導するのである。


 シロチドリなどの鳥が、巣や雛を天敵から守るため、擬傷ぎしょう行為をして囮になることにも似ている。

 それを人間は道に迷った時などの、道案内役に利用したりしていた。


「しかしこんなとこにもいるのかよ、ナビゲーターは」

 魔素の臭気のおかげで今一つ匂いがわからないギュンターが、また鼻に皺を寄せた。

「いるいる、数は少ないけどな。なんたって、おれ、一度だけここまで潜ったことあるし」

 ユーリが得意そうに返した。


「お前、そういう事は先に言えよっ!」

「イテッ! だけど始めからあんまり期待させても良くないだろ」

 チョップされた頭をさすりながら、ユーリが言い訳をした。


「だから、報・連・相っ! 情報の共有は当たり前だろっ。

 それともこの口は、木の実を砕くためだけにあるのかぁ」

「イデデデデデッ ……スまねぇ――ぁへっ!」

 ユーリが口の両端を思い切り摘ままれて、みっともない口で謝りながら、相棒の肩越しに何かを見つけた。

 ギュンターも後ろを振り返った。


 ポウッと透明な蛇のようなものが、ぼんやりと闇に浮かび上がっていた。

 青大将くらいの大きさに、首の後ろと尾の近くに2対のコウモリのような羽がついている。

 そうしてその透き通った腹の辺りを青白く光らせていた。


 羽を持つその爬虫類は、地面から1メートルくらいの高さを漂って来ると、2人の横をゆるゆると通って行く。

 その光景はまるで闇の海の底を漂い発光する深海魚のようだった。


「ワザと光って注意を引いてるのか」

 ギュンターがその光の一点を見つめながら、感心したように呟いた。

 すると感心するどころか、ユーリが急にバチバチとスパークを飛ばし始めた。


 ビクッとナビゲーターが、後ろに跳び退るように宙を動く。

 しかしそのまま逃げることなく、更に目の前でグルグル回り出した。


「よしよし、いいぞ。ちゃんとこのエリアからおれ達を追い出さないと、お前の巣を焼いちゃうかもしれないからなぁ。

 しっかり出口まで案内しろよ」


 威嚇しながらヘラヘラと笑っている相棒に、なんとも言えない眉のしかめ方をしたギュンターは、無事に出口まで誘導してくれたら、この蛇に持っている携帯食を全部やろうと思った。




   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ちょっとだけ蒼也も、主人公らしい動きが見せられたでしょうか。

とはいえ、これからなんですがね、彼の本当の試練は。


次回はまたサーシャの姉御たちの、を追いたいと思います。

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