第93話 悩める蒼也と自由奔放な使徒たち その2


「ナジャ様 ?! 謹慎とけたんですか、っていうか、なんでここにいるんです?」

「やっと外出して良くなったから、ちょっと遠くへ行きたくなったんだよー。そしたらヴァリーが地球ここに来るっていうから、便乗してきたんだよー」

「そ、そうですか。とにかく謹慎とけて良かったです」

 俺は中学生くらいの少女に抱きつかれて、ちょっと戸惑った。


「おい、いつまで引っ付いてる。さっさと離れろ」

 ヴァリアスに言われて、口をへの字にしながらナジャ様が俺から離れた。


 今日のナジャ様は初夏の白いワンピースではなく、裾にバラのレースを付けた、赤いベルベットのワンピースを着ていた。

 服は温かそうなのに、足はタイツではなく、白い生足にレースのショートソックスのみだった。

 そのまま炬燵に足を入れていく。


「これさ、テーブル型の暖房器具だろー? どんな作りしてるのか見てたんだよ。ちょっとイアンに教えてやろうと思ってさね」

 そう言いながら、タッパーの惣菜を受け皿に取り始めた。


 マズい、不味いぞ、ナジャ様が参戦したら全て無くなる。

 いや、もうとっくに食べてたらしい。

 すでに空のタッパーがある。


「ナジャ様、それもいいですが、確か甘い物好きでしたよね? 

 良かったらこれどうです」

 俺はドーナッツの箱を出した。

「おー、お前さん、良く分かってるじゃないか。うんうん、色々あるね」


 ナジャ様がドーナッツを両手に取って、嬉しそうにパクパク食べ始めたのを見計らって

「容器のままじゃアレなので、皿に盛り直してきます」

 俺はまだ中身が残っているタッパーを収納し始めた。


「別にこのままでもいいぞ」

 と、空気を読まない奴が、タッパーから直に摘まんでいく。

「こらっ、そのまま直接突っつくな。ばっちいだろ!」

「オレは別に菌なんか持ってないぞっ」

  ったくこいつは、少しはキリコの爪の垢でも飲め。


 台所でこの間ギトニャの雑貨店で買った、木製の大皿にタッパーの中身を移しながら、空のタッパーに自分の分を取り分けた。

 タッパーの量からして10日分くらいあったと思うが、今や半分以上無い。

 空になったタッパーに付いた付箋に、『豚肉のアスパラ巻き』『野菜入り肉団子』……などなど書いてあった。

 肉系はほとんど全滅だな。


 残っているのは『肉じゃが』とか『カボチャと温野菜のサラダ』『豚バラと大根のオイマヨ』……野菜が多めの料理ばかりだ。

 奇跡的に『鶏肉の梅シソ巻き』が残ってる。外側にシソの葉が巻いてあるせいか?


 あいつ、人には青汁勧めるくせに、自分は野菜が多いのはあまり食べないからなあ。

 とりあえず良かった。

 なんとか明日の弁当の分までは残せそうだ。

 ―――しかし、俺なにやってんだろ? もっと考えるべき事があるのに。


 大皿に移した料理を持っていくと、使徒たちがキリコの話をしだした。


「アイツ、昔からこういうのは器用だったんだよな」

 ヴァリアスが、塩麹しおこうじで焼いた鮭の骨をツマミに、缶ビールを飲みながら言う。

「そうそう、あたい達のパーティに入ってきたときから、食料係だったもんね」

「まあ、彼はパワー系というより、テクニカル系ですからね。ヒトそれぞれ得意分野が違いますし」

「パーティって、何かやってたんですか?」

 ここにいるのは、皆バラバラの系統のはずだ。


「キリコから聞いただろ。創世の頃のだよ。

 あの頃はまだあるじ関係なく、混ざっていたからな。

 一番最初に、お前も知ってるリースとコイツとで手を組んだんだ」

 と、少女を缶ビールで指した。


「ケケケ、リースがヤバい奴がいるっていうからさ、だったら敵にするより仲間にしようって、あたいが誘ったのさー」

 それってつまり戦友って事? 

 それで今でも3人つるんでるのか。


わたくしは幸か不幸か、第一期が終わるまでお会いしませんでしたけどね」

 ヤクザが渋く、枡酒を塩で飲みながら言う。

 見れば見るほど若頭わかがしらだな。


「まっ、そんな昔の事はどうでもいい。

 蒼也、お前、地球籍に確定しようと思ってるんだって?」

 俺がシナモンドーナッツを一口食べた途端、奴が話題を振ってきた。


「……まだ決めてないよ。ただちょっと考え中なだけだよ」

「ソウヤ、あたい達と縁が切れてもいいのかー? 悲しいぞ、あたいは」

 ナジャ様、そんなわざとらしく瞳を潤ませても、騙されませんよ。あなたの本性知ってますからね。

「まだ決めつけるのは早計じゃないんですか? まずはご本人の気持ちを聞いてから、問題点をつまびらかにしていくのが良いかと」

 若頭が仲介役をしてくれる。

 

「キリコにも言ったけど、なんか疲れちゃったんだよ。俺にはあっちでの生活がハード過ぎる……」

「ヴァリーが力任せに引っ張りまわすからだろー。誰でもヴァリーと同じじゃないんだよ。

 まったくこれだから脳筋は~」

「誰が脳筋だよっ。脳に心臓や肺みたいな筋肉はねぇぞ」

 そういう意味じゃねぇー。


「うーん、この間の数日間ですね。なるほど、レッドアイマンティスの件はヴァリさんの意図的な誘導だったとしても、その他の件はソーヤさんの運命の糸のせいですね」

 若頭が目を細めて、俺を睨むように見ながら言った。


「なんだと、お前達運命んとこは、この間から何してやがんだっ!?

 オークだって、使徒との因縁を消さねぇってどういうつもりだよ。

 おかげでオレのせいになっちまったしっ」

 いや、完全にあんたのせいだろ。


「オークの件に関しては本当に申し訳ない、ヴァリさん」

 若頭が深々と頭を下げる。

「ビトゥのせいじゃないよー。まだ休暇中だし。

 それにやったのは、ビトゥの配下の天使じゃないしさー」


「同じ運命のファミリーとしては、連帯責任です。

 でも、天使たちにはどうか手を出さないでください。ヴァリさんにやられたら、壊れてしまいます。わたくしで勘弁してください」

 また畳に頭をこすりつける。

 何故俺の部屋で、こんな修羅場が展開してるんだ。

「やんねぇよ。今回は注意(脅し)しただけで済ましてるだろ。

 話しづらいから頭上げろ」


「……済みません、ヴァリさん。そしてこれは言いづらいのですが……」

「なんだよ、いいから言ってみろよ」

 ちょっと面倒くさそうに、奴が首を動かした。

「お2人は運命の糸が、影響を受ける要因はご存知ですよね? 

 まわりの環境だったり、本人の気持ちだったり、そのうちのおよそ3割は――」


 バッと、ナジャ様が、片手に最後のドーナッツを持ちながら、もう片手でヴァリアスを指さした。

「解ったぁっ 犯人はお前さんだぁっ!」

 何故かドヤ顔で決めポーズの少女。

「あ゛ぁっ ?!」

「えっ?」

「……」

 申し訳なさそうに目を伏せるヤクザ。


「……残念ながらそうなんですよ、ヴァリさん。

 守護者の影響はかなり強いですからね。運命の糸が、ハードモードになってるのです……」

「何だよ、ハードモードって。――― 本当にオレのせいなのか―― ?」

「またあんたのせいかよっ!」

 つい声を荒げてしまった。


 昔、オカルトとか心霊モノとか流行った時に、TV番組で、守護霊の影響の話を聞いたことを思い出した。

 もう本当に、こいつから離れた方がいいんじゃねぇのか。


「じゃあビトゥ、お前何とかしろよっ。お前なら出来るだろ」

「申し訳ないけど、勝手には出来ないですよ。紡いだ者の了解も得ないと……」

「面倒くせえなぁ、ちょっとくらい融通利かせろよ」

 サメがズイズイ、若頭に迫る。

「ソウヤ、あたいのとこにおいで。

 お前が希望すれば、ガーディアンの変更も可能かもしれないよぉ。うちの籍アドアステラに来たらあたいが、守ってやるよー」

 少女が白い手をヒラヒラさせてくる。

「ナジャはどさくさ紛れに乱入して来るなっ」


「もうっ みんなっ 帰ってくれっ!!」

 俺はつい怒鳴ってしまった。


「悪いけど……俺、少し1人で考えたいんだ。

 だから……今日のところは帰ってほしい……」

「大変申し訳ございませんです……」

 若頭がまた深く頭を下げた。

「ソウヤ、あんまり思い詰めるなよー」

「わかった。とりあえずオレ達はこれで帰る。行くぞ、ナジャ」


 ちょっと不満そうな顔をした少女と、頭を下げっぱなしのヤクザと一緒に、色が抜けるように消えていった。

 後には空になった皿と、空き缶、空瓶が炬燵の上に残った。

 くそ、あいつら片付けていきやがれ。


 俺はぶつぶつ文句を言いながら、タッパーと皿を洗った。

 洗いながら、今後のことがグルグル頭に回っていた。


 地球籍に確定したら、父さんとの縁が切れる。母さんの事も忘れてしまう。

 また根無し草の記憶だけになるのか。

 これまでの記憶がなくなるなら、元に戻るだけだから、多分平気だろう。

 あのどこか、空虚な気持を抱えた頃に……。


 ふっと、リリエラの顔が浮かんだ。

 結果は惨敗だったけど、何十年ぶりかに気分が高揚してた。

 あの想いは大切な宝石のようなものだった。いつか良い思い出にもなるのだろう。

 それにギーレンで出会った人達、ラーケル村のターヴィやポルクル、ダリア、村長……。

 みんな忘れてしまうのか……。


 答えは一晩じゃ出せないようだ。



 次の朝、目が覚めると、しっかり炬燵の上に青汁ジュースが乗っていた。

 まあ、これが無くなるのはいいかな。



 仕事に行くといつも通り、注文を受けた品を揃えたり、倉庫から棚に無い物を運んだりして、時間が過ぎていった。

 何にせよ、仕事があるのはいいものだ。

 仕事中は他の事を考えないように出来るから。

 

 そんな中、棚を整理していると、通路を通り過ぎるお客の様子がちょっとおかしいのに気がついた。

 何故かみんな、歩きながら後ろを振り返っている。

 中にはクスクス笑っている人もいた。

 何だろ?


 と、その時、俺の耳に聞きなれた声と、カンカンッという高い音が聞こえてきた。

 今まで仕事のほうに意識を向けていたから、気がつかなかった。

 音が聞こえるのは、通路を挟んで斜め向かいのオモチャ・GAMEコーナーからだ。


 何やってんだ?

 俺は直接見るのも怖くて、そっと探知してみたが、妨害してるのか、もやがかかったように視えなかった。

 しょうがないので近寄ってみる。


 カーンッ! 高い何かがぶつかり弾けるような音ともに

「ヨッシャアーッ!」

「あー、やられたぁ……」

「じゃあ、あたいの番だね!」

 柱の陰からそっと覗いてみると、卓上ゲームエリアで黒い大人が2人、真剣に『テーブルエアホッケー』をやっていて、それを赤いワンピースの少女が横で観戦していた。


「こらっ、一体何してんだよっ?!」

 もう思わず声をかけてしまった。

「何って見ての通り、勝負だよ」

 黒い殺し屋が、黒い手袋をはめた手で、赤いホッケーアタッカーを素早く動かしながら、少女に向かって赤いパックを打ち返している。

「そうなのです。わたくし、まだヴァリさんに1回も勝ててないのです」

 若頭が横で残念そうに眉を寄せる。

 その顔は知らない人が見たら、殺意を抱いているようにも見える。


「力任せでなんでも通ると思うなよ、ヴァリー。お前さんの動きは見切ったー!」

 少女が奴の猛撃を凌ぎながら、反撃の機会を狙う。

「ここは遊園地じゃないんだぞっ。大体あんた達がやったら、壊れちゃうだろ」

「大丈夫だ。力はセーブしてるよっ、とおっ」

「タァッ!」

「買えっ! もう買って家でやれっ」

 

 ガッ と跳ねたパックを黒い手袋が掴んだ。

「しょうがない。この続きは後でやるか」

「え~、せっかくいいとこだったのにぃ」

「ああ、どうもすみません。つい熱くなってしまいました」

 ヤクザが深く頭を下げた。


 その時あらためて、まわりに子供や家族連れのギャラリーが、遠巻きに見ていたのに気がついた。

 マズい。

 なんだか俺が押し売りしたみたいじゃないか。


「あれっ? ええと、オプレビトゥ様、あのグラサンどうしました?」

 顔を上げた運命の使徒は、例のサングラスをしていなかった。

 代わりに細い金縁のスリム眼鏡をかけている。


「コイツさ、目付き悪いだろ? だから隠すように、オレと同じのかけさせてたんだけど、別に光に弱くないし、こっちじゃこういうタイプを、普通の会社員とかがかけてるんだろ? 

 だからちょっと、そう見えるようにこっちに変えたんだ」

 自分の事はアウトオブ眼中の男が、しれっと他人様の見た目を批判してる。

 神界に鏡というモノはないのかっ?!


「ナジャさんが選んでくれました。もちろん伊達メガネですが、如何でしょう?」

 いかがでしょうって……。

 エグザイルからインテリヤクザに見事に昇格してますよ。

 もう本物にしか見えません。


「そうそう、これも購入します」

 と、インテリ若頭が別のボードゲームの箱を取り上げた。

 箱には『人生ゲーム スーパーDX』と書いてある。


「人生をゲームでシミュレーション出来るとは、なかなか面白いアイディアです」

「そんなのダイスサイコロ任せなんだろ。結局運任せじゃないか」と奴。

「いやいや、ちゃんと進んだコマで、どう動くか選択肢もあるようですよ。それによって運命が変わるように設定されてるみたいです」

 若頭がちょっと期待気味に口元をほころばす。

 それがまた、ヤバいプロの笑みに見える。


「よし、やってみて面白かったら、ウチでも流行はやらせようよ」

 少女も目を輝かせる。

「大体、もっと大勢じゃなくちゃつまんねぇだろ。

 天使どもでも呼ぶか? だったらデッカくして直接やったほうが――」

「もういいから、さっさと帰れっ」

 ったくこの人外どもがっ。

 寄ってたかって、俺の仕事の妨害しに来てるのか!?


「どうもお邪魔しました」

 若頭が綺麗にお辞儀をする。反射的に俺も店員として頭を下げる。

「じゃあな、ソウヤまた後でねー」

 少女が手を顔の横で手をヒラヒラさせていく。  


 奴らがレジの方に行ったので、俺もやっと部署に戻ろうとした。

 その時、ガッと後ろから、首に黒い腕がまわり込んできた。


「蒼也、オレは始めに言ったとおり、お前の意思を尊重するぞ。だからお前は遠慮なく、自分の意思で決めろ。

 だけどここ地球は面白いからな、時々遊びに来てやるよ。

 記憶を無くして、独りぼっちになったお前が淋しくならないようにな」

 そう言って俺にだけニヤリと牙を見せると、他の2人が待っているレジの方に歩いていった。



 おおおおおいっ、親の記憶が無くなって、あんただけ残ったって意味ねーじゃねぇかっ!

 いや、記憶のない俺に、あのマフィアの殺し屋が来たらそれこそ最悪だろっ!!

 俺にはもう選択肢は残ってないのかぁー!?


 呻く俺を少し離れたところから、中田さんが不思議そうに見ていた。

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