第197話☆ ポーの受難とターニングポイント 後編


 

 ううっ、引き続きポーの受難……。

 ごめんなさい。成り行き上、仕方ないのです。

 でも、人は助けなくても猫は助けますっ!(それも酷いが💧)


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 索敵で視た先の通路に何故か、兵士2人とその足元にポーが横たわっていた。


 兵士たちは、ここがどこだか分からないとでも言うふうに、キョロキョロと動揺した様子で辺りを見回している。

 そしてポーは目をギュッと瞑り、苦しそうに喉の奥から唸るように啼いていた。


「なんだっ 貴様っ!?」

 次の瞬間、俺は兵士たちの前に現れていた。

 つい考えるより先に、ポーの元に転移していたのだ。

 癖というのは恐ろしい。

 ポーをこちらに転移させれば良かったのに、咄嗟に自分が移動してしまった。


 ヒュッと手前の男が、何かを仕掛けて来た瞬間、俺はポーと一緒に転移した。


「何してるんだっ」

 戻って来た俺に、ヨエルが声を低めながらも咎めてきた。

 横では奴が首を少し傾けて肩をすくめた。


「あ、これはその、……言わなかったけど、実はちょっとだけ転移が――」

「そうじゃない。それくらい、この旦那の相棒ならもう驚かない。

 依頼主に言いたかないが、あんまりムチャ――」


 その後の言葉は、もう俺の耳には入って来なかった。

 まず目の前のこの子をなんとかしなくちゃ。


 ポーは頭頂部の骨を割られていた。

 探知で見ても外傷はどこにもないのに、まるで大きな手で押しつぶされたかのように、破損が内側だけにあった。

 頭のすぐ下の第一頸椎にもヒビが入っている。

 そうして頭蓋骨内を血が漏れ出し始めていた。


 ポケットに入れておいた、ポーションの残りをポーの頭に急いでぶっかけた。

 ぽわっと淡い光が損傷部分に現れて、スーッと染み込むように消えていく。


 痛みが和らいだのだろう。

 はあはあと、激しく苦しそうだった呼吸が少しだけ緩やかになった。


 しかし、これでは痛みと出血が止まっただけで、骨や細胞がまだちゃんと治っていない。


「おい、アッチの方を放っておいていいのか? こっちに気付いたぞ」

 奴の声にハッとした。

 向こうの通路から走って来る音がする。


「あー、そりゃそうだよなあ……。

 まあ、やっちまったもんは仕方ないか」

 ヨエルが1つため息をつきながら、リュックを下ろすと左手に持ち替えた。

 

 裏側に付いていた短いベルトに腕を通し、ショルダーを握る。

 レッドアイマンティスの外骨格を使ったハードシェルリュックは、盾に早変わりした。

 そうしてあのウォーハンドを取り出すと、左手にリュックに隠すように持つ。


 間もなくガシャガシャと金属音を立てて、兵士2人が走って来た。

 俺たちを見ると、5,6メートル手前で止まった。


「おい、貴様、さっきのはなんだっ。ここはどこなんだっ?!」

「その魔物をどうする気だ。仕留めたのは我々だぞ」

 その言葉に一気に気持ちが荒ぶった。


「仕留めたって、あんた達がポーをこんな目に合わせたのかっ!

 じゃあパネラやエッボは――まさか2人にもっ」

 久しぶりに頭が熱くなるのがわかる。


「なんだ、あの亜人どもの知り合いか。

 フン、残念だが、あいつらはまだだ。その魔物もまだトドメを刺してないしな」

 たった1日一緒にいただけだが、パネラ達は悪さをするような人間じゃないと俺は思っている。

 きっとこいつらの方から何かしたに違いない。


「まあ待て、兄ちゃんも頭を冷やせ」

 横からヨエルが俺の肩を叩いて前に出てきた。

「ここは4層だ。

 あんた達もなんだかんだ言って、ちゃんとこんな深層まで降りて来たんだな」


 4層と聞いて、兵士たちに少し緊張の面持ちが走った。

 が、すぐに取り直すと

「罠で飛ばされただけだ。

 それより貴様たちこそ、ここで何をしていた?」


「何って、あんた達に言われた通り捜索だよ」

 ヨエルがうそぶく。

「それならこの先の死体を知ってるか?」

 死体?


 俺はあらためて、兵士達が来た通路を探知してみた。

 さっきは索敵でピンポイントで視たので、途中の通路は視ていなかった。

触手センサーを走らせていくと、ソレが床に転がっていた。


 あの落ちてきた、半分に切断された兵士達の遺体が。

 という事はさっきの手前に戻って来ていたのか。

 そんな俺の思考とは別に、兵士が問い詰めて来た。

 

「彼らは鎧ごと切断されていた。あれは人にそう簡単に出来るものじゃない。

 だが、首にあった傷は、あきらかに鋭利な刃傷だ」

 そう言ってヨエルとヴァリアスの方を睨んだ。

 ヴァリアスは関係ないといった感じで、そっぽを向く。


 ヨエルが親指で後ろを示した。

「さあね、こんなとこ死体は珍しくないし、それにおれ達は向こうから来た。

 そんな死体が向こうにあんのか?」


 彼の平然とした物言いに、兵士も訝しく思いながら少し迷ったようだ。

 だが、すぐにまた疑わし気な目つきになる。


「貴様たち、ここに入る時に中間部屋の手前で騒いでた奴らだな。

 隙あらば我々に刃向かおうとしてないか」

 もう1人もヨエルの肩越しに俺の方を睨む。

「それにさっき妙な術を使った、そいつが一番怪しい」

 スッと剣先を向けて来た。


「まったく貴族ってのは、どうしてこう、ののしるのが好きなんだろうな」

 ヨエルがわざとらしく肩を動かして息を吐く。


「そんな明け透けに相手に敵意を見せたら、自分からどんどん敵を作ってくだけなのに」

 そう片手をヒラヒラさせた。

 それがまた兵士を苛立たせる。


「貴様、愚弄する気かっ」

「別に見下してるわけじゃないぜ。ただ馬鹿だなあと思っただけだよ」

 そう言いながら、俺のほうに顔を向けると小声で

「遮音をあいつらにかけろ」


 なんだかわからないが、言われた通りに兵士たちのまわりに遮音壁を巻いたのと、片方の兵士が突っ込んできたのは一緒だった。


 横を向いていたヨエルに向かって、斜め上から首めがけて白い閃光が走る。

 しかし探知の触手でまわりを視ている彼は、その動きをしっかり捉えていた。


 素早くリュックで左に振り払う。

 その勢いで、左手に隠していたウォーハンドが伸びると、兵士の兜の隙間――目の縁にぶち当たる。

 一瞬兵士が目を閉じた。体も反射的に後ろに引き気味になる。


 だが、ヨエルの踏み込んだ足が、相手の足すぐ後ろに回り込んでいた。

 兵士がバランスを崩す。

 そこへ盾を振ると同時に抜き放った剣が、兵士の股ぐらを滑っていく。


『!!』 無音の声を上げて、兵士がよろめきながら飛び退る。

 ヨエルがそれを追いかけようとして、すぐに身を横に捻った。

 床からランスのような岩が何本も飛び抜ける。


 俺ともう1人の兵士はこのホンの1,2秒の間、出遅れていた。

 相手は何かを仕掛けたのだが、それがことに束の間、戸惑っていたようだった。

 

 それは『音』魔法が効かないことへの驚き。

 俺の『遮音』は概念で作られる『音』魔法ではなく、空気の振動を操る物理的『風』魔法。

 先程俺に放った『高周波音』は『音』としての振動が無くなり、と化していた。


 地球ではあり得ないだろうが、振動がなくても音が伝わるのだ。

 それは言霊などの精霊たちしかり、概念で作り出した魔法の音だからだ。

 

 ただ力の差よりも、概念と物理という関係性の違いで、はからずも攻撃力は相殺出来たのだ。

 

 しかしそこは下衆野郎でも衛兵。

 すぐに剣を持ち直すと、ひと跳びに俺に向かってきた。

 剣の間合いに入る直前、俺は天井に転移した。

 シャンデリのアームに掴まると、床を照らす光が大きく揺れる。


「兄ちゃんはどっかに隠れてろっ!」

 ヨエルが下から岩を避けながら叫ぶ。ヴァリアスのバカは、相変わらず両手をポケットに突っ込んだまま、見物状態だ。


「イヤだっ!」

 彼1人に任せるわけにも、ポーを残していくわけにもいかない。

 ふと何故か、奴がニヤッと口元をゆがめたのが感じ取れた。

 くそっ! 全てこいつの思惑通りかよ。


 兵士の注意が揺れる影と、上の俺にも注がれる。

 シャンデリアの揺れを利用して横ざまに飛ぶと、すぐ斜めに壁を蹴った。

 空中で転移。


 俺を見失った兵士の背後に出る。即座に腰を蹴り飛ばす。

 しかし、こちらも身体強化したにもかかわらず、相手は動かなかった。

 重い。やはりバランスを崩さなくちゃダメなのか。


 振り向かれる前に再び天井へ転移。

 上を見上げてきた瞬間、兵士の左側に跳び、盾の内側にダガーをじ入れる。

 フェイントだ。


 兵士が反射的に盾でダガーを弾いて、横ざまに剣を振って来た。


 ガッ! ダガーからわざと手を離し、空間からファルシオンを引き抜きながら受け止める。

 と、同時に留守になった、伸びきった左の膝を思い切り蹴り込んだ。


 普段なら膝折りなんかしたくないが、俺は怒りもあって興奮していた。こんな奴らの足や腕の1,2本、折ってやってもいいと、この時本当に考えていた。


てぇっ! 俺の足に大岩を思い切り蹴ってしまったような衝撃が走る。

 まるで以前、ハイオークの膝を蹴った時のようだ。あの頃よりだいぶ体が出来て来たと思ったのに。


 相手も身体強化してるせいなのか。

 よく視ると兵士自身というよりも、鎧から強いエネルギーを感じる。

 これが鎧の防御力か。


 ザワッと後ろに殺気。

 土の粒が空中にランスを作り始めていた。

 咄嗟に避けつつ転移――間に合わないっ?!


 数cm手前で矛先がはすに逸れて、兵士の肩当てに当たって砕け散る。

 いつの間にか傍にヨエルがいて、盾で弾いていた。


「右に飛べっ!」

 ヨエルの叫びに、わからずも一緒に跳び退いた。

 

 追おうとした兵士が、ヨエルの風のバインドに阻まれて動きが鈍くなる。

 防御力より、彼の魔力の方が上回った。


 グワァシャーーーンンンッ!!


 突然、シャンデリアが落ちてきた!

 直径2メートル強と大きいが、骨組みだけのシンプルな蝋燭立てのような照明器具。

 

 だが、今やそれは、重鉄のおもりとなって、兵士を押しつぶした。

 今まで気にしていなかったが、アームの車輪状の中心軸は、一抱えほどもある厚みの金属でできていた。そしてその下には、返しのついた銛状の突起があった。


 それがあの高さから落ちてきた。まさに叩きつけるような勢いで。

 下の兵士が――。


 ゆるりと、再び幾本もの鎖が動きだし、シャンデリアが上に戻って行く。

 胸を貫かれた男をだらりとぶる下げたまま。


 その光景にいつの間にか、怒りがどこかへ消えて無くなっていくのを感じた。

 俺は一体何をやってるんだ。

 怒りが抜けると同時に意欲も消え、俺は遮音を解いていた。


「さすが高そうな鎧だけあって、防御力が高いな。さっきは浅すぎて大血管大動脈まで切れなかった」

 ヨエルが壁に追い込んだ、もう1人の兵士に言った。


 兵士は足の付け根に傷を負い、壁を背にしながらも『土』魔法を繰り出していたのだ。

 しかし今や、ヨエルの剣先が兵士の喉元を捉えていた。

 はた目にはそれだけにしか見えないが、風のバインドがきつく相手の動きを封じている。


「……貴様たち、自分のやった事がなんだかわかってるのか……?」

 壁に寄りかかりながらも、プライドなのか、気丈にも兵士は睨み返してきた。

「よ~く、わかってるよ。ここが絶対治外法権だってことをな。

 地上じゃどんなに権力があろうが、ここじゃ何の役にも立たねぇ。

 全ては力だけの世界なんだよ」


「この薄汚い下民のくせにっ! きさ――」

 ゴリッと、剣先が喉骨に刺さる音が聞こえた気がした。

「文句はアッチで言ってろ」


「ヨエルさんっ!」

「ああ、兄ちゃんにはハラハラさせられたけど、なんとかなったな」

 ピュッと風で、剣から血糊を吹き飛ばしながら、俺の落としたダガーを拾ってきた。


「ほら、さっきの兄ちゃんの転移でほぐれたみたいだぞ」

 そう言って、後ろの方を指さした。

 よく見るとカーブの手前に、黒い亀裂が現れていた。

 上向きのスロープだ。

『ループ』のターニングポイントがほぐれて、元の通路に戻ったんだ。


 その前にと、ヨエルは今や灰色に変化していく男の前にしゃがみ込んだ。


「ううん? こいつポーション系持ってないのか。防御システム用の魔石だけかよ。

 ホントにこいつら、なに準備もせずに潜ってやがんだ」


 ……この人、こんな簡単に人を殺すのか。

 それともここじゃ当たり前で、俺が異質なのか?


「コイツラは運命のターニングポイントで、選択を誤ったんだ」

 俺の考えを読んだように、奴が言ってきた。

「アイツだって、お前に手出ししようとしなければ、見過ごしてたかもな」


 そのヨエルは上のシャンデリアを振り返って

「あー、あっちの奴が持って――」


 が、途端にバッと後ろに飛び退いた。


 ブワァッ! 壁から黒い土が吹き出るように現れた。

 それは今死んだばかりの男を握るように包むと、一気に壁の中に戻った。


 続いて天井の明かりが揺れる。

 シャンデリアの死体をも、黒い別の手が奪い去って行った。


「チッ! ハンターの奴、出るのがはええよっ。

 せめてブツくらい残していきやがれ」

 獲物を横取りされたように悔しがった。


 ハッ! そうだっ、ポーはっ?

 こんな事してる場合じゃない、まさかポーも連れてかれて――


 振り返ると、ポーはまださっきと変わらず床に横たわっていた。

 すぐそばに奴が立っていた。

 良かった。まだ死んでないから、ハンターにやられなかった。

 ……それとも、奴がそばにいたから?


 ポーは先程より呼吸が穏やかになったが、危険な状態なのは変わらない。

 心臓の鼓動も早い。

 あらためてよく見ると、元々あっただろう骨の繋ぎ目以外に、線状に細かなヒビが入っている。

 これ以上動かすのは危険だ。


 このターニングポイントで、行動を見誤るのは命とりだった。 



  ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ポーを早く助けるべく、次話も早めに更新します(久しぶり!)

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